
第60段
徒然草の「真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり」から始まる段(第60段、いもがしらの話)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:真乗院の盛親僧都は、学識のある僧だが、いもがしらが大好きで、講義中も食べ、病気もいもで治した。師匠からゆずられた財産三百貫もすべていもがしらに使った。ある法師に意味のないあだ名「しろうるり」をつけ、食事も眠りも自分の思うまま。それでも人にきらわれず許されたのは、徳が高かったからだろう、と兼好は結ぶ。
- 文法の要点:反実仮想「ましかば」、強意+推量「てん」、存在の「なり」(京なる人)、使役「す」(食はする)、受身「る」(思はれ・許され)、係り結び「ぞ〜ける」、結びの省略「にや」。
- テストの定番:「京なる人」の「なる」、「ましかば」の反実仮想、「やがて」「ありがたし」「曲者」の意味、三百貫=三万疋の計算、僧都が許された理由がよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- ましかば(反実仮想)=もし〜だったとしたら
- 京なる人の「なる」=存在の「なり」(〜にいる)
- 「似てん」=強意「つ」+推量「む」(きっと〜だろう)
- 古今異義語やがて(すぐに)・ありがたし(めったにない)・曲者(変わり者)
- 結びの省略にや(あらむ)=〜であろうか
「真乗院に、盛親僧都とて」はどんな段?(自由すぎる僧と兼好の見方)
徒然草には、兼好が見聞きしたおもしろい人物の話がたくさんあります。この段の盛親僧都は、学問も字も話もうまく、宗派の中心となる立派な僧なのに、食べたいときに食べ、眠いときに眠り、人の言うことを聞かない、とても型破りな人として描かれています。真乗院は、仁和寺の中にあった寺の一つとされます。
兼好はこの僧都を、ばかにしたり非難したりはしていません。財産をためこまずに好きなものに使い切ったことを、人々が「めったにない道心者だ」とほめた話を紹介し、最後は「徳の至れりけるにや(徳がこのうえなく高かったからだろうか)」と結びます。世間のきまりにしばられない生き方を、どこかおもしろがり、認めているのがこの段の読みどころです。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。いもがしらといふ物を好みて、多く食ひけり。
現代語訳真乗院に、盛親僧都という、すぐれた学識のある僧がいた。いもがしらという物が好きで、たくさん食べた。
- 「真乗院」は寺の名、「僧都」は僧の位(僧正の次の位)。「智者」は仏教の学問にすぐれた人。
- 「いもがしら」は里芋の親いも(いちばん大きな中心のいも)。この段の主役の食べ物。
- 「けり」は人から伝え聞いた過去(〜た)。徒然草の説話(話)の段は「けり」で語られることが多い。→過去の助動詞「き・けり」の違い
2
談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝元に置きつつ、食ひながら文をも読みけり。
現代語訳(お経の内容を説き聞かせる)講義の席でも、大きな鉢に(いもがしらを)山盛りにして、ひざもとに置いて、食べながら書物を読んだ(講義をした)。
- 「談義」は、お経や仏教の教えを人々に説き聞かせる講義。そんなまじめな席でも、いもを食べながらだった。
- 「つつ」は反復・継続(〜しながら・〜しては)を表す接続助詞。→接続助詞の一覧(つつ・ながら・ば・ど)
- 「うづたかし」は「高く盛り上がっている」。



出典:西川祐信 画『絵本徒然草(祐信画鑑)』中巻(国立国会図書館デジタルコレクション)
3
わづらふことあるには、七日・二七日など、療治とて籠り居て、思ふやうに、よきいもがしらを選びて、ことに多く食ひて、よろづの病をいやしけり。
現代語訳病気になったときには、七日間や十四日間など、治療だといって(部屋に)こもって、思いどおりに、よいいもがしらを選んで、特にたくさん食べて、どんな病気も治した。
- 「わづらふ」は「病気になる」。今の「(心を)わずらわす」とは少しちがう。「二七日」は七日の二倍で十四日。
- 薬ではなく、いもがしらを食べて病気を治したという、この僧都らしい話。
4
人に食はすることなし。ただひとりのみぞ食ひける。
現代語訳人に食べさせることはなかった。ただ自分一人だけで食べた。
- 「食はする」の「する」は使役「す」の連体形(食べさせる)。四段動詞「食ふ」の未然形「食は」についている。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」
- 係り結び:「ぞ」→結びは連体形「ける」。→係り結びの決まり(ぞ・なむ・や・か・こそ)


5
極めて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋をいもがしらの銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、いもがしらを乏しからず召しけるほどに、また、他用に用ゐることなくて、その銭みなになりにけり。
現代語訳(僧都は)たいそう貧しかったが、師匠が死にぎわに、銭二百貫と僧坊一つをゆずったのを、僧坊を百貫で売って、合わせて三万疋をいもがしらの代金と決めて、京にいる人に預けておいて、十貫ずつ取り寄せて、いもがしらを不足なく召し上がっているうちに、ほかの用事に使うこともなくて、そのお金はすっかりなくなってしまった。
- 「京なる人」の「なる」は断定「なり」の存在の用法(〜にいる・〜にある)。「京にいる人」と訳す。→断定の助動詞「なり・たり」と存在の「なり」
- お金の計算:一貫=千文、一疋=十文。銭二百貫+坊を売った百貫=三百貫=三万疋。それをぜんぶ、いもがしら代にした。
- 「召す」はここでは「食ふ」の尊敬語(召し上がる)。「呼ぶ」の意味の「召す」とまちがえない。→敬語動詞の一覧(召す・賜ふ・仰す)
- 「なりにけり」の「に」は完了「ぬ」の連用形(〜てしまった)。→「に」の識別(完了・断定・格助詞)


6
「三百貫の物を貧しき身にまうけて、かく計らひける、まことにありがたき道心者なり」とぞ、人申しける。
現代語訳「三百貫もの財産を貧しい身で手に入れて、このように使ったのは、本当にめったにいない仏道修行者だ」と、人々は申した。
- 「ありがたし」は「めったにない・めずらしい」。今の「ありがたい(感謝)」とはちがう古今異義語。→古今異義語の一覧(ありがたし・やがて・わづらふ)
- 「道心者」は仏道を求める心をもつ人。大金をためこまず、好きないもに使い切ったことを、人々は「欲のない人だ」とほめている。
- 「計らひける」の「ける」は連体形で、下に「こと」をおぎなって「使ったことは」と訳す(連体形の準体法)。「まうく」は「手に入れる」。


7
この僧都、ある法師を見て、しろうるりといふ名をつけたりけり。
現代語訳この僧都が、ある法師を見て、「しろうるり」というあだ名をつけた。
- 「しろうるり」は、僧都が勝手に作った意味のない言葉。何のことか、本人にも分からない(次の段落)。
8
「とは何物ぞ」と人の問ひければ、「さる物を我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。
現代語訳「(しろうるり)とは何ですか」と人がたずねたので、「そんな物はわたしも知らない。もし(しろうるりという物が)あったとしたら、きっとこの僧の顔に似ているだろう」と言った。
- 「ましかば〜」は反実仮想(もし〜だったとしたら)。「しろうるり」は実際にはない物なので、「もしあったら」と事実に反する仮定をしている。→反実仮想の助動詞「まし」(ましかば〜まし)
- 「似てん」は強意「つ」+推量「む」で「きっと似ているだろう」。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
- 意味のない言葉でも「この僧の顔のような物だ」と言い切ってしまう、僧都のとぼけたユーモア。


9
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・弁説、人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
現代語訳この僧都は、顔立ちがよく、力が強く、大食いで、字がうまく、学問にすぐれ、話がうまいことが、人よりすぐれていて、宗派の中心人物であったので、寺の中でも重んじられていたけれども、世間を軽く見ている変わり者で、何事も自分の思うままにして、まったく人に従うということがない。
- 「重く思はれ」の「れ」は受身(重んじられる)。→助動詞「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 「法灯」は、仏の教えを世を照らす灯にたとえた語で、「宗派を背負う中心人物」。「能書」は字がうまいこと、「学匠」は学問のある僧。
- 「曲者」は、今の「あやしい人」ではなく「ひとくせある人・変わり者」。「おほかた〜なし」は「まったく〜ない」。
10
出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。
現代語訳(寺の行事に)出て、ごちそうの席につくときも、全員の前にお膳が並べ終わるのを待たないで、自分の前に置かれてしまうと、すぐに一人で食べて、帰りたくなると、一人でさっと立って行ってしまった。
- 「やがて」は「すぐに・そのまま」。今の「そのうち」とはちがう古今異義語の定番。→古今異義語の一覧(やがて・ありがたし)
- 「据ゑぬれば」の「ぬれ」は完了「ぬ」の已然形。已然形+「ば」は「〜すると・〜したので」。→接続助詞「ば」(未然形+ば・已然形+ば)
- 「帰りたけれ」の「たけれ」は希望の助動詞「たし」の已然形(帰りたい)。「つい立つ」は「突き立つ」の変化した形で、「さっと立つ」。


11
斎・非時も、人に等しく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、ねぶたければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の言ふこと聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、世の常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。
現代語訳(僧の決まった食事である)斎も非時も、ほかの人と同じように時間を決めて食べることはせず、自分が食べたいときに、夜中でも明け方でも食べて、眠いと、昼でも(戸に鍵を)かけてこもって、どんな大事な用があっても、人の言うことを聞き入れず、目が覚めてしまうと、何日もの夜を眠らず、心を落ち着けて詩歌を口ずさみながら歩きまわるなど、ふつうではないようすだったが、人にきらわれず、何事も許された。
- 「斎」は僧の昼前の食事、「非時」は決まった時間外(昼すぎ)の食事。僧都は食事の時間も守らなかった。
- 「厭はれず」「許されけり」の「れ」はどちらも受身(きらわれない・許された)。→「る・らる」の受身の用法
- 「ねぶたし」は「眠い」。「うそぶく」は、ここでは「詩歌を小声で口ずさむ」。「寝ぬ」は「眠る」(下二段動詞)。
- 「世の常ならぬさま」の「ぬ」は下に名詞「さま」があるので打消「ず」の連体形。→「ぬ」の識別(完了と打消)
12
徳の至れりけるにや。
現代語訳(それは)徳がこのうえなく高かったからであろうか。
- 「にや」は結びの省略。下に「あらむ」がかくれていて、「〜であろうか」と訳す。「に」は断定「なり」の連用形。→係り結びの結びの省略(にや・にか・とぞ)
- この一文が兼好の感想(まとめ)。わがままに見える僧都が許されたのは、人並みはずれた徳(人がらと学識)があったからだろう、と考えている。


いもがしらのお金を図で計算する(貫と疋)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 智者 | ちしゃ | 学識のすぐれた人 |
| いもがしら | いもがしら | 里芋の親いも |
| 談義 | だんぎ | お経や仏教の教えを説き聞かせる講義 |
| わづらふ | わずらう | 病気になる |
| 療治 | りょうじ | 病気の治療 |
| 坊 | ぼう | 僧の住む建物(僧坊) |
| 召す | めす | 召し上がる(「食ふ」の尊敬語) |
| ありがたし | ありがたし | めったにない・めずらしい |
| 道心者 | どうしんじゃ | 仏道を求める心をもつ人 |
| みめ | みめ | 顔立ち・容姿 |
| 曲者 | くせもの | ひとくせある人・変わり者 |
| やがて | やがて | すぐに・そのまま |
| ねぶたし | ねぶたし | 眠い |
| うそぶく | うそぶく | 詩歌を小声で口ずさむ |
| 厭ふ | いとう | きらう・いやがる |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「京なる人に預け置きて」の「なる」の文法的な説明と、訳を答えなさい。
断定の助動詞「なり」の連体形で、存在(〜にいる)の用法。「京にいる人」と訳す。
問2 師匠から受け継いだ銭二百貫と、坊を売った百貫を合わせると何疋か?
三百貫=三万疋(一貫=千文、一疋=十文)。
問3 「まことにありがたき道心者なり」の「ありがたし」の意味は?
「めったにない・めずらしい」。今の「感謝する」意味ではない。
問4 「もしあらましかば、この僧の顔に似てん」の「ましか」の意味と、全体の訳を答えなさい。
反実仮想の「まし」の未然形。「もし(しろうるりという物が)あったとしたら、きっとこの僧の顔に似ているだろう。」
問5 「我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて」の「やがて」の意味は?
「すぐに・そのまま」。
問6 「世をかろく思ひたる曲者」の「曲者」とはどんな人か?
ひとくせある変わり者(今の「あやしい人」の意味ではない)。
問7 「徳の至れりけるにや」の「にや」の下に省略されている語を答えなさい。
「あらむ」(あらん)。結びの省略で「〜であろうか」。
問8 わがままにふるまった盛親僧都が、人にきらわれず許されたのはなぜだと兼好は考えているか?
僧都の徳(人がらや学識)がこのうえなく高かったからだろう、と考えている。

徒然草「真乗院に、盛親僧都とて(いもがしら)」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。いもがしらといふ物を好みて、多く食ひけり。
談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝元に置きつつ、食ひながら文をも読みけり。
わづらふことあるには、七日・二七日など、療治とて籠り居て、思ふやうに、よきいもがしらを選びて、ことに多く食ひて、よろづの病をいやしけり。
人に食はすることなし。ただひとりのみぞ食ひける。
極めて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋をいもがしらの銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、いもがしらを乏しからず召しけるほどに、また、他用に用ゐることなくて、その銭みなになりにけり。
「三百貫の物を貧しき身にまうけて、かく計らひける、まことにありがたき道心者なり」とぞ、人申しける。
この僧都、ある法師を見て、しろうるりといふ名をつけたりけり。
「とは何物ぞ」と人の問ひければ、「さる物を我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。
この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・弁説、人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。
出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。
斎・非時も、人に等しく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、ねぶたければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の言ふこと聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、世の常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。
徳の至れりけるにや。
徒然草「真乗院に、盛親僧都とて(いもがしら)」現代語訳(全文・通し)
真乗院に、盛親僧都という、すぐれた学識のある僧がいた。いもがしらという物が好きで、たくさん食べた。
(お経の内容を説き聞かせる)講義の席でも、大きな鉢に(いもがしらを)山盛りにして、ひざもとに置いて、食べながら書物を読んだ(講義をした)。
病気になったときには、七日間や十四日間など、治療だといって(部屋に)こもって、思いどおりに、よいいもがしらを選んで、特にたくさん食べて、どんな病気も治した。
人に食べさせることはなかった。ただ自分一人だけで食べた。
(僧都は)たいそう貧しかったが、師匠が死にぎわに、銭二百貫と僧坊一つをゆずったのを、僧坊を百貫で売って、合わせて三万疋をいもがしらの代金と決めて、京にいる人に預けておいて、十貫ずつ取り寄せて、いもがしらを不足なく召し上がっているうちに、ほかの用事に使うこともなくて、そのお金はすっかりなくなってしまった。
「三百貫もの財産を貧しい身で手に入れて、このように使ったのは、本当にめったにいない仏道修行者だ」と、人々は申した。
この僧都が、ある法師を見て、「しろうるり」というあだ名をつけた。
「(しろうるり)とは何ですか」と人がたずねたので、「そんな物はわたしも知らない。もし(しろうるりという物が)あったとしたら、きっとこの僧の顔に似ているだろう」と言った。
この僧都は、顔立ちがよく、力が強く、大食いで、字がうまく、学問にすぐれ、話がうまいことが、人よりすぐれていて、宗派の中心人物であったので、寺の中でも重んじられていたけれども、世間を軽く見ている変わり者で、何事も自分の思うままにして、まったく人に従うということがない。
(寺の行事に)出て、ごちそうの席につくときも、全員の前にお膳が並べ終わるのを待たないで、自分の前に置かれてしまうと、すぐに一人で食べて、帰りたくなると、一人でさっと立って行ってしまった。
(僧の決まった食事である)斎も非時も、ほかの人と同じように時間を決めて食べることはせず、自分が食べたいときに、夜中でも明け方でも食べて、眠いと、昼でも(戸に鍵を)かけてこもって、どんな大事な用があっても、人の言うことを聞き入れず、目が覚めてしまうと、何日もの夜を眠らず、心を落ち着けて詩歌を口ずさみながら歩きまわるなど、ふつうではないようすだったが、人にきらわれず、何事も許された。
(それは)徳がこのうえなく高かったからであろうか。
徒然草「真乗院に、盛親僧都とて(いもがしら)」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(徒然草の基本)
徒然草の作者は誰?
兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。
徒然草はいつの作品?
鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。
徒然草の冒頭(書き出し)は?
序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。
徒然草はどんな作品?
序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。
徒然草の目次(教科書に出る段)
徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 徒然草「つれづれなるままに」(序段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「いでや、この世に生まれては」(第1段)の原文・現代語訳
- 徒然草「あだし野の露消ゆる時なく」(第7段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「家居のつきづきしく」(第10段)の原文・現代語訳
- 徒然草「神無月のころ」(第11段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「人は己をつづまやかにし」(第18段)の原文・現代語訳
- 徒然草「折節の移り変はるこそ」(第19段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「九月二十日のころ」(第32段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」(第41段)の原文・現代語訳
- 徒然草「公世の二位のせうとに」(第45段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「亀山殿の御池に」(第51段)の原文・現代語訳
- 徒然草「仁和寺にある法師」(第52段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「これも仁和寺の法師」(第53段)の原文・現代語訳 定番
- 真乗院に、盛親僧都とて(いもがしら)(第60段・このページ)
- 徒然草「筑紫に、なにがしの押領使」(第68段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「名を聞くより」(第71段)の原文・現代語訳
- 徒然草「世に語り伝ふること」(第73段)の原文・現代語訳
- 徒然草「人の心すなほならねば」(第85段)の原文・現代語訳
- 徒然草「奥山に、猫またといふもの」(第89段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「ある人、弓射ることを習ふに」(第92段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「荒れたる宿の」(第104段)の原文・現代語訳
- 徒然草「高名の木登り」(第109段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「友とするにわろき者」(第117段)の原文・現代語訳
- 徒然草「花は盛りに」(第137段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「能をつかんとする人」(第150段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「世に従はん人は」(第155段)の原文・現代語訳
- 徒然草「相模守時頼の母は」(第184段)の原文・現代語訳
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳 定番
- 徒然草「平宣時朝臣」(第215段)の原文・現代語訳
- 徒然草「丹波に出雲といふ所あり」(第236段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「八つになりし年」(第243段)の原文・現代語訳 定番

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- 竹取物語の全文と現代語訳(全10章・文法解説つき)
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本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


