中学受験の世界史はどこまで出る?日本史とつながる遣唐使・元寇・鉄砲伝来を年表・地図で整理【図解】

この記事の結論

  • 中学受験に「世界史」という科目はありません。社会は一般に、日本史・地理・公民の3分野で、外国の歴史は日本史とつながるところだけが出ます。
  • 出るのは遣隋使・遣唐使、元寇、鉄砲伝来、ザビエル、鎖国、ペリー来航など「日本と外国のかかわり」です。ヨーロッパの王様の名前や革命の年号まで、くわしく覚える必要は基本的にありません。
  • 覚え方のコツは、年表を「日本」と「外国」の2段で書くことと、地図とセットにすること。この記事の一覧表と図4つで、出るところを一気に整理できます。

中学受験に「世界史」という科目はあるの?

結論から言うと、ありません。中学入試の社会は、一般に次の3分野で出題されます。

分野中身外国が出てくる場面
歴史(日本史)縄文時代から現代までの日本の歴史日本と外国のかかわり(遣唐使・元寇・鉄砲伝来・ペリー来航など)
地理日本の国土・産業・世界の国々貿易の相手国、世界の国と日本のつながり
公民憲法・政治・経済・国際社会国際連合・SDGs・国際協力・時事問題

つまり、「世界史」を別の科目として勉強する必要はなく、日本史の勉強の中で、外国が出てくる場面だけをしっかり押さえるのが正解です。ただし、学校によっては世界の古代文明や宗教のおこりに触れる問題が出ることもあります。志望校の過去問で、外国の話がどのくらい出ているかを確かめておくと安心です。

まなぶくん

まなぶくん

中学受験で「世界史」も勉強しなきゃいけないの? 範囲が広すぎて不安だよ…。

ロダン先生

ロダン先生

安心して。中学受験に「世界史」という科目はないんだ。出るのは、日本史とつながる外国の話だけだよ。

ハルちゃん

ハルちゃん

じゃあ、フランス革命とかは?

ロダン先生

ロダン先生

一般には、日本史の流れの中で外国が出てきたときだけ。たとえばペリーはアメリカから来た人、というふうにね。

【一覧表】日本の時代別・つながる外国

中学受験の「世界史」は、この表にほとんどまとまります。左から順に、日本の時代・日本のできごと・つながる外国・覚えるポイントです。

日本の時代日本のできごとつながる外国(国・人物)覚えるポイント
弥生57年 奴国の王が金印を授かる。239年 邪馬台国の卑弥呼が使いを送る漢(後漢)・魏金印(志賀島で発見)、卑弥呼は魏から称号と銅鏡を授かった
古墳朝鮮半島から渡来人が来る。仏教が伝わる(538年・552年の2説)朝鮮半島(百済など)渡来人が漢字・儒教・仏教・土木や織物の技術を伝えた
飛鳥607年 小野妹子を遣隋使として送る。663年 白村江の戦い隋(煬帝)・唐・新羅遣隋使は隋。聖徳太子が対等な国交をめざした
奈良630年 最初の遣唐使。753年 鑑真が来日(754年に平城京)。シルクロードの品が正倉院へ唐(鑑真)・シルクロードの国々遣唐使・鑑真・正倉院。唐の都 長安をまねて平城京をつくった
平安894年 遣唐使の停止を建議。のち日宋貿易唐→宋(平清盛の日宋貿易)菅原道真の建議。停止後に国風文化が栄えた
鎌倉1274年・1281年 元寇(文永の役・弘安の役)元(フビライ・ハン)・高麗2回。北条時宗、神風、防塁。御家人は恩賞が少なく不満
室町1404年 勘合貿易を始める(足利義満)。琉球王国が栄える明・朝鮮・琉球勘合は倭寇と区別する合い札。琉球は中継貿易
安土桃山1543年 鉄砲伝来(1542年とする説も)。1549年 ザビエル来日。南蛮貿易。朝鮮出兵ポルトガル・スペイン・朝鮮鉄砲が先、ザビエルがあと。ザビエルはスペイン人
江戸1639年 ポルトガル船の来航禁止。1641年 オランダ商館を出島へ(鎖国)。朝鮮通信使オランダ・中国・朝鮮(琉球・アイヌとも交流)貿易はオランダと中国だけ。4つの窓口で外国とつながる
幕末1853年 ペリー来航。1854年 日米和親条約。1858年 日米修好通商条約アメリカ(ペリー・ハリス)・イギリスなど開国。不平等条約(領事裁判権・関税自主権なし)。アヘン戦争の影響
明治1894年 日清戦争。1904年 日露戦争。1894年に領事裁判権の撤廃、1911年に関税自主権の回復清・ロシア・イギリス条約改正は陸奥宗光→小村寿太郎の2段階
大正1914年 第一次世界大戦。1920年 国際連盟に加盟ドイツ・イギリスなど・国際連盟日本は連合国側。国際連盟は連盟(のちの国連は連合)
昭和1941年〜1945年 太平洋戦争。1951年 サンフランシスコ平和条約。1956年 国際連合に加盟アメリカ・連合国・ソ連平和条約は1951年、国連加盟は1956年(5年のちがい)
現代国際連合・国際協力・SDGs・時事問題世界の国々歴史から公民(国際社会)へ。ニュースにも注意

この表の外国は、どれも日本史の教科書に出てくる「日本とつながった国」です。表に出てこない国や時代は、中学受験では基本的に後回しで構いません。

図解:日本と外国のかかわりの年表

一覧表をひとつの年表にまとめました。左が日本、右が外国です。横に並べて見ると、「どの時代に、どの国とつながったか」が分かります。

日本と外国のかかわり 年表古代中世近世近代現代年日本のできごとつながる外国57奴国の王が金印を授かる漢(後漢)239卑弥呼が魏に使いを送る魏607小野妹子を隋へ(遣隋使)隋(煬帝)630最初の遣唐使唐753鑑真が来日唐の高僧894遣唐使を停止(菅原道真の建議)唐がおとろえる1274元寇(1274・1281年)元(フビライ)1404勘合貿易を開始明1543鉄砲伝来(種子島)ポルトガル1549ザビエル来日スペイン人の宣教師1641出島にオランダ商館を移すオランダ1853ペリー来航アメリカ1858日米修好通商条約アメリカなど5か国1894日清戦争清1904日露戦争ロシア1914第一次世界大戦に参戦ドイツなど1920国際連盟に加盟ジュネーブに本部1941太平洋戦争(〜1945年)アメリカ・イギリスなど1951サンフランシスコ平和条約アメリカなど1956国際連合に加盟ニューヨークに本部
図1 日本と外国のかかわりの年表(自作の図)。左に日本のできごと、右につながる外国。
年表の巻物を広げるロダン先生

ロダン先生

年表は日本と外国を2段で書くのがコツなんだ。たとえば「1543年 鉄砲伝来(日本)/ポルトガル(外国)」とセットで覚えると、国名がすぐ出てくるよ。

時代ごとのポイント(日本史の中の外国)

古代:中国・朝鮮半島から学んだ時代

古代の外国といえば、中国と朝鮮半島です。弥生時代には、57年に奴国の王が漢(後漢)の皇帝から金印を授かりました(江戸時代に福岡県の志賀島で見つかった金印がこれにあたるとされます)。239年には邪馬台国の卑弥呼が魏に使いを送りました。

古墳時代には、朝鮮半島から渡来人が来て、漢字・儒教・仏教・土木や織物の技術を伝えました。仏教の伝来は538年とも552年ともいわれます。

飛鳥時代、聖徳太子と蘇我馬子は、607年に小野妹子を遣隋使として隋に送りました。隋が滅んで唐ができると、630年に最初の遣唐使が送られます。遣唐使の派遣は、894年に停止が建議されるまで、260年あまり続きました。遣唐使には、阿倍仲麻呂・吉備真備・最澄・空海などが同行し、唐の制度・文化・仏教を日本に持ち帰りました。

奈良時代のシルクロードと正倉院

奈良時代の日本は、唐の都・長安をまねて平城京をつくり、唐の制度(律令)を取り入れました。753年には、唐の高僧鑑真が何度も失敗しながら来日します(平城京に着いたのは754年)。のち、唐招提寺を開きました。

聖武天皇のころの文化(天平文化)は、国際色が豊かです。東大寺の正倉院には、聖武天皇ゆかりの品々がおさめられていて、ガラスのうつわや琵琶など、西アジアやインドの風合いをもつ宝物があります。これらは、中国と西方をむすぶシルクロード(絹の道)を通って、唐を経由して伝わってきたと考えられています。シルクロードという名前は、中国の絹が西へ運ばれたことからついたものです。

長安敦煌カシュガルサマルカンドバグダードコンスタンティノープル広州平城京(正倉院)ユーラシア大陸インド洋オアシスの道(陸の絹の道)海の道(海のシルクロード)遣唐使のルートのイメージ
図2 シルクロードと正倉院(模式の地図・自作の図)。中国の長安から西へ続く道と、東へ向かう日本の平城京。
ハルちゃん

ハルちゃん

奈良の正倉院に、外国の品物があるなんて!

ロダン先生

ロダン先生

そうなんだ。日本は海でへだてられていたけれど、遣唐使やシルクロードを通して、世界とつながっていた。奈良は、シルクロードの東のはしの町ともいわれるよ。

平安:遣唐使の停止と日宋貿易

894年、菅原道真は、唐の衰えや航海の危険を理由に、遣唐使の停止を提案しました。そのまま唐は907年に滅び、遣唐使は二度と送られませんでした。このあと日本では、ひらがな・かたかな、寝殿造、大和絵などの国風文化が栄えます。

平安時代の終わりごろには、平清盛が兵庫の港(大輪田泊)を整え、宋との日宋貿易を進めました。宋からは宋銭などが入ってきます。

鎌倉・室町:元寇と勘合貿易

13世紀、モンゴルのフビライ・ハンが元をたて、日本にも従うよう求めました。執権の北条時宗がこれをことわると、元は高麗の軍とともに、1274年(文永の役)と1281年(弘安の役)の2回、九州の北部にせめてきました。これが元寇です。博多湾には石の防塁がつくられ、暴風雨もあって元軍は引き上げました。

元寇は、勝っても新しい土地が手に入らないため、御家人への恩賞が少なく、鎌倉幕府への不満が高まる原因になりました。

室町時代、3代将軍足利義満は、明との間で勘合貿易を始めました(1404年)。海賊(倭寇)と区別するため、勘合という合い札を使ったのがポイントです。このころ、沖縄では琉球王国が、日本・中国・東南アジアの間で中継貿易をして栄えました。

中国朝鮮日本東南アジア合浦博多1寧波堺・兵庫2マカオ長崎3種子島琉球(那覇)大都(元)ルソン(マニラ)1元寇(鎌倉)元と高麗の軍が博多へ2勘合貿易(室町)明の寧波と日本を往復3南蛮貿易(安土桃山)ポルトガル船が長崎・平戸へ
図3 元寇・勘合貿易・南蛮貿易の地図(模式図・自作の図)。

安土桃山〜江戸:南蛮貿易と鎖国

1543年、種子島(鹿児島県)にポルトガル人が流れ着き、鉄砲が伝わりました(1542年とする説もあります)。鉄砲は、織田信長が長篠の戦いで使うなど、戦国時代の戦い方を大きく変えました。

1549年には、スペイン人の宣教師フランシスコ・ザビエルが鹿児島に来て、キリスト教を伝えました。ポルトガル・スペインとの貿易は、当時「南蛮人」と呼ばれたことから南蛮貿易と呼ばれます。豊臣秀吉は朝鮮に出兵し、朝鮮との関係は悪くなりました。

江戸幕府は、はじめは貿易を認めていましたが、キリスト教の禁止や幕府の貿易の独占のために、外国との関係をせまくしていきます。1639年にポルトガル船の来航を禁止し、1641年にオランダ商館を長崎の出島に移しました。これで、いわゆる「鎖国」の体制が完成します。

ただし、鎖国中も、外国とのつながりがまったくなかったわけではありません。長崎(オランダ・中国)、対馬(朝鮮)、薩摩(琉球)、松前(アイヌ)の4つの窓口を通して、外国や周辺の人びとと交流が続きました。

中国朝鮮日本東南アジア1234琉球王国アイヌ1長崎(出島)オランダ・中国と貿易2対馬の宗氏が朝鮮と国交(通信使)3薩摩藩が琉球王国を通して中国と貿易4松前藩がアイヌと交易※ 幕府は「4つの窓口」を通して外国とつながった
図4 鎖国中の4つの窓口(模式図・自作の図)。

幕末〜明治:開国と不平等条約

1853年、アメリカのペリーが黒船で浦賀に来航し、開国をせまりました。翌1854年に日米和親条約を結んで下田と函館を開き、さらに1858年に日米修好通商条約を結びます(アメリカ総領事ハリスとの交渉)。この条約は、外国人の罪を日本で裁けない領事裁判権(治外法権)を認め、日本に関税自主権がないという不平等条約でした。

この前に、隣の清がイギリスと戦って負けるアヘン戦争(1840〜1842年)が起きていて、幕府は欧米の力におどろいていました。

明治時代の大きな課題は、この条約を直すこと。1894年に外務大臣の陸奥宗光が領事裁判権の撤廃に成功し、1911年に小村寿太郎が関税自主権の回復に成功しました。2つの間は17年かかっています。同じ1894年には日清戦争、1904年には日露戦争が起こり、日本は国際社会での地位を高めていきました。

大正〜現代:世界大戦と国際連合

1914年に第一次世界大戦が始まり、日本は連合国側で参戦しました。大戦後の1920年には、世界平和を守る国際連盟ができ、日本も加盟します。その後、日本は1933年に国際連盟を脱退し、1937年に日中戦争、1941年に太平洋戦争へと進み、1945年に敗戦をむかえました。

戦後の1945年には国際連合ができ、日本は1951年のサンフランシスコ平和条約(吉田茂が調印、日米安全保障条約も同時)で独立を回復し、1956年に国際連合へ加盟しました。ここから先は、歴史から公民(国際社会・国連)と時事問題につながっていきます。

出てくる国は、時代とともに変わる

こうして並べると、日本がつながる相手は、時代とともに移り変わっています。中国・朝鮮 → ヨーロッパ → アメリカ・欧米 → 国際社会という流れです。

出てくる国の移り変わり古代〜中世中国・朝鮮漢・隋・唐・宋・元・明。文化と制度を学ぶ戦国〜江戸ヨーロッパポルトガル・スペイン、のちにオランダ幕末〜明治アメリカ・欧米・清ペリー、不平等条約、日清・日露戦争大正〜昭和世界大戦と国際連盟第一次・第二次世界大戦戦後〜現代アメリカ・国際連合平和条約、国連、時事問題へ
図5 出てくる国の移り変わり(自作の図)。

「この時代は、どの国が出てくるのか」を先に決めておくと、問題文を読んだだけで、時代の見当がつきます。

人物でまとめる:中学受験で名前が出る外国の人

外国の人物は、数が多くないので、「どこの国の人が、日本で何をしたか」をセットで覚えれば十分です。

人物国時代日本とのかかわり
鑑真唐奈良何度も渡航に失敗しながら来日(753年)、唐招提寺を開く
フビライ・ハン元鎌倉日本に従うよう求め、元寇(1274年・1281年)を起こした
マルコ=ポーロベネチア(イタリア)鎌倉元に滞在したとされ、『東方見聞録』で日本を「黄金の国ジパング」と紹介した
ザビエルスペイン安土桃山1549年に鹿児島でキリスト教を伝えた(イエズス会)
ウィリアム=アダムス(三浦按針)イギリス江戸1600年にオランダ船で漂着し、徳川家康に仕えた
ペリーアメリカ幕末1853年に浦賀に来航し、開国をせまった
ハリスアメリカ幕末日米修好通商条約(1858年)の交渉をした

日本人が外国に出かけた例(小野妹子・天正遣欧使節・岩倉使節団など)も、外国とのつながりとしてよく出ます。「だれが・どの国へ・何のために」で整理しておきましょう。

よく問われるところと、まちがえやすい点

次のような点が、一般によく問われます。

  • 遣唐使・鑑真・正倉院・シルクロードのつながり(奈良時代)
  • 元寇の2回の名前と、そのあとの幕府のようす(鎌倉時代)
  • 鉄砲伝来とキリスト教伝来、南蛮貿易(安土桃山時代)
  • 鎖国の完成と、鎖国中に貿易・交流した相手(江戸時代)
  • ペリー来航から開国、不平等条約とその改正(幕末〜明治)
  • 国際連盟と国際連合、日本の国連加盟(大正〜現代)

まちがえやすい点

  • 遣隋使と遣唐使:607年の小野妹子は遣隋使(隋)。630年からが遣唐使(唐)。隋→唐の順です。
  • 元寇は2回:1274年が文永の役、1281年が弘安の役。「文永が先、弘安があと」で、7年あいています。
  • 鉄砲伝来とキリスト教伝来の順:1543年に鉄砲、1549年にザビエル。鉄砲が先で、6年あとです。ザビエルはスペイン人、鉄砲を伝えたのはポルトガル人。
  • 鎖国中に貿易した国:ヨーロッパではオランダだけ、ほかに中国。朝鮮・琉球・アイヌとは別の窓口。朝鮮とは貿易だけでなく国交があり、将軍の代がわりなどに朝鮮通信使が来ました。
  • 鎖国令の年:1639年(ポルトガル船来航禁止)と1641年(オランダ商館を出島へ)を取りちがえない。
  • 条約改正の順番:領事裁判権の撤廃が1894年(陸奥宗光)、関税自主権の回復が1911年(小村寿太郎)。
  • 国際連盟と国際連合:連盟は1920年、連合は1945年。日本の加盟は、連盟が1920年、連合が1956年。
まなぶくん

まなぶくん

遣隋使と遣唐使、いつも入れかわっちゃうんだ…。

ロダン先生

ロダン先生

隋が先で、唐があと。国の順番は、王朝の順番どおりだよ。「隋→唐→宋→元→明→清」と中国の王朝の並びを覚えておくと、日本史でも役に立つんだ。

覚え方のコツ

  1. 年表を「日本」と「外国」の2段で書く。図1のように、日本のできごとの横に、外国の国名を必ずセットで書く。
  2. 地図とセットで覚える。図2〜4のような地図を白紙に描いてみる。博多・長崎・種子島・出島などの場所が頭に入ると、問題の文章がイメージしやすくなります。
  3. 国の順番で覚える。図5のように「中国・朝鮮 → ヨーロッパ → アメリカ → 国際社会」の大きな流れをつかむ。
  4. 語呂合わせは少しだけ。よく使われる語呂に、鉄砲伝来(1543年)の「以後予算(いごよさん)増える鉄砲」、ザビエル(1549年)の「以後よく(いごよく)広まるキリスト教」があります。多く覚えすぎず、年号の2〜3個にしぼると効果的です。語呂合わせの作り方は、語呂合わせの覚え方と作り方|年号・元素・英単語の有名な語呂一覧にまとめています。
  5. 「なぜ」をひとことで言えるようにする。たとえば、遣唐使の停止は「唐がおとろえたから」、鎖国は「キリスト教の禁止と貿易の管理のため」のように、理由を短く言えると応用問題に強くなります。

覚える順番は、日本史の流れを先につかむことです。日本の時代の流れが頭に入っていない状態で、外国のことだけを覚えようとしても、整理がつきません。日本史の勉強法は、日本史の勉強法~日本史合格作戦会議も参考になります。

中学に入ってから:世界史・歴史総合につながる

中学受験では日本史が中心ですが、中学・高校に進むと、世界の歴史を独立した科目として学びます。高校では、近現代の日本と世界を合わせて学ぶ必修科目の歴史総合(2022年度の入学生から)があり、さらに古代から現代までを学ぶ選択科目の世界史探究と日本史探究に分かれます。

「大学受験で世界史を選ぶかどうか」は、まだ先の話です。でも、小学生のうちに「日本史の中で、外国とつながったところ」を押さえておくと、中学・高校で世界史を学ぶときの土台になります。たとえば、シルクロードや大航海時代を、日本の側から見た経験があるとイメージしやすくなります。

地球儀を指さすロダン先生

ロダン先生

中学受験の世界史は「日本から見た世界」、高校の世界史は「世界から見た世界」。入口が分かったら、世界の歴史にも興味が出てくるかも。気になった人は、合格大作戦の世界史用語集ものぞいてみてね。

古代ギリシャ・ローマ、ヨーロッパの歴史、中国の王朝などを、もっとくわしく知りたくなったら、世界史用語集(★重要度つき)を見てみてください。用語ごとに、地図・年表・入試での出方(受験マークつき)をまとめています。大学受験の世界史の勉強法は、世界史の勉強法【基礎編】教科書・一問一答・用語集など最初の5冊の使い方で紹介しています。

練習問題(やさしい・ふつう・むずかしい)

答えは、押すと開きます。まず自分で考えてから見てください。

問題1(やさしい)

607年に、小野妹子が使いとして送られた中国の国の名前は何ですか。この使いを何といいますか。

答えと解き方
隋に送られた使いなので、遣隋使です。唐に送られたのは「遣唐使」(630年〜)で、隋が先、唐があとの順番です。

問題2(やさしい)

1543年に種子島に流れ着いたポルトガル人によって、日本に伝えられたものは何ですか。

答えと解き方
鉄砲です(1542年とする説もあります)。6年あとの1549年には、ザビエルがキリスト教を伝えています。

問題3(ふつう)

元寇(元の襲来)は何回ありましたか。また、1回目と2回目の戦いの名前を、年とともに答えなさい。

答えと解き方
2回です。1回目は1274年の文永の役、2回目は1281年の弘安の役。ともに執権の北条時宗のときで、元は高麗の軍をともなって九州北部にせめてきました。

問題4(ふつう)

江戸時代の「鎖国」の間に、幕府が貿易をゆるした外国を2つ答えなさい。また、長崎のどこで貿易が行われましたか。

答えと解き方
オランダと中国です。オランダは長崎の出島(オランダ商館)、中国の人は唐人屋敷で貿易をしました。朝鮮とは対馬の宗氏を通して国交があり、琉球・アイヌとも別の窓口でつながっていました。

問題5(むずかしい)

1858年の日米修好通商条約が「不平等条約」とよばれる理由を2つ答え、その条約が改正された年と、中心となった外務大臣の名前を答えなさい。

答えと解き方
理由は、①外国人の犯罪を日本の法律で裁けない領事裁判権(治外法権)を認めたこと、②日本に関税自主権がないこと。領事裁判権の撤廃は1894年(陸奥宗光)、関税自主権の回復は1911年(小村寿太郎)です。

問題6(むずかしい)

次のできごとを、古い順に並べなさい。 ア 国際連合に加盟 イ 国際連盟に加盟 ウ サンフランシスコ平和条約 エ 日清戦争

答えと解き方
エ(1894年)→イ(1920年)→ウ(1951年)→ア(1956年)。連盟と連合の順番(連盟が先)、平和条約と国連加盟の順番(平和条約が先)がポイントです。

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よくある質問

中学受験で世界史は出ますか?

中学受験に「世界史」という科目はありません。ただし、日本史の中で、遣唐使・元寇・鉄砲伝来・ペリー来航など日本と外国のかかわりが出題されます。外国の歴史そのものを広く問う問題は、一般には多くありません。

中学受験の世界史はどこまで覚えればいいですか?

日本史に出てくる「日本とつながった外国」までで十分です。時代ごとに、国(漢・隋・唐・宋・元・明・ポルトガル・スペイン・オランダ・アメリカなど)と、日本のできごとをセットで覚えましょう。外国の王様や革命の細かい年号まで覚える必要は、基本的にありません。

世界史の勉強はいつから始めればいいですか?

世界史だけを別に始める必要はありません。小6の歴史の学習で、日本史を進めながら、外国が出てくる場面を年表の右側に書き足していくのが効率的です。早いほど有利というより、日本史の流れを先に覚えることが大切です。

中学受験の世界史の覚え方は?

年表を「日本」と「外国」の2段で書き、地図とセットで覚えるのがコツです。遣唐使なら「唐・長安・シルクロード・正倉院」、元寇なら「元・フビライ・博多」のように、国と場所をいっしょに覚えると忘れにくくなります。

遣隋使と遣唐使のちがいは何ですか?

遣隋使は607年に小野妹子らが隋に送られた使いで、遣唐使は630年から894年の停止の建議まで、唐に送られた使いです。順番は隋が先で唐があとです。

鉄砲伝来とザビエル来日は、どちらが先ですか?

鉄砲伝来が先です。1543年にポルトガル人が種子島に鉄砲を伝え(1542年とする説もあります)、1549年にスペイン人のザビエルが鹿児島でキリスト教を伝えました。6年のちがいです。

鎖国中に貿易していた国はどこですか?

ヨーロッパではオランダだけ、ほかに中国が長崎で貿易をしていました。さらに、朝鮮とは対馬の宗氏を通して国交があり、琉球は薩摩藩、アイヌは松前藩が窓口でした。これを「4つの窓口」といいます。

地理や公民の国際分野は、世界史と関係がありますか?

関係があります。地理では貿易の相手国や世界の国々、公民では国際連合・国際協力・SDGsなどが出ます。歴史の最後の「国際連盟から国際連合へ」の流れが、公民の国際社会につながるので、いっしょに整理すると効果的です。

時事問題と世界史はどうつながりますか?

時事問題には、国際会議や世界で起きたできごとが出ることがあります。そうしたニュースを、日本史で習った外国(アメリカ・中国・ロシアなど)との関係の歴史と結びつけて考えると、理解が深まります。

中学に入ってからの世界史はどう変わりますか?

高校では、近現代の日本と世界を合わせて学ぶ必修科目の「歴史総合」と、選択科目の「世界史探究」「日本史探究」があります。中学受験で学ぶ「日本とつながった外国」の知識が、高校の世界史の土台になります。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 年号・人物:小学校の社会・中学受験の歴史で一般的に扱われるもの(説が分かれる鉄砲伝来 1543年・1542年、仏教伝来 538年・552年は併記)
  • 中学受験の社会が日本史・地理・公民の3分野で、外国の歴史は日本史とつながる場面が中心であること:一般的な出題の傾向(出題数・割合は示さない)
  • 高校の「歴史総合」「世界史探究」「日本史探究」:高等学校学習指導要領(2022年度入学生から)
  • 年数の差(元寇の7年・鉄砲とザビエルの6年・遣唐使の260年あまりなど):合格大作戦が年から計算
  • 図はすべて合格大作戦の自作(地図は経度・緯度から位置を出した模式図)

最終更新:2026年11月4日/作成:大学受験合格大作戦

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