世界史年表 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム
この年表のポイント
- ギリシャ史は「エーゲ文明」→「ポリスの成長と民主政」→「ペルシア戦争とアテネの全盛」→「ペロポネソス戦争とポリスの衰え」→「マケドニアとヘレニズム」の5段で流れます。
- アテネの改革は、ドラコン(前621ごろ)→ソロン(前594)→ペイシストラトス(前561)→クレイステネス(前508)→ペリクレス(前443〜)の順番がよく問われます。
- 前490マラトン・前480サラミス・前431ペロポネソス戦争・前338カイロネイア・前334東方遠征・前30プトレマイオス朝滅亡が最重要の年号です。

ロダン先生
わたしの故郷みたいな章だね。考える人のモデルは……おっと、それは別の話。ギリシャは小さなポリスが集まった世界。だから年表は「アテネ」「スパルタ」「ペルシア」の横の関係で読むのがコツだよ。

エンリケくん
マラトンの戦いから伝令が走った距離がマラソンのもとになった話、大好きです! 42.195キロを時速で割る問題は……見なかったことにします。
古代ギリシャとヘレニズムの流れ(まずは大づかみ)
古代ギリシャは、1つの大きな国ではなく、ポリスと呼ばれる小さな都市国家がたくさん集まった世界でした。山が多く平野が小さいので、谷ごと・島ごとに独立したまちができたのです。言葉と神々と祭り(オリンピアの祭典)は共通で、自分たちをヘレネス(ギリシャ人)と呼びました。
- エーゲ文明(前2000ごろ〜前1200ごろ):クレタ島の開放的なクレタ文明と、本土の城塞に住む戦士のミケーネ文明。ミケーネ文明が滅んだあと約400年は記録の少ない「暗黒時代」です。
- ポリスの成長(前8世紀〜前6世紀):集住でポリスができ、地中海・黒海に植民市を広げます。武具を自分で買える平民が重装歩兵として戦いの主役になり、政治に参加する権利を求めました。アテネではソロン→ペイシストラトス→クレイステネスと改革が進みます。
- ペルシア戦争とアテネの全盛(前500〜前429):大帝国アケメネス朝との戦いに勝ち、海軍の漕ぎ手として活躍した無産市民の発言力が増しました。ペリクレスのもとで民主政が完成し、パルテノン神殿が建てられます。
- ポリスの争いと衰え(前431〜前338):アテネのデロス同盟とスパルタのペロポネソス同盟が戦い(ペロポネソス戦争)、スパルタが勝つものの、その後もポリスどうしの争いが続いて力が弱まりました。
- マケドニアとヘレニズム(前338〜前30):北のマケドニアがカイロネイアの戦いでギリシャを従え、アレクサンドロス大王がアケメネス朝を滅ぼしてインダス川まで進みました。大王の死後、帝国は3つに分かれ、ギリシャとオリエントがまざったヘレニズムの文化が広がります。最後に残ったプトレマイオス朝エジプトがローマに滅ぼされた前30年で、この時代が終わります。
エンリケくん
先生、アテネの改革の人がたくさんいて、順番がこんがらがります。
ロダン先生
じゃあ「ド・ソ・ペ・ク・ペ」と頭の音だけ並べてみよう。ドラコン、ソロン、ペイシストラトス、クレイステネス、ペリクレス。
エンリケくん
ドソペクペ! 法律を書いた人→借金奴隷をなくした人→僭主→陶片追放を始めた人→民主政を完成させた人、ですね。
ロダン先生
そう。少しずつ「平民の力が強くなる」流れになっているのが分かるね。ペリクレスはペルシア戦争のあとだから、マラトン(前490)より後に来るよ。
古代ギリシャとヘレニズムの国と王朝(帯図)
横は年、たては地域です。帯の長さで、その国や王朝がどのくらい続いたかが分かります。同じたての線の上にあるものが「同じころ」です。
古代ギリシャとヘレニズムのくわしい年表
39のできごとを年の順に並べました。色のついた札は地域、★は重要度(合格大作戦の目安)です。ボタンで★5だけ・受験別にしぼりこめます。用語の名前を押すと世界史用語集のくわしい説明に進みます。
重要度
受験
紀元前1000年より前
- 前2000ごろ
- 前16世紀
- 前15世紀エーゲ文明★★★★★
ミケーネ人がクレタ島に進出し、クレタ文明が衰える - 前1200ごろエーゲ文明★★★★★
ミケーネ文明の国々が滅ぶ。こののち約400年は文字の記録が少ない「暗黒時代」
紀元前8世紀
- 前8世紀
- 前776
- 前8世紀〜前6世紀ポリス★★★★★
ギリシャ人が地中海・黒海に植民市をつくる(マッサリア=今のマルセイユ、ネアポリス=ナポリ、ビザンティオン=イスタンブル) - 前8世紀
紀元前7世紀
- 前7世紀
- 前7世紀ごろ
- 前621ごろアテネ★★★★★
アテネでドラコンが慣習法を成文法にする
紀元前6世紀
- 前594
- 前6世紀
- 前561
- 前508
紀元前5世紀
- 前500
- 前490ペルシア戦争★★★★★
マラトンの戦いで、アテネの重装歩兵がペルシア軍を破る - 前480
- 前479ペルシア戦争★★★★★
プラタイアの戦いでギリシャ連合軍が勝ち、ペルシア軍が退く - 前478ごろ
- 前447
- 前443
- 前431
- 前5世紀
- 前404ペロポネソス戦争★★★★★
アテネがスパルタに降伏し、ペロポネソス戦争が終わる
紀元前4世紀
- 前399
- 前387ごろ
- 前371ポリス★★★★★
レウクトラの戦いでテーベがスパルタを破り、一時ギリシャの中心になる - 前338マケドニア★★★★★
カイロネイアの戦いで、マケドニアのフィリッポス2世がアテネ・テーベの連合軍を破る - 前337マケドニア★★★★★
フィリッポス2世がスパルタ以外のポリスをコリントス同盟(ヘラス同盟)にまとめる - 前335
- 前334
- 前333マケドニア★★★★★
イッソスの戦いで、アレクサンドロス大王がダレイオス3世のペルシア軍を破る - 前331マケドニア★★★★★
アルベラの戦い(ガウガメラの戦い)で再びペルシア軍に勝つ。エジプトにアレクサンドリアを建てる - 前330マケドニア★★★★★高校受験
アケメネス朝ペルシアが滅ぶ。大王はインダス川まで進む - 前323マケドニア★★★★★
アレクサンドロス大王がバビロンで死ぬ(32歳)。後継者(ディアドコイ)の争いが始まる - 前301ヘレニズム★★★★★
イプソスの戦い。やがてアンティゴノス朝マケドニア・セレウコス朝シリア・プトレマイオス朝エジプトに分かれる
紀元前3世紀
- 前3世紀
紀元前1世紀
- 前30ヘレニズム★★★★★
プトレマイオス朝エジプト(女王クレオパトラ)がローマに滅ぼされ、ヘレニズム時代が終わる
同じころの日本
世界史と日本史を横にならべると、どちらも覚えやすくなります。中学受験・高校受験に出るものには印を付けました。
- 紀元前4世紀ごろ日本中学受験高校受験
弥生時代。大陸から稲作と青銅器・鉄器が伝わる(始まりを前10世紀ごろとする説もある)
最初に覚える年号(10個)
くわしい年表のなかで、まずここだけは言えるようにしたい年号です。
語呂合わせで覚える(合格大作戦のオリジナル)
太字の部分が年号の語呂です。小さな字で、どの音がどの数字かを示しました。語呂は入口にすぎないので、覚えたら「なぜそうなったか」も年表で確かめましょう。
| 年号 | できごと | 語呂合わせ |
|---|---|---|
| 前594 | ソロンの改革 | 借金で奴隷を酷使(こくし)させない、ソロンの改革 こ=5・く=9・し=4 |
| 前508 | クレイステネスの改革 | これは新しい、10部族制と陶片追放 こ=5・れ=0・は=8 |
| 前490 | マラトンの戦い | 重装歩兵がよくおさえたマラトンの戦い よ=4・く=9・お=0 |
| 前480 | サラミスの海戦 | せまい海でペルシア艦隊を縛(しば)れ、サラミスの海戦 し=4・ば=8・れ=0 |
| 前478ごろ | デロス同盟 | しなやかに結んだデロス同盟 し=4・な=7・や=8 |
| 前431 | ペロポネソス戦争 | 疫病で黄泉(よみ)入(い)り多数、ペロポネソス戦争 よ=4・み=3・い=1 |
| 前338 | カイロネイアの戦い | アテネ・テーベがさんざんやられたカイロネイア さん=3・ざん=3・や=8 |
| 前334 | アレクサンドロス大王の東方遠征 | 耳寄(みみよ)りな話、大王が東へ出発 み=3・み=3・よ=4 |
| 前30 | プトレマイオス朝滅亡=ヘレニズム時代の終わり | ヘレニズムの時代よ去(さ)れ、プトレマイオス朝の滅亡 さ=3・れ=0 |
まちがえやすい年号と順番
- マラトンとサラミス:マラトンの戦い(前490)は重装歩兵の陸の勝利、サラミスの海戦(前480)は三段櫂船の海の勝利。サラミスで漕ぎ手になった無産市民の地位が上がったことが、民主政の完成につながります。
- 陶片追放を始めたのは誰?:クレイステネスの改革(前508)です。ソロンではありません。陶片追放は僭主になりそうな人を投票で国外に追い出すしくみです。
- ペロポネソス戦争の勝者:勝ったのはスパルタ(前404アテネ降伏)。その後スパルタも前371年のレウクトラの戦いでテーベに敗れます。「アテネ→スパルタ→テーベ→マケドニア」と中心が移る順番で覚えましょう。
- ヘレニズム時代の終わり:アレクサンドロス大王の死(前323)ではなく、前30年のプトレマイオス朝の滅亡までがヘレニズム時代です(大王の東方遠征からの約300年)。
入試ではこう出る
入試では、アテネの民主政の発展の順番と、ペルシア戦争と民主政の関係(なぜ無産市民の力が強くなったか)が大切です。論述では「重装歩兵→平民の参政権」「三段櫂船の漕ぎ手→無産市民の参政権」の2段で説明できるようにしましょう。
同じころの世界
ペルシア戦争(前500〜前449)のころ、中国は春秋時代の終わりで、孔子が活躍していました(生没年は前551〜前479とされます)。ローマでは前509年に共和政が始まったばかり、前450年ごろに十二表法ができます。「同じころ」の組み合わせ問題に備えて、地域をまたいで年号を並べておきましょう。
ペルシア側の流れは古代オリエントの年表、ローマ側は古代ローマの年表で確かめられます。
ロダン先生の「これ知ってる?」
これ知ってる? 地球の大きさを測った人がいた
ヘレニズム時代のアレクサンドリアの学者エラトステネスは、夏至の日の正午に、南のシエネ(今のアスワン)では太陽が真上に来るのに、アレクサンドリアでは少しかたむくことに目をつけたんだ。そのかたむきの角度と2つのまちの距離から、地球1周の長さを計算したと伝えられているよ。2200年以上前に、今の値にかなり近い答えを出していたんだ。
エンリケくん
エラトステネス、ムセイオン、ユークリッド、アルキメデス! ヘレニズムの学者なら全員の名前を言えます!
サクラちゃん
じゃあアルキメデスの原理ってどんな内容?
エンリケくん
……お風呂で「エウレカ!」って叫んだ話なら知ってるけど、原理のほうは……浮力? 体積? 頭が沈んでいく……
ロダン先生
エンリケくんは世界史なら無敵なのに、数学は0点レベルなんだよね。名前を知っているなら、アルキメデス(数学者データベース)やユークリッド(数学者データベース)で、何をした人かも読んでみよう。
練習問題(年号と順番)
やさしい
- 古代ギリシャの都市国家を何という?
答えと解説を見る
答え:ポリス。前8世紀ごろ、人々が集まって住む「集住」によってできました。アテネとスパルタが代表です。
- 前334年に東方遠征を始めたマケドニアの王は?
答えと解説を見る
答え:アレクサンドロス大王。前330年にアケメネス朝を滅ぼし、インダス川まで進みました。
ふつう
- 次のアテネの改革を古い順に並べよ。 ア:クレイステネスの改革 イ:ソロンの改革 ウ:ペリクレスの民主政 エ:ペイシストラトスの僭主政治
答えと解説を見る
答え:イ→エ→ア→ウ。ソロン(前594)→ペイシストラトス(前561)→クレイステネス(前508)→ペリクレス(前443〜)。
- ペルシア戦争で、三段櫂船の漕ぎ手として活躍し、のちに発言力を強めた人々を何という?
答えと解説を見る
答え:無産市民。サラミスの海戦(前480)の勝利で地位が上がり、アテネの民主政の完成につながりました。
むずかしい
- ヘレニズム時代はいつからいつまでか。始まりと終わりのできごとと年を答えよ。
答えと解説を見る
答え:アレクサンドロス大王の東方遠征(前334)から、プトレマイオス朝エジプトの滅亡(前30)まで。約300年の間、ギリシャ文化とオリエント文化がまざり合いました。
この章の用語(世界史用語集)
- エーゲ文明(世界史) ★★★★★
- クレタ文明(世界史) ★★★★★
- ミケーネ文明(世界史) ★★★★★
- ポリス(世界史) ★★★★★
- アクロポリスとアゴラ(世界史) ★★★★★
- ヘレネスとバルバロイ(世界史) ★★★★★
- 重装歩兵(世界史) ★★★★★
- スパルタ(世界史) ★★★★★
- ソロンの改革(世界史) ★★★★★
- ペイシストラトス(世界史) ★★★★★
- クレイステネスの改革(世界史) ★★★★★
- 陶片追放(世界史) ★★★★★
- ペルシア戦争(世界史) ★★★★★
- サラミスの海戦(世界史) ★★★★★
- デロス同盟(世界史) ★★★★★
- ペリクレス(世界史) ★★★★★
- アテネの民主政(世界史) ★★★★★
- ペロポネソス戦争(世界史) ★★★★★
- アレクサンドロス大王(世界史) ★★★★★
- ヘレニズム(世界史) ★★★★★
- ホメロス(世界史) ★★★★★
- ヘロドトスとトゥキディデス(世界史) ★★★★★
- ソクラテス(世界史) ★★★★★
- プラトン(世界史) ★★★★★
- アリストテレス(世界史) ★★★★★
← 前の章:古代オリエントの年表世界史年表の入口(全時代)次の章:古代ローマの年表 →
あわせて読みたい(合格大作戦の記事)
- ギリシャ文字の読み方一覧(24文字)
α・β・θ・Σ…古代ギリシャの文字 - ピタゴラス(数学者データベース)
サモス島生まれ、南イタリアの植民市で活動 - タレス(数学者データベース)
イオニアのポリス、ミレトスの哲学者 - ユークリッド(数学者データベース)
ヘレニズム時代のアレクサンドリア - アルキメデス(数学者データベース)
シチリアの植民市シラクサの学者 - 世界史の勉強法【基礎編】教科書・一問一答・用語集など最初の5冊の使い方
用語集の使い方もここに
よくある質問
古代ギリシャの年表で最初に覚える年号は何ですか?
前490年のマラトンの戦い、前480年のサラミスの海戦、前431年のペロポネソス戦争、前338年のカイロネイアの戦い、前334年のアレクサンドロス大王の東方遠征、前30年のプトレマイオス朝の滅亡です。
ポリスはいつごろできましたか?
前8世紀ごろです。貴族の指導で人々が1か所に集まって住む「集住」によってでき、アテネやスパルタが代表です。
アテネの民主政はどんな順番で発展しましたか?
ドラコンの成文法(前621ごろ)、ソロンの改革(前594)、ペイシストラトスの僭主政治(前561〜)、クレイステネスの改革(前508)、ペリクレスの時代(前443〜前429)の順に、平民の力が強くなりました。
ペルシア戦争はいつからいつまでですか?
前500年のイオニアの反乱から始まり、前449年ごろに終わったとされます。前490年のマラトンの戦い、前480年のサラミスの海戦、前479年のプラタイアの戦いが大事です。
ペロポネソス戦争ではどちらが勝ちましたか?
スパルタが勝ちました。前431年に始まり、前404年にアテネが降伏しました。
ヘレニズム時代とはいつのことですか?
アレクサンドロス大王の東方遠征(前334)から、プトレマイオス朝エジプトが滅んだ前30年までの約300年です。ギリシャ文化とオリエント文化がまざった文化が広がりました。
アレクサンドロス大王の帝国は、死後どうなりましたか?
後継者(ディアドコイ)の争いのあと、アンティゴノス朝マケドニア、セレウコス朝シリア、プトレマイオス朝エジプトなどに分かれました。
古代ギリシャのころ、日本はどんな時代でしたか?
ポリスができた前8世紀ごろ、日本は縄文時代でした。紀元前4世紀ごろ(もっと早いとする説もあります)に大陸から稲作が伝わり、弥生時代が始まりました。
あわせて読みたい
出典・参考
- 高校「世界史探究」・中学「歴史」の教科書の一般的な記述をもとに、合格大作戦がまとめました。年は代表的な説で、説が分かれるものは「ごろ」「諸説あり」としています
- ★の重要度・受験マークは合格大作戦の目安です
最終更新:2026年11月4日/作成:大学受験合格大作戦


