世界史用語集 › 第3章 古代ローマ
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コロナトゥスころなとぅす
重要度 ★★★★★ (★は合格大作戦の目安)
ひとことで言うと
コロナトゥス(コロヌス制)とは、古代ローマ末期(3〜4世紀)に広がった、小作人(コロヌス)を土地に結びつける制度です。コロヌスは法的には自由人でしたが、土地を離れられませんでした。中世の荘園・農奴制の源流の1つと考えられています。
| 読み方 | ころなとぅす |
|---|---|
| 英語 | colonatus / colonus(pl. coloni) |
| 時代 | 3〜4世紀(古代末のローマ帝国) |
| 地域 | ローマ |
| 章 | 第3章 古代ローマ |
| コロヌス | 小作人。法的には自由人だが土地から離れられない |
| 広がった時代 | 3〜4世紀(332年にコンスタンティヌスが逃亡禁止の法) |
| 原因 | 奴隷の減少・3世紀の危機・税をとるため |
| いっしょに覚える | ラティフンディア・ヴィラ・荘園・農奴制 |
このページのポイント
- コロヌスは小作人。法的には自由人だが、土地に結びつけられて勝手に離れられない(奴隷と農奴の中間のような身分)。
- 奴隷の減少、3世紀の危機、税をとるための国の都合で広がり、332年にコンスタンティヌスが逃亡禁止の法を出した。
- 奴隷を使うラティフンディア(前2世紀〜)の次の形。中世の荘園・農奴制の源流の1つ。
コロナトゥスをやさしく言うと
コロナトゥス(コロヌス制)は、古代ローマの終わりごろ(3〜4世紀)に広がった、小作人を土地に結びつける制度です。この小作人のことをコロヌス(複数形はコロニ)といいます。コロヌスは、法的には自由人ですが、勝手にその土地を離れることはできませんでした。
たとえるなら、アルバイト先のお店にしばられて、勝手にやめられなくなるようなものです。奴隷ではないけれど、完全に自由でもない、中間の身分でした。
エンリケくん
奴隷とコロヌスは、どこがちがうんですか?
ロダン先生
いい質問だね。奴隷は「持ち物」だから人そのものが売り買いされる。コロヌスは法的には自由人だけれど、土地に結びつけられて動けない。そこがちがうんだ。
覚えるときは、次の3点セットにすると使いやすくなります。
- だれが:コロヌス(小作人)。法的には自由人。
- どうされた:土地に結びつけられ、勝手に離れられなくなった。
- なぜ:奴隷が減ったこと、3世紀の危機、税をとりたい国の都合。
この制度は、古代ローマ(奴隷の時代)と、中世ヨーロッパ(農奴の時代)をつなぐ、橋のような存在です。
コロナトゥスのくわしい流れ(原因・経過・結果)
① 背景:ラティフンディアは奴隷で動いていた
共和政ローマの後半、戦争で征服した土地に、ラティフンディア(奴隷制の大土地経営)が広がりました。大土地所有者が、戦争の捕虜などの奴隷を使って、広い農地を耕させたのです。そのため、土地を失う小農が増え、グラックス兄弟の改革のような土地改革の動きや、スパルタクスの反乱のような奴隷の反乱も起きました。
② 1〜2世紀:奴隷が手に入りにくくなる
帝政になり、ローマの平和(パクス=ロマーナ)で戦争が少なくなると、新しい奴隷が手に入りにくくなりました。奴隷の値段が上がったともいわれます。そこで大土地所有者は、土地を小作人(コロヌス)に貸して、小作料をとるやり方を増やしていきました。ここまでは、まだ自由な契約でした。
③ 3世紀:危機のなかで、土地に結びつく
3世紀の軍人皇帝時代(3世紀の危機)には、戦乱や物価高で、町や小農が苦しくなりました。土地を失った人や、税が払えない小農は、力のある大土地所有者の保護にたより、その土地の小作人になりました。大土地所有者は、自分の屋敷(ヴィラ)で、自給自足に近い暮らしをするようになります。
④ 4世紀:国が土地から離さなくなった
国にとって、税が大事でした。ディオクレティアヌス帝は、人と土地を調べて税をとるしくみを整えます。小作人が逃げると、税がとれなくなるため、国はコロヌスを土地に結びつけるようになりました。コンスタンティヌス帝は、332年に、逃げたコロヌスをつれもどすことなどを定める法を出しています。その後の法で、コロヌスの身分は子どもにも受けつがれ、土地といっしょにあつかわれるようになっていきました。
⑤ 結果:中世の荘園・農奴制につながる
西ローマ帝国がほろんだ後も、大きな屋敷と、そこに結びつけられた農民という形は、残りました。これは、中世ヨーロッパの荘園と農奴制の源流の1つと考えられています。ただし、ローマのコロヌスと中世の農奴は、そのまま同じものではなく、ゲルマン人の社会のしくみなども混ざって、中世の制度ができたとされます。
⑥ コロヌスの暮らし
コロヌスの多くは、小さな畑で麦・ぶどう・オリーブなどを育て、収穫物の一部やお金を、小作料として地主に納めました。逃げ出せない代わりに、地主が外の力から守ってくれる面もありました。国にとっては、税が確実にとれて、畑が荒れず、兵士になる若者も確保できる、都合のよい制度でした。一方、コロヌスにとっては、自分の暮らしの自由を少しずつ失っていく、苦しい変化でもありました。
図で見るコロナトゥス

ロダン先生
「奴隷 → コロヌス → 農奴」。働く人の身分が、古代から中世へゆっくり変わっていく流れが見えてくるよ。
整理:コロナトゥス
何:小作人(コロヌス)を土地に結びつける制度。いつ:3〜4世紀に広がる。なぜ:奴隷が減ったこと・3世紀の危機・税をとるため。どうなった:中世の荘園・農奴制の源流の1つ。
コロナトゥスと関係する人物・用語
| 用語 | コロナトゥスとの関係 |
|---|---|
| ラティフンディア(大土地経営) | 奴隷が働く大農場。コロナトゥスの前の形 |
| グラックス兄弟の改革 | 土地を失った小農を救おうとした |
| 軍人皇帝時代 | 町や小農がおとろえ、屋敷で暮らす人が増えた |
| ディオクレティアヌス帝 | 税のしくみ。人と土地を結びつける |
| コンスタンティヌス帝 | 332年に逃亡を禁じる法 |
| テオドシウス帝 | 4世紀末。帝国は東西に分かれる |
古代ローマの数字は、ローマ数字一覧表(1〜3000)と書き方の法則で復習できます。
サクラちゃん
コロナトゥスの「コロ」って、植民市の「コロニー」と似ていますね。
ロダン先生
鋭い! どちらもラテン語の「耕す」(colere)から来ているんだ。コロヌスは「耕す人」、コロニー(colony)は「耕すために移り住んだ土地」。ことばのつながりを知ると、世界史がもっと面白くなるよ。
コロナトゥスでまちがえやすい点
まちがえやすい点
- コロヌスを奴隷と同じと思う:コロヌスは法的には自由人。ただし土地から勝手に離れられない。
- コロナトゥスをラティフンディアと同じと思う:ラティフンディアは奴隷を使う大農場(前2世紀〜)。コロナトゥスは小作人を土地に結びつける制度(3〜4世紀)。
- コロナトゥスを中世の農奴制そのものと思う:農奴制の源流の1つではあるが、同じではない。
- コロヌスを固定したのはコンスタンティヌス1人と思う:ディオクレティアヌスの税のしくみや、その後の法もあわさって進んだ。
- ラティフンディアとコロナトゥスの順番をまちがえる:ラティフンディア(前2世紀〜)→ コロナトゥス(3〜4世紀)。
コロナトゥスは入試ではこう出る
- 共通テスト:コロヌスの説明(自由人だが土地に結びつけられる)、ラティフンディアとの比較、3世紀以降の社会の変化が、文の正誤で問われます。
- 国公立の2次・論述:「奴隷制の大土地経営から、コロナトゥスへ」「古代から中世への農村の変化」などをまとめさせる問題が考えられます。奴隷が減ったこと・危機・税の3つをからめて書きましょう。
- 私大:コロヌス、コロナトゥス、ヴィラ(大所領)、荘園・農奴制との関係など。
勉強の進め方は世界史の勉強法【基礎編】(教科書・一問一答・用語集の使い方)と世界史の論述の書き方(私大・2次試験編)を見てください。
ロダン先生の「これ知ってる?」
これ知ってる? 「コロヌス」は「コロニー」の親せき
ラテン語の「colere(耕す)」から、コロヌス(耕す人)や、コロニア(移住して耕す土地)ということばが生まれた。英語の colony(植民地)や、cultivate(耕す)、culture(文化=心を耕すこと)も、同じ仲間のことばなんだ。
これ知ってる? ローマの屋敷は、小さな村のようだった
大土地所有者のヴィラ(屋敷)には、農地のほか、工房や倉庫、浴場まであったといわれる。町がおとろえると、人々は自給自足できるこうした屋敷にたよって暮らすようになった。のちの中世の荘園のすがたを思わせるんだ。
これ知ってる? 税が人を土地に結びつけた
国が人を土地に結びつけたのは、税をきちんと集めるためだった。身分制度の背景に、お金の事情があったというのは、ちょっと切ない話だよね。歴史の制度には、たいてい「税」と「軍隊」が関わっているんだ。

ロダン先生
奴隷、コロヌス、農奴。自由のあり方の変化を追うと、古代から中世への流れがつかめるんだ。
練習問題
やさしい
- 古代ローマの終わりごろに広がった、土地に結びつけられた小作人を何というか。
答えと解説を見る
答え:コロヌス
この制度を、コロナトゥス(コロヌス制)といいます。 - コロヌスは、法的にはどんな身分だったか。
答えと解説を見る
答え:自由人
ただし、勝手に土地を離れることはできませんでした。
ふつう
- 奴隷を使った大土地経営を何というか。
答えと解説を見る
答え:ラティフンディア
前2世紀ごろから広がりました。 - コロヌスの逃亡を禁じる法を332年に出した皇帝はだれか。
答えと解説を見る
答え:コンスタンティヌス帝
むずかしい
- 正しいか誤りか答えよ。「コロヌスは奴隷であり、人そのものが売り買いされた。」
答えと解説を見る
答え:誤り
コロヌスは法的には自由人です。土地に結びつけられ、土地といっしょにあつかわれました。 - コロナトゥスが広がった理由を、2つ以上あげて60字ほどで説明せよ。
答えと解説を見る
答えの例:戦争がへって奴隷が手に入りにくくなり、3世紀の危機で小農が有力者にたよるようになり、国も税のために小作人を土地に結びつけたから。
「奴隷の減少」「3世紀の危機」「税」のうち、2つ以上入れば合格です。
「古代ローマ」の章の用語
- 共和政ローマ(世界史) ★★★★★高校受験
- パトリキとプレブス(世界史) ★★★★★
- コンスルと元老院(世界史) ★★★★★
- 護民官(世界史) ★★★★★
- 十二表法(世界史) ★★★★★
- リキニウス・セクスティウス法(世界史) ★★★★★
- ホルテンシウス法(世界史) ★★★★★
- ポエニ戦争(世界史) ★★★★★
- ハンニバル(世界史) ★★★★★
- ラティフンディア(世界史) ★★★★★
- グラックス兄弟(世界史) ★★★★★
- スパルタクスの反乱(世界史) ★★★★★
- 三頭政治(世界史) ★★★★★
- カエサル(世界史) ★★★★★
- アウグストゥス(世界史) ★★★★★高校受験
- ローマの平和(世界史) ★★★★★
- 五賢帝(世界史) ★★★★★
- カラカラ帝とアントニヌス勅令(世界史) ★★★★★
- 軍人皇帝時代(世界史) ★★★★★
- ディオクレティアヌス帝(世界史) ★★★★★
- コンスタンティヌス帝(世界史) ★★★★★
- ミラノ勅令(世界史) ★★★★★
- ニケーア公会議(世界史) ★★★★★
- テオドシウス帝(世界史) ★★★★★高校受験
この章の流れは古代ローマの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。
← 前の語:テオドシウス帝(世界史)
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古代ローマの数字
よくある質問
コロナトゥスとは何ですか?
古代ローマ末期(3〜4世紀)に広がった、小作人(コロヌス)を土地に結びつける制度です。コロヌスは法的には自由人でしたが、勝手に土地を離れることはできませんでした。
コロヌスとは何ですか?
大土地所有者の土地を借りて耕した小作人です。ラテン語で「耕す人」という意味で、複数形はコロニです。のちに土地に結びつけられ、身分も子どもに受けつがれました。
コロヌスと奴隷のちがいは何ですか?
奴隷は人が持ち物として売り買いされますが、コロヌスは法的には自由人です。ただし土地に結びつけられ、勝手に離れられず、土地といっしょにあつかわれました。
コロナトゥスとラティフンディアのちがいは何ですか?
ラティフンディアは、奴隷を使う大農場(前2世紀〜)。コロナトゥスは、小作人を土地に結びつけて耕させる制度(3〜4世紀)です。奴隷が減ってきたことで、コロナトゥスが広がりました。
コロナトゥスはなぜ広がったのですか?
戦争が減って奴隷が手に入りにくくなったこと、3世紀の危機で小農が有力者にたよるようになったこと、国が税をとるために人を土地に固定したことが重なったためです。
コロナトゥスと農奴制の関係は?
ローマのコロヌスは、中世ヨーロッパの荘園・農奴制の源流の1つと考えられています。ただし同じものではなく、ゲルマン人の社会のしくみなども混ざって中世の制度ができたとされます。
332年のコンスタンティヌスの法とは何ですか?
逃げたコロヌスをつれもどすことなどを定めた法です。国が税を確実にとるために、小作人を土地に結びつける方向を強めたものです。
コロナトゥスはいつ始まりましたか?
1〜2世紀に小作人が増え始め、3世紀の危機を経て、4世紀に土地への結びつけが強まりました。はっきりした始まりの年は決めにくく、ゆっくり進んだ変化です。
コロヌスの英語は何ですか?
colonus(複数形 coloni)で、制度は colonate(コロナート)といいます。colony(植民地)や cultivate(耕す)は、同じ語源のことばです。
コロナトゥスは入試でどう出ますか?
共通テストでは、コロヌスの説明(自由人だが土地に結びつく)や、ラティフンディアとの比較が正誤問題で出ます。論述では、古代から中世への農村の変化の説明が考えられます。
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出典・参考
- 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦


