過ちては改むるに憚ること勿れの意味と由来|論語の原文・書き下し文・現代語訳とイラスト【故事成語】

過ちては改むるに憚ること勿れの意味と由来|論語の原文・書き下し文・現代語訳とイラスト【故事成語】

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過ちては改むるに憚ること勿れあやまちてはあらたむるにはばかることなかれ

ひとことで言うと

まちがいに気づいたら、ためらわずにすぐ改めなさい、という孔子の教え。「まちがえるな」ではなく「直すのをためらうな」という言葉です。

読み方あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ
意味過ちをおかしたと気づいたら、体面などを気にしてためらわず、すぐに改めよということ。
出典『論語』学而篇(子罕篇にもほぼ同じ言葉)。原文は「過則勿憚改」
お話出来事の話ではなく、孔子が「君子」の心がけとして語った言葉
似た言葉過ちて改めざる是を過ちと謂う・君子は豹変す(本来の意味)・失敗は成功のもと
反対の言葉小人の過つや必ず文る・我田引水・開き直る
漢文の句法禁止(勿・無)・条件(〜ば則ち)・否定(不)

このページのポイント

  • 意味はまちがいに気づいたら、ためらわずに改めよ。「まちがえるな」ではありません
  • 出典は『論語』学而篇。「過則勿憚改」の「勿(なかれ)」は禁止の句法です
  • 衛霊公篇の「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」とセットで覚えると、入試でも強くなります

「過ちては改むるに憚ること勿れ」の意味と読み方

「過ちては改むるに憚ること勿れ」は、あやまちてはあらたむるにはばかることなかれと読みます。意味は「まちがいをしたと気づいたら、ためらわずに、すぐに改めなさい」ということです。中国の古い本『論語(ろんご)』にある、孔子(こうし)の言葉です。

ポイントは、「まちがえるな」とは言っていないことです。人はだれでもまちがえます。大切なのは、まちがえたあとに体面や恥ずかしさを気にして、直すのをぐずぐずと先のばしにしないことです。「憚る(はばかる)」は「ためらう・遠慮する」、「勿れ(なかれ)」は「〜してはいけない」という意味です。

5つに分けると、意味がすっと分かる過ちてはあやまちてはまちがえたら則ちすなわちそのときは改むるにあらたむるに直すことに憚ることはばかることためらうこと勿れなかれ〜してはいけないまちがえたら、直すのをためらうな
5つに区切ると「まちがえたら、直すのをためらうな」という意味がよく分かります
うかるくん

うかるくん

「勿れ」ってどういう意味ですか?「ない」っていうこと?

ミスターT先生

ミスターT先生

「勿れ(なかれ)」は「〜してはいけない」という禁止だよ。「憚ること勿れ」で「ためらってはいけない」。ただ「ない」と言っているのではなく、強く呼びかけているんだ。漢文では「勿」「毋」「無」「莫」の字がこの「なかれ」の読み方をすることがあって、禁止の句法(勿・毋・無・莫)としてまとめて覚えておくと便利だよ。

ふだんの言い方では、次のように使います。

  • ○計算ミスに気づいたなら、提出前でもすぐ直そう。過ちては改むるに憚ること勿れだ。
  • ○会社が欠陥に気づいてすぐ公表したのは、過ちては改むるに憚ること勿れの姿勢だと評価された。
  • ○「過ちを改むるに憚ること勿れ」と言うし、きのうの言い方は悪かったと、ぼくから先にあやまろう。

3つめの例のように、日本では「過ちを改むるに憚ること勿れ」という形でもよく使われます。原文の「過則勿憚改」をどう読むかの違いで、意味は同じです(くわしくは原文の節で説明します)。

絵で読む「過ちては改むるに憚ること勿れ」のお話

この言葉は、矛盾や蛇足のような「お話」から生まれた故事成語ではありません。『論語』の中で孔子が短く言い切った教えです。そこで、1こま目は孔子が弟子に語る想像の場面、2〜4こま目は今の子どもに置きかえた「たとえの場面」として描きました。原文に、本をやぶる話が出てくるわけではありません。

絵で読む「過ちては改むるに憚ること勿れ」(4こま)

1孔子が弟子に語る過ちに気づいたら、ためらわずに改めなさい孔子
1孔子は弟子たちに「まちがいに気づいたら、ためらわずに改めなさい」と教えました。(場面は想像の絵です)
2本をやぶってしまった(たとえ)だまっていれば、ばれないかも…ビリッ!
2ここからは、たとえの場面です。友だちに借りた本を、うっかりやぶってしまいました。「だまっていれば…」と心がゆれます。
3すぐに正直に言うごめん!ぼくがやぶっちゃった
3勇気を出して、すぐに「ごめん、ぼくがやぶっちゃった」と正直に言いました。
4いっしょに直す正直に言ってくれてありがとう過ちては改むるに憚ること勿れ
42人でテープをはって本を直しました。正直に言ったことで、友だちとの信頼もかえって深まりました。

2こま目の男の子のように、まちがえた瞬間には「だまっていれば分からないかも」「言うのは恥ずかしい」という気持ちがわきます。このためらいこそが「憚る」です。孔子は、その気持ちに負けずにすぐ改めることを求めました。

過ちを改めるまでの4つの段階1気づく「まちがえた」と分かる2認めるかくさず、言い訳しない3改めるすぐに直す・あやまる4くり返さない同じまちがいを二度しないここでためらうな!
まちがいに気づいてから直すまでの4段階。孔子が「ためらうな」と言ったのは、2の「認める」から3の「改める」へ進むところです

上の図の4つめ「くり返さない」は、孔子がいちばん学問好きだとほめた弟子・顔回(がんかい)の話につながります(出典と背景の節で紹介します)。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

まちがいを指摘されて、あわてて言い訳をしてしまうことは、大人にもよくある。でも早く改めた人ほど、あとで信頼されるんだ。孔子の弟子の子貢(しこう)も、同じことを「日食・月食」にたとえて言っているよ。

「過ちては改むるに憚ること勿れ」の原文・書き下し文・現代語訳

この言葉は『論語』の最初の篇、学而(がくじ)篇の第8章の最後の一句です。章全体は、孔子が「君子(くんし)」=りっぱな人の心がけを4つ並べて語ったものです。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールで確かめられます。

『論語』学而篇の本文(維基文庫の本文。句読点は補ったもの)子曰、君子不重則不威、學則不固。主忠信、無友不如己者、過則勿憚改。

1文目:君子は重々しく

書き下し文子し曰いはく、君くん子し重おもからざれば則すなはち威ゐあらず。

(『論語』学而第一)

現代語訳先生(孔子)がおっしゃった。「りっぱな人も、重々しさがなければ、威厳がない。

ここがポイント「子(し)」は『論語』では孔子先生のこと。「不(ざ)れば」は打ち消しの「ず」に「ば」がついた形で、「〜でないならば」という条件です。「則(すなは)ち」は前の条件を受けて「そのときは」とつなぐ字で、仮定・条件の句法でよく出てきます。

2文目:学べば頑固でなくなる

書き下し文学まなべば則すなはち固こならず。

(『論語』学而第一)

現代語訳学問をすれば、ひとりよがりの頑固さがなくなる。

ここがポイントこの1文は読み方が分かれます。「固」を「かたくな(頑固)」と取って「学べば頑固でなくなる」とする読み方と、「固」を「しっかりしている」と取って前の文に続け、「重々しさがなければ、学んでも身につかない」とする読み方です。どちらが正しいかは諸説あり、ここでは前の読み方で訳しました。

3文目:まことを大切にし、友を選ぶ

書き下し文忠ちゆう信しんを主しゆとし、己おのれに如しかざる者ものを友ともとすること無なかれ。

(『論語』学而第一)

現代語訳まごころとうそをつかないことを第一とし、自分に及ばない者を友としてはいけない。

ここがポイント「忠信(ちゅうしん)」は、まごころをつくすことと、うそをつかないこと。「無(な)かれ」は「勿かれ」と同じ禁止の読み方です。「己に如かざる者」は「自分に及ばない者」と読むのがふつうですが、「如」を「同じ・似ている」と取って「志のちがう者」とする説もあり、解釈には諸説あります。レ点が2つ続き、その外側を一二点が囲む形なので、返り点の練習にもよい1文です。

4文目:過ちては改むるに憚ること勿れ

書き下し文過あやまちては則すなはち改あらたむるに憚はばかること勿なかれ。

(『論語』学而第一)

現代語訳まちがいをしたら、そのときは直すことをためらってはいけない。」

ここがポイント「勿(な)かれ」は「〜してはいけない」という禁止の句法。レ点が2つ続くので、下から「改むるに→憚ること→勿かれ」と返って読みます。「改むる」は古文の動詞「改む」(下二段活用)の連体形です。よく知られた形「過ちては改むるに憚ること勿れ」は、この文の「則ち」を省いたものです。
この言葉で覚える句法4つ勿〜すること勿かれ〜してはいけない禁止則〜ば則ち〜ならば、そのときは条件不〜ず・ざる〜しない否定是謂是を〜と謂ふこれを〜というまとめ
学而篇と衛霊公篇の言葉で、禁止・条件・否定・まとめの言い方の4つが練習できます

日本で「過ちを改むるに憚ること勿れ」という形が広まっているのは、「過」を「過ちを」と名詞として読み、「改むる」の目的語にした言い方です。原文の「過則勿憚改」は「過てば則ち…」「過ちては則ち…」と「過」を動詞(まちがえる)として読むのが教科書の形です。どちらの言い方も意味は同じなので、使うときに気にしすぎる必要はありません。ただし、書き下し文を書く問題では、原文の「則」があることに注意しましょう。

子罕(しかん)篇にも、ほとんど同じ言葉がある

『論語』には、同じ言葉が別の篇にもう一度出てくることがあります。この言葉もそのひとつで、子罕篇に次の形で出てきます。

『論語』子罕篇の本文(維基文庫の本文)子曰、主忠信、毋友不如己者、過則勿憚改。

学而篇の後半とほぼ同じですが、「無友」が「毋友」になっています。「毋(な)かれ」も禁止の字で、「無」「勿」と同じように「なかれ」と読みます。『論語』は弟子たちがそれぞれ覚えていた言葉を集めた本なので、このように同じ言葉が重なって残っていると考えられています。

衛霊公(えいれいこう)篇「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」

同じ考えを、反対側から言った言葉もあります。こちらも有名な孔子の言葉です。

過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ

書き下し文子し曰いはく、過あやまちて改あらためざる、是これを過あやまちと謂いふ。

(『論語』衛霊公第十五)

現代語訳先生がおっしゃった。「まちがいをして、それを改めない。これを本当のまちがいというのだ。」

ここがポイント「而」と「矣」は読まない置き字です。「是(これ)を〜と謂(い)ふ」は「これを〜という」とまとめる言い方。まちがえることより、改めないことのほうが本当のまちがいだ、という意味で、学而篇の言葉と表と裏の関係になっています。打ち消しの「不(ざる)」は否定の句法で確かめましょう。
「本当の過ち」はどこにある?まちがえるだれにでもある(1つめの過ち)△改めないこれが本当の過ち(2つめ)×衛霊公篇の孔子の言葉過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ
まちがえること(1つめ)は、だれにでもある。それを改めないこと(2つめ)が本当の過ちだ、と孔子は言いました

子貢の言葉「君子の過ちは日月の食のごとし」

孔子の弟子の子貢(しこう)は、子張篇で、りっぱな人の過ちを日食・月食にたとえています。

君子の過ちや、日月の食のごとし

書き下し文君くん子しの過あやまちや、日じつ月げつの食しよくのごとし。

(『論語』子張第十九(子貢の言葉))

現代語訳りっぱな人の過ちは、日食や月食のようなものだ。

ここがポイント原文はこのあと「過つや人皆之を見る。更(あらた)むるや人皆之を仰ぐ」(過ちをすればみんなに見えるが、改めればみんなが仰ぎ見る)と続きます。日食や月食はかくしようがなく、終わればまたもとの明るさにもどります。「如(ごと)し」はたとえの言い方で、比況の句法(如し・若し)でくわしく説明しています。
サクラちゃん

サクラちゃん

学而篇の「過則勿憚改」と、衛霊公篇の「過而不改」、どっちも「過」と「改」が出てきてまぎらわしいです…。

ミスターT先生

ミスターT先生

学而篇は「改めることをためらうな」という命令(禁止)、衛霊公篇は「改めないのが本当の過ちだ」という説明だよ。「勿」があれば禁止、「是謂」があればまとめ、と字で見分けよう。2つをセットで覚えると、入試で片方が出ても意味がすぐ取れるね。

出典『論語』と言葉の背景

出典の『論語』は、孔子(紀元前551年ごろ〜紀元前479年)と弟子たちの言葉や問答を、孔子の死後に弟子やその弟子たちがまとめた本です。全20篇で、篇の名前は最初の2〜3字から取られています。いちばん最初の学而篇は「学びて時に之を習ふ、亦説ばしからずや」で始まる、『論語』の入口のような篇です。孔子の考え方を受けつぐ「儒家(じゅか)」については、諸子百家(儒家・道家・法家)の考え方で図にしています。

孔子は、春秋時代の魯(ろ)の国の人です。若いころは身分が高くなく、さまざまな仕事をしながら学問を積みました。のちに魯の国の役人となりましたが、思うように政治を行えず、弟子たちをつれて諸国をめぐりました。晩年は魯に帰り、弟子を育てることと古典の整理に力をつくしたと伝えられています。

孔子が「過ち」についてくり返し語ったわけ

『論語』には、「過ち」についての言葉がいくつもあります。これは、孔子が人は完全ではないことをよく分かっていたからだと考えられます。大切なのは失敗しないことではなく、失敗のあとにどうするかだ、という考え方です。

  • 「已んぬるかな。吾未だ能く其の過ちを見て、内に自ら訟むる者を見ざるなり」(公冶長篇):「ああ、もうおしまいだ。自分の過ちに気づいて、心の中で自分を責められる人を、わたしはまだ見たことがない」。それほど、自分の過ちを認めるのはむずかしいということです。
  • 「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」(衛霊公篇):上の原文の節で読んだ言葉です。
  • 「小人の過つや、必ず文る(かざる)」(子張篇、子夏の言葉):つまらない人は、過ちをすると必ず言い訳でかざってごまかす、という意味です。
君子の過ち・小人の過ち(子張篇)君子(子貢)日食・月食のよう過つ→みんなに見える改める→みんなが仰ぎ見る小人(子夏)文必ず「文る」(かざる=言い訳でごまかす)かくさず改める人ほど、かえって信頼される※子貢・子夏はどちらも孔子の弟子
子貢は君子の過ちを日食・月食に、子夏は小人の過ちを「かざってごまかすもの」にたとえました

「過ちを弐(ふた)たびせず」の顔回

孔子の弟子の中で、孔子がいちばん「学問好き」だとほめたのが顔回(がんかい)です。魯の哀公(あいこう)に「弟子の中でだれが学問好きか」とたずねられた孔子は、次のように答えています(雍也篇)。

『論語』雍也篇の本文(維基文庫の本文)有顏回者、好學。不遷怒、不貳過。不幸短命死矣。今也則亡、未聞好學者也。

書き下すと「顔回なる者有り、学を好む。怒りを遷(うつ)さず、過ちを弐(ふた)たびせず。不幸短命にして死せり」となります。「怒りを関係のない人にぶつけない、同じ過ちを二度くり返さない」という意味です。孔子にとっての「学問好き」は、本をたくさん読むことだけでなく、過ちを改めて二度としないことまでふくんでいたことが分かります。

日本での「過ちては改むるに憚ること勿れ」

日本では、江戸時代の寺子屋や藩校で『論語』がよく読まれ、この言葉も広く知られるようになりました。今でも、謝罪の会見やスポーツの反省の場面などで「過ちを改むるに憚ること勿れ」と引かれることがあります。同じように「態度を改める」意味の言葉には、『易経』の「君子は豹変す」(本来は、あやまちをすぐ改めるというよい意味)もあります。

「過ちては改むるに憚ること勿れ」の使い方と例文・似た言葉

この言葉は、自分や相手に「まちがいはすぐ直そう」とうながすときに使います。文の中では「〜だ」「〜と言う」「〜の精神で」の形で引用することが多く、自分の失敗を認めるときにも、相手をはげますときにも使えます。

  • ○漢字の書き順をずっとまちがえていた。過ちては改むるに憚ること勿れ、今日から正しく書こう。(自分の失敗を直す)
  • ○キャプテンは「過ちを改むるに憚ること勿れだ。作戦をすぐ変えよう」と言った。(まちがった方針を直す)
  • ○失敗をかくそうとする後輩に、「過ちては改むるに憚ること勿れだよ」と声をかけた。(相手をはげます)
  • ×失敗をこわがってはいけない。過ちては改むるに憚ること勿れだ、どんどんまちがえよう。(「まちがいをおそれるな」という意味ではない)
  • ×友だちのまちがいを見つけたら、過ちては改むるに憚ること勿れで、みんなの前で大声で言ってやろう。(人を責めるための言葉ではない)

似た言葉

  • 過ちて改めざる、是を過ちと謂う:衛霊公篇の孔子の言葉。改めないことが本当の過ちだ、という同じ考えを反対側から言ったものです。
  • 君子は豹変す:もとは「りっぱな人は、あやまちに気づくと豹の毛の模様のようにはっきりと改める」という意味。今は「態度が急に変わる」悪い意味で使うことが多いので注意が必要です。
  • 過ちを弐たびせず:顔回の話から。同じまちがいを二度くり返さないこと。
  • 失敗は成功のもと(ことわざ):失敗しても、原因を反省して改めれば成功につながる、ということ。
  • 虚心坦懐(きょしんたんかい):わだかまりのない、すなおな心。人の指摘をすなおに受け入れる心がまえに近い言葉です。

反対の考え方の言葉

  • 小人の過つや必ず文る:子張篇の子夏の言葉。過ちを言い訳でごまかすこと。
  • 開き直る・言い訳をする:まちがいを認めずに、かえって強く出たり、理由をつけてごまかしたりすること。
  • 我田引水(がでんいんすい):自分に都合のよいように話を持っていくこと。過ちを認めず自分の言い分を通そうとする態度です。

「過ちては改むるに憚ること勿れ」のよくあるまちがい

「憚る(はばかる)」の2つの意味ためらう・遠慮する「人目を憚る」「他言を憚る」古くからの意味○ この言葉はこちらはばをきかせる「憎まれっ子世に憚る」のさばる・幅をとる△ 別の意味「改むるに憚ること勿れ」=直すのをためらってはいけない
「憚る」には「ためらう」と「はばをきかせる」の2つの意味。この言葉はためらうの意味です
  • 「まちがいをおそれるな」という意味だと思う:この言葉が言っているのは、まちがえたあと、直すことをためらうなということです。「どんどん失敗しよう」という意味ではありません。
  • 「憚る」を「はばをきかせる」の意味に取る:「憎まれっ子世に憚る」の「憚る」は「はばをきかせる・のさばる」の意味ですが、この言葉の「憚る」は「ためらう・遠慮する」の意味です。
  • 「勿れ」を「〜しない」と訳す:「勿れ(なかれ)」は「〜してはいけない」という禁止です。「改めることをためらわない」と訳すと、ただの説明になってしまい、孔子が強く呼びかけている感じが出ません。
  • 「改むる」を「改める」と書き直してしまう:書き下し文は古文の文法で書くので、連体形は「改むる」です。今の言葉で意味を書くときは「改める」でかまいません。字の形は「改」の読み方・書き順・部首、「過」の読み方・書き順・部首で確かめましょう。
  • 「過」を「禍」と書く:「禍(わざわい)」は別の字で、意味もちがいます。「過ち」はしんにょうの「過」です。
  • 出典を『孟子』などとまちがえる:出典は『論語』(学而篇・子罕篇)です。
うかるくん

うかるくん

書き下し文の問題で、「過ちを改むるに…」って書いたら×になりますか?

ミスターT先生

ミスターT先生

問題が「過則勿憚改」を書き下せなら、「則」を読んで「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」と書くのが正解だ。原文の字は1字も落とさないのが書き下し文のきまりだからね。ことわざとして意味を答える問題なら、「過ちを改むるに…」の形でも意味は同じだよ。

入試ではこう出る

「過ちては改むるに憚ること勿れ」は、高校受験の漢文の入門でよく取り上げられる『論語』の言葉です。中学受験や大学受験でも、形を変えて出てきます。

  • 中学受験:意味を選ぶ問題、「憚る」「勿れ」の意味を問う問題。論語の言葉を集めた文章の中で出ることもあります。
  • 高校受験:「過則勿憚改」に返り点をつける、書き下し文に直す、「勿」の読み方と意味(〜してはいけない)を答える問題がよく問われます。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:「過而不改、是謂過矣」の訳、「是謂〜」の言い方、「無友不如己者」の返り点と解釈。評論や小論文で「失敗とどう向き合うか」という話題の中で引かれることもあります。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「勿」「毋」「無」「莫」の4つは、どれも「なかれ」=禁止と読めることがあるんですね!「過則勿憚改」は勿、子罕篇の「毋友」は毋。字が変わっても意味は同じだと分かりました。

練習問題

やさしい

  1. 「過ちては改むるに憚ること勿れ」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア まちがいをおそれず、どんどん挑戦しなさい イ まちがいに気づいたら、ためらわずに改めなさい ウ 人のまちがいは、すぐに注意しなさい エ まちがいは、人に知られないようにしなさい
    答えと解説を見るイ。まちがえたあと、直すことをためらってはいけない、という意味です。アの「まちがいをおそれるな」とは言っていません。
  2. 「憚る」「勿れ」の読み方と意味を答えましょう。
    答えと解説を見る憚る=はばかる(ためらう・遠慮する)、勿れ=なかれ(〜してはいけない)。

ふつう

  1. 「過則勿憚改」を書き下し文に直しましょう。また、読む順番を漢字で書きましょう。
    答えと解説を見る過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ。読む順番は「過→則→改→憚→勿」。「勿」と「憚」にレ点がついています。
  2. 衛霊公篇の「過而不改、是謂過矣」を現代語訳しましょう。
    答えと解説を見るまちがいをして改めない、これを(本当の)まちがいという。「而」「矣」は置き字で読みません。

むずかしい

  1. 子張篇で子貢は「君子の過ちや、日月の食のごとし」と言っています。なぜ君子の過ちを日食・月食にたとえたのか、続きの言葉もふまえて説明しましょう。
    答えと解説を見る日食・月食はだれにでも見えてかくせず、終わればもとの明るさにもどる。同じように、君子の過ちはみんなに見えるが、改めればみんなが仰ぎ見る(「過つや人皆之を見る。更むるや人皆之を仰ぐ」)から。
  2. 『論語』で、孔子が「学問好き」とほめた弟子はだれですか。また、その弟子の「過ち」についての長所を、原文の4字と意味で答えましょう。
    答えと解説を見る顔回。原文は「不貳過」(過ちを弐たびせず)で、同じ過ちを二度くり返さない、という意味です(雍也篇)。

「過ちては改むるに憚ること勿れ」とあわせて覚えたい関連ページ

『論語』から生まれた故事成語(絵で読む)

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よくある質問

「過ちては改むるに憚ること勿れ」の意味を簡単に言うと何ですか?

まちがいに気づいたら、ためらわずにすぐ改めなさい、という意味です。まちがえることそのものより、まちがいを直さずにそのままにすることをいましめた言葉です。

「過ちては改むるに憚ること勿れ」の出典はどこですか?

『論語』の学而篇です。原文は「過則勿憚改」で、子罕篇にもほぼ同じ言葉があります。孔子が、りっぱな人(君子)の心がけとして語った言葉の一部です。

「過ちを改むるに憚ること勿れ」と「過ちては改むるに憚ること勿れ」はどちらが正しいですか?

意味は同じです。原文「過則勿憚改」の書き下し文は「過ちては則ち改むるに憚ること勿かれ」で、日本ではことわざとして「過ちを改むるに憚ること勿れ」の形もよく使われます。書き下し文の問題では、原文の「則」も読みます。

「勿れ」の意味と読み方は何ですか?

「なかれ」と読み、「〜してはいけない」という禁止を表します。漢文では「勿」のほかに「毋」「無」「莫」も「なかれ」と読むことがあります。

似た意味の論語の言葉はありますか?

衛霊公篇の「過ちて改めざる、是を過ちと謂ふ」(まちがいをして改めないのが本当のまちがいだ)があります。また、弟子の顔回をほめた「過ちを弐たびせず」(雍也篇)も、過ちについての有名な言葉です。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『論語』学而第一・子罕第九・衛霊公第十五・子張第十九・雍也第六・公冶長第五(維基文庫の本文で確認)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦(場面は想像・たとえの絵)

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦