ミケーネ文明とは?世界史でわかりやすく|獅子門・線文字B・クレタ文明との違い【図解】

世界史用語集 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム

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ミケーネ文明みけーねぶんめい

重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)

ひとことで言うと

ミケーネ文明とは、ギリシャ本土で前1600年ごろから前1200年ごろまで栄えた、ギリシャ人最初の文明です。丘の上の城塞と獅子門が有名で、ギリシャ語を書いた線文字Bを使い、宮殿を中心に国をおさめました。

読み方みけーねぶんめい
英語Mycenaean civilization(ミケーネ文明)
時代前1600年ごろ〜前1200年ごろ(青銅器時代)
地域ギリシャ
章第2章 古代ギリシャとヘレニズム
別名ミュケナイ文明(アカイア人の文明)
中心ミケーネ・ティリンス・ピュロス・テーベ・アテネ
人々ギリシャ語を話す人々(ミケーネ人・アカイア人)
いっしょに覚える城塞・獅子門・トロス墓・線文字B・シュリーマン・ヴェントリス

このページのポイント

  • ミケーネ文明は、ギリシャ本土の王国(前1600年ごろ〜前1200年ごろ)。ギリシャ語を話す人々がつくった。
  • 丘の上の城塞・巨石の城壁・獅子門・トロス墓が特徴。クレタの宮殿は城壁がなく、ここがちがう。
  • 線文字Bは1952年にヴェントリスが解読。前1200年ごろ宮殿が破壊され、暗黒時代へ。

ミケーネ文明をやさしく言うと

ミケーネ文明は、ギリシャ本土で前1600年ごろから前1200年ごろまで栄えた、ギリシャ人の最初の文明です。名前は、遺跡の名前「ミケーネ」からきています。エーゲ文明の2つの柱のうち、本土にあったほうです。

いちばん大きな特徴は、丘の上の城塞です。王は、巨大な石を積んだ城壁にかこまれた宮殿にすみ、戦士の王国をつくりました。島にあったクレタ文明(ミノア文明)の、城壁のない宮殿とは対照的です。

ギリシャ本土エーゲ海地中海クレタ島 テーベアテネミケーネティリンスピュロス
図1 ミケーネ文明の主な遺跡。ペロポネソス半島のミケーネ・ティリンス・ピュロス、中部のテーベ、アテネなどに宮殿があった(模式図)。

この文明の人々は、ギリシャ語を話しました。ホメロスの叙事詩では、「アカイア人」とよばれています。つまり、のちのギリシャ人(ヘレネス)の祖先にあたる人たちです。

エンリケくん

エンリケくん

ミケーネ文明の王さまは、どうして城壁をつくったんですか?

ロダン先生

ロダン先生

戦いが多かった時代だからだよ。ミケーネ人は戦士の社会で、墓からも武器がたくさん出ているんだ。強い王が、丘の上に城塞をきずいて、まわりの土地を支配していたんだね。

エンリケくん

エンリケくん

クレタ文明とは、ずいぶん雰囲気がちがいますね。

ミケーネ文明のくわしい流れ(おこり → 最盛期 → 滅亡)

① 王墓から始まる(前1600年ごろ)

ギリシャ本土には、前2000年ごろから、ギリシャ語を話す人々が定住していました(時期や入ってきた道すじには諸説あり)。前1600年ごろになると、ミケーネの町に、金の飾りをたくさん持った王たちの墓が現れます。これは、強い力をもつ王が登場した証拠です。

この王墓は、竪穴墓(地面を深くほった四角い穴の墓)です。1876年、シュリーマンが掘り当て、金のマスクや武器・飾りなどが次々に出てきました。

② 最盛期(前14世紀〜前13世紀)

最盛期の宮殿は、ミケーネ・ティリンス・ピュロス・テーベ・アテネなどにありました。主な特徴は次のとおりです。

  • 城塞:丘の上に宮殿をおき、巨大な石を積んだ城壁でかこむ。ミケーネの入口には、2頭の獅子をほりつけた獅子門がある。
  • トロス墓:城塞の外につくった、石を積んで丸いドームにした墓。形から「蜂の巣墓」ともいう。
  • 武器と戦士:青銅の剣・槍・よろいなどが多く出る。
王の宮殿広間・倉庫・文書室 円形墓域王族の竪穴墓 獅子門2頭の獅子の浮き彫り 巨石の城壁 トロス墓(城塞の外) ※ 模式図(実際の配置とは細部がちがう)
図2 ミケーネの城塞の模式図。巨石の城壁・獅子門・円形墓域・王の宮殿・トロス墓。

城壁の石は、人の力では動かせないほど大きいため、後のギリシャ人は「一つ目の巨人キュクロプスがつくった」と考えました。そこで、この積み方はキュクロプス式とよばれます。

③ 宮殿経済と線文字B

宮殿は、王が住む場所であると同時に、国の「役所」でもありました。農民や職人がつくった品物は宮殿に集められ、役人が数をかぞえて記録し、王がそれを蓄えたり、人々に分けあたえたりしました。これを宮殿経済とよびます。

記録に使われたのが、粘土板に書いた線文字Bです。ミケーネ人はクレタ文明の線文字Aをもとに、自分たちのギリシャ語を書き表しました。粘土板は、本来は乾かして使うものでしたが、宮殿が火事で焼けたとき、かえって固く焼かれて残りました。

農民・職人・商人麦・油・織物・青銅などを作る宮殿に品物を集める税や貢ぎ物のように納める役人が粘土板に記録線文字Bで数や品物を書く王が蓄え、分けあたえる食料・武器・仕事の割り当て
図4 ミケーネの宮殿経済。人々が品物を宮殿に集め、役人が記録し、王が配る。

この線文字Bは、1952年にイギリスの建築家ヴェントリス(言語学者チャドウィックの協力を得た)によって解読され、ギリシャ語だと分かりました。「ギリシャ語の最古の記録」です。

④ 滅亡(前1200年ごろ)

前1200年ごろ、ミケーネ・ティリンス・ピュロスなどの宮殿は、次々に火事などで破壊されました。原因については、次のような説があります(どれか1つに決まってはいません)。

  • 北からドーリア人などが南下した(昔からの説。いまは疑問も出ている)。
  • 東地中海を荒らした海の民に襲われた。
  • 宮殿のしくみが重くなりすぎ、内乱や飢え、地震などで崩れた。

宮殿がなくなると、線文字Bを書く役人も消え、ギリシャ人は文字を失いました。ここから、前12世紀〜前9世紀ごろの暗黒時代に入ります。のちにポリス(都市国家)が生まれ、ホメロスの叙事詩が語りつがれていくとき、ミケーネの時代のかすかな記憶が入っていると考えられています。

年表で見るミケーネ文明

前2000ごろギリシャ人の定住(諸説)前1600ごろ王墓がつくられ、国がおこる前1450ごろクレタ島に進出(諸説)前14〜13世紀最盛期:城塞・トロス墓前13世紀トロイア戦争の伝承の時代前1200ごろ宮殿が次々に破壊される前8世紀ポリスができる1876年シュリーマンが王墓を発掘1952年ヴェントリスが線文字B解読
図3 ミケーネ文明の年表。おこり・最盛期・滅亡と、発掘・解読の年をならべた。
年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

ミケーネ文明は前1600年ごろから前1200年ごろ。ポリスの前の、「王の時代」のギリシャなんだ。

整理:ミケーネ文明を見分ける5つの目印

  1. 場所はギリシャ本土(ペロポネソス半島ほか)。
  2. 丘の上の城塞と巨石の城壁、獅子門。
  3. 王墓は竪穴墓とトロス墓。
  4. 文字は線文字B(ギリシャ語・解読ずみ)。
  5. 人々はギリシャ語を話すミケーネ人(アカイア人)。

ミケーネ文明と関係する人物・用語

用語ミケーネ文明との関係
エーゲ文明クレタ文明とミケーネ文明をまとめた呼び名
クレタ文明ミケーネ人が文字・壁画・建築を学んだ先生
ホメロスミケーネの王アガメムノンらが登場する『イリアス』を語った詩人
ポリスの成立ミケーネ文明がほろんで約400年後にできる
ヘレネスとバルバロイミケーネ人はギリシャ人の祖先

文字のことはギリシャ文字の読み方一覧も参考になります。ミケーネの線文字Bと、のちのギリシャ文字(フェニキア文字をもとにした)は別系統で、つながっていません。

サクラちゃん

サクラちゃん

シュリーマンが見つけた金のマスクは、トロイア戦争のアガメムノン王のものなんですか?

ロダン先生

ロダン先生

シュリーマンは「アガメムノンの顔を見た」と言ったけれど、今の研究では、このマスクの墓は前16世紀ごろと考えられていて、トロイア戦争の伝承の時代(前13世紀ごろ)より前のものなんだ。だから、アガメムノン本人のものではないとされているよ。

ミケーネ文明でまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. ミケーネ文明をクレタ島の文明と書く:ミケーネはギリシャ本土。クレタ島はクレタ文明。
  2. 城壁のある宮殿をクレタと書く:城塞がミケーネ、城壁のない宮殿がクレタ。
  3. 線文字Aと線文字Bを取りちがえる:解読されたのは線文字B(ギリシャ語)。線文字Aは今も未解読。
  4. シュリーマンとエヴァンズの区別:シュリーマンはトロイア・ミケーネ、エヴァンズはクノッソス(クレタ)。
  5. 金のマスクをトロイア戦争の王のものと断言する:伝承の時代とは年代がずれるとされる。
  6. ミケーネ文明のあとにすぐポリスができたと思う:間に暗黒時代がある。

ミケーネ文明は入試ではこう出る

  • 共通テスト:クレタ文明との比較(城塞・文字・場所)、発掘者の組み合わせ、線文字Bの解読者などが正誤問題で出ます。
  • 遺跡の写真・図:獅子門やトロス墓の写真から文明を判断する問題。
  • 国公立の2次:ミケーネ文明の特徴(宮殿を中心とする王国)と、のちのポリス(市民の共同体)を比べさせる問題。
  • 私大:「ミケーネ」「ティリンス」「ピュロス」「線文字B」「ヴェントリス」「トロス墓」などを答える問題。

勉強法は世界史の勉強法(私大・2次試験編)を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 線文字Bを読み解いたのは、プロの学者ではなかった

ヴェントリスは、もともと建築家で、文字の解読は趣味でした。14歳のときにエヴァンズの講演を聞いて、この文字に夢中になった、と伝えられるんだ。そして1952年に、線文字Bがギリシャ語だと発見した。学問の世界は、「好き」の力がおおきな発見につながることもあるんだね。

ロダン先生

これ知ってる? 「獅子門」の獅子は、じつは頭がない

ミケーネの獅子門の浮き彫りは、2頭の獅子が柱をはさんで立つ形。ただ、いまは頭の部分が失われているんだ。もとは、別の石でつくった頭がはめこまれていたと考えられているよ。実際に行くと、その姿に、3000年以上の時間を感じるんだ。

ロダン先生

これ知ってる? ぼくの旅の話:ミケーネの遺跡の丘

ミケーネの遺跡は、荒れた丘の上にあって、周りの谷が一望できる。ここなら敵が来てもすぐ見える、と納得したよ。ぼくは泳げないけど、陸の旅なら、いくらでも歩けるんだ。帰りに食べたカレー…じゃなくて、ギリシャ料理もおいしかったよ。

手をかざして遠くを見るロダン先生

ロダン先生

丘の上の城塞から、遠くを見はるのが王の仕事。城壁・獅子門・線文字Bの3点で覚えよう。

練習問題

やさしい

  1. ギリシャ本土で前1600年ごろに栄え、丘の上に城塞をきずいた文明を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:ミケーネ文明
    ギリシャ人の最初の文明です。

  2. ミケーネの城塞の入口にあり、2頭の獅子をほりつけた門を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:獅子門
    ミケーネの遺跡の代表的な見どころです。

ふつう

  1. ミケーネ文明で使われた線文字Bを1952年に解読し、ギリシャ語だと明らかにした人はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ヴェントリス
    チャドウィックの協力も受けました。

  2. ミケーネ文明の遺跡を発掘したドイツ人はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:シュリーマン
    1870年からトロイア、1876年からミケーネを掘りました。

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「ミケーネ文明の宮殿は、クレタ文明と同じく城壁がなく、開放的だった。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    城壁がなく開放的なのはクレタ文明の宮殿です。ミケーネ文明の宮殿は、巨石の城壁にかこまれた城塞でした。

  2. ミケーネ文明の宮殿が、国の「役所」の役割もはたしていたことを、「線文字B」ということばを使って50字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:宮殿には役人がおり、農民や職人が納めた品物の数を線文字Bで粘土板に記録し、王がそれを蓄えて分けあたえた。(60字)

    「役人が記録」「線文字B」「品物を集めて分ける」が入れば合格です。

「古代ギリシャとヘレニズム」の章の用語

この章の流れは古代ギリシャとヘレニズムの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

ミケーネ文明とは何ですか?

ミケーネ文明とは、ギリシャ本土で前1600年ごろから前1200年ごろまで栄えた、ギリシャ人最初の文明です。丘の上の城塞をもつ宮殿を中心にした王国でした。

ミケーネ文明の特徴は何ですか?

城壁にかこまれた城塞の宮殿、獅子門、竪穴墓とトロス墓、ギリシャ語を書いた線文字B、宮殿が品物を集めて分ける宮殿経済などが特徴です。戦士の王国でした。

ミケーネ文明とクレタ文明のちがいは何ですか?

クレタ文明は島の文明で、城壁のない宮殿と未解読の線文字Aが特徴です。ミケーネ文明は本土の文明で、城塞の宮殿と解読ずみの線文字Bをもち、ギリシャ語を話しました。

線文字Bとは何ですか?

ミケーネ文明で使われた文字で、粘土板に書かれました。1952年にヴェントリスが解読し、ギリシャ語だと分かりました。品物の数を記録する役人の文字でした。

ミケーネ文明はだれが発掘しましたか?

ドイツのシュリーマンが1876年にミケーネの王墓を発掘し、金のマスクなどを見つけました。トロイアも1870年から掘っています。

獅子門とは何ですか?

ミケーネの城塞の入口にある門で、2頭の獅子をほりつけた石が門の上にのっています。ミケーネ文明の代表的な遺跡で、今は頭の部分が失われています。

ミケーネ文明はなぜほろびましたか?

原因は分かっていません。ドーリア人の南下、海の民の襲撃、内乱や地震などが重なった説があります。前1200年ごろに宮殿が次々に破壊されました。

ミケーネ文明とトロイア戦争は関係がありますか?

ホメロスの『イリアス』では、ミケーネの王アガメムノンがギリシャ軍の総大将です。ただ、物語と遺跡をそのままつなぐことはできず、実際にあったかどうかも分かっていません。

ミケーネ文明は入試でどう出ますか?

共通テストでは、クレタ文明との比較、遺跡や文字の特徴、発掘者と解読者の区別が正誤問題でよく問われます。2次ではポリスとの比較が出ることがあります。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • ホメロス『イリアス』(アカイア人・アガメムノンの伝承)
  • シュリーマン『古代への情熱』(ミケーネの発掘)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦