故事成語の一覧 › 『太子少傅箴』
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朱に交われば赤くなるしゅにまじわればあかくなる
ひとことで言うと
人は、つきあう相手やまわりの環境によって、よくも悪くも変わるということ。「朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し」から。
| 読み方 | しゅにまじわればあかくなる |
|---|---|
| 意味 | 人は、つきあう相手や環境によって、よくも悪くも変わるということ。ふだんは悪い影響を注意するときに使うことが多い。 |
| 出典 | 西晋の傅玄「太子少傅箴」の「近朱者赤,近墨者黒」とされる(『太平御覧』巻二百四十四が全文を引く) |
| お話 | 太子(皇太子)の教育係の心がまえとして、朱や墨のたとえで「そばにいる人を選べ」といましめた(出来事の話ではなく、たとえ) |
| 似た言葉 | 孟母三遷・麻の中の蓬・水は方円の器に随う |
| まぎらわしい言葉 | 類は友を呼ぶ(似た者どうしが集まる) |
| 漢文の句法 | 「者」の読み方・「則」の読み方・否定(不) |
このページのポイント
- 「朱に交われば赤くなる」は、人はつきあう相手や環境で、よくも悪くも変わるという意味です
- 出典とされるのは西晋の傅玄「太子少傅箴」の「朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し」。太子の教育のいましめです
- 同じ考えは『荀子』の麻の中の蓬、『孔子家語』の芝蘭の室・鮑魚の肆、孟母三遷にも出てきます
「朱に交われば赤くなる」の意味と読み方
「朱に交われば赤くなる」はしゅにまじわればあかくなると読みます。意味は「人は、つきあう相手やまわりの環境によって、よくも悪くも変わる」ということです。
「朱(しゅ)」は、黄色みがかった赤い色、またその色のもとになる顔料(絵の具)のことです。白い布や紙も、朱にふれれば赤く染まってしまいます。それと同じように、人も、いっしょにいる人の色に染まる、というたとえです。ふだんは「悪い仲間に入ると、自分も悪くなる」という注意の意味で使うことが多いですが、もともとはよい方にも悪い方にも当てはまる言葉です。
うかるくん
「朱に交われば」の「交わる」って、どういう意味ですか?
ミスターT先生
「交わる」は、人と行き来する・つきあう・仲間に入るということ。「友と交わる」「交際(こうさい)」の「交」だね。だから「朱に交われば」は、「赤い色のものとまじりあっていれば」と「赤い人たちとつきあっていれば」の両方を重ねた言い方なんだ。
ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。
- ○まじめだった彼が、夜遊びの仲間に入ってから成績が下がった。朱に交われば赤くなるだ。
- ○勉強熱心な友だちと同じ塾に通うようになり、ぼくも自然と机に向かうようになった。朱に交われば赤くなるとはこのことだ。
- ○朱に交われば赤くなると言うから、つきあう友だちはよく選びなさい。

絵で読む「朱に交われば赤くなる」のお話
「朱に交われば赤くなる」は、だれかの出来事から生まれた言葉ではありません。もとになったとされるのは、中国・西晋(せいしん)の時代の傅玄(ふげん)という人が書いた「太子少傅箴(たいししょうふしん)」という短い文の中の、「朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し」という一句です。
「太子少傅」は、太子(皇太子=次の皇帝になる王子)の教育係の役目のこと。「箴(しん)」は、いましめの言葉を書いた文のことです。つまりこの文は、「太子の先生は、どんな心がまえで太子を育てるべきか」を、たとえを重ねて書いたものです。そこで、1こま目は先生が太子に語る場面を想像して描き、2〜4こま目は文の中のたとえを絵にしました。
絵で読む「朱に交われば赤くなる」(4こま)
この文が言いたいのは、太子のそばにはどんな人を置くかが大事だということです。将来の皇帝である太子も、はじめは白い布のようなもの。正しい人がそばにいれば正しく育ち、悪い人がそばにいれば悪く染まってしまう。だから、太子の先生や家来はよく選ばなければならない、というわけです。

ミスターT先生
「朱に近づく者は赤く」の一句だけが有名になったけれど、文全体は「上に立つ人ほど、まわりの人を選べ」といういましめなんだ。今の「友だちを選べ」という使い方と、根っこは同じだね。
「朱に交われば赤くなる」の原文・書き下し文・現代語訳
傅玄の「太子少傅箴」は、宋の時代にまとめられた百科事典『太平御覧(たいへいぎょらん)』の「太子少傅」の項目に、全文が引用されています。ここでは、維基文庫(中国語のウィキソース)の『太平御覧』の本文をもとに読みます(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方で説明しています。
1文目:金属や木は、型しだい
書き下し文夫れ金木は常無く、方円形に応ず。
(傅玄「太子少傅箴」(『太平御覧』巻二百四十四))
現代語訳そもそも、金属や木には決まった形がなく、四角にも丸にも、型に合わせて形が変わる。
2文目:習いが性質をつくる
書き下し文亦た隠括有り、習ひ以て性と成る。
(傅玄「太子少傅箴」(原文は「隱括」))
現代語訳また、曲がった木をまっすぐに直す道具(隠括)もあるように、人もふだんの習いによって性質ができあがる。
3文目:朱と墨のたとえ
書き下し文故に朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し。
(傅玄「太子少傅箴」)
現代語訳だから、朱に近づく者は赤くなり、墨に近づく者は黒くなる。
4文目:声と響き、形と影
書き下し文声和すれば則ち響き清く、形正しければ則ち影直し。
(傅玄「太子少傅箴」)
現代語訳声がおだやかであれば、その響きも清らかになり、形が正しければ、影もまっすぐになる。
5文目:そばにいる人で決まる
書き下し文正人側に在り、徳義堂に盈つ。
(傅玄「太子少傅箴」)
現代語訳正しい人がそばにいれば、徳と正しい道が広間に満ちる。
6文目:悪いにおいが先に入ると
書き下し文鮑肆先づ入れば、蘭蕙芳しからず。
(傅玄「太子少傅箴」)
現代語訳塩づけの魚を売る店(のにおい)が先に入ってしまうと、蘭や蕙のよい香りもかおらなくなる。
出典について分かっていること・分からないこと
- 「近朱者赤,近墨者黒」の出どころ:清の時代の、ことわざの出どころを調べた本『通俗編』は、この句の出典を「傅休奕(傅玄のあざな)の太子少傅箴」としています。あわせて、『浄住子』という本の「墨に近づけば必ず緇(くろ)く、朱に近づけば必ず赤し」などの似た言い方も挙げています。
- 本による字のちがい:『太平御覧』の本文と、ほかの類書(事典)が引く本文とでは、最後の句(「傅臣司訓」など)の字が少しちがうものがあります。
- 日本の「朱に交われば赤くなる」の形:中国の「朱に近づく者は赤し」が、日本でいつ、どのようにして「交われば」の形になったのかは、はっきりした資料が見つかりませんでした。ここでは書かないでおきます。
サクラちゃん
「鮑肆」の「鮑」って、アワビのことじゃないんですか?
ミスターT先生
日本では「鮑」をアワビと読むけれど、古い中国の文では「鮑魚」=塩づけにしてにおいの強くなった魚を指すことが多いんだ。『孔子家語』にも「不善人と居るは、鮑魚の肆に入るがごとし」(よくない人といっしょにいるのは、塩づけの魚の店に入るようなものだ)という言葉がある。においが服にしみつくように、人もまわりに染まるというたとえだね。
出典「太子少傅箴」と話の背景
傅玄(ふげん、217〜278年)は、三国時代の魏から西晋にかけての文人・学者です。あざなは休奕(きゅうえき)。役人として皇帝に意見をのべる文書を多く書き、自分の考えをまとめた『傅子(ふし)』という本も残しました。詩人としても知られています。
「箴(しん)」は、古代中国の文章の種類の一つで、役人や君主が自分をいましめるための言葉を、短く、調子よく書いたものです。「太子少傅箴」は、その中でも太子の教育係の役目について書いたもので、最後は「傅臣訓を司る、敢へて君王に告ぐ」(教育係の臣は教えを受け持つ者として、つつしんで王に申し上げます)としめくくられています。
同じ考えは、もっと昔からあった
「人は環境に染まる」という考えは、傅玄より前の時代から、中国の思想の中でくり返し語られてきました。
- 『荀子(じゅんし)』勧学篇:「蓬(よもぎ)も麻中に生ずれば、扶けずして直し」(曲がりやすい蓬の草も、まっすぐにのびる麻の中に生えれば、支えなくてもまっすぐに育つ)。同じ篇には「君子は居るに必ず郷を択び、遊ぶに必ず士に就く」(りっぱな人は、住む所を必ず選び、つきあう相手には必ずりっぱな人を選ぶ)ともあります。荀子は、青は藍より出でて藍より青しの言葉でも知られる思想家です。
- 『孔子家語(こうしけご)』六本篇:孔子の言葉として、「善人と居るは、芝蘭(しらん)の室に入るがごとし」(よい人といっしょにいるのは、香りのよい草の部屋に入るようなもので、長くいると香りに気づかなくなり、自分もその香りに染まっている)と、その反対の「鮑魚の肆」のたとえが語られ、「是を以て君子は必ず其の与に処る者を慎む」(だからりっぱな人は、いっしょにいる相手を必ず慎重に選ぶ)と結ばれます。
- 孟母三遷:孟子の母が、子どもの育つ環境を考えて三度引っこした、という話(『列女伝』)。「環境が人を育てる」ことを、親の立場から示した話です。
こうした考えの流れの中で、「朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し」という、色を使った分かりやすいたとえが広まり、日本では「朱に交われば赤くなる」ということわざとして定着しました。諸子百家の考え方のちがいは諸子百家(儒家・道家・法家)と荀子の性悪説にまとめています。
「朱に交われば赤くなる」の使い方と例文・似た言葉
「朱に交われば赤くなる」は、だれかが、つきあう相手や環境の影響で変わったときや、つきあう相手を選ぶように注意するときに使います。悪い影響の意味で使うことが多いですが、よい影響の意味で使っても誤りではありません。
- ○おとなしかった弟が、元気なクラスに入ってすっかり活発になった。朱に交われば赤くなるだね。(よい変化)
- ○悪い先輩とつきあうようになって、言葉づかいまで乱暴になった。朱に交われば赤くなるだ。(悪い変化)
- ○受験勉強は、まじめに取り組む仲間といっしょにやるとよい。朱に交われば赤くなるからだ。(環境を選ぶ助言)
- ○新しい職場の雰囲気に、朱に交われば赤くなるで、いつの間にか自分も早起きになっていた。(自分のこと)
- ×赤い絵の具をこぼして、服が朱に交われば赤くなるになった。(本当に色が付いたことには使わない)
- ×みんなの意見を聞いて考えを変えるなんて、朱に交われば赤くなるだ。(自分で考えて意見を変えることではなく、まわりに知らず知らず染まることを言う)
似た言葉
- 麻の中の蓬(よもぎ):よい環境にいると、自然によくなる(『荀子』から)。
- 孟母三遷(もうぼさんせん):子どもの教育には環境が大切だということ。
- 水は方円の器に随(したが)う:水が入れ物の形に合わせて形を変えるように、人もつきあう相手や環境しだいでよくも悪くもなる。「太子少傅箴」の「方円形に応ず」とよく似た考えです。
- 英語では、He who touches pitch shall be defiled.(ピッチ〈黒いやに〉にさわる者は汚れる)ということわざが近い意味です。
まぎらわしい言葉
- 類は友を呼ぶ:似た者どうしが自然に集まる、という意味。「朱に交われば」はまわりに染まって変わること、「類は友を呼ぶ」はもともと似た人が集まることで、向きが反対です。
- 付和雷同(ふわらいどう):自分の考えを持たず、他人の意見にすぐ同調すること。「染まる」に近いですが、こちらは意見を合わせることを言います。
「朱に交われば赤くなる」のよくあるまちがい
- 「朱に混じれば」「朱に染まれば」と言う:正しくは「朱に交われば」です。「交わる」は「つきあう・行き来する」こと。「交」の読み方・書き順・部首で読み方を確かめましょう。
- 「朱」を「珠」「株」と書く:「朱」は朱色・朱肉の「しゅ」で、6画の字です。「朱」の読み方・書き順・部首、「墨」の読み方・書き順・部首で書き順も確かめましょう。
- よい意味では使えないと思う:ふだんは悪い影響に使うことが多いですが、もとの「朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し」は、よい方(朱)と悪い方(墨)の両方を言っています。
- 「朱」を悪い色だと思う:原文では「朱」と「墨」が対になっていて、ふつうは「墨(黒)」のほうが悪い方のたとえと読まれます。朱は、むしろよい方の色として読むのが一般的です。日本のことわざでは「赤くなる」だけが残ったので、「赤=悪い」と思われがちですが、注意しましょう。
- 出典を『論語』や孔子の言葉だとする:「朱に近づく者は赤く」の形は、西晋の傅玄の「太子少傅箴」が出典とされます。同じ考えの言葉は『孔子家語』『荀子』にもありますが、字はちがいます。
入試ではこう出る
- 中学受験:ことわざの意味を選ぶ問題、「朱に□われば赤くなる」の空らんに漢字を入れる問題、似た意味の言葉(孟母三遷など)や、まぎらわしい「類は友を呼ぶ」との区別を問う問題がよく出ます。
- 高校受験:ことわざの意味のほか、漢文の「近朱者赤、近墨者黒」に返り点をつける・書き下し文に直す問題が考えられます。高校受験の漢文は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
- 大学受験:『荀子』勧学篇や『孔子家語』のように、「人は学問や環境で変わる」という儒家の文章が出題されることがあります。荀子の性悪説と結びつけて読めるようにしておきましょう。共通テストの漢文は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。

サクラちゃん
「朱に交われば」は「つきあう相手で人は変わる」、「類は友を呼ぶ」は「似た者どうしが集まる」。向きが反対なんですね!
練習問題
やさしい
- 「朱に交われば赤くなる」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 赤い服を着ると目立つ イ 人はつきあう相手や環境によって変わる ウ 似た者どうしは自然に集まる エ はずかしくて顔が赤くなる答えと解説を見る
イ。ウは「類は友を呼ぶ」の意味です。 - 「朱に□われば赤くなる」の□に入る漢字1字を答えましょう。
答えと解説を見る
交(朱に交われば赤くなる)。
ふつう
- 「近朱者赤、近墨者黒」を書き下し文に直しましょう。
答えと解説を見る
朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し。「近」は「近づく」と読み、レ点で下の「朱」「墨」から返ります。 - 「朱に交われば赤くなる」と同じように、環境が人を変えることを表す四字熟語を1つ答えましょう。
答えと解説を見る
孟母三遷(孟子の母が、子どもの教育のために三度引っこした話から)。
むずかしい
- 「鮑肆先入、蘭蕙不芳」の意味を説明し、この句が「太子少傅箴」の中で何をたとえているか答えましょう。
答えと解説を見る
訳は「塩づけの魚の店(のにおい)が先に入ると、蘭や蕙のよい香りもかおらなくなる」。悪い人が先に太子のそばに入りこむと、よい教えや正しい人も力を発揮できなくなることをたとえています。だから太子のそばの人を選ぶことが大切だ、という主張につながります。
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よくある質問
「朱に交われば赤くなる」の意味を簡単に言うと何ですか?
人は、つきあう相手やまわりの環境によって、よくも悪くも変わるということです。ふだんは「悪い仲間に入ると自分も悪くなる」という注意の意味で使うことが多いです。
「朱に交われば赤くなる」の出典は何ですか?
中国・西晋の傅玄が書いた「太子少傅箴」の「近朱者赤,近墨者黒」(朱に近づく者は赤く、墨に近づく者は黒し)とされます。日本で「交われば」の形になったいきさつは、はっきりした資料が見つかっていません。
「朱に交われば赤くなる」はよい意味でも使えますか?
使えます。もとの言葉は、朱(よい方)にも墨(悪い方)にも染まることを言っています。ただし、ふだんは悪い影響を注意するときに使うことが多いです。
「朱に交われば赤くなる」と「類は友を呼ぶ」のちがいは何ですか?
「朱に交われば赤くなる」は、つきあう相手に染まって自分が変わることです。「類は友を呼ぶ」は、もともと似た者どうしが自然に集まることで、向きが反対です。
あわせて読みたい
出典・参考
- 原文:傅玄「太子少傅箴」(維基文庫『太平御覧』巻二百四十四の引用で確認。教科書で多い形は、読みやすいように字や句読点を整えたもの)
- 出典の考証:清『通俗編』巻十三「近朱者赤,近墨者黒」(維基文庫で確認)
- 似た言葉:『荀子』勧学篇、『孔子家語』六本篇(維基文庫で確認)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(代表的な読み方をもとにした一例)
- 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



