
類聚章段
枕草子の「うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て」で始まる段(「うれしきもの」)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。古今異義語と敬語がたくさん出てくる段です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:作者がうれしいと思うものを挙げる。読みたかった物語の続きが見つかること、悪い夢をたいしたことないと解いてもらうこと、大切な人の病気が治ること、和歌の上の句・下の句をすぐ思い出せること、得意顔の男をだますこと、よい紙が手に入ることなど。最後は、中宮に「こち」と近くに呼び入れられたうれしさで結ぶ。
- 文法の要点:係り結び(ぞ…をかしき/ぞ…多かる/や…らむ/こそ…うれしけれ)、反語(いかでか…む)、自発のらる、受身のらる、使役のす、詠嘆のけり、尊敬語(聞こしめす・御覧ず・のたまはす・仰せらる・召し入る)と謙譲語さぶらふ。
- テストの定番:「ゆかし」=見たい・知りたい、「おこたる」=病気が治る、「はづかし」=立派だ、「とみ」=急ぎ、「召し入れられたる」=尊敬語+受身。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 古今異義語:ゆかし・おこたる・はづかし・なやむ・とみ
- 敬語と敬意の方向:聞こしめす・御覧ず・仰せらる(尊敬)、さぶらふ(謙譲)
- 係り結び:ぞ…をかしき/ぞ…多かる/こそ…うれしけれ
- 反語:いかでかうれしからざらむ
- る・らるの意味:ほめられ(受身)・せらるる(自発)・仰せらる(尊敬)
「うれしきもの」はどんな段?(類聚章段・宮仕えのうれしさ)
「うれしきもの」は、ものを集めて挙げる類聚章段の一つです。物語・夢・病気・和歌・遊び・紙など、日々の暮らしの中のうれしいことを、作者の正直な気持ちとともに並べていきます。「期待はずれのこともある」「人の不幸もうれしい」と本音をまぜるのが、この段のおもしろさです。
後半には、作者が仕えた中宮定子(一条天皇の后)のそばでの体験も出てきます。大勢の女房の中から自分を見つけ、「こち」と近くに呼んでくださった――そのうれしさで段が結ばれます。宮仕えの場面なので、作者から中宮への敬語がたくさん使われています。
明治の『國文大觀』(能因本系)ではこの段のあとに、白い紙や畳を手に入れると心がなぐさむと中宮に申し上げる話が続きますが、教科書で広く読まれる形(三巻本系)ではその話は別の段になっているため、このページでは入れていません。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出でたる。さて、心劣りするやうもありかし。
現代語訳うれしいもの。まだ読んでいない物語の第一巻を読んで、とても続きが読みたいとばかり思っていたのが、残りの巻を見つけたとき。でも、(読んでみると)期待はずれのこともあるよね。
- 「ゆかし」は「見たい・知りたい・読みたい」。心がそちらへ「行きたい」という気持ちから。→古今異義語の一覧(ゆかし・をかし)
- 「見ぬ」の「ぬ」は下に名詞「物語」があるので打消「ず」の連体形。→「ぬ」の識別(完了と打消)
- 「心劣り」は思っていたより劣って見えること(期待はずれ)。うれしいことを挙げながら、すぐに本音を足すのが清少納言らしい。


2
人の破り捨てたる文を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。
現代語訳人が破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読むと、同じ続きの文が何行も読み続けられたとき。
- 「継ぐ」は「つなぎ合わせる」。「くだり」は文の行のこと。人の手紙をのぞき見るのも、ちょっとうれしいという正直な気持ち。
3
いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせなどしたる、いとうれし。
現代語訳どうなるのだろうと思うような夢を見て、恐ろしいと胸がどきどきしているときに、(夢解きの人が)たいしたことでもないと夢の意味を解き明かしてくれたのは、とてもうれしい。
- 平安時代の人は、夢は未来を知らせるものと考え、夢の意味を占ってもらった。これを「夢合はせ」(夢解き)という。
- 「胸つぶる」は「胸がどきどきする・心配で胸がつぶれる思いがする」。「ことにもあらず」は「たいしたことでもない」。
- 古文の暮らしの決まりは古文常識の一覧(夢・物忌み・方違え)で確かめよう。


4
よき人の御前に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせたまふを、我に御覧じ合はせてのたまはせ、言ひ聞かせたまへる、いとうれし。
現代語訳身分の高い方の御前に、女房たちがたくさんお仕えしているとき、昔あったことであっても、最近お聞きになって世間でうわさになったことであっても、お話しになるのを、(その方が)わたしと目をお合わせになっておっしゃり、言い聞かせてくださったのは、とてもうれしい。
- 敬語が多い文。「聞こしめす」「御覧ず」「のたまはす」「たまふ」は尊敬語で、どれも作者から「よき人」(身分の高い方)への敬意。「さぶらふ」は謙譲語で、仕える側の動作をへりくだって言い、「よき人」を高める。→敬意の方向(だれからだれへ)
- 「我に御覧じ合はせて」は、大勢の中でわたしの方を見て話してくださる、ということ。特別に目をかけられたうれしさ。
- 「言ひ聞かせたまへる」の「る」は完了「り」の連体形。「たまへ」(已然形)の下につく。→完了・存続の助動詞「たり・り」

5
遠き所はさらなり、同じ都のうちながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむを聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたるよし、消息聞くも、いとうれし。
現代語訳遠い所は言うまでもなく、同じ都の中でも離れて住んでいて、自分にとって大切に思う人が病気だと聞いて、どうだろう、どうだろうと、気がかりなことを嘆いていると、病気がよくなったということを、便りで聞くのも、とてもうれしい。
- 「おこたる」は今の「なまける」ではなく「病気がよくなる」。テストでよく聞かれる古今異義語。→古今異義語の一覧(おこたる・なやむ・やむごとなし)
- 「なやむ」は「病気になる」、「やむごとなし」は「大切だ・身分が高い」、「おぼつかなし」は「気がかりだ」。「消息」(せうそこ、読みは「しょうそこ」)は便り・手紙。


6
思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。
現代語訳自分の大切な人が、人にほめられ、身分の高い人などが、(その人を)なかなかの者だとお思いになりおっしゃること。
- 「ほめられ」の「られ」は受身(〜される)。上に「人に」(〜によって)がある形。→助動詞「る・らる」の4つの意味
- 「口惜しからぬ者」は「残念ではない人」=なかなかすぐれた人。打消をつけて、ひかえめにほめる言い方。
7
もののをり、もしは人と言ひかはしたる歌の聞こえて、打聞などに書き入れらるる。みづからのうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。
現代語訳何かの行事のときの(歌)や、または人とやりとりした歌が評判になって、歌の書きとめ帳などに書き入れられること。自分の身にはまだ経験のないことだけれど、やはり(どんなにうれしいだろうと)想像するよ。
- 「打聞」(うちぎき)は、聞いたよい歌を書きとめておく帳面。自分の歌がそこに書き入れられるのは、歌よみにとって名誉なこと。
- 作者の父・清原元輔は有名な歌人だった。「まだ知らぬこと」と言いながら、あこがれている気持ちが伝わる。
8
いたううちとけぬ人の言ひたる古きことの、知らぬを聞き出でたるもうれし。後に物の中などにて見つけたるは、ただをかしう、「これにこそありけれ」と、かの言ひたりし人ぞをかしき。
現代語訳あまり親しくない人が言った古い歌や言葉で、知らないものを(その人から)聞いて知ったのもうれしい。あとで本の中などで見つけたときは、ただもうおもしろくて、「これのことだったのだなあ」と、あのとき言っていた人がすてきに思われる。
- 「これにこそありけれ」の「けり」は詠嘆(〜だったのだなあ)。今はじめて気づいた気持ち。「こそ」の結びで已然形「けれ」。→過去・詠嘆の助動詞「けり」
- 係り結び:「ぞ」→形容詞「をかし」の連体形「をかしき」。→係り結びの決まり(ぞ・なむ・や・か・こそ)
- 「うちとく」は「打ち解ける・気をゆるす」。「いたう」は「いたく」のウ音便で「たいして(〜ない)」。
9
陸奥国紙、ただのも、よき得たる。
現代語訳陸奥国紙や、ふつうの紙でも、よいものを手に入れたとき。
- 陸奥国紙(みちのくにがみ)は、陸奥国(今の東北地方)で作られた厚くて白い上等な紙。書くことが好きな作者には、よい紙が何よりうれしい。
10
はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、我ながらうれし。常におぼえたることも、また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ多かる。
現代語訳こちらが気おくれするほど立派な人が、和歌の上の句や下の句をたずねたときに、すぐに思い出せたのは、我ながらうれしい。いつも覚えていることでも、いざ人にたずねられると、すっかり忘れてそれきりになってしまうときが多いものだ。
- 「はづかし」は今の「恥ずかしい」ではなく、相手が立派でこちらが気おくれすること(「立派だ」)。→古今異義語の一覧(はづかし・ゆかし)
- 「本末」(もとすゑ)は和歌の上の句と下の句。片方を言われてもう片方を答える、宮中の教養テストのような遊び。
- 係り結び:「ぞ」→形容詞「多し」の連体形「多かる」。「清う」は「清く」のウ音便で「すっかり」。

11
とみにて求むる物見出でたる。
現代語訳急いでさがしている物を見つけたとき。
- 「とみ」は「急ぎ」(漢字では「頓」)。「とみのこと」「とみにて」の形で出る。今でいう「急いでいる時に限って見つからない物が見つかった」うれしさ。
12
物合はせ、何くれといどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。
現代語訳物合わせや、あれこれと競い合うことに勝ったのは、どうしてうれしくないことがあろうか、いや、うれしい。
- 「物合はせ」は、左右に分かれて、花や貝・絵・和歌などの品を出し合い、優劣を競う遊び。歌合はせもその一つ。
- 「いかでか〜む」は反語(どうして〜だろうか、いや〜ない)。「か」は係助詞なので、結びは連体形「む」。→係り結び(疑問・反語の「か」)


13
また、いみじうわれはと思ひてしたり顔なる人、はかり得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。
現代語訳また、ひどく自分こそはと思って得意顔をしている人を、うまくだましてやったとき。女どうしよりも、男(をだました時)のほうがいっそううれしい。
- 「われは」は「我こそは」とうぬぼれること。「したり顔」は得意そうな顔。「はかる」は「だます・計略にかける」。
- 「女どち」は女どうし。宮中で男性貴族とやりとりする作者の、負けずぎらいな一面が出ている。
14
これが答へはかならずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、なにとも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。
現代語訳(だまされた相手が)このしかえしはきっとしようと思っているだろうと、いつも自然と用心してしまうのもおもしろいが、(相手が)とても平気な顔で、何とも思っていない様子で、こちらを油断させて時を過ごすのも、またおもしろい。
- 「せらるる」の「らるる」は自発(自然と〜してしまう)。「心づかひ」(用心)は心の動きなので自発。→助動詞「る・らる」の4つの意味(自発)
- 「らむ」は相手の心の中を想像する現在推量。→現在推量の助動詞「らむ」
- 「つれなし」は「平気だ・そしらぬふりだ」、「たゆむ」(下二段)は「油断させる」。
15
憎き者のあしきめ見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。
現代語訳にくらしい者がひどい目にあうのを見るのも、仏の罰を受けるだろうかと思いながら、やはりうれしい。
- 「あしきめ見る」は「ひどい目にあう」。「罪得」は仏教の罪(罰)を受けること。人の不幸を喜ぶのはよくないとわかっていながら、正直に書いている。
- 「や…らむ」は係り結び(疑問)。結びの「らむ」は連体形。


16
もののをりに衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、清らにて得たる。さし櫛すらせたるに、をかしげなるもまたうれし。またもあまたあるものを。
現代語訳行事などのときに着物を(つやを出すために)打たせに出して、どうなるだろうと思っていると、きれいに仕上がって受け取ったとき。さし櫛をみがかせたところ、きれいに仕上がったのもまたうれしい。(うれしいことは)ほかにもたくさんあるのに。
- 「打たせ」「すらせ」の「せ」は使役(〜させる)。作者が職人などに仕事をさせる。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」
- 平安時代、絹の衣は砧(きぬた)で打ってつやを出した。「さし櫛」は髪にさす飾りの櫛、「する」はみがくこと。
17
日ごろ、月ごろしるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人のうへは、わが身よりもまさりてうれし。
現代語訳何日も、何か月も、はっきりした病気の症状があって、ずっと苦しんでいたのが、治ったのもうれしい。大切に思う人のことは、自分のことよりもいっそううれしい。
- 「しるし」は「はっきりしている」。「悩みわたる」は「ずっと病気で苦しむ」。ここでも「おこたる」=病気が治る。
- 自分の病気よりも、大切な人の病気が治るほうがうれしい――という、まっすぐな気持ち。
18
御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、すこし遠き柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。
現代語訳中宮さまの御前に女房たちがすきまもなく座っているところに、今参上したばかりの(わたしは)、少し離れた柱のそばなどに座っていたのを、(中宮さまが)すぐにお見つけになって、「こちらへ」とおっしゃるので、(みんなが)道をあけて、とても近くにお呼び入れいただいたのは、本当にうれしい。
- 「御前」はここでは、作者が仕える中宮定子の前と考えられる。「今のぼりたる」は、今参上したばかりの作者自身。
- 「召し入れられたる」は、尊敬語「召し入る」(中宮がお呼び入れになる)+受身「らる」(作者が呼び入れられる)。だれの動作かを分けて考えるのがコツ。→古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 係り結び:「こそ」→形容詞「うれし」の已然形「うれしけれ」。段の最後を、中宮に目をかけられたいちばんのうれしさで結んでいる。



敬語と敬意の方向を図で確かめる

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| ゆかし | ゆかし | 見たい・知りたい |
| 心劣り | こころおとり | 思ったより劣ること・期待はずれ |
| 胸つぶる | むねつぶる | 胸がどきどきする |
| なやむ | なやむ | 病気になる・病気で苦しむ |
| おこたる | おこたる | 病気がよくなる |
| やむごとなし | やむごとなし | 大切だ・身分が高い |
| おぼつかなし | おぼつかなし | 気がかりだ・心配だ |
| 消息 | しょうそこ | 便り・手紙 |
| 口惜しからぬ | くちおしからぬ | なかなかすぐれた |
| はづかし | はずかし | (相手が)立派で気おくれするほどだ |
| 本末 | もとすえ | 和歌の上の句と下の句 |
| とみ | とみ | 急ぎ |
| したり顔 | したりがお | 得意そうな顔 |
| つれなし | つれなし | 平気だ・そしらぬふりだ |
| 聞こしめす | きこしめす | お聞きになる(尊敬語) |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「まだ見ぬ物語」の「ぬ」は何?
打消の助動詞「ず」の連体形(下に名詞「物語」がある)。
問2 「いみじうゆかしとのみ思ふ」の「ゆかし」の意味は?
見たい・知りたい(ここでは「続きが読みたい」)。
問3 「おこたりたるよし、消息聞くも」の「おこたる」の意味は?
病気がよくなる(治る)。今の「なまける」とはちがう。
問4 「はづかしき人の、歌の本末問ひたるに」の「はづかし」の意味は?
(相手が立派で)こちらが気おくれするほどだ・立派だ。
問5 「物合はせ、何くれといどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ」を現代語訳しなさい。
物合わせや、あれこれ競い合うことに勝ったのは、どうしてうれしくないことがあろうか、いや、うれしい。(反語)
問6 「常に心づかひせらるる」の「らるる」の意味は?
自発(自然と〜してしまう)。
問7 「『こち』と仰せらるれば」の「仰せ」と「らるれ」は、だれからだれへの敬意?
作者から中宮(定子)への敬意。「仰す」は尊敬語、「らる」は尊敬の助動詞。
問8 「いと近う召し入れられたるこそうれしけれ」の「られ」の意味と、「うれしけれ」が已然形である理由を答えなさい。
「られ」は受身(作者が呼び入れられる)。上に係助詞「こそ」があるので已然形で結ぶ(係り結び)。

枕草子「うれしきもの」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
うれしきもの。まだ見ぬ物語の一を見て、いみじうゆかしとのみ思ふが、残り見出でたる。さて、心劣りするやうもありかし。
人の破り捨てたる文を継ぎて見るに、同じ続きをあまたくだり見続けたる。
いかならむと思ふ夢を見て、恐ろしと胸つぶるるに、ことにもあらず合はせなどしたる、いとうれし。
よき人の御前に、人々あまたさぶらふをり、昔ありけることにもあれ、今聞こしめし、世に言ひけることにもあれ、語らせたまふを、我に御覧じ合はせてのたまはせ、言ひ聞かせたまへる、いとうれし。
遠き所はさらなり、同じ都のうちながらも隔たりて、身にやむごとなく思ふ人のなやむを聞きて、いかにいかにと、おぼつかなきことを嘆くに、おこたりたるよし、消息聞くも、いとうれし。
思ふ人の、人にほめられ、やむごとなき人などの、口惜しからぬ者におぼしのたまふ。
もののをり、もしは人と言ひかはしたる歌の聞こえて、打聞などに書き入れらるる。みづからのうへにはまだ知らぬことなれど、なほ思ひやるよ。
いたううちとけぬ人の言ひたる古きことの、知らぬを聞き出でたるもうれし。後に物の中などにて見つけたるは、ただをかしう、「これにこそありけれ」と、かの言ひたりし人ぞをかしき。
陸奥国紙、ただのも、よき得たる。
はづかしき人の、歌の本末問ひたるに、ふとおぼえたる、我ながらうれし。常におぼえたることも、また人の問ふに、清う忘れてやみぬるをりぞ多かる。
とみにて求むる物見出でたる。
物合はせ、何くれといどむことに勝ちたる、いかでかうれしからざらむ。
また、いみじうわれはと思ひてしたり顔なる人、はかり得たる。女どちよりも、男はまさりてうれし。
これが答へはかならずせむと思ふらむと、常に心づかひせらるるもをかしきに、いとつれなく、なにとも思ひたらぬさまにて、たゆめ過ぐすも、またをかし。
憎き者のあしきめ見るも、罪や得らむと思ひながら、またうれし。
もののをりに衣打たせにやりて、いかならむと思ふに、清らにて得たる。さし櫛すらせたるに、をかしげなるもまたうれし。またもあまたあるものを。
日ごろ、月ごろしるきことありて、悩みわたるが、おこたりぬるもうれし。思ふ人のうへは、わが身よりもまさりてうれし。
御前に人々所もなくゐたるに、今のぼりたるは、すこし遠き柱もとなどにゐたるを、とく御覧じつけて、「こち」と仰せらるれば、道あけて、いと近う召し入れられたるこそうれしけれ。
枕草子「うれしきもの」現代語訳(全文・通し)
うれしいもの。まだ読んでいない物語の第一巻を読んで、とても続きが読みたいとばかり思っていたのが、残りの巻を見つけたとき。でも、(読んでみると)期待はずれのこともあるよね。
人が破り捨てた手紙をつなぎ合わせて読むと、同じ続きの文が何行も読み続けられたとき。
どうなるのだろうと思うような夢を見て、恐ろしいと胸がどきどきしているときに、(夢解きの人が)たいしたことでもないと夢の意味を解き明かしてくれたのは、とてもうれしい。
身分の高い方の御前に、女房たちがたくさんお仕えしているとき、昔あったことであっても、最近お聞きになって世間でうわさになったことであっても、お話しになるのを、(その方が)わたしと目をお合わせになっておっしゃり、言い聞かせてくださったのは、とてもうれしい。
遠い所は言うまでもなく、同じ都の中でも離れて住んでいて、自分にとって大切に思う人が病気だと聞いて、どうだろう、どうだろうと、気がかりなことを嘆いていると、病気がよくなったということを、便りで聞くのも、とてもうれしい。
自分の大切な人が、人にほめられ、身分の高い人などが、(その人を)なかなかの者だとお思いになりおっしゃること。
何かの行事のときの(歌)や、または人とやりとりした歌が評判になって、歌の書きとめ帳などに書き入れられること。自分の身にはまだ経験のないことだけれど、やはり(どんなにうれしいだろうと)想像するよ。
あまり親しくない人が言った古い歌や言葉で、知らないものを(その人から)聞いて知ったのもうれしい。あとで本の中などで見つけたときは、ただもうおもしろくて、「これのことだったのだなあ」と、あのとき言っていた人がすてきに思われる。
陸奥国紙や、ふつうの紙でも、よいものを手に入れたとき。
こちらが気おくれするほど立派な人が、和歌の上の句や下の句をたずねたときに、すぐに思い出せたのは、我ながらうれしい。いつも覚えていることでも、いざ人にたずねられると、すっかり忘れてそれきりになってしまうときが多いものだ。
急いでさがしている物を見つけたとき。
物合わせや、あれこれと競い合うことに勝ったのは、どうしてうれしくないことがあろうか、いや、うれしい。
また、ひどく自分こそはと思って得意顔をしている人を、うまくだましてやったとき。女どうしよりも、男(をだました時)のほうがいっそううれしい。
(だまされた相手が)このしかえしはきっとしようと思っているだろうと、いつも自然と用心してしまうのもおもしろいが、(相手が)とても平気な顔で、何とも思っていない様子で、こちらを油断させて時を過ごすのも、またおもしろい。
にくらしい者がひどい目にあうのを見るのも、仏の罰を受けるだろうかと思いながら、やはりうれしい。
行事などのときに着物を(つやを出すために)打たせに出して、どうなるだろうと思っていると、きれいに仕上がって受け取ったとき。さし櫛をみがかせたところ、きれいに仕上がったのもまたうれしい。(うれしいことは)ほかにもたくさんあるのに。
何日も、何か月も、はっきりした病気の症状があって、ずっと苦しんでいたのが、治ったのもうれしい。大切に思う人のことは、自分のことよりもいっそううれしい。
中宮さまの御前に女房たちがすきまもなく座っているところに、今参上したばかりの(わたしは)、少し離れた柱のそばなどに座っていたのを、(中宮さまが)すぐにお見つけになって、「こちらへ」とおっしゃるので、(みんなが)道をあけて、とても近くにお呼び入れいただいたのは、本当にうれしい。
枕草子「うれしきもの」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(枕草子の基本)
枕草子の作者は誰?
清少納言です。一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、歌人の清原元輔の娘です。
枕草子はいつの作品?
平安時代の中ごろ、1000年(長保2年)前後に書かれたとされます。
枕草子の冒頭(書き出し)は?
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」です。
枕草子はどんな作品?
日本最古の随筆とされ、鴨長明『方丈記』、兼好法師(吉田兼好)『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つです。「〜もの」と物を集める類聚章段、自然や人を見て感じたことを書く随想章段、宮仕えの思い出を書く回想(日記)章段の3種類の段があり、「をかし」の文学と呼ばれます。
枕草子の目次(教科書に出る段)
枕草子の入口(教科書に出る段の一覧・作者清少納言と中宮定子) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句 定番
- 枕草子「うつくしきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「にくきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「すさまじきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ありがたきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「木の花は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「虫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「上にさぶらふ御猫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「中納言参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「雪のいと高う降りたるを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「宮に初めて参りたるころ」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「九月ばかり」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「五月ばかりなどに山里にありく」の原文・現代語訳 定番
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- 枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「大進生昌が家に」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ころは」の原文・現代語訳
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- 枕草子「草の花は」の原文・現代語訳
- 枕草子「心ときめきするもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「過ぎにしかた恋しきもの」の原文・現代語訳
- うれしきもの(このページ)
- 枕草子「はしたなきもの」の原文・現代語訳
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本文は『枕草子』を、教科書で広く読まれる形(三巻本系)にそろえ、新字体・現代の送り仮名に直したものです(参考にした古い本:Wikisource の枕草子、明治の『國文大觀』〈能因本系〉)。枕草子は本によって語句や段の分け方が少しずつちがうため、段の番号ではなく段の名前で示しています。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


