
第1段
徒然草の「いでや、この世に生まれては」から始まる段(第1段「いでや、この世に生まれては」)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- 兼好の主張:この世で望ましいものは多い。天皇・皇族・高い身分の貴族はすばらしいが、権勢をふるう法師はうらやましくない。人は顔かたちがよく、話し方に魅力があるのが望ましい。生まれつきは変えられないが、心は努力で賢くできる。身につけたいのは学問・漢詩・和歌・音楽・朝廷のしきたりの知識、字が上手で歌えて、酒も少しは飲めること。
- 文法の要点:「こそ〜已然形」の係り結びが8か所、こそ〜已然形、の逆接(生まれつきたらめ、)、反語「などか〜ざらん」、婉曲の「む」、自発の「らる」、強意+推量「なん」、撥音便の無表記「多かめれ」。
- テストの定番:「あらまほし」=理想的だ、「なまめかし」=優雅だ、「かしこし」=おそれ多い、「心はなどか〜移らざらん」の反語訳がよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 「こそ〜已然形」の係り結び(こそ多かめれ・こそ男はよけれ など8か所)
- こそ〜已然形、で続くと逆接(しな・かたちこそ生まれつきたらめ、)
- 反語などか〜ざらん(どうして〜ないことがあろうか)
- あらまほし=理想的だ、なまめかし=優雅だ、かしこし=おそれ多い
- 婉曲の「む」(すぐれたらん)と自発の「らる」(心劣りせらるる)
「いでや、この世に生まれては」はどんな段?(兼好が考える理想の人)
第1段は、序段「つれづれなるままに」のすぐあとに置かれた段です。兼好はまず、天皇・皇族・摂政関白など、生まれによって決まる高い身分を挙げます。そのうえで、世間で権勢をふるう法師には手きびしく、「法師ほどうらやましくないものはない」と言い切ります。出家した兼好自身が法師であることを思うと、皮肉のこもった言い方です。
段の後半では、話題が身分から「人がら」へ移ります。顔かたちや話し方の魅力、そして「生まれつきは変えられないが、心は努力でいくらでも賢くできる」という主張。身につけたいものとして、学問・漢詩・和歌・音楽・朝廷のしきたり、字の上手さ、歌、そして「少しは酒も飲めること」まで挙げて終わります。
兼好は、もとは朝廷に仕えた役人で、歌人としても知られる人でした。貴族の教養を大切にしながら、肩書きよりも中身を重んじる見方が、この段によく表れています。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。
現代語訳いやもう、この世に生まれたからには、望ましいはずのことが多いようだ。
- 「いでや」は感動詞で「いやもう・さてさて」。話を始めるときの、ため息まじりの言葉。
- 「多かめれ」は「多かる+めり」の「る」が撥音便で「ん」になり、それを書かない形(多かんめれ→多かめれ)。→推定の助動詞「めり」と撥音便の無表記
- 係助詞「こそ」を受けて、文末が已然形「めれ」で結ばれる。→係り結びの法則(こそ〜已然形)


2
帝の御位はいともかしこし。竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。
現代語訳天皇の御位はたいそうおそれ多い。皇族の子孫の末々まで、ふつうの人間の血筋ではないのが尊いことだ。
- 「かしこし」は「おそれ多い」。天皇や神などに使う。「賢い」の意味もあるので文脈で見分ける。→古今異義語の一覧(かしこし・やんごとなし)
- 「竹の園生」は皇族のこと(中国の故事から)。「末葉」は子孫の末々。
- 「種ならぬぞやんごとなき」は、係助詞「ぞ」を受けて形容詞「やんごとなし」が連体形で結ぶ。「やんごとなし」=高貴だ・尊い。

出典:西川祐信 画『絵本徒然草(祐信画鑑)』上巻(国立国会図書館デジタルコレクション)
3
一の人の御ありさまはさらなり、ただ人も、舎人などたまはる際は、ゆゆしと見ゆ。その子・孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。
現代語訳摂政・関白のご様子は言うまでもない、(皇族でない)ふつうの貴族でも、(朝廷から)随身の舎人などをいただく身分の人は、すばらしいと見える。その子や孫までは、落ちぶれてしまっているけれど、やはり優雅である。
- 「一の人」は摂政・関白のこと。「さらなり」は「言うまでもない」。
- 「ゆゆし」は良くも悪くも程度がはなはだしいこと(ここでは「すばらしい」)。「なまめかし」は今の「色っぽい」ではなく「優雅だ・上品だ」。→古今異義語(なまめかし・ゆゆし)
- 「はふれにたれど」は「落ちぶれる(はふる)+完了ぬ+存続たり+ど」で「落ちぶれてしまっているけれど」。→完了の助動詞「つ・ぬ」


4
それより下つ方は、ほどにつけつつ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口惜し。
現代語訳それより下の身分の者は、身分に応じて時流に乗り、得意顔をしているのも、本人はすばらしいと思っているだろうが、(はたから見ると)たいそうつまらない。
- 「思ふらめど」の「らめ」は現在推量「らむ」の已然形(今ごろ〜しているだろう)。下の逆接「ど」につながる。→現在推量の助動詞「らむ」
- 「時にあふ」は「時流に乗って栄える」。「したり顔」は「うまくやったという得意顔」。
- 「口惜し」は「残念だ・つまらない」。→古今異義語(口惜し・いみじ)
5
法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。「人には木の端のやうに思はるるよ。」と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。
現代語訳法師ほどうらやましくないものはないだろう。「(法師は)人からは木の切れはしのように思われるよ。」と清少納言が書いているのも、本当にそのとおりだよ。
- 「あらじ」の「じ」は打消推量(〜ないだろう)。→打消推量の助動詞「じ」と「まじ」
- 「思はるる」の「るる」は受身「る」の連体形(〜される)。→「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 「書ける」の「る」は完了・存続「り」の連体形。四段動詞「書く」の已然形「書け」につく。
- 清少納言の言葉は、枕草子にある「法師は人に木の端のように思われる」という一節をふまえたもの。「げに」は「本当に」。


6
勢ひ猛にののしりたるにつけて、いみじとは見えず、増賀聖の言ひけんやうに、名聞ぐるしく、仏の御教へにたがふらんとぞおぼゆる。ひたぶるの世捨て人は、なかなかあらまほしき方もありなん。
現代語訳(法師が)勢いよく権勢をふるって騒いでいるのにつけても、すばらしいとは見えず、増賀聖が言ったとかいうように、名声にとらわれて見苦しく、仏の御教えにそむいているだろうと思われる。(ところが)ひたすら世を捨てた人は、かえって理想的なところもきっとあるだろう。
- 「言ひけんやうに」の「けん」は、過去のことを人から聞いた伝聞(〜たとかいう)。→過去推量の助動詞「けむ」(伝聞・婉曲)
- 「とぞおぼゆる」は係り結び。「おぼゆ」は「思われる」。
- 「あらまほし」は「理想的だ・望ましい」。徒然草によく出る大事な語。「なかなか」は「かえって」。→「まほし」と「あらまほし」の意味
- 「ありなん」の「な」は強意の「ぬ」、「ん」は推量で「きっと〜だろう」。→「なむ」の識別(強意+推量・願望・係助詞)
- 増賀聖は平安時代の高僧で、名誉や地位をきらったことで知られる人物。

7
人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。ものうち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉多からぬこそ、飽かず向かはまほしけれ。
現代語訳人は、顔かたちや姿がすぐれているようなのが、望ましいにちがいない。ちょっと何か言ったのが、聞きにくくなく、かわいげがあって、口数の多くない人こそ、いつまでも向き合っていたい。
- 「すぐれたらん」の「ん」は文の中の連体形で、婉曲(〜ような)。→推量の助動詞「む」の意味(推量・意志・婉曲・仮定)
- 「向かはまほしけれ」の「まほし」は希望(〜たい)。係助詞「こそ」を受けて已然形「まほしけれ」で結ぶ。→希望の助動詞「まほし」
- 「愛敬」は「かわいげ・やさしい魅力」。「飽かず」は「いつまでも・満ち足りることなく」。
8
めでたしと見る人の、心劣りせらるる本性見えんこそ、口惜しかるべけれ。
現代語訳すばらしいと思っている人が、(思っていたより)がっかりさせられるような本性を見せるようなことは、残念にちがいない。
- 「心劣りせらるる」の「らるる」は自発(自然と〜される)。「心劣り」は「思っていたより劣って見えて、がっかりすること」。→「る・らる」の自発の見分け方
- 「めでたし」は「すばらしい」。今の「おめでたい」とはちがう。→古今異義語(めでたし・口惜し)
9
しな・かたちこそ生まれつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。
現代語訳家柄や顔かたちは生まれついたものであろうが、心はどうして、(努力して)賢い上にもさらに賢いほうへと移そうとすれば、移らないことがあろうか、いや、移るはずだ。
- 「こそ〜生まれつきたらめ、」のように、こそ〜已然形で文が終わらずに続くときは、「〜けれども」と逆接で訳す。→係り結び「こそ〜已然形、」の逆接
- 「などか〜ざらん」は反語(どうして〜ないことがあろうか、いや〜する)。「など」は「どうして」、「か」は係助詞。
- 兼好の主張の中心。「生まれつきは変えられないが、心は努力でみがける」と言っている。


10
かたち・心ざまよき人も、才なくなりぬれば、しなくだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるるこそ、本意なきわざなれ。
現代語訳顔かたちや気だてのよい人でも、学問の才がなくなってしまうと、品位が下がり、顔がにくらしい(ような)人の中にも混じって、相手にもならずに圧倒されるのは、不本意なことだ。
- 「なりぬれば」は「已然形+ば」で確定条件(〜すると・〜したので)。→接続助詞「ば」の仮定条件と確定条件
- 「才」は「ざえ」と読み、漢学(漢文の学問)の知識のこと。「けおさる」は「圧倒される・気おされる」。
- 「本意なし」は「不本意だ・残念だ」。

11
ありたき事は、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道。また有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。
現代語訳身につけたいことは、本格的な学問の道、漢詩を作ること、和歌、音楽の道である。また、朝廷のしきたりや儀式のことにくわしく、人の手本となるようなことはすばらしいにちがいない。
- 「まことしき文の道」は本格的な漢学。「作文」は「さくもん」と読み、漢詩を作ること。「管絃」は楽器の演奏。
- 「有職」は朝廷の儀式・しきたりの知識、「公事」は朝廷の行事・政務。「人の鏡」は「人の手本」。
12
手などつたなからず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ男はよけれ。
現代語訳文字などを下手でなくすらすらと書き、声がよくて拍子をとり(歌い)、(酒をすすめられると)困ったようにするものの、(実は)酒が飲めないわけではないのが、男としてはよい。
- 「手」は「文字・筆跡」。「走り書き」は「すらすらと書くこと」。
- 「いたましう」は「いたましく」のウ音便(困ったように・遠慮するように)。「ものから」は逆接(〜ものの)。→古文の音便(ウ音便)
- 「下戸」は酒が飲めない人。最後に少しくだけた条件を出して、段をしめくくっている。


「こそ〜已然形」を図で確かめる(第1段の係り結び8か所)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| いでや | いでや | いやもう・さてさて |
| かしこし | かしこし | おそれ多い(賢いの意味もある) |
| やんごとなし | やんごとなし | 高貴だ・尊い |
| さらなり | さらなり | 言うまでもない |
| ゆゆし | ゆゆし | はなはだしい・すばらしい・不吉だ |
| はふる | はふる | 落ちぶれる |
| なまめかし | なまめかし | 優雅だ・上品だ |
| 口惜し | くちおし | 残念だ・つまらない |
| げに | げに | 本当に・なるほど |
| あらまほし | あらまほし | 理想的だ・望ましい |
| なかなか | なかなか | かえって |
| 愛敬 | あいぎょう | かわいげ・やさしい魅力 |
| めでたし | めでたし | すばらしい |
| 才 | ざえ | 学問(漢学)の才能 |
| 有職 | ゆうそく | 朝廷の儀式・しきたりの知識 |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「願はしかるべきことこそ多かめれ」の係り結びを説明しなさい。
係助詞「こそ」を受けて、推定の助動詞「めり」の已然形「めれ」で結んでいる。
問2 「多かめれ」はもとの形にもどすと何か。
「多かるめれ」→撥音便「多かんめれ」→「ん」を書かない形が「多かめれ」。
問3 「なほなまめかし」の「なまめかし」の意味は?
「優雅だ・上品だ」。今の「色っぽい」とはちがう古今異義語。
問4 「ひたぶるの世捨て人は、なかなかあらまほしき方もありなん」の「あらまほし」の意味は?
「理想的だ・望ましい」。
問5 「心はなどか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん」を現代語訳しなさい。
「心はどうして、賢い上にもさらに賢いほうへ移そうとすれば、移らないことがあろうか、いや移る」。反語。
問6 「しな・かたちこそ生まれつきたらめ、」の「こそ〜め、」はどう訳すか。
「〜であろうが」と逆接で訳す。こそ〜已然形で文が続くときは逆接。
問7 「心劣りせらるる」の「らるる」の意味は?
自発(自然と〜される)。
問8 兼好が「ありたき事」として挙げたものを二つ答えなさい。
学問(まことしき文の道)、漢詩(作文)、和歌、管絃、有職・公事の知識、字が上手なこと、などから二つ。

徒然草「いでや、この世に生まれては」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
いでや、この世に生まれては、願はしかるべきことこそ多かめれ。
帝の御位はいともかしこし。竹の園生の末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。
一の人の御ありさまはさらなり、ただ人も、舎人などたまはる際は、ゆゆしと見ゆ。その子・孫までは、はふれにたれど、なほなまめかし。
それより下つ方は、ほどにつけつつ、時にあひ、したり顔なるも、みづからはいみじと思ふらめど、いと口惜し。
法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。「人には木の端のやうに思はるるよ。」と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。
勢ひ猛にののしりたるにつけて、いみじとは見えず、増賀聖の言ひけんやうに、名聞ぐるしく、仏の御教へにたがふらんとぞおぼゆる。ひたぶるの世捨て人は、なかなかあらまほしき方もありなん。
人は、かたち・ありさまのすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。ものうち言ひたる、聞きにくからず、愛敬ありて、言葉多からぬこそ、飽かず向かはまほしけれ。
めでたしと見る人の、心劣りせらるる本性見えんこそ、口惜しかるべけれ。
しな・かたちこそ生まれつきたらめ、心はなどか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。
かたち・心ざまよき人も、才なくなりぬれば、しなくだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるるこそ、本意なきわざなれ。
ありたき事は、まことしき文の道、作文、和歌、管絃の道。また有職に公事の方、人の鏡ならんこそいみじかるべけれ。
手などつたなからず走り書き、声をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸ならぬこそ男はよけれ。
徒然草「いでや、この世に生まれては」現代語訳(全文・通し)
いやもう、この世に生まれたからには、望ましいはずのことが多いようだ。
天皇の御位はたいそうおそれ多い。皇族の子孫の末々まで、ふつうの人間の血筋ではないのが尊いことだ。
摂政・関白のご様子は言うまでもない、(皇族でない)ふつうの貴族でも、(朝廷から)随身の舎人などをいただく身分の人は、すばらしいと見える。その子や孫までは、落ちぶれてしまっているけれど、やはり優雅である。
それより下の身分の者は、身分に応じて時流に乗り、得意顔をしているのも、本人はすばらしいと思っているだろうが、(はたから見ると)たいそうつまらない。
法師ほどうらやましくないものはないだろう。「(法師は)人からは木の切れはしのように思われるよ。」と清少納言が書いているのも、本当にそのとおりだよ。
(法師が)勢いよく権勢をふるって騒いでいるのにつけても、すばらしいとは見えず、増賀聖が言ったとかいうように、名声にとらわれて見苦しく、仏の御教えにそむいているだろうと思われる。(ところが)ひたすら世を捨てた人は、かえって理想的なところもきっとあるだろう。
人は、顔かたちや姿がすぐれているようなのが、望ましいにちがいない。ちょっと何か言ったのが、聞きにくくなく、かわいげがあって、口数の多くない人こそ、いつまでも向き合っていたい。
すばらしいと思っている人が、(思っていたより)がっかりさせられるような本性を見せるようなことは、残念にちがいない。
家柄や顔かたちは生まれついたものであろうが、心はどうして、(努力して)賢い上にもさらに賢いほうへと移そうとすれば、移らないことがあろうか、いや、移るはずだ。
顔かたちや気だてのよい人でも、学問の才がなくなってしまうと、品位が下がり、顔がにくらしい(ような)人の中にも混じって、相手にもならずに圧倒されるのは、不本意なことだ。
身につけたいことは、本格的な学問の道、漢詩を作ること、和歌、音楽の道である。また、朝廷のしきたりや儀式のことにくわしく、人の手本となるようなことはすばらしいにちがいない。
文字などを下手でなくすらすらと書き、声がよくて拍子をとり(歌い)、(酒をすすめられると)困ったようにするものの、(実は)酒が飲めないわけではないのが、男としてはよい。
徒然草「いでや、この世に生まれては」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(徒然草の基本)
徒然草の作者は誰?
兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。
徒然草はいつの作品?
鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。
徒然草の冒頭(書き出し)は?
序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。
徒然草はどんな作品?
序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。
徒然草の目次(教科書に出る段)
徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 徒然草「つれづれなるままに」(序段)の原文・現代語訳 定番
- いでや、この世に生まれては(第1段・このページ)
- 徒然草「あだし野の露消ゆる時なく」(第7段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「家居のつきづきしく」(第10段)の原文・現代語訳
- 徒然草「神無月のころ」(第11段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「人は己をつづまやかにし」(第18段)の原文・現代語訳
- 徒然草「折節の移り変はるこそ」(第19段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「九月二十日のころ」(第32段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」(第41段)の原文・現代語訳
- 徒然草「公世の二位のせうとに」(第45段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「亀山殿の御池に」(第51段)の原文・現代語訳
- 徒然草「仁和寺にある法師」(第52段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「これも仁和寺の法師」(第53段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「真乗院に、盛親僧都とて」(第60段)の原文・現代語訳
- 徒然草「筑紫に、なにがしの押領使」(第68段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「名を聞くより」(第71段)の原文・現代語訳
- 徒然草「世に語り伝ふること」(第73段)の原文・現代語訳
- 徒然草「人の心すなほならねば」(第85段)の原文・現代語訳
- 徒然草「奥山に、猫またといふもの」(第89段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「ある人、弓射ることを習ふに」(第92段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「荒れたる宿の」(第104段)の原文・現代語訳
- 徒然草「高名の木登り」(第109段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「友とするにわろき者」(第117段)の原文・現代語訳
- 徒然草「花は盛りに」(第137段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「能をつかんとする人」(第150段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「世に従はん人は」(第155段)の原文・現代語訳
- 徒然草「相模守時頼の母は」(第184段)の原文・現代語訳
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳 定番
- 徒然草「平宣時朝臣」(第215段)の原文・現代語訳
- 徒然草「丹波に出雲といふ所あり」(第236段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「八つになりし年」(第243段)の原文・現代語訳 定番

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- 古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
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本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


