枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」原文と現代語訳・文法|命婦のおとど・翁丸いづら(最高敬語・せさせたまふ・らむ)

ミスターT先生

定番 教科書によく出る定番の段 回想章段

枕草子の回想章段「上にさぶらふ御猫は」(翁丸)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。帝の猫をおどして追放された犬の翁丸が、ぼろぼろになって宮中に戻ってくる、笑いと涙の段です。

解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)

この段を30秒で(あらすじと要点)

  • あらすじ:一条天皇がかわいがる猫「命婦のおとど」を、犬の翁丸がおどしたため、翁丸は打たれて犬島へ追放される。数日後、ひどく打たれた犬が現れるが、翁丸かどうか分からない。翌朝、作者が翁丸をあわれむ言葉を言うと、犬はふるえて涙を流し、翁丸だと分かる。翁丸は許され、もとの暮らしに戻った。
  • 文法の要点:最高敬語「せたまふ・させたまふ」(一条天皇・中宮定子)、使役と尊敬の「す・さす」の見分け(持たせさせたまふ)、仰せらる、会話の丁寧語「はべり」、らむ・けむ、詠嘆の「けり」、係り結び。
  • テストの定番:教科書によく出る段。敬語の主語(帝か中宮か)、「持たせさせたまふ」の使役と尊敬、「さうざうし」「あさまし」の意味、翁丸が正体を明かした理由がよく問われる。
サクラちゃん
サクラちゃん
T先生、この段は犬が主人公なんですか? 枕草子って、もっと上品な話だと思ってました。
ミスターT先生
ミスターT先生
そうや、主人公は犬の翁丸。帝の猫をおどして追放されて、ぼろぼろで帰ってくる。笑えて、ちょっと泣ける話やで。教科書・テストによく出る定番の段や。
合格先生
合格先生
わたしはこの段で、T先生に主語さがしを特訓されました。帝と中宮、どちらの動作か、敬語で見分けるんです。

この段で覚える文法(テストに出る順)

  1. 最高敬語「せたまふ・させたまふ」=一条天皇・中宮定子の動作
  2. 持たせさせたまふ:使役「せ」+尊敬「させ」
  3. 会話の丁寧語「はべり」(右近→中宮定子)
  4. らむ(現在推量)・けむ(過去推量)・詠嘆のけり
  5. 古今異義語さうざうし・あさまし・をかし

「上にさぶらふ御猫は」はどんな段?(回想章段・一条天皇と中宮定子)

枕草子の回想章段(日記的章段)の一つで、清少納言が中宮定子に仕えていたころの宮中のできごとです。「上」は一条天皇、「御前」「宮」は中宮定子です。帝は猫が大好きで、猫に五位の位をあたえて「命婦のおとど」とよんでいました。

前半は帝のいる場所、後半は中宮定子の御前が舞台です。地の文では、帝と中宮の動作に最高敬語「せたまふ・させたまふ」が使われるので、敬語を手がかりに主語を見分けられます。蔵人(忠隆・なりなか・実房)、右近の内侍、馬の命婦など、宮中のいろいろな人も登場します。能因本系の本とは細かい言葉にちがいがあり、このページは教科書で多い三巻本系の形にそろえています。

1. 猫をおどす 翁丸が帝の猫命婦のおとどに 2. 犬島へ追放 帝がおこり翁丸を追い出す 3. 打たれる犬 帰ってきた犬が蔵人に打たれる 4. 見分けがつかぬ 右近も「翁丸ではないようだ」 5. 涙を流す 作者の言葉にふるえて涙 6. 許される もとのように宮中で暮らす
図1 枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」の流れ(6つの場面・ことがら)

本文と現代語訳・文法(1文ずつ)

色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)

1

上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせたまふが、端に出でて臥したるに、

現代語訳帝(一条天皇)のおそばにお仕えしている猫は、五位の位をいただいていて、「命婦のおとど」と名づけられ、たいそうかわいらしいので、(帝が)大切にお育てになっているが、(その猫が)縁側に出て寝そべっていたので、

  • 「上」は帝(一条天皇)。「かうぶり」は五位の位のこと。猫に人間の位をあたえて「命婦のおとど」とよぶほど、帝はこの猫をかわいがっていた。
  • 最高敬語「せたまふ」:尊敬の「す」+尊敬の「たまふ」。地の文では帝や中宮の動作にだけ使う。ここは帝が猫を「かしづく(大切に育てる)」動作。→最高敬語(せたまふ・させたまふ)と二重敬語
  • 「をかし」はかわいらしい・趣がある。今の「おかしい(変だ)」とはちがう。→古今異義語の一覧(をかし・あはれ・あさまし)
うかるくん
うかるくん
猫に「五位」の位!? 猫が貴族なんですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
そうなんや。帝は猫が大好きで、位までつけた。だから女房たちも猫に「入りたまへ」と尊敬語を使う。ここでの「かしづかせたまふ」は帝の動作、最高敬語やで。

2

乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入りたまへ」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるを、おどすとて、「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ」と言ふに、

現代語訳(猫の)世話係の馬の命婦が、「まあ、お行儀が悪い。お入りなさいませ」と呼ぶけれど、(猫が)日のさしこんでいる所で眠って座っているので、おどかそうとして、「翁丸、どこにいるの。命婦のおとどにかみつけ」と言うと、

  • 「まさなし」は「よくない・みっともない」。猫に「入りたまへ」と尊敬語を使っているのは、位をもらった帝の猫だから。
  • 「翁丸」はこの段の主人公の犬の名前。「いづら」は「どこにいるの」とよびかける言葉。

3

まことかとて、痴れ者は走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。

現代語訳(翁丸は)本気かと思って、ばか者のことで(猫に)飛びかかったので、(猫は)おびえあわてて、御簾の中に入ってしまった。

  • 「痴れ者」は「おろか者」。命婦の冗談を本気にして飛びかかった翁丸のこと。
  • 「入りぬ」の「ぬ」は文の終わりにあるので完了「ぬ」の終止形。→「ぬ」の識別(完了と打消)

4

朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じて、いみじう驚かせたまふ。猫を御懐に入れさせたまひて、男ども召せば、

現代語訳朝餉の間に帝がいらっしゃって、(このようすを)ご覧になって、たいそうお驚きになる。猫をふところにお入れになって、男たち(殿上の男性)をお呼びになると、

  • 「朝餉の御前」は帝がふだんの食事をとる部屋。帝の動作には、おはします・御覧ず・せたまふ・召すと、重い敬語がたくさん付いている。
  • 「召す」は「呼ぶ」の尊敬語(お呼びになる)。→敬語動詞の一覧(召す・御覧ず・仰す)
サクラちゃん
サクラちゃん
「驚かせたまふ」の「せ」は使役ですか? 帝が誰かを驚かせたんですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
ちゃう。下に「たまふ」があって、主語が帝やろ。こういう「せたまふ」は尊敬+尊敬の最高敬語や。帝自身が驚いてはる。「せ・させ」は下に「たまふ」があったら、まず尊敬を疑うんや。

5

蔵人忠隆、なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただいま」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。

現代語訳蔵人の忠隆と、なりなかが参上したので、「この翁丸をこらしめて、犬島へ追いやれ。今すぐに」とおっしゃるので、(人々が)集まって大騒ぎで(翁丸を)追いかけ回す。

  • 「調ず」は「こらしめる」。「犬島」は野良犬などを流した島とされる。
  • 「仰せらる」=尊敬語「仰す」+尊敬の助動詞「らる」。帝の言葉に使う重い尊敬。→助動詞「る・らる」の尊敬の用法

6

馬の命婦をもさいなみて、「乳母かへてむ。いとうしろめたし」と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。

現代語訳(帝は)馬の命婦のこともおしかりになって、「世話係をかえてしまおう。とても心配だ」とおっしゃるので、(馬の命婦は)帝の御前にも出ない。犬は追い出して、滝口の武士などに命じて追放してしまった。

  • 「かへてむ」は強意「つ」+意志「む」で「きっとかえてしまおう」。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
  • 「うしろめたし」は「気がかりだ・心配だ」。反対の意味の語は「うしろやすし(安心だ)」。
  • 「滝口」は宮中を警備する武士。

7

「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどして、ありかせたまひしをり、かかる目見むとは思はざりけむ」などあはれがる。

現代語訳(女房たちは)「ああ、(翁丸は)たいそうえらそうに歩きまわっていたのに。三月三日の節句に、頭の弁が(翁丸に)柳の髪飾りをつけさせ、桃の花をかざしにささせ、桜を腰にさしたりなどして、歩かせなさったとき、(翁丸は)こんな目にあうとは思わなかっただろう」などと、かわいそうがる。

  • 「させ・せ」は下に「たまふ」がないので使役(頭の弁が翁丸に〜させる)。「ありかせたまひし」は、使役「せ」+尊敬「たまふ」で、頭の弁が翁丸を歩かせなさった。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」の見分け方
  • 「けむ」は過去推量(〜ただろう)。→過去推量の助動詞「けむ」
  • 「ゆるぎありく」は「体をゆすって(いばって)歩きまわる」。三月三日は桃の節句で、翁丸も花でかざられていた。
合格先生
合格先生
「柳かづらせさせ」の「させ」は、下に「たまふ」がないので使役です。T先生に「たまふがあるかないか、指でおさえて確かめ」と言われたのを思い出します。

8

「御膳のをりは、必ず向かひさぶらふに、さうざうしうこそあれ」など言ひて、三四日になりぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、なぞの犬の、かく久しう鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬、とぶらひ見に行く。

現代語訳「(帝の)お食事のときは、(翁丸は)必ずお向かいにお控えしていたのに、物足りなくさびしい」などと言って、三、四日たった昼ごろ、犬がひどく鳴く声がするので、どんな犬が、こんなに長く鳴くのだろうかと聞いていると、たくさんの犬が、(ようすを)見に行く。

  • 「さうざうし」は物足りない・さびしい。今の「騒々しい」ではない。古今異義語の定番。→古今異義語の一覧(さうざうし・あさまし)
  • 「こそ」→結びは已然形「あれ」。「か」→結びは連体形「む」。この段は係り結びが多い。
  • 「鳴くにかあらむ」の「に」は断定「なり」の連用形(「にあり」の形)。→「に」の識別7種類

9

御厠人なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ。死ぬべし。犬を流させたまひけるが、帰り参りたるとて、調じたまふ」と言ふ。

現代語訳お手洗いの掃除係である者が走って来て、「まあ、たいへん。犬を蔵人が二人でお打ちになっています。死んでしまうでしょう。(帝が)犬を島流しになさったのに、帰って参上したといって、こらしめていらっしゃいます」と言う。

  • 「御厠人」は宮中のお手洗いの掃除などをする下級の女官。身分が低いので、蔵人の動作にも「たまふ」を使っている。
  • 「いみじ」は程度がはなはだしい。よい意味(すばらしい)にも悪い意味(ひどい)にも使う。ここは「たいへんだ」。

10

心憂のことや。翁丸なり。「忠隆、実房なんど打つ」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、「死にければ、陣の外に引き捨てつ」と言へば、あはれがりなどする夕つ方、

現代語訳なんといやなことだろう。(打たれているのは)翁丸だ。「忠隆や実房などが打っている」と言うので、止めに(人を)やるうちに、やっと鳴きやんで、「死んだので、陣の外に捨てた」と言うので、(みんなで)かわいそうがっていた夕方、

  • 「心憂し」は「つらい・いやだ」。作者の気持ちが地の文に出ている。
  • 「死にければ」の「死に」はナ行変格活用の動詞「死ぬ」の連用形。助動詞ではない。

11

いみじげに腫れ、あさましげなる犬の、わびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく」と言ふに、「翁丸」と言へど、聞きも入れず。

現代語訳ひどく腫れあがって、見るもあわれなようすの犬で、みすぼらしいのが、ふるえながら歩きまわっているので、「翁丸か。このごろこんな犬が歩きまわっているだろうか(いや、いない)」と言って、「翁丸」とよぶけれど、聞き入れもしない。

  • 「やは」は反語になりやすい係助詞。「こんな犬がいるか、いや、いない(だから翁丸だろう)」。→係り結びの「や・か」の疑問と反語
  • 「あさまし」は驚きあきれる・ひどい。今の「浅ましい(いやしい)」とはちがう。

12

「それ」とも言ひ、「あらず」とも口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ」とて召せば、参りたり。

現代語訳「翁丸だ」とも言い、「ちがう」とも、(人々が)口々に申し上げるので、(中宮さまが)「右近が見知っている。呼びなさい」と言ってお呼びになると、(右近が)参上した。

  • ここから話は中宮定子の御前にうつる。「申す」「参る」は中宮を高める謙譲語、「召す」は中宮の動作を高める尊敬語。
  • 「ぞ」→結びは連体形「たる」。右近は帝づきの女房(右近の内侍)で、翁丸をよく知っていた。
うかるくん
うかるくん
急に「申せば」「召せば」って、だれに対しての敬語か分からなくなりました…。
ミスターT先生
ミスターT先生
ここから場面が中宮定子の前にうつってるんや。「右近ぞ見知りたる。呼べ」と言うてるのは中宮。だから「召す」は中宮の動作、「申す」「参る」は中宮を高める謙譲語やな。

13

「これは翁丸か」と見せさせたまふ。

現代語訳(中宮さまは)「これは翁丸か」と(右近に犬を)お見せになる。

14

「似てははべれど、これはゆゆしげにこそはべるめれ。また、『翁丸か』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。

現代語訳(右近は)「似てはおりますが、これは気味が悪いようすでございますようです。それに、『翁丸か』とさえ言えば、喜んでやって参りますのに、呼んでも寄って来ません。(翁丸では)ないようです。

  • 「はべり」は会話の丁寧語で、話し手の右近から聞き手の中宮定子への敬意。→「はべり」の丁寧語と謙譲語の見分け方
  • 「こそ」→結びは已然形「めれ」。「だに」は「〜さえ」(軽いものをあげて重いものを類推させる副助詞)。
  • 「あらぬなめり」は「ちがう犬であるようだ」。「あらぬ」の「ぬ」は打消「ず」の連体形。「ゆゆし」は「不吉だ・気味が悪い」。
サクラちゃん
サクラちゃん
右近さんの「はべり」は、だれへの敬語ですか?
ミスターT先生
ミスターT先生
会話の中の「はべり」は丁寧語で、話し手から聞き手へ。話し手は右近、聞き手は中宮定子。地の文の敬語(作者から)と会話の敬語(話し手から)を分ける、ここ、テストに出るで!

15

それは、打ち殺して捨てはべりぬとこそ申しつれ。二人して打たむには、はべりなむや」など申せば、心憂がらせたまふ。

現代語訳あれ(翁丸)は、打ち殺して捨てましたと(蔵人たちが)申しておりました。二人がかりで打ったとしたら、生きておりましょうか(いや、生きてはいないでしょう)」などと申し上げるので、(中宮さまは)つらくお思いになる。

  • 「はべりなむや」の「はべり」は本動詞で「あり(いる)」の丁寧語。「なむ」は強意「ぬ」+推量「む」、「や」は反語。
  • 「こそ」→結びは已然形「つれ」。「打たむには」の「む」は、下に体言(こと)がかくれていて「もし打ったとしたら」という仮定。
  • 「心憂がらせたまふ」は中宮定子の動作なので、最高敬語。

16

暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる。

現代語訳暗くなって、食べ物を食べさせたけれど食べないので、(翁丸とは)ちがう犬だと決めてしまって、それきりになった(その翌朝)。

  • 「ぬ」と「ね」の見分け:「食はねば」の「ね」は未然形「食は」の下なので打消「ず」の已然形。「やみぬる」の「ぬる」は連用形「やみ」の下なので完了「ぬ」の連体形。→「ね」の識別(打消と完了)
  • 「やみぬる」は連体形で、次の「つとめて(翌朝)」にかかっていく。

17

つとめて、御けづり髪、御手水などまゐりて、御鏡を持たせさせたまひて御覧ずれば、さぶらふに、犬の柱もとにゐたるを見やりて、

現代語訳翌朝、(中宮さまの)御髪をとかすこと、手を洗う水などをお世話申し上げて、(中宮さまが、わたしに)鏡を持たせなさって(ご自分の姿を)ご覧になるので、(わたしが)おそばにお控えしていると、犬が柱の根もとに座っているのを見やって、

  • 「持たせさせたまひ」:「持た」+使役「せ」(作者に鏡を持たせる)+尊敬「させ」+尊敬「たまひ」(中宮の動作)。「せ」と「させ」で意味がちがう、むずかしい所。→使役・尊敬の助動詞「す・さす」の見分け方
  • 「つとめて」は翌朝・早朝。「まゐる」はここでは「(お世話を)して差し上げる」の謙譲語。
うかるくん
うかるくん
「持たせさせたまひ」って、「せ」と「させ」が両方ある…。
ミスターT先生
ミスターT先生
一番の難所や。「持たせ」は作者に鏡を持たせる=使役。「させたまひ」は中宮の動作を高める尊敬。使役のあとに最高敬語がくっついた形やな。

18

「あはれ、昨日翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ」とうち言ふに、

現代語訳(わたしが)「ああ、昨日翁丸をひどく打ったことよ。死んだというのはかわいそうだ。何に生まれ変わって、今ごろはなっているのだろう。(打たれたとき)どんなにつらい気持ちがしただろう」とつぶやくと、

  • らむ・けむ:「らむ」は今のことの推量(今ごろ〜しているだろう)、「けむ」は過去のことの推量(〜ただろう)。→現在推量の助動詞「らむ」・過去推量の助動詞「けむ」
  • 「何の身にこのたびはなりぬらむ」は、死んだら何かに生まれ変わるという仏教の考え(輪廻)にもとづく言葉。
  • 「こそ」→結びは已然形「あはれなれ」(形容動詞「あはれなり」の已然形)。

19

このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。

現代語訳(すると)この座っていた犬が、ぶるぶるふるえて、涙をぼろぼろと流すので、とても驚いた。

  • 「落としに落とす」は、同じ動詞をくり返して「どんどん落とす」と強める言い方。
  • 「あさまし」は驚きあきれる。ここは「まさか」というよい意味の驚き。→古今異義語(あさまし・さうざうし)
サクラちゃん
サクラちゃん
翁丸、作者の言葉を聞いて泣いたんですね…。かわいそう。
ミスターT先生
ミスターT先生
「死んだらしい、つらかっただろう」と言われて、がまんできずに涙が出た。名前をよばれても知らんぷりしてた翁丸が、ここで正体を明かすんや。

20

さは、翁丸にこそはありけれ。昨夜は隠れ忍びてあるなりけりと、あはれにそへて、をかしきことかぎりなし。

現代語訳それでは、(この犬は)翁丸だったのだなあ。昨夜は(正体を)かくして、がまんしていたのだったなあと、かわいそうなのに加えて、おもしろいことこの上ない。

  • ここの「けり」は詠嘆(気づき)。「〜だったのだなあ」と、今はじめて気づいた気持ち。→過去の助動詞「き・けり」と詠嘆の「けり」
  • 「あはれ」(しみじみかわいそう)と「をかし」(おもしろい)が、いっしょに出てくる。枕草子を読むときのキーワード。
合格先生
合格先生
この「けり」は詠嘆(気づき)です。T先生は「なりけりが出たら、『〜だったのだなあ』とハッとした気持ちで訳せ」と言っていました。

21

御鏡うち置きて、「さは、翁丸か」と言ふに、ひれ伏していみじう鳴く。御前にも、いみじう落ち笑はせたまふ。

現代語訳(わたしが)鏡を置いて、「それでは、翁丸なの」と言うと、(犬は)ひれ伏して、ひどく鳴く。中宮さまも、たいそうお笑いになる。

  • 「御前」は中宮定子のこと。最高敬語「せたまふ」が付いている。
  • 名前をよばれて、やっと翁丸が正体を明かした場面。

22

右近の内侍召して、「かくなむ」と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして、渡りおはしましたり。

現代語訳(中宮さまが)右近の内侍をお呼びになって、「こういうことなのよ」とおっしゃるので、(人々が)大声で笑いさわぐのを、帝もお聞きになって、(中宮さまの所に)おいでになった。

  • 「かくなむ」は、「なむ」の下の「言ふ」などが省かれた結びの省略。→係り結びの結びの省略
  • 「聞こしめす」は「聞く」の尊敬語。帝(上)の動作で、中宮から帝へと話が広がっていく。

23

「あさましう、犬なども、かかる心ある者なりけり」と笑はせたまふ。上の女房なども聞きて、まゐり集まりて呼ぶにも、今ぞ立ち動く。

現代語訳(帝は)「驚いたことに、犬などにも、このような心があるものなのだなあ」とお笑いになる。帝づきの女房なども(このことを)聞いて、(中宮さまの所に)参上して集まって(翁丸の名を)よぶと、今度は立ち上がって動く。

  • 帝の「笑はせたまふ」も最高敬語。この段では、帝と中宮の両方に最高敬語が使われている。
  • 「ぞ」→結びは連体形「動く」(四段活用なので終止形と同じ形)。名前に反応して、やっと元気が出てきた。

24

「なほこの顔などの腫れたる、物の手をせさせばや」と言へば、「つひにこれを言ひあらはしつること」など笑ふに、

現代語訳(わたしが)「やはりこの顔などが腫れているのを、手当てをさせたい」と言うと、(人々は)「とうとう(翁丸だと)ばらしてしまったこと」などと笑うので、

  • 「ばや」は自分の願望の終助詞(〜したい)。「なむ(他にあつらえる願望)」とまちがえない。
  • 「言ひあらはしつること」は、連体形で文を止めて、感動をこめた言い方(連体止め)。

25

忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにやはべらむ。かれ見はべらむ」と言ひたれば、「あなゆゆし。さらにさるものなし」と言はすれば、

現代語訳(これを)忠隆が聞いて、台盤所の方から、「本当でございましょうか。その犬を見ましょう」と言ったので、(わたしが)「まあ、縁起でもない。まったくそんな犬はいません」と(人に)言わせると、

  • 忠隆は、翁丸を打った蔵人。また見つけたら打つかもしれないので、作者は「いない」とうそをつかせて翁丸をかばった。
  • 「言はすれば」の「すれ」は使役(取り次ぎの人に言わせる)。

26

「さりとも、見つくるをりもはべらむ。さのみもえ隠させたまはじ」と言ふ。

現代語訳(忠隆は)「そうはいっても、見つけるときもございましょう。そういつまでもお隠しになることはできないでしょう」と言う。

27

さて、かしこまりゆるされて、もとのやうになりにき。

現代語訳そうして、(翁丸は)おしかりを許されて、もとのように(宮中で暮らすように)なった。

28

なほあはれがられて、ふるひ鳴き出でたりしこそ、世に知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ、人に言はれて泣きなどはすれ。

現代語訳それにしても、(人々に)かわいそうがられて、ふるえて鳴き出したときのことは、このうえなくおもしろく、しみじみと心を打たれるものだった。人間などなら、人に(なぐさめの言葉を)言われて泣いたりはするけれど(犬がそうするとは)。

  • 係り結び:「こそ」→結びは已然形「しか」(過去「き」)、「すれ」(サ変「す」)。→係り結びの決まり
  • 最後の一文は「人間ならともかく、犬が人の言葉に泣くなんて」という作者の感動。言いさしの形で終わっている。
  • 「世に知らず」は「この世に例がないほど・このうえなく」。
ミスターT先生
ミスターT先生
最後は「人間なら人に言われて泣きもするけど、犬が…」と作者の感動で終わる。あはれとをかしが両方つまった、ええ段やろ。

帝と中宮の敬語を図で見分ける(最高敬語の主語)

地の文で最高敬語が使われる二人(作者からの敬意) 一条天皇(上) かしづかせたまふ 驚かせたまふ・笑はせたまふ 御覧ず・召す・仰せらる 聞こしめす 渡りおはします 中宮定子(御前) 見せさせたまふ 持たせさせたまふ 心憂がらせたまふ 落ち笑はせたまふ 召す・仰せらる・御覧ず 会話の敬語(話し手から聞き手へ) 右近の「はべり」「申す」「まうで来」=右近から中宮定子への敬意
図2 「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」の敬語(赤字は最高敬語「せたまふ・させたまふ」)
ミスターT先生
ミスターT先生
地の文で「せたまふ・させたまふ」が出たら、主語はまず帝か中宮。前半は帝、後半は中宮が中心や。場面のうつりかわりに気をつけてな。

重要な古語(単語帳)

古語読み意味
上うえ帝(ここでは一条天皇)
かしづくかしずく大切に育てる・世話をする
まさなしまさなしよくない・みっともない
痴れ者しれものおろか者
御覧ずごらんずご覧になる(尊敬語)
召すめすお呼びになる(尊敬語)
調ずちょうずこらしめる
うしろめたしうしろめたし気がかりだ・心配だ
さうざうしそうぞうし物足りない・さびしい
あさましあさまし驚きあきれる・ひどい
ゆゆしゆゆし不吉だ・気味が悪い・はなはだしい
つとめてつとめて翌朝・早朝
聞こしめすきこしめすお聞きになる(尊敬語)
あはれなりあわれなりしみじみと心を打たれる・かわいそうだ
世に知らずよにしらずこのうえなく・例がないほど

テストに出る問題(答えは押すと開く)

問1 「かしづかせたまふ」「驚かせたまふ」の「せたまふ」を何という? また、誰の動作か?

最高敬語(二重敬語)。どちらも一条天皇(上)の動作。

問2 「御鏡を持たせさせたまひて」の「せ」と「させ」の意味をそれぞれ答えなさい。

「せ」は使役(作者に鏡を持たせる)、「させ」は尊敬(中宮定子の動作を高める。「させたまふ」で最高敬語)。

問3 「似てははべれど」の「はべれ」は誰から誰への敬意か?

右近(話し手)から中宮定子(聞き手)への敬意(丁寧語)。

問4 「さうざうしうこそあれ」の「さうざうし」の意味は?

物足りない・さびしい。

問5 「何の身にこのたびはなりぬらむ」を現代語訳しなさい。

「(翁丸は)何に生まれ変わって、今ごろはなっているのだろう。」「らむ」は現在推量。

問6 「翁丸にこそはありけれ」の「けれ」の意味は?

詠嘆(気づき)の「けり」の已然形。「翁丸だったのだなあ」と今気づいた気持ち。「こそ」の結び。

問7 作者が忠隆に「さらにさるものなし」と言わせたのはなぜか?

翁丸がまた見つかって打たれたり追放されたりしないように、かばうため。

問8 翁丸が正体を明かしたのは、どんなきっかけからか?

作者が「昨日翁丸をひどく打ったことよ…どんなにつらかっただろう」と同情して言ったのを聞いて、ふるえて涙を流したこと。

うかるくん
うかるくん
帝と中宮、敬語で主語が見分けられるようになりました! 翁丸が許されてよかったです。

枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」原文(全文・通し)

1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。

上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせたまふが、端に出でて臥したるに、

乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入りたまへ」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるを、おどすとて、「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ」と言ふに、

まことかとて、痴れ者は走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。

朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じて、いみじう驚かせたまふ。猫を御懐に入れさせたまひて、男ども召せば、

蔵人忠隆、なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただいま」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。

馬の命婦をもさいなみて、「乳母かへてむ。いとうしろめたし」と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。

「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどして、ありかせたまひしをり、かかる目見むとは思はざりけむ」などあはれがる。

「御膳のをりは、必ず向かひさぶらふに、さうざうしうこそあれ」など言ひて、三四日になりぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、なぞの犬の、かく久しう鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬、とぶらひ見に行く。

御厠人なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ。死ぬべし。犬を流させたまひけるが、帰り参りたるとて、調じたまふ」と言ふ。

心憂のことや。翁丸なり。「忠隆、実房なんど打つ」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、「死にければ、陣の外に引き捨てつ」と言へば、あはれがりなどする夕つ方、

いみじげに腫れ、あさましげなる犬の、わびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく」と言ふに、「翁丸」と言へど、聞きも入れず。

「それ」とも言ひ、「あらず」とも口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ」とて召せば、参りたり。

「これは翁丸か」と見せさせたまふ。

「似てははべれど、これはゆゆしげにこそはべるめれ。また、『翁丸か』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。

それは、打ち殺して捨てはべりぬとこそ申しつれ。二人して打たむには、はべりなむや」など申せば、心憂がらせたまふ。

暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる。

つとめて、御けづり髪、御手水などまゐりて、御鏡を持たせさせたまひて御覧ずれば、さぶらふに、犬の柱もとにゐたるを見やりて、

「あはれ、昨日翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ」とうち言ふに、

このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。

さは、翁丸にこそはありけれ。昨夜は隠れ忍びてあるなりけりと、あはれにそへて、をかしきことかぎりなし。

御鏡うち置きて、「さは、翁丸か」と言ふに、ひれ伏していみじう鳴く。御前にも、いみじう落ち笑はせたまふ。

右近の内侍召して、「かくなむ」と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして、渡りおはしましたり。

「あさましう、犬なども、かかる心ある者なりけり」と笑はせたまふ。上の女房なども聞きて、まゐり集まりて呼ぶにも、今ぞ立ち動く。

「なほこの顔などの腫れたる、物の手をせさせばや」と言へば、「つひにこれを言ひあらはしつること」など笑ふに、

忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにやはべらむ。かれ見はべらむ」と言ひたれば、「あなゆゆし。さらにさるものなし」と言はすれば、

「さりとも、見つくるをりもはべらむ。さのみもえ隠させたまはじ」と言ふ。

さて、かしこまりゆるされて、もとのやうになりにき。

なほあはれがられて、ふるひ鳴き出でたりしこそ、世に知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ、人に言はれて泣きなどはすれ。

枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」現代語訳(全文・通し)

帝(一条天皇)のおそばにお仕えしている猫は、五位の位をいただいていて、「命婦のおとど」と名づけられ、たいそうかわいらしいので、(帝が)大切にお育てになっているが、(その猫が)縁側に出て寝そべっていたので、

(猫の)世話係の馬の命婦が、「まあ、お行儀が悪い。お入りなさいませ」と呼ぶけれど、(猫が)日のさしこんでいる所で眠って座っているので、おどかそうとして、「翁丸、どこにいるの。命婦のおとどにかみつけ」と言うと、

(翁丸は)本気かと思って、ばか者のことで(猫に)飛びかかったので、(猫は)おびえあわてて、御簾の中に入ってしまった。

朝餉の間に帝がいらっしゃって、(このようすを)ご覧になって、たいそうお驚きになる。猫をふところにお入れになって、男たち(殿上の男性)をお呼びになると、

蔵人の忠隆と、なりなかが参上したので、「この翁丸をこらしめて、犬島へ追いやれ。今すぐに」とおっしゃるので、(人々が)集まって大騒ぎで(翁丸を)追いかけ回す。

(帝は)馬の命婦のこともおしかりになって、「世話係をかえてしまおう。とても心配だ」とおっしゃるので、(馬の命婦は)帝の御前にも出ない。犬は追い出して、滝口の武士などに命じて追放してしまった。

(女房たちは)「ああ、(翁丸は)たいそうえらそうに歩きまわっていたのに。三月三日の節句に、頭の弁が(翁丸に)柳の髪飾りをつけさせ、桃の花をかざしにささせ、桜を腰にさしたりなどして、歩かせなさったとき、(翁丸は)こんな目にあうとは思わなかっただろう」などと、かわいそうがる。

「(帝の)お食事のときは、(翁丸は)必ずお向かいにお控えしていたのに、物足りなくさびしい」などと言って、三、四日たった昼ごろ、犬がひどく鳴く声がするので、どんな犬が、こんなに長く鳴くのだろうかと聞いていると、たくさんの犬が、(ようすを)見に行く。

お手洗いの掃除係である者が走って来て、「まあ、たいへん。犬を蔵人が二人でお打ちになっています。死んでしまうでしょう。(帝が)犬を島流しになさったのに、帰って参上したといって、こらしめていらっしゃいます」と言う。

なんといやなことだろう。(打たれているのは)翁丸だ。「忠隆や実房などが打っている」と言うので、止めに(人を)やるうちに、やっと鳴きやんで、「死んだので、陣の外に捨てた」と言うので、(みんなで)かわいそうがっていた夕方、

ひどく腫れあがって、見るもあわれなようすの犬で、みすぼらしいのが、ふるえながら歩きまわっているので、「翁丸か。このごろこんな犬が歩きまわっているだろうか(いや、いない)」と言って、「翁丸」とよぶけれど、聞き入れもしない。

「翁丸だ」とも言い、「ちがう」とも、(人々が)口々に申し上げるので、(中宮さまが)「右近が見知っている。呼びなさい」と言ってお呼びになると、(右近が)参上した。

(中宮さまは)「これは翁丸か」と(右近に犬を)お見せになる。

(右近は)「似てはおりますが、これは気味が悪いようすでございますようです。それに、『翁丸か』とさえ言えば、喜んでやって参りますのに、呼んでも寄って来ません。(翁丸では)ないようです。

あれ(翁丸)は、打ち殺して捨てましたと(蔵人たちが)申しておりました。二人がかりで打ったとしたら、生きておりましょうか(いや、生きてはいないでしょう)」などと申し上げるので、(中宮さまは)つらくお思いになる。

暗くなって、食べ物を食べさせたけれど食べないので、(翁丸とは)ちがう犬だと決めてしまって、それきりになった(その翌朝)。

翌朝、(中宮さまの)御髪をとかすこと、手を洗う水などをお世話申し上げて、(中宮さまが、わたしに)鏡を持たせなさって(ご自分の姿を)ご覧になるので、(わたしが)おそばにお控えしていると、犬が柱の根もとに座っているのを見やって、

(わたしが)「ああ、昨日翁丸をひどく打ったことよ。死んだというのはかわいそうだ。何に生まれ変わって、今ごろはなっているのだろう。(打たれたとき)どんなにつらい気持ちがしただろう」とつぶやくと、

(すると)この座っていた犬が、ぶるぶるふるえて、涙をぼろぼろと流すので、とても驚いた。

それでは、(この犬は)翁丸だったのだなあ。昨夜は(正体を)かくして、がまんしていたのだったなあと、かわいそうなのに加えて、おもしろいことこの上ない。

(わたしが)鏡を置いて、「それでは、翁丸なの」と言うと、(犬は)ひれ伏して、ひどく鳴く。中宮さまも、たいそうお笑いになる。

(中宮さまが)右近の内侍をお呼びになって、「こういうことなのよ」とおっしゃるので、(人々が)大声で笑いさわぐのを、帝もお聞きになって、(中宮さまの所に)おいでになった。

(帝は)「驚いたことに、犬などにも、このような心があるものなのだなあ」とお笑いになる。帝づきの女房なども(このことを)聞いて、(中宮さまの所に)参上して集まって(翁丸の名を)よぶと、今度は立ち上がって動く。

(わたしが)「やはりこの顔などが腫れているのを、手当てをさせたい」と言うと、(人々は)「とうとう(翁丸だと)ばらしてしまったこと」などと笑うので、

(これを)忠隆が聞いて、台盤所の方から、「本当でございましょうか。その犬を見ましょう」と言ったので、(わたしが)「まあ、縁起でもない。まったくそんな犬はいません」と(人に)言わせると、

(忠隆は)「そうはいっても、見つけるときもございましょう。そういつまでもお隠しになることはできないでしょう」と言う。

そうして、(翁丸は)おしかりを許されて、もとのように(宮中で暮らすように)なった。

それにしても、(人々に)かわいそうがられて、ふるえて鳴き出したときのことは、このうえなくおもしろく、しみじみと心を打たれるものだった。人間などなら、人に(なぐさめの言葉を)言われて泣いたりはするけれど(犬がそうするとは)。

枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)

よくある質問(枕草子の基本)

枕草子の作者は誰?

清少納言です。一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、歌人の清原元輔の娘です。

枕草子はいつの作品?

平安時代の中ごろ、1000年(長保2年)前後に書かれたとされます。

枕草子の冒頭(書き出し)は?

「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」です。

枕草子はどんな作品?

日本最古の随筆とされ、鴨長明『方丈記』、兼好法師(吉田兼好)『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つです。「〜もの」と物を集める類聚章段、自然や人を見て感じたことを書く随想章段、宮仕えの思い出を書く回想(日記)章段の3種類の段があり、「をかし」の文学と呼ばれます。

枕草子の目次(教科書に出る段)

枕草子の入口(教科書に出る段の一覧・作者清少納言と中宮定子) 「定番」は教科書によく出る段です。

  1. 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句 定番
  2. 枕草子「うつくしきもの」の原文・現代語訳 定番
  3. 枕草子「にくきもの」の原文・現代語訳 定番
  4. 枕草子「すさまじきもの」の原文・現代語訳 定番
  5. 枕草子「ありがたきもの」の原文・現代語訳 定番
  6. 枕草子「木の花は」の原文・現代語訳 定番
  7. 枕草子「虫は」の原文・現代語訳 定番
  8. 上にさぶらふ御猫は(翁丸)(このページ) 定番
  9. 枕草子「中納言参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
  10. 枕草子「雪のいと高う降りたるを」の原文・現代語訳 定番
  11. 枕草子「宮に初めて参りたるころ」の原文・現代語訳 定番
  12. 枕草子「九月ばかり」の原文・現代語訳 定番
  13. 枕草子「五月ばかりなどに山里にありく」の原文・現代語訳 定番
  14. 枕草子「二月つごもりごろに」の原文・現代語訳 定番
  15. 枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
  16. 枕草子「大進生昌が家に」の原文・現代語訳 定番
  17. 枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを」の原文・現代語訳 定番
  18. 枕草子「ころは」の原文・現代語訳
  19. 枕草子「鳥は」の原文・現代語訳
  20. 枕草子「草の花は」の原文・現代語訳
  21. 枕草子「心ときめきするもの」の原文・現代語訳
  22. 枕草子「過ぎにしかた恋しきもの」の原文・現代語訳
  23. 枕草子「うれしきもの」の原文・現代語訳
  24. 枕草子「はしたなきもの」の原文・現代語訳
  25. 枕草子「かたはらいたきもの」の原文・現代語訳
  26. 枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」の原文・現代語訳
  27. 枕草子「野分のまたの日こそ」の原文・現代語訳
  28. 枕草子「月のいと明かきに」の原文・現代語訳
  29. 枕草子「正月一日は」の原文・現代語訳
  30. 枕草子「職の御曹司におはしますころ」の原文・現代語訳
  31. 枕草子「遠くて近きもの・近うて遠きもの」の原文・現代語訳
ミスターT先生
ミスターT先生
次は「中納言参りたまひて」、くらげの骨の話や。中宮の弟・隆家の自慢に、清少納言がしゃれで切り返すで。お楽しみに!

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本文は『枕草子』を、教科書で広く読まれる形(三巻本系)にそろえ、新字体・現代の送り仮名に直したものです(参考にした古い本:Wikisource の枕草子、明治の『國文大觀』〈能因本系〉)。枕草子は本によって語句や段の分け方が少しずつちがうため、段の番号ではなく段の名前で示しています。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。