クレイステネスの改革とは?世界史でわかりやすく|10部族制・500人評議会・陶片追放【図解】

世界史用語集 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム

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クレイステネスの改革くれいすてねすのかいかく

重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)

ひとことで言うと

クレイステネスの改革とは、前508年ごろ、アテネでおこなわれた、民主政の土台をつくる改革です。血縁の4部族を廃止して、地縁の10部族にし、500人評議会や陶片追放(導入は伝承)を整えて、貴族の力をうすめました。

読み方くれいすてねすのかいかく
英語Cleisthenes' reforms(クレイステネスの改革)
時代前508年ごろ(前507年とも)(アテネ)
地域ギリシャ
章第2章 古代ギリシャとヘレニズム
人物クレイステネス(アテネの政治家・民主政の父)
3つの柱10部族制・500人評議会・陶片追放(導入は伝承)
基礎の単位デーモス(区)
いっしょに覚えるソロン・ペイシストラトス・ペリクレス・イソノミア

このページのポイント

  • 血縁の4部族を廃止し、都市・海岸・内陸の3地域から1つずつ組み合わせた10部族に。デーモス(区)が市民の基礎になった。
  • 各部族から50人ずつ、くじで選ぶ500人評議会をつくった。陶片追放も導入されたと伝えられる(諸説あり)。
  • ソロンは財産政治・400人評議会、クレイステネスは10部族制・500人評議会。民主政の完成はペリクレスの時代。

クレイステネスの改革をやさしく言うと

クレイステネスの改革は、前508年ごろ(前507年とも)、アテネの政治家クレイステネスがおこなった、民主政の土台をつくる改革です。内容は、10部族制・500人評議会・陶片追放(伝承)が中心です。

いちばん大事なポイントは、血縁や家柄ではなく、住んでいる地域(地縁)で市民をまとめ直したことです。貴族の力が強かった昔の部族を廃止して、貴族の力をうすめました。このため、クレイステネスは「アテネ民主政の父」と呼ばれることがあります。

同じ色(番号)の3つのまとまりで、1つの部族 都市12345678910海岸45678910123内陸12345678910 1つの部族 = 3つの地域から1つずつ 1+1+1=第1部族
図1 10部族制。3つの地域のまとまりをまぜて、10の部族をつくった。
エンリケくん

エンリケくん

どうして、部族をつくり直すと、貴族の力が弱くなるんですか?

ロダン先生

ロダン先生

昔の部族は、同じ血筋・同じ地域の人が集まっていた。だから貴族は、自分の一族と地元の人をそのまま味方にできたんだ。クレイステネスは、わざと地域をまぜて部族をつくった。すると、貴族が1つの地域の人たちだけを味方にして、権力をふるうことが、むずかしくなったんだよ。

エンリケくん

エンリケくん

わざとまぜるなんて、頭のいい方法ですね!

クレイステネスの改革のくわしい流れ(原因 → 改革 → 結果)

① 背景:僭主政治のあとの混乱

前510年、ペイシストラトスの息子ヒッピアスがスパルタの助けで追放され、僭主政治が終わりました。すると、アテネでは、貴族どうしの権力争いが再び始まります。有力な貴族のイサゴラスと、クレイステネスが対立しました。

イサゴラスは、スパルタ王クレオメネスの力を借りて、クレイステネスを追放しようとしました。しかし、アテネの市民は、これに反発して立ち上がり、スパルタ軍を追い返し、クレイステネスをよび戻しました。クレイステネスは、「市民」の支持を得て、改革にとりかかります(前508年ごろ)。

② 改革の中身

(1) 10部族制

これまでのアテネには、血縁にもとづく4つの部族がありました。クレイステネスは、これを廃止して、新しく10の部族をつくりました。

  • まず、アッティカ地方を、都市(アテネ)・海岸・内陸の3つの地域に分ける。
  • 各地域を、それぞれ10のまとまりに分ける(合計30)。
  • 3つの地域から1つずつ、くじで選んで組み合わせ、1つの部族にする。
  • 市民は、デーモス(区。村や町の単位)に登録される。デーモスが、市民であることの基礎になった。

この結果、1つの部族に、都市・海岸・内陸の人がまざります。「貴族が地元の人を味方にする」という政治が、むずかしくなりました。また、家柄ではなく、住んでいるデーモスによって市民であることが決まるようになり、市民の平等な意識が高まりました。

(2) 500人評議会

10の部族から、それぞれ50人(くじ) 第1部族50人第2部族50人第3部族50人第4部族50人第5部族50人第6部族50人第7部族50人第8部族50人第9部族50人第10部族50人 500人評議会任期1年・30歳以上・民会の議案を準備 1年を10に分け、部族が順番に当番(プリュタニス)
図2 500人評議会。10の部族から50人ずつ、くじで選ぶ。

10の部族から、それぞれ50人を、くじ引きで選び、合わせて500人の評議会(ブーレー)をつくりました。ソロンの400人評議会に代わるものです。任期は1年で、30歳以上の市民が対象です。評議会は、民会に出す議案を準備し、行政を監督しました。

1年を10の期間に分け、部族が順番に当番(プリュタニス)をつとめました。くじと輪番という方法で、特定の人や家が力を持ち続けることを防ぎました。

(3) 陶片追放(オストラキスモス)

僭主になるおそれのある人物を、市民の投票で10年間、国外に追放する制度です。投票には、陶器のかけら(オストラコン)に名前を書いたので、「陶片追放」といいます。

この制度は、クレイステネスが導入したと伝えられますが、実際に使われたのは前487年ごろからとされ、導入の時期や人物には諸説ありです。くわしくは陶片追放(オストラキスモス)のページへ。

(4) 民会の力の強化と将軍10人制

市民全体が参加する民会が、国の最高の決定機関として力を強めました。また、前501年ごろには、各部族から1人ずつ、将軍(ストラテゴス)10人を選ぶ制度ができたとされます。のちに、将軍が政治の中心人物にもなっていきます(ペリクレスも将軍でした)。

改革の前改革後部族血縁の4部族(貴族の力)地縁の10部族(地域がまざる)基礎家柄・血縁デーモス(区)・住んだ場所評議会400人評議会500人評議会(各部族50人)選び方貴族が有利くじ引きで平等に僭主対策特になし陶片追放を導入(伝承)軍の指揮(部族ごと)将軍10人(各部族から1人)
図3 改革の前と後。血縁から地縁へ、400人から500人へ。

③ 結果と意義

  • 貴族の力が弱まった:血縁や地元のつながりに頼る政治が、むずかしくなった。
  • 市民が平等に政治に参加できるしくみができた:デーモス・500人評議会・民会。
  • 「民主政の土台」ができた。ヘロドトスは、この政治をイソノミア(法の前での平等)とよんでいます。
  • アテネは、この後、スパルタの助けをうけた貴族の反発をはねのけ、国が一つにまとまって、ペルシアとも戦えるようになった。

ただし、クレイステネスの改革で民主政が完成したわけではありません。役人の多くは、まだ上位の等級から選ばれ、貧しい市民の発言力も弱いままでした。この後、ペルシア戦争で、サラミスの海戦での無産市民の活躍があり、前5世紀なかばのペリクレスの時代に、アテネの民主政は完成します。

年表・図で見るクレイステネスの改革

前594ごろソロンの改革前561〜前510ペイシストラトス父子の僭主政治前510ヒッピアスが追放される前508/507クレイステネスの改革前501/500将軍10人制(各部族から1人)前490マラトンの戦い前487ごろ陶片追放がはじめて使われる前5世紀半ばペリクレスのもとで民主政が完成
図4 クレイステネスの改革の年表。僭主政治のあとに、民主政の土台をつくった。
年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

ソロン→ペイシストラトス→クレイステネス→ペリクレス。この4人の順番は、何度も出てくるからね!

整理:クレイステネスの改革の4つのポイント

  1. 時期は前508年ごろ(前507年とも)。僭主ヒッピアスの追放の後。
  2. 10部族制:血縁の4部族を廃止。地域をまぜた10部族に。デーモス(区)が基礎。
  3. 500人評議会:各部族50人、くじ引き、任期1年。
  4. 陶片追放(導入は伝承)と将軍10人制。民主政の土台。

クレイステネスの改革と関係する人物・用語

用語関係
ソロンの改革その前の改革。財産政治・400人評議会
ペイシストラトス僭主政治。息子ヒッピアスの追放後に改革
陶片追放クレイステネスが導入したと伝えられる制度
アテネの民主政クレイステネスの改革が土台
ペリクレスのち民主政を完成させた将軍
ポリス(都市国家)アテネというポリスの政治のしくみ
スパルタ改革のとき、イサゴラスを助けて介入した

改革の様子は、ヘロドトスの『歴史』や、アリストテレスの『アテナイ人の国制』に書かれています。ヘロドトスは、クレイステネスが市民を「味方」にして力を得たことを、「民衆を自分の党派に引き入れた」と書いています。

サクラちゃん

サクラちゃん

くじ引きで評議会の人を選ぶなんて、変な感じがします。

ロダン先生

ロダン先生

アテネの人たちは、くじ引きこそ平等な方法だと考えたんだ。選挙だと、お金や家柄のある人が有利になるからね。ただし、将軍のように、専門の力が必要な役職は、選挙で選んだんだよ。

クレイステネスの改革でまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. ソロンとクレイステネスを混同する:ソロンは財産政治・借金帳消し・400人評議会。クレイステネスは10部族制・500人評議会・陶片追放。
  2. 400人と500人を取りちがえる:400人評議会=ソロン、500人評議会=クレイステネス。
  3. 10部族制を血縁の部族と思う:血縁の4部族を廃止して、地縁の10部族に変えた。
  4. クレイステネスで民主政が完成したと書く:土台をつくっただけ。完成はペリクレスの時代(前5世紀なかば)。
  5. 陶片追放が、改革の当時すぐ使われたと思う:実際に使われたのは前487年ごろから。導入には諸説。
  6. クレイステネスを僭主と思う:僭主はペイシストラトス父子。クレイステネスは、僭主政治のあとの改革者。

クレイステネスの改革は入試ではこう出る

  • 共通テスト:10部族制・500人評議会・陶片追放の内容と、ソロン・クレイステネスのちがいを、正誤問題で問われます。
  • 国公立の2次・論述:「クレイステネスの改革の内容と意義」。血縁から地縁へ、貴族の力をうすめて市民の平等を進めたことを書きます。
  • 私大:「デーモス」「500人評議会」「陶片追放」「イサゴラス」などの語句問題。
  • 民主政の流れ:ソロン→ペイシストラトス→クレイステネス→ペリクレスの順番で、それぞれの特徴を問う問題。

論述の書き方は世界史の勉強法(私大・2次試験編)、共通テストの対策は世界史の勉強法その2【共通テスト対策】を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 「民主政」ということばは、まだなかった

クレイステネスの時代には、デモクラティア(民衆の支配)ということばは、まだ一般的ではなかったとされるんだ(諸説あり)。当時は、イソノミア(法の前での平等)ということばが使われていた。「デモクラシー」は、少しあとの時代に広まったことばなんだよ。

ロダン先生

これ知ってる? くじ引き用の機械「クレーロテーリオン」

アテネでは、くじ引きに、「クレーロテーリオン」という石の板の道具を使ったと伝えられるんだ。石の板に名前の札をはめこみ、道具にいれた白と黒の玉などで、あたる人を決めるしくみ。昔から、公平に決めるための工夫がたくさんあったんだね。

拍手するロダン先生

ロダン先生

クレイステネスは「民主政の父」。10部族制と500人評議会、この2つをセットで書けるようにしよう!

練習問題

やさしい

  1. 前508年ごろ、アテネで10部族制や500人評議会をつくった改革者はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:クレイステネス
    「民主政の父」とも呼ばれます。

  2. クレイステネスの改革で、各部族から50人ずつ、くじで選ばれた評議会を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:500人評議会
    10部族×50人です。

ふつう

  1. クレイステネスは、それまでの血縁の4部族を廃止して、何にもとづく10部族をつくったか。
    答えと解説を見る

    答え:地縁(住んでいる地域)
    都市・海岸・内陸の3地域から1つずつ組み合わせました。

  2. 市民が陶器のかけらに名前を書いて投票し、僭主になるおそれのある人物を国外に追放する制度を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:陶片追放(オストラキスモス)
    導入はクレイステネスと伝えられますが、諸説あります。

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「クレイステネスの改革によって、アテネの民主政は完成した。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    民主政の土台をつくった改革で、完成はペリクレスの時代(前5世紀なかば)です。

  2. クレイステネスの改革の内容と意義を、「地縁」「貴族」ということばを使って70字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:血縁の部族を廃して地縁にもとづく10部族をつくり、500人評議会などで貴族の力をうすめ、市民が平等に政治に参加する民主政の土台をつくった。(70字)

    「地縁の10部族」「500人評議会」「貴族の力をうすめる」「民主政の土台」が入れば合格です。

「古代ギリシャとヘレニズム」の章の用語

この章の流れは古代ギリシャとヘレニズムの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

クレイステネスの改革とは何ですか?

クレイステネスの改革とは、前508年ごろ、アテネでクレイステネスがおこなった改革です。血縁の4部族をやめ、地縁にもとづく10部族をつくり、500人評議会などを整えて、民主政の土台をつくりました。

クレイステネスはどんな人ですか?

クレイステネスは、アテネの有力貴族アルクメオン家の政治家です。僭主ヒッピアスの追放のあと、イサゴラスとの争いに市民の支持で勝ち、改革をおこないました。「民主政の父」といわれます。

10部族制とは何ですか?

アッティカ地方を都市・海岸・内陸の3地域に分け、それぞれを10のまとまりにして、3地域から1つずつ組み合わせた10の部族です。地域をまぜることで、貴族の地元の力をうすめました。

500人評議会とは何ですか?

10の部族から50人ずつ、くじ引きで選ばれた、合計500人の評議会です。任期は1年で、民会に出す議案を準備し、行政を監督しました。ソロンの400人評議会に代わるものです。

陶片追放とは何ですか?

僭主になるおそれのある人物を、陶器のかけらに名前を書く投票で、10年間国外に追放する制度です。クレイステネスが導入したと伝えられますが、実際に使われたのは前487年ごろからで、諸説あります。

ソロンとクレイステネスのちがいは何ですか?

ソロンは前594年ごろ、借金の帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治・400人評議会をおこないました。クレイステネスは前508年ごろ、10部族制・500人評議会・陶片追放で、地縁にもとづく政治のしくみをつくりました。

クレイステネスの改革で民主政は完成しましたか?

完成していません。民主政の土台をつくった改革で、完成は前5世紀なかばのペリクレスの時代です。サラミスの海戦での無産市民の活躍なども、民主政を進める力になりました。

クレイステネスの改革は英語で何といいますか?

Cleisthenes' reforms(Kleisthenes)といいます。デーモスは deme、500人評議会は Council of Five Hundred(ブーレー)、陶片追放は ostracism です。

クレイステネスの改革は入試でどう出ますか?

共通テストでは、10部族制・500人評議会・陶片追放と、ソロンとの区別が正誤問題で問われます。論述では、血縁から地縁への変化と貴族の力のうすまりを、民主政の土台として説明させる問題が出ます。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • ヘロドトス『歴史』(クレイステネスとイサゴラスの争い・イソノミア)
  • アリストテレス(伝)『アテナイ人の国制』(クレイステネスの改革)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦