ヘロドトスとトゥキディデスとは?世界史でわかりやすく|歴史・戦史のちがい【図解】

世界史用語集 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム

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ヘロドトスとトゥキディデスへろどとす

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ひとことで言うと

ヘロドトスとトゥキディデスとは、古代ギリシャで歴史を書いた2人です。ヘロドトスはペルシア戦争を『歴史』に書いた「歴史の父」、トゥキディデスはペロポネソス戦争を『戦史』に書き、原因を人間の力で説明しました。

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英語Herodotus / Thucydides(ヘロドトスは『歴史』Historiai、トゥキディデスは『戦史』)
時代前5世紀(ヘロドトスは前484年ごろ〜前425年ごろ、トゥキディデスは前460年ごろ〜前400年ごろ)
地域ギリシャ
章第2章 古代ギリシャとヘレニズム
ヘロドトス『歴史』・ペルシア戦争・「歴史の父」・ハリカルナッソス出身
トゥキディデス『戦史』・ペロポネソス戦争・アテネ人・前411年ごろで未完
いっしょに覚えるペルシア戦争・ペロポネソス戦争・ペリクレスの葬送演説・ホメロス

このページのポイント

  • ヘロドトス=『歴史』=ペルシア戦争=「歴史の父」。トゥキディデス=『戦史』=ペロポネソス戦争。
  • ヘロドトスは旅で見聞を広く集めた。トゥキディデスは神ではなく、人間と国の力の関係で原因を考えた。
  • 「歴史」ということばはギリシャ語の「ヒストリア(調べること)」から。『戦史』は前411年ごろで途中で終わっている。

ヘロドトスとトゥキディデスをやさしく言うと

この2人は、古代ギリシャで歴史を書いた最初の2人です。ヘロドトスはペルシア戦争の流れを、トゥキディデス(トゥキュディデスとも書きます)はペロポネソス戦争を書きました。ヘロドトスは「歴史の父」と呼ばれます。ローマの政治家キケロが、そう呼んだことで知られています。

「歴史」ということばは、ギリシャ語のヒストリア(調べること)から来ています。英語の history も、同じことばです。つまり、歴史とは、もともと「調べて書く」ことでした。それまでのギリシャでは、昔のできごとはホメロスの叙事詩のように、神々や英雄の物語として語られていました。2人は、人間がしたことを調べて、人間のことばで書いた人たちです。

ヘロドトストゥキディデス 時代前5世紀なかば前5世紀の後半出身ハリカルナッソスアテネ題材ペルシア戦争ペロポネソス戦争書名『歴史』『戦史』特色見聞・伝承も広く集める原因を人間の力で説明
図1 ヘロドトスとトゥキディデスの比べ方。題材も書き方もちがう。

覚え方は、次のとおりです。

  • ヘロドトス=『歴史』=ペルシア戦争。旅で聞いた話も広く入れる。
  • トゥキディデス=『戦史』=ペロポネソス戦争。見たこと・確かめたことを中心に、原因を考える。
エンリケくん

エンリケくん

「ヘ」ロドトスと「ト」ゥキディデス、名前が似ていて混ざります…。

ロダン先生

ロダン先生

まず書いた戦争で分けるんだ。ペルシア戦争がヘロドトス、ペロポネソス戦争がトゥキディデス。時代も、ヘロドトスのほうが少し前の人だよ。

エンリケくん

エンリケくん

ペルシア戦争のほうが先に起きたから、ですね!

2人のくわしい流れ(どんな人で、何を書いたか)

① ヘロドトス:旅をして『歴史』を書いた

ヘロドトスは、前484年ごろ(諸説あり)、小アジア(今のトルコ)の南西にあるハリカルナッソスで生まれたとされます。ここはギリシャ人の町ですが、ペルシア帝国の支配の下にありました。若いころ町の争いに巻きこまれて去ったと伝えられます。そのあと各地を旅して、エジプト・バビロニア・黒海のまわりなどを見て回ったとされます。のちにアテネで人々に朗読して評判になったという話もありますが、くわしいことは分かっていません。

書いたのが『歴史』(ヒストリアイ)です。のちの時代に9巻に分けられました。中心はペルシア戦争の原因と経過です。ところが、戦争の話に入るまでが長いのです。ペルシアという国はどんな国か、エジプトはどんな国か、スキタイ人はどんな人たちか、と、世界じゅうの国のようすが語られます。なぜなら、ヘロドトスは「ギリシャ人と異民族が、なぜ戦うことになったのか」を知りたかったからです。

旅するエジプトや黒海のまわりまで行く聞く土地の人・神官の話を集める書き分ける「そう聞いた」と「私はこう思う」
図4 ヘロドトスの調べ方。聞いた話と自分の考えを書き分けた。

有名な一節に「エジプトはナイルの賜物(たまもの)」があります。ナイル川の洪水がはこぶ土でエジプトの畑ができた、という意味で、エジプト史の授業でもよく出てきます。ヘロドトスは、伝え聞いた話も多く書きました。ただし「私はこう聞いた」と、聞いた話であることを書き分けています。そのため、話が不確かなところもあり、「ほら話」と言われることもあります。一方で、今では、当時の東方世界を知る大切な資料として読まれています。

② ヘロドトスの見方:自由なポリスが、専制の大国に勝った

ヘロドトスは、ギリシャのポリスと、ペルシアの大王が1人で治める国をくらべています。ギリシャ人が少ない兵力でも勝てたのは、自由な市民が自分たちの国のために戦ったからだ、という見方です。アテネの民主政が力を持ったことも、その大きな理由にあげています。ただし、神の怒りや、神託(神のお告げ)が当たった話もたくさん出てきます。ヘロドトスは、まだ神々の力を認めている人でもありました。

エーゲ海小アジアギリシャ サルディスアテネマラトンテルモピレーハリカルナッソスミレトススパルタ ヘロドトスの生まれた町ペルシア軍の進路(前480年)
図2 ヘロドトスの生まれた町と、ペルシア戦争の舞台(模式図)。赤い点線は前480年にペルシア軍が進んだ道すじ。

③ トゥキディデス:『戦史』で人間と権力を見つめた

トゥキディデスは、前460年ごろ(諸説あり)にアテネで生まれました。ペロポネソス戦争が始まったとき(前431年)に、「これは大きな戦争になる」と思い、はじめから記録をとり始めたと自分で書いています。アテネでは、戦争の2年目に疫病(はやり病)が流行しました。トゥキディデスは自分もこの病気にかかり、治った人です。病気のようすを、くわしく書き残しています。

のちに、アテネの将軍に選ばれました。しかし、前424年に任された北のアンフィポリスの守りで失敗し、アテネを追放されました。追放されたあとは各地で話を聞いて、『戦史』を書き続けました。ところが、『戦史』は前411年ごろまでで、途中で終わっています。戦争の終わり(前404年)は、書かれていません。

トゥキディデスの書き方の特色は、次の3つです。

  • 神のせいにしない:戦争が起きた原因を、神々ではなく、人間と国の力の関係(スパルタがアテネの成長をおそれたこと)で説明した。
  • 確かめて書く:自分で見たことや、見た人から聞いたことを、くらべて確かめたと述べている。
  • 演説で考えを伝える:登場人物の演説の形で、当時の考えを示した。ペリクレスの戦没者追悼演説(葬送演説)は特に有名。

本人は、自分の本を「永遠の財産」にしたいと書いています。権力を持つ国がどう動くかは、昔も今もあまり変わらない、という考えです。政治学や国際関係の本でも、今もよく引かれます。

年表で見る2人の時代

前500ごろイオニア諸市の反乱前490マラトンの戦い前484ごろヘロドトス生まれる(諸説)前480テルモピレー・サラミス前479プラタイアの戦い前460ごろトゥキディデス生まれる前431ペロポネソス戦争が始まる前404アテネが降伏し戦争が終わる
図3 2人が生きた時代。ヘロドトスはペルシア戦争を書き、トゥキディデスはペロポネソス戦争を書いた。
年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

ヘロドトスは戦争が終わった直後の世代、トゥキディデスはアテネ全盛のあとの世代なんだ。時代の空気がちがうから、書き方もちがうんだよ。

整理:ヘロドトスとトゥキディデス

ヘロドトス:『歴史』・ペルシア戦争・「歴史の父」・見聞を広く集める。
トゥキディデス:『戦史』・ペロポネソス戦争・アテネ人・原因を人間の力で考える・前411年ごろで未完。

2人のほかにも、ギリシャ人は多くの記録を残しました。ギリシャ人が使った文字は、ギリシャ文字の読み方一覧で確かめられます。

2人と関係する人物・用語

用語2人との関係
ペルシア戦争ヘロドトス『歴史』の題材
サラミスの海戦ペルシア戦争の山場。『歴史』に書かれる
ペロポネソス戦争トゥキディデス『戦史』の題材
ペリクレス『戦史』にある葬送演説が有名
ホメロス英雄の物語。歴史とは書き方がちがう
ヘレネスとバルバロイ『歴史』は、ギリシャ人と異民族の戦いを書く
アテネの民主政2人とも民主政の時代の人
サクラちゃん

サクラちゃん

「歴史」を書いた人は、ほかにもいますか?

ロダン先生

ロダン先生

後の時代には、ローマ時代にも歴史家が出るよ。たとえばカエサルの『ガリア戦記』は自分で書いた戦争の記録。ギリシャでは、この2人が最初のお手本なんだ。

2人でまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. 書名と戦争を取りちがえる:『歴史』=ペルシア戦争(ヘロドトス)、『戦史』=ペロポネソス戦争(トゥキディデス)。逆にしやすい。
  2. 「歴史の父」をトゥキディデスにする:「歴史の父」はヘロドトス。トゥキディデスは、より厳しく確かめる書き方を進めた人と説明される。
  3. 『戦史』を最後まで書き終えたと思う:前411年ごろで途中で終わっている。
  4. ヘロドトスをアテネ人と思う:生まれは小アジアのハリカルナッソス。アテネ人はトゥキディデス。
  5. ヘロドトスの話をすべて事実とする:聞いた話や伝承も多い。ただし、聞いた話と自分の意見は書き分けている。
  6. 表記ゆれ:トゥキディデス/トゥキュディデス、ヘロドトス/ヘーロドトス。どちらも答えになる。

入試ではこう出る

  • 共通テスト:「ヘロドトス」と「トゥキディデス」の組み合わせ(書名と戦争)が、語句の組み合わせや文の正誤でよく問われます。史料文を読んで、書いた人を選ぶ問題も出ます。
  • 国公立の2次・論述:ペルシア戦争やペロポネソス戦争の説明で、史料として『歴史』『戦史』が引かれることがあります。史料から分かることを説明する問題に注意しましょう。
  • 私大:「歴史の父」と呼ばれる人物、『戦史』の書き手などを答える短い問題。ホメロス・ヘシオドス・サッポーなどの詩人と、取りちがえさせる選択肢もあります。

勉強の進め方は世界史の勉強法その2【共通テスト対策】、論述の書き方は世界史の論述の書き方(私大・2次試験編)を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 「歴史」ということばの意味

ギリシャ語の「ヒストリア」は、もとは「調べること、探ること」という意味なんだ。英語の history も story(物語)も、同じことばから分かれたんだよ。「歴史」とは、調べて、話として伝えることなんだね。

ロダン先生

これ知ってる? ペルシア戦争は「ギリシャ側」の話で残った

ペルシア戦争のくわしい記録は、ギリシャ人が書いたものしか残っていないんだ。ペルシア側の見方が分かる史料は少ない。だから、『歴史』を読むときは「勝ったギリシャ人の話」だと思って読むことが大切なんだよ。

ロダン先生

これ知ってる? 旅人ヘロドトスと旅行好きの僕

ヘロドトスは、エジプトまで行って神官に話を聞いた旅人。僕は世界一周を何度もしているけど、いちばん好きなのは大航海時代の話なんだ。旅をして、見て、聞いて、書く。歴史家の原点は旅なんだね。

本を持って説明するロダン先生

ロダン先生

まずは「ヘロドトス=歴史=ペルシア戦争」を覚えよう。そのあと、トゥキディデス=戦史=ペロポネソス戦争を覚えると、頭の中で混ざらないよ。

練習問題

やさしい

  1. ペルシア戦争を主な題材に『歴史』を書き、「歴史の父」と呼ばれる人物はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ヘロドトス
    小アジアのハリカルナッソス出身とされます。

  2. ペロポネソス戦争を書いた歴史書『戦史』の著者はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:トゥキディデス(トゥキュディデス)
    アテネの人で、前411年ごろまでで途中で終わっています。

ふつう

  1. トゥキディデスの書き方の特色として正しいものを、次から1つ選べ。 ア 戦争の原因を神々の怒りで説明した イ 戦争の原因を人間と国の力の関係で説明した ウ 戦争を題材にした叙事詩(詩の形)で書いた
    答えと解説を見る

    答え:イ
    神の力で説明せず、国と人間の動きで原因を考えました。アは神の力を認める部分もあったヘロドトスの特色に近く、ウはホメロスです。

  2. ヘロドトスの『歴史』が、本題のペルシア戦争に入るまでに、エジプトやスキタイなど各地の国のことも語っているのはなぜか。簡単に説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:ギリシャ人と異民族が、なぜ戦うことになったのかを知りたかったから。各地を旅して見聞を集め、世界のようすを広く伝えようとしたため。

    「原因を知りたい」「旅・見聞」のどちらかが入れば合格です。

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「ヘロドトスはアテネ生まれで、『戦史』にペロポネソス戦争を書いた。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    ヘロドトスは小アジアのハリカルナッソス出身(とされる)で、書いたのは『歴史』。ペロポネソス戦争を書いたのはトゥキディデスです。

  2. ヘロドトスとトゥキディデスの歴史の書き方のちがいを、題材と原因の説明の仕方にふれて、80字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:ヘロドトスはペルシア戦争を題材に、各地の見聞や伝承を広く集めて書いた。トゥキディデスはペロポネソス戦争を題材に、原因を神でなく人間と国の力の関係から考えた。(78字)

    2人の題材と、トゥキディデスの「人間の力で説明」が入れば合格です。

「古代ギリシャとヘレニズム」の章の用語

この章の流れは古代ギリシャとヘレニズムの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

ヘロドトスとは何をした人ですか?

ヘロドトスは、古代ギリシャの歴史家で「歴史の父」と呼ばれます。ペルシア戦争を中心に、各地を旅して集めた話を『歴史』にまとめました。前484年ごろに小アジアのハリカルナッソスで生まれたとされます。

トゥキディデスとは何をした人ですか?

トゥキディデスは、アテネの歴史家です。ペロポネソス戦争を『戦史』に書きました。戦争の原因を神ではなく、人間と国の力の関係で説明したことで知られます。

ヘロドトスはなぜ「歴史の父」と呼ばれるのですか?

ヘロドトスは、人間のしたことを調べて、散文(ふつうの文章)で書き残した最初の人の1人だからです。ローマのキケロがそう呼んだとされます。

ヘロドトスとトゥキディデスのちがいは何ですか?

ヘロドトスは『歴史』でペルシア戦争を書き、各地の見聞や伝承を広く入れました。トゥキディデスは『戦史』でペロポネソス戦争を書き、見たことや確かめたことを中心に、原因を人間の力で考えました。

『歴史』『戦史』はそれぞれ何を書いた本ですか?

『歴史』は、ペルシア戦争の原因と経過を中心に、当時の世界の国々のようすをまとめた本です。『戦史』は、アテネとスパルタが争ったペロポネソス戦争の記録です。

『戦史』はなぜ途中で終わっているのですか?

トゥキディデスが書き終える前に亡くなったとされるからです。記録は前411年ごろまでで、前404年のアテネの降伏までは書かれていません。

「歴史」ということばはどこから来ましたか?

ギリシャ語の「ヒストリア」(調べること、探ること)から来ています。英語の history も同じことばが元です。

ヘロドトスは英語で何といいますか?

Herodotus です。トゥキディデスは Thucydides、『歴史』は The Histories、『戦史』は History of the Peloponnesian War と呼ばれます。

ヘロドトスの『歴史』は、すべて事実ですか?

すべてが確かな事実とはいえません。聞いた話や伝承も多く、数字なども不確かな部分があるからです。ただし、ヘロドトスは聞いた話と自分の考えを書き分けており、当時の世界を知る大切な史料です。

ヘロドトスとトゥキディデスは入試でどう出ますか?

共通テストでは、書名と戦争の組み合わせが問われます。「歴史の父」や、トゥキディデスの『戦史』の特色を選ばせる問題もよく出ます。史料文からどちらの作品かを選ぶ形もあります。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • ヘロドトス『歴史』
  • トゥキディデス『戦史』

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦