ソロンの改革とは?世界史でわかりやすく|財産政治・債務奴隷の禁止・民主政への第一歩【図解】

世界史用語集 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム

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ソロンの改革そろんのかいかく

重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)

ひとことで言うと

ソロンの改革とは、前594年ごろ、アテネの調停者ソロンがおこなった改革です。借金の帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治によって貧しい市民を助け、家柄ではなく財産で政治の権利を決める道を開きました。民主政への第一歩といわれます。

読み方そろんのかいかく
英語Solon's reforms(ソロンの改革)
時代前594年ごろ(アテネ)
地域ギリシャ
章第2章 古代ギリシャとヘレニズム
人物ソロン(アルコン・調停者・詩人・七賢人の1人)
3つの柱借金の帳消し(重荷おろし)・債務奴隷の禁止・財産政治
新しい機関400人評議会・民衆裁判所(ヘリアイア)
いっしょに覚えるドラコンの成文法・ペイシストラトス・クレイステネス

このページのポイント

  • ソロンは前594年ごろ、貴族と貧しい農民の対立をおさめる調停者として改革をおこなった。
  • 内容は、借金の帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治(4つの等級)・400人評議会・民衆裁判所。
  • 不満は残り、のち僭主政治へ。クレイステネスの改革をへて、ペリクレスの時代に民主政が完成する。

ソロンの改革をやさしく言うと

ソロンの改革は、前594年ごろ、アテネの調停者ソロンがおこなった、貧しい市民を助け、政治のしくみを広げた改革です。「借金をなかったことにする」「借金で奴隷にされることを禁止する」「財産の多さで政治の権利を決める」の3つが中心です。

アテネの民主政は、一晩でできたものではありません。ソロン → ペイシストラトス → クレイステネス → ペリクレスと、約150年かけて少しずつ育ちました。ソロンの改革は、その最初の大きな一歩です。

貴族が土地を独占貧しい農民は借金をかさねる債務奴隷が増える返せず、自分や家族が奴隷に内乱のおそれ(前600年ごろ)調停者としてソロンが選ばれるソロンの改革(前594年ごろ)借金帳消し・財産政治・400人評議会不満は残る貴族も貧民も満足せず対立が続く僭主政治へ(前561年)ペイシストラトスが権力をにぎる
図3 ソロンの改革の原因から結果まで。貴族と貧しい農民の対立が背景にあった。
エンリケくん

エンリケくん

ソロンの改革で、アテネは民主政になったんですか?

ロダン先生

ロダン先生

まだなんだ。ソロンの改革は民主政への第一歩。貧しい市民にも政治に参加する道を少し開いたけれど、役職につけるのは財産のある人だけ。本格的な民主政は、あとの時代に完成するんだよ。

エンリケくん

エンリケくん

なるほど、「少しだけ進んだ」改革なんですね。

ソロンの改革のくわしい流れ(原因 → 改革 → 結果)

① 原因:貴族と貧しい農民の対立

前7世紀のアテネでは、政治は、土地を多く持つ貴族がにぎっていました。貴族がアルコン(執政官)などの役職を独占し、裁判も貴族の役人が行いました。しかも、裁判の基準になる法律は、はっきりした文章になっておらず、貴族の都合のいいように使われました。

前621年ごろ、ドラコンという人物が、はじめて法律を文字に書いて成文法をつくりました。ただし、その内容はとてもきびしいもので、小さな罪にも重い罰をあたえました。今でも「きびしい」ことを「ドラコン的」と言うほどです。

いっぽう、中小の農民は、不作の年に借金をしました。返せないと、土地を取られ、さらに自分や家族の体を担保にした借金のため、債務奴隷(借金のかたに奴隷にされた人)になる人が増えました。国外へ売られた人までいたと伝えられます。このままでは、貧富の差が広がって内乱になる、という危機がせまりました。

② 調停者ソロンの登場(前594年ごろ)

貴族と貧しい農民の対立をおさめるために、ソロンが、アルコンに選ばれ、調停者として改革をまかされました。ソロンは、貴族の家に生まれましたが、財産は中くらい。詩人でもあり、のちにギリシャの七賢人の1人とされます。

③ 改革の中身

  • 重荷おろし(セイサクテイア):借金の帳消し。農民の抱えていた借金を、なかったことにした。抵当に入っていた土地も戻した。
  • 債務奴隷の禁止:人の体を借金のかたにとることを禁止し、国外に売られた市民も買い戻した。
  • 財産政治:市民を財産(土地の収穫量)に応じて4つの等級に分け、等級に応じて政治の権利を決めた。生まれ(家柄)ではなく、財産で決めるのが新しい点。
  • 400人評議会:民会に出す議案を準備する評議会。4つの部族から100人ずつ選ばれた(上位3等級の市民から)。
  • 民衆裁判所(ヘリアイア):すべての市民が裁判に参加できるようにし、役人の判決に不満なら上訴できるようにした。
  • 経済の改革:度量衡の統一、オリーブ油の輸出の奨励など。
収穫が多い順に 上から 500石級ペンタコシオメディムノイ最高の役職(アルコン)につける騎士級ヒッペイス(300石以上)高い役職につける騎兵として戦う農民級ゼウギタイ(200石以上)低い役職につける重装歩兵労働者級テーテス(それ未満)役職×民会と民衆裁判所には参加
図1 財産政治。収穫の多い順に4等級に分け、等級に応じて政治の権利を決めた。

4つの等級は、上から順に、500石級(ペンタコシオメディムノイ)、騎士級(ヒッペイス)、農民級(ゼウギタイ)、労働者級(テーテス)です。上の2つの等級が高い役職を、3つ目の等級が低い役職をつとめ、いちばん下のテーテスは、役職にはつけませんが、民会と民衆裁判所には参加できました。これは、貧しい市民にも、政治に口を出す権利が少し認められたことを意味します。

改革の前ソロンの改革後借金返せないと奴隷にされた債務奴隷を禁止・借金帳消し参政権生まれ(家柄)で決まる財産の多さで決まる評議会貴族中心の会議だけ400人評議会をつくる裁判貴族の役人が決める民衆裁判所に上訴できる貧民政治からほぼ除外民会・裁判に参加できる
図2 ソロンの改革の前と後。借金・参政権・評議会・裁判の変化。

また、財産で等級が決まることは、重装歩兵の時代の社会に合ったものでした。ゼウギタイ(農民級)は、武具をそろえて重装歩兵として戦う中産の農民で、国を守る力の中心でした。戦う義務と政治の権利を、つなげた形です。

④ 結果:不満は残った

ソロンの改革は、貴族と貧しい農民のどちらにも満足されませんでした。貴族は借金の帳消しで損をし、貧民は土地の分け直しまで求めていたのに、それは実現しなかったからです。ソロンは、改革のあと、10年間アテネをはなれて旅に出たと伝えられます。

けっきょく、貴族どうしの権力争いと、地域ごとの対立がつづき、前561年にペイシストラトスが、平民の支持を背景に、僭主としてアテネの権力をにぎります。ソロンの改革は、僭主政治の時期をはさんで、クレイステネスの改革へとつながっていきます。

⑤ ソロンの改革の意味

  • 家柄ではなく財産で政治の権利を決める道を開いた(貴族政から、財産政治へ)。
  • 貧しい市民にも、民会・民衆裁判所を通じて政治に参加させた。
  • 市民が奴隷になることを禁止し、「市民」の自由と平等への意識を育てた。

年表・図で見るソロンの改革

前8世紀ポリス成立・貴族が政治をにぎる前621ごろドラコンが成文法をつくる前594ごろソロンの改革前561ペイシストラトスの僭主政治前510僭主政治がたおれる前508/507クレイステネスの改革前5世紀ペリクレスの時代に民主政が完成
図4 アテネ民主政への道。ソロンの改革は最初の大きな一歩。
年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

ソロン→ペイシストラトス→クレイステネス→ペリクレス。この順番は、論述でもよく使うから暗記しよう!

整理:ソロンの改革の5つのポイント

  1. 時期は前594年ごろ、アルコンに選ばれた調停者。
  2. 借金の帳消しと債務奴隷の禁止。
  3. 財産政治(4つの等級)。家柄でなく財産で政治の権利が決まる。
  4. 400人評議会と民衆裁判所。
  5. 不満は残り、のち僭主政治へ。民主政への第一歩。

ソロンの改革と関係する人物・用語

用語関係
ポリス(都市国家)ソロンの改革は、アテネというポリスの内部の改革
重装歩兵農民級(ゼウギタイ)が重装歩兵。政治の権利との結びつき
ペイシストラトスソロンの改革のあと、僭主として権力をにぎった
クレイステネスの改革ソロンの改革の次の段階
陶片追放(オストラシズム)クレイステネスの時代に始まったとされる制度
アテネの民主政ソロンの改革は、その出発点
ペリクレスのち民主政を完成させた政治家

ソロンの改革は、ヘロドトスの『歴史』にも登場します。ヘロドトスは、ソロンがリュディアの王クロイソスをたずね、「人の幸福は、死ぬまで分からない」と語った話を書いています(伝承)。また、アテネの哲学者アリストテレスも、ソロンの改革を、『アテナイ人の国制』で解説しました。

サクラちゃん

サクラちゃん

財産で決めるなんて、お金持ちが有利で、不公平じゃないですか?

ロダン先生

ロダン先生

いい視点だね。そのとおり、財産で決まる点は、今の考えからすると不公平だよ。でも当時は「家柄で決まる貴族政」からの大きな前進だったんだ。生まれは変えられないけど、財産は努力で増えるからね。

ソロンの改革でまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. ソロンの改革で民主政が完成したと書く:民主政の完成は、前5世紀のペリクレスの時代。ソロンは第一歩。
  2. 財産政治を「財産に関係なく平等」と思う:財産で等級が決まる。等級によって権利がちがう。
  3. 労働者級(テーテス)に参政権がなかったと思う:役職にはつけないが、民会・民衆裁判所には参加できた。
  4. ソロンの改革と、クレイステネスの改革を混同する:ソロンは財産政治・借金帳消し。クレイステネスは10部族制・500人評議会・陶片追放。
  5. ソロンを僭主と思う:ソロンは調停者(アルコン)。僭主はペイシストラトス。
  6. ドラコンの法とソロンの改革を同じと思う:ドラコンは厳しい成文法(前621年ごろ)。ソロンはその後の改革。

ソロンの改革は入試ではこう出る

  • 共通テスト:財産政治(家柄でなく財産)・債務奴隷の禁止・借金の帳消しの内容、改革者の順番(ソロン→ペイシストラトス→クレイステネス→ペリクレス)がよく問われます。
  • 国公立の2次・論述:「ソロンの改革の内容と意義」。借金帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治と、民主政への第一歩であることをまとめます。
  • 私大:「重荷おろし」「400人評議会」「民衆裁判所」「ドラコン」などの語句問題。
  • 史料問題:アリストテレス『アテナイ人の国制』などの史料から、改革の内容を読み取る問題。

論述の書き方は世界史の勉強法(私大・2次試験編)、基礎の覚え方は世界史の勉強法【基礎編】を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? ソロンは「七賢人」の1人

古代ギリシャでは、知恵のある7人の人物を「七賢人」と呼ぶことがあった。ソロンはその1人に入ることが多いんだ(数え方には諸説あるよ)。「何事もほどほどに」ということばは、七賢人のことばとして伝えられているよ。

ロダン先生

これ知ってる? 「ソロン」の名前は今も使われる

英語では、立法者や賢い政治家のことを solon と呼ぶことがあるんだ。アメリカでは、議員をそう呼ぶ新聞の文章もあるくらい。ソロンの名前は、2600年たっても、立法者の代名詞なんだよ。

本を持って説明するロダン先生

ロダン先生

ソロンの改革は「借金帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治」。3つをセットで書けるようにしよう。

練習問題

やさしい

  1. 前594年ごろ、アテネで借金の帳消しなどの改革をおこなった人はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ソロン
    調停者としてアルコンに選ばれました。

  2. 借金のかたに奴隷にされた人を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:債務奴隷
    ソロンの改革で、禁止されました。

ふつう

  1. ソロンが、市民を収穫量に応じて4つの等級に分けて、等級に応じて権利を決めた制度を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:財産政治
    家柄ではなく、財産で政治の権利を決めた点が新しいところです。

  2. ソロンの改革のあと、前561年にアテネで権力をにぎった僭主はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ペイシストラトス

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「ソロンの改革で、財産のない労働者級(テーテス)は民会に参加できなくなった。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    テーテスは役職にはつけませんが、民会と民衆裁判所には参加できました。

  2. ソロンの改革の内容と意義を、「債務奴隷」「財産」ということばを使って70字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:借金の帳消しと債務奴隷の禁止で貧しい市民を救い、財産に応じて政治の権利を決める財産政治を始め、民主政への第一歩をひらいた。(66字)

    「借金帳消し・債務奴隷の禁止」「財産政治」「民主政への第一歩」が入れば合格です。

「古代ギリシャとヘレニズム」の章の用語

この章の流れは古代ギリシャとヘレニズムの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

ソロンの改革とは何ですか?

ソロンの改革とは、前594年ごろ、アテネでソロンがおこなった改革です。借金の帳消し、債務奴隷の禁止、財産に応じて権利を決める財産政治などで、貴族と貧しい農民の対立をやわらげようとしました。

ソロンはどんな人ですか?

ソロンは、アテネの貴族の家に生まれた政治家で、詩人でもあります。調停者としてアルコンに選ばれて改革をおこない、のちにギリシャの七賢人の1人にかぞえられました。

ソロンの改革はなぜおこなわれましたか?

貴族が土地と政治を独占し、貧しい農民が借金で債務奴隷になるなど、貧富の差が広がって内乱の危機がせまったからです。この対立をおさめるため、ソロンが調停者に選ばれました。

財産政治とは何ですか?

市民を財産(土地の収穫量)に応じて4つの等級に分け、等級に応じて政治の権利を決める制度です。家柄ではなく財産で決める点が新しく、貧しい市民も民会と民衆裁判所に参加できました。

債務奴隷とは何ですか?

借金が返せず、自分や家族の体をかたにとられて奴隷にされた人です。ソロンの改革で、人の体を借金のかたにとることが禁止されました。

ソロンの改革は民主政ですか?

まだ民主政ではありません。貧しい市民に政治参加の道を開いた第一歩ですが、高い役職につけるのは財産のある人だけでした。民主政の完成は、前5世紀のペリクレスの時代です。

ソロンの改革とクレイステネスの改革のちがいは何ですか?

ソロンは借金の帳消しと財産政治など、経済と身分を整えました。クレイステネスは前508年ごろ、10部族制・500人評議会・陶片追放など、政治のしくみを変えて民主政の土台をつくりました。

ソロンの改革は英語で何といいますか?

Solon's reforms といいます。重荷おろしは seisachtheia、財産政治は timocracy(財産に基づく政治)と訳されることもあります。

ソロンの改革は入試でどう出ますか?

共通テストでは、借金帳消し・債務奴隷の禁止・財産政治の内容と、改革者の順番がよく問われます。論述では、内容と意義を、民主政への第一歩としてまとめさせる問題が出ます。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • アリストテレス(伝)『アテナイ人の国制』(ソロンの改革)
  • プルタルコス『英雄伝』「ソロン」
  • ヘロドトス『歴史』(ソロンとクロイソスの話)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦