カエサルとは?世界史でわかりやすく|ガリア遠征・ルビコン川・ユリウス暦・暗殺【図解】

世界史用語集 › 第3章 古代ローマ

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カエサルかえさる

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ひとことで言うと

カエサルとは、共和政ローマ末期の将軍・政治家で、ガリアを征服して『ガリア戦記』を書き、ルビコン川をわたって内戦に勝ち、終身独裁官となった人物です。ユリウス暦を定めましたが、前44年に暗殺されました。

読み方かえさる
英語Gaius Julius Caesar(ガイウス=ユリウス=カエサル、英語読みはシーザー)
時代前100年〜前44年(共和政ローマ末期)
地域ローマ
章第3章 古代ローマ
人物ユリウス=カエサル(シーザー)。将軍・政治家・文筆家
主なできごとガリア遠征(前58〜前51)・ルビコン川(前49)・ユリウス暦(前45年施行)・暗殺(前44)
著作『ガリア戦記』『内乱記』
いっしょに覚える第1回三頭政治・ポンペイウス・ブルートゥス・オクタウィアヌス

このページのポイント

  • カエサルは、第1回三頭政治の1人。ガリア遠征(前58〜前51)で軍と名声を得て、『ガリア戦記』を書いた。
  • 前49年にルビコン川をわたって内戦を始め、ポンペイウスに勝って終身独裁官になった。ユリウス暦を定めた。
  • 前44年に暗殺された。皇帝ではなく、初代皇帝はカエサルの養子のアウグストゥス。

カエサルをやさしく言うと

カエサル(ユリウス=カエサル、英語ではシーザー)は、共和政ローマの末期に活躍した将軍・政治家で、ガリア(今のフランスのあたり)を征服し、内戦に勝って、ローマの実質的な支配者になった人物です。しかし、前44年、独裁をおそれた元老院議員たちに暗殺されました。

カエサルは、ただの将軍ではありませんでした。名文家としても知られ、ガリア遠征の記録を書いた『ガリア戦記』は、今でもラテン語の教材として読まれています。また、暦を作り変えたことでも有名です。今の暦のもとになった「ユリウス暦」は、カエサルが定めました。7月の英語名 July も、ユリウス(Julius)、つまりカエサルの名前から来ています。

たとえると、カエサルは、「戦いも、文章も、政治も、全部できるスーパー生徒会長」のような人です。強すぎて、周りの人が「このままではこの人が王様になってしまう」と心配になり、そのために暗殺されてしまった、という見方もできます。

地中海黒海 ガリア アレシア ブリタンニア前55・前54に遠征 ライン川 ルビコン川 ローマ ガリア遠征(前58〜前51)内戦の始まり(前49)
図1 カエサルのガリア遠征(模式図)。前58〜前51年にガリア全体を征服した。前49年にはルビコン川をわたって内戦へ。
エンリケくん

エンリケくん

カエサルって、皇帝だったんですか?

ロダン先生

ロダン先生

いいところに気づいたね。実は皇帝ではないんだ。カエサルは終身独裁官だけれど、「皇帝」の位に就いたのは、次のアウグストゥス(初代皇帝)からなんだよ。

エンリケくん

エンリケくん

カエサルのほうが有名なのに、皇帝じゃないんですね。

カエサルのくわしい流れ(生い立ち・経過・結果)

① 生い立ち:名門の出身で、民衆派の政治家に

カエサルは、前100年に、ローマの古い名門ユリウス家に生まれました。有名なマリウス(民衆派の将軍)は、カエサルの叔母の夫です。そのためカエサルは、グラックス兄弟以来の民衆派に近い立場でした。若いころには、独裁を行ったスラ(閥族派)に目をつけられ、一時、ローマを離れたと伝えられます。

その後、カエサルは、財務官・法務官などの官職を順に務めます。民衆に人気を集めるため、借金をしてまで見世物や競技を開き、人々の心をつかみました。

② 第1回三頭政治とコンスル就任(前60〜前59)

前60年、カエサルは、ポンペイウス・クラッススと、私的な同盟を結びます(第1回三頭政治)。前59年に、カエサルはコンスルに当選しました。この年に、ポンペイウスの兵士に土地を与える法などを成立させます。

③ ガリア遠征(前58〜前51):軍と名声を手に入れる

コンスルの任期のあと、カエサルは、ガリアの総督になりました。ガリアとは、今のフランス・ベルギーなどを含む広い地域で、ケルト系のガリア人が暮らしていました。カエサルは、前58年から8年間にわたって遠征を行い、ガリア全体を征服しました。ライン川をこえてゲルマン人とも戦い、ドーヴァー海峡をわたって、ブリタンニア(今のイギリス)にも、2度、遠征しています。

最大の戦いは、前52年のアレシアの戦いです。ガリア人の指導者ウェルキンゲトリクスが、ガリア全体をまとめて抵抗しましたが、カエサルは、アレシアの町を包囲して、ついに降参させました。この遠征の記録は、カエサル自身が『ガリア戦記』にまとめています。この本は、自分の功績を、世間に知らせる宣伝の役目もあったと考えられています。

ガリア遠征の結果、カエサルは、強い軍隊と、大きな名声を手に入れました。ガリアは、のちにローマの属州になります。

④ ルビコン川をわたり、内戦へ(前49〜前45)

前53年にクラッススが戦死すると、三頭政治のつり合いがくずれます。ポンペイウスは、元老院と近づきました。前49年、元老院は、カエサルに、軍を解散して帰国するよう命じます。カエサルは、「賽は投げられた」と言って、イタリア北部のルビコン川をわたり、内戦を始めました(これは伝承です)。

前48年のファルサロスの戦いで、カエサルはポンペイウスに勝ちます。ポンペイウスは、エジプトに逃れて殺されました。カエサルは、エジプトで女王クレオパトラ7世と親しくなり、そのあと各地の反対勢力を破りました。前47年の小アジアのゼラの戦いでは、「来た、見た、勝った」という手紙を送ったと伝わります。

⑤ 独裁官として、さまざまな改革

カエサルは、独裁官(のち終身独裁官)となり、いろいろな改革を進めました。

  • ユリウス暦:太陽の動きにもとづく、1年365日・4年に1度の閏年の暦を定めた(前46年に決め、前45年から施行)。
  • 属州の改革:属州の人々の負担を軽くし、ガリア人などにも市民権を広げようとした。
  • 退役兵への土地:兵士に土地を与え、植民市を作った。
  • 元老院議員の増員:議員の数を増やし、属州出身者も加えた。
それまでのローマ暦1年は355日ほど月の満ち欠けにもとづく閏月を入れる神官が入れ方を決めた季節がずれやすい政治にも使われたユリウス暦1年は365日太陽の動きにもとづく4年に1度は366日閏日(うるうび)を入れる季節がずれにくいのち1582年に修正
図4 暦のちがい。ユリウス暦は太陽の動きにもとづく365日の暦で、4年に1度閏日を入れる。

⑥ 結果:暗殺(前44年)と、そのあと

カエサルは、前44年に終身独裁官になり、事実上、王のような力を持ちました。しかし、共和政を大事に思う元老院議員たち、ブルートゥスやカッシウスらは、カエサルがいずれ王になると警戒し、前44年3月15日、元老院の会議の場で、カエサルを暗殺しました。

「ブルートゥス、お前もか」ということばは有名ですが、これは後世の創作と考えられていて、実際にカエサルがそう言ったかどうかは分かりません。

暗殺のあと、ローマはさらに混乱し、カエサルの養子オクタウィアヌスたちが、第2回三頭政治を結びます。最後にオクタウィアヌスが勝ち、アウグストゥスとして、帝政を始めました。

前100名門ユリウス家に生まれる前60第1回三頭政治前59コンスルになる前58〜前51ガリア遠征(『ガリア戦記』)前49ルビコン川をわたる前48ファルサロスでポンペイウスに勝つ前46ユリウス暦を定める(前45年から)前44終身独裁官・3月15日に暗殺
図2 カエサルの一生。前58〜前51年のガリア遠征、前49年のルビコン川、前44年の暗殺。
本を持って説明するロダン先生

ロダン先生

カエサルの書いた『ガリア戦記』の冒頭は、「ガリアは全体として3つの部分に分かれている」という有名な文なんだ。ラテン語の教科書の定番だよ。

流れと暦で見るカエサル

民衆派の政治家として人気を集める借金で見世物を主催するなど第1回三頭政治・コンスル(前60・前59)ポンペイウス・クラッススと同盟ガリア遠征で軍と名声を得る8年間の戦いで強い軍隊を育てた内戦に勝つ(前49〜前45)ポンペイウスらを破る終身独裁官になる(前44)そして暗殺される
図3 カエサルの権力の上がり方。ガリア遠征で軍と名声を得て、内戦に勝ち、終身独裁官になった。
できごと年意味
ガリア遠征前58〜前51軍と名声を手に入れる。『ガリア戦記』
アレシアの戦い前52ガリア人の指導者ウェルキンゲトリクスを破る
ルビコン川をわたる前49元老院との内戦の始まり
ファルサロスの戦い前48ポンペイウスを破る
ユリウス暦の施行前45太陽暦にもとづく新しい暦
暗殺前443月15日。共和政を守ろうとした議員たち

整理:カエサルを一言で

ガリア遠征で軍と名声を得て、ルビコン川をわたって内戦に勝ち、終身独裁官になった。ユリウス暦を定めた。前44年に暗殺。皇帝ではない(初代皇帝はアウグストゥス)。

カエサルと関係する人物・用語

用語カエサルとの関係
三頭政治第1回の1人。のちポンペイウスと内戦
アウグストゥスカエサルの養子で、初代ローマ皇帝
グラックス兄弟民衆派の先がけ。カエサルはその流れ
スパルタクスの反乱同じ時代のできごと
コンスルと元老院カエサルがコンスルに就き、元老院と対立した
ローマの平和カエサルの死後に、帝政で実現
共和政ローマカエサルの時代に終わりへ向かう

カエサルが定めた暦は、今のカレンダーのもとです。月の名前の由来(July や August)も、ローマの人名にちなんでいます。ローマ数字は、時計や本の章の番号でも使われています(ローマ数字一覧表と書き方の法則)。

サクラちゃん

サクラちゃん

どうしてブルートゥスたちは、カエサルを殺したんですか?

ロダン先生

ロダン先生

カエサルが王のようになることをおそれたからなんだ。ローマ人は、「王」をとても嫌っていた。共和政を守るためには、独裁者を倒すしかない、と考えたんだね。でも、暗殺は、共和政を守れなかった。むしろ内乱を長引かせて、結局は帝政に進んでしまったんだ。

サクラちゃん

サクラちゃん

守ろうとしたのに、逆の結果になったんですね。

カエサルでまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. カエサルを初代皇帝と思う:初代皇帝は養子のオクタウィアヌス(アウグストゥス)。カエサルは終身独裁官。
  2. 三頭政治の第2回にも入ったと思う:カエサルは第1回(前60)の1人。第2回は暗殺後。
  3. ガリア遠征とルビコン川の順番を逆にする:ガリア遠征(前58〜前51)が先、ルビコン川(前49)があと。
  4. ユリウス暦とグレゴリオ暦を混ぜる:ユリウス暦はカエサル(前45年施行)。グレゴリオ暦は1582年に教皇グレゴリウス13世が修正。
  5. 「ブルートゥス、お前もか」を事実と決めつける:後世の創作と考えられている。
  6. 『ガリア戦記』を他人が書いたと思う:カエサル自身が書いた。

入試ではこう出る

  • 共通テスト:カエサルが第1回三頭政治の1人であること、ガリア遠征、ルビコン川、ユリウス暦、暗殺などが、正誤問題で問われます。『ガリア戦記』と著者の組み合わせもよく出ます。
  • 国公立の2次・論述:「共和政から帝政への移行」で、カエサルの独裁、暗殺、アウグストゥスへの流れを説明させる問題が出ます。
  • 私大:「ガリア」「ユリウス暦」「ブルートゥス」「ウェルキンゲトリクス」「アレシア」などの語句。

勉強の進め方は世界史の勉強法【共通テスト対策】、論述の書き方は世界史の論述の書き方(私大・2次試験編)を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 「カエサル」は皇帝の称号になった

カエサルの名前は、のちに「皇帝」を意味することばになったんだ。ドイツ語のカイザー、ロシア語のツァーリ(ツァー)は、どちらも「カエサル」から来ている。名前がそのまま、王様の称号になった、めずらしい例だよ。

ロダン先生

これ知ってる? 7月は「ユリウス」の月

英語の July(7月)は、ユリウス=カエサルの名前にちなんでつけられた月の名前なんだ。8月の August は、次のアウグストゥスにちなむ。つまり、7月と8月は、ローマの偉い人の名前なんだよ。

おじぎするロダン先生

ロダン先生

カエサルは、世界史に出てくるいちばん有名なローマ人かもしれないね。まずは「ガリア遠征・ルビコン川・ユリウス暦・暗殺」の4つを覚えよう。

練習問題

やさしい

  1. カエサルが、ガリア遠征の記録を書いた本の名前は何か。
    答えと解説を見る

    答え:『ガリア戦記』

  2. カエサルが定めた、太陽の動きにもとづく暦を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:ユリウス暦
    のちに1582年にグレゴリオ暦に修正されました。

ふつう

  1. 前49年に、カエサルが軍を率いてわたった川の名前を答えよ。
    答えと解説を見る

    答え:ルビコン川
    ここから元老院との内戦が始まりました。

  2. 前52年のアレシアの戦いで、カエサルが破ったガリア人の指導者はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ウェルキンゲトリクス

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「カエサルは、アクティウムの海戦に勝って、初代ローマ皇帝になった。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    カエサルは前44年に暗殺されました。アクティウムの海戦(前31)に勝って皇帝になったのは、養子のオクタウィアヌス(アウグストゥス)です。

  2. カエサルがガリア遠征によって手に入れたものと、それがその後の政治に与えた影響を、80字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:ガリア遠征で強い軍隊と名声を得たカエサルは、元老院と対立してルビコン川をわたり、内戦に勝って、終身独裁官となり、共和政を終わりへ向かわせた。(77字)

    「軍と名声」「内戦に勝って独裁官」が入れば合格です。

「古代ローマ」の章の用語

この章の流れは古代ローマの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

← 前の語:三頭政治(世界史) | 次の語:アウグストゥス(世界史) →

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よくある質問

カエサルとはどんな人ですか?

カエサルとは、共和政ローマ末期の将軍・政治家です。ガリアを征服し、内戦に勝って終身独裁官になりましたが、前44年に暗殺されました。ユリウス暦を定めたことでも知られます。

カエサルは皇帝でしたか?

いいえ。カエサルは終身独裁官で、皇帝ではありません。初代ローマ皇帝は、カエサルの養子のオクタウィアヌス(アウグストゥス)です。

ガリア遠征とは何ですか?

前58〜前51年に、カエサルがガリア(今のフランスなど)を征服した戦いです。ライン川をこえ、ブリタンニアにも遠征しました。この記録が『ガリア戦記』です。

ルビコン川をわたるとはどういう意味ですか?

前49年に、カエサルが軍を率いてルビコン川をわたり、元老院との内戦を始めたことです。「もう後戻りできない決断をする」という意味のたとえにもなりました。

ユリウス暦とは何ですか?

カエサルが定めた、太陽の動きにもとづく暦です。1年を365日とし、4年に1度、閏日を入れます。前45年から使われ、1582年にグレゴリオ暦に修正されました。

カエサルはなぜ暗殺されたのですか?

終身独裁官になり、王のような力を持ったからです。共和政を守ろうとしたブルートゥスやカッシウスたちが、前44年3月15日に元老院で暗殺しました。

カエサルが書いた本は何ですか?

『ガリア戦記』と『内乱記』です。『ガリア戦記』はガリア遠征の記録、『内乱記』はポンペイウスとの内戦の記録です。

カエサルは英語で何といいますか?

Julius Caesar(ジュリアス・シーザー)です。ドイツ語のカイザー、ロシア語のツァーリは、カエサルの名前から来ていると説明されます。

カエサルは入試でどう出ますか?

共通テストでは、第1回三頭政治・ガリア遠征・ルビコン川・ユリウス暦が正誤問題で出ます。2次の論述では、共和政から帝政への流れの中で説明させる問題が出ます。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • カエサル『ガリア戦記』『内乱記』
  • スエトニウス『ローマ皇帝伝』(カエサルの項)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦