原文は教科書で広く読まれる形に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
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| 1 | 真乗院に、盛親僧都とて、やんごとなき智者ありけり。いもがしらといふ物を好みて、多く食ひけり。 | 真乗院に、盛親僧都という、すぐれた学識のある僧がいた。いもがしらという物が好きで、たくさん食べた。 |
| 2 | 談義の座にても、大きなる鉢にうづたかく盛りて、膝元に置きつつ、食ひながら文をも読みけり。 | (お経の内容を説き聞かせる)講義の席でも、大きな鉢に(いもがしらを)山盛りにして、ひざもとに置いて、食べながら書物を読んだ(講義をした)。 |
| 3 | わづらふことあるには、七日・二七日など、療治とて籠り居て、思ふやうに、よきいもがしらを選びて、ことに多く食ひて、よろづの病をいやしけり。 | 病気になったときには、七日間や十四日間など、治療だといって(部屋に)こもって、思いどおりに、よいいもがしらを選んで、特にたくさん食べて、どんな病気も治した。 |
| 4 | 人に食はすることなし。ただひとりのみぞ食ひける。 | 人に食べさせることはなかった。ただ自分一人だけで食べた。 |
| 5 | 極めて貧しかりけるに、師匠、死にざまに、銭二百貫と坊ひとつを譲りたりけるを、坊を百貫に売りて、かれこれ三万疋をいもがしらの銭と定めて、京なる人に預け置きて、十貫づつ取り寄せて、いもがしらを乏しからず召しけるほどに、また、他用に用ゐることなくて、その銭みなになりにけり。 | (僧都は)たいそう貧しかったが、師匠が死にぎわに、銭二百貫と僧坊一つをゆずったのを、僧坊を百貫で売って、合わせて三万疋をいもがしらの代金と決めて、京にいる人に預けておいて、十貫ずつ取り寄せて、いもがしらを不足なく召し上がっているうちに、ほかの用事に使うこともなくて、そのお金はすっかりなくなってしまった。 |
| 6 | 「三百貫の物を貧しき身にまうけて、かく計らひける、まことにありがたき道心者なり」とぞ、人申しける。 | 「三百貫もの財産を貧しい身で手に入れて、このように使ったのは、本当にめったにいない仏道修行者だ」と、人々は申した。 |
| 7 | この僧都、ある法師を見て、しろうるりといふ名をつけたりけり。 | この僧都が、ある法師を見て、「しろうるり」というあだ名をつけた。 |
| 8 | 「とは何物ぞ」と人の問ひければ、「さる物を我も知らず。もしあらましかば、この僧の顔に似てん」とぞ言ひける。 | 「(しろうるり)とは何ですか」と人がたずねたので、「そんな物はわたしも知らない。もし(しろうるりという物が)あったとしたら、きっとこの僧の顔に似ているだろう」と言った。 |
| 9 | この僧都、みめよく、力強く、大食にて、能書・学匠・弁説、人にすぐれて、宗の法灯なれば、寺中にも重く思はれたりけれども、世をかろく思ひたる曲者にて、よろづ自由にして、おほかた人に従ふといふことなし。 | この僧都は、顔立ちがよく、力が強く、大食いで、字がうまく、学問にすぐれ、話がうまいことが、人よりすぐれていて、宗派の中心人物であったので、寺の中でも重んじられていたけれども、世間を軽く見ている変わり者で、何事も自分の思うままにして、まったく人に従うということがない。 |
| 10 | 出仕して饗膳などにつく時も、皆人の前据ゑわたすを待たず、我が前に据ゑぬれば、やがてひとりうち食ひて、帰りたければ、ひとりつい立ちて行きけり。 | (寺の行事に)出て、ごちそうの席につくときも、全員の前にお膳が並べ終わるのを待たないで、自分の前に置かれてしまうと、すぐに一人で食べて、帰りたくなると、一人でさっと立って行ってしまった。 |
| 11 | 斎・非時も、人に等しく定めて食はず、我が食ひたき時、夜中にも暁にも食ひて、ねぶたければ、昼もかけ籠りて、いかなる大事あれども、人の言ふこと聞き入れず、目覚めぬれば、幾夜も寝ねず、心を澄ましてうそぶきありきなど、世の常ならぬさまなれども、人に厭はれず、よろづ許されけり。 | (僧の決まった食事である)斎も非時も、ほかの人と同じように時間を決めて食べることはせず、自分が食べたいときに、夜中でも明け方でも食べて、眠いと、昼でも(戸に鍵を)かけてこもって、どんな大事な用があっても、人の言うことを聞き入れず、目が覚めてしまうと、何日もの夜を眠らず、心を落ち着けて詩歌を口ずさみながら歩きまわるなど、ふつうではないようすだったが、人にきらわれず、何事も許された。 |
| 12 | 徳の至れりけるにや。 | (それは)徳がこのうえなく高かったからであろうか。 |


