他山の石(たざんのいし)の意味と由来|詩経の原文・書き下し文・誤用とイラストで読む【故事成語】

他山の石(たざんのいし)の意味と由来|詩経の原文・書き下し文・誤用とイラストで読む【故事成語】

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他山の石たざんのいし

ひとことで言うと

ほかの人のよくない言動も、自分をみがく助けになること。よその山のありふれた石でも、自分の玉をみがけるという『詩経』の詩から。

読み方たざんのいし
意味ほかの人のよくない言動や失敗も、自分の知識や人がらをみがく助けになるということ。
出典『詩経』小雅・鶴鳴「它山之石、可以攻玉」(他山の石、以て玉を攻むべし)
お話出来事の話ではなく詩の一節。よその山のありふれた石でも、砥石にして自分の玉をみがくことができる
似た言葉反面教師・人のふり見て我がふり直せ・前車の覆るは後車の戒め
まちがい「よい手本にする」の意味で使うのは誤用。目上の人のよい行いには使わない
漢文の句法以て〜べし(可以)・置き字(于)・「之」(の)

このページのポイント

  • 「他山の石」はほかの人のよくない言動も、自分をみがく助けになること。石は宝石ではなく「ありふれた石」です
  • 「よい手本にする」の意味で使うのは誤用。目上の人のよい行いに使うと失礼になります
  • 出典は『詩経』小雅・鶴鳴。原文は「它山之石、可以攻玉」で、昔の注釈の読み方には諸説あります

「他山の石」の意味と読み方

「他山の石」はたざんのいしと読みます。意味は「ほかの人のよくない言動や失敗も、自分の知識や人がらをみがく助けになる」ということです。自分にとって戒め(いましめ)となる、他人の誤った言動を指して使います。

もとは中国でいちばん古い詩集『詩経(しきょう)』の「他山の石、以て玉を攻(をさ)むべし」という言葉です。「よその山から出た、ありふれた石でも、自分の宝石(玉)をみがく砥石(といし)として使える」という意味で、ここから「つまらないもの・よくないものでも、自分をみがくのに役立つ」というたとえになりました。

「他山の石」のたとえのしくみ詩のことばよその山の石ありふれた石自分の玉みがいて光る砥石に人にあてはめると今の意味人のよくない言動失敗・まちがい自分の成長自分をみがく助け※「玉(ぎょく)」は宝石。「攻む」は「みがく」の意味
よその山の石が、自分の玉をみがく。人にあてはめると、ほかの人のよくない言動が自分をみがく助けになる
うかるくん

うかるくん

「他山の石」って、すごい人をお手本にする、っていう意味じゃないんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

それが、とても多いまちがいなんだ。「他山の石」の石は、宝石ではなく、ありふれた石。だから「よくない例や失敗から学ぶ」ときに使う言葉なんだよ。尊敬する人のよい行いに使うと、相手を「つまらない石」と言っていることになってしまう。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○となりのクラスの失敗を他山の石として、わたしたちは早めに準備を始めた。
  • ○他社の事故を他山の石とし、安全の点検を見直す。
  • ○先輩が試験の前に体調をくずした話を他山の石にして、早く寝るようにした。
緑色の玉で作られた、まん中に丸い穴のある平たい円板。表面に小さな点の模様がならんでいる
中国の玉(ぎょく)で作られた「璧(へき)」。昔の中国では、玉はとても大切な宝物で、石でみがいて形を整えました。『詩経』の「玉を攻む」は、このような玉をみがくことです。画像:「Disc (Bi)」(中国・東周〜前漢、紀元前3〜2世紀、メトロポリタン美術館蔵、パブリックドメイン)

絵で読む「他山の石」のお話

「他山の石」は、だれかの出来事から生まれた言葉ではなく、詩の中の一行から生まれた言葉です。そこで、1〜2こま目は詩の言葉をそのまま絵にし、3〜4こま目は今の使い方を、学校の場面にたとえて描いています。

絵で読む「他山の石」(4こま。1〜2こま目は詩の言葉を絵にしたもの、3〜4こま目はたとえ)

1よその山の石よその山ごつごつした、ありふれた石だなあ
1詩の場面。よその山には、ごつごつした、ありふれた石がころがっています。
2石で玉をみがくこの石で玉がみがける!他山の石、以て玉を攻むべし
2けれども、その石も砥石にすれば、自分の宝石の玉をみがくことができます。「他山の石、以て玉を攻むべし」。
3人の失敗を見るぬれた床いてて…あぶない…
3ここからはたとえの場面。友だちが、ぬれたろうかを走ってころんでしまいました。
4自分をみがく助けにろうかは歩こうぼくも気をつけよう人の失敗も、自分をみがく石になる
4それを見た子は「ぼくも気をつけよう」。人の失敗も、自分をみがく石になる――これが今の「他山の石」の使い方です。

2こま目の「玉(ぎょく)」は、ひすいなどの美しい石のことで、昔の中国ではとても大切な宝物でした。玉は、そのままでは光りません。かたい石でこすって、少しずつみがくことで、つやが出て美しくなります。そのときに使う石は、高価な宝石である必要はなく、よその山から拾ってきたありふれた石でよいのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

ここが大事なところ。みがく道具の石は「ありふれた石」、みがかれる玉は「自分」だ。だから「他山の石」は、自分より下に見ているものや、よくない例に使う言葉になる。目上の人に向かって「あなたを他山の石にします」と言うのは、とても失礼なんだよ。

3〜4こま目のように、友だちの失敗を見て「自分も気をつけよう」と思うのが、今の「他山の石」の使い方です。失敗した人をばかにするのではなく、その失敗から自分が学ぶところがポイントです。

「他山の石」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『詩経』の小雅(しょうが)にある「鶴鳴(かくめい)」という詩です。2つの章(連)からできていて、どちらの章も最後が「他山の石」の句で終わります。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

『詩経』小雅・鶴鳴(維基文庫の本文。原文は「他」ではなく「它」の字)鶴鳴于九皐,聲聞于野。魚潛在淵,或在于渚。樂彼之園,爰有樹檀,其下維蘀。它山之石,可以為錯。
鶴鳴于九皐,聲聞于天。魚在于渚,或潛在淵。樂彼之園,爰有樹檀,其下維榖。它山之石,可以攻玉。

原文は「它山之石」と書かれています。「它(た)」は「他」と同じく「ほかの」という意味の字で、日本では「他山の石」と書くのがふつうです。

詩の始まり:鶴の声

書き下し文鶴つる九きう皐かうに鳴なき、声こゑ野のに聞きこゆ。

(『詩経』小雅・鶴鳴)

現代語訳鶴が奥深い沢で鳴くと、その声は野原まで聞こえる。

ここがポイント「九皐(きゅうこう)」は、いくつも奥へ入りこんだ沢のこと。「于」は読まない置き字で、「九皐に」「野に」の「に」の働きをします。鶴は奥に隠れていても、声は遠くまで届く――昔の注釈は、これを世に隠れている賢い人のたとえと読みました。

1章の結び:以て錯と為すべし

書き下し文他た山ざんの石いし、以もつて錯さくと為なすべし。

(『詩経』小雅・鶴鳴(原文は「它山之石,可以為錯」))

現代語訳よその山の石でも、それを砥石にすることができる。

ここがポイント「錯(さく)」は玉をみがく砥石のこと。「為す(なす)」は「〜にする」。「可以〜」は「以て〜べし」と読み、「〜することができる」。「以」の読み方は「以」の読み方と働き(以て)、「可」は可能の句法(可・能・得)へ。

2章の結び:以て玉を攻むべし

書き下し文他た山ざんの石いし、以もつて玉ぎょくを攻をさむべし。

(『詩経』小雅・鶴鳴(原文は「它山之石,可以攻玉」))

現代語訳よその山の石でも、それで自分の玉をみがくことができる。

ここがポイントここが「他山の石」の出典の一文です。「攻む(をさむ)」は「みがく・細工する」の意味で、昔の注釈(毛伝)も「攻は錯なり」(攻むはみがくことだ)としています。「之(の)」は「AのB」をつなぐ字(「之」の読み方と働き)。レ点と一二点が組になった「一レ」の読み方に注意しましょう。
「他山の石」の詩で覚える句法4つ之の「AのB」をつなぐ可以以て〜べし〜することができる于読まない置き字「〜に」の働き為Aと為すAにする・Aとして使う
「他山の石」の詩に出てくる句法は4つ。「可以〜(以て〜べし)」は「温故知新」の「可以為師」と同じ形です
サクラちゃん

サクラちゃん

1章は「錯と為すべし」、2章は「玉を攻むべし」。同じことを2回言っているんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

そう。『詩経』の詩は、少しだけ言葉を変えて、同じ形をくり返すことが多いんだ。歌うための詩だったからね。1章は「砥石になる」、2章は「玉をみがける」と、少し先まで言っている。日本で有名なのは2章の「以て玉を攻むべし」のほうだよ。

昔の注釈の読み方(諸説あり)

この詩が何を言いたいのかは、昔の注釈によって説明が分かれます。維基文庫で見られる『毛詩正義』には、次のような注釈がのっています。

  • 詩の序:「鶴鳴は、宣王を誨(をし)ふるなり」。周の宣王(せんおう)を教えさとした詩だとします。
  • 毛伝(もうでん):「錯は石なり、以て玉を琢(みが)くべし」。そして、世に出ていない賢い人を用いれば、国を治めることができると説きます。
  • 鄭箋(ていせん):「它山は異国に喩(たと)ふ」。よその山を、よその国のたとえと読みます。
昔の注釈は、こう読んだ(諸説あり)詩の序「鶴鳴は宣王を誨(をし)ふるなり」周の宣王を教えさとした詩毛伝(漢・毛亨の注)「錯は石なり、以て玉を琢くべし」世に出ていない賢い人を用いよ、と読む鄭箋(後漢・鄭玄の注)「它山は異国に喩ふ」よその山=よその国のたとえ今の日本語の「他山の石」は、ここから広げて使われている意味です
昔の注釈は、よその国の賢い人を用いるたとえなどと読みました。読み方には諸説あります

このように、詩のもとの読み方は「よその国の人材も、自分の国をよくするのに役立つ」というような、政治の話として説明されることがありました。今の日本語の「他山の石」は、そこから広げて、「ほかの人のよくない言動も、自分をみがく助けになる」という意味で使われています。どの読み方が詩のもとの意味かは、はっきり決められないので、ここでは諸説として紹介しています。

出典『詩経』と言葉の背景

『詩経』は、中国でいちばん古い詩集です。周の時代(紀元前11世紀ごろ〜紀元前6世紀ごろ)の歌を集めたもので、およそ300編の詩が入っています。孔子が弟子たちに学ぶようすすめた本としても知られ、儒家の大切な本「五経(ごきょう)」の一つになりました。

『詩経』は大きく3つに分かれます。各地の民謡を集めた「風(ふう)」、宮廷の宴会などで歌われた「雅(が)」、祖先をまつる儀式の歌「頌(しょう)」です。「鶴鳴」は、雅のうちの「小雅」に入っています。漢詩の歴史の中での『詩経』の位置は、漢詩のきまり(絶句・律詩と押韻)や漢文の文学史(詩経・論語・唐詩)でまとめています。

『詩経』からは、ほかにも多くの言葉が生まれました。学問や人がらをみがき合う意味の「切磋琢磨(せっさたくま)」も、『詩経』の詩がもとになった言葉です。「切磋琢磨」は骨や象牙・玉・石をみがく作業、「他山の石」は玉をみがく砥石――どちらも「みがく」ことを人の成長にたとえた言葉で、組にして覚えるとよいでしょう。

「玉をみがく」たとえ

昔の中国では、人が学んで立派になることを、玉をみがいて光らせることによくたとえました。『礼記(らいき)』には「玉琢(みが)かざれば器を成さず」(玉もみがかなければ道具にならない)という言葉があり、日本では「玉磨かざれば光なし」ということわざとして知られています。「他山の石」も、このたとえの仲間です。生まれつきの才能(玉)があっても、みがく道具(石)がなければ光らない。そして、その道具は、よその山のありふれた石でもかまわない――そんな考え方が読み取れます。

文化庁の調査でも取り上げられた誤用

「他山の石」は、意味をまちがえて使われることの多い言葉としても知られています。文化庁の「国語に関する世論調査」でも、この言葉の意味の受け取り方が取り上げられたことがあります。本来の意味は「他人の誤った言行も、自分の行いの参考になる」ですが、「他人のよい言行を、自分の手本にする」という意味だと思っている人も少なくありませんでした。調査の年や割合の数字は、ここでは確かめきれなかったので書かないでおきます。

「他山の石」の使い方と例文・似た言葉

「他山の石」は、「〜を他山の石とする」「〜を他山の石にする」「他山の石としたい」の形でよく使います。ほかの人の失敗・事故・よくない態度などを見て、自分が同じことをしないよう気をつける場面で使うのがポイントです。

  • ○他校で起きた事故を他山の石として、本校でも避難訓練を見直した。(よその失敗から学ぶ)
  • ○昨年の大会で相手チームが油断して負けたことを他山の石に、最後まで気をぬかなかった。(他人の失敗を戒めに)
  • ○ほかの会社の不祥事を他山の石とし、社員の研修を強化する。(ニュースや新聞でよく使う形)
  • ○兄の受験の失敗を他山の石として、早めに過去問を解き始めた。(家族の例から学ぶ)
  • ×尊敬する先生の立派な行いを他山の石として努力します。(よい手本の意味では使わない)
  • ×(社長に向かって)社長のご活躍を他山の石にさせていただきます。(目上の人のよい行いには使わない。とても失礼)

×の例は、どちらも「よいお手本」の意味で使ってしまっています。よい行いを見習うときは、「手本にする」「見習う」「模範とする」「範とする」などを使いましょう。

他山の石は「よくない例」に使う○ライバルの失敗を他山の石として、自分たちの練習を見直す。人のよくない例 → 自分の戒め×尊敬する先生の立派な行いを他山の石にする。よい手本には使わない(誤用)よい手本は「見習う」「手本にする」「範とする」
他山の石は「よくない例」から学ぶときの言葉。よい手本には「見習う」「手本にする」を使います
似ている3つの言葉のちがい他山の石よその人のよくない言動・つまらない言動→ 自分をみがく助けに反面教師よくない見本となる人(人そのものを指す)→ ああはなるまい手本・模範よい見本となる人や行い→ 見習う
「他山の石」と「反面教師」は近い言葉。「手本・模範」は反対に、よい見本のことです

似た言葉

  • 反面教師(はんめんきょうし):よくない見本として、自分の戒めになる人。中国の毛沢東の言葉から広まったとされる、20世紀の新しい言葉です。「他山の石」が言動(こと)を指すのに対し、「反面教師」は多く人そのものを指します。
  • 人のふり見て我がふり直せ:ほかの人の行いを見て、自分の行いを反省し、直しなさいということわざ。よい行いにも悪い行いにも使えますが、多くはよくない行いについて言います。
  • 前車の覆るは後車の戒め:前の車がひっくり返るのを見て、後の車は気をつけるということ。前の人の失敗は、後の人の戒めになるというたとえです。
  • 殷鑑(いんかん)遠からず:戒めとなる失敗の例は、遠くに探さなくても身近にあるということ。これも『詩経』の言葉です。
他山の石似た言葉反面教師人のふり見て我がふり直せ殷鑑遠からず前車の覆るは後車の戒め区別したい言葉手本模範見習う
似た言葉はどれも「よくない例を自分の戒めに」。手本・模範・見習うとは区別しましょう

区別したい言葉(よい手本に使う言葉)

  • 手本・模範:見習うべき、よい例。「先輩を手本にする」「模範となる行い」。
  • 見習う・範とする:よい例にならって同じようにすること。
  • 三人行えば必ず我が師あり:だれからでも学べるという『論語』の言葉。よい人からはよい所を見習い、よくない人からは自分の戒めとする、という意味で、「他山の石」と考え方が通じます。

勉強に生かす「他山の石」

受験勉強でも、「他山の石」はとても役に立つ考え方です。たとえば、友だちが模試で計算ミスをして点を落としたと聞いたら、「自分も見直しの時間を取ろう」と考える。先輩が「直前に新しい問題集に手を出して失敗した」と話していたら、「自分は今の問題集をくり返そう」と決める。ほかの人の失敗は、自分が同じ失敗をしないための、ただで手に入る教科書なのです。

ただし、人の失敗を笑ったり、言いふらしたりするのは「他山の石」ではありません。大切なのは、その失敗を自分のこととして受け止め、自分の行動を変えることです。また、自分の失敗も、あとから見れば後輩や友だちの「他山の石」になります。失敗した経験を正直に伝えることも、まわりの人をみがく助けになるのです。

「他山の石」のよくあるまちがい

  • よい手本の意味で使う:いちばん多いまちがいです。「他山の石」の石はありふれた石。立派な人や行いには使いません。
  • 目上の人に向かって使う:「先生のお話を他山の石にします」は、相手の話を「つまらない石」と言っていることになり、失礼になります。
  • 「他人事(ひとごと)」の意味だと思う:「よその山のこと」だから自分には関係ない、という意味ではありません。逆に、よそのことを自分のこととして学ぶ言葉です。
  • 「たやまのいし」と読む:正しくは「たざんのいし」。「山」は音読みの「ざん」です。
  • 「多山の石」「他山の意志」と書く:「他(ほかの)」の山の「石」です。字の形は「他」の読み方・書き順・部首・「石」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。玉をみがく意味の「磨」の読み方・書き順・部首もあわせて覚えておくと便利です。
うかるくん

うかるくん

「反面教師」と「他山の石」、どう使い分けたらいいんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

人を指すなら「反面教師」、言動や出来事を指すなら「他山の石」と考えると分かりやすい。「あの人を反面教師にする」「あの人の失敗を他山の石にする」のようにね。どちらも、よくない例から学ぶ点は同じだよ。

入試ではこう出る

「他山の石」は、意味をまちがえやすい言葉なので、中学受験から大学受験まで、意味を選ばせる問題がよく出ます。

  • 中学受験:慣用句・故事成語の意味を選ぶ問題、正しい使い方の文を選ぶ問題がよく問われます。「よいお手本」の選択肢は、まちがいとして入れられることが多いので注意しましょう。
  • 高校受験:文章中の「他山の石とする」の意味を答える問題、似た意味の言葉(反面教師・人のふり見て我がふり直せ)を選ぶ問題が中心です。漢文の入門として、「可以〜」の読み方が問われることもあります(高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策))。
  • 大学受験:評論文の中で「他山の石」がどういう意味で使われているかを説明させる問題、「可以」の訳し方がよく問われます。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

選択肢に「すぐれた人の行いを手本にする」があったら、それはひっかけですね! 「他人のよくない言動も、自分をみがく助けになる」が正解です。

練習問題

やさしい

  1. 「他山の石」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア すぐれた人の行いを手本にすること イ ほかの人のよくない言動も、自分をみがく助けになること ウ 自分には関係のないこと エ めずらしくて高価な宝物
    答えと解説を見るイ。アは、もっとも多いまちがいです。ウの「関係ない」は逆の意味、エの「宝物」は「玉」のほうです。
  2. 「他山の石」の読み方をひらがなで書きましょう。
    答えと解説を見るたざんのいし。「たやま」とは読みません。

ふつう

  1. 次の文のうち、「他山の石」の使い方が正しいものを選びましょう。
    ア 先生のりっぱな態度を他山の石として努力する。 イ 他校の失敗を他山の石として、準備を見直す。 ウ 他山の石だから、わたしには関係ない。
    答えと解説を見るイ。よその失敗を、自分の戒めにしています。アはよい手本の意味なので誤用、ウは意味がちがいます。
  2. 「他山之石、可以攻玉」を書き下し文に直し、現代語に訳しましょう。
    答えと解説を見る書き下し文:他山の石、以て玉を攻むべし。訳:よその山の石でも、それで自分の玉をみがくことができる。

むずかしい

  1. 「他山の石」を「よい手本にする」という意味で使うのは誤用とされます。なぜですか。もとの詩のたとえをもとに説明しましょう。
    答えと解説を見るもとの詩では、みがかれる玉が自分、みがく道具の石は「よその山のありふれた石」です。石は、すぐれたものではなく、つまらないもののたとえなので、他人のよい行いに使うと、相手を「つまらない石」と見ることになり、意味が合わないからです。
  2. 「鶴鳴」の昔の注釈では、「它山之石」をどのように読む説がありましたか。1つ答えましょう。
    答えと解説を見る例:毛伝は、錯(砥石)は玉をみがく石で、世に出ていない賢い人を用いれば国を治められると読みました。鄭箋は、它山(よその山)をよその国のたとえとします。どちらも、今の日本語の意味とは少しちがう、政治の話としての読み方です。

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よくある質問

他山の石の意味を簡単に言うと何ですか?

ほかの人のよくない言動や失敗も、自分をみがく助けになるということです。よその山のありふれた石でも、自分の宝石(玉)をみがく砥石に使えるという詩から生まれました。

他山の石を「よいお手本」の意味で使ってもよいですか?

本来の意味ではないので、まちがいとされます。他山の石の「石」はありふれた石のたとえなので、すぐれた人のよい行いには使いません。よい行いには「手本にする」「見習う」を使います。

他山の石の出典は何ですか?

中国でいちばん古い詩集『詩経』の小雅・鶴鳴という詩です。原文は「它山之石、可以攻玉(他山の石、以て玉を攻むべし)」で、よその山の石でも自分の玉をみがくことができる、という意味です。

他山の石と反面教師のちがいは何ですか?

どちらも、よくない例から学ぶという点は同じです。反面教師はよくない見本となる人そのものを指すことが多く、他山の石はほかの人の言動や出来事を指すことが多い言葉です。

他山の石の例文を教えてください。

「他校の事故を他山の石として、避難訓練を見直す」「兄の受験の失敗を他山の石として、早めに過去問を解き始めた」のように、ほかの人の失敗を自分の戒めにする場面で使います。

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出典・参考

  • 原文:『詩経』小雅・鶴鳴(維基文庫の本文で確認。原文は「它山之石」)
  • 注釈:『毛詩正義』巻十一(詩序・毛伝・鄭箋。維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(よく使われる読み方をもとにした一例)
  • 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦