孟母三遷(もうぼさんせん)の意味と由来|列女伝の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

孟母三遷(もうぼさんせん)の意味と由来|列女伝の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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孟母三遷もうぼさんせん

ひとことで言うと

子どもの教育には、まわりの環境が大切だということ。孟子の母が、墓地のそば→市場のそば→学校のそばと、住む所を選び直した話から。

読み方もうぼさんせん
意味子どもの教育には、まわりの環境が大切だということ。「孟母三遷の教え」とも。
出典劉向『列女伝』巻一 母儀伝「鄒孟軻母」
お話孟子の母が、子の遊びを見て、墓地のそばから市場のそば、さらに学校(学宮)のそばへと住まいを移した
似た言葉三遷の教え・朱に交われば赤くなる・氏より育ち
同じ母の話孟母断機(断機の戒め):学問を途中でやめてはいけない
漢文の句法否定(非)・所以・可以・比況(若)

このページのポイント

  • 「孟母三遷」は子どもの教育には環境が大切という教え。子どもはまわりを見てまねをするからです
  • 出典は『列女伝』。墓地→市場→学校と住まいを選び直した孟子の母の話を、4こまのイラストで読めます
  • 同じ所にある「孟母断機」の原文と、孟子が学んだ相手の諸説も説明します

「孟母三遷」の意味と読み方

「孟母三遷」はもうぼさんせんと読みます。意味は「子どもの教育には、まわりの環境が大切だということ」です。「孟母三遷の教え」の形でもよく使います。孟子(もうし)の母が、子どものために住む場所を三たび(3か所)選び直した話から生まれた言葉です。

4つの字を分けると、「孟母」は孟子の母、「三」は数の三、「遷」は「うつる・うつす」という意味の字で、「遷都(せんと:都をうつすこと)」の「遷」です。つまり「孟子の母が、三たびうつった」という意味の4字です。

3つの住まいと、孟子の遊び1墓地のそば遊び:お墓を作る・お葬式のまね母「ここではない」→ 引っこす2市場のそば遊び:商人が品物を売るまね母「ここでもない」→ また引っこす3学校(学宮)のそば遊び:祭りの器を並べ、礼儀正しくおじぎ母「ここなら」→ ここに住む※引っこしは2回、住んだ場所は3か所
墓地のそば→市場のそば→学校のそば。孟子の遊びは、住む場所によって変わりました
サクラちゃん

サクラちゃん

「孟母三遷」って、教育熱心なお母さんの話ですよね? 塾の近くに引っこす、みたいな…。

ミスターT先生

ミスターT先生

そう、今ではそういう場面でよく使われるね。ただ、もとの話のポイントは「教育熱心」よりも、子どもはまわりの大人をまねして育つというところにあるんだ。前漢の劉向(りゅうきょう)がまとめた『列女伝(れつじょでん)』という本の話だよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○孟母三遷の教えにならって、静かで図書館の近い町に引っこした。
  • ○子どもの友だちづきあいに気を配るのは、孟母三遷と同じ考えだ。
  • ○勉強が進まないなら、孟母三遷のつもりで、勉強する場所を変えてみよう。

「遷」の字は「遷」の読み方・書き順・部首、「母」は「母」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめられます。「遷」は画数が多く、書き取りでまちがえやすい字です。

絵で読む「孟母三遷」のお話

まずは話の流れを、4つの場面で見てみましょう。登場するのは、孟子の母と、子どものころの孟子です。母がしかったり、言い聞かせたりする場面はありません。住む場所を変えるだけで、子どもの遊びが変わっていくところが見どころです。

絵で読む「孟母三遷」のお話(4こま)

1墓地のそば孟子の母子どもの孟子ここは、この子を住まわせる所ではないわ
1孟子の家は、はじめ墓地の近くにありました。子どもの孟子は、お墓を作ったり、お葬式のまねをしたりして遊びます。母は「ここは、この子を住まわせる所ではない」と思いました。
2市場のそば市孟子の母ここもだめだわ…安いよ、安いよ!
2そこで市場のそばへ引っこしました。すると孟子は、商人が品物を売りこむまねをして遊びます。母は「ここもだめだ」と、また引っこしを決めます。
3学校のそば学宮孟子の母ここなら、この子を住まわせられるわ
3次は学校(学宮)のそばです。孟子は祭りの器を並べ、礼儀正しくおじぎをするまねをして遊ぶようになりました。母は「ここなら、この子を住まわせられる」と、ここに住みました。
4大学者になった孟子卒に大儒の名を成す
4孟子は大きくなると六芸(りくげい)を学び、ついに大学者として名を上げました。

墓地のそばでは、毎日お葬式やお墓づくりを見ているので、それをまねて遊びます。市場のそばでは、商人の売り声や売り買いのやりとりをまねします。学校のそばでは、先生や学生が礼儀正しくおじぎをしたり、祭りの器を並べたりするのを見て、それをまねするようになりました。子どもは、言われたことより、見たことをまねするのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

お墓や市場が「悪い場所」と言っているわけではないよ。子どもが毎日目にするものが、その子の遊びや考え方をつくる、というのがこの話の中心だ。母は、学問を身につけてほしいと願って、学問の場の近くを選んだんだね。

子どもは、まわりを見てまねをする子ども(孟子)墓地お葬式を見る市場売り買いを見る学校礼儀・学問を見る見てまねる環境で育つ
子どもは、まわりの大人がしていることを見て、まねをします。だから環境が大切、という教えです

「孟母三遷」の原文・書き下し文・現代語訳

原文は、維基文庫(中国語のウィキソース)の『列女伝』巻一・母儀伝「鄒孟軻母(すうのもうかのはは)」で確かめました。教科書や問題集では、字を日本の字体に直したり、句読点を整えたりした形で読むことが多いです(書き下し文は読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

『列女伝』母儀伝「鄒孟軻母」(句読点を補ったもの)鄒孟軻之母也。號孟母。其舍近墓。孟子之少也、嬉遊為墓間之事、踴躍築埋。孟母曰、此非吾所以居處子也。乃去舍市傍。其嬉戲為賈人衒賣之事。孟母又曰、此非吾所以居處子也。復徙舍學宮之傍。其嬉遊乃設俎豆、揖讓進退。孟母曰、真可以居吾子矣。遂居之。及孟子長、學六藝、卒成大儒之名。

1文目:墓地のそばで

書き下し文其その舎しや墓に近ちかし。孟子まうしの少わかきや、嬉遊きいうして墓間ぼかんの事を為なし、踊躍ようやく築埋ちくまいす。

(『列女伝』母儀伝(原文は「踴躍」))

現代語訳その家は墓地の近くにあった。孟子は幼いころ、遊びとして墓場ですることをまね、とびはねたり、土をついて(死者を)うめたりするまねをした。

ここがポイント「舎(しゃ)」は家・住まい。「少(わか)きや」の「也(や)」は、「〜は」と話題を示す働きです。「嬉遊(きゆう)」は遊ぶこと、「踊躍(ようやく)」はとびはねること、「築埋(ちくまい)」は土をついて埋めること。お葬式やお墓づくりのまねです。

2文目:ここは子の住む所ではない

書き下し文孟母まうぼ曰いはく、「此これ吾わが子を居処きよしよする所以ゆゑんに非あらざるなり。」乃すなはち去さりて市いちの傍かたはらに舎しやす。

(『列女伝』母儀伝(原文は「居處」))

現代語訳孟子の母は言った。「ここは、わたしの子を住まわせておく所ではない。」そこで、そこを去って、市場のそばに住んだ。

ここがポイント「非(あら)ず」は「〜ではない」という否定の句法(不・無・非)。「所以(ゆゑん)」は、ここでは「〜するところ」。読み方の見分けは「者・所・所以」の読み方へ。一二三点の「三」まで使うので、読む順番の番号をよく見ましょう。

3文目:市場のそばで

書き下し文其その嬉戯きぎするや賈人こじん衒売げんばいの事を為なす。

(『列女伝』母儀伝(原文は「嬉戲」「衒賣」))

現代語訳その遊びはというと、商人が品物を見せびらかして売るまねをした。

ここがポイント「賈人(こじん)」は商人。「衒売(げんばい)」は、品物をよく見せて売りこむこと。このあと母は、また「此れ吾が子を居処する所以に非ざるなり」と言います。同じ言葉をくり返すことで、話にリズムが生まれています。

4文目:学校のそばで

書き下し文復また徙うつりて学宮がくきゆうの傍かたはらに舎しやす。其その嬉遊きいうするや乃すなはち俎豆そとうを設まうけ、揖譲いふじやう進退しんたいす。

(『列女伝』母儀伝(原文は「學宮」「揖讓」))

現代語訳また引っこして、学校のそばに住んだ。すると、その遊びは、祭りの器を並べ、礼儀正しくおじぎをしたり、進んだり下がったりするまねになった。

ここがポイント「学宮(がくきゅう)」は学問をする所、つまり学校。「俎豆(そとう)」は祭りで供え物をのせる台と器、「揖譲(ゆうじょう)」は手を胸の前で組んでおじぎをし、ゆずり合うこと。どれも儒家が大切にした礼(れい)のふるまいです。「乃(すなは)ち」の読み方は漢文の重要漢字の読み(乃・遂など)へ。

5文目:ここなら住まわせられる

書き下し文孟母まうぼ曰いはく、「真まことに以もつて吾わが子を居おくべし。」遂つひに之これに居をる。

(『列女伝』母儀伝)

現代語訳孟子の母は言った。「ここなら本当に、わたしの子を住まわせることができる。」そうして、ついにここに住んだ。

ここがポイント「可以(もつて〜べし)」は「〜できる」。「以」の読み方は「以」の読み方(もって・所以・以為)でまとめています。文の終わりの「矣」は読まない置き字で、言い切りの気持ちをそえています。
「孟母三遷」の原文で覚える句法非〜に非ず〜ではない否定所以所以(ゆゑん)〜するところ・わけ所以可以以て〜べし〜できる・〜してよい可能若〜がごとし〜のようだ比況
「非」「所以」「可以」に、断機の話の「若(ごとし)」を加えた4つを覚えましょう

このあと原文は「及孟子長、學六藝、卒成大儒之名」(孟子が成長すると、六芸を学び、ついに大学者としての名を成した)と続き、「君子謂孟母善以漸化」(君子は、孟母はゆっくりと子を感化するのがうまかった、と言った)とまとめています。「六芸(りくげい)」は、礼・楽・射(弓)・御(馬車)・書・数の6つの教養のことです。

うかるくん

うかるくん

「三遷」っていうから3回引っこしたのかと思ったら、原文だと2回しか引っこしてないですよね?

ミスターT先生

ミスターT先生

よく読んだね! 原文では「市のそば」へ、次に「学宮のそば」へと、引っこしは2回だ。住んだ場所は墓・市・学宮の3か所になる。「三遷」の「三」をどう数えるかは、本によって説明が少しちがうから、「3つの住まいを選んだ話」と覚えておけば安心だよ。

出典『列女伝』と話の背景

「孟母三遷」の出典は、『列女伝(れつじょでん)』です。前漢の時代(紀元前1世紀ごろ)に、学者の劉向(りゅうきょう)がまとめた本で、昔のすぐれた女性(そして悪い例となる女性)の話を集めています。巻一の「母儀伝(ぼぎでん)」は、母としての手本となる人たちの話で、孟子の母の話はその中の「鄒孟軻母」にあります。「鄒(すう)」は孟子の生まれた国、「軻(か)」は孟子の名前です。

孟子は、中国の戦国時代(紀元前4世紀ごろ)の思想家で、孔子の教え(儒家)を受けついだ大学者です。人はもともと善い心をもって生まれる、という「性善説」で知られ、孔子に次ぐ人という意味で「亜聖(あせい)」とも呼ばれます。孟子の言葉からは、五十歩百歩・助長・木に縁りて魚を求むなど、たくさんの故事成語が生まれました。儒家と法家・道家のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

孔子から孟子へ(儒家の学問)孔子儒家を開いた人子思孔子の孫孟子性善説・亜聖列女伝:子思に学んだ史記:子思の門人に学んだ
孟子がだれに学んだかは、本によって書き方がちがいます(諸説あり)

『列女伝』は、孟子が「子思(しし)に師事した」と書いています。子思は孔子の孫です。一方、司馬遷の『史記』孟子荀卿列伝は、孟子は「子思の門人(弟子)に学んだ」と書いています。孟子が生きた時代と子思の時代には差があるため、学者の間でも説が分かれています。

同じ所にある「孟母断機」の話

『列女伝』の同じ「鄒孟軻母」には、もう1つ有名な話があります。少年の孟子が、学問のとちゅうで家に帰ってきてしまいました。機(はた)を織っていた母が「学問はどこまで進んだの」とたずねると、孟子は「前と同じです」と答えます。すると母は、小刀で織りかけの布を断ち切ってしまいました。これが「孟母断機(もうぼだんき)」「断機の戒め」と呼ばれる話です。

庭の机のそばで、青い着物の少年がうつむき、そのうしろに小刀を持った母が立っている日本画
幸野楳嶺(こうのばいれい)がえがいた「孟母断機」の場面。うつむく少年の孟子と、小刀を手にした母がえがかれています。右下には機(はた)と織りかけの赤い布が見えます。楳嶺は明治時代の京都の日本画家です。画像:幸野楳嶺「The Teaching of Mencius’ Mother Cutting the Threads of a Loom」(1880年代ごろ、Wikimedia Commons・パブリックドメイン。下の部分を切り出し)

断機:学問をやめるのは、この布を断つのと同じ

書き下し文子しの学がくを廃はいするは、吾わが斯この織しよくを断たつがごときなり。

(『列女伝』母儀伝(原文は「廢」「斷」))

現代語訳あなたが学問をやめるのは、わたしがこの織物を断ち切るのと同じことです。

ここがポイント「若(ごと)し」は「〜のようだ」という比況の句法(如・若)。「子(し)」は「あなた」。途中で切った布は着物にならないように、途中でやめた学問も役に立たない、というたとえです。
同じ所にある「孟母断機」の話孟子が学問のとちゅうで帰ってくる母「どこまで進んだ?」孟子「前と同じ」母が、織りかけの布を小刀で断ち切る(機=はた。布を織る道具)「学問をやめるのは、これと同じ」途中でやめれば、何にもならない孟子は朝晩はげみ、大学者になった「旦夕勤学して息まず」
孟母断機:途中でやめた学問は、途中で断ち切った布と同じ。孟子はこのあと学問にはげみました

母の言葉を聞いた孟子は「懼(おそ)れて、旦夕(朝から晩まで)勤学して息(や)まず」、ついに天下の名高い学者になったと書かれています。「孟母三遷」が環境の大切さの話なら、「孟母断機」は続けることの大切さの話です。

「孟母三遷」の使い方と例文・似た言葉

「孟母三遷」は、「孟母三遷の教え」「孟母三遷にならう」の形でよく使います。子どもの教育のために、住む場所や学校、まわりの人を選ぶときに使うのがポイントです。大人が自分の勉強の環境を整えるときに、たとえとして使うこともあります。

  • ○両親は孟母三遷の教えを信じて、学区のよい町に家を買った。(住む場所を選ぶ)
  • ○本を読む子に育てたいなら、まず家に本を置くことだ。孟母三遷というではないか。(家の中の環境)
  • ○受験生の兄は、孟母三遷ならぬ「自習室三遷」で、集中できる席をさがしている。(たとえとして)
  • ×転勤が多くて、孟母三遷のように何度も引っこした。(教育のための引っこしでなければ使わない)
孟母三遷似た言葉三遷の教え朱に交われば赤くなる氏より育ち同じ母の話孟母断機反対の考え方蛙の子は蛙瓜のつるになすびはならぬ
似た言葉・反対の考え方。「蛙の子は蛙」は、環境より生まれを重く見る言い方です

似た言葉

  • 三遷の教え(さんせんのおしえ):「孟母三遷の教え」を短くした言い方。
  • 朱に交われば赤くなる:人は、つきあう相手によって良くも悪くもなる、ということ。孟母三遷と同じく「環境しだい」という考えです。
  • 氏(うじ)より育ち:家がらや生まれよりも、育てられ方や環境のほうが、人をつくるうえで大切だ、ということ。
  • 孟母断機(もうぼだんき):同じ孟子の母の話。学問を途中でやめてはいけない、という教え。

反対の考え方の言葉

  • 蛙(かえる)の子は蛙:子は親に似るもので、凡人の子は凡人になる、ということ。生まれを重く見る言い方です。
  • 瓜(うり)のつるになすびはならぬ:平凡な親から、すぐれた子は生まれない、ということ。

「環境が大切」か「生まれが大切」かは、昔から議論されてきたテーマです。孟子自身は「人はもともと善い心をもっている」と考えましたが、その心を育てるには学ぶことが必要だとも説きました。母の三遷と断機は、その考えにつながる話として読むこともできます。

「孟母三遷」のよくあるまちがい

  • 「孟母」を「猛母」と書く:「孟」は孟子の「孟」です。「猛(たけだけしい)」とは別の字です。「孟」は常用漢字ではありませんが、この四字熟語では必ずこの字を使います。
  • 「遷」を「選」と書く:「遷」は「うつる」という意味。「住む所を選ぶ」話なので「選」と書きたくなりますが、正しくは「遷」です。
  • 「さんぜん」と読む:読みは「さんせん」。「変遷(へんせん)」「左遷(させん)」と同じ「せん」です。
  • 「母が3回引っこした」と思いこむ:原文では引っこしは2回で、住んだ場所が3か所です。数え方の説明は本によって少しちがいます。
  • 「教育ママのきびしさ」の意味だと思う:話の中で母は子をしかっていません。環境を選んで、子が自然に変わるのを待った話です。きびしく教える話は、むしろ「孟母断機」のほうです。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「三遷」は環境、「断機」は続けること! 同じお母さんの話でも、教えがちがうんですね。「遷」は「選」じゃない、も覚えました!

入試ではこう出る

  • 中学受験:四字熟語の意味を選ぶ問題、「孟母三□」の□を答える問題、「子どもの教育には環境が大切」に当たる四字熟語を書く問題。数字の入った四字熟語(韋編三絶など)とまとめて出ることもあります。
  • 高校受験:「遷」の書き取り、意味の選択。漢文の入門として原文の一部が出て、返り点・書き下し文・「母が引っこした理由」を問う問題もあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『列女伝』の原文で、「非吾所以居処子也」の「所以」の意味、「可以」「若」の句法、母の行動の意図を説明する問題。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

練習問題

やさしい

  1. 「孟母三遷」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 母は子どもをきびしくしかるべきだ イ 子どもの教育には環境が大切だ ウ 引っこしは三回までにするべきだ エ 学問は途中でやめてはいけない
    答えと解説を見るイ。エは同じ孟子の母の話「孟母断機」の教えです。
  2. 孟子の母が住んだ3つの場所を、順番に答えましょう。
    答えと解説を見る墓地のそば → 市場のそば → 学校(学宮)のそば。

ふつう

  1. 「此非吾所以居処子也」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る此れ吾が子を居処する所以に非ざるなり。「ここは、わたしの子を住まわせておく所ではない」という意味です。
  2. 孟子の母が、学校のそばに住むことに決めたのはなぜですか。孟子の遊びにふれて答えましょう。
    答えと解説を見る学校のそばでは、孟子が祭りの器を並べ、礼儀正しくおじぎをするなど、礼や学問に関わるまねをして遊ぶようになり、子を住まわせるのにふさわしい場所だと考えたから。

むずかしい

  1. 「子之廃学、若吾断斯織也」の「若」の読み方と働きを答え、文全体を現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る「若」は「ごとし」と読み、「〜のようだ」という比況を表します。訳:あなたが学問をやめるのは、わたしがこの織物を断ち切るのと同じことです。
  2. 『列女伝』では、孟子が学んだ相手を子思としています。『史記』ではどう書かれていますか。
    答えと解説を見る『史記』孟子荀卿列伝では、孟子は子思の門人(弟子)に学んだと書かれています。本によって説が分かれています。

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よくある質問

孟母三遷の意味を簡単に言うと何ですか?

子どもの教育には、まわりの環境が大切だということです。孟子の母が、子どものために住む場所を選び直した話から生まれました。「孟母三遷の教え」とも言います。

孟母三遷の3つの場所はどこですか?

墓地のそば、市場のそば、学校(学宮)のそばの3か所です。墓地のそばではお葬式のまね、市場のそばでは商人のまねをしたので引っこし、学校のそばで礼儀や学問のまねをするようになったので、そこに住みました。

孟母三遷の出典は何ですか?

前漢の劉向がまとめた『列女伝』の巻一・母儀伝「鄒孟軻母」です。同じ所に、織りかけの布を断ち切って学問を続けるよう教えた「孟母断機」の話もあります。

孟母三遷と孟母断機のちがいは何ですか?

孟母三遷は「教育には環境が大切」という教え、孟母断機は「学問は途中でやめてはいけない」という教えです。どちらも孟子の母の話で、『列女伝』の同じ所にあります。

「三遷」は3回引っこしたという意味ですか?

原文を読むと、引っこしは市場のそばと学校のそばへの2回で、住んだ場所が3か所です。「三」の数え方の説明は本によって少しちがいます。

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出典・参考

  • 原文:劉向『列女伝』巻一 母儀伝「鄒孟軻母」(維基文庫の本文で確認。教科書で多い形は、字を日本の字体に直し句読点を整えたもの)
  • 孟子が学んだ相手:『列女伝』(子思に師事)、『史記』孟子荀卿列伝(子思の門人に学ぶ)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(読み方の一例)
  • 絵:幸野楳嶺「The Teaching of Mencius’ Mother Cutting the Threads of a Loom」(Wikimedia Commons、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦