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己に克ちて礼に復るおのれにかちてれいにかえる
ひとことで言うと
自分の欲やわがままに打ち勝って、礼(社会の正しいふるまい)にかなった行いにもどること。孔子が弟子の顔淵に「仁」とは何かを問われて答えた言葉。4字で「克己復礼(こっきふくれい)」とも言います。
| 読み方 | おのれにかちてれいにかえる(克己復礼=こっきふくれい) |
|---|---|
| 意味 | 自分の欲やわがままにうち勝ち、礼にかなった行いをすること。孔子はこれを「仁」とした。 |
| 出典 | 『論語』顔淵「顏淵問仁。子曰:克己復禮爲仁」 |
| お話 | 顔淵に仁とは何かと問われた孔子が、己に克ち礼に復ることだと答え、そのやり方として四勿(礼に非ざれば視る勿かれ…)を示した |
| 似た言葉 | 克己心・自制・己の欲せざる所は人に施すこと勿れ |
| 反対の言葉 | 放縦・わがまま放題 |
| 漢文の句法 | 禁止(勿〜)・反語(〜乎哉)・願望(請〜) |
このページのポイント
- 「己に克ちて礼に復る(克己復礼)」は、わがままな自分に勝って、礼にかなう行いにもどること。孔子はこれを「仁」とした
- 『論語』顔淵篇の原文6文を訓読文で読み、四勿(非礼勿視・勿聴・勿言・勿動)と仁・礼の関係を図で分かります
- 顔淵という弟子、仲弓・司馬牛への答えとの比べ、克己心、受験生の四勿、入試の出方まで
「己に克ちて礼に復る(克己復礼)」の意味と読み方
「己に克ちて礼に復る」はおのれにかちてれいにかえると読みます。4字の形では「克己復礼(こっきふくれい)」とも言います。意味は「自分の欲やわがままに打ち勝って、社会のきまり(礼)にかなった行いにもどること」です。孔子は、これこそが仁(じん)、つまり人としていちばん大切な徳だと言いました。
ことばを分けて見てみましょう。「克つ」は打ち勝つこと、「己」は自分、とくに自分の中のわがまま・欲のことです。「復る」はもどること、「礼」は、あいさつや作法をふくめた社会のきまり・正しいふるまい方です。
この言葉は、孔子と弟子たちの言葉を集めた『論語』の顔淵篇の最初の章に出てきます。弟子の顔淵が「仁とは何ですか」とたずね、孔子が「克己復禮爲仁(己に克ちて礼に復るを仁と為す)」と答えました。ここから、自分に打ち勝つ強い心を「克己心(こっきしん)」と言うようにもなりました。
うかるくん
「自分に勝つ」って、だれと戦うんですか? 自分は一人しかいないのに。
ミスターT先生
おもしろい質問だね。たとえば、勉強しようと思ったのにゲームがしたくなる。そのとき心の中には「勉強したい自分」と「遊びたい自分」の二人がいるだろう? 孔子の言う「己」は、その「わがままなほうの自分」なんだ。それに勝って、正しいふるまいにもどる。毎日の小さな場面で起きている戦いなんだよ。
ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。
- ○祖父は「克己復礼」を座右の銘にして、どんなときも礼儀を忘れなかった。
- ○怒りにまかせて言い返したくなったが、己に克ちて礼に復るを思い出し、まず相手の話を聞いた。
- ○部活の目標に「克己復礼」をかかげ、試合でも練習でもあいさつを大切にしている。
「克」は「克」の読み方・書き順・部首、「己」は「己」の読み方・書き順・部首、「復」は「復」の読み方・書き順・部首、「礼」は「礼」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。
絵で読む「己に克ちて礼に復る」のお話
このお話は、孔子と、そのいちばんの弟子・顔淵の問答(もんどう)です。言葉は原文どおり、場所やしぐさは想像して4つの場面にしました。
絵で読む「己に克ちて礼に復る」(『論語』顔淵篇の4こま)
1こま目で顔淵がたずねる「仁」は、孔子の教えの中心です。2こま目の答えが「克己復礼」。3こま目で顔淵が「其の目(もく)を請ひ問ふ」、つまり「具体的には何をすればよいのですか」とたずねると、孔子は「見る・聞く・言う・動く」の4つで答えます。これを「四勿(しぶつ)」と言います。

ミスターT先生
顔淵がえらいのは、答えを聞いて「すばらしい」で終わらず、「では、具体的に何をすれば?」と聞き返したところ。そして4こま目で、すぐに「やります」とちかった。分かることと、やることはちがう。顔淵はその両方ができた人なんだ。
「己に克ちて礼に復る」の原文・書き下し文・現代語訳
もとの文章は『論語』顔淵篇の第1章です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で読んでいきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールで確かめられます。
1文目:顔淵が仁をたずねる
書き下し文顔淵仁を問ふ。
(『論語』顔淵)
現代語訳顔淵が(孔子に)仁とは何かをたずねた。
2文目:己に克ちて礼に復るを仁と為す
書き下し文己に克ちて礼に復るを仁と為す。
(『論語』顔淵)
現代語訳自分の(わがままな)心に打ち勝って、礼にかなったふるまいにもどること、それを仁という。
3文目:一日でもそうすれば、天下が仁になつく
書き下し文一日己に克ちて礼に復らば、天下仁に帰す。
(『論語』顔淵)
現代語訳たった一日でも、自分に打ち勝って礼にもどることができれば、世の中の人々はその人を仁の人として認める(仁の方へなびく)。
4文目:仁を行うのは自分しだい
書き下し文仁を為すは己に由る。而して人に由らんや。
(『論語』顔淵)
現代語訳仁を行うかどうかは、自分自身による。どうして他人によるだろうか、いや、他人によるのではない。
5文目:礼にはずれたことは見るな・聞くな・言うな・するな
書き下し文礼に非ざれば視ることなかれ、礼に非ざれば聴くことなかれ、礼に非ざれば言ふことなかれ、礼に非ざれば動くことなかれ。
(『論語』顔淵)
現代語訳礼にはずれたことは見てはならない。礼にはずれたことは聞いてはならない。礼にはずれたことは言ってはならない。礼にはずれたことはしてはならない。
6文目:顔淵のちかい
書き下し文回不敏なりと雖も、請ふ斯の語を事とせん。
(『論語』顔淵)
現代語訳わたし(回)は、さとくはありませんが、どうかこのお言葉を一生のつとめとさせてください。
原典(『論語』顔淵篇)の本文では
維基文庫(中国語のウィキソース)の『論語』顔淵第十二では、この章は次のようになっています(句読点・かぎかっこは維基文庫の本文のとおり)。
- 「顏」「禮」「爲」「歸」「聽」:昔の字体(旧字体)です。今の字では「顔」「礼」「為」「帰」「聴」です。
- 「克己」の読み方(諸説あり):南宋の朱熹(朱子)の注では「克は勝つ、己は身の私欲」と説明され、「己に克つ」と読むのが日本ではふつうです。一方、もっと古い注釈には「克己」を「身をつつしむ(約身)」と説明するものもあり、読み方・意味は一つに決まっていません。
- 「一日」の意味:「たった一日でも」と読む説と、「ある日(いったん)」と読む説があります。
- ほかの本にも:「克己復礼、仁也」という言葉は、『春秋左氏伝』にも孔子が昔の書物の言葉として引く形で見えるとされ、孔子より前からあった言葉だったという見方もあります。
出典『論語』顔淵篇と話の背景
出典の『論語』は、春秋時代の思想家・孔子(こうし)と弟子たちの言葉や問答を、のちに弟子たちがまとめた本です。全20篇あり、「顔淵篇」は第12篇。最初の章が、この「顔淵問仁」の章なので、篇の名前にもなっています。儒家の考え方は諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

顔淵(顔回)という弟子
顔淵(がんえん)は、名を回(かい)、字(あざな)を子淵といい、「顔回(がんかい)」とも呼ばれます。孔子の弟子は三千人いたと伝えられますが、その中でも孔子がいちばん高く評価したのが顔淵でした。貧しいくらしの中でも学ぶことを楽しみ、孔子は「弟子の中で学を好む者は顔回だけだった」とまで言っています。顔淵が孔子より先に亡くなったとき、孔子はひどく悲しんだと『論語』に書かれています。
この章で孔子が「仁」について、とても高い答えをしているのは、相手が顔淵だったからだとよく言われます。顔淵なら、この高い目標に向かって本当に努力できる――孔子はそう信じていたのでしょう。
同じ顔淵篇で、ほかの弟子にはどう答えた?
顔淵篇には、ほかの弟子が「仁」をたずねる章が続きます。2章目では仲弓(ちゅうきゅう)に「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ(論語)」と答え、3章目では、口数が多かったとされる司馬牛(しばぎゅう)に「仁者は其の言や訒(じん)」、つまり「仁の人は言葉をひかえめにする」と答えています。さらに樊遅(はんち)には、ひとこと「人を愛す」と答えました。
このように孔子は、同じ問いでも相手の性格や力に合わせて答えを変えました。顔淵への「克己復礼」は、その中でもいちばん根本的で、いちばんきびしい答えだと言えます。孔子が人によって教え方を変えたことは、過ぎたるは猶及ばざるが如しの意味(論語)の話(行きすぎの子張と、足りない子夏)にもよく表れています。
「仁」と「礼」の関係
孔子の教えの中心は、仁(心の思いやり)と礼(行いのきまり・形)です。仁がなければ、礼はただの形だけになってしまいます。でも、礼という形がなければ、心の仁は外に表れません。そして、その2つのあいだをじゃまするのが「己」、つまり自分のわがままです。克己復礼は、わがままを取りのぞいて、心と行いを一つにするための方法なのです。
『論語』のほかの言葉とも、つながっています。巧言令色鮮なし仁の意味(論語)は「口がうまく顔つきをとりつくろう人に、仁は少ない」という言葉で、形だけの礼を批判しています。君子は和して同ぜずの意味(論語)は、人と調和しながらも自分を失わない君子の姿です。四十にして惑わずの意味(論語・不惑)で孔子がふり返る「七十にして心の欲する所に従へども矩を踰えず」は、克己復礼をきわめた先の、わがままと礼が一つになった境地だと読むこともできます。
「己に克ちて礼に復る」の使い方と例文・似た言葉
「己に克ちて礼に復る」「克己復礼」は、自分の欲や感情をおさえて、正しいふるまいをすることを言うときに使います。座右の銘や、学校・部活動・会社の目標としてもよく使われる言葉です。
- ○試合に負けてくやしくても、相手に礼をつくすのが克己復礼だ。
- ○夜ふかししたい気持ちに勝って早く寝る。小さな克己復礼の積み重ねが大事だ。
- ○リーダーこそ己に克ちて礼に復る心を持たなければ、人はついてこない。
- ×ライバルに克己復礼して、テストで勝った。(「己」は自分のこと。相手に勝つ意味ではない)
- ×礼儀さえ守っていれば心はどうでもいいというのが克己復礼だ。(形だけでなく、心の仁のための言葉)
似た言葉・反対の言葉
| 言葉 | 意味 | 克己復礼との関係 |
|---|---|---|
| 克己心(こっきしん) | 自分の欲やなまけ心に打ち勝つ心 | ここから生まれた言葉 |
| 己の欲せざる所は人に施すこと勿れ | 自分がされていやなことは人にするな | 同じ顔淵篇の、仲弓への「仁」の答え |
| 自制・自律 | 自分で自分をおさえる・自分で決めたきまりを守る | 近い(今のふつうの言葉) |
| 付和雷同(ふわらいどう) | 自分の考えなく人に合わせる | ちがう(礼は自分で選んで守るもの) |
| 放縦(ほうじゅう)・わがまま放題 | 気ままにふるまうこと | 反対 |
- 克己心:克己復礼の「克己」から生まれた言葉です。スポーツや勉強で「克己心が強い」のように、今もよく使われます。
- 過ちては改むるに憚ること勿れ(論語):あやまちに気づいたらすぐ直せ、という言葉。わがままに負けたと気づいたら、すぐ礼にもどる――克己復礼と組み合わせると力になる言葉です。
英語では、"Self-discipline"(自制・自分をきたえること)や、"To subdue oneself and return to propriety"(自分をおさえて礼にもどる)と訳されます。「克己心」は self-control がいちばん近い言葉です。
受験勉強への生かし方
受験勉強は、毎日が「己との戦い」です。スマホを見たい、もう少し寝ていたい、苦手な科目は明日に回したい――そんな「わがままな自分」に勝って、決めた計画(受験生にとっての「礼」)にもどる。これがまさに受験生の克己復礼です。
孔子が顔淵に「四勿」という具体的なやり方を示したように、受験生も「何をしないか」を具体的に決めておくと、わがままに勝ちやすくなります。誘惑・不安・あきらめという「自分の中の敵」との向き合い方は受験の格言「最大の敵は自分自身だ」の意味に、先延ばしをやめる考え方は「いつかできることは今日もできる」の意味と出典にまとめています。「一生懸命だと知恵が出る、いい加減だと言い訳が出る」という武田信玄の名言?「いい加減だと言い訳が出る」の意味も、言い訳したくなる自分に勝つヒントになります。毎日の小さな行動を整えるコツは受験にも使える人生のコツ10(早起き・結論から・行動はいまから)も参考になります。
「己に克ちて礼に復る」のよくあるまちがい
- 「克己」を「こくき」「かつき」と読む:正しくは「こっき」です。「克(こく)」と「己(き)」がつまって「こっき」になります。「克己復礼」は「こっきふくれい」です。
- 「己に勝つ」と書く:一般には「勝つ」とも書けますが、原文と四字熟語は「克」の字です。「克つ」は「困難やわがままに打ち勝つ」という意味の字です。
- 「礼に返る」「礼に帰る」と書く:「復る(かえる)」は「もとにもどる」という意味の「復」の字を使います。「復習」「回復」の「復」です。
- 「相手に勝つ」「ライバルに勝つ」の意味で使う:「己」は自分です。勝つ相手は、自分の中のわがままです。
- 「礼儀作法さえ守ればよい」という意味だと思う:目的は仁(思いやりの心)です。礼は、仁を形にするためのものです。
- 「己」を「已」「巳」と書く:「己(おのれ)」は上があいた形、「已(すでに)」は少しとじた形、「巳(み)」は全部とじた形です。
サクラちゃん
「礼にはずれたことは見るな・聞くな」って、ちょっときびしすぎませんか?
ミスターT先生
たしかに、全部を守るのはとてもむずかしい。だから孔子は、この高い答えをいちばんの弟子の顔淵にだけ言ったとも考えられるね。大事なのは「完璧にできるか」より、「一日でもやってみる」こと。原文にも「一日克己復礼」とあるだろう? 一日ずつ、その積み重ねだよ。
入試ではこう出る
「己に克ちて礼に復る」は、大学受験の漢文で『論語』の有名な章として出るほか、高校受験の国語でも、四字熟語の「克己復礼」や『論語』の言葉として出ることがあります。
- 高校受験:「克己」「克己心」の読み、四字熟語「克己復礼」の意味、『論語』の言葉の書き下しなどが問われることがあります。中学校の教科書で『論語』を読むときに、あわせて出てくることもある言葉です。
- 大学受験(漢文):顔淵篇の本文が出て、「克己復礼為仁」の書き下し、「非礼勿視」の禁止の形、「而由人乎哉」の反語の形、「請事斯語矣」の願望の形などが問われます。「己」の意味(わがままな自分)を説明させる問題も考えられます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(出題の形と対策)にまとめています。
- 倫理:孔子の思想として、「仁」と「礼」の関係、「克己復礼」が出ます。「仁=克己復礼」「仁=愛人(人を愛す)」をセットで覚えておきましょう。

サクラちゃん
「己に克ちて礼に復るを仁と為す」。己=わがままな自分に勝って、礼にもどる。やり方は四勿(見るな・聞くな・言うな・するな)。4字なら「克己復礼(こっきふくれい)」です!
練習問題
やさしい
- 「克己復礼」の読み方をひらがなで答えましょう。
答えと解説を見る
こっきふくれい。「克己」は「こっき」と読みます。 - 「己に克ちて礼に復る」の「己」は何のことですか。
ア ライバル イ 先生 ウ 自分のわがままな心 エ 国の王答えと解説を見る
ウ。打ち勝つ相手は、自分の中の欲やわがままです。
ふつう
- 「克己復礼為仁」を書き下し文に直しましょう。
答えと解説を見る
己に克ちて礼に復るを仁と為す。「克己」「復礼」「為仁」の3つともレ点で返って読みます。 - 孔子が顔淵に示した「四勿」の4つを、「見る・聞く・言う・動く」の漢字1字を使って答えましょう。
答えと解説を見る
非礼勿視・非礼勿聴・非礼勿言・非礼勿動(礼に非ざれば視ること勿かれ・聴くこと勿かれ・言ふこと勿かれ・動くこと勿かれ)。
むずかしい
- 「為仁由己、而由人乎哉」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。また、「乎哉」が表す句法の名前を答えましょう。
答えと解説を見る
仁を為すは己に由る。而して人に由らんや。訳:仁を行うかどうかは自分しだいだ。どうして他人によるだろうか、いや、他人によるのではない。句法は反語です。 - 同じ顔淵篇で、孔子は仲弓や司馬牛には「仁」について顔淵とちがう答えをしています。孔子が答えを変えたのはなぜだと考えられますか。
答えと解説を見る
孔子は、相手の性格や力に合わせて教え方を変えたから。いちばんすぐれた弟子の顔淵には、いちばん根本的できびしい「克己復礼」を示し、ほかの弟子には、その人に必要な点(思いやり・言葉をひかえることなど)を示したと考えられます。
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- 己の欲せざる所は人に施すこと勿れの意味(論語)
同じ顔淵篇、仲弓への「仁」の答え - 過ちては改むるに憚ること勿れの意味(論語)
あやまちに気づいたら、すぐ直す - 巧言令色鮮なし仁の意味(論語)
形だけの礼に、仁は少ない - 君子は和して同ぜずの意味(論語)
調和しても、自分は失わない - 四十にして惑わずの意味(論語・不惑)
七十にして矩を踰えず、の境地 - 過ぎたるは猶及ばざるが如しの意味(論語)
弟子に合わせて教える孔子 - 漢文の禁止の句法(勿・無・莫・毋)
「礼に非ざれば視ること勿かれ」の読み方
『論語』から生まれた故事成語(絵で読む)
- 温故知新の意味と由来
昔の物事を学び、そこから新しい知識や見方を得ること。 - 巧言令色の意味と由来
口先がうまく、愛想よく人にこびること。 - 過ぎたるは猶及ばざるが如しの意味と由来
何事も、やりすぎは足りないのと同じで、ほどほどが大切だということ。 - 過ちては改むるに憚ること勿れの意味と由来
過ちに気づいたら、ためらわずにすぐ改めよということ。 - 己の欲せざる所は人に施すこと勿れの意味と由来
自分がされたくないことは、他人にもしてはならないということ。 - 三人行えば必ず我が師ありの意味と由来
三人で歩けば、そのうちの誰かから必ず学べるということ。 - 学びて思わざれば則ち罔しの意味と由来
学ぶだけで考えなければ、本当の理解は得られないということ。 - 後生畏るべしの意味と由来
若い人は将来どれほど成長するかわからず、侮ってはならないということ。 - 四十にして惑わずの意味と由来
四十歳になると、迷いがなくなるということ。 - 義を見て為ざるは勇なきなりの意味と由来
正しいことと知りながら行動しないのは、勇気がないからだということ。 - 朝に道を聞かば夕べに死すとも可なりの意味と由来
真理を悟れたなら、その夜に死んでもよいほど、道を求めるべきだということ。 - 君子は和して同ぜずの意味と由来
立派な人は調和しても、他人に無理に同調しないということ。
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よくある質問
己に克ちて礼に復るとはどういう意味ですか?
己に克ちて礼に復るとは、自分の欲やわがままに打ち勝って、礼(社会の正しいふるまい)にかなった行いにもどるという意味です。孔子は、これこそが人としていちばん大切な徳である「仁」だと言いました。
己に克ちて礼に復るの読み方は?
「おのれにかちてれいにかえる」と読みます。4字の形「克己復礼」は「こっきふくれい」と読みます。
克己復礼の出典・由来は何ですか?
『論語』顔淵篇の第1章です。弟子の顔淵(顔回)が「仁とは何ですか」とたずね、孔子が「克己復禮爲仁(己に克ちて礼に復るを仁と為す)」と答えました。
克己復礼の原文と書き下し文は?
原文は「克己復禮爲仁。一日克己復禮,天下歸仁焉」で、書き下し文は「己に克ちて礼に復るを仁と為す。一日己に克ちて礼に復らば、天下仁に帰す」です。
四勿(しぶつ)とは何ですか?
四勿とは、孔子が克己復礼の具体的なやり方として顔淵に示した4つの戒めです。「非礼勿視・非礼勿聴・非礼勿言・非礼勿動」(礼にはずれたことは見るな・聞くな・言うな・するな)を指します。
克己復礼の「己」とは何のことですか?
「己」は自分のこと、とくに自分の中の欲やわがままな心を指します。勝つ相手は他人ではなく自分自身です。古い注釈には「克己」を「身をつつしむ」と説明するものもあり、解釈には諸説あります。
克己復礼の例文を教えてください。
「試合に負けてくやしくても、相手に礼をつくすのが克己復礼だ」のように使います。座右の銘や、部活動・会社の目標としてもよく使われます。
克己復礼の似た言葉・反対の言葉は?
似た言葉は「克己心」「自制」、同じ顔淵篇の「己の欲せざる所は人に施すこと勿れ」などです。反対の意味の言葉には、気ままにふるまう「放縦」やわがまま放題があります。
克己復礼は英語で何と言いますか?
"self-discipline"(自制)や、"to subdue oneself and return to propriety"(自分をおさえて礼にもどる)と訳されます。「克己心」は self-control がいちばん近い言葉です。
克己復礼は入試でどう出ますか?
大学受験の漢文で『論語』顔淵篇の本文として出て、書き下し文や禁止「勿」・反語「乎哉」・願望「請」の句法が問われます。高校受験でも「克己」の読みや四字熟語の意味が出ることがあり、倫理では孔子の仁と礼の関係として出ます。
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出典・参考
- 原文:『論語』顔淵第十二(維基文庫の本文で確認)
- 「克己」の解釈(私欲に勝つ/身をつつしむ)・「一日」「天下帰仁」の意味:注釈による諸説
- 顔淵(顔回)の人物像:『論語』の記述による一般的な説明
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- お話の絵・図:合格大作戦(4こまは問答をもとにした想像の場面)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



