
第184段
徒然草の「相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける」から始まる段(「相模守時頼の母は」・第184段)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。鎌倉幕府の執権・北条時頼の母が、障子の破れを自分で一こまずつ張りかえて、わが子に倹約を教えた話です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:北条時頼の母・松下禅尼は、息子を家に招く日、すすけた障子の破れた所だけを自分で張っていた。兄の義景が「職人に張らせましょう」「全部張りかえたほうが楽できれいです」と言うと、禅尼は「物は破れた所だけを直して使うものだと、若い時頼に見せて気づかせるため」と答えた。兼好は、世を治める道は倹約が基本で、禅尼は聖人の心に通じていると感心する。
- 文法の要点:二方面への敬語「入れ申さるる」「申されければ」、尊敬の「る」(張られければ)、会話の丁寧語「候ふ」「はべり」、よも〜じ、使役の「す」、古今異義語「ありがたし」。
- テストの定番:教科書の定番ではないが、敬語の方向(作者から、話し手から)、禅尼が一こまずつ張った理由、「ありがたし」の意味がよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 二方面への敬語申さる(謙譲+尊敬)
- 尊敬のる(張られければ・持たれける)
- 会話の丁寧語候ふ(義景→禅尼)・はべり(禅尼→義景)
- 呼応の副詞よも〜じ=まさか〜ないだろう
- 古今異義語ありがたし=めったにない・りっぱだ
「相模守時頼の母は」はどんな段?(北条時頼と松下禅尼・倹約)
第184段の主人公は、鎌倉幕府の第5代執権・北条時頼(1227〜1263年)の母、松下禅尼です。禅尼の兄として登場する「城介義景」は、有力な御家人だった安達氏の安達義景です。「城介」は秋田城介という官職の略です。
息子の時頼を家に招く日、禅尼は破れた障子を、わざと破れた所だけ張りかえていました。きれいに全部張りかえるのはかんたんです。けれども禅尼は、「物は破れた所だけを直して使うものだ」ということを、天下を治める立場の息子に、言葉ではなく行いで見せて気づかせようとしたのです。兼好は「世を治むる道、倹約を本とす」と述べ、禅尼を「聖人の心に通へり」とほめています。
時頼は、出家したあと「最明寺入道」とよばれました。次の第215段では、その時頼が、夜に家臣を呼んで味噌をさかなに酒を飲んだ話が出てきます。母の教えが息子の暮らしぶりにも表れているようで、二つの段を続けて読むとおもしろいです。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。
現代語訳相模守(北条)時頼の母は、松下禅尼と申し上げた。
- 「相模守時頼」は鎌倉幕府の執権・北条時頼。「松下禅尼」はその母。「禅尼」は仏門に入った身分のある女性。
- 「ぞ」→結びは連体形「ける」。→係り結び(ぞ・なむ・や・か・こそ)
2
守を入れ申さるる事ありけるに、すすけたる明かり障子の破ればかりを、禅尼手づから、小刀して切り回しつつ張られければ、
現代語訳(禅尼が自分の家に)相模守(時頼)をお招き申し上げなさることがあったときに、すすけた明かり障子の破れた所だけを、禅尼が自分の手で、小刀で(紙を)切りまわしながらお張りになっていたので、
- 「入れ申さるる」は二方面への敬語。謙譲の「申す」は招かれる時頼への敬意、尊敬の「る」は招く松下禅尼への敬意。どちらも作者からの敬意。→二方面への敬語(申さる・聞こえたまふ)
- 「張られければ」の「れ」は尊敬。禅尼の動作を高めている。受身ではない。→助動詞「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 「明かり障子」は、今の障子と同じく紙を張って光を通す戸。「手づから」は「自分の手で」。


3
兄の城介義景、その日のけいめいして候ひけるが、「給はりて、なにがし男に張らせ候はん。さやうの事に心得たる者に候ふ」と申されければ、
現代語訳(禅尼の)兄の城介(安達)義景が、その日の準備をしてお控えしていたが、「(その仕事を)いただいて、だれそれという男に張らせましょう。そういうことに慣れている者でございます」と申し上げなさったところ、
- 「候ふ」は会話の丁寧語(〜ございます・〜ます)で、話し手の義景から聞き手の禅尼への敬意。鎌倉時代の会話では「はべり」より「候ふ」が多く使われる。→古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 「張らせ候はん」の「せ」は使役(男に張らせる)、「ん」は意志。
- 「申されければ」も二方面への敬語:謙譲の「申す」は聞き手の禅尼へ、尊敬の「る」は話し手の義景への敬意。「けいめい(経営)」は、客をもてなす準備やお世話。


4
「その男、尼が細工によもまさりはべらじ」とて、なほ一間づつ張られけるを、
現代語訳(禅尼は)「その男は、この尼の細工にまさか勝ってはおりますまい」と言って、やはり一こまずつお張りになっていたので、
- 「よも〜じ」は「まさか〜ないだろう」。「よも」は下に打消推量「じ」をともなう呼応の副詞。→打消推量の助動詞「じ」と「よも〜じ」
- 「尼」は禅尼が自分のことを言った言葉。「一間」は障子の一こま(さんで区切られた一ます)。


5
義景、「皆を張り替へ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。まだらに候ふも見苦しくや」と重ねて申されければ、
現代語訳義景が、「全部を張りかえますほうが、ずっと簡単でございましょう。(新しい紙と古い紙で)まだらになっておりますのも、見苦しくはございませんか」と、重ねて申し上げなさったので、
- 「張り替へ候はんは」の「ん(む)」は、下に「こと」をおぎなって読む婉曲(張りかえるようなことは)。
- 「見苦しくや」は、下の「候はむ」などが省かれた結びの省略。「見苦しくはございませんか」と相手にたずねる言い方。
- 「まだら」は、新しい白い紙と古いすすけた紙が入りまじっているようす。
6
「尼も、後はさはさはと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり」と申されける、いとありがたかりけり。
現代語訳(禅尼が)「この尼も、後ではさっぱりと全部張りかえようと思っているけれど、今日だけは、わざとこうしておくのがよいのです。物は破れた所だけを修理して使うものだと、若い人(時頼)に見て習わせて、気づかせようと思うためです」と申し上げなさったのは、たいそうめったにない(りっぱな)ことであった。
- 「見習はせて」の「せ」は使役(若い人に見習わせる)。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」の見分け方
- 「ありがたし」は今の「感謝する」ではなく「めったにない・(めったにないほど)りっぱだ」。古今異義語の定番。→古今異義語の一覧(ありがたし・やがて・あやし)
- 「さはさはと」は「さっぱりと・すっきりと」。「若き人」は、わが子の時頼のこと。


7
世を治むる道、倹約を本とす。女性なれども聖人の心に通へり。天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。
現代語訳世の中を治める道は、倹約を基本とする。(禅尼は)女性であるけれども、聖人の心に通じている。天下を治めるほどの人を子としてお持ちになっていた(その人は)、本当に、ふつうの人ではなかったということだ。
- 「倹約」は、むだづかいをしないこと。兼好は、政治の根本は倹約だという考えを、禅尼の行いに重ねている。
- 「通へり」の「り」は存続(通じている)。四段動詞「通ふ」の已然形「通へ」についている。→完了・存続の助動詞「たり・り」(サ未四已)
- 「ただ人」は「ふつうの人・並の人」。「とぞ」は下の「言ふ」などが省かれた結びの省略で、「〜ということだ」。


敬意の方向を図で確かめる(作者から・話し手から)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 禅尼 | ぜんに | 仏門に入った身分のある女性 |
| 手づから | てずから | 自分の手で・自分で |
| すすく | すすく | すすで黒くなる・古びてよごれる |
| けいめい(経営) | けいめい | 準備・もてなしの世話 |
| 給はる | たまわる | いただく(謙譲語) |
| 候ふ | そうろう | ございます・〜ます(丁寧語)、お仕えする(謙譲語) |
| 心得 | こころう | よく分かっている・慣れている |
| 細工 | さいく | 手先でする細かい仕事 |
| よも〜じ | よも〜じ | まさか〜ないだろう |
| 一間 | ひとま | 障子の一こま(区切られた一ます) |
| さはさはと | さわさわと | さっぱりと・すっきりと |
| ありがたし | ありがたし | めったにない・めったにないほどりっぱだ |
| 倹約 | けんやく | むだづかいをしないこと |
| ただ人 | ただびと | ふつうの人・並の人 |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「守を入れ申さるる」の「申さ」と「るる」は、それぞれ誰への敬意か。
「申さ」(謙譲)は招かれる相模守時頼への敬意、「るる」(尊敬)は招く松下禅尼への敬意。どちらも作者から。
問2 「張られければ」の「れ」の意味は?
尊敬(松下禅尼の動作を高める)。
問3 「さやうの事に心得たる者に候ふ」の「候ふ」は、誰から誰への敬意か。
義景(話し手)から松下禅尼(聞き手)への敬意(丁寧語)。
問4 「その男、尼が細工によもまさりはべらじ」を現代語訳しなさい。
「その男は、この尼の細工にまさか勝ってはおりますまい(勝ってはいないでしょう)。」
問5 禅尼が障子を一こまずつ張りかえた理由を、本文に即して答えなさい。
物は破れた所だけを修理して使うものだと、若い人(息子の時頼)に見て習わせ、気づかせるため。
問6 「いとありがたかりけり」の「ありがたし」の意味は?
めったにない・めったにないほどりっぱだ。今の「感謝する」の意味ではない。
問7 兼好は、世を治める道の基本を何だと述べているか。
倹約(むだづかいをしないこと)。

徒然草「相模守時頼の母は(松下禅尼)」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
相模守時頼の母は、松下禅尼とぞ申しける。
守を入れ申さるる事ありけるに、すすけたる明かり障子の破ればかりを、禅尼手づから、小刀して切り回しつつ張られければ、
兄の城介義景、その日のけいめいして候ひけるが、「給はりて、なにがし男に張らせ候はん。さやうの事に心得たる者に候ふ」と申されければ、
「その男、尼が細工によもまさりはべらじ」とて、なほ一間づつ張られけるを、
義景、「皆を張り替へ候はんは、はるかにたやすく候ふべし。まだらに候ふも見苦しくや」と重ねて申されければ、
「尼も、後はさはさはと張り替へんと思へども、今日ばかりは、わざとかくてあるべきなり。物は破れたる所ばかりを修理して用ゐる事ぞと、若き人に見習はせて、心づけんためなり」と申されける、いとありがたかりけり。
世を治むる道、倹約を本とす。女性なれども聖人の心に通へり。天下を保つほどの人を子にて持たれける、まことに、ただ人にはあらざりけるとぞ。
徒然草「相模守時頼の母は(松下禅尼)」現代語訳(全文・通し)
相模守(北条)時頼の母は、松下禅尼と申し上げた。
(禅尼が自分の家に)相模守(時頼)をお招き申し上げなさることがあったときに、すすけた明かり障子の破れた所だけを、禅尼が自分の手で、小刀で(紙を)切りまわしながらお張りになっていたので、
(禅尼の)兄の城介(安達)義景が、その日の準備をしてお控えしていたが、「(その仕事を)いただいて、だれそれという男に張らせましょう。そういうことに慣れている者でございます」と申し上げなさったところ、
(禅尼は)「その男は、この尼の細工にまさか勝ってはおりますまい」と言って、やはり一こまずつお張りになっていたので、
義景が、「全部を張りかえますほうが、ずっと簡単でございましょう。(新しい紙と古い紙で)まだらになっておりますのも、見苦しくはございませんか」と、重ねて申し上げなさったので、
(禅尼が)「この尼も、後ではさっぱりと全部張りかえようと思っているけれど、今日だけは、わざとこうしておくのがよいのです。物は破れた所だけを修理して使うものだと、若い人(時頼)に見て習わせて、気づかせようと思うためです」と申し上げなさったのは、たいそうめったにない(りっぱな)ことであった。
世の中を治める道は、倹約を基本とする。(禅尼は)女性であるけれども、聖人の心に通じている。天下を治めるほどの人を子としてお持ちになっていた(その人は)、本当に、ふつうの人ではなかったということだ。
徒然草「相模守時頼の母は(松下禅尼)」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(徒然草の基本)
徒然草の作者は誰?
兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。
徒然草はいつの作品?
鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。
徒然草の冒頭(書き出し)は?
序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。
徒然草はどんな作品?
序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。
徒然草の目次(教科書に出る段)
徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 徒然草「つれづれなるままに」(序段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「いでや、この世に生まれては」(第1段)の原文・現代語訳
- 徒然草「あだし野の露消ゆる時なく」(第7段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「家居のつきづきしく」(第10段)の原文・現代語訳
- 徒然草「神無月のころ」(第11段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「人は己をつづまやかにし」(第18段)の原文・現代語訳
- 徒然草「折節の移り変はるこそ」(第19段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「九月二十日のころ」(第32段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」(第41段)の原文・現代語訳
- 徒然草「公世の二位のせうとに」(第45段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「亀山殿の御池に」(第51段)の原文・現代語訳
- 徒然草「仁和寺にある法師」(第52段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「これも仁和寺の法師」(第53段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「真乗院に、盛親僧都とて」(第60段)の原文・現代語訳
- 徒然草「筑紫に、なにがしの押領使」(第68段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「名を聞くより」(第71段)の原文・現代語訳
- 徒然草「世に語り伝ふること」(第73段)の原文・現代語訳
- 徒然草「人の心すなほならねば」(第85段)の原文・現代語訳
- 徒然草「奥山に、猫またといふもの」(第89段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「ある人、弓射ることを習ふに」(第92段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「荒れたる宿の」(第104段)の原文・現代語訳
- 徒然草「高名の木登り」(第109段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「友とするにわろき者」(第117段)の原文・現代語訳
- 徒然草「花は盛りに」(第137段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「能をつかんとする人」(第150段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「世に従はん人は」(第155段)の原文・現代語訳
- 相模守時頼の母は(松下禅尼)(第184段・このページ)
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳 定番
- 徒然草「平宣時朝臣」(第215段)の原文・現代語訳
- 徒然草「丹波に出雲といふ所あり」(第236段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「八つになりし年」(第243段)の原文・現代語訳 定番

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本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


