徒然草「荒れたる宿の」(第104段)原文と現代語訳・文法|荒れたる宿の人目なきに(もぞ・聞こえたまふ・すさまじ)

ミスターT先生

第104段

徒然草の「荒れたる宿の、人目なきに」から始まる段(「荒れたる宿の」・第104段)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。荒れた家にひっそり住む女性を、身分の高い男性がたずねる、王朝物語のような一夜の段です。

解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)

この段を30秒で(あらすじと要点)

  • あらすじ:荒れた家にひっそりこもる女性を、ある身分の高い男性が夕月夜にしのんでたずねる。家の中は奥ゆかしく、ふだんからの香がかおっていた。二人は夜通し語り合い、明け方に男性は帰る。四月のあけぼのが美しかったのを思い出し、男性は今もその家の桂の木が見えなくなるまで見送るという。
  • 文法の要点:「もぞ」(〜したら困る)、二方面への敬語「聞こえたまふ」、存続の「り」(立ちたまへる)、係り結び(ぞ〜ぬる・ぞ〜める)、結びの省略(にや・とぞ)、撥音便の無表記「べかめる」。
  • テストの定番:教科書の定番ではないが、敬語の主語、「すさまじ」「心にくし」「なつかし」「やがて」の意味、「にはかにしもあらぬ匂ひ」の読み取りが問われやすい。
サクラちゃん
サクラちゃん
T先生、徒然草って、兼好さんが考えを書く本ですよね? この段は恋の話みたいです。
ミスターT先生
ミスターT先生
そうや。徒然草には、こういう物語みたいな段もある。荒れた家、夕月夜、しのんで来る男。まるで『源氏物語』の一場面みたいやろ。
合格先生
合格先生
わたしはこの段で、T先生に「主語は敬語でさがせ」と教わりました。「たまふ」が付いたら、たずねて来た男性の動作です。

この段で覚える文法(テストに出る順)

  1. もぞ=〜したら困る(雨もぞ降る)
  2. 二方面への敬語聞こえたまふ(女へ・男性へ)
  3. 存続のり(立ちたまへる・たゆみたまへる)
  4. 古今異義語つれづれ・やがて・すさまじ・心にくし・なつかし
  5. 結びの省略にや・とぞ

「荒れたる宿の」はどんな段?(物語のような一夜・兼好の美意識)

第104段は、徒然草の中でもめずらしい、王朝物語のような恋の場面を描いた段です。登場するのは、荒れた家に人目をさけて住む女性と、その女性をしのんでたずねる「ある人」。「ある人」の動作には「たまふ」「おはす」「思し出づ」と尊敬語が使われているので、身分の高い男性だと分かります。だれのことなのかは書かれていません。

兼好がこの段で目を向けているのは、二人の恋そのものよりも、家のたたずまいです。外は荒れていても、中は殺風景ではなく奥ゆかしい。客が来たから急いでたいたのではない、ふだんからの香のかおり。人目のない所でこそ表れるたしなみに、兼好は心をひかれています。月や花を「人の見ていない所の美しさ」として味わう第32段(九月二十日のころ)と、よく似た考え方です。

最後は「卯月ばかりのあけぼの」の青々とした景色と、桂の大木を見送る男性の姿で終わり、「〜とぞ(〜ということだ)」と、人から聞いた話の形でしめくくられます。

1. しのんで訪問 夕月夜に男が荒れた家へ 2. 家に入る 犬がほえ下女が取り次ぐ 3. 奥ゆかしい家 香のかおりすさまじからず 4. 夜通し語る 来し方行く末を心をこめて 5. 明け方に帰る 隙が白くなり別れの言葉 6. 今も見送る 桂の木が隠れるまで振り返る
図1 徒然草「荒れたる宿の」の流れ(6つの場面・ことがら)

本文と現代語訳・文法(1文ずつ)

色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)

1

荒れたる宿の、人目なきに、女のはばかる事あるころにて、つれづれと籠もりゐたるを、ある人、とぶらひたまはんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、

現代語訳荒れはてた家で、人の出入りもない所に、女性が(世間に)遠慮することがあるころで、することもなくひっそりとこもっていたのを、ある人がたずねようとなさって、夕方の月がぼんやりとかすんでいるころに、人目をしのんでおたずねになったところ、

うかるくん
うかるくん
「女のはばかる事あるころ」って、どういうことですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
女性が世間に遠慮しなければならない事情があるころ、ということや。喪に服しているなどと考える読み方があるけど、何の事情かは書かれてへん。だから人目をさけて、ひっそり暮らしてるんやな。

2

犬のことことしくとがむれば、下衆女の出でて、「いづくよりぞ」と言ふに、やがて案内せさせて入りたまひぬ。

現代語訳犬が大げさにほえたてるので、召し使いの女が出て来て、「どちらからですか」と言うので、そのまま取り次ぎをさせて(家の中に)お入りになった。

サクラちゃん
サクラちゃん
「やがて」って、「そのうちに」じゃないんですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
古文の「やがて」は「そのまま・すぐに」や。「やがて入りたまひぬ」は、取り次ぎをさせて、そのまま入った。今の意味で訳したら×やから気をつけや。
荒れた家に住む女性のもとを、男性がたずねる(徒然草の古い絵)
荒れた家に住む女性のもとを、男性がたずねる
出典:西川祐信 画『絵本徒然草(祐信画鑑)』中巻(国立国会図書館デジタルコレクション)

3

心細げなるありさま、いかで過ぐすらんと、いと心苦し。

現代語訳(家の中の)心細そうなようすは、(この女性は)どのようにして暮らしているのだろうと、とても気の毒に思われる。

  • 「いかで〜らん」は「どうやって〜しているのだろう」。「らむ」は目の前にない今のことを推しはかる現在推量。疑問の「いかで」を受けて連体形「らむ(らん)」で結ぶ。→現在推量の助動詞「らむ」
  • 「心苦し」は「気の毒だ・心が痛む」。自分がつらいのではなく、相手を思いやる気持ち。

4

あやしき板敷に、しばし立ちたまへるを、もてしづめたるけはひの若やかなるして、「こなたへ」と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸よりぞ入りたまひぬる。

現代語訳粗末な板敷きの所に、しばらく立っていらっしゃると、落ち着いた感じの若々しい声で、「こちらへ」と言う人がいるので、開け閉めもしにくそうな引き戸から(部屋に)お入りになった。

5

内のさまは、いたくすさまじからず、心にくく、灯はかなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、にはかにしもあらぬ匂ひ、いとなつかしう住みなしたり。

現代語訳部屋の中のようすは、それほど殺風景ではなく、奥ゆかしく、灯火は向こうのほうにほのかについているけれど、調度品のつやなども見えて、急にたいたのではない(しみこんだ)香のかおりが、とても心ひかれるように住みこなしている。

  • 「すさまじ」は「興ざめだ・殺風景だ」、「心にくし」は「奥ゆかしい」、「なつかし」は「心ひかれる・親しみがもてる」。どれも今の意味とずれる古今異義語。→古今異義語の一覧(すさまじ・心にくし・なつかし)
  • 「にはかにしもあらぬ匂ひ」は、客が来たからあわててたいた香ではなく、ふだんからたきしめている香のかおり。女性のたしなみの深さを表している。
  • 「なつかしう」は「なつかしく」のウ音便。「きら」は美しいつや・かがやき。
合格先生
合格先生
「すさまじ」「心にくし」「なつかし」が一文に三つも出てきます。T先生は「この一文は古今異義語の宝箱や」と言っていました。
ミスターT先生
ミスターT先生
「すさまじ」は興ざめ、「心にくし」は奥ゆかしい、「なつかし」は心ひかれる。三つとも今の意味とずれてる。ここ、テストに出るで!

6

「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に、御供の人はそこそこに」と言へば、「今宵ぞ安きいは寝べかめる」とうちささめくも、忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。

現代語訳(家の者が)「門をしっかり閉めてね。雨が降ったら困るから。お車は門の下に、お供の人たちはそこそこに」と言うと、(お供の人たちが)「今夜はゆっくり眠れそうだ」とひそひそ話すのも、声をひそめているけれど、(家が)狭いので、かすかに聞こえる。

  • 「もぞ」は「〜したら困る・〜するといけない」という心配(懸念)を表す。「雨もぞ降る」=雨が降ったら困る。→「もぞ・もこそ」(〜したら困る)の意味
  • 「安きいは寝」の「い」は「眠り」という意味の名詞「寝(い)」、「寝(ぬ)」は「眠る」という動詞。「安らかな眠りを眠る=ゆっくり眠る」。
  • 「べかめる」=「べかるめる」→「べかんめる」の「ん」が書かれない形。「ぞ」の結びで「めり」が連体形「める」になっている。→推定の助動詞「めり」と撥音便の無表記
うかるくん
うかるくん
「雨もぞ降る」は「雨も降る」の強調ですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
ちゃうねん。「もぞ」「もこそ」は「〜したら困る」という心配の言い方や。雨が降ったら困るから、門をちゃんと閉めておいて、ということやな。

7

さて、このほどの事ども、こまやかに聞こえたまふに、夜深き鳥も鳴きぬ。

現代語訳そうして、(男性が)このごろのことなどを、心をこめてくわしくお話し申し上げなさるうちに、まだ夜の深いうちに鳴く鶏も鳴いた。

  • 「聞こえたまふ」は二方面への敬語。謙譲語「聞こゆ」は話を聞く女への敬意、尊敬の「たまふ」は話すある人(男性)への敬意。どちらも作者からの敬意。→二方面への敬語(聞こえたまふ・奉りたまふ)
  • 「夜深き鳥」は、まだ真っ暗なうちに鳴く一番どりのこと。
サクラちゃん
サクラちゃん
「聞こえたまふ」って、謙譲語と尊敬語がいっしょに付いてる…どっちなんですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
両方や。「聞こゆ」は話を聞く女を高める謙譲語、「たまふ」は話す男性を高める尊敬語。一つの動作で二人に敬意を払う、二方面への敬語やな。

8

来し方行く末かけて、まめやかなる御物語に、このたびは鳥も花やかなる声にうちしきれば、明け離るるにやと聞きたまへど、夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、少したゆみたまへるに、

現代語訳昔のことからこれからのことまで、心のこもったお話をしているうちに、今度は鶏もにぎやかな声でしきりに鳴くので、すっかり夜が明けたのだろうかとお聞きになるけれど、まだ暗いうちに急いで帰らなければならない所のようすでもないので、少しのんびりしていらっしゃると、

  • 「明け離るるにや」の「に」は断定「なり」の連用形、「や」は疑問の係助詞で、下の「あらむ」が省かれている(結びの省略)。→「に」の識別(断定・格助詞・接続助詞)
  • 「まめやかなり」は「まじめだ・心がこもっている」。「来し方行く末」は「過去と未来」。
  • 人目をさける恋は、暗いうちに帰るのがふつう。ここはそういう気がねのいらない家なので、男性はゆっくりしている。

9

隙白くなれば、忘れがたき事など言ひて、立ち出でたまふに、

現代語訳戸のすき間が白くなってきたので、忘れられないことなどを言って、(家を)お出になると、

  • 「隙」は戸や板のすき間。外が明るくなって、すき間が白く見えてきた。
  • 「忘れがたき事」は、別れぎわに交わす心のこもった言葉。

10

梢も庭もめづらしく青みわたりたる卯月ばかりのあけぼの、艶にをかしかりしを思し出でて、桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送りたまふとぞ。

現代語訳木々の梢も庭も、目新しいほど一面に青々としている四月ごろの明け方が、優美で趣深かったのを思い出しなさって、(その家のあたりを通るときは)大きな桂の木が見えなくなるまで、今でも振り返ってご覧になるということだ。

  • 「艶なり」は優美で美しい、「をかし」は趣がある。「をかしかりし」の「し」は過去「き」の連体形で、男性が自分で体験したあの朝のこと。→過去の助動詞「き・けり」の違い
  • 「とぞ」は下の「言ふ」などが省かれた結びの省略。「〜ということだ」と人から聞いた話として結ぶ、説話の終わり方。
  • 「卯月」は旧暦の四月(今の五月ごろ)。若葉が青々とする季節。「思し出づ」は「思ひ出づ」の尊敬語。
合格先生
合格先生
最後の「今も見送りたまふとぞ」の「とぞ」は、下の「言ふ」が省かれた形です。T先生に「とぞ・とかで終わったら、人から聞いた話の結び」と覚えさせられました。

夕月夜からあけぼのまで(時間の流れを図で見る)

夕方から明け方まで(時間の流れ) 夕月夜 夜ふけ あけぼの しのんで訪ねる 犬がほえ家に入る 夜深き鳥一番どり 鳥が花やかにしきりに 隙白くすき間が白む 立ち出づ家を出る 帰りぎわの景色(卯月ばかりのあけぼの) 梢も庭も青みわたる → 艶にをかし 今も、桂の大木が隠れるまで見送る (「〜とぞ」=〜ということだ、で結ぶ)
図2 「荒れたる宿の」の時間の流れ(夕月夜からあけぼのまで)
ミスターT先生
ミスターT先生
夕方に来て、鳥の声で夜明けが近いと知って、すき間が白くなったら帰る。時間を表す言葉を追うと、場面がすっと頭に入るで。

重要な古語(単語帳)

古語読み意味
つれづれつれづれすることがなく、ものさびしいこと
とぶらふとぶらうたずねる・見舞う
おぼつかなしおぼつかなしぼんやりしている・はっきりしない
ことことしことことし大げさだ
やがてやがてそのまま・すぐに
心苦しこころぐるし気の毒だ・心が痛む
あやしあやし粗末だ・みすぼらしい(不思議だ・身分が低い)
所狭しところせしきゅうくつだ・やっかいだ
すさまじすさまじ興ざめだ・殺風景だ
心にくしこころにくし奥ゆかしい・心ひかれる
なつかしなつかし心ひかれる・親しみがもてる
まめやかなりまめやかなりまじめだ・心がこもっている
艶なりえんなり優美だ・あでやかで美しい
卯月うづき旧暦の四月
思し出づおぼしいづ思い出しなさる(尊敬語)

テストに出る問題(答えは押すと開く)

問1 「つれづれと籠もりゐたる」の「つれづれ」の意味は?

することがなく、ものさびしいようす(退屈で手持ちぶさたなようす)。

問2 「やがて案内せさせて」の「やがて」の意味と、「させ」の文法的な意味を答えなさい。

「やがて」は「そのまま・すぐに」。「させ」は使役の助動詞「さす」の連用形(下女に取り次ぎをさせた)。

問3 「雨もぞ降る」を現代語訳しなさい。

「雨が降ったら困る(雨が降るといけない)」。「もぞ」は心配(懸念)を表す。

問4 「内のさまは、いたくすさまじからず」の「すさまじ」の意味は?

興ざめだ・殺風景だ。今の「ものすごい」の意味ではない。

問5 「にはかにしもあらぬ匂ひ」から、女性のどんなようすが分かるか。

客が来たから急いでたいた香ではなく、ふだんから香をたきしめて暮らしている、たしなみの深いようす。

問6 「こまやかに聞こえたまふ」の「聞こえ」と「たまふ」は、それぞれ誰への敬意か。

「聞こえ」(謙譲語)は話を聞く女への敬意、「たまふ」(尊敬語)は話す男性(ある人)への敬意。どちらも作者から。

問7 「明け離るるにや」の「や」の下に省かれている言葉を補いなさい。

「あらむ」(明け離るるにやあらむ=すっかり夜が明けたのだろうか)。

問8 「艶にをかしかりしを」の「し」の文法的説明をしなさい。

過去の助動詞「き」の連体形。

うかるくん
うかるくん
人が見ていない所でもきちんとしている人に、兼好さんは心ひかれたんですね。古今異義語もいっぱい覚えました!

徒然草「荒れたる宿の」原文(全文・通し)

1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。

荒れたる宿の、人目なきに、女のはばかる事あるころにて、つれづれと籠もりゐたるを、ある人、とぶらひたまはんとて、夕月夜のおぼつかなきほどに、忍びて尋ねおはしたるに、

犬のことことしくとがむれば、下衆女の出でて、「いづくよりぞ」と言ふに、やがて案内せさせて入りたまひぬ。

心細げなるありさま、いかで過ぐすらんと、いと心苦し。

あやしき板敷に、しばし立ちたまへるを、もてしづめたるけはひの若やかなるして、「こなたへ」と言ふ人あれば、たてあけ所狭げなる遣戸よりぞ入りたまひぬる。

内のさまは、いたくすさまじからず、心にくく、灯はかなたにほのかなれど、もののきらなど見えて、にはかにしもあらぬ匂ひ、いとなつかしう住みなしたり。

「門よくさしてよ。雨もぞ降る。御車は門の下に、御供の人はそこそこに」と言へば、「今宵ぞ安きいは寝べかめる」とうちささめくも、忍びたれど、ほどなければ、ほの聞こゆ。

さて、このほどの事ども、こまやかに聞こえたまふに、夜深き鳥も鳴きぬ。

来し方行く末かけて、まめやかなる御物語に、このたびは鳥も花やかなる声にうちしきれば、明け離るるにやと聞きたまへど、夜深く急ぐべき所のさまにもあらねば、少したゆみたまへるに、

隙白くなれば、忘れがたき事など言ひて、立ち出でたまふに、

梢も庭もめづらしく青みわたりたる卯月ばかりのあけぼの、艶にをかしかりしを思し出でて、桂の木の大きなるが隠るるまで、今も見送りたまふとぞ。

徒然草「荒れたる宿の」現代語訳(全文・通し)

荒れはてた家で、人の出入りもない所に、女性が(世間に)遠慮することがあるころで、することもなくひっそりとこもっていたのを、ある人がたずねようとなさって、夕方の月がぼんやりとかすんでいるころに、人目をしのんでおたずねになったところ、

犬が大げさにほえたてるので、召し使いの女が出て来て、「どちらからですか」と言うので、そのまま取り次ぎをさせて(家の中に)お入りになった。

(家の中の)心細そうなようすは、(この女性は)どのようにして暮らしているのだろうと、とても気の毒に思われる。

粗末な板敷きの所に、しばらく立っていらっしゃると、落ち着いた感じの若々しい声で、「こちらへ」と言う人がいるので、開け閉めもしにくそうな引き戸から(部屋に)お入りになった。

部屋の中のようすは、それほど殺風景ではなく、奥ゆかしく、灯火は向こうのほうにほのかについているけれど、調度品のつやなども見えて、急にたいたのではない(しみこんだ)香のかおりが、とても心ひかれるように住みこなしている。

(家の者が)「門をしっかり閉めてね。雨が降ったら困るから。お車は門の下に、お供の人たちはそこそこに」と言うと、(お供の人たちが)「今夜はゆっくり眠れそうだ」とひそひそ話すのも、声をひそめているけれど、(家が)狭いので、かすかに聞こえる。

そうして、(男性が)このごろのことなどを、心をこめてくわしくお話し申し上げなさるうちに、まだ夜の深いうちに鳴く鶏も鳴いた。

昔のことからこれからのことまで、心のこもったお話をしているうちに、今度は鶏もにぎやかな声でしきりに鳴くので、すっかり夜が明けたのだろうかとお聞きになるけれど、まだ暗いうちに急いで帰らなければならない所のようすでもないので、少しのんびりしていらっしゃると、

戸のすき間が白くなってきたので、忘れられないことなどを言って、(家を)お出になると、

木々の梢も庭も、目新しいほど一面に青々としている四月ごろの明け方が、優美で趣深かったのを思い出しなさって、(その家のあたりを通るときは)大きな桂の木が見えなくなるまで、今でも振り返ってご覧になるということだ。

徒然草「荒れたる宿の」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)

よくある質問(徒然草の基本)

徒然草の作者は誰?

兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。

徒然草はいつの作品?

鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。

徒然草の冒頭(書き出し)は?

序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。

徒然草はどんな作品?

序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。

徒然草の目次(教科書に出る段)

徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。

ミスターT先生
ミスターT先生
次は「友とするにわろき者」。友だちにしたらあかん七つの者と、よい友だち三つや。兼好のするどいひと言に、思わずうなずくで。お楽しみに!

あわせて読みたい古文のページ

本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。