
第85段
徒然草の「人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず」から始まる段(第85段「人の心すなほならねば」)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- 兼好の主張:人の心はまっすぐではないが、正直な人もいる。ふつうの人は賢人をうらやむが、ひどく愚かな人は賢人を「得をしたいからだ」と悪く言う。そういう人は変わることができない。狂人のまねで大路を走れば狂人、よいものをまねればよいものの仲間。だから、見せかけでも賢人をまねて学ぶ人を、賢人というべきだ。
- 文法の要点:反語「などか〜ん」、打消「ず」の已然形「ね」+ば・ど、二重否定「なきにしもあらず」、存続の「り」(違へる)、「べからず」(〜できない)、未然形+ば(仮定)、意志の「む」(立てんとす)、当然の「べし」。
- テストの定番:「などかなからん」の反語の訳、「走らば」の仮定、「狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり」の意味、この段の主張の一文「偽りても賢を学ばんを賢といふべし」がよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 反語などか〜ん=どうして〜だろうか、いや〜ない
- ねば(〜ないので)・ねど(〜ないけれど)
- 未然形+ば=仮定(走らば・殺さば)
- べからず=〜できない・〜はずがない、べし=〜べきだ
- 主張:偽りても賢を学ばんを賢といふべし
「人の心すなほならねば」はどんな段?(まねることと学ぶこと)
この段で兼好は、人をまねることについて考えています。前半では、まっすぐな心を持たない人が多い世の中でも、ふつうの人は賢人をうらやましく思うものだ、と言います。ところが、ひどく愚かな人は、賢人が小さな利益を受け取らないのを見て「もっと大きな得をねらっているのだ」と悪口を言います。兼好は、そういう人は変わることができない、と厳しく書きます。「下愚」という言葉は、『論語』の「上知と下愚とは移らず」をふまえています。
後半は、「狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり」という強い一文から始まります。悪いことは「まねだ」と言ってもそのまま悪いこと。反対に、名馬や聖天子をまねれば、その仲間になれる。だから「偽りても賢を学ばんを賢といふべし」――はじめは見せかけでも、よい人をまねて学ぶ人はもう賢人だ、と結びます。一つのことに打ちこむ大切さを説いた徒然草第188段「一事を必ずなさんと思はば」の意味と現代語訳とあわせて読むと、兼好の学びについての考えがよく分かります。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されど、おのづから正直の人、などかなからん。
現代語訳人の心はまっすぐではないので、うそ偽りがないわけでもない。けれども、たまには正直な人が、どうしていないことがあろうか(いや、いるはずだ)。
- 「などか〜ん」は反語。「どうして〜だろうか、いや〜ない」。ここは「どうして(正直な人が)いないだろうか、いや、いる」。→係り結びの「や・か」の疑問と反語
- 「すなほならねば」は打消「ず」の已然形「ね」+「ば」で「〜ないので」(原因・理由)。→接続助詞「ば」(未然形+ば・已然形+ば)
- 「なきにしもあらず」は「ないわけでもない」。「し」「も」は意味を強める助詞。打消が二つで、遠回しに「ある」と言っている。
- 「すなほなり」は「まっすぐだ・正直だ」。「おのづから」はここでは「たまたま・まれに」。


2
おのれすなほならねど、人の賢を見てうらやむは、世の常なり。
現代語訳自分はまっすぐではなくても、他人のかしこさ(すぐれた人がら)を見てうらやましく思うのは、世間によくあることである。
- 「ねど」は打消「ず」の已然形「ね」+逆接の「ど」で「〜ないけれど」。
- 「賢」は「かしこさ・すぐれた人がら」、ここでは賢人のりっぱな行いのこと。「世の常」は「世間によくあること・ふつう」。
3
至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」とそしる。
現代語訳このうえなく愚かな人は、まれにかしこい人を見て、その人を憎む。「(あの人は)大きな利益を得ようとして、小さな利益を受け取らず、うわべを偽り飾って評判を立てようとしている」と悪口を言う。
- 「立てんとす」の「ん」は意志「む」。「むとす(んとす)」で「〜しようとする」。→推量の助動詞「む」の意味(推量・意志・婉曲)
- 「至りて」は「このうえなく・きわめて」、「たまたま」は「まれに・偶然」、「少しき」は「少しの・小さな」、「そしる」は「悪口を言う・けなす」。
- 愚かな人は、賢人のりっぱな行いを「本当はもっと得をしたいからだ」と、ひねくれて受けとる。


4
おのれが心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ、この人は下愚の性移るべからず、偽りて小利をも辞すべからず、仮にも賢を学ぶべからず。
現代語訳(賢人のふるまいが)自分の心と合わないので、このようにあざけるのだということで分かった、この人は生まれつきのひどく愚かな性質が変わるはずもなく、偽ってでも小さな利益をことわることはできず、かりにも賢人をまねて学ぶことはできない(ということが)。
- 「違へる」の「る」は存続「り」の連体形。四段動詞「違ふ(合わない)」の已然形「違へ」についている。→完了・存続の助動詞「たり・り」(サ未四已)
- 「べからず」が三回くり返される。「べし」の未然形+打消「ず」で、ここは「〜できない・〜はずがない」。→「べし」の6つの意味と「べからず」
- 「下愚」は「この上なく愚かな者」。『論語』の「上知と下愚とは移らず(とてもかしこい人と、とても愚かな人は変わらない)」をふまえた言葉。
- ※手元の古い本(校註日本文學大系)では、最後が「仮にも愚をまなぶべからず(かりにも愚かな人をまねてはいけない)」となっている。教科書や多くの本の形にそろえて「賢を学ぶ」とした。

5
狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり。悪人のまねとて人を殺さば、悪人なり。
現代語訳狂人のまねだといって大通りを走れば、そのまま狂人である。悪人のまねだといって人を殺せば、(それは)悪人である。
- この段でいちばん有名な一文。「まねだから」は言い訳にならない、したことがその人そのものだ、という意味。
- 「走らば」「殺さば」は未然形+ばで仮定(もし〜したら)。已然形+ば(〜ので・〜すると)とちがう。→接続助詞「ば」の未然形と已然形
- 「すなはち」は「そのまま・とりもなおさず」。「大路」は「大通り」。


6
驥を学ぶは驥のたぐひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
現代語訳一日に千里を走る名馬をまねる馬は、名馬の仲間であり、聖人の舜をまねて学ぶ人は、舜の仲間である。
- 「驥」は一日に千里を走るという名馬。「舜」は古代中国の伝説的な聖天子(りっぱな帝王)。
- 前の段落の「狂人・悪人」(悪いほう)と、この段落の「驥・舜」(よいほう)が対になっている。悪いものをまねれば悪いものになり、よいものをまねればよいものの仲間になる。
- 「たぐひ」「徒」はどちらも「仲間・同類」。
7
偽りても賢を学ばんを賢といふべし。
現代語訳たとえ偽り(見せかけ)であっても、賢人をまねて学ぶような人を、賢人というべきである。
- この一文が兼好の主張(この段のまとめ)。はじめは見せかけでも、よい人をまねて学ぶ人は、もう賢人の仲間だ、ということ。
- 「学ばんを」の「ん」は婉曲・仮定(〜ような・〜としたら)。下に「人」がかくれている。「べし」は当然(〜べきだ)。→「べし」の意味の見分け方
- 「学ぶ」はもともと「まねぶ(まねをする)」と同じ語源とされる。学ぶことは、まねることから始まる。


反語「などかなからん」と「まねる」ことを図で見る

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| すなほなり | すなおなり | まっすぐだ・正直だ |
| おのづから | おのずから | たまたま・まれに・自然と |
| などか | などか | どうして〜か(疑問・反語) |
| 賢 | けん | かしこさ・賢人 |
| 世の常 | よのつね | 世間によくあること・ふつう |
| 至りて | いたりて | このうえなく・きわめて |
| たまたま | たまたま | まれに・偶然 |
| 少しき | すこしき | 少しの・小さな |
| そしる | そしる | 悪口を言う・けなす |
| 嘲り | あざけり | ばかにすること |
| 下愚 | かぐ | この上なく愚かな者 |
| 辞す | じす | ことわる・辞退する |
| 大路 | おおじ | 大通り |
| すなはち | すなわち | そのまま・とりもなおさず |
| 驥 | き | 一日に千里を走る名馬 |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「などかなからん」を現代語訳しなさい。また、この表現を何というか。
「どうしていないことがあろうか、いや、いる。」反語。
問2 「人の心すなほならねば」の「ねば」を文法的に説明しなさい。
打消の助動詞「ず」の已然形「ね」+接続助詞「ば」(原因・理由)。「〜ないので」。
問3 「偽りなきにしもあらず」の意味は?
「偽りがないわけでもない(偽りもある)」。
問4 愚かな人は、賢人のどんな行いを、どう悪く言ったか。
小さな利益を受け取らない行いを、「大きな利益を得ようとして、うわべを偽り飾って評判を立てようとしている」と悪く言った。
問5 「狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり」の「走らば」の「ば」の意味は?
仮定(もし走ったら)。未然形「走ら」+「ば」。
問6 「驥を学ぶは驥のたぐひ」の「驥」とは何か?
一日に千里を走るという名馬。
問7 この段で兼好が言いたいことを、本文中の一文で答えなさい。
「偽りても賢を学ばんを賢といふべし。」

徒然草「人の心すなほならねば」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されど、おのづから正直の人、などかなからん。
おのれすなほならねど、人の賢を見てうらやむは、世の常なり。
至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」とそしる。
おのれが心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ、この人は下愚の性移るべからず、偽りて小利をも辞すべからず、仮にも賢を学ぶべからず。
狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり。悪人のまねとて人を殺さば、悪人なり。
驥を学ぶは驥のたぐひ、舜を学ぶは舜の徒なり。
偽りても賢を学ばんを賢といふべし。
徒然草「人の心すなほならねば」現代語訳(全文・通し)
人の心はまっすぐではないので、うそ偽りがないわけでもない。けれども、たまには正直な人が、どうしていないことがあろうか(いや、いるはずだ)。
自分はまっすぐではなくても、他人のかしこさ(すぐれた人がら)を見てうらやましく思うのは、世間によくあることである。
このうえなく愚かな人は、まれにかしこい人を見て、その人を憎む。「(あの人は)大きな利益を得ようとして、小さな利益を受け取らず、うわべを偽り飾って評判を立てようとしている」と悪口を言う。
(賢人のふるまいが)自分の心と合わないので、このようにあざけるのだということで分かった、この人は生まれつきのひどく愚かな性質が変わるはずもなく、偽ってでも小さな利益をことわることはできず、かりにも賢人をまねて学ぶことはできない(ということが)。
狂人のまねだといって大通りを走れば、そのまま狂人である。悪人のまねだといって人を殺せば、(それは)悪人である。
一日に千里を走る名馬をまねる馬は、名馬の仲間であり、聖人の舜をまねて学ぶ人は、舜の仲間である。
たとえ偽り(見せかけ)であっても、賢人をまねて学ぶような人を、賢人というべきである。
徒然草「人の心すなほならねば」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(徒然草の基本)
徒然草の作者は誰?
兼好法師(吉田兼好・卜部兼好)です。もとは朝廷に仕えた役人で、のちに出家しました。歌人としても知られます。
徒然草はいつの作品?
鎌倉時代の終わりごろ、1330年ごろにまとめられたとする説が有力ですが、諸説あります。
徒然草の冒頭(書き出し)は?
序段の「つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。」です。
徒然草はどんな作品?
序段と243の段からなる随筆で、清少納言『枕草子』、鴨長明『方丈記』と並ぶ三大随筆の一つです。無常観(すべては移り変わるという考え)、人の生き方、季節の趣、おもしろい失敗談など、話題はさまざまです。
徒然草の目次(教科書に出る段)
徒然草の入口(教科書に出る段の一覧・作者兼好法師と無常観) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 徒然草「つれづれなるままに」(序段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「いでや、この世に生まれては」(第1段)の原文・現代語訳
- 徒然草「あだし野の露消ゆる時なく」(第7段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「家居のつきづきしく」(第10段)の原文・現代語訳
- 徒然草「神無月のころ」(第11段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「人は己をつづまやかにし」(第18段)の原文・現代語訳
- 徒然草「折節の移り変はるこそ」(第19段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「九月二十日のころ」(第32段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「五月五日、賀茂の競べ馬を」(第41段)の原文・現代語訳
- 徒然草「公世の二位のせうとに」(第45段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「亀山殿の御池に」(第51段)の原文・現代語訳
- 徒然草「仁和寺にある法師」(第52段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「これも仁和寺の法師」(第53段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「真乗院に、盛親僧都とて」(第60段)の原文・現代語訳
- 徒然草「筑紫に、なにがしの押領使」(第68段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「名を聞くより」(第71段)の原文・現代語訳
- 徒然草「世に語り伝ふること」(第73段)の原文・現代語訳
- 人の心すなほならねば(第85段・このページ)
- 徒然草「奥山に、猫またといふもの」(第89段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「ある人、弓射ることを習ふに」(第92段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「荒れたる宿の」(第104段)の原文・現代語訳
- 徒然草「高名の木登り」(第109段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「友とするにわろき者」(第117段)の原文・現代語訳
- 徒然草「花は盛りに」(第137段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「能をつかんとする人」(第150段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「世に従はん人は」(第155段)の原文・現代語訳
- 徒然草「相模守時頼の母は」(第184段)の原文・現代語訳
- 徒然草「一事を必ずなさんと思はば」(第188段)の意味と現代語訳 定番
- 徒然草「平宣時朝臣」(第215段)の原文・現代語訳
- 徒然草「丹波に出雲といふ所あり」(第236段)の原文・現代語訳 定番
- 徒然草「八つになりし年」(第243段)の原文・現代語訳 定番

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本文は『徒然草』を、教科書で広く読まれる形にそろえ、新字体・歴史的仮名遣いに直したものです(参考にした古い本:Wikisource の徒然草、大正の『校註日本文學大系』)。徒然草は本によって語句が少しずつちがいます。段の番号は広く使われている番号(序段と第1〜243段)です。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


