
第215段
徒然草の「平宣時朝臣、老いの後、昔語りに」から始まる段(「平宣時朝臣」・第215段)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。夜に呼び出された宣時が、北条時頼と味噌をさかなに酒をくみかわした、質素でほほえましい思い出話です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:年をとった平宣時が昔を語る。ある晩、最明寺入道(北条時頼)に呼ばれ、ふだん着のまま参上すると、時頼は銚子とさかずきを持って出て来て「ひとりで飲むのはさびしい。さかなをさがしてくれ」と言う。宣時が台所で小皿についた少しの味噌を見つけると、時頼は「これで十分」と喜び、何杯も楽しく飲んだ。宣時は「あのころはこのように質素だった」と語った。
- 文法の要点:受身の「るる」(呼ばるる)、直接過去の「き」(ありし・しか)、「こそ〜已然形」の逆接(肴こそなけれ、)、強意の「ぬ」(さりぬべき・事足りなん)、尊敬の「る」+丁寧の「はべり」(入られはべりき)、会話の丁寧語「候ふ」。
- テストの定番:教科書の定番ではないが、「最明寺入道」がだれか、「さうざうし」の意味、さかなが何だったか、「その世にはかくこそはべりしか」にこめられた気持ちがよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 受身のるる(呼ばるる)と、尊敬のる(入られ・申され)
- 直接過去のき(ありし・せし・しか)=自分の体験
- こそ〜已然形で下に続くと逆接(肴こそなけれ、)
- 強意のぬ(さりぬべき・事足りなん)
- 古今異義語さうざうし=物足りない・さびしい
「平宣時朝臣」はどんな段?(北条時頼と大仏宣時・質素な時代)
第215段は、平宣時(北条一族の大仏宣時)が年をとってから語った、若いころの思い出話です。話に出てくる「最明寺入道」は、鎌倉幕府の第5代執権・北条時頼(1227〜1263年)。時頼は出家して最明寺に入ったので、こうよばれました。
幕府の最高権力者が、夜に家来を呼んで「ひとりで飲むのはさびしい」と言い、さかなは台所の小皿に残った少しの味噌だけ。それでも「これで十分だ」と上きげんで飲む。宣時は最後に「その世にはかくこそはべりしか(あのころはこんなふうでございました)」と結びます。ぜいたくになった今とくらべて、質素で心のかよった昔をなつかしむ言葉です。
前の第184段では、時頼の母・松下禅尼が、障子の破れを一こまずつ張って倹約を教えました。その教えを受けた時頼の暮らしぶりが、この段から見えてくるようです。最後の「申されき」の直接過去「き」から、兼好は宣時本人からこの話を聞いたと考えられています。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
平宣時朝臣、老いの後、昔語りに、
現代語訳平宣時朝臣が、年をとってから、昔話として(こう語った)、
- 「平宣時」は北条一族の大仏宣時(おさらぎのぶとき)。北条氏は平氏の流れなので「平」と書く。「朝臣」は名前の下につける敬称。
- この一文の「昔語りに」は、段の最後の「と申されき」まで続いていく。間にはさまれた「 」の中が、宣時の昔話。
2
「最明寺入道、ある宵の間に呼ばるる事ありしに、『やがて』と申しながら、直垂のなくて、とかくせしほどに、
現代語訳「最明寺入道(北条時頼)に、ある晩、呼ばれることがあったときに、『すぐに(参ります)』と申し上げながら、(ちょうどよい)直垂がなくて、あれこれしていたうちに、
- 「呼ばるる」の「るる」は受身(呼ばれる)。宣時が時頼に呼ばれた。→助動詞「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 宣時の昔話の中は、自分の体験なので直接過去の「き」(ありし・せし)が使われている。→過去の助動詞「き・けり」の違い
- 「やがて」は「すぐに」。「直垂」は武士がふだん着る服で、人に会うときの礼服にもなった。


3
また使ひ来たりて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば異様なりとも、とく』とありしかば、
現代語訳また使いの者が来て、『直垂などがございませんのでしょうか。夜なのだから、変なかっこうでもかまわないから、早く』とのことだったので、
- 「候はぬにや」は、断定の「に」+疑問の「や」で、下の「あらむ」が省かれた結びの省略。「ないのでしょうか」。→「に」の識別(断定・格助詞・接続助詞)
- 「異様なり」は「ふつうとちがう・変なかっこうだ」。「とく」は「早く」。服装なんか気にしなくていい、という時頼の気さくさが表れている。


4
なえたる直垂、うちうちのままにてまかりたりしに、銚子に土器取り添へて持て出でて、
現代語訳よれよれの直垂で、ふだん着のままで参上したところ、(時頼は)銚子に素焼きのさかずきを添えて持って出て来て、
- 「なえたる直垂」は「くたびれて、やわらかくなった直垂」。「うちうちのまま」は「ふだん家にいるときのまま」。
- 「銚子」は酒をつぐ道具、「土器(かはらけ)」は素焼きのさかずき。幕府の最高権力者が、自分で酒の道具を持って出てくる。

出典:菊池容斎『前賢故実』(江戸時代末〜明治、Wikimedia Commons)
5
『この酒をひとりたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴こそなけれ、人は静まりぬらん。さりぬべき物やあると、いづくまでも求めたまへ』とありしかば、
現代語訳『この酒をひとりで飲むのが物足りなくさびしいので、お呼びしたのだ。さかなはないが、家の者はもう寝静まってしまっているだろう。(さかなに)ちょうどよい物があるかと、どこまでもさがしてください』とのことだったので、
- 「さうざうし」は「物足りない・さびしい」。今の「騒々しい」ではない。古今異義語の定番。→古今異義語の一覧(さうざうし・やがて・ありがたし)
- 「肴こそなけれ、」は、「こそ〜已然形」で文が終わらずに下に続くとき、逆接(〜けれども)の意味になる形。→係り結び(こそ〜已然形の逆接)
- 「さりぬべき物」は「(さかなとして)ふさわしい物」。「ぬ」は強意、「べき」は適当。「静まりぬらん」の「らん」は、見えていない家の中のようすを推しはかる現在推量。→現在推量の助動詞「らむ」


6
紙燭さして、隅々を求めしほどに、台所の棚に、小土器に味噌の少しつきたるを見出でて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、
現代語訳紙燭をともして、すみずみまでさがしたところ、台所の棚に、小さな素焼きの皿に味噌が少しついているのを見つけて、『これを見つけてまいりました』と申し上げたところ、
- 「紙燭」は、紙や布を巻いた細い木に油をしみこませた、手で持つ明かり。
- 「ぞ」→結びは連体形「候ふ」(四段活用なので終止形と同じ形)。「候ふ」は会話の丁寧語で、宣時から時頼への敬意。
- さがしに行ったのは宣時。見つかったのは、小皿についた少しの味噌だけだった。


7
『事足りなん』とて、心よく数献に及びて、興に入られはべりき。
現代語訳(時頼は)『それで十分だろう』と言って、気持ちよく何杯も杯をかさねて、上きげんでいらっしゃいました。
- 「事足りなん」の「な」は強意「ぬ」の未然形、「ん」は推量「む」。「きっと十分だろう」。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
- 「入られはべりき」は、尊敬の「れ」で時頼を、丁寧の「はべり」で話を聞いている人を高めている。どちらも話し手の宣時からの敬意。→「はべり」の丁寧語と謙譲語の見分け方
- 「数献」は何杯も杯をかさねること。「興に入る」は「おもしろがる・楽しむ」。

8
その世にはかくこそはべりしか」と申されき。
現代語訳あのころは、このよう(に質素なもの)でございました」と(宣時は)申された。
- 「こそ」→結びは已然形「しか」(過去「き」の已然形)。→係り結び(こそ〜已然形)
- 最後の「申されき」の「き」は直接過去。兼好が宣時本人からこの話を聞いた、と考えられている。
- 「その世にはかくこそはべりしか」には、ぜいたくになった今とくらべて、昔は質素だったとなつかしむ気持ちがこもっている。


敬意の方向と味噌のさかな(図で整理)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 朝臣 | あそん | 名前の下につける敬称 |
| 昔語り | むかしがたり | 昔話・思い出話 |
| 宵 | よい | 日が暮れて間もないころ |
| やがて | やがて | すぐに・そのまま |
| 直垂 | ひたたれ | 武士の衣服(礼服にもなった) |
| 異様なり | いようなり | ふつうとちがう・変なかっこうだ |
| とく | とく | 早く |
| なゆ | なゆ | くたびれてやわらかくなる |
| 土器 | かわらけ | 素焼きのさかずき・皿 |
| さうざうし | そうぞうし | 物足りない・さびしい |
| 肴 | さかな | 酒のつまみ |
| 紙燭 | しそく | 手で持つ小さな明かり |
| 数献 | すこん | 何杯も杯をかさねること |
| 興に入る | きょうにいる | おもしろがる・楽しむ |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「最明寺入道」とはだれのことか。
北条時頼(鎌倉幕府の執権。出家して最明寺入道とよばれた)。
問2 「ある宵の間に呼ばるる事ありし」の「るる」の意味は?
受身(宣時が時頼に呼ばれた)。
問3 「この酒をひとりたうべんがさうざうしければ」の「さうざうし」の意味は?
物足りない・さびしい。
問4 「肴こそなけれ、」の「こそ〜けれ」はどんな意味をそえているか。
「こそ〜已然形」で下に続き、逆接(さかなはないけれど)の意味になる。
問5 宣時が台所で見つけたものは何か。
小さな素焼きの皿(小土器)に少しついていた味噌。
問6 「興に入られはべりき」の「れ」と「はべり」は、それぞれ誰への敬意か。
「れ」(尊敬)は時頼への、「はべり」(丁寧)は話を聞いている人への敬意。どちらも話し手の宣時から。
問7 「その世にはかくこそはべりしか」にこめられた宣時の気持ちを説明しなさい。
昔(時頼のころ)は、幕府の最高権力者でも味噌をさかなに酒を楽しむほど質素だったと、なつかしむ気持ち。

徒然草「平宣時朝臣(味噌)」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
平宣時朝臣、老いの後、昔語りに、
「最明寺入道、ある宵の間に呼ばるる事ありしに、『やがて』と申しながら、直垂のなくて、とかくせしほどに、
また使ひ来たりて、『直垂などの候はぬにや。夜なれば異様なりとも、とく』とありしかば、
なえたる直垂、うちうちのままにてまかりたりしに、銚子に土器取り添へて持て出でて、
『この酒をひとりたうべんがさうざうしければ、申しつるなり。肴こそなけれ、人は静まりぬらん。さりぬべき物やあると、いづくまでも求めたまへ』とありしかば、
紙燭さして、隅々を求めしほどに、台所の棚に、小土器に味噌の少しつきたるを見出でて、『これぞ求め得て候ふ』と申ししかば、
『事足りなん』とて、心よく数献に及びて、興に入られはべりき。
その世にはかくこそはべりしか」と申されき。
徒然草「平宣時朝臣(味噌)」現代語訳(全文・通し)
平宣時朝臣が、年をとってから、昔話として(こう語った)、
「最明寺入道(北条時頼)に、ある晩、呼ばれることがあったときに、『すぐに(参ります)』と申し上げながら、(ちょうどよい)直垂がなくて、あれこれしていたうちに、
また使いの者が来て、『直垂などがございませんのでしょうか。夜なのだから、変なかっこうでもかまわないから、早く』とのことだったので、
よれよれの直垂で、ふだん着のままで参上したところ、(時頼は)銚子に素焼きのさかずきを添えて持って出て来て、
『この酒をひとりで飲むのが物足りなくさびしいので、お呼びしたのだ。さかなはないが、家の者はもう寝静まってしまっているだろう。(さかなに)ちょうどよい物があるかと、どこまでもさがしてください』とのことだったので、
紙燭をともして、すみずみまでさがしたところ、台所の棚に、小さな素焼きの皿に味噌が少しついているのを見つけて、『これを見つけてまいりました』と申し上げたところ、
(時頼は)『それで十分だろう』と言って、気持ちよく何杯も杯をかさねて、上きげんでいらっしゃいました。
あのころは、このよう(に質素なもの)でございました」と(宣時は)申された。
徒然草「平宣時朝臣(味噌)」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(徒然草の基本)
徒然草の作者は誰?
兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。
徒然草はいつの作品?
鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。
徒然草の冒頭(書き出し)は?
序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。
徒然草はどんな作品?
序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。
徒然草の目次(教科書に出る段)
徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 徒然草「つれづれなるままに」(序段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「いでや、この世に生まれては」(第1段)の原文・現代語訳
- 徒然草「あだし野の露消ゆる時なく」(第7段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「家居のつきづきしく」(第10段)の原文・現代語訳
- 徒然草「神無月のころ」(第11段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「人は己をつづまやかにし」(第18段)の原文・現代語訳
- 徒然草「折節の移り変はるこそ」(第19段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「九月二十日のころ」(第32段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」(第41段)の原文・現代語訳
- 徒然草「公世の二位のせうとに」(第45段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「亀山殿の御池に」(第51段)の原文・現代語訳
- 徒然草「仁和寺にある法師」(第52段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「これも仁和寺の法師」(第53段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「真乗院に、盛親僧都とて」(第60段)の原文・現代語訳
- 徒然草「筑紫に、なにがしの押領使」(第68段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「名を聞くより」(第71段)の原文・現代語訳
- 徒然草「世に語り伝ふること」(第73段)の原文・現代語訳
- 徒然草「人の心すなほならねば」(第85段)の原文・現代語訳
- 徒然草「奥山に、猫またといふもの」(第89段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「ある人、弓射ることを習ふに」(第92段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「荒れたる宿の」(第104段)の原文・現代語訳
- 徒然草「高名の木登り」(第109段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「友とするにわろき者」(第117段)の原文・現代語訳
- 徒然草「花は盛りに」(第137段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「能をつかんとする人」(第150段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「世に従はん人は」(第155段)の原文・現代語訳
- 徒然草「相模守時頼の母は」(第184段)の原文・現代語訳
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳 定番
- 平宣時朝臣(味噌)(第215段・このページ)
- 徒然草「丹波に出雲といふ所あり」(第236段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「八つになりし年」(第243段)の原文・現代語訳 定番



あわせて読みたい古文のページ
- 古文文法の一覧(動詞・助動詞・係り結び・敬語)
- 古文の助動詞一覧表(全28語の意味・接続・活用)
- 係り結びとは?ぞ・なむ・や・か・こそと結びの形
- 古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳
- 枕草子の原文と現代語訳(教科書に出る段の一覧・三大随筆)
- 竹取物語の全文と現代語訳(全10章・文法解説つき)
- 国語の勉強まとめ(古文・漢文・漢字・百人一首)
本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


