玉磨かざれば光なしの意味と由来|礼記の原文・書き下し文・現代語訳と実語教、イラストで分かる【故事成語】

玉磨かざれば光なしの意味と由来|礼記の原文・書き下し文・現代語訳と実語教、イラストで分かる【故事成語】

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玉磨かざれば光なしたまみがかざればひかりなし

ひとことで言うと

才能や素質があっても、学び努力しなければ立派にならないこと。玉の原石も、みがかなければ光らないことから。

読み方たまみがかざればひかりなし
意味どんなにすぐれた才能や素質を持っていても、学問や努力でみがかなければ、立派な人にはなれないということ。
出典『礼記』学記「玉不琢、不成器。人不学、不知道」。今の形は日本の『実語教』「玉不磨無光」から
もとの形玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず
似た言葉切磋琢磨・他山の石・継続は力なり
反対の言葉栴檀は双葉より芳し・蛙の子は蛙(反対に近い考え方)
漢文の句法仮定(不〜ざれば)・否定(不・無)・「為」の読み

このページのポイント

  • 「玉磨かざれば光なし」は、才能があっても、みがかなければ光らないこと
  • もとは『礼記』の「玉琢かざれば器を成さず」。日本では寺子屋の教科書『実語教』の形で広まりました
  • 原文は「玉」と「人」の対句。仮定・否定の句法と、入試での出方まで分かります

「玉磨かざれば光なし」の意味と読み方

「玉磨かざれば光なし」はたまみがかざればひかりなしと読みます。意味は「どんなにすぐれた才能や素質を持っていても、学問や努力でみがかなければ、立派な人にはなれない」ということです。

ここでいう「玉(たま)」は、ガラス玉やボールではなく、宝石の一種の「玉(ぎょく)」のことです。中国では昔から、みどり色や白色の美しい玉が、宝物や身分のしるしとしてとても大切にされてきました。ところが、山や川で見つかる玉の原石は、外から見るとただのごつごつした石です。切って、けずって、みがいて、はじめて美しい光を放ちます。人も同じで、生まれつきの力だけでは光らない、学んでこそ光る、というのがこの言葉の中心です。

玉も人も、みがいてはじめて光る玉の話原石ただの石に見える切るみがく(琢・磨)光る器宝物の玉になる人の話生まれ持った力(才能)学ぶきたえる(学)道を知る立派な人になるみがかなければ、どちらも光らない
玉の原石も、人の才能も、みがく(学ぶ)ことではじめて光ります
うかるくん

うかるくん

「玉」って、ビー玉とかの「たま」じゃないんですね!

ミスターT先生

ミスターT先生

そう、宝石の「玉(ぎょく)」だ。「完璧(璧を完うして趙に帰る)」の「璧」も、この玉でできた宝物なんだよ。ことわざのもとは、中国の古い本『礼記(らいき)』の「玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず」という言葉。日本では、寺子屋の教科書だった『実語教(じつごきょう)』の「玉磨かざれば光無し」の形で広まったんだ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○彼は野球の才能があるが、練習をなまけている。玉磨かざれば光なしだ。
  • ○「玉磨かざれば光なし。才能にあぐらをかかず、毎日の努力を続けなさい」と先生に言われた。
  • ○どんなによい素材の新人でも、育てる場がなければ伸びない。玉磨かざれば光なしである。

「玉」は「玉」の読み方・書き順・部首、「磨」は「磨」の読み方・書き順・部首、「光」は「光」の読み方・書き順・部首で、書き順と読み方を確かめておきましょう。

絵で読む「玉磨かざれば光なし」のたとえ

「玉磨かざれば光なし」は、「矛盾」や「蛇足」のように、だれかの出来事から生まれた言葉ではありません。玉をみがく仕事にたとえて、学ぶことの大切さを説いた言葉です。そこで、言葉の意味を4つの場面で絵にしてみました(実際にあった出来事ではなく、たとえの場面です)。

絵で読む「玉磨かざれば光なし」(たとえの4こま)

1玉の原石を見つけるただの石に見えるが、中に玉が入っているぞ玉の職人玉の原石
1山で拾ったごつごつした石。ただの石に見えますが、玉の職人には、中に美しい玉が入っていることが分かります。
2切って、みがく切って、けずって、みがいて…玉の職人
2職人は石を切り、けずり、何度もみがきます。手間も時間もかかる仕事です。
3光る器になったなんと美しい!ただの石だったのにみがいた玉(璧)
3みがき上がった玉は、ぴかぴかに光る器(璧)になりました。みがかなければ、ただの石のままでした。
4人も学んで光る学べば、人も光るのじゃ人学ばざれば道を知らず
4人も同じです。生まれ持った力があっても、学ばなければ正しい道を知ることはできません。

1こま目の職人は、ただの石の中に玉があることを見ぬきました。でも、見ぬいただけでは宝物にはなりません。2こま目のように、手間をかけて切り、みがくことで、3こま目の光る器が生まれます。4こま目は、それを人にあてはめたものです。

表面がなめらかで、ところどころ欠けた、黒っぽい大きな石のかたまり
みがく前の玉(軟玉=ネフライト)の原石のかけら。中国の西のはずれ(トルキスタン)のもので、まだ器や彫刻にはなっていない、かたまりのままの状態です。画像:「Fragment of a Boulder」(軟玉、中国・トルキスタン、メトロポリタン美術館 02.18.79、パブリックドメイン)
人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

ここで大事なのは、原石がもともと持っている「玉」と、それをみがく「手間」の両方がそろって、はじめて光るということだ。「才能がある人だけが光る」という意味ではないんだよ。

中国には、玉の原石をめぐる有名な話がもう1つあります。『韓非子』和氏(かし)篇の「和氏の璧(かしのへき)」です。楚の国の卞和(べんか)という人が山で玉の原石を見つけて王に献上しましたが、玉の職人が「ただの石です」と言ったため、うそつきとして罰を受けてしまいます。のちの王がその石をみがかせてみると、すばらしい宝玉が現れました。この玉が、のちに「完璧の意味と由来」の話に出てくる璧だとされます。みがかなければ、宝物もただの石と見なされてしまうことを教えてくれる話です。

「玉磨かざれば光なし」の原文・書き下し文・現代語訳

もとになった言葉は、中国の『礼記(らいき)』の学記(がくき)という篇にあります。そして、今のことわざの形は、日本の『実語教(じつごきょう)』から来ています。どちらも1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(『礼記』学記)玉不琢、不成器。人不学、不知道。是故古之王者、建国君民、教学為先。

1文目:玉もみがかなければ器にならない

書き下し文玉たま琢みがかざれば、器きを成なさず。

(『礼記』学記)

現代語訳玉も、みがかなければ、(役に立つ美しい)器にはならない。

ここがポイント「琢(たく)」は、玉をうって形を整え、みがくこと。「不〜(ざれば)」は、「〜しなければ」という仮定の読み方で、打ち消しの「ず」の已然形「ざれ」に「ば」がついた形です(漢文では「もし〜なければ」と仮定で訳します)。仮定の言い方は仮定の句法(如・若・苟・縦・雖)でまとめています。レ点が2つ続くので、「器→成→不」と下から返ります。

2文目:人も学ばなければ道を知らない

書き下し文人ひと学まなばざれば、道みちを知しらず。

(『礼記』学記)

現代語訳人も、学ばなければ、(人として進むべき正しい)道を知ることはできない。

ここがポイント1文目とまったく同じ形の対句(ついく)です。「玉」と「人」、「琢」と「学」、「器」と「道」がそれぞれ対応しています。「道」は道路ではなく、人として正しい生き方・ものの道理のこと。「不」の読み方(ず・ざれ・ざる)は否定の句法(不・無・非・莫・弗)で練習できます。

3文目:だから昔の王は教育を第一にした

書き下し文是この故ゆゑに古いにしへの王わう者じやは、国くにを建たて民たみに君きみたるに、教けう学がくを先さきと為なす。

(『礼記』学記)

現代語訳そういうわけで、昔の王は、国をつくり人々の君主となるときに、教えること・学ぶことをいちばん先にした。

ここがポイント「是の故に」は「だから」。「君たる」は「君主となる」。「為(な)す」は「〜とする」で、「〜を先と為す」で「〜をいちばん大切にする」という意味です。「為」のいろいろな読み方は「為」の読みと用法(なす・なる・ために)へ。
3つの形をくらべる『礼記』学記中国・漢代まで玉不琢、不成器玉琢かざれば器を成さずみがかないと「器」にならない『実語教』日本・寺子屋の本玉不磨無光玉磨かざれば光無しみがかないと「光」がない今のことわざ日本玉磨かざれば光なしたまみがかざればひかりなし『実語教』の形が広まった※「器」は役に立つ道具、「光」はかがやき
中国の『礼記』は「器を成さず」、日本の『実語教』は「光無し」。今のことわざは『実語教』の形です

日本の『実語教』の形

今の「玉磨かざれば光なし」という形は、日本で子どもの教科書として広く使われた『実語教』の言葉です。日本語版ウィキソースで見られる本文では、次のようになっています。

『実語教』の本文(一部)玉不磨無光 無光為石瓦 人不学無智 無智為愚人

『実語教』1:玉は磨かなければ光がない

書き下し文玉たま磨みがかざれば光ひかり無なし。

(『実語教』)

現代語訳玉も、みがかなければ光はない。

ここがポイントここで、『礼記』の「琢」が「磨」に、「器を成さず」が「光無し」に変わっています。「無(な)し」は否定の句法の字で、「〜がない」と読みます。

『実語教』2:光のない玉はただの石

書き下し文光ひかり無なきを石せき瓦ぐわと為なす。

(『実語教』)

現代語訳光のない(みがかれていない)玉は、ただの石やかわらと同じである。

ここがポイント「石瓦(せきが)」は、石ころやかわら。値打ちのないもののたとえです。「為(な)す」は「〜とみなす」。一二点とレ点が両方出てくる練習にぴったりの1文です。

『実語教』3:学ばない人は知恵がない

書き下し文人ひと学まなばざれば智ち無なし、智ち無なきを愚ぐ人じんと為なす。

(『実語教』)

現代語訳人も学ばなければ知恵がない。知恵のない人を、おろかな人と言うのである。

ここがポイント玉の話と人の話が、まったく同じ形でならんでいます。玉の「光」にあたるのが、人の「智(知恵)」です。
原文で覚える句法4つ不琢琢かざればもしみがかなければ仮定(未然形+ば)不成器器を成さず器にならない否定(不)無光光無し光がない否定(無)為先先と為す一番に大切にする為(なす)
『礼記』と『実語教』の原文には、仮定・否定・「為」の読み方が入っています

原典(『礼記』学記)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『礼記』学記の本文では、次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『礼記』学記の本文(一部)玉不琢,不成器。人不學,不知道。是故古之王者,建國君民,教學爲先。兑命曰:「念終始典于學。」其此之謂乎!
  • 「学」が「學」、「為」が「爲」:昔の字体(旧字体)で書かれています。意味は同じです。
  • 「兑命曰」:このあと『書経』の説命(えつめい)篇の「終始を念ひて学に典る(はじめから終わりまで学ぶことを心がける)」を引いて、学ぶことの大切さを確かめています。
サクラちゃん

サクラちゃん

『礼記』は「器」なのに、日本のことわざは「光」なんですね。どっちが正しいんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

どちらも正しいよ。もとの中国の言葉は「器を成さず」、日本で広まった形が「光無し」だ。『実語教』は平安時代の終わりごろにできたと言われる子ども向けの本で、作者は空海だという言い伝えもあるけれど、はっきりしたことは分かっていない。江戸時代の寺子屋で何度も読まれたから、「光なし」の形が日本中に広まったんだね。

出典『礼記』学記と話の背景

『礼記』は、儒家の「礼(れい)」についての記録や議論を集めた本で、儒教でとくに大切にされる「五経(ごきょう)」の1つです。前漢の時代に戴聖(たいせい)がまとめたと伝えられています。「大学」と「中庸」という、のちに「四書」に数えられる2つの文章も、もとは『礼記』の中の篇でした。儒家の考え方については諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

「学記」は、その中で教えること・学ぶことについて書かれた篇です。「玉琢かざれば器を成さず」のほかにも、今も使われる言葉がたくさん出てきます。

  • 学びて然る後に足らざるを知る:学んではじめて、自分に足りない所が分かる。
  • 教学相長ず(きょうがくあいちょうず):教えることと学ぶことは、互いに助け合って自分を伸ばす。
  • 善く問ふ者は堅木を攻むるが如し:上手に質問する人は、かたい木を切るときのように、やさしい所から始める。

学記のもう1つの名言

書き下し文学まなびて然しかる後のちに足たらざるを知しる。

(『礼記』学記)

現代語訳学んでみてはじめて、自分に足りない所があることが分かる。

ここがポイント「然る後に」は「そうしてはじめて」。一二点とレ点が組み合わさった、入試でもよく見る形です。勉強を始めたばかりのころほど「自分はできている」と思いやすい、という心の動きを言い当てています。

のちの中国では、子ども向けの入門書『三字経(さんじきょう)』にも「玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば義を知らず」という形で取り入れられ、学問のすすめの言葉として長く読みつがれました。

日本での広まり:寺子屋と『学問のすゝめ』

日本では、『実語教』が平安時代の終わりから鎌倉時代ごろにできたとされ、江戸時代には寺子屋で読み書きを習う子どもたちの教科書になりました。「山高きが故に貴からず、樹有るを以て貴しと為す」で始まるこの本は、短い句で学ぶことの大切さを説いています。

明治時代の福沢諭吉『学問のすゝめ』の初編にも、「実語教に、人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なりとあり」という一節があります。「天は人の上に人を造らず」の続きで、人の差は、学んだかどうかで生まれると説いた部分です。くわしくは「天は人の上に人を造らず」の本当の意味(学問のすゝめ)で読めます。

深いみどり色の玉の大きなかたまりに、山や松の木、あずまや、たくさんの人物がほりこまれた彫刻
みどり色の軟玉のかたまりに、道教の仙人の住む山の景色をほりこんだ作品(清の時代、18世紀)。原石を、ここまで手間をかけて「みがいた」例です。画像:「Boulder with Daoist paradise」(軟玉、中国・清時代18世紀、メトロポリタン美術館 02.18.684、パブリックドメイン)

「玉磨かざれば光なし」の使い方と例文・似た言葉

「玉磨かざれば光なし」は、才能や素質がある人(または、よい素材のもの)でも、努力やみがきをおこたれば立派にならない、と言いたいときに使います。人をはげますとき、自分をいましめるとき、なまけている人に注意するときなどに使われます。

  • ○音感がよいと言われても、練習しなければ上手にはならない。玉磨かざれば光なしだ。
  • ○新入社員の研修に力を入れるのは、玉磨かざれば光なしと考えているからだ。
  • ○頭がいいと言われて育った兄は、勉強をなまけて成績が落ちた。玉磨かざれば光なしとはこのことだ。
  • ○「玉磨かざれば光なし」を座右の銘にして、毎朝の単語練習を続けている。
  • ×才能のない人は、いくら努力しても玉磨かざれば光なしだ。(「才能がなければむだ」という意味ではない)
  • ×くつを毎日みがいたら光ってきた。玉磨かざれば光なしだね。(物をみがく話そのものではなく、人の努力のたとえ)
玉磨かざれば光なし似た言葉玉琢かざれば器を成さず切磋琢磨他山の石継続は力なり少しちがう宝の持ち腐れ反対に近い考え栴檀は双葉より芳し蛙の子は蛙
似た言葉と、少しちがう言葉・反対に近い考え方の言葉

似た言葉

  • 玉琢かざれば器を成さず:『礼記』のもとの形。同じ意味です。
  • 切磋琢磨(せっさたくま)の意味と由来:骨や玉を切りみがくように、仲間と競い合い、学問や人がらをみがき合うこと。「琢」と「磨」が同じ字です。
  • 他山の石(たざんのいし)の意味と由来:よその山の石も、自分の玉をみがくのに使える。他人の悪い行いも、自分をみがく助けになるということ。
  • 継続は力なり:続けることが力になる。みがき続けることの大切さを言う言葉です。

少しちがう言葉・反対に近い考え方

  • 宝の持ち腐れ:役に立つものや才能を持っていながら、使わずにむだにすること。「みがかない」状態を責める点は似ていますが、「使わない」ことに重心があります。
  • 栴檀は双葉より芳し(せんだんはふたばよりかんばし):すぐれた人は、子どものころから才能が現れる。「生まれつき」に目を向けた言葉で、「みがいてこそ光る」とは見方が反対です。
  • 蛙の子は蛙:子は親に似る、生まれつきは変わらない、という見方。

英語では、"An uncut gem does not sparkle."(みがかれていない宝石は光らない)のように訳されます。また、"The gem cannot be polished without friction, nor man perfected without trials."(宝石はこすらなければみがかれず、人は試練なしには完成しない)という言葉が、似た意味の格言としてよく紹介されます(だれの言葉かは、はっきりしません)。

「琢」と「磨」は、玉や石をみがく字切せつ骨を切る磋さ象牙をけずる琢たく玉をうつ磨ま石をみがく4字あわせて「切磋琢磨」学問や人がらを、みがき合うこと※『爾雅』の説明による。字の分け方には諸説あり
「切磋琢磨」の4つの字のうち、「琢」と「磨」が玉や石をみがく字です

受験勉強への生かし方

受験勉強で「玉をみがく」とは、毎日の小さな積み重ねのことです。「自分は理解が早いから、直前にやれば大丈夫」と思っていると、原石のままで本番をむかえてしまいます。反対に、才能に自信がなくても、毎日みがき続けた人は確実に光ってきます。

続けることの大切さは「継続は力なり」の意味と由来(受験勉強を続けるコツ)で、毎日のわずかな差が1年でどれだけ大きくなるかは1.01の法則と0.99の法則(1.01の365乗=37.8)で、数字で確かめられます。二宮尊徳の「積小為大」の意味(小さな積み重ねが大きな成果に)も、同じことを教えてくれる言葉です。玉をみがく職人のように、毎日少しずつ手を動かしましょう。

「玉磨かざれば光なし」のよくあるまちがい

  • 「才能のない人はみがいてもむだ」と逆に受け取る:この言葉が言いたいのは「みがくことが大切」ということです。「玉=才能のある人だけ」という意味ではなく、だれでも学ぶことで光る、というはげましの言葉です。
  • 「玉」をガラス玉やボールだと思う:「玉」は宝石の玉(ぎょく)。もとは美しい石の原石です。
  • 「玉磨かずんば光なし」「玉磨かねば光らず」など形をくずす:決まった形は「玉磨かざれば光なし」です。中学受験の空欄補充では「ざれば」の部分がよくねらわれます。
  • 「玉に瑕(たまにきず)」と混ぜる:「玉に瑕」は、ほとんど完全なのに、わずかな欠点があること。まったく別の意味です。
  • 「磨」を「摩」と書く:みがくのは「石」が下につく「磨」。「摩」は手がつく字で、「摩擦」の「摩」です。「磨」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
うかるくん

うかるくん

「玉磨かざれば」の「ざれば」って、どういう意味なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

打ち消しの「ず」が「ざれ」に変わって、そこに「ば」がついた形だ。古文では「みがかないので」とも読めるけれど、このことわざは「もしみがかなければ」という意味で覚えよう。「行かざれば(行かなければ)」「学ばざれば(学ばなければ)」と同じ形だよ。

入試ではこう出る

「玉磨かざれば光なし」は、中学受験から大学受験まで出てくる言葉です。

  • 中学受験:ことわざの意味を選ぶ問題、「玉( )かざれば光なし」の空欄に入る言葉を答える問題、似た意味のことわざを選ぶ問題がよく出ます。
  • 高校受験:ことわざ・故事成語の意味の問題のほか、漢文の資料として「玉不琢、不成器。人不学、不知道」の返り点・書き下し文を問われることがあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『礼記』学記の文章で、「玉」と「人」、「器」と「道」の対句の関係や、「不〜(ざれば)」の仮定の訳が問われます。評論文では、「教育」や「才能と努力」をテーマにした文章で引用されることがあります。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

対句の問題は、「玉=人」「琢=学」「器=道」と、上と下の言葉を線で結んでみると一発で分かりますね!

練習問題

やさしい

  1. 「玉磨かざれば光なし」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 宝石はみがくと高く売れる イ 才能があっても、努力しなければ立派にならない ウ 才能のない人は努力してもむだである エ ほとんど完全だが、少し欠点がある
    答えと解説を見るイ。ウは逆の意味、エは「玉に瑕」の意味です。
  2. 「玉( )かざれば光なし」の( )に入るひらがな2字を答えましょう。
    答えと解説を見るみが(磨)。「玉磨かざれば光なし」です。

ふつう

  1. 「人不学、不知道。」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る人学ばざれば、道を知らず。訳:人も学ばなければ、(人として正しい)道を知ることはできない。
  2. 『礼記』学記の「玉不琢、不成器。人不学、不知道。」で、対応している言葉の組を3つ答えましょう。
    答えと解説を見る玉と人、琢(みがく)と学(学ぶ)、器と道。前半と後半が同じ形の対句になっています。

むずかしい

  1. 「是故古之王者、建国君民、教学為先。」の「教学為先」を書き下し文に直し、意味を説明しましょう。
    答えと解説を見る教学を先と為す。教えること・学ぶことを、国づくりでいちばん先(いちばん大切なこと)とした、という意味です。
  2. 『礼記』の形と、今の日本のことわざの形のちがいを説明しましょう。
    答えと解説を見る『礼記』は「玉琢かざれば器を成さず」で、みがかなければ役に立つ器にならないと言うのに対し、日本のことわざは『実語教』の「玉磨かざれば光無し」の形で、みがかなければ光らないと言っています。

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よくある質問

玉磨かざれば光なしとはどういう意味ですか?

玉磨かざれば光なしとは、どんなにすぐれた才能や素質を持っていても、学問や努力でみがかなければ立派な人にはなれないという意味です。宝石の玉も、原石のままではただの石のように見え、みがいてはじめて光ることから生まれた言葉です。

玉磨かざれば光なしの読み方は何ですか?

「たまみがかざればひかりなし」と読みます。「玉」は「ぎょく」ではなく「たま」と読み、宝石の玉のことです。

玉磨かざれば光なしの由来・出典は何ですか?

もとは中国の『礼記』学記にある「玉琢かざれば器を成さず、人学ばざれば道を知らず」という言葉です。今の「光なし」の形は、日本の寺子屋で教科書として使われた『実語教』の「玉磨かざれば光無し」から広まりました。

玉磨かざれば光なしの原文と書き下し文は?

『礼記』の原文は「玉不琢、不成器。人不学、不知道」で、書き下し文は「玉琢かざれば、器を成さず。人学ばざれば、道を知らず」です。『実語教』の原文は「玉不磨無光」で、「玉磨かざれば光無し」と読みます。

玉磨かざれば光なしの例文を教えてください。

「彼は才能があるのに練習をなまけている。玉磨かざれば光なしだ」のように使います。才能や素質を持つ人に、努力の大切さを伝えるときに使うのがふつうです。

玉磨かざれば光なしは座右の銘やビジネスで使えますか?

はい、座右の銘としても、人材育成の場面でもよく使われます。「才能を生かすには努力が必要」「人は育ててこそ伸びる」という意味で使えます。

玉磨かざれば光なしに似た言葉は何ですか?

似た言葉は「玉琢かざれば器を成さず」「切磋琢磨」「他山の石」「継続は力なり」などです。反対に近い考え方の言葉には、生まれつきの才能に目を向けた「栴檀は双葉より芳し」があります。

玉磨かざれば光なしは英語で何と言いますか?

"An uncut gem does not sparkle."(みがかれていない宝石は光らない)のように訳されます。似た意味の格言に "The gem cannot be polished without friction, nor man perfected without trials." があります。

「玉磨かざれば光なし」と「玉に瑕」はどうちがいますか?

「玉磨かざれば光なし」は努力の大切さを言う言葉で、「玉に瑕」はほとんど完全なのにわずかな欠点があることを言う言葉です。どちらも「玉」を使いますが、意味はまったく別です。

玉磨かざれば光なしは入試でどう出ますか?

中学受験では意味を選ぶ問題や「玉( )かざれば光なし」の空欄補充がよく出ます。高校・大学受験では、『礼記』の「玉不琢、不成器」の書き下しや、「玉と人」「器と道」の対句の関係が問われます。

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出典・参考

  • 原文:『礼記』学記(維基文庫の本文で確認)、『実語教』(日本語版ウィキソースの本文で確認)
  • 福沢諭吉『学問のすゝめ』初編(『実語教』の引用)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • 写真:メトロポリタン美術館(Open Access、パブリックドメイン)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦