ソクラテスとは?世界史でわかりやすく|無知の知・問答法・ソフィスト・裁判【図解】

世界史用語集 › 第2章 古代ギリシャとヘレニズム

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ソクラテスそくらてす

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ひとことで言うと

ソクラテスとは、古代ギリシャのアテネの哲学者です。「無知の知」と問答法で知られ、ソフィストの相対主義に反対しました。本は書かず、前399年に裁判で死刑になり、弟子のプラトンが教えを伝えました。

読み方そくらてす
英語Socrates(ソクラテス)
時代前470年ごろ〜前399年(ペロポネソス戦争のころのアテネ)
地域ギリシャ
章第2章 古代ギリシャとヘレニズム
人物アテネの哲学者。本は書かなかった
考え無知の知・問答法・善く生きる
最期前399年、裁判で死刑(毒杯)
いっしょに覚えるソフィスト・プロタゴラス・プラトン・アリストテレス

このページのポイント

  • ソクラテス=無知の知=問答法。自分は知らないと知っているから、質問して考え続ける。
  • ソフィスト(プロタゴラスなど、相対主義)に反対し、だれにでも通じる真理を求めた。
  • 本は書かず、前399年に裁判で死刑。ソクラテス → プラトン → アリストテレスと師弟がつながる。

ソクラテスをやさしく言うと

ソクラテスは、古代ギリシャのアテネの哲学者です。「無知の知」(自分が知らないことを知っている)と、相手に質問をくり返して考えさせる問答法で知られます。本は書かず、最後は裁判で死刑になりました。

ここで「哲学」ということばを説明します。哲学とは、「世界のはじまりは何か」「善いこととは何か」など、ものごとの根本を、神話ではなくことば(理性)で考える学問です。小アジアの最初の哲学者といわれるタレスらは、自然のなりたちを考えました。ソクラテスは、それを人間の生き方に向けた人です。

2つの大きな特色を、まず覚えましょう。

  • 無知の知:「私は知らない、ということを知っている」。知ったかぶりをしない。
  • 問答法:相手に質問して、考えをはっきりさせていく。ソクラテスは、相手が自分で真理を生み出すのを手伝う「助産婦」のようだと言った、と伝えられます(産婆術ともいいます)。
知っているつもりの人 「私は何でも知っている」 本当は知らないのに、知らないことに気づかない × 気づけない ソクラテス 「私は知らない」 知らないという事実を、自分で分かっている ○ 気づいている これが「無知の知」
図2 無知の知。知らないことに気づいている人のほうが賢い、という考え。
エンリケくん

エンリケくん

「知らない」と言う人が、どうして賢いんですか?

ロダン先生

ロダン先生

知ったつもりの人は、そこで考えるのをやめてしまうんだ。「知らない」と気づいた人は、そこから調べ始める。だから賢いと言ったんだよ。

エンリケくん

エンリケくん

なるほど! 「分からない」はスタート地点なんですね。

ソクラテスのくわしい流れ(時代・考え・裁判)

① 時代:民主政が元気だが、ゆらぎ始めたアテネ

ソクラテスは、前470年ごろ(前469年とも)アテネで生まれたと伝えられます。石を彫る職人の子だったとされます。生まれたころのアテネは、ペルシア戦争に勝ったあとで、ペリクレスのもとでアテネの民主政が栄えていきました。ソクラテスも重装歩兵として戦いに出たと伝えられています。

ところが、ペロポネソス戦争(前431〜前404年)でアテネは苦しくなります。民会が感情で動いて、判断をあやまる、「衆愚政治」と呼ばれる状態になったともいわれます。人々は「正しいとは何か」「だれの言うことを信じるか」を考えなおす必要がありました。

② ソフィストとのちがい

このころアテネには、ソフィストと呼ばれる職業教師たちがいました。弁論(話術)を教えて、授業料をとります。民主政では、民会でうまく話せる人が力を持つので、人気がありました。代表が、「人間は万物の尺度である」で有名なプロタゴラスです。「善い・悪い」は人によって、国によってちがうという考え(相対主義)です。

ソクラテスは、これに反対しました。ほんとうの善さや正しさには、だれにでも通じる答えがあるはずだ、と考えたのです。町の広場(アクロポリスとアゴラ)で人々に質問して歩き、政治家や詩人や職人に「正義とは何か」「勇気とは何か」とたずねました。相手が答えると、さらに質問を重ねて、答えが実は成り立たないことを気づかせました。

ソフィストソクラテス 考え真理は人それぞれ(相対主義)だれにでも通じる真理がある目的弁論で相手に勝つ魂をよくして善く生きるお金授業料をとって教えた教えて金はとらなかった代表プロタゴラスなどソクラテス
図1 ソフィストとソクラテスのちがい。

③ デルフォイの神託と無知の知

弟子の1人が、デルフォイの神殿で「ソクラテスより賢い者はいるか」と神託をたずねたところ、「いない」と答えがあった、と伝えられています(プラトン『ソクラテスの弁明』)。ソクラテスは、自分は何も知らないのにおかしい、と思いました。そこで、賢いと言われる人々に会って回ります。すると、みんな知っているつもりなのに、実は知らないことが分かりました。「自分は知らないと知っている。その分だけ、私は少し賢いのかもしれない」。これが無知の知です。

ソクラテスは、お金や名誉より、魂(心)をよくすることを大切にしました。ただ生きるのではなく「善く生きる」ことが大事だ、という考えです。

④ 裁判と死

ソクラテスに問いつめられた人々は、はずかしい思いをして、怒りました。ペロポネソス戦争に負けたあとの混乱で、政治への不安が高まっていた前399年、ソクラテスは訴えられます。罪は、「国の神々を信じず、新しい神を持ちこんだ」ことと、「青年を悪い方向に導いた」ことでした。市民の陪審員による裁判で有罪になり、死刑が決まります。

友人は逃げるようにすすめましたが、ソクラテスは国の法に従って、毒(ドクニンジンとされる)を飲んで亡くなりました。この場面は、弟子のプラトンの『パイドン』『クリトン』に書かれています。有名な「悪法も法なり」は、ソクラテスが実際に言ったとは確かめられていません。後の時代に広まった言い方です。

腕を組んで考えるロダン先生

ロダン先生

ソクラテスは本を1冊も書いていないんだ。だから、私たちが知っているソクラテスは、弟子のプラトンなどが書いた姿なんだよ。

年表と師弟のつながりで見る

前470ごろアテネでソクラテス生まれる前431ペロポネソス戦争が始まる前427プラトン生まれる前404アテネが敗れ、三十人政権前403民主政が戻る前399ソクラテスが裁判で死刑前387ごろプラトンがアカデメイアを開く
図3 ソクラテスの時代。戦争で苦しくなったアテネで、前399年に裁判と死刑があった。

ソクラテスの教えは、弟子のプラトンに受けつがれ、さらにアリストテレスへ進みました。この3人が、古代ギリシャ哲学の中心です。

ソクラテス前470ごろ〜前399プラトン前427〜前347アリストテレス前384〜前322アレクサンドロス前356〜前323 矢印は「教えた」の向き(先生から弟子へ)
図4 ソクラテス → プラトン → アリストテレス → アレクサンドロス。

整理:ソクラテスの要点

人物:アテネの哲学者。本は書かない。考え:無知の知・問答法・善く生きる。相手:ソフィスト(相対主義)に反対。最後:前399年、裁判で死刑。弟子:プラトン(のちにアリストテレスへ)。

サクラちゃん

サクラちゃん

ソクラテスは、なぜ逃げなかったんですか?

ロダン先生

ロダン先生

国の法に従って生きてきた自分が、死ぬのがこわいからと法をやぶるのは、おかしい。そう考えたと伝えられるんだ。「善く生きる」ことをいちばん大切にした人らしいよね。

サクラちゃん

サクラちゃん

強い人だったんですね…。

ソクラテスと関係する人物・用語

用語ソクラテスとの関係
プラトンのイデア論弟子。師の姿を『弁明』などに書いた
アリストテレスの学問プラトンの弟子。「孫弟子」にあたる
アテネの民主政ソクラテスを裁判にかけた政治のしくみ
ペロポネソス戦争戦争の敗北が、裁判の背景にある
ペリクレスの民主政ソクラテスの青年期のアテネ
ヘロドトスとトゥキディデスほぼ同じ時代の歴史家

数学者のつながりも見ておきましょう。タレス(数学者データベース)は、ソクラテスより150年以上前の最初の哲学者です。ピタゴラス(数学者データベース)も、哲学者・教団の指導者でした。ギリシャでは、哲学と数学は近いものでした。

ソクラテスでまちがえやすい点

まちがえやすい点

  1. ソクラテスが本を書いたと思う:ソクラテスは書かなかった。プラトンやクセノフォン(ソクラテスの弟子の1人)などが書いた。
  2. ソフィストとソクラテスを同じにする:ソフィストは相対主義、ソクラテスは普遍的な真理を求めた。代表:プロタゴラスとソクラテスを分けて覚える。
  3. 「無知の知」を「何も勉強しなくてよい」と考える:逆で、知らないと気づいて考え続けることが大事、という意味。
  4. 「悪法も法なり」をソクラテスの確かな言葉とする:実際に言ったかは確認できない。
  5. ソクラテスがペルシア戦争を戦ったと思う:生まれたのはペルシア戦争のあと(前470年ごろ)。ペロポネソス戦争の時代の人。
  6. プラトンの考えとソクラテスの考えを混ぜる:イデア論は主にプラトン。ソクラテスは「無知の知」と問答法。

入試ではこう出る

  • 共通テスト:ソクラテス・プラトン・アリストテレスの組み合わせ(誰が何を言ったか)、ソフィストとのちがい、無知の知・問答法の説明の正誤がよく問われます。
  • 国公立の2次・論述:ペロポネソス戦争後のアテネの民主政と、ソクラテスの裁判を結びつけて説明させる問題が考えられます。
  • 私大:ソクラテスの死刑になった罪名、毒杯、プロタゴラスの「人間は万物の尺度である」のことばなどの暗記問題。

世界史の勉強法その2【共通テスト対策】では、人物の覚え方を紹介しています。

ロダン先生の「これ知ってる?」

ロダン先生

これ知ってる? 「ソクラテス式」は今も授業で使われる

相手に質問を重ねて考えさせるやり方は、今も「ソクラテス式問答」と呼ばれて、教室や大学で使われているんだ。質問で教える。2400年たっても、新しい方法として通用するんだよ。

ロダン先生

これ知ってる? 「哲学」ということばは和製漢語

「哲学」は、明治時代の日本の学者・西周(にし あまね)が、英語の philosophy(フィロソフィア=知を愛する)を訳してつくった言葉なんだ。もとのギリシャ語は「知を愛すること」。ソクラテスは、まさに「知を愛した人」だね。

ロダン先生

これ知ってる? ソクラテスは兵士でもあった

ソクラテスは、考える人というだけではなくて、重装歩兵として戦場にも出たと伝えられるんだ。でも、僕は泳げないから、水の上の戦いはさけたいな…。

親指を立てるロダン先生

ロダン先生

ソクラテス・プラトン・アリストテレスは、「ソ→プ→ア」と師弟の順番で覚えよう。しりとりみたいで、覚えやすいんだよ。

練習問題

やさしい

  1. 「自分は知らないということを知っている」というソクラテスの考えを何というか。
    答えと解説を見る

    答え:無知の知

  2. ソクラテスが、相手に質問をくり返して真理に近づこうとした方法を何というか。
    答えと解説を見る

    答え:問答法(産婆術ともいう)

ふつう

  1. 弁論を教えて授業料をとった職業教師たちを何というか。その代表で、「人間は万物の尺度である」と言った人物はだれか。
    答えと解説を見る

    答え:ソフィスト、プロタゴラス
    真理は人それぞれだとする相対主義の立場です。

  2. ソクラテスが死刑になった前399年の裁判で、告発された罪を2つあげよ。
    答えと解説を見る

    答え:国家の神々を信じなかった(新しい神を持ちこんだ)こと、青年を悪い方向に導いたこと

むずかしい

  1. 正しいか誤りか答えよ。「ソクラテスは『国家』『饗宴』などを自分で書いて弟子に教えた。」
    答えと解説を見る

    答え:誤り
    ソクラテスは本を書かなかった。『国家』『饗宴』はプラトンが書いたものです。

  2. ソクラテスは、ソフィストとどのような点で考え方がちがったか。「真理」ということばを使って60字ほどで説明せよ。
    答えと解説を見る

    答えの例:ソフィストは真理は人によってちがうとする相対主義の立場に立ったが、ソクラテスはだれにでも通じる真理があると考え、問答でそれを探そうとした。(69字)

    「相対主義(人によってちがう)」と「だれにでも通じる真理」の対比が入れば合格です。

「古代ギリシャとヘレニズム」の章の用語

この章の流れは古代ギリシャとヘレニズムの年表(国と王朝の帯図・同じころの日本つき)で、年の順に確かめられます。

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よくある質問

ソクラテスとはどんな人ですか?

ソクラテスは、前5世紀のアテネの哲学者です。「無知の知」と、質問をくり返して考えさせる問答法で知られます。本は書かず、前399年に裁判で死刑になりました。

「無知の知」とは何ですか?

自分は知らないということを知っている、という考えです。知っているつもりの人より、知らないと気づいている人のほうが賢い、とソクラテスは考えました。

問答法とは何ですか?

相手に質問をくり返して、考えをはっきりさせていく方法です。答えを教えず、相手が自分で真理に近づくのを手伝うことから、産婆術ともいわれます。

ソクラテスとソフィストのちがいは何ですか?

ソフィストは弁論を教えて授業料をとり、真理は人それぞれとする相対主義の立場でした。ソクラテスは、だれにでも通じる真理があると考え、魂をよくして善く生きることを大切にしました。

ソクラテスはなぜ死刑になったのですか?

「国の神々を信じず、新しい神を持ちこんだ」ことと、「青年を悪い方向に導いた」ことで訴えられ、裁判で有罪になったからです。ペロポネソス戦争に負けたあとの混乱も背景にあるとされます。

ソクラテスは本を書いたのですか?

書いていません。ソクラテスの考えは、弟子のプラトンやクセノフォンなどが書いた作品を通して伝わっています。

ソクラテスの弟子はだれですか?

代表はプラトンです。プラトンの弟子がアリストテレスなので、ソクラテス、プラトン、アリストテレスの順に師弟がつながります。

ソクラテスは英語で何といいますか?

Socrates です。無知の知は the Socratic ignorance、問答法はソクラテス式問答(Socratic method)と呼ばれます。

「悪法も法なり」はソクラテスの言葉ですか?

確かではありません。ソクラテスが国の法に従って毒杯を飲んだことから、後の時代に広まった言い方とされます。

ソクラテスは入試でどう出ますか?

共通テストでは、無知の知・問答法の説明、ソフィストとのちがい、ソクラテス・プラトン・アリストテレスの組み合わせが問われます。私大では、プロタゴラスのことばや死刑の罪名も出ます。

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出典・参考

  • 高校「世界史探究」の教科書の一般的な記述
  • プラトン『ソクラテスの弁明』『クリトン』『パイドン』

最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦