洛陽の紙価を高めるの意味と由来|晋書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

洛陽の紙価を高めるの意味と由来|晋書の原文・書き下し文・現代語訳とイラストで読むお話【故事成語】

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洛陽の紙価を高めるらくようのしかをたかめる

ひとことで言うと

書いた本や文章が評判になり、よく売れること。西晋の左思の「三都賦」を人々が競って書き写したので、都の洛陽で紙の値段が上がった話から。

読み方らくようのしかをたかめる
意味書いた本や文章が評判になり、よく売れること。
出典『晋書』文苑伝・左思(原文「洛陽為之紙貴」)
お話左思が十年かけて書いた「三都賦」が評判になり、お金持ちの家々が競って書き写したので、洛陽の紙の値段が上がった
別の形洛陽の紙価を貴からしむ・洛陽紙貴(らくようしき)
似た言葉ベストセラー・好評を博す・一世を風靡する
漢文の句法再読文字(未・当)・「為」の読み(之が為に)・不可能(不能)

このページのポイント

  • 「洛陽の紙価を高める」は本や文章が評判になってよく売れること。「紙価」は「しか」と読みます
  • 出典は『晋書』。左思が十年かけた「三都賦」が評判になり、洛陽の紙が値上がりした話を、4こまのイラストで読めます
  • 原文には「未だ〜ず」「当に〜べし」の再読文字、「之が為に」が出てきて、漢文の練習にもなります

「洛陽の紙価を高める」の意味と読み方

「洛陽の紙価を高める」はらくようのしかをたかめると読みます。意味は「書いた本や文章が評判になり、よく売れること」です。今の言葉でいえば、ベストセラーになることにあたります。

「洛陽(らくよう)」は、昔の中国の都の名前、「紙価(しか)」は紙の値段のことです。昔の中国で、ある人の書いた作品が大評判になり、みんなが書き写そうとして紙を買い求めたので、都の洛陽で紙の値段が上がった――という話から生まれた言葉です。「洛陽の紙価を貴(たか)からしむ」「洛陽の紙価を貴(たか)める」とも言い、4字で「洛陽紙貴(らくようしき)」と書くこともあります。

なぜ「紙」の値段が上がったの?1評判になる「三都賦」は名作だ!2みんなが写す手で書き写すしかない時代3紙が足りない写すための紙を買い求める4紙の値段が上がる洛陽之が為に紙貴し
評判になる→みんなが写す→紙が足りなくなる→紙の値段が上がる。印刷のない時代ならではの話です
うかるくん

うかるくん

本が売れると、なんで紙の値段が上がるんですか? 本屋さんで買えばいいのに。

ミスターT先生

ミスターT先生

いいところに気がついたね。この話は、今から1700年以上も前の西晋(せいしん)という時代のことなんだ。まだ印刷のない時代だから、読みたい人は本を借りて、自分で紙に書き写すしかなかった。だから評判の作品が出ると、写すための紙がどんどん売れたんだよ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○あの作家の新作は、洛陽の紙価を高めるほどの評判だ。
  • ○その研究書は専門書なのに洛陽の紙価を高め、何度も版を重ねた。
  • ○デビュー作で洛陽の紙価を貴からしめた若い詩人。

絵で読む「洛陽の紙価を高める」のお話

この言葉は、中国の歴史書『晋書(しんじょ)』の文苑伝(ぶんえんでん)にある、左思(さし)という文学者の伝記から生まれました。左思が十年かけて書いた「三都賦(さんとふ)」が、どうやって大評判になったのかを、4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「洛陽の紙価を高める」のお話(4こま)

三都賦1十年かけて書く一句でも思いついたらすぐ書きとめよう左思
1西晋の左思は、「三都賦」を書くために十年も考えぬきました。家の門や庭、かわやにまで筆と紙を置き、一句でも思いつけばすぐに書きとめたといいます。
2陸機が笑う酒あははできあがったら、酒がめのふたにでもするのがよいさ陸機
2有名な文人の陸機は、左思が三都賦を書いていると聞いて笑い、「できたら酒がめのふたにでもしよう」と弟への手紙に書きました。
3名作だとほめられる三都賦これは班固・張衡と肩を並べる名作だ!左思張華
3できあがった三都賦は、はじめは注目されませんでしたが、学者の皇甫謐が序文を書き、張華が「班固・張衡と同じくらいの名作だ」とほめました。
紙4洛陽の紙が値上がり紙をください!三都賦を写すのだ紙が足りない!値上がりだ!洛陽之が為に紙貴し
4すると、お金持ちや身分の高い家々が競って書き写したので、都の洛陽では紙が足りなくなり、値段が上がりました。

左思は、見た目がぱっとせず、話すのも得意ではなかったと書かれています。それでも、文章はとても力強く、美しかったのです。前に「斉都賦(せいとふ)」という作品を一年かけて書き上げた左思は、次に、三国時代の三つの都をうたう大作にとりかかりました。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

この話のポイントは、はじめはだれにも相手にされなかったことだ。有名な陸機には「酒がめのふた」とまで笑われた。でも、十年の努力が実って、最後は都じゅうの紙が足りなくなるほどの評判になった。本当によいものは、いつか認められるという話でもあるんだね。

しかも、陸機(りくき)自身も同じ「三都賦」を書こうとしていました。ところが左思の作品を読むと、すっかり感心して、これ以上のものは書けないと思い、筆をおいてしまったと伝えられています。ライバルにまで負けを認めさせたのです。

「洛陽の紙価を高める」の原文・書き下し文・現代語訳

『晋書』巻九十二 文苑伝・左思の本文(維基文庫〈中国語のウィキソース〉で確認)から、大事な所を1文ずつ読んでいきましょう。書き下し文は、代表的な読み方の一例です。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方へ。

白文(『晋書』左思伝より、一部。句読点を補ったもの)遂構思十年、門庭籓溷、皆著筆紙、遇得一句、即便疏之。……及賦成、時人未之重。……司空張華見而歎曰、班張之流也。……於是豪貴之家競相伝写、洛陽為之紙貴。

1文目:十年かけて考えぬく

書き下し文遂つひに思おもひを構かまふること十年じふねん、門庭もんてい籓溷はんこんにも、皆みな筆紙ひつしを著おく。

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳こうして(三都賦の)構想を練ること十年、門にも庭にも垣根にもかわやにも、どこにでも筆と紙を置いた。

ここがポイント「籓(はん)」は垣根、「溷(こん)」はかわや(トイレ)のこと。家じゅうどこにいても書けるようにしていたのです。このあと「一句を得るに遇へば、即便ち之を疏す」(一句でも思いつけば、すぐに書きとめた)と続きます。

2文目:はじめは評価されなかった

書き下し文賦ふ成なるに及およびて、時ときの人ひと未いまだ之これを重おもんぜず。

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳賦ができあがったが、そのころの人々は、まだこの作品を重く見なかった。

ここがポイント「未(いま)だ〜ず」は「まだ〜しない」という再読文字で、否定の句法の一つ。1回目は「いまだ」、返って2回目に「ず」と読みます。「之(これ)」は三都賦を指します。

そこで左思は、名声の高かった皇甫謐(こうほひつ)に作品を見せ、序文を書いてもらいました。さらに張載(ちょうさい)や劉逵(りゅうき)が注を書き、作品の評判は少しずつ高まっていきます。そして、高い位にあった学者の張華(ちょうか)が、こう言ってほめたのです。

3文目:張華のほめ言葉

書き下し文司空しくう張華ちやうくわ見みて歎たんじて曰いはく、「班はん張ちやうの流りうなり。」

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳司空(大臣の位)の張華が読んで感心して言うには、「班固や張衡と同じ流れをくむ(すぐれた)作品だ。」

ここがポイント「班張」は、後漢の班固(はんこ)と張衡(ちょうこう)のこと。2人とも都をうたった名作の賦(班固「両都賦」、張衡「二京賦」)で知られます。「而」は読まない置き字です。

4文目:洛陽の紙が値上がり

書き下し文是ここに於おいて豪貴がうきの家いへ競きそひて相あひ伝写でんしやし、洛陽らくやう之これが為ために紙かみ貴たかし。

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳そこで、お金持ちや身分の高い家々が、競い合って書き写したので、洛陽ではそのために紙の値段が高くなった。

ここがポイント言葉のもとになった一文です。「是に於いて」は「そこで」(「於」の読み方と働き)。「之が為に」は「このために」で、「為」を「ため」と読む形(「為」の読み方(ため・なす・たり))。「貴し(たかし)」は「値段が高い」という意味です。
「洛陽の紙価」で覚える句法4つ未〜未だ〜ずまだ〜しない再読・否定当〜当に〜べしきっと〜だろう再読為之之が為にこのために「為」の読み不能〜〜能はず〜できない不可能
左思伝で覚える句法。「未」と「当」は、どちらも2回読む再読文字です

陸機の笑いと、その後

『晋書』は続けて、少し前にさかのぼった話(「初(はじ)め」)を書いています。都の洛陽に来ていた陸機も三都賦を書こうとしていて、左思が同じものを書いていると聞くと、手をたたいて笑い、弟の陸雲(りくうん)にこんな手紙を書きました。

陸機の手紙

書き下し文此この間かんに傖父さうふ有り、三都賦さんとふを作つくらんと欲ほつす。其その成なるを須まちて、当まさに以もつて酒甕しゆおうを覆おほふべきのみ。

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳こちらに田舎者がいて、三都賦を作ろうとしている。できあがるのを待って、酒がめのふたにするのがよいだろう。

ここがポイント「傖父(そうふ)」は、いなか者をばかにした言い方。「当(まさ)に〜べし」は「きっと〜だろう・〜するのがよい」という再読文字で、1回目は「まさに」、2回目は「べし(べき)」と読みます。

陸機、筆をおく

書き下し文思しの賦ふ出いづるに及およびて、機き絶はなはだ歎伏たんぷくし、以為おもへらく加くはふる能あたはざるなりと、遂つひに筆ふでを輟やむ。

(『晋書』文苑伝・左思)

現代語訳左思の賦が世に出ると、陸機はすっかり感心して頭を下げ、これ以上のものは書けないと考えて、とうとう筆をおいてしまった。

ここがポイント「能はず(あたはず)」は「〜できない」という不可能の言い方。「以為(おもへ)らく」(以為らく)は「思うことには」で、「〜と」までが思った中身です。「焉」は文の終わりの置き字で読みません。
サクラちゃん

サクラちゃん

陸機って、最初は笑っていたのに、最後は負けを認めたんですね。

ミスターT先生

ミスターT先生

そうなんだ。陸機は当時いちばんの文人の一人で、文章の書き方を論じた「文賦(ぶんふ)」でも知られる。その陸機が自分の筆をおいたんだから、三都賦がどれほどの作品だったか分かるよね。ただ、『晋書』は左思の時代から300年以上あとの唐の時代にまとめられた本だから、こうした細かいやりとりがどこまで本当にあったことかは、はっきりとは分からない。ここでは「『晋書』にそう書かれている」と覚えておこう。

出典『晋書』と話の背景

「洛陽の紙価を高める」の出典は『晋書(しんじょ)』です。晋(西晋・東晋)の時代の歴史をまとめた正史で、唐の時代に、太宗(李世民)の命令で房玄齢(ぼうげんれい)らが編集しました。左思の話は、文学者たちの伝記を集めた「文苑伝(ぶんえんでん)」に入っています。同じ『晋書』からは、ほたるの光と雪明かりで勉強した「蛍雪の功」の車胤(しゃいん)の話が出てきます。

左思という人

左思(さし)は、字(あざな)を太沖(たいちゅう)といい、斉国の臨淄(りんし、今の山東省)の人です(『晋書』)。生まれた年や亡くなった年は、はっきりした資料が見つからないので、ここでは書かないでおきます。『晋書』には、「貌寝(みにく)く、口訥(とつ)なるも、辞藻(じそう)壮麗なり」――見た目はぱっとせず、話すのも下手だったが、文章はりっぱで美しかった――と書かれています。人前でうまく話せない人が、文章の力で都じゅうを動かしたのです。

左思が都に出てきたのは、妹の左芬(さふん)が宮中に入ることになり、家族で都に移ったからだと『晋書』は伝えます。左芬も文章の才能で知られた女性でした。左思は都で、三都賦のために資料を集め、十年もの間、考えては書き、書いては考えをくり返しました。

この「十年」という時間は、ただの根気の話ではありません。一句でも思いついたら、その場ですぐに書きとめるという工夫を続けたからこそ、長い作品を最後まで仕上げられたのです。思いついたことをメモする習慣は、今の勉強や作文にもそのまま役立ちます。唐の詩人・賈島(かとう)が一字を選ぶのに迷いぬいた「推敲」の話とあわせて読むと、名作の陰には、何度も考え直す努力があることがよく分かります。

「三都賦」と「賦」という文章

「賦(ふ)」は、中国の古い文学の形の一つで、ことばを豊かに飾りながら、ものごとのようすを長く書きつらねる韻文です。漢の時代にさかんになり、都の繁栄をうたう賦は、作者の知識と文章の力を見せる大作とされました。漢詩や賦など中国の文学の流れは、漢文の文学史(詩経・楚辞・唐詩・宋の文)でまとめています。

「三都賦」の三都は、三国の都魏都賦魏・鄴蜀都賦蜀・成都呉都賦呉・建業3つの都をうたった長い作品を合わせて「三都賦」
「三都」は、三国時代の魏・呉・蜀の都。左思は、三つの都のようすを一つずつ賦にしました

左思は、三国時代が終わって西晋が天下を統一したあとの人です。「三都賦」は、魏の都・鄴(ぎょう)、呉の都・建業(けんぎょう)、蜀の都・成都(せいと)をうたった「魏都賦」「呉都賦」「蜀都賦」の三つからなります。左思は、くわしく書くために、蜀の地理にくわしい張載をたずねたり、宮中の書物を見られる役職(秘書郎)を自分から願い出たりしたと『晋書』は伝えています。この作品はのちに、梁の時代の名文集『文選(もんぜん)』にも収められました。

印刷のない時代の「ベストセラー」

本はどうやって広まった?手で写す左思の時代(西晋)1冊ずつ筆で写す。紙がたくさん要る版木で刷るのちの時代(唐・宋のころから)木の板に字をほって、何枚も刷る今印刷・インターネット評判の本は何十万部も売れる「洛陽の紙価を高める」=今のベストセラー
左思の時代は、本は手で写すもの。「紙が値上がりする」ことが、評判の大きさを表すものさしでした

紙は、後漢の時代に蔡倫(さいりん)が作り方を改良したと伝えられ、左思の時代には文字を書く材料として広く使われるようになっていました。それでも、本は1冊ずつ筆で書き写すものです。お金持ちの家々が競って三都賦を写したので、都の紙が足りなくなりました。「紙の値段が上がった」というのは、それほど多くの人が写したという証拠なのです。

都の洛陽は、西晋の都でした(後漢・魏も洛陽に都を置きました)。日本でも、京都のことを「洛(らく)」と呼び、「上洛(じょうらく)」「洛中(らくちゅう)」などと言うのは、この洛陽の名前に由来すると言われます。

「洛陽の紙価を高める」の使い方と例文・似た言葉

「洛陽の紙価を高める」は、本・文章・作品が評判になって、よく売れるときに使う、ほめ言葉です。かたい言い方なので、新聞や本の紹介文、スピーチなどで使われることが多い言葉です。

  • ○彼女の初めての小説は、たちまち洛陽の紙価を高めた。(作品がよく売れる)
  • ○その歴史の本は、発売から一年で洛陽の紙価を高めるベストセラーになった。
  • ○先生の書いた参考書は、受験生の間で洛陽の紙価を高めているそうだ。
  • ○名著として洛陽の紙価を貴からしめた一冊。(古い言い方の形)
  • ×最近は物価が上がり、洛陽の紙価を高めて困っている。(本当の紙の値上がりには使わない)
  • ×新しいゲーム機が洛陽の紙価を高める人気だ。(本や文章ではないものには、ふつう使わない)

もとの話が「書き写すための紙」なので、書物・文章・作品について使うのが本来の使い方です。映画やゲームなどに使うと、ことばの由来から少し外れます。

似た言葉

  • ベストセラー:よく売れた本。「洛陽の紙価を高める」を今の言葉で言えば、これにあたります。
  • 好評を博す(はくす):よい評判を得ること。本だけでなく、いろいろなものに使えます。
  • 一世を風靡(ふうび)する:ある時代に、多くの人の間で大流行すること。
  • 汗牛充棟(かんぎゅうじゅうとう):本がとても多いこと(牛が汗をかくほど重く、家の棟木にとどくほど多い)。「本」にかかわる故事成語ですが、「評判」の意味はありません。

反対の言葉

  • 鳴かず飛ばず:目立った活やくがなく、評判にならないこと。
  • 見向きもされない:だれにも注目されないこと。左思の三都賦も、はじめは「時の人未だ之を重んぜず」でした。

「洛陽の紙価を高める」のよくあるまちがい

読み方と意味をまちがえない紙価しか=紙の値段× かみか洛陽らくよう中国の古い都○ 本が評判になって、よく売れる× 紙が高くなって困る(紙の値上がりは、評判の「結果」)
「紙価」は「しか」。紙の値上がりは、作品が評判になった「結果」です
  • 「紙価」を「かみか」と読む:「紙価」は音読みで「しか」と読みます。「価」は「価格」の「か」です。字の形は「紙」の読み方・書き順・部首、「価」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「洛陽」を「らくひ」「かくよう」などと読む:「らくよう」です。「洛」はさんずいの字で、川の名前(洛水)から来た字です。常用漢字ではありません。
  • 「紙が高くなって困ること」だと思う:意味の中心は本が評判になってよく売れることです。紙の値上がりは、その結果にすぎません。
  • 「洛陽の紙価を下げる」のように逆の形で使う:決まった形は「高める」「貴からしむ」です。
  • 作者を「陸機」と答える:三都賦を書いたのは左思です。陸機は、はじめ左思を笑い、のちに筆をおいた人です。
うかるくん

うかるくん

「貴からしむ」って、どういう形なんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

「しむ」は「〜させる」という使役の助動詞だ。「洛陽の紙価を貴からしむ」で「洛陽の紙の値段を高くさせる」。つまり作品が、紙の値段を上げさせたという言い方なんだ。「高める」も同じ意味だよ。

入試ではこう出る

「洛陽の紙価を高める」は、中学受験から大学受験まで、故事成語の知識として出てきます。

  • 中学受験:意味を選ぶ問題(「本がよく売れること」)、「洛陽の〔 〕を高める」の空らんに漢字を入れる問題、読み方(しか)を答える問題。
  • 高校受験:故事成語の意味と由来、「なぜ紙の値段が上がったのか」を説明する問題。漢文の基本は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)へ。
  • 大学受験:『晋書』の文章の中で、「未〜」「当〜」の再読文字、「為之」の読み、「不能〜」の訳がよく問われます。評論文で「洛陽の紙価を高めた名著」のように出てきたときに、意味が分かるようにしておきましょう。共通テストでの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「なぜ紙の値段が上がったのか」を答えるときは、「印刷がなく、みんなが手で書き写したから」まで書くのがポイントですね!

練習問題

やさしい

  1. 「洛陽の紙価を高める」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 物の値段がどんどん上がること イ 書いた本や文章が評判になり、よく売れること ウ 紙をむだづかいすること エ 都がにぎやかになること
    答えと解説を見るイ。左思の「三都賦」が評判になり、書き写す人が増えて洛陽の紙の値段が上がった話から生まれました。
  2. 「紙価」の読み方をひらがなで書きましょう。
    答えと解説を見るしか。「紙の値段」という意味です。

ふつう

  1. 「洛陽為之紙貴」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る洛陽之が為に紙貴し。「為之」は「之が為に(このために)」と読み、「為」は「ため」と読みます。
  2. 左思の「三都賦」が評判になったとき、なぜ洛陽の紙の値段が上がったのですか。
    答えと解説を見る印刷のない時代で、作品を読みたい人は自分で紙に書き写すしかなかったため、お金持ちの家々が競って書き写し、紙が足りなくなったからです。

むずかしい

  1. 「時人未之重」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る書き下し文は「時の人未だ之を重んぜず」。訳は「そのころの人々は、まだこの作品を重く見なかった」。「未」は「いまだ〜ず」と読む再読文字です。
  2. 陸機が「当以覆酒甕耳」と書いた意味を説明しましょう。また、のちに陸機はどうしましたか。
    答えと解説を見る「(三都賦ができあがったら)酒がめのふたにするのがよいだろう」と、左思の作品をばかにした意味です。しかし左思の賦が出ると、陸機はすっかり感心し、これ以上は書けないと考えて、自分の三都賦を書くのをやめた(筆をおいた)と『晋書』は伝えています。

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よくある質問

洛陽の紙価を高めるの意味を簡単に言うと何ですか?

書いた本や文章が評判になり、よく売れることです。今の言葉でいえば、ベストセラーになることにあたります。

洛陽の紙価を高めるの由来は?

『晋書』左思伝の話です。西晋の左思が十年かけて書いた「三都賦」が評判になり、お金持ちや身分の高い家々が競って書き写したので、都の洛陽で紙が足りなくなり、値段が上がりました(洛陽之が為に紙貴し)。

「紙価」は何と読みますか?

「しか」と読み、紙の値段という意味です。「洛陽の紙価を高める」は「らくようのしかをたかめる」と読みます。

なぜ本が売れると紙の値段が上がったのですか?

左思の時代には印刷がなく、本を読みたい人は自分で紙に書き写すしかなかったからです。多くの人が写そうとして紙を買い求めたので、紙が足りなくなりました。

洛陽の紙価を高めるの別の言い方はありますか?

「洛陽の紙価を貴からしむ」「洛陽の紙価を貴める」とも言い、4字で「洛陽紙貴」とも書きます。どれも意味は同じです。

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出典・参考

  • 原文:『晋書』巻九十二 文苑伝・左思(維基文庫の本文で確認。本文は「構思十年」「門庭籓溷」)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(一般的な読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦