原文は教科書で広く読まれる形に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。
| 原文 | 現代語訳 | |
|---|---|---|
| 1 | 人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。されど、おのづから正直の人、などかなからん。 | 人の心はまっすぐではないので、うそ偽りがないわけでもない。けれども、たまには正直な人が、どうしていないことがあろうか(いや、いるはずだ)。 |
| 2 | おのれすなほならねど、人の賢を見てうらやむは、世の常なり。 | 自分はまっすぐではなくても、他人のかしこさ(すぐれた人がら)を見てうらやましく思うのは、世間によくあることである。 |
| 3 | 至りて愚かなる人は、たまたま賢なる人を見て、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」とそしる。 | このうえなく愚かな人は、まれにかしこい人を見て、その人を憎む。「(あの人は)大きな利益を得ようとして、小さな利益を受け取らず、うわべを偽り飾って評判を立てようとしている」と悪口を言う。 |
| 4 | おのれが心に違へるによりて、この嘲りをなすにて知りぬ、この人は下愚の性移るべからず、偽りて小利をも辞すべからず、仮にも賢を学ぶべからず。 | (賢人のふるまいが)自分の心と合わないので、このようにあざけるのだということで分かった、この人は生まれつきのひどく愚かな性質が変わるはずもなく、偽ってでも小さな利益をことわることはできず、かりにも賢人をまねて学ぶことはできない(ということが)。 |
| 5 | 狂人のまねとて大路を走らば、すなはち狂人なり。悪人のまねとて人を殺さば、悪人なり。 | 狂人のまねだといって大通りを走れば、そのまま狂人である。悪人のまねだといって人を殺せば、(それは)悪人である。 |
| 6 | 驥を学ぶは驥のたぐひ、舜を学ぶは舜の徒なり。 | 一日に千里を走る名馬をまねる馬は、名馬の仲間であり、聖人の舜をまねて学ぶ人は、舜の仲間である。 |
| 7 | 偽りても賢を学ばんを賢といふべし。 | たとえ偽り(見せかけ)であっても、賢人をまねて学ぶような人を、賢人というべきである。 |


