百聞は一見に如かずの意味と由来|漢書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

百聞は一見に如かずの意味と由来|漢書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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百聞は一見に如かずひゃくぶんはいっけんにしかず

ひとことで言うと

何度も人から聞くより、自分の目で一度見るほうが確かだということ。前漢の老将・趙充国が宣帝に言った言葉から。

読み方ひゃくぶんはいっけんにしかず
意味人から何度も聞くより、自分の目で一度見るほうが確かで、よく分かるということ。
出典『漢書』趙充国伝「百聞不如一見」
お話前漢の宣帝に羌を討つ兵の数をたずねられた老将・趙充国が、「現地の金城を見てから作戦を図にして申し上げます」と答えた
似た言葉論より証拠・見ると聞くとは大違い・一目瞭然
反対の考え方机上の空論・耳学問・聞きかじり
漢文の句法比較(不如)・再読文字(当)・願望(願はくは)

このページのポイント

  • 「百聞は一見に如かず」は何度も聞くより、自分の目で一度見るほうが確かということ
  • 出典は『漢書』趙充国伝。七十歳をこえた老将が、現地を見てから作戦を立てると申し出た話を、4こまのイラストで読めます
  • 「A不如B(AはBに如かず)」は比較の句法の代表。「百見は一考に如かず」などの続きは後から付け足された言い回しです

「百聞は一見に如かず」の意味と読み方

「百聞は一見に如かず」はひゃくぶんはいっけんにしかずと読みます。意味は「人から何度も話を聞くより、自分の目で一度見るほうが、確かでよく分かる」ということです。「百聞」は百回聞くこと、「一見」は一回見ること、「如かず(しかず)」は「〜に及ばない」という意味です。

もとは中国の歴史書『漢書(かんじょ)』にある言葉です。前漢の将軍・趙充国(ちょうじゅうこく)が、皇帝の宣帝(せんてい)に作戦をたずねられたとき、「遠くで話を聞いているだけでは分かりません。現地へ行って自分の目で見てから作戦を立てます」と答えた言葉です。

百回聞くより、一回見るほうが重い聞聞聞聞聞聞聞聞百聞(聞く×100)一見(見る×1)自分の目で確かめたことが、いちばん確か
百回聞くことより、一回見ることのほうが重い。自分の目で確かめたことがいちばん確かです
うかるくん

うかるくん

「百聞は一見に如かず」の「如かず」って、どういう意味ですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

「如(し)く」は「及ぶ・同じくらいになる」という意味で、「如かず」はその打ち消し。だから「百聞は一見に如かず」は「百回聞くことは、一回見ることに及ばない」。漢文の比較の句法の代表なんだ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○写真で見るより、本物の富士山は大きかった。百聞は一見に如かずだ。
  • ○志望校を決める前に、オープンキャンパスに行こう。百聞は一見に如かずだよ。
  • ○説明書を何度読んでも分からなかったが、実際にやってみせてもらったら一度で分かった。百聞は一見に如かずとはこのことだ。

絵で読む「百聞は一見に如かず」のお話

舞台は、紀元前1世紀の中ごろの中国、前漢(ぜんかん)の時代です。都の長安から遠くはなれた西の地方で、羌(きょう)と呼ばれた人々が漢にそむいて兵を挙げました。皇帝の宣帝は、だれを将軍にし、どれだけの兵を送ればよいかを考えます。登場するのは、宣帝と、七十歳をこえた老将の趙充国です。

絵で読む「百聞は一見に如かず」のお話(4こま)

1宣帝がたずねる羌を討つには、どれだけの兵がいるか?趙充国(七十余歳)宣帝
1前漢の宣帝が、七十歳をこえた老将・趙充国にたずねます。「羌を討つには、どれだけの兵がいるか」。
2趙充国の答え百聞は一見に如かず。金城へ行ってこの目で見てまいります百聞は一見に如かず
2趙充国は答えました。「百聞は一見に如かず。遠くからでは見積もれません。金城へ行って、この目で見てまいります」。
3金城で地形を見る金城ここの山と川はこうなっているのか
3趙充国は、西の金城へ馬で向かい、山や川、敵のようすを自分の目で確かめます。
4作戦を図にして申し上げる図にして作戦を申し上げます図して方略を上らん
4見たうえで、作戦を図にして申し上げる――「図して方略を上らん」。自分の目で確かめてから計画を立てたのです。

宣帝は、都にいながら「何人の兵がいるか」と、すぐに数を知りたがりました。けれども趙充国は、遠くで話を聞いて数を決めるのは危ないと考えました。敵の数も、山や川の形も、道のようすも、現地を見なければ本当のことは分からないからです。そこで「自分が行って見てきます」と申し出たのです。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

趙充国はこのとき七十歳をこえたおじいさんの将軍だ。それでも自分から馬に乗って、遠い西の金城まで見に行こうとした。えらい人ほど、人まかせにしないで自分の目で確かめる――この言葉には、そんな心がまえがこめられているんだね。

原文を読むと、趙充国はさらに「羌はちっぽけな者たちで、天にそむいて反乱を起こしたのだから、遠からずほろびるでしょう。どうかわたしにおまかせください。ご心配にはおよびません」と言っています。宣帝は笑って「よろしい」と答えました。老将の自信と、皇帝の信頼が伝わってくる場面です。

都から遠くはなれた金城(イメージ)黄河金城長安(都)馬で西へ羌羌※位置は分かりやすくした目安で、正確な地図ではありません
都の長安から遠くはなれた西の金城。都にいては、現地の地形も敵のようすも分かりません

「百聞は一見に如かず」の原文・書き下し文・現代語訳

出典は『漢書』の巻六十九「趙充国伝」です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方でくわしく説明しています。

『漢書』趙充国伝の本文(維基文庫。旧字体・句読点を補ったもの)時充國年七十餘,上老之,使御史大夫丙吉問誰可將者,充國對曰:「亡踰於老臣者矣。」上遣問焉,曰:「將軍度羌虜何如,當用幾人?」充國曰:「百聞不如一見。兵難隃度,臣願馳至金城,圖上方略。然羌戎小夷,逆天背畔,滅亡不久,願陛下以屬老臣,勿以爲憂。」上笑曰:「諾。」

「上(しょう)」は皇帝(ここでは宣帝)のこと。最初の部分は「このとき充国は七十余歳で、皇帝は充国を年をとりすぎていると思い、御史大夫の丙吉に、だれが将軍にふさわしいかをたずねさせた。充国は『わたしにまさる者はおりません』と答えた」という意味です。皇帝はそこで、作戦についてたずねました。

宣帝の問い:何人の兵がいるか

書き下し文将しやう軍ぐん羌きやう虜りよを度はかるに何如いかん、当まさに幾いく人にんを用もちふべき。

(『漢書』趙充国伝)

現代語訳将軍は、羌の敵をどう見積もるか。どれだけの人数(兵)を使うべきか。

ここがポイント「度(はか)る」は見積もること。「何如(いかん)」は「どうであるか」とたずねる疑問の句法です。「当」は「当(まさ)に〜べし」と2回読む再読文字で、「〜するはずだ・〜すべきだ」。ここでは疑問の文なので「べき」で止めます。

趙充国の答え:百聞は一見に如かず

書き下し文充じゆう国こく曰いはく、「百ひやく聞ぶんは一いつ見けんに如しかず。」

(『漢書』趙充国伝)

現代語訳趙充国が言うには、「百回聞くことは、一回見ることに及びません。」

ここがポイント「A不如B(AはBに如かず)」は「AはBに及ばない」=「Bのほうがよい」という比較の句法(不如・莫如・於)。「不」はひらがなの「ず」で書き下します。返り点は「不レ如二一見一」。「一見」から「如」へ、「如」から「不」へと返ります。

理由:遠くからでは見積もれない

書き下し文兵へいは隃はるかに度はかり難かたし。臣しん願ねがはくは馳はせて金きん城じやうに至いたり、図ずして方はう略りやくを上たてまつらん。

(『漢書』趙充国伝)

現代語訳戦いのことは、遠くからでは見積もるのが難しいものです。どうか、わたしを馬で金城まで行かせてください。(現地を見て)図にして作戦を申し上げたいと思います。

ここがポイント「隃(はる)かに」は「遠くはなれて」。「〜難し(がたし)」は「〜するのが難しい」。「願はくは〜ん」は「どうか〜したい」という願望の句法です。「臣」は家来が自分を指す言葉、「方略」は作戦のこと。読み方には「図して方略を上らん」のほか、いくつかの形があります。

話の結び:ご心配なく

書き下し文願ねがはくは陛へい下か以もつて老らう臣しんに属しよくし、以もつて憂うれひと為なすこと勿なかれ。

(『漢書』趙充国伝)

現代語訳どうか陛下、このことを老臣のわたしにおまかせください。ご心配にはおよびません。

ここがポイント「勿(な)かれ」は「〜するな」という禁止の句法(勿・無・莫)。「属(しょく)す」は「まかせる」。「以」の働きは「以」の読み方と働き(以て)へ。このあと、宣帝は「笑ひて曰はく、諾(だく)」――笑って「よろしい」と答えました。
この話で覚える句法4つ不如AはBに如かずAはBに及ばない(比較)何如何如(いかん)どうであるか(疑問)当当に〜べし〜するはずだ(再読文字)願願はくは〜んどうか〜したい(願望)
この話に出てくる句法は4つ。「AはBに如かず」の比較は、入試でとくによく問われます
サクラちゃん

サクラちゃん

「百聞は一見に如かず」の続きで「百見は一考に如かず」っていうのを聞いたことがあります。それも『漢書』ですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

いいところに気がついた。『漢書』の原文にあるのは「百聞は一見に如かず」の一句だけなんだ。「百見は一考に如かず」「百考は一行に如かず」などの続きは、後から付け足された言い回しとされていて、だれがいつ作ったのか、はっきりした資料が見つからない。言葉としてはよくできているけれど、出典を聞かれたら『漢書』の一句だけを答えよう。

原文にあるのは、最初の一句だけ『漢書』の原文百聞は一見に如かず後から付け足された続き(出典ははっきりしない)百見は一考に如かず百考は一行に如かず…など、いくつかの形があるテストで出典を書くときは『漢書』の一句だけ
原文は「百聞は一見に如かず」の一句だけ。続きの言い回しは後から付け足されたものとされます

出典『漢書』と話の背景

『漢書』は、後漢(ごかん)の班固(はんこ)たちがまとめた、前漢の歴史の本です。前漢のはじまりから終わりまでの約230年を、皇帝ごとの記録や、主な人物の伝記などに分けて書いています。司馬遷の『史記』とならぶ、中国の代表的な歴史書です。『史記』や『漢書』など漢文の作品の流れは、漢文の文学史(史記・漢書・唐詩)でまとめています。

趙充国とはどんな人か

趙充国は、字(あざな)を翁孫(おうそん)といい、隴西(ろうせい)郡上邽(じょうけい)の人です(『漢書』の伝の最初にこう書かれています)。漢の西の国境に近い土地の出身で、若いころから騎兵として活躍し、匈奴(きょうど)との戦いでも手柄を立てたと伝えられています。西の地方の事情にくわしい、たたき上げの将軍でした。

この話のころ、趙充国は七十歳をこえていました。宣帝は「年をとりすぎているのでは」と心配して、別の家来にだれを将軍にすればよいかをたずねさせます。ところが趙充国は「わたしにまさる者はおりません」と答え、自分から名乗り出ました。年をとってもおとろえない元気さは、後漢の将軍・馬援(ばえん)の「老いてますます盛ん」の話を思い出させます。

趙充国はそのあとどうしたか

金城に着いた趙充国は、むやみに攻めこまず、敵のようすをよく見て、守りを固めました。そして、兵士に土地を耕させながら国境を守らせる「屯田(とんでん)」の計画を宣帝に申し上げたことで知られています。都の人々の中には、早く攻めるべきだという意見もありましたが、趙充国は現地を見たからこそ分かる理由をていねいに書いて説明しました。「百聞は一見に如かず」は、ただの格言ではなく、こうした現地を見て判断する趙充国のやり方そのものを表した言葉なのです。

戦いでは、相手と自分のことをよく知ることが大事だと言われます。『孫子』の「彼を知り己を知れば百戦殆うからず」も、同じように正しく知ることの大切さを言った言葉です。

勉強に生かす「百聞は一見に如かず」

この言葉は、受験勉強にもそのまま使えます。たとえば理科の実験や社会の地形は、教科書の説明を何度読むより、実験の動画を見たり、地図帳で実際の地形を確かめたりするほうが、ずっと早く頭に入ります。志望校選びも同じで、パンフレットやうわさを集めるより、文化祭やオープンキャンパスで実際に校舎や生徒のようすを見るほうが、自分に合うかどうかがよく分かります。

ただし、「見たから分かった」で終わらせないことも大切です。趙充国も、金城を見たあとで作戦を図にまとめ、理由をつけて説明しました。見て分かったことを、ノートにまとめたり、人に説明したりしてはじめて、本当の力になります。見たことを手がかりに考えを深める――これは、同じ学び方の言葉である温故知新にも通じる考え方です。

「百聞は一見に如かず」の使い方と例文・似た言葉

「百聞は一見に如かず」は、文の終わりに「〜。百聞は一見に如かずだ」と付けたり、「百聞は一見に如かずというから、〜しよう」と人にすすめたりする形でよく使います。人の話や本・写真で知るより、実際に見る(体験する)ほうがよく分かるときに使うのがポイントです。

  • ○教科書で読んだ京都のお寺を修学旅行で見て、その大きさにおどろいた。百聞は一見に如かずだ。(実際に見て分かった)
  • ○百聞は一見に如かずというから、まずは工場見学に行ってみよう。(見に行くことをすすめる)
  • ○理科の実験で、本で読んだとおりに色が変わるのを見て、やっと納得した。百聞は一見に如かずだね。(体験して納得)
  • ○新しい店のうわさはいろいろ聞いたが、百聞は一見に如かず、自分で行って確かめることにした。(うわさより自分の目)
  • ×先生の話を百回聞いたので、よく分かった。百聞は一見に如かずだ。(聞くことをほめる意味では使わない)
  • ×一度見ただけで決めつけるのはよくない。百聞は一見に如かずだ。(「一回だけでは足りない」の意味ではない)

×の2つは、意味が反対になっています。「百聞は一見に如かず」は「聞く」より「見る」がまさるという言葉なので、「聞くことが大事」「一回では足りない」の意味では使いません。

百聞は一見に如かず似た言葉論より証拠見ると聞くとは大違い一目瞭然Seeing is believing反対の考え方机上の空論耳学問聞きかじり
似た言葉と反対の考え方。「机上の空論」や「耳学問」は、見ないで頭や耳だけで分かったつもりになることです

似た言葉

  • 論より証拠:あれこれ議論するより、証拠を見せるほうが早くはっきりするということわざ。
  • 見ると聞くとは大違い:うわさに聞いていたことと、実際に見たこととは大きくちがうということ。
  • 一目瞭然(いちもくりょうぜん):ひと目見ただけで、はっきり分かること。
  • Seeing is believing.:英語のことわざで「見ることは信じること」。「百聞は一見に如かず」の英訳としてよく使われます。

反対の考え方を表す言葉

  • 机上の空論(きじょうのくうろん):頭の中だけで考えた、実際には役に立たない計画や意見。
  • 耳学問(みみがくもん):自分で学んだり確かめたりせず、人から聞いて覚えただけの知識。
  • 聞きかじり:話の一部分だけを聞いて、知っているつもりになること。

なお、同じ「学び方」の言葉として、昔のことを学び直して新しいことを知る「温故知新」、人の失敗も自分をみがく助けにする「他山の石」もあわせて覚えておくと、作文や面接でも使えます。

「百聞は一見に如かず」のよくあるまちがい

  • 「如かず」を「しかず」以外で読む:「ごとかず」「にょかず」とは読みません。「しかず」です。「如(し)く」は「及ぶ」の意味です。
  • 「百聞は一見に敷かず」「若かず」と書く:「しく」の音から「敷く」と書くのはまちがい。漢文では「如」のほか「若」も「しく」と読むことがありますが、このことわざはふつう「如かず」と書きます。字の形は「如」の読み方・書き順・部首・「聞」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「ひゃくもん」と読む:「百聞」は「ひゃくぶん」。「見聞(けんぶん)」「新聞(しんぶん)」と同じ「ぶん」です。
  • 「一見(いちげん)」と読む:「一見(いちげん)さん」(はじめての客)とは別の読みです。ここは「いっけん」。
  • 「如かず」を「〜のようではない」と訳す:「如」は「ごとし(〜のようだ)」とも読みますが、「如かず」は「及ばない」。比較の意味です。
  • 出典を『史記』や『論語』と書く:出典は『漢書』趙充国伝です。
うかるくん

うかるくん

「如」って「ごとし」とも読むし、「しく」とも読むし、こんがらがります…。

ミスターT先生

ミスターT先生

見分け方は簡単。上に「不」や「莫」があって打ち消しになっていたら「しかず」(及ばない)、そうでなければたいてい「ごとし」(〜のようだ)だ。「百聞不如一見」は「不」があるから「如かず」。比況の「ごとし」は比況の句法(如・若・猶)で練習しよう。

入試ではこう出る

「百聞は一見に如かず」は、ことわざとしても漢文の句法としても、中学受験から大学受験まで出てきます。

  • 中学受験:ことわざの意味を選ぶ問題、「□聞は□見に如かず」の数字の穴うめ、似た意味のことわざ(論より証拠など)を選ぶ問題がよく問われます。
  • 高校受験:「百聞不如一見」に返り点をつける問題、書き下し文に直す問題、「如かず」の意味を答える問題が中心です。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:「A不如B」「A莫如B」などの比較の句法として、訳し方や書き下しがよく問われます。「当」「願」などの句法も同じ文章に出てきやすいので、まとめて覚えましょう。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「百聞不如一見」は、「不レ如二一見一」と返り点をつけて、「一見に如かず」と読むんですね! 「不」はひらがなの「ず」で書き下すのがポイントです。

練習問題

やさしい

  1. 「百聞は一見に如かず」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 百回聞けば、見なくても分かる イ 何度も聞くより、自分の目で一度見るほうが確かだ ウ 一度見ただけでは分からない エ 聞いた話は信じてはいけない
    答えと解説を見るイ。アとウは反対の意味。エは言いすぎです。
  2. 「百聞は一見に如かず」の読み方をひらがなで書きましょう。
    答えと解説を見るひゃくぶんはいっけんにしかず。「ひゃくもん」「ごとかず」とは読みません。

ふつう

  1. 「百聞不如一見」に返り点をつけ、書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る返り点:百聞不レ如二一見一。書き下し文:百聞は一見に如かず。「不」はひらがなの「ず」で書きます。
  2. 趙充国は、なぜ宣帝の問いにすぐ兵の数を答えなかったのですか。
    答えと解説を見る遠くで話を聞いているだけでは、戦いのことは正しく見積もれない(兵は隃かに度り難し)と考え、現地の金城へ行って自分の目で見てから作戦を立てようとしたからです。

むずかしい

  1. 「A不如B」はどのような意味を表す句法ですか。句法の名前と意味を答え、「百聞不如一見」を現代語に訳しましょう。
    答えと解説を見る比較の句法で、「AはBに及ばない(Bのほうがまさっている)」という意味。訳は「百回聞くことは、一回見ることに及ばない」。
  2. 「将軍度羌虜何如、当用幾人」の「当」は何と読みますか。読み方と、この字の種類を答えましょう。
    答えと解説を見る「当(まさ)に〜べし」と2回読む再読文字です。ここでは「当に幾人を用ふべき」と読み、「どれだけの人数を使うべきか」という意味になります。

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よくある質問

百聞は一見に如かずの意味を簡単に言うと何ですか?

人から何度も話を聞くより、自分の目で一度見るほうが、確かでよく分かるということです。

百聞は一見に如かずの出典は何ですか?

中国の歴史書『漢書』の趙充国伝です。前漢の宣帝に羌を討つための兵の数をたずねられた将軍の趙充国が、「百聞は一見に如かず」と答え、現地の金城を見てから作戦を立てたいと願い出ました。

「如かず」とはどういう意味ですか?

「及ばない」という意味です。「AはBに如かず(A不如B)」は、AはBに及ばない、Bのほうがまさっているという比較の句法です。

「百見は一考に如かず」も漢書の言葉ですか?

『漢書』の原文にあるのは「百聞は一見に如かず」の一句だけです。「百見は一考に如かず」「百考は一行に如かず」などの続きは、後から付け足された言い回しとされ、出典ははっきりしません。

百聞は一見に如かずを英語で言うと?

「Seeing is believing.」(見ることは信じること)がよく使われます。

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出典・参考

  • 原文:『漢書』巻六十九 趙充国辛慶忌伝(維基文庫の本文で確認。教科書で多い形は新字体に改めたもの)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(よく使われる読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦