世界史用語集 › 第3章 古代ローマ
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パトリキとプレブスぱとりき
重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)
ひとことで言うと
パトリキとプレブスとは、古代ローマの貴族と平民です。共和政の初め、役職や神官は貴族が独占しましたが、平民は身分闘争によって、護民官・十二表法・リキニウス・セクスティウス法・ホルテンシウス法で権利を広げていきました。
| 読み方 | ぱとりき |
|---|---|
| 英語 | patricians and plebeians(ラテン語 patricii と plebs) |
| 時代 | 前5世紀〜前3世紀(身分闘争の時代) |
| 地域 | ローマ |
| 章 | 第3章 古代ローマ |
| パトリキ | 貴族。はじめは役職・神官を独占 |
| プレブス | 平民。市民の大多数。重装歩兵の主力 |
| 争いの名 | 身分闘争(前5〜前3世紀) |
| いっしょに覚える | 護民官・十二表法・リキニウス・セクスティウス法・ホルテンシウス法・ノビレス |
このページのポイント
- パトリキ=貴族、プレブス=平民(ローマ市民の大多数)。はじめ役職・法・神官は貴族が独占した。
- 平民は兵士の主力だったので、戦争への協力をこばんで権利を広げた。護民官 → 十二表法 → リキニウス・セクスティウス法 → ホルテンシウス法の順。
- 結果として、貴族と豊かな平民が「ノビレス」になり、貧しい平民との差が残って、のちの内乱につながった。
パトリキとプレブスをやさしく言うと
パトリキは古代ローマの貴族、プレブスは平民のことです。共和政ローマの初めのころ、政治の高い役職や神官は、貴族だけのものでした。平民は人数が多いのに、政治に参加できませんでした。この平民が権利を求めて貴族と争ったことが、共和政ローマの身分闘争です。
- パトリキ(貴族):ローマの昔からの名門。「パトレス」(父たち)の子孫という意味といわれます。大地主で、コンスルと元老院を独占しました。
- プレブス(平民):農民・職人・商人など、市民の大多数。はじめは役職につけませんでした。
「平民」といっても、今の「ふつうの人」とは少しちがいます。プレブスは、ローマの市民です。奴隷や、市民権を持たない外国人とは別です。
エンリケくん
平民のほうが人数が多いのに、どうして貴族が政治を独占できたんですか?
ロダン先生
最初は、貴族が法・宗教・軍の指揮をにぎっていたからなんだ。法が文字になっていないから、裁判も貴族が決められたし、神々の意志を占う権利も貴族だけのものだった。
エンリケくん
占いまで、貴族のものだったんですね!
身分闘争のくわしい流れ(原因・経過・結果)
① 原因:平民の不満
共和政の初期、平民には3つの大きな不満がありました。
- 政治に出られない:コンスルなどの役職は、貴族だけが就きました。
- 法が貴族の頭の中にある:法律が文字になっておらず(慣習法)、裁判は貴族が決めていました。
- 借金で奴隷になる:貧しい平民は貴族から借金をして、返せないと債務奴隷になりました。土地も貴族に集まりました。
ここで、同じ時代のギリシャを思い出しましょう。アテネでも貴族と平民が争い、ソロンの改革で借金で奴隷になることが禁止されました。身分の争いは、古代の都市国家に、よく見られる問題でした。
② 平民の力:戦争ではたよりになる兵士
ローマは、いつも周辺の国と戦っていました。そのとき、重い武具をつけた歩兵(重装歩兵と同じような兵士)の主力になったのが、平民です。平民が戦わなければ、国は守れません。平民は、この力を使って権利を求めました。
③ 経過:5つの段階
第1段階(前494年):護民官の設置。平民が、市から出ていって聖山(モンス=サケル)にたてこもったと伝えられます(聖山事件)。国の戦力が失われるので、貴族は譲歩し、平民を守る役人が置かれました。これが護民官の役目です。護民官は、貴族の役人のかってな行いに反対できました。
第2段階(前450年ごろ):十二表法。慣習法が文字にされ、広場に掲げられました。貴族だけが法を知っている状態を、やめさせたのです(十二表法)。
第3段階(前445年):カヌレイウス法。貴族と平民の結婚が認められました。それまでは、結婚が禁止されていたと伝えられます。
第4段階(前367年):リキニウス・セクスティウス法。コンスル2人のうち、1人は平民から選ぶことになりました。また、公有地を占有できる広さを制限しました(リキニウス・セクスティウス法)。このあと、最初の平民のコンスルが生まれます。神官職も、前300年ごろまでに平民に開かれました。
第5段階(前287年):ホルテンシウス法。平民会の決議が、貴族もふくめた国全体の法になりました(ホルテンシウス法)。これで、法の上の身分の差は、ほぼなくなったとされます。

ロダン先生
約200年もかけて、少しずつ権利を広げたんだ。武力で貴族をたおしたのではなく、話し合いと法で変えていったところが、ローマらしい特色だよ。
④ 結果:新しい支配層ノビレス
身分闘争のあと、ローマの政治は平民にも開かれました。ところが、実際に高い役職に就けたのは、お金のある平民の上の層だけでした。選挙には、お金が必要だったからです。そして、パトリキと豊かな平民が結びついて、新しい支配層「ノビレス(新貴族)」ができ、元老院の議席をほぼ独占しました。多くの貧しい平民は、これまでと同じく苦しいままでした。この不満が、のちのグラックス兄弟の改革につながります。
もう1つ大切な関係が、クリエンテス(保護民)です。ローマでは、貧しい人が有力者(パトロヌス)の世話になり、その代わりに、選挙で支持するなどの仕事をする、という関係がありました。有力者は、たくさんの保護民を従えることで、力を示しました。
身分闘争を図で整理する
前のセクションの図2・図3・図4を使って、流れを整理しておきましょう。「法のもとの平等」を求めて、少しずつ進んだこの争いは、原因(不満)→ 方法(協力をこばむ)→ 成果(5つの法)→ 結果(ノビレス)の順でとらえるとよいです。
整理:身分闘争のまとめ
当事者:パトリキ(貴族)とプレブス(平民)。期間:前5〜前3世紀(約200年)。成果:護民官(前494)→ 十二表法(前450ごろ)→ カヌレイウス法(前445)→ リキニウス・セクスティウス法(前367)→ ホルテンシウス法(前287)。結果:ノビレス(新貴族)が政治をにぎる。
ローマの年号の表記には、ローマ数字が使われます。たとえば、建国からの年を数えるときなどにも、ローマ数字が登場します。
パトリキとプレブスと関係する人物・用語
| 用語 | パトリキとプレブスとの関係 |
|---|---|
| 共和政ローマ | 身分闘争が起きた時代の政治 |
| 護民官(平民を守る役人) | 平民の代表。貴族の役人に拒否権を持つ |
| 十二表法 | 慣習法の成文化。貴族のかってな裁判を防ぐ |
| リキニウス・セクスティウス法 | コンスルの1人を平民から |
| ホルテンシウス法 | 平民会の決議が国法に。身分闘争の終わり |
| コンスル(執政官) | 当初は貴族だけ。のち平民も就ける |
| グラックス兄弟 | 身分闘争のあと残った、貧富の差の改革 |
サクラちゃん
アテネの貴族と平民の争いと、ローマの身分闘争は、似ていますか?
ロダン先生
どちらも、平民が兵士として力をつけたのが理由だよ。ちがうのは、アテネはみんなで直接決める民主政に進んだこと。ローマは、貴族と富裕な平民が元老院を中心に治めた。くわしくはアテネの民主政と見くらべてね。
パトリキとプレブスでまちがえやすい点
まちがえやすい点
- 「プレブス」を奴隷のことだと思う:プレブスはローマ市民。奴隷や、市民権のない人はふくまれない。
- 身分闘争を、平民が貴族をたおした革命と思う:長い年月をかけて、法で少しずつ権利を得た。武力革命ではない。
- ホルテンシウス法で、貧富の差もなくなったと思う:法の上の差が、ほぼなくなっただけ。実際は、ノビレスの支配が続いた。
- 護民官・十二表法・ホルテンシウス法の順番をまちがえる:護民官(前494)→ 十二表法(前450ごろ)→ リキニウス・セクスティウス法(前367)→ ホルテンシウス法(前287)。
- コンスルは最初から平民も就けたと思う:最初は貴族だけ。リキニウス・セクスティウス法で、1人は平民から選ぶことになった。
- パトリキとノビレスを同じにする:ノビレスは、パトリキと豊かな平民が合わさった新しい支配層。
入試ではこう出る
- 共通テスト:身分闘争の流れ(護民官 → 十二表法 → リキニウス・セクスティウス法 → ホルテンシウス法)の順番、各法の内容の組み合わせが、並べかえや正誤の形でよく問われます。
- 国公立の2次・論述:「なぜ貴族が平民の要求をみとめたか」(平民が兵士の主力だったため)、「身分闘争の結果、ローマの政治がどう変わったか」を説明させる問題が考えられます。
- 私大:パトリキ・プレブス・ノビレス・クリエンテスなどの語句。アテネのソロンの改革との比較や、後のグラックス兄弟とのつながりも問われます。
世界史の論述の書き方(私大・2次試験編)で、論述の型を確かめましょう。
ロダン先生の「これ知ってる?」
これ知ってる? 「プロレタリア」はローマから来たことば
貧しい人を表す「プロレタリア」は、ラテン語の proles(子孫・子ども)が元になっているんだ。財産がなく、国に差し出せるのは子ども(働き手)だけ、という意味だよ。ローマでは、貧しい市民をこう呼んだんだ。
これ知ってる? 「パトリキ」は今も英語の中に
英語の patrician(貴族の)も、patron(後援者)も、ラテン語の「パテル」(父)が元だよ。ローマの貴族は「父たち」の子孫、という意味だったんだね。
これ知ってる? 聖山の場所は、今のどこ?
聖山(モンス=サケル)は、ローマの北東の丘だと伝えられるよ。でも、この話は伝承で、本当はどんなことがあったか、くわしくは分かっていないんだ。カレーを食べながら歩いて、見に行ってみたいなあ。

ロダン先生
身分闘争は、「権利は、あきらめずに求めると広がる」という、歴史の大事な例なんだ。拍手!
練習問題
やさしい
- 古代ローマの貴族を何といい、平民を何というか。
答えと解説を見る
答え:貴族=パトリキ、平民=プレブス
- 共和政の初期、平民を守るために置かれた役人を何というか。
答えと解説を見る
答え:護民官
前494年の聖山事件のあとに置かれたと伝えられます。
ふつう
- 貴族と平民の政治上の権利をめぐる争いを何というか。また、その争いで平民が貴族に認めさせた力の源は何か。
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答え:身分闘争。平民が戦争の主力(重装歩兵)だったこと
平民の協力が必要だったので、貴族は譲りました。 - 前367年のリキニウス・セクスティウス法で、平民に認められた権利を答えよ。
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答え:コンスルの1人を平民から選べるようになった
公有地の占有を制限することも決められました。
むずかしい
- 正しいか誤りか答えよ。「ホルテンシウス法で法の上の身分の差がなくなったので、ローマの貧富の差も解消した。」
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答え:誤り
法の上の差はほぼなくなりましたが、豊かな平民と貴族がノビレスとして政治をにぎり、貧富の差は残りました。 - 身分闘争で平民が権利を広げられた理由を、「重装歩兵」ということばを使って60字ほどで説明せよ。
答えと解説を見る
答えの例:平民は重装歩兵として戦争の主力になっていたため、戦争への協力をこばむことで、貴族に権利を認めさせることができたから。(60字)
「平民が兵士の主力」「協力をこばむ」の2点が入れば合格です。
「古代ローマ」の章の用語
- 共和政ローマ(世界史) ★★★★★高校受験
- コンスルと元老院(世界史) ★★★★★
- 護民官(世界史) ★★★★★
- 十二表法(世界史) ★★★★★
- リキニウス・セクスティウス法(世界史) ★★★★★
- ホルテンシウス法(世界史) ★★★★★
- ポエニ戦争(世界史) ★★★★★
- ハンニバル(世界史) ★★★★★
- ラティフンディア(世界史) ★★★★★
- グラックス兄弟(世界史) ★★★★★
- スパルタクスの反乱(世界史) ★★★★★
- 三頭政治(世界史) ★★★★★
- カエサル(世界史) ★★★★★
- アウグストゥス(世界史) ★★★★★高校受験
- ローマの平和(世界史) ★★★★★
- 五賢帝(世界史) ★★★★★
- カラカラ帝とアントニヌス勅令(世界史) ★★★★★
- 軍人皇帝時代(世界史) ★★★★★
- ディオクレティアヌス帝(世界史) ★★★★★
- コンスタンティヌス帝(世界史) ★★★★★
- ミラノ勅令(世界史) ★★★★★
- ニケーア公会議(世界史) ★★★★★
- テオドシウス帝(世界史) ★★★★★高校受験
- コロナトゥス(世界史) ★★★★★
この章の流れは古代ローマの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。
← 前の語:共和政ローマ(世界史) | 次の語:コンスルと元老院(世界史) →
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よくある質問
パトリキとは何ですか?
パトリキとは、古代ローマの貴族です。ローマの昔からの名門で、はじめは高い役職や神官を独占し、元老院でも力を持ちました。「父たち」の子孫という意味だといわれます。
プレブスとは何ですか?
プレブスとは、古代ローマの平民です。農民・職人・商人など、ローマ市民の大多数を占めます。はじめは役職に就けませんでしたが、戦争では重装歩兵の主力でした。
パトリキとプレブスのちがいは何ですか?
パトリキは少数の名門の貴族で、はじめは役職・神官・法を独占しました。プレブスは市民の大多数の平民で、はじめは政治に参加できませんでした。どちらもローマ市民で、奴隷とはちがいます。
身分闘争とは何ですか?
前5〜前3世紀に、平民が政治上の権利を求めて、貴族と争ったことです。護民官の設置、十二表法、カヌレイウス法、リキニウス・セクスティウス法、ホルテンシウス法などで、平民の権利が広がりました。
身分闘争は、いつ、どのように終わりましたか?
前287年のホルテンシウス法で、平民会の決議が国全体の法になり、法の上での身分の差がほぼなくなったときに終わったとされます。
なぜ貴族は平民の要求をみとめたのですか?
平民が戦争の主力の兵士だったからです。平民が戦争への協力をこばんだり、聖山にたてこもったりすると国が成り立たなくなるため、貴族は少しずつ譲りました。
ノビレスとは何ですか?
パトリキと、豊かな平民の上の層が結びついてできた、新しい支配層(新貴族)です。身分闘争のあとも、高い役職や元老院をほぼ独占しました。
身分闘争の後も、平民の不満は残りましたか?
残りました。法の上の差はなくなっても、お金のある人だけが選挙で役職に就けたからです。のちの貧富の差の広がりが、グラックス兄弟の改革につながります。
パトリキとプレブスは英語で何といいますか?
パトリキは patricians、プレブスは plebeians です。英語の plebs(庶民)や patrician(貴族の)は、ここから来たことばです。
パトリキとプレブスは入試でどう出ますか?
共通テストでは、身分闘争で出た法の順番と内容の組み合わせが問われます。論述では、貴族が平民の要求をみとめた理由や、身分闘争の結果が出ることがあります。
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出典・参考
- 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
- リウィウス『ローマ建国史』(聖山事件などの伝承)
最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦


