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祖沖之Zu Chongzhi
ひとことで言うと
円周率を3.1415926と3.1415927のあいだと求め、約率22/7・密率355/113を示した中国の数学者。その精度は約900年も世界最高だった。
| 名前 | 祖沖之(そ ちゅうし、Zu Chongzhi) |
|---|---|
| 生没年 | 429年〜500年ごろ(500年または501年とする資料がある) |
| 国 | 中国(南朝の宋・斉。建康=今の南京の生まれ) |
| 分野 | 幾何・円周率・天文学(暦)・機械 |
| 主な業績 | 円周率3.1415926〜3.1415927、約率22/7・密率355/113、大明暦、息子の祖暅とともに球の体積(祖暅の原理)、『綴術』(現存せず) |
| 名前がつくもの | 祖率(355/113)、祖暅の原理、月のクレーター「Zu Chong-Zhi」、小惑星(1888)Zu Chong-Zhi |
| 著作 | 『綴術』(円周率の計算を記した本。12世紀ごろまでに失われた) |
このページのポイント
- 円周率を3.1415926より大きく3.1415927より小さいと求めた。24576角形まで計算したと考えられる
- 約率22/7と密率355/113(分母113で小数第6位まで一致)。この精度は約900年、世界最高だった
- 息子の祖暅とともに断面積が等しければ体積も等しいという「祖暅の原理」で球の体積を求めた。新しい暦「大明暦」もつくった
祖沖之は何をした人?(業績をひとことで)
祖沖之(そ ちゅうし、429年〜500年ごろ)は、中国の南北朝時代(南朝の宋・斉)に活やくした数学者・天文学者です。円周率を3.1415926より大きく3.1415927より小さいと求め、約率(やくりつ)22/7 と 密率(みつりつ)355/113 という2つの分数を示したことで世界的に知られています。この精度は、およそ900年ものあいだ、世界でだれにも超えられなかったとされます。
円周率の仕事のほかに、より正確な暦(大明暦)をつくったこと、息子の祖暅(そこう)とともに球の体積を求めたこと、歯車で動く指南車を作ったと伝えられることなど、数学・天文・工学のすべてで活やくした人です。
受験生にとっての祖沖之は、まず円周率の人です。小学校の算数の円の面積と円周の求め方で使う 3.14 も、中学受験で使う 円周率の計算の工夫(3.14のかけ算)も、円周率とはの長い歴史の上に立っています。高校数学では、球の体積を切り口の面積から求める球の体積と表面積の公式も、祖沖之の息子たちの考えと重なります。
うかるくん
祖沖之って、円周率を何けたまで計算した人なんですか?
合格先生
小数7けたまで正しく求めたんだ。「3.1415926」だね。コンピューターも電卓もない1500年前の中国で、紙と算木(計算用の棒)だけで、だよ。しかも、分母が小さい355/113という分数で、3.14159292…という、ほぼぴったりの値を示した。これはすごいことなんだ。
祖沖之の生涯と年表
天文と数学の家に生まれて
祖沖之は429年、今の南京にあたる建康(けんこう)で生まれました。祖父は土木・建築を担当する役人、父は学者の役職に就いていたと伝えられ、天文や暦をあつかう家柄で育ちました。若いころから学問で知られ、宋の皇帝に認められて、学者が集まる役所で研究の仕事をしたとされます。
数学は、劉徽の『九章算術』注釈を中心に学んだと考えられています。劉徽は祖沖之より200年ほど前の数学者で、円を多角形でおおって円周率を求める方法を考えた人です。祖沖之はこの方法をさらに先へ進めました。
462年、新しい暦「大明暦」をつくる
当時の暦は、実際の太陽や月の動きと、少しずつずれていました。祖沖之は、天体を何年も観測し、1年の長さをより正確に求めました。462年ごろ、新しい暦「大明暦」をつくって皇帝に提案します。それまでの暦にはなかった「歳差」(地球のじくがゆっくりゆれる動き)を考えに入れた画期的な暦でした。
しかし、古い考えの役人から強く反対され、この暦はすぐには採用されませんでした。祖沖之は役人との論争で、「数字と観測にもとづいて決めるべきだ」と主張したと伝えられます。大明暦が実際に使われたのは、祖沖之の死後の510年とされています。
円周率と『綴術』
祖沖之の円周率の計算は、『綴術(てつじゅつ)』という本に書かれていたと、後の歴史書『隋書』が伝えています。しかし、この本は宋の時代の12世紀はじめ(北宋末ごろ)に失われてしまい、計算の細かい方法は残っていません。今の私たちが知るのは、『隋書』に書かれた結果、つまり「3.1415926と3.1415927のあいだ」「約率22/7・密率355/113」という数字だけです。
『綴術』の名前の由来には諸説あり、「つづり合わせる」「つなぎ合わせて近づける」という意味で、円周率へ少しずつ近づく計算を表した名前だと考える人もいます。もしそうなら、書名そのものが、円周率の求め方を物語っていることになります。
晩年の仕事
祖沖之は、歯車を使って、車がどちらに曲がっても人形の指がいつも南を向く指南車や、水の力で動く水車、1日に百里(長い距離)を進める千里船など、機械の発明でも知られています。ただし、これらの発明は史書の短い記録による伝承で、細かい構造は分かっていません。晩年は息子の祖暅とともに数学の仕事をしたと伝えられます。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 429年 | 南朝の宋の都、建康(今の南京)で生まれる |
| 3世紀 | 劉徽が『九章算術』に注釈をつけ、円周率3.1416を求める(祖沖之より約200年前) |
| 440年代 | 若いころから学問で知られ、宋の皇帝に認められる |
| 462年ごろ | 新しい暦「大明暦」をつくり、皇帝に提案する(古い考えの役人に反対される) |
| 460〜500年ごろ | 円周率を3.1415926〜3.1415927と求め、約率22/7・密率355/113を示す(『綴術』) |
| 480年代 | 指南車・水車などの機械をつくったと伝えられる |
| 500年ごろ | 亡くなる(500年または501年とする資料があり、はっきりしない) |
| 510年 | 死後に大明暦が正式に使われるようになる |
| 656年 | 李淳風らが『綴術』を整理(のち失われる) |
| 1424年 | ペルシャのカーシーが円周率を小数16けたまで求め、祖沖之の記録を超える |
| 1573年 | ドイツのオットーが、ヨーロッパで355/113を再発見 |
祖沖之の主な業績をやさしく解説
業績1 円周率を小数7けたまで正しく求めた
円周率は、円周÷直径の値です。この値は、円の大きさにかかわらず同じになります。祖沖之は、直径を1としたときの円周の長さを、次のように求めたと伝えられます。
これは、小数第7位まで正しい値です。アルキメデスは前3世紀に、アルキメデスの円周率(3.14)を96角形で求めて 3.1408 より大きく 3.1428 より小さい範囲を示しました。劉徽は3072角形で 3.1416 を求めました。祖沖之は、さらに辺の数を増やし、12288角形・24576角形まで計算したと考えられています(細かい方法は伝わっていません)。
多角形の周は、いつも円周より少し短くなります。そこで、外側にぴったり接する多角形もあわせて計算し、円周を内側と外側からはさんで、範囲をどんどんせまくします。これは、アルキメデスが使った方法と同じです。
実際に、半径1の円に内接する正多角形の周を計算してみましょう。辺の数を2倍にするとき、1辺の長さ から次の辺の長さ は、三平方の定理(三平方の定理の証明と使い方)から次のように求められます。
正六角形の1辺は半径と同じ1です。ここから順に計算すると、12角形の1辺は約0.5176なので周は約6.211、円周率の下からの近似値は 。24角形では約3.1326、48角形では約3.1394、96角形では約3.1410と、少しずつ 3.14159… に近づきます。祖沖之は、これを24576角形まで、しかも算木と筆算だけで、平方根を何十回もくり返して求めたとされます。平方根を9けた以上の精度で何度も計算する作業は、想像以上に根気の要る仕事でした。
業績2 約率22/7と密率355/113
祖沖之は、3.1415926…という小数だけでなく、使いやすい分数も示しました。
- 約率 22/7=3.142857…:おおよその値。覚えやすく、計算しやすい。「半径7の円の周は 2×7×22/7=44」のように使えます。
- 密率 355/113=3.14159292…:こまかくて正確な値。ずれはたった 0.00000027 ほど。
355/113 のすごさは、分母が113という小さな数なのに、約4700倍も22/7より正確なことです。「分母が小さい分数で、できるだけ正確に近づく」ことを有理数近似とよびます。この問題を解く道具が連分数です。円周率を連分数にすると、
となり、途中で打ち切ると 3、22/7、333/106、355/113 と、順に円周率へ近づいていきます。つまり、祖沖之の2つの分数は、円周率にいちばん近づく分数の「階段」の途中にあるのです。この連分数の計算は、ユークリッドの互除法の使い方と深いつながりがあります。
祖沖之が実際にどう355/113を見つけたのか、方法は伝わっていません。歴史家の中には、連分数とは別の「調日法」(ちょうじつほう)という方法を使ったのではないかと考える人もいます。いずれにしても、この分数が非常に優れていることは確かです。
業績3 球の体積を求めた(祖暅の原理)
球の体積の公式 を、積分を使わずに導く方法があります。その考え方を明確に示したのが、祖沖之の息子祖暅です。『九章算術』の注釈などを通じて、祖沖之と祖暅が親子で、球の体積の問題に取り組んだと伝えられています。
その考え方が祖暅の原理です。「2つの立体を、底から同じ高さの平面で切ったとき、断面の面積がいつも等しければ、2つの立体の体積は等しい」というものです。西洋では、ケプラーの樽の研究をへて、17世紀にカヴァリエリの原理として知られるようになります。
具体的には、半径 の半球と、半径 ・高さ の円柱から円すいをくりぬいた立体を比べます。底から高さ で切ると、半球の断面は半径 の円で面積 、円柱−円すいの断面は、外が半径 の円で、内が半径 の円のドーナツ形で、面積は です。いつも等しいので、体積も等しくなり、
と導けます。円すいの体積は錐体の体積の公式(底面積×高さ÷3)を使いました。
業績4 大明暦(暦の改革)
祖沖之の大明暦は、391年に144回のうるう月を入れる周期を採用し、1年の長さを約365.2428日(今の値 365.2422日に近い)とするなど、当時としてはとても正確でした。また、月が地球のまわりを1周して同じ軌道上の点にもどる日数(交点月)を約27.2122日と求めており、これは現代の値とほとんど同じだと言われます。(これらの数字は、後世の歴史書や研究にもとづく伝承で、資料によって少しずつ値が異なります。)
ふつうの暦は「1年=365日と少し」と決めて、足りない分を4年に1度のうるう年などで調整します。昔の中国の暦はもっと複雑で、月のうるう月を何年に何回入れるかが大問題でした。理系時計(GeekClock)の数式の意味を見ると、時間を数で表す工夫が身近に感じられます。
祖沖之の名前がつく公式・定理・用語
- 約率(22/7)・密率(355/113):祖沖之が示した円周率の近似分数。海外では 355/113 を「祖率(Zu's ratio、ズーのりつ)」とよぶことがあります。
- 祖暅の原理(カヴァリエリの原理):断面積がいつも等しい立体は体積も等しい。→ 球の体積と表面積の公式と証明
- 円周率:円周÷直径。→ 円周率の意味と歴史
- 有理数近似・連分数:分数でできるだけ正確に近づく方法。→ 有理数とは
- 月のクレーター・小惑星:月のクレーター「Zu Chong-Zhi」と小惑星(1888)Zu Chong-Zhi が、祖沖之にちなんで名づけられています。

合格先生
小学校の「円の面積=半径×半径×3.14」は、祖沖之たちが何百年もかけて近づけた値を使っているんだ。3.14の「…」の先にも、ちゃんと歴史があるよ。
祖沖之の逸話と名言
「ざんねんな失われた本」
祖沖之の最大の業績は『綴術』に書かれていたとされます。『隋書』には「学ぶ者に理解できる人が少なく、官僚の試験科目にも入らず、そのうち伝わらなくなった」という意味のことが書かれています。つまり、内容が高度すぎて、読める人が少なかったために、失われたというのです。数学の本が時代を超えて残るかどうかは、読む人がいるかどうかにかかっています。
古い暦を守る役人との論争
大明暦を提案したとき、皇帝の側近の役人(戴法興)が「暦は古い時代の聖人が決めたもので、変えてはならない」と強く反対しました。祖沖之は、実際の観測とくらべて、古い暦のずれを示し、「観測の事実をもとにすべきだ」と反論したと伝えられます。次の言葉は、その論争で述べたとされるものですが、正確な原文の訳は資料によって少しちがい、概要を紹介します。
物事は、古い言い伝えにたよらず、実際にはかって確かめるべきである。
親子で解いた「球の体積」の宿題
球の体積について、先に挑戦したのは劉徽でした。劉徽は、球を2方向から円柱でつらぬいた形(牟合方蓋、むごうほうがい)の体積が分かれば球の体積が出せると気づきましたが、その体積を求めることはできず、「これを求められる人を待つ」という意味のことを注釈に書き残したと伝えられます。この宿題を解いたのが、祖沖之と息子の祖暅だったとされます。親子二代で、200年前の宿題を仕上げたという話です。ただし、どこまでが父の仕事で、どこからが祖暅の仕事かは、資料からははっきりしません。
日本とのつながり
祖沖之の時代の数学は、劉徽の算術とともに中国数学(算木を使う算術)の最高峰でした。日本には飛鳥〜奈良時代に中国の暦や算術が伝わり、江戸時代には関孝和の円周率と和算や建部賢弘の円周率の級数が、円周率を小数十数けた(建部賢弘は40けた以上)まで求めて世界の水準に達しました。祖沖之から約1200年後に、日本でも同じ円周率の挑戦が続いたのです。
円周率を暗記する遊び
円周率は、日本でも「産医、異国に向こう、…」といった語呂合わせで覚えられてきました。3.14159265358979 は「さんいちよんいちごーきゅーにーろくごー」と読んで覚える人も多くいます。祖沖之が求めた 3.1415926 は、この語呂合わせの「3.14159 26」の部分にあたります。1500年前の中国の学者が、今の私たちが語呂合わせで覚える数をすでに知っていたのです。
サクラちゃん
本が失われたのに、結果だけが残ったんですね……!
合格先生
そうなんだ。記録の大切さを教えてくれる話だね。受験でも、答えだけでなく途中の考え方を書き残すことが大事なのは同じだよ。祖沖之の「やり方」が失われたのは、本当に惜しいことだ。
受験・勉強と祖沖之のつながり
中学受験:円周率3.14を使いこなす
中学受験では、円の面積・円周の問題で「3.14」をかけ算の中で工夫して使います。 などの計算を、 で一度に求めるテクニックは、円周率の計算の工夫で学べます。22/7 は、半径が7の倍数のときに計算がきれいになります。たとえば半径14cmの円の面積は、14×14×22/7=616cm²と、約分で整数になります。問題文に「円周率は22/7とする」とあるのは、このためです。「円周率は3.14とする」「円周率は3とする」など、問題ごとに指定が違うので、必ず最初に確かめましょう。
高校受験:円周・円の面積・球
円周は 、円の面積は 、球の体積は 、表面積は 。これらは、祖沖之の円周率が基礎になっています。球の体積と表面積の公式を図で説明できるようにしておくと、強いです。
大学受験:近似・連分数・積分
円周率を近似する問題は、数学の入試によく出ます。「円周率が3.05より大きいことを証明せよ」(東京大学の有名な出題)は、円に内接する正十二角形の周で評価する、まさに祖沖之やアルキメデスの方法です。ほかに、連分数・互除法・ユークリッドの互除法の問題の問題や、断面積から体積を求める重積分と体積の求め方もつながっています。
勉強法として:近づける、はさむ
祖沖之の方法の核心は、「正確な値が分からなくても、内側と外側からはさんで、範囲をせまくしていく」という考え方です。この考え方は、数学の極限の考え方の考え方そのものです。分からない値を、はさんで近づける。難しい問題でも「まず上と下から評価してみる」と糸口が見つかります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。
祖沖之がその後の数学にあたえた影響
- 円周率の計算:祖沖之の7けたの記録は、約900年後の1424年、ペルシャのカーシーが破るまで世界最高とされました。のちにオイラーの円周率の公式やラマヌジャンの円周率の公式が登場し、現在はコンピューターで100兆けた以上も計算されています。
- 有理数近似:分母の小さい分数で実数に近づく考え方は、連分数やユークリッドの互除法と結びつき、のちの数論や暗号の理論で重要になりました。
- 球の体積と積分:祖暅の原理は、17世紀のカヴァリエリの原理を経て、微分積分学(ニュートンの微分積分)に発展する「断面を積み重ねる」考え方の先がけです。
- 暦と天文学:観測にもとづいて暦をあらためる姿勢は、のちの中国の暦(授時暦)や、日本の貞享暦(江戸時代)につながります。
- 円周率が整数の方程式の解にならないこと(超越性)は、1882年にリンデマンが証明しました。→ 円周率の超越性とは/三大作図問題(円積問題)とは
祖沖之に挑戦!練習問題
やさしい
- 半径7cmの円の周の長さを、円周率を22/7として求めなさい。
答えと解説を見る
周=2×7×22/7=44cm。7と7が約分できて、きれいな数になります。 - 円周率を355/113として、小数で第5位まで求めなさい(355÷113を計算)。
答えと解説を見る
355÷113=3.14159292… なので、第5位まで書くと3.14159。(円周率3.14159265… と第6位まで同じ)
ふつう
- 半径10cmの円の面積を、円周率を3.14として求めなさい。
答えと解説を見る
3.14×10×10=314cm²。 - 円周率が 22/7 より小さいことを、3.14159… と 3.142857… を比べて確かめなさい。また、その差はおよそいくつですか。
答えと解説を見る
22/7=3.142857… は 3.14159… より大きいので、π<22/7。差は 3.142857−3.141593=約0.00126。
むずかしい
- 半径3の球の体積を求めなさい。祖暅の原理で導いた公式 V=(4/3)πr³ を使うこと。
答えと解説を見る
V=(4/3)×π×3³=(4/3)×27π=36π。 - 連分数 3+1/(7+1/16) を、1つの分数にしなさい。(355/113 になります)
答えと解説を見る
7+1/16=113/16。その逆数は 16/113。よって 3+16/113=(339+16)/113=355/113。
祖沖之と関係する数学者
- 劉徽(円を多角形でおおう方法):祖沖之が学んだ『九章算術』の注釈者で、円周率3.1416を求めました。
- アルキメデス(円周率を96角形で):外側と内側からはさむ方法の先がけです。
- アールヤバタ(インドの円周率3.1416):祖沖之とほぼ同じ時代に、インドで円周率3.1416を示しました。
- 関孝和(和算の円周率)・建部賢弘:江戸時代の日本で、円周率を小数十数けた〜40けた以上まで求めました。
- オイラー(円周率の級数・π):円周率を表す記号 π を広めた数学者のひとりです。
- ケプラー(樽の体積の研究):断面を積み重ねる考え方を西洋で発展させました。
数学で使う記号は数学でよく使う記号の意味一覧(Σ・∫・π)、ギリシャ文字 π の読み方はギリシャ文字の読み方一覧(24文字)にまとめています。
古代の数学者
- タレスの業績と生涯
「半円に対する円周角は直角」(タレスの定理)。証明を数学に持ちこんだ最初の人とされる - ピタゴラスの業績と生涯
三平方の定理(ピタゴラスの定理)。「万物は数である」の教団を開いた - ユークリッドの業績と生涯
『原論』で幾何学を体系にまとめた。ユークリッドの互除法・素数が無限にあることの証明 - アルキメデスの業績と生涯
円周率を3.14まで求め、球の体積と表面積を発見。てこ・浮力の原理 - エラトステネスの業績と生涯
素数を見つける「エラトステネスのふるい」。地球の大きさを測った - アポロニウス(前262ごろ〜前190ごろ)
『円錐曲線論』。楕円・放物線・双曲線の名前をつけた - ヘロンの業績と生涯
3辺の長さから三角形の面積を出す「ヘロンの公式」 - プトレマイオス(100ごろ〜170ごろ)
『アルマゲスト』。円に内接する四角形の「トレミーの定理」 - ディオファントス(200ごろ?〜284ごろ?)
『算術』。整数の解を求める方程式(ディオファントス方程式)。「代数の父」 - 劉徽(220ごろ?〜280ごろ?)
『九章算術』の注釈。正多角形で円周率を3.14まで求めた - パップス(290ごろ〜350ごろ)
中線定理・パップス=ギュルダンの定理。ギリシャ数学をまとめた - ヒュパティアの業績と生涯
記録に残る最初期の女性数学者。円錐曲線論などを注釈して教えた
← 前の時代:ヒュパティアの業績と生涯 | 次の時代:ブラーマグプタの業績と生涯 →
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よくある質問
祖沖之は何をした人ですか?
祖沖之は、5世紀の中国の数学者・天文学者です。円周率を3.1415926より大きく3.1415927より小さいと求め、約率22/7と密率355/113を示しました。息子の祖暅とともに球の体積を求め、新しい暦(大明暦)もつくりました。
祖沖之の円周率は何けたまで正しかったのですか?
小数第7位まで正しい値でした。3.1415926と3.1415927のあいだと示し、実際の円周率3.14159265…がこの範囲に入っています。この精度は、1424年にカーシーが破るまで約900年ものあいだ世界最高とされました。
約率22/7と密率355/113とは何ですか?
祖沖之が示した円周率の近似分数です。約率22/7は約3.1428…でおおまかな値、密率355/113は約3.1415929…で小数第6位まで円周率と一致する正確な値です。
355/113はなぜすごいのですか?
分母が113という小さな数なのに、円周率とのずれがわずか約0.00000027しかないからです。22/7と比べると約4700倍も正確で、連分数の考え方から見ても、円周率に最もよく近づく分数のひとつです。
祖沖之はどうやって円周率を計算したのですか?
円に内接する正多角形の辺の数を増やして円周に近づける方法(劉徽の割円術)で、12288角形・24576角形まで計算したと考えられています。ただし、計算を記した『綴術』は失われ、詳しい方法は伝わっていません。
祖暅の原理とは何ですか?
「同じ高さで切った断面の面積がいつも等しい2つの立体は、体積も等しい」という原理です。祖沖之の息子の祖暅が球の体積の求め方で使い、西洋ではカヴァリエリの原理とよばれます。
祖沖之の『綴術』はどうして残っていないのですか?
『隋書』によると、内容が高度で理解できる人が少なく、学ぶ人がいなくなって12世紀ごろまでに失われたとされます。祖沖之の結果だけが『隋書』に記録されて残りました。
祖沖之の大明暦とはどんな暦ですか?
祖沖之が462年ごろに提案した暦です。歳差を考えに入れ、391年に144回のうるう月を入れる周期を使うなど、当時としてとても正確でした。古い考えの役人に反対され、実際に使われたのは死後の510年とされます。
祖沖之は受験とどう関係しますか?
小学校・中学受験の円の面積や円周の計算(円周率3.14や22/7)、高校の球の体積の公式、大学入試の「円周率が3.05より大きいことの証明」など、円周率の問題すべてにつながります。
祖沖之と劉徽、アルキメデスの関係は?
劉徽は祖沖之より約200年前の中国の数学者で、円を多角形でおおう方法で円周率3.1416を求めました。祖沖之はこの方法を発展させました。アルキメデスは前3世紀に同様の方法を使った古代ギリシャの数学者です。
あわせて読みたい
出典・参考
- 『隋書』律暦志(7世紀):祖沖之の円周率の記録
- 『宋書』『南斉書』:祖沖之と暦をめぐる論争
- MacTutor History of Mathematics, “Zu Chongzhi”(セント・アンドリュース大学)
- Joseph Needham, “Science and Civilisation in China”, Vol. 3(1959年)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



