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ジョルダンCamille Jordan
ひとことで言うと
ジョルダン標準形・ジョルダン曲線定理で知られるフランスの数学者。『置換論』で、20歳で亡くなったガロアの理論を世に広めた。
| 名前 | カミーユ・ジョルダン(Camille Jordan) |
|---|---|
| 生没年 | 1838年1月5日〜1922年1月22日(84歳) |
| 国 | フランス(リヨン生まれ、パリのエコール・ポリテクニーク・コレージュ・ド・フランス教授) |
| 分野 | 群論・代数学・解析学・トポロジー |
| 主な業績 | 『置換論と代数方程式』(1870年)でガロア理論を広めた、ジョルダン・ヘルダーの定理、ジョルダン標準形、ジョルダン曲線定理、ジョルダン測度、有界変動関数 |
| 名前がつくもの | ジョルダン標準形・ジョルダン曲線定理・ジョルダン・ヘルダーの定理・ジョルダン測度・ジョルダン分解・ジョルダンの補題 |
| よばれ方 | 群論をまとめた人。ガロア理論の紹介者 |
このページのポイント
- 1870年の『置換論』で、ガロアの方程式の理論を群論の形で整理し、世に広めた
- ジョルダン標準形(対角化できない行列も、ブロックに分けられる)は大学の線形代数で必ず習う
- ジョルダン曲線定理(閉じた曲線は平面を内と外に分ける)やジョルダン測度でも名を残した。もとは技師
ジョルダンは何をした人?(業績をひとことで)
カミーユ・ジョルダン(1838〜1922年)は、フランスの数学者です。もとは技師(エンジニア)として働きながら研究を続けた人で、群論(置換論)を本格的な学問にまとめ、ガロアの方程式の理論(ガロア理論)を世の中に広めた人として知られます。大学の線形代数で必ず出てくるジョルダン標準形、トポロジー(図形の性質の数学)の入口にあるジョルダン曲線定理、積分の土台になるジョルダン測度の3つで、名前を残しました。
ジョルダンがいなければ、ガロアの業績はもっと長いあいだ、ほとんどの人に理解されなかったかもしれません。1870年に出版した大著『置換論と代数方程式(Traité des substitutions et des équations algébriques)』は、「群論の最初の教科書」としてよく引用されます。
受験生には、まず行列の対角化の方法がうまくいかない行列でも使える「ジョルダン標準形」の名前で知られます。このページでは、整数・図形・方程式・行列のすべてにまたがる、ジョルダンの仕事を整理します。
うかるくん
ジョルダンって、ジョルダン標準形の人ですよね?ほかにもあるんですか。
合格先生
あるよ。ジョルダン曲線定理、ジョルダン測度、ジョルダン・ヘルダーの定理……。名前のついた定理が、代数・図形・解析のぜんぶにある、めずらしい数学者なんだ。

ジョルダンの生涯と年表
リヨンに生まれ、エコール・ポリテクニークへ
ジョルダンは1838年1月5日、フランス南東部の大都市リヨンのクロワ=ルース地区で生まれました。リヨンのリセ(高校)やコレージュで学んだあと、1855年、17歳でパリの名門エコール・ポリテクニーク(理工系のエリート学校)に入学します。
技師として働きながら、数学の研究を続ける
ジョルダンはエコール・ポリテクニークを出て、国の技師になりました。最初はプリヴァ、次にシャロン=シュル=ソーヌ、そのあとパリで、道路や橋などの技術の仕事をしています。それでも数学の研究は続け、むしろオリジナルな研究のほとんどは、この技師時代のものだといわれます。1861年に博士論文を審査され、その中の「代数的な微分形式の積分」の部分が高く評価されました。1862年にはマリー=イザベル・ミュネと結婚し、2人の娘と6人の息子、あわせて8人の子どもをもうけています。
『置換論』(1870年)
1830年代に20歳で亡くなったガロアの理論は、1846年にリウヴィルが遺稿を雑誌にのせるまで、ほとんど知られていませんでした。ジョルダンは、このガロアの考えを、置換(並べかえ)の群という形で整理しなおして、1870年に『置換論と代数方程式』にまとめました。この本は、ポンスレ賞を受けました。ジョルダンの本のおかげで、ガロア理論は数学者の標準的な知識になったといわれます。
大学・アカデミーで活躍
1873年にエコール・ポリテクニークの試験官、1876年には解析学の教授になりました。1881年にはパリ科学アカデミーの会員、1883年にはコレージュ・ド・フランスの教授になります。1885年からは、数学の専門誌『リウヴィル誌(純粋・応用数学雑誌)』の編集者も長くつとめました。1887年までに、3巻の大教科書『エコール・ポリテクニーク解析学教程』を出しています。1912年に退職しました。
戦争と晩年
第一次世界大戦(1914〜1918年)では、6人の息子のうち3人が戦死しています。それでも研究の席にはつきつづけ、1920年にストラスブールで開かれた国際数学者会議では名誉議長をつとめました。1922年1月22日、パリで亡くなりました(84歳)。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1838年 | 1月5日、フランスのリヨンで生まれる |
| 1855年 | エコール・ポリテクニークに入学 |
| 1861年 | 博士論文の審査(代数的な微分形式の積分) |
| 1862年 | マリー=イザベル・ミュネと結婚(のち8人の子ども) |
| 1869年 | 合成列に関する結果(のちのジョルダン・ヘルダーの定理)を発表 |
| 1870年 | 『置換論と代数方程式』を出版。ガロア理論を広める |
| 1876年 | エコール・ポリテクニークの解析学の教授になる |
| 1881年 | パリ科学アカデミーの会員に選ばれる。有界変動関数を導入 |
| 1883年 | コレージュ・ド・フランスの教授になる |
| 1885年 | リウヴィル誌の編集者になる(亡くなるまで) |
| 1887年 | 『解析学教程』(3巻)が完成。曲線についてのジョルダンの定理をのせる |
| 1912年 | 大学・学校を退職 |
| 1914〜16年 | 6人の息子のうち3人が戦争で亡くなる |
| 1920年 | ストラスブールの国際数学者会議で名誉議長 |
| 1922年 | 1月22日、パリで亡くなる(84歳) |
ジョルダンの主な業績をやさしく解説
業績1 『置換論』でガロア理論を広めた
ガロアの理論の中身は、5次以上の方程式が、ふつうの解の公式で解けない理由を、解の「並べかえ(置換)」のなかまで説明しました。ジョルダンは、この考えを、はっきりした定義と定理の形にまとめた最初の人です。
置換とは、 のようなものの並べかえです。3個なら 通りあります。これらの並べかえを順に何回かやっても、まだ「並べかえ」のひとつです。このように、いくつかの並べかえを組み合わせてできる集まりが、置換の群です。
ジョルダンは、置換の群を、「どれくらい小さい群に分けられるか」という視点で調べました。それは、のちの可解群(方程式が解ける群)の考えにつながります。
なお、ガロア理論はジョルダンの本に、「 次方程式が代数的に解けるのは、そのガロア群が可解のときだけ」という形でのっています。この本をきっかけに、アーベル・ラグランジュ・ガロアの流れが、1つの理論にまとまりました。
業績2 ジョルダン・ヘルダーの定理
群を、段々により小さい群に分けていく(合成列)とき、「どんな順序で分けても、最後に出てくる小さな部品は同じ」という定理です。これは、整数の素因数分解の考え方とそっくりです。たとえば は、 と並べかえても同じ素数のかけ算です。同じように、位数12の群を、6・4・3・2・1と小さくしていく3通りの道すじをたどっても、わり算の数は「2・2・3」の並べかえになります。
ジョルダンは1869年ごろに、この部品の大きさが決まることを示しました。部品が同じ形をしていることまでは、ドイツの数学者ヘルダーが1889年に完成させたので、2人の名前がついています。素因数分解の一意性は素因数分解の使い方で習いますが、群の世界にも同じ法則があるのです。
ここで位数とは、群にふくまれる要素の個数のことです。位数12の巡回群は、12個の「時計の針の位置」を、足し算でぐるぐる回る群のようなものと考えてください。時計の12は、約数が1・2・3・4・6・12とたくさんあるので、小さい群への分け方がいろいろあります。それでも「わり算の数」の組は同じになる、というのが定理の中身です。この考えは、方程式が解けるかどうかを判定する可解群の定義にも使われます。
業績3 ジョルダン標準形
大学の線形代数で、行列 を行列の対角化する(ななめ以外を全部0にする)方法を習います。ところが、すべての行列が対角化できるわけではありません。たとえば、
は、固有値が2だけ(重解)で、固有ベクトルが1本しかないため、対角化できません。そこで、ジョルダン標準形の出番です。ジョルダン標準形は、どんな複素数の正方行列も、下のような「ブロック(ジョルダン細胞)」を対角線にならべた形にできる、という定理です。
1つのブロックは、ななめに固有値 、そのすぐ右上に1、あとは全部0です。この形になると、行列の累乗 や、行列の指数関数 が、ふつうの数のように計算できます。たとえば なら、
となり、 のとき です。固有値と固有ベクトルの求め方をよく理解しておくと、ジョルダン標準形の意味がつかみやすくなります。ジョルダンが1870年の『置換論』にのせた形が、この定理のもとになったとされます。一般の複素数の行列についての形は、ワイエルシュトラスの研究(1868年)が先がけだったという説もあります。
実際に、ジョルダン標準形になるかどうかを調べる手順を、例で見てみましょう。 の固有方程式は 、つまり で、固有値は2の重解です。ここで は零行列ではないので、固有ベクトルは1本しか取れず、 は対角化できません。このように「固有値が重解で、 が零行列でない」とき、ジョルダン標準形は の形になります。「対角化できるか」を調べたあと、できなければジョルダン標準形、という順で考えるのが大学の線形代数の基本の流れです。
ジョルダンの時代にはまだコンピュータはありませんでしたが、この形のおかげで、物体の振動や回路の電流のような、時間とともに変わる量を表す連立の微分方程式が、手で解けるようになりました。
業績4 ジョルダン曲線定理
「自分自身と交わらない、閉じた曲線(輪ゴムのような形)は、平面を内側と外側の2つの部分に分ける」。これがジョルダン曲線定理です。円や三角形のような簡単な形なら当たり前のようですが、曲線がどんなにぐにゃぐにゃしていても(細かく折れ曲がっていても)成り立つことを証明するのは、とてもむずかしい問題でした。
ジョルダンは、この定理を『解析学教程』にのせました。ただし、ジョルダン自身の証明にはすきまがあるといわれ、完全な証明は、1905年にアメリカのヴェブレンが書きました。いまでは、点から半直線を引いて、曲線と交わる回数が奇数なら内側、偶数なら外側というやり方(偶奇の判定)が、コンピュータの図形処理にも使われています。この定理は、図形の「内と外」を考えるトポロジーの出発点の1つです。
たとえば、地図のアプリで「この点は市の境界線の内側か外側か」を判定するときや、ゲームで「クリックした場所が図形の中か」を調べるときにも、この偶奇のやり方が使われます。ただし、半直線がちょうど角や接点を通る場合は数え方に注意が必要で、プログラムを書く人はそこで苦労するといわれます。数学のきれいな定理が、画面の中の小さな判定にまで役立っている例です。
業績5 ジョルダン測度と有界変動関数
面積や体積を、数学ではどう決めるのでしょうか。ジョルダンは、図形を方眼のマスで内側と外側からはさむ方法を考えました。内側に完全に入るマスの面積の合計と、図形にふれるマスをぜんぶ合わせた面積の合計が、マスを細かくしたとき同じ値に近づくなら、その値を図形の面積とします。これがジョルダン測度(ペアノ・ジョルダン測度)で、高校で習う定積分と面積の関係の考え方に近いものです。
ただ、この方法では、「有理数の点だけでできた集まり」のような、複雑な集合の面積が決められません。そこで、のちにルベーグの積分と測度が、もっと一般的な測度をつくりました。ジョルダン測度は、その前の段階の大事な発想でした。
またジョルダンは1881年ごろ、有界変動関数(グラフの上り下りの合計が有限な関数)という考えを導入し、曲線の長さを一般に定義する道を開きました。「有界変動関数は、増加する関数2つの差で書ける」というジョルダン分解も、解析学で習います。
ジョルダンの名前がつく公式・定理・用語
- ジョルダン標準形:行列を、ブロックにならべた形に直す。→ 行列の対角化とジョルダン標準形
- ジョルダン曲線定理:閉じた曲線は平面を内側と外側に分ける。
- ジョルダン・ヘルダーの定理:群の合成列の「部品」は、順序によらず決まる。→ 整数の素因数分解のなかま
- ジョルダン測度:図形を内側と外側の方眼ではさんで面積を決める。→ 定積分と面積の求め方
- ジョルダン分解:有界変動関数を、増加関数2つの差で書く。
- ジョルダンの補題:複素積分で使う不等式(大学の複素解析)。
- ジョルダンの定理(有限線形群):行列の有限群についての定理。

合格先生
対角化できない行列に出会ったら、ジョルダン標準形。「固有値の重なりがあるときに、ちょっとだけ1が右上に入る」と覚えておくといいよ。
ジョルダンの逸話と名言
技師と数学者の二重生活
ジョルダンは、長いあいだ国の技師として、現場の仕事をしながら、数学を研究しました。1861年の博士論文の審査では、審査員は、論文の2つの部分のうち、ジョルダン自身が重視していたほうより、ほかの部分を高く評価したと伝えられます。ジョルダンが持っていた数学の力が、とても幅広かったことがわかる話です。「仕事をしながらでも、これだけの研究ができる」という例としてもよく紹介されます。
あまりにも広い守備範囲
ジョルダンは、代数・解析・幾何・トポロジーのすべてに業績を残しました。また、1869年には、結晶の構造を調べるために、空間の移動(回転や平行移動)の群を研究しています。この仕事は、のちにドイツのクラインやノルウェーのリーといった数学者に影響を与えたといわれます。クラインとリーは、1870年にパリを訪れて、ジョルダンのもとで群論を学んだと伝えられます。
ガロアの理論を「読める形」にした
ガロアは決闘で亡くなる前の夜に、自分の考えを手紙に書いたと伝えられます。しかし、その理論は書き方が短く、とてもむずかしいものでした。ジョルダンは、それを誰が読んでも分かるように、体系的にまとめたのです。いわば、天才の「メモ」を「教科書」にした人です。優れた研究を理解し、広めるのも、数学では大事な仕事なのだと教えてくれます。
3人の息子を戦争で失って
ジョルダンには8人の子どもがいましたが、第一次世界大戦(1914〜1916年)で、6人の息子のうち3人が戦死しました。ジョルダンはそのとき、すでに70歳代でした。数学者としての栄光とは別に、家族として、とてもつらい時代を生きた人でもあります。
サクラちゃん
ガロアさんの理論を広めたのがジョルダンさんなんですね。ガロアさんだけだと、わからなかったんですか?
合格先生
ガロアの理論は、天才すぎて短く書かれていたから、ほとんどの人には読めなかったんだ。ジョルダンはわかりやすく並べなおした。説明する力も、数学ではすごい才能なんだよ。
受験・勉強とジョルダンのつながり
中学受験・高校受験:並べかえと場合の数
ジョルダンの置換は、中学受験・高校受験の場合の数(並べ方が何通りあるか)の考え方と同じです。3つのものを並べる並べ方は 通り、4つなら 通りです。順列と組合せの公式は、置換の群の大きさ(位数)を数えるときにも使います。
大学受験:行列・図形の内と外・面積
- 行列の累乗:数学Cで習う行列の累乗 は、対角化できる場合に使えます。できない場合は、ジョルダン標準形の考えが必要になります(大学の数学)。→ 行列の対角化の手順
- 面積と定積分:図形を細かい長方形で内側と外側からはさむ考え方は、数学Ⅲの区分求積法と同じです。→ 区分求積法の公式と問題
- 図形の内と外:集合の「補集合」の考え方が、内と外の話に役立ちます。→ 補集合とは
京都大学や東京大学の入試で出る図形・行列の問題は、このようなジョルダンの発想が土台にあります。京大理系数学の出題分析(行列・図形の出方)も参考にしてください。
大学院入試:ジョルダン標準形は頻出
大学院入試(数学系)では、ジョルダン標準形を求める問題や、行列の指数関数 を求める問題がよく出ます。固有値・固有ベクトル・一般固有空間を使う手順を、しっかり練習しておきましょう。
勉強法として:「あたりまえ」を証明する
ジョルダン曲線定理は、「あたりまえ」に見えることを、きちんと証明する難しさを教えてくれます。図で「あたりまえ」と見えることでも、きちんと理由を言葉で書く練習をすると、数学の答案が強くなります。数学の勉強の進め方は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も参考にしてください。
ジョルダンがその後の数学にあたえた影響
- 群論・代数学:『置換論』は、クライン(エルランゲン・プログラム)・リー(連続群)・ネーター(抽象代数学)などの仕事につながり、20世紀の抽象代数学の土台になりました。
- 線形代数:ジョルダン標準形は、微分方程式 の解を求めるときの標準的な道具です。制御工学、物理学、経済学などで広く使われています。
- トポロジー・複素解析:ジョルダン曲線定理は、図形の「内と外」を数学的に考える第一歩となり、のちの代数的トポロジーにつながりました。
- 測度論・積分論:ジョルダン測度は、ルベーグの測度論の準備になりました。
- 教育:『解析学教程』は、フランスの大学の解析学の標準的な教科書として長く使われ、のちの数学者たちを育てました。
ガロアの業績が今日まで残ったのは、ジョルダンのような「広める人」がいたからでもあります。数学の歴史では、発見者と同じくらい、大事な役割です。
ジョルダンに挑戦!練習問題
やさしい
- 1・2・3・4の4つの数字を一列に並べる並べ方は何通りですか。
答えと解説を見る
通り。(4個の置換の数) - について、 を求めなさい。
答えと解説を見る
。
ふつう
- について、 を求めなさい。
答えと解説を見る
の形なので、 で 。() - 平面上の閉じた曲線があり、点Pから右へ半直線を引くと、曲線と7回交わりました(接する点はありません)。Pは曲線の内側ですか、外側ですか。
答えと解説を見る
交わる回数が奇数なので、Pは内側にあります。(偶数なら外側。ジョルダン曲線定理を使った判定法です)
むずかしい
- について、 を数学的帰納法で示しなさい。
答えと解説を見る
のとき 、 で成り立つ。 で成り立つとすると、。右上は なので、 でも成り立つ。よってすべての自然数 で成り立つ。 - 位数12の巡回群には、位数 12、6、3、1 の部分群の列があります。それぞれの「わり算の数」の積が12になることを確かめなさい。
答えと解説を見る
12→6は÷2、6→3は÷2、3→1は÷3。積は 。どの合成列でも、わり算の数は 2・2・3 の並べかえになります。
ジョルダンと関係する数学者
- ガロア(方程式と群の理論の創始者):ジョルダンは『置換論』でガロアの理論を世に広めました。
- アーベル(5次方程式の不可能性):ガロアと同じころ、5次方程式の解の公式がないことを示しました。
- ラグランジュ(置換と方程式の先がけ):解の並べかえの考えを最初に使いました。
- クライン(図形と群のエルランゲン・プログラム):ジョルダンの群論の影響を受けた幾何学者です。
- リー(連続群・リー群):ジョルダンの影響を受け、連続する変換の群を研究しました。
- ルベーグ(ジョルダン測度の発展形・ルベーグ積分):測度の考えを一般化しました。
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裏と表がない「メビウスの帯」 - ロバチェフスキーの業績と生涯
平行線の公理が成り立たない「非ユークリッド幾何学」 - アーベルの業績と生涯
5次方程式には解の公式がないことを証明。アーベル賞の名前のもと - ボーヤイの業績と生涯
ロバチェフスキーと別に非ユークリッド幾何学を発見 - ヤコビの業績と生涯
楕円関数・ヤコビアン(変数変換) - ディリクレの業績と生涯
鳩の巣原理(ディリクレの部屋割り論法)・算術級数定理 - ハミルトンの業績と生涯
四元数を発見。ケーリー・ハミルトンの定理 - ガロアの業績と生涯
方程式が解けるかどうかを「群」で判定(ガロア理論)。20歳で決闘で亡くなった
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よくある質問
ジョルダンは何をした人ですか?
ジョルダンは、19世紀のフランスの数学者です。1870年の『置換論』でガロア理論を群論として整理して広め、ジョルダン標準形、ジョルダン曲線定理、ジョルダン測度、ジョルダン・ヘルダーの定理などに名前を残しました。
ジョルダン標準形とは何ですか?
行列を、固有値をななめにならべたブロック(ジョルダン細胞)の形に直したものです。対角化できない行列でも、複素数の範囲ならかならずこの形にできます。行列の累乗や指数関数の計算に使われます。
ジョルダン曲線定理とは何ですか?
自分自身と交わらない閉じた曲線は、平面を内側と外側の2つに分けるという定理です。曲線がどれほど複雑でも成り立ちます。点から半直線を引いて交わる回数の偶奇で、内か外かを判定できます。
ジョルダンとガロアの関係は?
ガロアは20歳で亡くなり、理論の発表は不十分でした。ジョルダンは、ガロアの遺稿が1846年に出版されたあと、その考えを置換の群として整理して1870年の『置換論』にまとめ、ガロア理論を広めました。
ジョルダン・ヘルダーの定理とは何ですか?
群を段々に小さい群に分けるとき、分け方の順序によらず、最後に出てくる部品が同じになるという定理です。整数の素因数分解の一意性と似た考え方で、ジョルダンとヘルダーの名前がついています。
ジョルダン測度とは何ですか?
図形を方眼のマスで内側と外側から見積もり、細かくしていくと2つの面積が一致するとき、その値を図形の面積とする考え方です。のちのルベーグ測度の準備になりました。
ジョルダンは何歳で亡くなりましたか?
1922年1月22日、パリで84歳で亡くなりました。1838年1月5日、リヨンの生まれです。
ジョルダンは最初、何の仕事をしていましたか?
エコール・ポリテクニークを卒業したあと、国の技師として働きました。プリヴァ、シャロン=シュル=ソーヌ、パリで勤め、仕事をしながら数学の研究を続けました。のちに大学の教授になりました。
ジョルダンは受験とどう関係しますか?
大学の線形代数ではジョルダン標準形が必ず出てきます。大学院入試でも頻出です。高校までの範囲では、置換に当たる「場合の数」や、面積を内と外からはさむ区分求積法の考え方につながります。
あわせて読みたい
出典・参考
- J. J. O’Connor, E. F. Robertson, “Camille Jordan”, MacTutor History of Mathematics Archive(St Andrews 大学)
- C. Jordan, “Traité des substitutions et des équations algébriques”(1870年、パリ)
- “Jordan normal form”, Wikipedia(英語版)
- 肖像写真:「Camille Jordan」(1923年より前、作者不明)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)
最終更新:2026年11月3日/作成:大学受験合格大作戦



