リキニウス・セクスティウス法とは?世界史でわかりやすく|コンスルの1人は平民から・身分闘争【図解】

世界史用語集 › 第3章 古代ローマ

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リキニウス・セクスティウス法りきにうす

重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)

ひとことで言うと

リキニウス・セクスティウス法とは、前367年に成立したローマの法です。コンスルの1人を平民から選ぶこと、公有地の占有を500ユゲラまでに制限することを決めた、身分闘争の成果で、十二表法の次、ホルテンシウス法の前に位置づけられます。

読み方りきにうす
英語Licinian–Sextian laws(ラテン語 leges Liciniae Sextiae)
時代前367年(共和政ローマ、身分闘争の時代)
地域ローマ
章第3章 古代ローマ
日本語リキニウス・セクスティウス法
できた年前367年
内容コンスルの1人は平民から・公有地の占有は500ユゲラまで
いっしょに覚える身分闘争・十二表法・ホルテンシウス法・護民官・グラックス兄弟

このページのポイント

  • リキニウス・セクスティウス法=前367年。コンスルの1人を平民から選ぶ・公有地の占有は500ユゲラまで。
  • 身分闘争の順:護民官 → 十二表法 → リキニウス・セクスティウス法 → ホルテンシウス法。コンスルの座を平民に開いた法。
  • 土地の制限は守られなくなり、のちのグラックス兄弟が復活させようとした(失敗)。

リキニウス・セクスティウス法をやさしく言うと

リキニウス・セクスティウス法は、前367年に成立したとされる法で、コンスルの1人を平民から選ぶことを決めた、パトリキとプレブスの身分闘争の大きな成果です。名前は、この法を提案した2人の護民官(リキニウスとセクスティウス)にちなみます。

この法には、おもに3つの内容があったと伝えられます。

  • コンスルの1人は平民から:国の最高の役職が、平民にも開かれた。
  • 公有地の占有の制限:1人が占有できる国有地の広さを、500ユゲラまでにした。
  • 借金の負担の軽減:借金の返済を軽くする決まり(伝承)。
①コンスルの1人は平民から最高の役職が平民にも開かれる②公有地の占有を制限1人が持てるのは500ユゲラまで③借金の負担を軽くする利子を元金の返済に回す(伝承)
図1 リキニウス・セクスティウス法の3つの内容。

教科書では、ふつう、「コンスルの1人を平民から選ぶ」「公有地の占有を制限する」の2つが、この法の中心として登場します。身分闘争の4つめの成果として、共和政ローマの身分闘争の中で、順番とセットで覚える法です。

エンリケくん

エンリケくん

「公有地」って、何のことですか?

ロダン先生

ロダン先生

ローマが戦争に勝って手に入れた土地は、国のもの(公有地)になったんだ。でも、実際には、有力者がたくさん占有して、大きな農場にしてしまった。そこで「占有できる広さに上限を決めよう」としたのが、この法なんだよ。

エンリケくん

エンリケくん

国の土地を、お金持ちが独り占めしていたんですね!

リキニウス・セクスティウス法のくわしい流れ(原因・経過・結果)

① 原因:平民の不満が2つあった

前5世紀に、護民官や十二表法で、平民の権利は少しずつ広がりました。しかし、2つの不満が残っていました。

  • 最高の役職に就けない:コンスルは貴族だけ。平民は、政治の中心に入れませんでした。
  • 土地と借金の問題:ローマは戦争に勝つたびに、公有地を増やしていました。ところが、有力な貴族が公有地を広く占有し、平民の兵士は、小さな畑で借金に苦しんでいました。

この2つの不満に対して、護民官が出した法案が、リキニウス・セクスティウス法です。

② 経過:10年がかりの争い(伝承)

伝承では、護民官のリキニウス(ストロ)とセクスティウス(ラテラヌス)は、前376年から、10年にわたって護民官に再選されつづけ、法案を出しつづけたといわれます。貴族たちは、法案に反対し、同じ護民官の中にも、反対する者がいました。しかし、2人がねばり強く続けた結果、前367年に、ようやく法が成立したと伝えられます。年代や経過はこのように伝承が中心です。

前367年より前前367年より後 貴族貴族 貴族 平民 2人とも貴族だけ1人は平民から選ぶ 最高の役職が、平民にも開かれた
図4 コンスルの2人。この法のあとは、1人を平民から選ぶことになった。

③ 内容の説明

コンスルの1人を平民から選ぶ:これにより、最高の役職であるコンスルの座に、平民の道が開かれました。伝承では、翌年の前366年に、セクスティウス自身が最初の平民のコンスルになったとされます。やがて、独裁官・監察官・法務官などの高い役職や、神官職にも、平民が就けるようになりました(神官職は前300年ごろ)。

公有地の占有の制限:個人が占有できる公有地の広さは、500ユゲラまで(約125ヘクタール)とされました。「ユゲラ」は、ローマの土地の広さの単位です。この制限で、特定の有力者が、国の土地を独占しすぎないようにしたのです。500という数字は、ローマ数字では「D」と書きます。

戦争で得た公有地(国の土地) 前:有力者がどんどん占有 大きな農場(貴族) 後:500ユゲラまでに 上限 小さな畑の人にも 500ユゲラ = 約125ヘクタール(1ユゲラ ≒ 0.25ヘクタール、1ha = 100m×100m) 土地を失った市民が増えるのを防ぎたかった (のちのグラックス兄弟が復活させようとした)
図2 公有地の占有の制限。有力者が国の土地を独占しないようにした。

借金の軽減:すでに払った利子の分を、元金の返済に回すという決まりがあったと、歴史家のリウィウスが伝えています。ただし、教科書ではあまり重視されません。

④ 結果:ノビレスの誕生と、土地問題の残り

この法のあと、平民出身の人も、コンスルになるようになりました。しかし、実際に高い役職に就けたのは、お金のある平民の上の層でした。貴族と豊かな平民が結びついて、新しい支配層「ノビレス」ができます(くわしくはパトリキとプレブスの「ノビレス」の項へ)。

土地の制限は、実際には守られなくなっていきました。戦争で広がった領土を、有力者が占有しつづけたのです。そして、大きな農場(ラティフンディア)が広がり、土地を失った市民が増えました。前133年、グラックス兄弟のティベリウスは、この「500ユゲラまで」という昔の決まりを、もう一度実行しようとして、改革を始めました。しかし、元老院の反対にあい、失敗します。

年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

この法は、前367年。そのあと前287年のホルテンシウス法で、身分闘争は一段落する。「367→287」の80年間で、平民はぐんと力をつけたんだ。

身分闘争の流れの中で見る

前494護民官ができる前450ごろ十二表法前445カヌレイウス法(通婚)前367リキニウス・セクスティウス法前366最初の平民のコンスル(伝承)前300ごろ神官職も平民に開かれる前287ホルテンシウス法前133グラックスが土地の上限を復活
図3 身分闘争の中のリキニウス・セクスティウス法。前367年が、平民のコンスルへの道を開いた。

身分闘争の主な4つの成果は、護民官 → 十二表法 → リキニウス・セクスティウス法 → ホルテンシウス法の順です。このうち、リキニウス・セクスティウス法は、平民が政治の「いちばん上」に近づいた点が重要です。

整理:リキニウス・セクスティウス法のポイント

いつ:前367年。だれが:護民官のリキニウスとセクスティウス(伝承)。内容:コンスルの1人を平民から選ぶ/公有地の占有を500ユゲラまでに制限。前後:十二表法(前450年ごろ)の次、ホルテンシウス法(前287年)の前。のち:土地の制限は、グラックス兄弟が復活させようとした。

古代ローマの「D」(500)などの数字は、ローマ数字の一覧表と書き方で確かめられます。

リキニウス・セクスティウス法と関係する人物・用語

用語リキニウス・セクスティウス法との関係
パトリキとプレブス身分闘争の当事者。この法でコンスルに道が開く
コンスルと元老院最高の役職。1人は平民から選ぶことに
護民官(平民を守る役人)この法を提案したのは2人の護民官
十二表法1つ前の成果(前450年ごろ)
ホルテンシウス法次の成果(前287年)。身分闘争が終わる
ラティフンディア土地の制限が守られず、大農場が広がった
グラックス兄弟土地の制限を復活させようとした
サクラちゃん

サクラちゃん

平民のコンスルが生まれても、貧しい平民は楽になりましたか?

合格先生

合格先生

いい質問ね。実際は、お金のある平民の上の層だけが、役職に就けたの。貧しい平民の暮らしは、あまり変わらなかった。だから、のちに土地の問題がまた大きくなって、グラックス兄弟の改革につながるのよ。

リキニウス・セクスティウス法でまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. 十二表法やホルテンシウス法と取りちがえる:コンスルの1人を平民から=リキニウス・セクスティウス法。平民会の決議が国法に=ホルテンシウス法。法を成文化=十二表法。
  2. 「コンスルが2人とも平民になった」と思う:決まったのは「コンスルの1人は平民から選ぶ」こと。
  3. 公有地の占有制限を「土地の没収」と思う:国の土地(公有地)を占有できる上限を決めたもの。個人の私有地を取り上げる法ではない。
  4. 年号を前287年とまちがえる:この法は前367年。前287年はホルテンシウス法。
  5. 「500ユゲラ」と「500人」を混ぜる:500ユゲラは土地の広さ(約125ヘクタール)。人数ではない。
  6. 平民の生活がすぐ楽になったと思う:実際は、豊かな平民が貴族と結びつき、土地問題は長く残った。

入試ではこう出る

  • 共通テスト:「コンスルの1人を平民から選ぶ」という内容と、法の名前の組み合わせ、身分闘争の法の順番が、文の正誤や並べかえでよく問われます。
  • 国公立の2次・論述:身分闘争の結果を、護民官・十二表法・この法・ホルテンシウス法をつなげて説明させる問題が考えられます。土地問題とグラックス兄弟の改革との関係を問う形もあります。
  • 私大:この法の名前を答える問題、公有地・ユゲラなどの語句、グラックス兄弟が復活させようとした法として問う問題。

論述の書き方は世界史の論述の書き方(私大・2次試験編)を見てください。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 法の名前は、提案した人の名前

ローマの法の名前には、提案した人の名前がつくことが多いんだ。「リキニウス」と「セクスティウス」は、提案した2人の護民官の名前。ほかにも「ホルテンシウス法」は、独裁官ホルテンシウスの名前。ローマ人にとって法は、名前をつけて残す、ほこらしいものだったんだね。

ロダン先生

これ知ってる? 「ユゲラ」は「くびきでつないだ牛が1日で耕せる広さ」

ユゲラは、「くびき(牛につける道具)」を意味するラテン語から来ているんだ。2頭の牛が1日に耕せる広さが、1ユゲラだと説明されているよ。農業の国ローマらしい単位だね。

ロダン先生

これ知ってる? 「ノビレス」は「名の知れた人」

ノビレスは、ラテン語の nobilis(名の知れた、有名な)が元になっているんだ。英語の noble(貴族の、高貴な)も、同じことばだよ。この法のあと、名前の知られた家柄の人たちが、新しい支配層になったんだね。ちなみに僕は、石像だから名前が知られているのかな。

手をかざして遠くを見るロダン先生

ロダン先生

身分闘争は、1回の戦いで決まったんじゃない。約200年かけて、少しずつ平民の権利が広がったんだ。その1つが、この法なんだよ。

練習問題

やさしい

  1. 前367年に、コンスルの1人を平民から選ぶことを決めた法を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:リキニウス・セクスティウス法

  2. この法で、1人が占有できる公有地の広さは、何ユゲラまでと決められたか。
    答えと解説を見る

    答え:500ユゲラ(約125ヘクタール)

ふつう

  1. リキニウス・セクスティウス法が決めた内容として正しいものを、次から1つ選べ。
    ア 平民会の決議が国全体の法になる イ コンスルの1人を平民から選ぶ ウ 慣習法を文字にする
    答えと解説を見る

    答え:イ
    アはホルテンシウス法、ウは十二表法です。

  2. 次の3つの法を、古い順に並べよ。ア ホルテンシウス法 イ 十二表法 ウ リキニウス・セクスティウス法
    答えと解説を見る

    答え:イ → ウ → ア
    十二表法(前450年ごろ)→ リキニウス・セクスティウス法(前367年)→ ホルテンシウス法(前287年)。

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「リキニウス・セクスティウス法で、身分闘争はすべて終わった。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    この法のあとも、前287年のホルテンシウス法まで身分闘争は続きました。身分闘争が終わったのは、ホルテンシウス法のときとされます。

  2. リキニウス・セクスティウス法の公有地の制限は、のちにどのように使われたか。「グラックス」のことばを使って60字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:前133年、護民官のティベリウス=グラックスが、有力者の大土地所有をおさえるため、この法の上限(500ユゲラ)を復活させようとしたが、反対にあい失敗した。(71字)

    「グラックスが復活を試みた」「失敗した」が入れば合格です。

「古代ローマ」の章の用語

この章の流れは古代ローマの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

リキニウス・セクスティウス法とは何ですか?

リキニウス・セクスティウス法とは、前367年に成立したとされるローマの法です。コンスルの1人を平民から選ぶことと、公有地を占有できる広さを制限することを決めました。

リキニウス・セクスティウス法は、いつ、だれが提案しましたか?

前367年に成立したとされます。2人の護民官、リキニウス(ストロ)とセクスティウス(ラテラヌス)が、10年がかりで提案しつづけたと伝えられますが、年代や経過は伝承が中心です。

リキニウス・セクスティウス法の内容は何ですか?

中心は2つです。コンスルの1人を平民から選ぶこと、1人が占有できる公有地を500ユゲラまでに制限することです。借金の負担を軽くする決まりもあったと伝えられます。

公有地の占有制限とは何ですか?

戦争で得た国の土地(公有地)を、有力者が広く占有して独占するのを防ぐために、占有できる広さの上限を500ユゲラ(約125ヘクタール)にしたことです。

リキニウス・セクスティウス法は、なぜ重要なのですか?

平民が、国の最高の役職であるコンスルに就く道が開かれたからです。身分闘争で、平民が政治の中心に近づいた大きな成果とされます。

十二表法やホルテンシウス法とのちがいは何ですか?

十二表法は慣習法を成文化した法(前450年ごろ)、リキニウス・セクスティウス法はコンスルの1人を平民から選ぶ法(前367年)、ホルテンシウス法は平民会の決議を国法にした法(前287年)です。

この法のあと、土地の問題はどうなりましたか?

土地の制限は、実際にはあまり守られず、有力者が公有地を占有しつづけました。前133年に、グラックス兄弟のティベリウスが、この制限を復活させようとして改革を行いましたが、失敗しました。

この法で、平民の生活は楽になりましたか?

すぐには楽になりませんでした。高い役職に就けたのは豊かな平民の上の層で、貴族と結びついて新しい支配層(ノビレス)になりました。貧しい平民の問題は、のちの内乱の原因となりました。

リキニウス・セクスティウス法は英語で何といいますか?

Licinian–Sextian laws(または Licinio-Sextian rogations)と呼ばれます。ラテン語では leges Liciniae Sextiae です。

リキニウス・セクスティウス法は入試でどう出ますか?

共通テストでは、「コンスルの1人を平民から選ぶ」という内容と、身分闘争の法の順番が問われます。論述では、身分闘争の結果や、グラックス兄弟の改革との関係を説明させる問題が考えられます。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • リウィウス『ローマ建国史』(法の内容と経過の伝承)

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦