将に将たり(しょうにしょうたり)の意味と由来|韓信と劉邦「善く将に将たり」「多多益善」の原文・書き下し文・現代語訳、将に将たる器の例文をイラストで【故事成語】

将に将たり(しょうにしょうたり)の意味と由来|韓信と劉邦「善く将に将たり」「多多益善」の原文・書き下し文・現代語訳、将に将たる器の例文をイラストで【故事成語】

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将に将たりしょうにしょうたり

ひとことで言うと

将軍たちを率いる立場にあること。人の上に立つ人を使いこなす器量。韓信が劉邦を「兵に将たる能はずして、善く将に将たり」と言ったことから。

読み方しょうにしょうたり
意味将軍たちを率いる立場にあること。リーダーたちを使いこなす、上に立つ人の器量。「将に将たる器」の形でよく使う。
出典『史記』淮陰侯列伝「陛下不能將兵,而善將將(陛下は兵に将たる能はずして、善く将に将たり)」
お話劉邦に「わしは何人の兵を率いられるか」と聞かれた韓信が、「陛下は十万まで、わたしは多いほどよい(多多益善)。でも陛下は将軍を率いるのがうまい」と答えた
似た言葉将に将たる器・適材適所・多々益々弁ず(同じ問答から)
反対の言葉独断専行・孤軍奮闘
漢文の句法限定(不過・耳)・否定(不能)・疑問(幾何・何為)・受身(為A禽)

このページのポイント

  • 「将に将たり」は、将軍たちを率いる立場にあること。人の上に立つ人を使いこなす器量
  • もとは『史記』淮陰侯列伝。韓信が劉邦を「兵に将たる能はずして、善く将に将たり」と言った
  • 2つの「将」の図解、問答6文の書き下し文、兵の将と将の将、多多益善と「多々益々弁ず」、入試の出方まで分かります

「将に将たり」の意味と読み方

「将に将たり」はしょうにしょうたりと読みます。意味は「将軍たちを率いる立場にあること。大将の中の大将として、人の上に立つ人を使いこなす器量があること」です。「将に将たる器(しょうにしょうたるうつわ)」という形でもよく使われます。

もとになったのは、中国の歴史書『史記』淮陰侯列伝(わいいんこうれつでん)にある、漢の皇帝・劉邦と名将・韓信の問答です。韓信は劉邦に「陛下は兵を率いるのは得意ではないが、善く将に将たり(将軍たちを率いるのがお上手だ)」と言いました。この言葉から「将に将たり」が生まれました。韓信は、背水の陣の意味と由来(韓信の作戦)で知られる名将です。

「将に将たり」の2つの「将」将に将たり読み:しょうに読み:しょうたり名詞(だれに)将軍たちに動詞(どうする)率いる立場にある将軍たちを率いる=大将の中の大将「将(まさ)に〜んとす」の再読文字ではありません
前の「将」は「将軍たち」、後ろの「将たり」は「率いる立場にある」。2つの「将」の役目がちがいます
うかるくん

うかるくん

「将に」って、漢文で習った「まさに〜んとす」じゃないんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

いいところに気がついたね。ここの「将に」は「しょうに」と読んで、「将軍たちに」という意味なんだ。再読文字の「将(まさ)に〜んとす」とは別ものだよ。原文の「善將將」は、前の「將」が動詞(率いる)、後ろの「將」が名詞(将軍)。レ点で後ろの字から読むので、書き下すと「善く将に(名詞)将たり(動詞)」と順番が入れかわるんだ。同じ字が2つ並んで、役目がちがう――漢文ではよくある形だね。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○新しい社長は、各部門の責任者を上手にまとめる将に将たる器だ。
  • ○キャプテンは自分で点を取るより、仲間を生かすのがうまい。あれこそ将に将たる人物だ。
  • ○何でも自分ひとりでやろうとするようでは、将に将たるリーダーにはなれない。

「将」は「将」の読み方・書き順・部首、「器」は「器」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。「将」には「ひきいる」という意味と、「将軍・大将」という意味の両方があります。この2つの意味が、そのまま「将に将たり」の中に入っています。

絵で読む「将に将たり」のお話

お話の舞台は、今から2200年ほど前の中国です。秦がほろびたあと、楚の項羽と漢の劉邦が天下を争いました。劉邦が勝って漢の皇帝(高祖)になれたのは、すぐれた家来たちのおかげでした。その中でも、戦えば必ず勝つ大将軍が韓信です。ところが天下が定まると、劉邦は韓信の力をおそれるようになります。お話は、韓信がとらえられて位を下げられたあとの、二人の会話です。

絵で読む「将に将たり」(『史記』淮陰侯列伝の4こま)

1わしは何人率いられる?劉邦(皇帝)韓信十万わしなら、どれほどの兵を率いられる?陛下は十万がせいぜいです
1漢の皇帝になった劉邦(りゅうほう)は、ある日、将軍たちの力について韓信(かんしん)と気軽に語り合いました。「わしなら、どれほどの兵を率いられるか」とたずねると、韓信は「陛下は十万がせいぜいです」と答えました。
2多ければ多いほどよい劉邦韓信多多益善では、そなたはどうだ?臣は多ければ多いほどますますうまくやれます
2「では、そなたはどうだ」とたずねると、韓信は「臣は多ければ多いほど、ますますうまくやれます」と答えました。これが「多多益善(たたえきぜん)」です。
3劉邦の大笑いハハハ劉邦韓信多いほどよいのならなぜわしにとらえられたのだ?
3劉邦は笑って言いました。「多いほどよいのなら、どうしてわしにとらえられたのだ」。韓信はこのとき、謀反の疑いでとらえられ、位を下げられたあとだったのです。
4将の将劉邦=将の将将将将劉邦韓信陛下は将に将たるお方善く将に将たり
4韓信は答えました。「陛下は兵を率いるのは得意ではありません。でも、将軍たちを率いるのがお上手なのです(善く将に将たり)。だから私は陛下にとらえられたのです」。

1こま目の「十万」は、劉邦が直接うまく動かせる兵の数として、韓信が見積もった数です。今の感覚では大軍ですが、当時の天下の戦いでは数十万の兵が動きました。韓信は皇帝に向かって、遠まわしではなく「十万がせいぜい」と言い切ったのです。

2こま目の「多多益善」は、「多ければ多いほど、ますます善い」。韓信はどれだけ兵が多くても、むだなく動かす自信がありました。この言葉は今の日本語でも「多々益々弁ず(たたますますべんず)」という形で残っています(くわしくは下の「出典と背景」)。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

韓信の答えのうまいところは、劉邦をほめながら、自分の負けも説明しているところだ。「兵を率いる腕では私が上。でも陛下は将軍を率いる人。だから兵の将である私は、将の将の陛下にとらえられた」。皇帝の機嫌をそこねずに、自分のほこりも守った返事なんだ。

4こま目の答えは、さらにこう続きます。「且つ陛下は所謂天授にして、人力に非ざるなり(それに陛下のお力は、いわゆる天から授かったもので、人の力で手に入るものではありません)」。劉邦の「将の将」の力は、努力で身につけたものではなく、生まれつきの天の才能だ、と言ったのです。

「兵の将」と「将の将」兵の将(韓信)将兵が多いほどうまく使う将の将(劉邦)将の将将将将将軍たちを使いこなす陛下は兵に将たる能はずして、善く将に将たり
韓信は「兵の将」、劉邦は「将の将」。どちらが上というより、得意なことがちがいます

「将に将たり」の原文・書き下し文・現代語訳

もとになった文章は、『史記』淮陰侯列伝にあります。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(『史記』淮陰侯列伝)上問曰、如我能将幾何。信曰、陛下不過能将十万。上曰、於君何如。曰、臣多多而益善耳。上笑曰、多多益善、何為為我禽。信曰、陛下不能将兵、而善将将。此乃信之所以為陛下禽也。且陛下所謂天授、非人力也。

1文目:我のごときは能く将たること幾何ぞ(劉邦)

書き下し文我われのごときは能よく将しやうたること幾何いくばくぞ。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳わたしなどは、どれくらい(の兵)を率いることができるか。

ここがポイント「如我」は「我のごときは(わたしについて言えば)」。「幾何(いくばく)」は「どれくらい」と数や量をたずねる言葉で、疑問の句法(何・幾何・何如・安)のひとつです。「将」はここでは動詞で「(兵を)率いる」。「能く」は「〜できる」で、可能の句法(可・能・得・足)で練習できます。

2文目:陛下は能く十万に将たるに過ぎず(韓信)

書き下し文陛へい下かは能よく十じふ万まんに将しやうたるに過すぎず。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳陛下は、十万(の兵)を率いることができるにすぎません。

ここがポイント「不過〜(〜に過ぎず)」は「〜にすぎない・〜だけだ」と範囲をしぼる言い方で、限定の句法(唯・但・独・耳・不過)でまとめています。レ点と一・二・三点がまじった形なので、読む順番の番号で確かめましょう。

3文目:臣は多多にして益善きのみ(韓信)

書き下し文臣しんは多た多たにして益ますます善よきのみ。

(『史記』淮陰侯列伝(「於君何如(君に於いては何如)」という劉邦の問いへの答え))

現代語訳わたくしは、(兵が)多ければ多いほど、ますますよいのです。

ここがポイント「而」は読まない置き字で、送り仮名の「ニシテ」がつなぎの役をします。文の終わりの「耳(のみ)」は「〜だけだ・〜なのだ」と言い切る字で、これも限定の句法(耳・已・爾=のみ)のひとつです。

4文目:何為れぞ我が禽と為れる(劉邦)

書き下し文多た多た益ますます善よきに、何なん為すれぞ我わが禽とりこと為なれる。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳多いほどよいというのに、どうしてわたしにとらえられたのか。

ここがポイント「何為(なんすれぞ)」は「どうして」と理由をたずねる形です。「禽(とりこ)」は鳥やけものをとらえること、またはとらえられた者。「我が禽と為る」で「わたしにとらえられる」という受け身の意味になります。受身の句法(見・被・為A所B)の「為」とあわせて覚えましょう。

5文目:陛下は兵に将たる能はずして、善く将に将たり(韓信)

書き下し文陛へい下かは兵へいに将しやうたる能あたはずして、善よく将しやうに将しやうたり。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳陛下は兵を率いることはおできになりませんが、将軍たちを率いるのがお上手です。

ここがポイントここが「将に将たり」のもとの文です。「不能〜(〜する能はず)」は「〜できない」という不可能の形で、否定の句法(不・弗・非・無・莫)と可能の句法の組み合わせです。「善く〜」は「〜するのがうまい」。後ろの「将将」は、2字目から先に読む(レ点)ので「将に将たり」になります。

6文目:陛下は所謂天授にして、人力に非ざるなり(韓信)

書き下し文且かつ陛へい下かは所謂いはゆる天てん授じゆにして、人じん力りよくに非あらざるなり。

(『史記』淮陰侯列伝)

現代語訳それに、陛下のお力はいわゆる天から授かったもので、人の力(で手に入るもの)ではありません。

ここがポイント「所謂(いはゆる)」は2字で1語。「非〜」は「〜ではない」と打ち消す字です。「天授」は、天から授かった才能。韓信は、劉邦が天下をとったのは人の力をこえた天の力だとまとめました。
劉邦と韓信の問答(6つのやりとり)劉邦わしは何人率いられる?我のごときは能く将たること幾何ぞ韓信陛下は十万まで陛下は能く十万に将たるに過ぎず劉邦では、そなたは?君に於いては何如韓信多ければ多いほどよい臣は多多にして益善きのみ劉邦なぜわしにとらえられた?何為れぞ我が禽と為れる韓信陛下は将に将たる人善く将に将たり
6つのやりとりで、話が「兵の数」から「人を使う力」へ深まっていきます

原典(『史記』淮陰侯列伝)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『史記』淮陰侯列伝では、この問答は次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『史記』淮陰侯列伝の本文(一部)上常從容與信言諸將能不,各有差。上問曰:「如我能將幾何?」信曰:「陛下不過能將十萬。」上曰:「於君何如?」曰:「臣多多而益善耳。」上笑曰:「多多益善,何爲爲我禽?」信曰:「陛下不能將兵,而善將將,此乃言之所以爲陛下禽也。且陛下所謂天授,非人力也。」
  • 「上常從容與信言諸將能不」:劉邦(上=皇帝)は、いつもくつろいで、韓信と将軍たちの能力のあるなしについて話していた。「能不(のうふ)」は「できるかできないか」。
  • 「各有差」:将軍たちには、それぞれ差(得意・不得意)があった。
  • 「此乃言之所以爲陛下禽也」:維基文庫の『史記』の本文では「言」の字ですが、『漢書』韓信伝では「此乃信之爲陛下禽也(これこそ信が陛下にとらえられたわけです)」となっています。上の白文では、意味の通りやすい「信之所以」の形で示しました。意味は「これこそ、わたくしが陛下にとらえられた理由です」。
  • 「將」「萬」「爲」:昔の字体です。今の字では「将」「万」「為」と書きます。
サクラちゃん

サクラちゃん

韓信は、どうして劉邦にとらえられていたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

天下が定まると、劉邦は韓信の大きな力をおそれるようになったんだ。紀元前201年、「韓信が謀反をたくらんでいる」という訴えがあり、劉邦は雲夢(うんぼう)という所へ出かけるふりをして、あいさつに来た韓信をとらえた。罪はゆるされたけれど、楚王から淮陰侯に位を下げられた。この問答は、そのあとの話なんだよ。とらえられたとき韓信が口にしたのが、狡兎死して走狗烹らるの意味と由来という言葉だ。

出典『史記』と話の背景

『史記』は、前漢の司馬遷(しばせん)が書いた歴史書です。全130巻のうち、人物の伝記を集めた「列伝」の中に、韓信の伝記「淮陰侯列伝」があります。「淮陰(わいいん)」は韓信のふるさとの地名で、「侯」は位の名前です。最後の位の名前が、そのまま伝記の題になっています。

韓信の活躍(年は紀元前)前206年劉邦の大将軍になる蕭何が「国士無双」とすすめた前204年井陘で趙を破る川を背にした「背水の陣」前203年斉を平定して斉王になる大軍を率いて連戦連勝前202年垓下で項羽を囲む「四面楚歌」の戦い。のち楚王に前201年とらえられ、淮陰侯に格下げこのころ劉邦と「将に将たり」の問答
韓信は大将軍から王にまでなりましたが、最後は淮陰侯に位を下げられました

韓信は「兵の将」の天才

韓信は、もとは貧しく、町の若者に「股の下をくぐれ」とばかにされてもがまんした人として知られます(「韓信の股くぐり」)。はじめ項羽に仕えましたが用いられず、劉邦のもとへ移りました。劉邦の重臣・蕭何(しょうか)は韓信の才能を見ぬき、「国士無双の意味と由来(蕭何が韓信を評した言葉)(国じゅうに並ぶ者のない人物)」と言って、大将軍にすすめました。

そのあとの韓信の活躍は、まさに「兵の将」の天才でした。川を背にして陣をしき、逃げ場をなくした兵を必死に戦わせて趙の大軍を破った作戦が背水の陣(韓信の故事)です。さらに斉の国を平定し、最後は垓下(がいか)で項羽を囲みました。このとき項羽が夜に楚の歌を聞いて嘆いたのが四面楚歌の意味と由来(垓下の戦い)の場面です。

劉邦は「将の将」

一方の劉邦は、戦いでは項羽に何度も負けました。それでも天下をとれた理由を、劉邦は自分でこう語っています。「作戦を立てることでは張良に、国を守り食料を送ることでは蕭何に、大軍を率いて勝つことでは韓信に、わたしはかなわない。だが、この三人を使いこなすことができた。これがわたしが天下をとった理由だ」(『史記』高祖本紀)。

劉邦が使いこなした三人劉邦(将の将)張良作戦を立てる帷帳の中で蕭何国を守り食料を送る韓信大軍を率いて戦いに勝つ「わたしは三人にかなわない。だが三人を使いこなせた」(『史記』高祖本紀の劉邦の言葉より)
劉邦は「三人にかなわない」と認めたうえで、三人を使いこなしました

この言葉は、韓信の「善く将に将たり」とぴったり重なります。自分より能力の高い人を認め、その人に任せることができる――それが「将に将たる器」です。これに対して、項羽は自分の力にたより、知恵者の范増(はんぞう)ひとりさえ使いこなせなかった、と劉邦は言いました。項羽の力については抜山蓋世の意味と由来(項羽の力)のページでくわしく説明しています。

「多々益々弁ず」は『漢書』の字から

後漢の班固(はんこ)がまとめた歴史書『漢書』の韓信伝にも、同じ問答がのっています。ところが、韓信の答えの字が少しちがいます。『史記』の「多多而益善」が、『漢書』では「多多益辦」になっているのです。「辦(べん)」は「処理する・さばく」という意味で、日本では「弁」の字で書きます。

『史記』と『漢書』で字がちがう『史記』淮陰侯列伝多多益善多ければ多いほどますます善い『漢書』韓信伝多多益辦多ければ多いほどますますうまくさばける日本語「多々益々弁ず」(たたますますべんず)「辦」は「処理する」。今は「弁」の字で書きます
日本語の「多々益々弁ず」は、『漢書』の「多多益辦」から来た形です

こうして日本語には、「多々益々弁ず(多ければ多いほど、ますますうまく処理できる)」という言葉が残りました。今では「仕事や人手は多ければ多いほどよい」「お金はあればあるほどよい」のような意味で、少しおどけて使われることもあります。四字熟語の「多多益善」も、中国語では今もよく使われる言葉です。

なお、韓信はこのあと紀元前196年に、反乱の疑いをかけられて命を落としました。天下を争うあいだは韓信を使いこなした劉邦も、天下が定まったあとは、韓信の大きな力をおそれるようになっていたのです。

「将に将たり」の使い方と例文・似た言葉

「将に将たり」は、リーダーたちをさらにまとめる、上に立つ人の器量をほめるときに使います。会社の社長、学校の校長、チームの監督、生徒会長など、「人の上に立つ人を、さらに率いる人」について使うのがぴったりです。「将に将たる器」「将に将たる人物」「将に将たる力」の形で使うことが多い、ややかたい書き言葉です。

  • ○監督は選手一人ひとりに指示するより、コーチ陣をうまく動かす。将に将たる器だ。
  • ○彼女は各委員会の委員長たちをまとめあげ、文化祭を成功させた。将に将たる生徒会長だ。
  • ○現場で一番の職人が、そのまま将に将たる経営者になれるとはかぎらない。
  • ○部長に必要なのは、自分で売る力より、課長たちを生かす将に将たる力だ。
  • ×彼は最前線で一人で十人分の働きをする、将に将たる兵士だ。(ひとりで強い人は「一騎当千」。将に将たりは「人を率いる人を率いる」こと)
  • ×試合が将に将たり、始まろうとしている。(「まさに」の意味ではない)

似た言葉

  • 将に将たる器:「将に将たり」をそのまま人物の評価にした形。いちばんよく使われます。
  • 適材適所(てきざいてきしょ)の意味:その人の能力に合った地位や仕事を与えること。将に将たる人が得意なことです。
  • 多々益々弁ず(たたますますべんず):多ければ多いほどうまく処理できること。同じ問答から生まれた言葉です。
  • 人を使うは苦を使う:人を使うのは、自分で働くより気苦労が多い、ということわざ。将の将の大変さを表します。
  • 率先垂範(そっせんすいはん)の意味:自分から先に立って手本を示すこと。リーダーの別の型として、くらべて覚えましょう。
将に将たりのなかまの言葉将に将たり人を使いこなす将に将たる器適材適所人を使うは苦を使う同じ問答から多々益々弁ず(多多益善)反対の言葉独断専行(自分だけで決めて行う)孤軍奮闘(ひとりで戦う)
「人を使いこなす」なかまと、「自分だけでやる」反対の言葉

反対の言葉

英語では、"a leader of leaders"(リーダーたちのリーダー)や、"good at commanding generals, not soldiers"(兵ではなく将軍を率いるのがうまい)と言い表せます。ビジネスの言葉では、自分で手を動かす「プレイヤー」に対して、人を動かす「マネージャー」、さらにマネージャーたちを率いる経営者の力にあたります。

受験勉強への生かし方

受験勉強では、あなた自身が「将の将」になると考えてみましょう。英語・数学・国語・理科・社会という「将軍」たちがいて、その下に単語帳・問題集・過去問という「兵」がいます。一つひとつの問題を解く力(兵の将の力)も大切ですが、受験全体を勝ちぬくには、どの科目に、いつ、どれだけの時間を使うかを決める「将の将」の力が欠かせません。勉強計画の立て方(年→月→週→日の作り方)を読んで、全体を見わたす計画を作ってみてください。

もうひとつは、人の力を借りることです。劉邦は「三人にかなわない」と認めたうえで、三人に任せました。分からないところを一人でかかえこまず、先生や先輩にたずねるのも「将に将たる」やり方です。合格した先輩の経験は、京大の合格体験記の読み方(先輩から学ぶ5つのポイント)を参考にすると、自分の作戦に生かしやすくなります。質問したいことがあれば、受験の質問・相談(合格先生が答えます)も使ってください。

「将に将たり」のよくあるまちがい

  • 「まさにしょうたり」と読む:正しくは「しょうにしょうたり」。「将に」は「将軍たちに」という意味で、再読文字の「将(まさ)に〜んとす」ではありません。再読文字の読み方は再読文字(未・将・且・当・応・宜・須・猶・盍)で確かめましょう。
  • 「将に将たる器」を、強い兵士や一人で活躍する人に使う:一人で強い人は「一騎当千」。将に将たりは、人を率いる人を、さらに率いることです。
  • 劉邦が自分で言った言葉だと思う:「善く将に将たり」と言ったのは韓信です。劉邦が自分の勝因を語った「三人を使いこなした」の話(高祖本紀)とは別の場面です。
  • 「多多益善」を「たたえきぜん」以外で読む:「たたえきぜん」と読みます。日本語の言い方では「多々益々弁ず(たたますますべんず)」です。「多々益々便ず」と書くのはまちがいです。
  • 悪口だと思う:「兵を率いる能はず」という部分だけ見ると悪口に聞こえますが、全体では劉邦をほめる言葉です。
うかるくん

うかるくん

韓信のほうが戦いは強いのに、劉邦のほうが上に立つなんて、ちょっとふしぎです。

ミスターT先生

ミスターT先生

サッカーで考えてみよう。いちばん点を取るエースと、チームを勝たせる監督は、求められる力がちがうよね。韓信はエースで、劉邦は監督。人を見ぬいて、任せて、まとめる力は、それだけで一つの大きな才能なんだ。だから韓信は「天授(天から授かった力)」とまで言ったんだね。

入試ではこう出る

「将に将たり」は、大学受験の漢文で出会う言葉です。淮陰侯列伝は、背水の陣・国士無双などの名場面が多く、問題文に使われることがあります。

  • 同じ字の読み分け:「善將將」の2つの「將」が、動詞(将たり)と名詞(将)であることを見ぬいて、書き下し文にする問題がよく問われます。再読文字の「将」との区別もねらわれます。
  • 句法の知識:「不過〜(〜に過ぎず)」「不能〜(〜する能はず)」「何為(なんすれぞ)」「為A禽(Aの禽と為る)」「耳(のみ)」など、短い問答に句法がたくさんつまっています。共通テストの漢文の対策の土台になる知識です。
  • 内容の説明:「韓信は劉邦をどのような人物だと言っているか」「なぜ韓信は劉邦にとらえられたと言うのか」を説明させる問題。「兵ではなく将軍を率いるのがうまく、それは天から授かった才能だから」とまとめます。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「将に将たり」は将軍たちを率いる人のこと! 韓信が劉邦に「兵に将たる能はずして、善く将に将たり」と言いました。「将に」は「まさに」じゃなくて「しょうに」です!

練習問題

やさしい

  1. 「将に将たり」の読み方を、ひらがなで答えましょう。
    答えと解説を見るしょうにしょうたり。「まさに」とは読みません。
  2. 「将に将たる器」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 今まさに将軍になろうとしている人 イ 一人で千人の敵と戦えるほど強い人 ウ 将軍たちを率いる、上に立つ器量のある人 エ 将来が楽しみな若者
    答えと解説を見るウ。イは「一騎当千」の意味です。

ふつう

  1. 「陛下不能将兵、而善将将」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る陛下は兵に将たる能はずして、善く将に将たり。
  2. 韓信は自分のことを「多多益善」と言いました。どういう意味ですか。また、日本語に残った形を答えましょう。
    答えと解説を見る兵は多ければ多いほど、ますますうまく率いられるという意味。日本語では「多々益々弁ず」です。

むずかしい

  1. 劉邦の「何為為我禽」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る何為れぞ我が禽と為れる。訳:どうしてわたしにとらえられたのか。「為A禽」で「Aにとらえられる」という受け身の意味になります。
  2. 韓信は、自分が劉邦にとらえられた理由をどのように説明しましたか。2つの点にふれて答えましょう。
    答えと解説を見る①劉邦は兵を率いるのは得意でないが、将軍たちを率いるのがうまい(善く将に将たり)。②その力は天から授かったもので、人の力ではない(天授にして人力に非ず)。

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よくある質問

将に将たりとはどういう意味ですか?

将に将たりとは、将軍たちを率いる立場にあること、つまりリーダーたちを使いこなす上に立つ人の器量がある、という意味です。「将に将たる器」の形でよく使います。

将に将たりの読み方は何ですか?

「しょうにしょうたり」と読みます。「将に」を再読文字の「まさに」と読むのはまちがいで、ここは「将軍たちに」という意味の「しょうに」です。

将に将たりの由来・出典は何ですか?

中国の歴史書『史記』淮陰侯列伝が由来です。漢の劉邦に「わしは何人の兵を率いられるか」と聞かれた名将の韓信が、「陛下は兵を率いるのは得意でないが、将軍たちを率いるのがうまい(善く将に将たり)」と答えました。

将に将たりの原文と書き下し文は?

原文は「陛下不能將兵,而善將將」で、書き下し文は「陛下は兵に将たる能はずして、善く将に将たり」です。前の「将」は動詞(率いる)、後ろの「将」は名詞(将軍)です。

将に将たる器はどう使いますか?例文は?

リーダーたちをまとめる、上に立つ人の器量をほめるときに使います。「新社長は各部門の責任者をまとめる将に将たる器だ」のように、ややかたい書き言葉として使います。

将に将たる器はビジネスで使えますか?

使えます。社長や部長など、管理職をさらに率いる立場の人の力をほめる言葉として、ビジネスの場でもよく使われます。自分で手を動かす力とは別の、人を生かす力を表します。

多多益善・多々益々弁ずとの関係は?

同じ劉邦と韓信の問答で、韓信が自分のことを「多多益善(兵は多ければ多いほどよい)」と言いました。『漢書』では「多多益辦」と書き、日本語の「多々益々弁ず」はこの形から来ています。

将に将たりの似た言葉・反対の言葉は?

似た言葉には「将に将たる器」「適材適所」「人を使うは苦を使う」があります。反対の意味に近い言葉には、自分だけで決めて行う「独断専行」や、ひとりで戦う「孤軍奮闘」があります。

将に将たりは英語で何と言いますか?

"a leader of leaders"(リーダーたちのリーダー)と言い表せます。原文の意味に近く言うなら "good at commanding generals, not soldiers" です。

将に将たりは入試でどう出ますか?

大学受験の漢文で、「善將將」の2つの「將」の読み分けや書き下し文がよく問われます。「不過」「不能」「何為」「為A禽」などの句法や、韓信が劉邦をどう評したかの説明問題も出ます。

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出典・参考

  • 原文:『史記』淮陰侯列伝(維基文庫の本文で確認)。『漢書』韓信伝の同じ問答(「多多益辦」)も確認
  • 劉邦が三人を使いこなしたという言葉:『史記』高祖本紀(一般的な説明)
  • 韓信の年表・雲夢でとらえられた話・最期の年:一般的な説明
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦