故事成語の一覧 › 『三国志(注に引く江表伝)』
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士別れて三日なれば刮目して見よしわかれてみっかなればかつもくしてみよ
ひとことで言うと
努力する人は短い間に大きく成長するので、前の印象のまま見ずに、目をこすって見直しなさいということ。呉の武将・呂蒙が、自分を見直した魯粛に答えた言葉。
| 読み方 | しわかれてみっかなればかつもくしてみよ |
|---|---|
| 意味 | 努力している人は少し会わない間に大きく成長しているので、前の印象で決めつけず、新しい目で見直すべきだということ。 |
| 出典 | 『三国志』呉書・呂蒙伝の裴松之の注に引く『江表伝』「士別三日、即更刮目相待」(『資治通鑑』巻66にも) |
| お話 | 武勇だけと思われていた呉の呂蒙が学問を積み、昔の印象で見ていた魯粛をおどろかせて「別れて三日たったら見直すべき」と答えた |
| 似た言葉 | 呉下の阿蒙に非ず・後生畏るべし・日進月歩 |
| 反対の言葉 | 呉下の阿蒙(昔のまま)・十年一日 |
| 漢文の句法 | 禁止(不可)・反語(安〜)・詠嘆(何〜乎)・置き字(而) |
このページのポイント
- 「士別れて三日なれば刮目して見よ」は、人は短い間に大きく伸びるので、先入観で見ずに見直しなさいという意味
- 呉の呂蒙が、昔の印象で自分を見ていた魯粛に答えた言葉。「呉下の阿蒙」と同じ場面を、本文の話から4こまのイラストで
- 出典は『三国志』の注に引く『江表伝』。本文の「故意を以て待つべからず」、『資治通鑑』の形、入試での出方まで
「士別れて三日なれば刮目して見よ」の意味と読み方
「士別れて三日なれば刮目して見よ」は、しわかれてみっかなればかつもくしてみよと読みます。意味は「努力している人は、少し会わないうちに大きく成長しているものだから、前の印象のままで見ず、目をこすって新しい目で見直しなさい」ということです。
「士(し)」は、志をもって学問や仕事にはげむ立派な人物のこと。「刮目(かつもく)」は、「刮」が「こする・けずる」という意味の字で、目をこすってよく見ることです。中国の三国時代、呉の武将・呂蒙(りょもう)が、自分を見直した魯粛(ろしゅく)に答えた言葉から生まれました。原文は「士別三日、即更刮目相待」で、書き下すと「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待つべし」となります。日本では「男子三日会わざれば刮目して見よ」という言い方もよく使われます。
うかるくん
三日って、ずいぶん短いですね。三日でそんなに人って変わるものですか?
ミスターT先生
「三日」は、ぴったり三日という意味ではなくて、「ほんの少しの間」というたとえなんだ。毎日まじめに努力している人は、少し会わないだけでも、こちらがおどろくほど変わっている。だから前に会ったときの印象のまま決めつけるな、というのがこの言葉の大事なところだよ。
ふだんの言い方では、次のように使います。
- ○夏休みの間に毎日練習した弟の演奏は、見ちがえるほどうまくなっていた。士別れて三日なれば刮目して見よだ。
- ○「士別れて三日なれば刮目して見よ」と言うから、去年の成績だけで後輩を判断するのはやめよう。
- ○次の模試では、刮目して見よと言えるくらい成績を上げてみせる。
この言葉と同じ場面から生まれたのが、「呉下の阿蒙(昔のままで進歩のない人)」です。魯粛が呂蒙に「もう呉下の阿蒙(呉にいたころの蒙さん)ではない」とおどろき、呂蒙が「士別れて三日なれば…」と答えました。「呉下の阿蒙」は見られる人のこと、「刮目して見よ」は見る人の心がまえと考えると、2つのちがいがよく分かります。
絵で読む「士別れて三日なれば刮目して見よ」のお話
呂蒙が学問にはげんだいきさつ(君主の孫権に本を読むようすすめられた話)は、「呉下の阿蒙の意味と由来(呂蒙の学問)」のページで4こまのイラストにしています。このページでは、学問を積んだあとの呂蒙と、まだ昔の印象のままだった魯粛が会う場面を見てみましょう。1〜3こま目は『三国志』呂蒙伝の本文、4こま目の呂蒙の決めぜりふは、裴松之(はいしょうし)の注が引く『江表伝』の言葉です。
絵で読む「士別れて三日なれば刮目して見よ」のお話(4こま)
この話でいちばん大事なのは、1こま目の「昔の気持ちで接してはいけない」という忠告です。魯粛は、昔の呂蒙を知っていたからこそ、「あいつは武勇だけの男だ」と思いこんでいました。原文ではこれを「故意(こい)を以て待つべからず」と言います。今の日本語の「故意(わざと)」とはちがい、ここでは「故(ふる)き意=昔からの気持ち・見方」という意味です。

ミスターT先生
魯粛は、呂蒙と話してみて自分のまちがいにすぐ気づき、席を立って耳をかたむけた。人を見直すことができるのも、立派な人物の条件なんだ。
原文には、魯粛が呂蒙の母に会って、友だちとしての約束を結んで別れた(遂に蒙の母を拝し、友を結びて別る)と書かれています。先入観を捨てて相手を見直した魯粛と、見直されるだけの努力をした呂蒙。この言葉は、伸びる人と、それを認める人の両方がそろった場面から生まれたのです。
「士別れて三日なれば刮目して見よ」の原文・書き下し文・現代語訳
出典は、歴史書『三国志』の呉書・呂蒙伝です。この言葉そのものは、陳寿(ちんじゅ)が書いた本文ではなく、裴松之の注が引く『江表伝』の中にあります。ここでは、本文の「魯粛が呂蒙を見直す場面」と、注の「刮目」の言葉、のちの『資治通鑑』の形をあわせて読みましょう。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールにまとめています。書き下し文は、代表的な読み方の一例です。
1文目:魯粛はまだ呂蒙を軽く見ていた
書き下し文粛の意尚ほ蒙を軽んず。
(『三国志』呉書・呂蒙伝)
現代語訳魯粛の気持ちは、まだ呂蒙を軽く見ていた。
2文目:昔の見方で接してはいけない
書き下し文或ひと粛に説きて曰はく、「呂将軍の功名日に顕はる、故意を以て待つべからざるなり。」
(『三国志』呉書・呂蒙伝)
現代語訳ある人が魯粛に言った。「呂将軍(呂蒙)の手柄と名声は、日ごとにはっきりしてきています。昔からの気持ちのままで接してはいけません。」
3文目:呂蒙の策(関羽への備え)
書き下し文関羽は実に熊虎なり、計安くんぞ予め定めざるべけんや。
(『三国志』呉書・呂蒙伝)
現代語訳関羽は本当に熊や虎のような(勇ましくおそろしい)人物です。策を前もって決めておかないわけにはいきません。
4文目:士別れて三日なれば
書き下し文蒙曰はく、「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待つべし。」
(『三国志』呉書・呂蒙伝 注に引く『江表伝』)
現代語訳呂蒙は言った。「立派な人物というものは、別れて三日もたてば(もう前とはちがっているので)、すぐに改めて目をこすって見直さなければならないものです。」
『資治通鑑』の形と、呂蒙のひとこと
同じやりとりは、北宋の司馬光(しばこう)がまとめた歴史書『資治通鑑(しじつがん)』巻66にものっています。ここでは、呂蒙の答えに魯粛をからかうひとことが続きます。
5文目:大兄、気づくのがおそいですよ
書き下し文大兄何ぞ事を見ることの晩きや。
(『資治通鑑』巻66)
現代語訳兄貴(魯粛どの)は、物事に気づくのがなんとおそいことでしょう。
孫権の言葉「人長じて進益す」
『江表伝』の話の最後には、呉の君主・孫権(そんけん)が、呂蒙と蒋欽(しょうきん)をほめた言葉があります。大人になってからでも人は伸びることを、はっきり言った言葉です。
6文目:大人になってからの成長
書き下し文人長じて進益すること、呂蒙、蒋欽の如きは、蓋し及ぶべからざるなり。
(『三国志』呉書・呂蒙伝 注に引く『江表伝』)
現代語訳人が大人になってから学問を進めて伸びることにかけては、呂蒙や蒋欽のような者には、おそらくだれも及ばないだろう。
サクラちゃん
「刮目して見よ」は『三国志』の本文じゃなくて、注にある言葉なんですね。
ミスターT先生
そう。本文では魯粛が「きみの才略がここまでとは知らなかった」と言い、注の『江表伝』では「もう呉下の阿蒙ではない」「士別れて三日…」というやりとりになる。書いた本によって、同じ場面が少しずつちがう形で残っているんだ。入試では『資治通鑑』の形もよく出るから、「士別三日、即更刮目相待」の一文はどの形でも読めるようにしておこう。
出典『三国志』と話の背景
『三国志』は、西晋の陳寿が3世紀の終わりごろにまとめた、魏・呉・蜀の三国の正式な歴史書(正史)です。のちに南朝宋の裴松之が、ほかの本から話を集めて注をつけました。「士別れて三日なれば」の言葉は、この注が引く『江表伝』(呉のことを書いた本で、今は注などに引かれた文だけが残る)の中にあります。くわしいしくみは「呉下の阿蒙の出典(三国志の注と江表伝)」のページで図にしています。
呂蒙はどんな人?
呂蒙(りょもう、178〜219年)は呉の武将で、若いころから戦で手柄を立てましたが、本はほとんど読みませんでした。君主の孫権に「学問をして、自分の考えを広げなさい」とすすめられ、「軍の仕事が多くてひまがない」と言うと、孫権は「わしのほうが忙しい。それでも本を読んで大いに役立った」と答えたといいます。呂蒙はそれから学問にはげみ、のちに呉の軍のまとめ役になって、蜀の関羽から荊州(けいしゅう)を取る大きな働きをしました。この「3文目」の関羽への備えは、その前ぶれのような場面です。
魯粛はどんな人?
魯粛(ろしゅく、172〜217年)は、赤壁の戦いで知られる周瑜(しゅうゆ)のあとをついで、呉の軍をまとめた人物です。最初は呂蒙を軽く見ていましたが、話してすぐに考えを改め、呂蒙の母にまであいさつをしました。自分のまちがいに気づいたら、すぐに見方を変えられる人物として書かれています。なお、劉備・関羽・諸葛亮が活躍する小説『三国志演義』は、ずっとあとの明の時代の物語で、このページの話は正史と注に書かれた話です。
三国時代から生まれた故事成語には、蜀の劉備と諸葛亮の「三顧の礼(劉備と諸葛亮)」、馬良の「白眉(いちばんすぐれた人)」、魏の明帝の「画餅に帰す(絵にかいた餅)」などもあります。「士別れて三日なれば」は、呉の人物の話として覚えておきましょう。
「士別れて三日なれば刮目して見よ」の使い方と例文・似た言葉
この言葉には、2つの使い方があります。1つは、久しぶりに会った人の成長におどろいたときに「まさに刮目して見よだ」とほめる使い方。もう1つは、「前の印象で人を決めつけてはいけない」と自分や人をいましめる使い方です。さらに、努力している本人が「次は刮目して見よ」と決意を表すときにも使われます。
- ○半年ぶりに会ったいとこは、英語がすらすら話せるようになっていた。士別れて三日なれば刮目して見よとはこのことだ。
- ○新人のころの失敗だけで彼を判断するのはよくない。士別れて三日なれば刮目して見よ、だ。
- ○部活の監督は「男子三日会わざれば刮目して見よ」と言って、毎日少しずつでも練習を続けるよう話した。
- ○この冬休みでしっかり勉強して、クラスのみんなに刮目して見よと言えるようになりたい。
- ×三日も会わなかったので、士別れて三日なれば刮目して見よで、友だちの顔を忘れてしまった。(人を忘れる意味ではない)
- ×この三日間、ずっと刮目してゲームをしていた。(「目を見開いて夢中になる」意味ではなく、人の成長を見直すときに使う)
似た言葉
- 呉下の阿蒙に非ず:もう昔の呂蒙ではない、見ちがえるほど成長した。同じ場面の魯粛の言葉です。
- 後生畏るべし(論語):若い人はどこまで伸びるか分からないので、うやまうべきだ。人の可能性を決めつけない点がよく似ています。
- 日進月歩(にっしんげっぽ):日ごと月ごとに、たえず進歩すること。
- 出藍の誉れ(青は藍より出でて):学んだ弟子が、先生よりすぐれた人になること。
反対の言葉
- 呉下の阿蒙(ごかのあもう):昔のままで進歩のない人。打ち消さずに使うと反対の意味です。
- 十年一日(じゅうねんいちじつ):長い間、少しも進歩や変化がないこと。
- 三日坊主(みっかぼうず):あきっぽく、続かないこと。同じ「三日」でも、三日で見ちがえる人と、三日でやめてしまう人では大ちがいです。
英語には、ぴったり同じ形のことわざは見当たりません。意味を伝えるなら "People can change a lot in a short time."(人は短い間に大きく変わる)や、"Don't judge people by their past."(過去で人を判断するな)のように説明するとよいでしょう。
受験勉強への生かし方
受験生にとって「三日」は、とても大事な単位です。毎日の勉強の成果は、その日のうちにはほとんど見えません。でも、毎日の少しの積み重ねは、三日、一週間、一か月とたつうちに、はっきりした差になります。毎日1%ずつ伸びると1年でどうなるかを計算した「1.01の法則と0.99の法則」(毎日の積み重ね)は、まさに「刮目」の考え方です。
もう1つ大事なのは、自分で自分を「昔の目」で見ないことです。「前の模試が悪かったから、自分はこの科目が苦手だ」と決めつけるのは、魯粛が呂蒙を昔の印象で見ていたのと同じです。呂蒙は、大人になってから学問を始めても、魯粛をおどろかせるほど変わりました。努力の積み重ねが才能をこえるという話は「努力は才能を超える」の意味(受験の格言)で、思いこみを疑う大切さは「常識とは偏見のコレクションである」の本当の意味で紹介しています。
うかるくん
ぼく、数学は苦手だって、ずっと思いこんでいました…。それも「昔の目」なんですね!
ミスターT先生
その気づきが第一歩だ。自分にも「刮目」してごらん。今日からの三日間、毎日少しずつ問題を解いてみて、三日後の自分を見直すんだ。続けていれば、まわりの人のほうが先に「見ちがえた」と言ってくれるよ。
「士別れて三日なれば刮目して見よ」のよくあるまちがい
- 「刮目」を「括目」と書く:「刮」は「りっとう(刂)」の字で、「けずる・こする」という意味です。「括」(くくる)は別の字で、「括目」はまちがいです。「括」は「括」の読み方・書き順・部首で確かめられます。
- 「士」を「武士」のことだと思う:ここでの「士」は、日本の「さむらい」ではなく、志をもって学問や仕事にはげむ立派な人物のことです。呂蒙は武将ですが、「学問を積んだ人」という意味で自分を「士」と言っています。「士」の字は「士」の読み方・書き順・部首へ。
- 「三日」を、ちょうど三日間のことだと思う:「ほんの短い間」のたとえです。実際には、呂蒙が学問を始めてから魯粛に会うまでには、もっと長い時間がたっています。
- 出典を『三国志演義』と書く:出典は、正史『三国志』呉書・呂蒙伝の裴松之の注に引く『江表伝』です(『資治通鑑』にもあります)。小説『三国志演義』ではありません。
- 言ったのを魯粛だと思う:「士別れて三日なれば…」と言ったのは呂蒙、「もう呉下の阿蒙ではない」と言ったのが魯粛です。
- 「男子三日会わざれば」が原文だと思う:原文は「士別三日」です。「男子三日会わざれば刮目して見よ」は日本で広まった言い方で、だれが言い始めたのかは、はっきりした資料が見つかりません。
サクラちゃん
「別れて三日」の「別れて」は、ずっと会えなくなるお別れのことですか?
ミスターT先生
ちがうんだ。「別れて」は「しばらく会わないでいて」くらいの意味だよ。「この前別れてから三日たったら」ということ。悲しいお別れの話ではなくて、少し会わない間の変化を言っているんだね。
入試ではこう出る
「士別れて三日なれば刮目して見よ」は、高校受験・大学受験で出てくる言葉です。
- 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題、「刮目」の読み(かつもく)と意味、「呉下の阿蒙」とあわせてどんな人の話かを問う問題が出ます。漢文として出るときは、書き下し文に直す問題や「相待つ」の読みが問われます。対策は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
- 大学受験:『資治通鑑』や『江表伝』の文で、「刮目」の意味、「即更刮目相待」の訳、「大兄何見事之晩乎」の詠嘆の訳、魯粛がおどろいた理由を説明する問題がよく問われます。共通テストの漢文は共通テストの漢文(配点・時間配分)にまとめています。

サクラちゃん
「刮目して相待つ」を訳すときは、「目をこすってよく見直す(改めて接する)」と、「刮目」の意味をはっきり入れるのがコツですね!
練習問題
やさしい
- 「士別れて三日なれば刮目して見よ」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 三日に一度は友だちに会うべきだ イ 努力する人は短い間に成長しているので、見直すべきだ ウ 別れた人のことは三日で忘れるものだ エ 三日続けて勉強すればだれでも合格する答えと解説を見る
イ。「三日」は「短い間」のたとえで、成長した人を前の印象のまま見ずに、新しい目で見直しなさいという意味です。 - 「刮目」の読み方と意味を答えましょう。
答えと解説を見る
読みはかつもく。意味は「目をこすってよく見ること」です。「括目」と書くのはまちがいです。
ふつう
- 「士別三日、即更刮目相待」を書き下し文に直しましょう。
答えと解説を見る
士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待つべし。「べし」は送り仮名で補って読む一例です。 - この言葉を言ったのはだれで、だれに向かって言った言葉ですか。
答えと解説を見る
呉の武将・呂蒙が、魯粛に答えた言葉です。魯粛が「もう呉下の阿蒙ではない」とおどろいたのに対する答えです。
むずかしい
- 「不可以故意待也」を現代語訳し、この忠告が「刮目して相待つ」とどんな関係にあるか説明しましょう。
答えと解説を見る
訳は「昔からの気持ち(見方)のままで接してはいけない」。「故意を以て待つ」は昔の印象で接すること、「刮目して相待つ」は目をこすって新しい目で接することで、同じことを反対の側から言った言い方になっています。 - 『資治通鑑』の「大兄何見事之晩乎」を現代語訳し、呂蒙がこう言った気持ちを説明しましょう。
答えと解説を見る
訳は「兄貴は、物事に気づくのがなんとおそいことでしょう」。呂蒙は、昔の印象のまま自分を見ていて、成長に気づくのがおくれた魯粛を、親しみをこめてからかっているのです。
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よくある質問
士別れて三日なれば刮目して見よとはどういう意味ですか?
士別れて三日なれば刮目して見よとは、努力している人は短い間に大きく成長しているので、前の印象のまま見ずに新しい目で見直しなさいという意味です。「三日」はほんの短い間のたとえです。
士別れて三日なれば刮目して見よの読み方は?
「しわかれてみっかなればかつもくしてみよ」と読みます。「刮目」は「かつもく」で、目をこすってよく見るという意味です。
士別れて三日なれば刮目して見よはだれの言葉ですか?
中国の三国時代、呉の武将・呂蒙(りょもう)の言葉です。学問を積んだ呂蒙におどろいた魯粛(ろしゅく)に対して答えたものです。
士別れて三日なれば刮目して見よの出典は何ですか?
『三国志』呉書・呂蒙伝に裴松之がつけた注が引く『江表伝』です。原文は「士別三日、即更刮目相待」で、北宋の『資治通鑑』巻66にも同じやりとりがあります。
「男子三日会わざれば刮目して見よ」とはちがう言葉ですか?
同じ意味の言葉で、日本で広まった言い方です。原文は「士別三日」で、「男子」「会わざれば」という形がいつだれによって広まったのかは、はっきりした資料が見つかりません。
呉下の阿蒙とのちがいは何ですか?
同じ場面の言葉で、魯粛が「もう呉下の阿蒙ではない」とおどろき、呂蒙が「士別れて三日なれば…」と答えました。「呉下の阿蒙」は進歩のない人のことで、「刮目して見よ」は人を見直す側の心がまえを言います。
士別れて三日なれば刮目して見よの例文を教えてください。
「半年ぶりに会った後輩の上達ぶりは、まさに士別れて三日なれば刮目して見よだ」のように使います。前の印象で人を決めつけないよう、自分をいましめるときにも使えます。
ビジネスや部活で使ってもよい言葉ですか?
はい、使えます。部下や後輩の成長をほめるときや、「過去の評価だけで人を判断しない」という考えを伝えるときにぴったりです。目上の人の成長に向かって使うと、上から見ている感じになるので注意しましょう。
士別れて三日なれば刮目して見よは英語で何と言いますか?
ぴったり同じ形の英語のことわざは見当たりません。「People can change a lot in a short time.」や「Don't judge people by their past.」のように意味を説明して伝えるとよいでしょう。
士別れて三日なれば刮目して見よは入試でどう出ますか?
高校受験では意味や「刮目」の読みを問う問題が、大学受験では「即更刮目相待」の書き下し文・現代語訳や、魯粛がおどろいた理由の説明がよく問われます。
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出典・参考
- 原文:『三国志』呉書・呂蒙伝(本文と裴松之注に引く『江表伝』)、『資治通鑑』巻66(どちらも維基文庫の本文で確認)
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(代表的な読み方をもとにした一例)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



