
定番 教科書によく出る定番の段 回想章段
枕草子の回想章段「宮に初めて参りたるころ」を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。宮仕えを始めたばかりで恥ずかしくてたまらない清少納言と、それをやさしく見守る中宮定子を描いた長い段です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:宮仕えを始めたばかりの作者は、恥ずかしくて夜だけ中宮定子のもとに出仕する。中宮は絵を見せたり、格子を開けさせなかったりして作者を気づかう。雪の日に昼も呼ばれ、中宮の兄の大納言伊周が来て、作者に話しかけたり扇を取り上げたりして困らせる。最後は、中宮の「我をば思ふや」への返事の途中でだれかがくしゃみをし、うそと疑われて歌をやりとりする。
- 文法の要点:最高敬語「させたまふ・せたまふ」(中宮定子)、二方面への敬語(参りたまふ・申したまふ・聞こえさせたまふ)、尊敬語の「奉る」(お召しになる)、絶対敬語「啓す」、自発の「る」、推定の「なり」「めり」、反実仮想「せば〜まし」、掛詞(糺・はな)。
- テストの定番:教科書によく出る段。中宮定子と伊周への敬意の方向、「奉る」の尊敬語の用法、「はづかし」「ゆかし」「かたはらいたし」の意味、中宮の気づかいがどこに表れているかがよく問われる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 最高敬語「させたまふ・せたまふ」=中宮定子の動作
- 二方面への敬語:参りたまふ・申したまふ・聞こえさせたまふ
- 奉るの尊敬語(お召しになる)、絶対敬語啓す
- 自発の「る」(おどろかるる)、受身の「らる」(御覧ぜらる)
- 古今異義語はづかし・ゆかし・かたはらいたし・にくし
「宮に初めて参りたるころ」はどんな段?(回想章段・中宮定子と伊周)
枕草子の回想章段(日記的章段)で、清少納言が中宮定子のもとに宮仕えを始めたころの思い出です。作者の宮仕えは正暦4年(993年)ごろに始まったとされ、中宮定子は作者より10歳ほど年下でした。
登場人物は、中宮定子(一条天皇の中宮)、大納言藤原伊周(中宮の兄)、関白藤原道隆(中宮の父、「殿」)、先輩の女房たちと作者です。地の文では、中宮には最高敬語、伊周・道隆には「たまふ」が使われます。後半のくしゃみの場面は、本によっては別の段として分けられます。能因本系の本とは言葉にちがいがあり、このページは教科書で多い三巻本系の形にそろえています。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
宮に初めて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後ろにさぶらふに、絵など取り出でて見せさせたまふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。
現代語訳中宮さまのところに初めて出仕したころ、なんとなく恥ずかしいことが数えきれないほどで、涙もこぼれてしまいそうなので、毎晩参上して、三尺の几帳の後ろにお控えしていると、(中宮さまが)絵などを取り出して見せてくださるのに、(わたしは)手さえも出せそうになく、どうしようもない。
- 「宮」は中宮定子。作者が宮仕えを始めたばかりのころの思い出。恥ずかしくて、明るい昼ではなく夜だけ出仕していた。
- 「落ちぬべけれ」の「ぬ」は強意(きっと〜)。「ぬべし」で「きっと〜してしまいそうだ」。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
- 最高敬語「させたまふ」は中宮定子の動作。「え〜まじ」は「〜できそうにない」。→最高敬語(せたまふ・させたまふ)
- 「わりなし」は「どうしようもない・つらい」。



出典:『枕草子絵詞』(鎌倉時代の白描の絵巻、1921年の複製より、Wikimedia Commons)
2
「これは、とあり、かかり。それか、かれか」などのたまはす。高坏に参らせたる大殿油なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。
現代語訳(中宮さまは)「この絵はこうで、あの絵はああで。それかしら、あれかしら」などとおっしゃる。高坏にお灯し申し上げている灯火なので、(わたしの)髪の毛の筋なども、かえって昼よりもはっきり見えて恥ずかしいけれど、がまんして(絵を)見たりする。
- 「のたまはす」は「のたまふ」よりさらに重い尊敬語で、天皇・中宮などに使う。→敬語動詞の一覧(のたまふ・のたまはす・仰す)
- 「なかなか」はかえって、「顕証なり」ははっきり見える、「まばゆし」は(まぶしいほど)恥ずかしい。「念ず」はがまんする。どれも今の意味とちがうので注意。
3
いとつめたきころなれば、さし出でさせたまへる御手のはつかに見ゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。
現代語訳とても寒いころなので、(袖から)お出しになっている(中宮さまの)お手がわずかに見えるのが、たいそうつややかな薄紅梅色であるのは、この上なくすばらしいと、(宮中のことを)知らない田舎者の気持ちには、こんなにすばらしいかたがこの世にいらっしゃったのだなあと、思わずはっとするほど、じっと見つめ申し上げる。
- 「おどろかるる」の「るる」は自発(自然と〜してしまう)。心の動きを表す動詞(思ふ・驚く・しのぶ)に付く「る・らる」は自発が多い。→助動詞「る・らる」の4つの意味(自発・可能・受身・尊敬)
- 「こそ」→結びは已然形「けれ」(詠嘆)、「ぞ」→結びは連体形「参らする」。
- 「にほふ」は(色が)美しく照りはえる。においではなく色。「めでたし」はすばらしい、「まもる」はじっと見つめる。


4
暁にはとく下りなむと急がるる。「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。
現代語訳夜明け前には早く(自分の部屋に)下がってしまおうと、自然と気がせく。(中宮さまが)「葛城の神も、もう少しいなさい」などとおっしゃるが、どうしてななめからでも(顔を)ご覧に入れられようか(いや、見られたくない)と思って、やはり(顔をふせて)伏しているので、御格子もお上げ申し上げない。
- 「葛城の神」は、顔がみにくいのを恥じて夜だけ働いたという伝説の神。夜しか出てこない作者を、中宮がからかってたとえた。
- 「御覧ぜられむ」の「られ」は受身。「(中宮さまに)見られる」。尊敬語「御覧ず」に受身が付いて「ご覧に入れる」の意味になる。→「る・らる」の受身の用法
- 「いかでかは〜む」は反語(どうして〜しようか、いや〜しない)。

5
女官ども参りて、「これ、放たせたまへ」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。
現代語訳女官たちが参上して、「これ(格子)を、お開けください」などと言うのを聞いて、(中にいる)女房が開けようとするのを、(中宮さまが)「だめよ」とおっしゃるので、(女官たちは)笑って帰ってしまった。
- 朝になったので格子を上げようとしたが、中宮は、恥ずかしがる作者のためにあえて開けさせなかった。中宮のやさしさが分かる場面。
- 「まな」は「だめ・いけない」と止める言葉。
6
ものなど問はせたまひ、のたまはするに、久しうなりぬれば、「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりは、とく」と仰せらる。
現代語訳(中宮さまが)いろいろなことをお尋ねになり、お話しになるうちに、長い時間がたったので、「(自分の部屋に)下がりたくなってしまったでしょう。それならば、早く(お下がりなさい)。夜になったら、早く(いらっしゃい)」とおっしゃる。
- 「下りまほしう」の「まほしう」は希望の助動詞「まほし」の連用形「まほしく」のウ音便(〜したい)。→希望の助動詞「まほし・たし」
- 作者の気持ちを先に読んで、下がらせてくれる中宮の思いやり。
7
ゐざり帰るにや遅きと、上げ散らしたるに、雪降りにけり。登花殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。
現代語訳(わたしが)ひざで進んで下がるやいなや、(女房たちが格子を)上げ散らかしてみると、雪が降っていたのだった。登花殿の前庭は、立蔀が近くてせまい。雪がとても趣深い。
- 「ゐざる」は、ひざをついたまま進むこと。「登花殿」は中宮定子が住んでいた御殿。
- 「降りにけり」の「けり」は、格子を上げてはじめて気づいた詠嘆。→過去の助動詞「き・けり」と詠嘆の「けり」
8
昼つかた、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ」など、たびたび召せば、
現代語訳昼ごろ、(中宮さまが)「今日は、やはり(昼でも)参上しなさい。雪で曇っていて、(顔が)はっきり見えることもないでしょう」などと、何度もお呼びになるので、
- 中宮が自分のところへ来ることを「参れ」と言っている。話し手が自分を高める自敬表現で、天皇・中宮などの言葉に見られる。
- 「あらはなり」はまる見えだ。昼は恥ずかしいという作者への気づかい。


9
この局の主も、「見苦し。さのみやは籠りたらむとする。あへなきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふはにくきものぞ」と、ただいそがしに出だし立つれば、
現代語訳この部屋の主(先輩の女房)も、「みっともない。そんなに引きこもってばかりいようとするのですか(いや、いけません)。あっけないほどかんたんに御前に出ることを許されているのは、(中宮さまに)そうお思いになるわけがあるのでしょう。(人の)好意にそむくのはにくらしいことですよ」と、ただせきたてて送り出すので、
- 「やは」は反語。結びは連体形「する」。「こそ」→結びは已然形「め」。→係り結びの決まり(ぞ・なむ・や・か・こそ)
- 「おぼしめす」は「思ふ」のいちばん重い尊敬語。「あへなし」は「あっけない」。
- 「にくし」は気に入らない・感じがよくない。→古今異義語の一覧(にくし・はづかし・めでたし)
10
あれにもあらぬ心地すれど参るぞ、いと苦しき。火焼屋の上に降り積みたるも、めづらしう、をかし。
現代語訳(わたしは)自分が自分でないような(ぼうっとした)気持ちがするけれど参上するのは、とてもつらい。火焼屋の屋根に(雪が)降り積もっているのも、めずらしく、趣深い。
- 「あれにもあらぬ」は「我にもあらず」と同じで、我を忘れて・ぼうっとして。
- 「ぞ」→結びは連体形「苦しき」。
11
御前近くは、例の炭櫃に火こちたくおこして、それには、わざと人もゐず。上臈御まかなひにさぶらひたまひけるままに、近うゐたまへり。沈の御火桶の梨絵したるにおはします。
現代語訳中宮さまのおそば近くには、いつものように炭櫃に火をさかんにおこして、そこには、特別にだれも座っていない。身分の高い女房が、(中宮さまの)お世話役としてお仕えしていらっしゃったまま、近くに座っていらっしゃる。(中宮さまは)沈の木でできた、梨の絵がかいてある火桶のそばにいらっしゃる。
- 「さぶらひたまひ」は二方面への敬語。「さぶらふ」(謙譲)で中宮を、「たまふ」(尊敬)で上臈の女房を高めている。→二方面への敬語(謙譲語+尊敬語)
- 「こちたし」はおおげさだ・たくさんだ。「上臈」は身分の高い女房。
12
次の間に、長炭櫃にひまなくゐたる人々、唐衣こき垂れたるほどなど、なれやすらかなるを見るも、いとうらやまし。
現代語訳次の間で、長炭櫃にすき間なく座っている女房たちが、唐衣をゆったりと着くずしているようすなど、(宮仕えに)なれて気楽なのを見るのも、とてもうらやましい。
- 新人の作者は、先輩たちが気楽にふるまっているのを、うらやましく見ている。
13
御文取り次ぎ、立ち居、行きちがふさまなどの、つつましげならず、もの言ひ、ゑ笑ふ。いつの世にか、さやうにまじらひならむと思ふさへぞつつましき。奥寄りて三四人さしつどひて、絵など見るめり。
現代語訳(女房たちが)お手紙を取り次ぎ、立ったり座ったり、行きちがったりするようすなどが、遠慮するふうもなく、おしゃべりをし、笑っている。いつになったら、あのように(人の中に)まじってふるまえるようになるのだろうと思うことまでも、気がひける。奥の方に寄って三、四人集まって、絵などを見ているようだ。
- 「めり」は目で見たことにもとづく推定(〜ようだ)。几帳のかげから見ているので「めり」。→推定の助動詞「めり」
- 「つつまし」は気がひける・遠慮される。「か」→連体形「む」、「ぞ」→連体形「つつましき」。
14
しばしありて、前駆高う追ふ声すれば、「殿参らせたまふなり」とて、散りたるもの取りやりなどするに、
現代語訳しばらくして、先ばらいの声が高く聞こえるので、(女房たちが)「関白殿が参上なさるようだ」と言って、散らかっているものを片づけたりするので、
- 「なり」は音や声で判断する推定(〜ようだ)。先ばらいの声を聞いて判断しているので、終止形「たまふ」に付く推定の「なり」。→伝聞・推定の「なり」と断定の「なり」の見分け方
- 「殿」は中宮定子の父、関白藤原道隆。「前駆」は身分の高い人の行列の先に立って、人をよけさせる係。
15
いかで下りなむと思へど、さらにえふとも身じろかねば、いま少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳のほころびよりはつかに見入れたり。
現代語訳なんとかして(自分の部屋に)下がってしまおうと思うけれど、まったくすぐには身動きもできないので、もう少し奥に引っこんで、そうはいってもやはり見たいのであろう、几帳のすき間からわずかにのぞいた。
- 「ゆかし」は見たい・知りたい・聞きたい(心がひかれる)。→古今異義語の一覧(ゆかし・はづかし)
- 「さすがにゆかしきなめり」は、恥ずかしいのに見たい自分を、少しはなれて見ている言い方。
16
大納言殿の参りたまへるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐたまひて、「昨日今日、物忌みにはべりつれど、雪のいたく降りはべりつれば、おぼつかなさになむ」と申したまふ。
現代語訳(関白殿ではなく)大納言殿(伊周さま)が参上なさったのだった。お直衣や指貫の紫の色が、雪に映えてたいそうすばらしい。柱のそばにお座りになって、「昨日と今日は物忌みでございましたが、雪がひどく降りましたので、(中宮さまのことが)気がかりで(参りました)」と申し上げなさる。
- 二方面への敬語:「参りたまへる」「申したまふ」は、謙譲語(参る・申す)で中宮定子を、尊敬語(たまふ)で伊周を高める。どちらも作者からの敬意。→二方面への敬語(謙譲語+尊敬語)
- 「大納言殿」は中宮定子の兄、藤原伊周。「なりけり」で、「関白殿かと思ったら伊周さまだった」と気づいた気持ち。
- 「なむ」の下に「参りつる」などが省かれている(結びの省略)。「おぼつかなし」は気がかりだ。


17
「『道もなし』と思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひたまひて、「『あはれ』ともや御覧ずるとて」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるに、たがはざめりと覚ゆ。
現代語訳(中宮さまが)「『道もない』と思っていたのに、どうして(来たの)」とお返事なさる。(伊周さまは)お笑いになって、「(雪の中を来たわたしを)『感心だ』とご覧になるかと思って」などとおっしゃるごようすは、これ以上何がまさるだろうか(いや、これ以上すばらしいものはない)。物語で、たいそう口にまかせて(ほめて)言っているのと、ちがわないようだと思われる。
- 二人のやりとりは、平兼盛の歌「山里は雪降り積みて道もなし今日来む人をあはれとは見む」(拾遺和歌集)をふまえている。中宮が上の句から「道もなし」、伊周が下の句から「あはれ」を引いた、教養のあるかけあい。
- 「かは」は反語。「たがはざめり」は「たがはざるめり」の「る」が撥音便で消えた形(〜ないようだ)。→推定の「めり」となめり・ざめり
18
宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪のかからせたまへるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。
現代語訳中宮さまは、白いお着物を何枚も重ねた上に、紅の唐綾をお召しになっている。(その上に)御髪がかかっていらっしゃるようすなど、絵にかいてあるのでは、こういうようすを見たことがあったが、現実にはまだ見たことがなかったので、夢のような気持ちがする。
- 「奉る」の尊敬語の用法:「奉る」はふつう謙譲語(差し上げる)だが、「着る・食ふ・乗る」の尊敬語(お召しになる・召し上がる・お乗りになる)にもなる。ここは中宮がお召しになる。入試でよく問われる。→敬語動詞の一覧(奉る・参る の尊敬と謙譲)
- 「ぞ」→結びは連体形「たる」「する」。「うつつ」は現実。


19
女房ともの言ひ、たはぶれ言などしたまふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そら言などのたまふは、あらがひ論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう面ぞ赤むや。
現代語訳(伊周さまは)女房たちと話をし、冗談などをおっしゃる。(女房たちは)お返事を、少しも気おくれするとも思っていないようすで申し上げ返し、(伊周さまが)作り話などをおっしゃるのには、言い返して議論したりなど申し上げるのは、まぶしいほどで、あきれるほどで、(見ているわたしのほうが)わけもなく顔が赤くなることよ。
- 「はづかし」は(相手がりっぱで)気おくれする。自分が恥ずかしいというより、相手がすばらしくてこちらが気おくれする意味が大事。→古今異義語の一覧(はづかし・あさまし)
- 「目もあやなり」はまぶしいほどりっぱだ。「あいなし」はわけもなく・むやみに。
20
御くだもの参りなど、とりはやして、御前にも参らせたまふ。
現代語訳(伊周さまは)果物を召し上がったりなどして、座をにぎやかにもりあげて、中宮さまにも差し上げなさる。
- 「参らせたまふ」も二方面への敬語。差し上げる相手の中宮を謙譲語「参らす」で、差し上げる伊周を尊敬語「たまふ」で高めている。
21
「御帳の後ろなるは、誰ぞ」と問ひたまふなるべし。さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐたまひて、ものなどのたまふ。
現代語訳(伊周さまは)「御帳台の後ろにいるのは、だれか」とお尋ねになっているようだ。(だれかが、わたしだと)教えたのであろう、(伊周さまが)立っていらっしゃるのを、やはりほかの所へ行かれるのかと思っていると、(わたしの)すぐ近くにお座りになって、話などをなさる。
- 「後ろなる」の「なる」は存在(〜にある・いる)の「なり」。「問ひたまふなるべし」の「なる」は声を聞いての推定の「なり」。同じ「なる」でも意味がちがう。→「なり」の識別(断定・存在・推定・動詞)
- 作者は几帳のかげにいるので、話し声だけで判断している。
22
まだ参らざりしより聞きおきたまひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やりたてまつりつるだに恥づかしかりつるに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。
現代語訳(わたしが)まだ宮仕えに出る前から聞いていらっしゃったことなどを、「本当にそうだったのか」などとおっしゃるので、几帳をへだてて、遠くからお見かけ申し上げていたのでさえ恥ずかしかったのに、とてもあきれるほど、(伊周さまと)向かい合い申し上げている気持ちは、現実とも思えない。
- 「だに」は〜さえ(軽いものをあげて重いものを類推させる)。「遠くから見るのさえ恥ずかしいのに、まして向かい合うなんて」。
- 「たてまつる」「聞こゆ」は補助動詞の謙譲語で、伊周を高める。
23
行幸など見るをり、車の方にいささかも見おこせたまへば、下簾ひきふたぎて、透影もやと、扇をさし隠すに、なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかはいらへも聞こえむ。
現代語訳(宮仕えに出る前は)行幸などを見物するとき、(伊周さまが、わたしの乗っている)車の方をちらっとでもご覧になると、下簾をしっかりとじて、(すだれごしに)すけて見えるかもしれないと、扇で顔をかくしたのに、やはりまったく自分の心ながら身のほど知らずに、どうして宮仕えに出てしまったのだろうかと、汗が流れてたまらないので、どんなことをお返事申し上げられようか(いや、何も申し上げられない)。
- 「おほけなし」は身のほど知らずだ。「見おこす」はこちらを見る(「見やる」は向こうを見る)。
- 「かは〜む」は反語で、結びは連体形「む」。
24
かしこき陰と捧げたる扇をさへ取りたまへるに、振りかくべき髪のおぼえさへ、あやしからむと思ふに、すべてさる気色もこそは見ゆらめ。
現代語訳(顔をかくす)大切な陰としてかかげている扇まで取り上げなさったので、(顔をかくすために)振りかけるはずの髪の具合までも、みっともないだろうと思うと、すっかり(あわてている)そんなようすも(伊周さまに)見えているのだろう。
- 「らむ」は現在推量(今ごろ〜ているだろう)。→現在推量の助動詞「らむ」
- 扇は、当時の女性が顔をかくすための大事な道具。それを取られて、作者はますますあわてている。
25
とく立ちたまはなむと思へど、扇を手まさぐりにして、「絵は誰が描かせたるぞ」などのたまひて、とみにも賜はねば、袖を押し当ててうつぶしゐたる、唐衣に白いものうつりて、まだらならむかし。
現代語訳早くお立ちになってほしいと思うけれど、(伊周さまは)扇を手でもてあそんで、「(この扇の)絵はだれにかかせたのか」などとおっしゃって、すぐにも(扇を)お返しにならないので、袖を(顔に)押し当ててうつぶしている(わたしの)唐衣に、おしろいがうつって、まだらになっているだろうよ。
- 「たまはなむ」の「なむ」は、未然形に付く他にあつらえる願望の終助詞(〜してほしい)。完了「ぬ」+「む」の「なむ」とまちがえない。→「なむ」の識別(願望・強意+推量・係助詞)
- 「とみに」は急に・すぐに。「白いもの」はおしろい。
26
久しくゐたまへるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させたまへるにや、「これ見たまへ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせたまふを、
現代語訳(伊周さまが)長く座っていらっしゃるのを、(伊周さまは)思いやりがなく、(作者が)つらいと思っているだろうと(中宮さまは)お気づきになったのだろうか、「これをご覧なさい。これはだれの筆跡かしら」と(伊周さまに)申し上げなさるのを、
- 「聞こえさせたまふ」:「聞こえ」は謙譲語で聞き手の伊周を、「させたまふ」は最高敬語で言う人の中宮定子を高める。二方面への敬語の代表例。→敬意の方向(誰から誰への敬意か)
- 中宮は、作者が困っているのに気づいて、伊周の気をそらそうとした。中宮のやさしさがまた出てくる。

27
「賜はりて見はべらむ」と申したまふを、なほ、「ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立てはべらぬなり」とのたまふも、いといまめかしく、身のほどに合はず、かたはらいたし。
現代語訳(伊周さまが)「いただいて拝見しましょう」と申し上げなさるのを、(中宮さまは)やはり「こちらへ(いらっしゃい)」とおっしゃる。(伊周さまが)「(この人が)わたしをつかまえて立たせないのです」とおっしゃるのも、とても当世風で、(わたしの)身分にふさわしくなく、きまりが悪い。
- 「かたはらいたし」は古今異義語。ここはきまりが悪い・いたたまれない。→古今異義語の一覧(かたはらいたし・いまめかし)
- 「いまめかし」は当世風だ・現代的だ。伊周は冗談で「この人がはなしてくれない」と言った。
28
人の草仮名書きたる草子など、取り出でて御覧ず。「誰がにかあらむ。かれに見せさせたまへ。それぞ世にある人の手は、みな見知りてはべらむ」など、ただいらへさせむと、あやしきことどものたまふ。
現代語訳(伊周さまは)だれかが草仮名で書いた草子などを取り出してご覧になる。「だれの筆跡だろうか。あの人にお見せなさいませ。あの人こそ世の中の人の筆跡は、みな見知っているでしょう」などと、ただ(わたしに)返事をさせようと、とんでもないことをいろいろおっしゃる。
- 「見せさせたまへ」は、会話の中で伊周が中宮に使った最高敬語(伊周→中宮定子)。一方「いらへさせむ」の「させ」は下に「たまふ」がないので使役。→使役・尊敬の助動詞「す・さす」の見分け方
- 「草仮名」は漢字をくずした仮名。伊周は作者を会話に引きこもうとしている。
29
一所だにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参りたまひて、これはいま少しはなやぎ、猿楽言などしたまふを、笑ひ興じ、我も、「なにがしが、とあること」など、殿上人の上など申したまふを聞くは、
現代語訳お一人(伊周さま)だけでも(たいへんな)のに、また先ばらいをさせて、同じ直衣姿のかたが参上なさって、こちらはもう少しはなやかで、冗談などをおっしゃるのを、(女房たちは)笑っておもしろがり、(女房たちも)自分も「だれそれが、こんなことを」などと、殿上人のうわさなどを申し上げなさるのを聞くと、
- 「同じ直衣の人」は、関白藤原道隆(中宮定子の父)と考えられている。「猿楽言」は冗談。
- 「だに」は〜さえ。「お一人でさえ恥ずかしいのに、もう一人」という気持ち。
30
なほ変化の者、天人などの降り来たるにやとおぼえしを、さぶらひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。
現代語訳やはり人間ではない者や天人などが(天から)降りてきたのかと思われたけれど、宮仕えに慣れて、何日も過ぎると、まったくそれほどでもないことだったのだなあ。
- はじめは天人のように見えた人たちも、慣れてみるとふつうの人だった、と今の作者がふりかえっている。
- 「こそ」→結びは已然形「けれ」(詠嘆)。
31
かく見る人々も、みな家のうち出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面馴れぬべし。
現代語訳このように(わたしが)見ている女房たちも、みな家から(宮仕えに)出始めたころは、そのように(わたしと同じに)思っただろうなどと、よく考えていくと、しぜんと(人の前に出ることにも)慣れてしまうにちがいない。
- 「けむ」は過去推量(〜ただろう)。→過去推量の助動詞「けむ」
- 「面馴る」は人前に出ることに慣れる。
32
物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせたまふ。御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、鼻をいと高うひたれば、
現代語訳(中宮さまが)いろいろお話をなさって、「わたしのことを(好きだと)思うか」とお尋ねになる。お返事に、「どうして(お慕いしないことが)ありましょうか」と申し上げるのと同時に、台盤所の方で、だれかがとても大きな音でくしゃみをしたので、
- 「啓す」は中宮・皇太子に申し上げるときだけ使う謙譲語(絶対敬語)。天皇には「奏す」。→敬語動詞の一覧(奏す・啓す)
- 「いかがは」は「いかがは思はざらむ(どうして思わないことがあろうか)」の省略で、反語。
- 「鼻をひる」はくしゃみをする。当時、話の途中でくしゃみがあると、その話はうそだという言い伝えがあった。


33
「あな心憂。そら言を言ふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせたまひぬ。
現代語訳(中宮さまは)「まあ、いやだこと。うそを言っていたのね。もういい、もういい」と言って、奥へお入りになってしまった。
- 中宮はくしゃみを「うそのしるし」として、冗談で作者をからかっている。
34
いかでか、そら言にはあらむ。よろしうだに思ひきこえさすべきことかは。あさましう、鼻こそそら言はしけれと思ふ。
現代語訳どうしてうそであろうか(いや、うそではない)。(中宮さまを)ふつう程度にでもお思い申し上げてよいことだろうか(いや、ふつうどころではなく、心からお慕いしている)。あきれたことに、鼻のほうこそうそをついたのだと思う。
- 「よろしうだに」は「ふつう程度でさえ」。「〜べきことかは」は反語。作者は中宮をこの上なく慕っていると言いたい。
- 「きこえさす」は「きこゆ」よりさらにへりくだった謙譲語。
35
さても、誰か、かくにくきわざはしつらむ。おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりも、おしひしぎつつあるものを、まいてにくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬれば、
現代語訳それにしても、いったいだれが、こんなにくらしいことをしたのだろうか。だいたい(くしゃみは)気に入らないと思われるので、(自分が)くしゃみが出そうなときも、おさえつけてがまんしているのに、まして(今回は)にくらしいと思うけれど、まだ(宮仕えに)不慣れなので、どうにも申し上げ直すこともできないで、夜が明けたので、
- 「心づきなし」は気に入らない。「うひうひし」は不慣れだ・ものなれない。
- 「え〜で」は「〜できないで」。「で」は打消の接続助詞。
36
下りたるすなはち、浅緑なる薄様に、艶なる文を、「これ」とて来たる、あけて見れば、
現代語訳(自分の部屋に)下がるとすぐに、浅緑色の薄い紙に、優美な手紙を、「これを(中宮さまから)」と言って(使いが)持って来たのを、開けて見ると、
- 「すなはち」はすぐに。「艶なり」は優美だ。
37
「いかにしていかに知らまし偽りを空にただすの神なかりせば
となむ御気色は」とあるに、めでたくもくちをしうも思ひ乱るるにも、なほ昨夜の人ぞ、ねたくにくましき。
現代語訳「どのようにして、どのように知ることができただろうか(いや、知ることはできなかっただろう)。そのうそを、空からただす糺の神がいなかったら。
というのが、中宮さまのお気持ちです」と(手紙に)あるので、(中宮さまからの手紙を)すばらしいとも、(うそと思われて)くやしいとも、思い乱れるにつけても、やはり昨夜の(くしゃみをした)人が、しゃくでにくらしい。
- 反実仮想「せば〜まし」:「もし〜だったら、〜だろうに」。事実とちがうことを仮に考える。→反実仮想の助動詞「まし」
- 「ただすの神」は、うそをただす神と、下鴨神社の「糺の森」の神をかけた掛詞。→掛詞の一覧(まつ・あき・ふる)
- 中宮は、くしゃみ(=鼻の神さま)がうそをあばいてくれた、と歌でからかっている。


38
「薄さ濃さそれにもよらぬはなゆゑに憂き身のほどを見るぞわびしき
なほこればかりは啓しなほさせたまへ。式の神もおのづから。いとかしこし」とて、参らせて後にも、うたて、をりしも、などてさはたありけむと、いとなげかし。
現代語訳「(わたしの思いの)薄さ濃さは、それ(くしゃみ)によるものではないのに、(くしゃみの)鼻のせいで、(うそつきと思われる)つらい身の上を知ることがわびしいことです。
どうかこれだけは(中宮さまに)申し上げて、(誤解を)直してください。式の神も(本当のことを)しぜんと(ごぞんじでしょう)。とてもおそれおおいことです」と言って、(返事を)差し上げたあとでも、いやなことに、ちょうどあのときに、どうしてまああんな(くしゃみ)があったのだろうと、とても残念だ。
- 「はな」は花(色の薄い濃いと縁がある)と鼻(くしゃみ)の掛詞。→掛詞の一覧
- 「うたて」はいやなことに・ますますひどく。宮仕えの初めの、くやしくもうれしい思い出で段が終わる。
二方面への敬語を図で確かめる(中宮定子と伊周)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| はづかし | はずかし | (相手がりっぱで)気おくれする・恥ずかしい |
| わりなし | わりなし | どうしようもない・つらい |
| なかなか | なかなか | かえって |
| 顕証なり | けんしょうなり | はっきり見える |
| 念ず | ねんず | がまんする |
| めでたし | めでたし | すばらしい |
| まもる | まもる | じっと見つめる |
| ゆかし | ゆかし | 見たい・知りたい(心がひかれる) |
| おぼつかなし | おぼつかなし | 気がかりだ・はっきりしない |
| 奉る | たてまつる | (尊敬語)お召しになる/(謙譲語)差し上げる |
| おほけなし | おおけなし | 身のほど知らずだ |
| かたはらいたし | かたわらいたし | きまりが悪い・いたたまれない |
| いまめかし | いまめかし | 当世風だ |
| 啓す | けいす | (中宮・皇太子に)申し上げる |
| うひうひし | ういういし | 不慣れだ・ものなれない |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「絵など取り出でて見せさせたまふ」の「させたまふ」を何という? また、誰の動作か?
最高敬語(尊敬の助動詞「さす」+尊敬の補助動詞「たまふ」)。中宮定子の動作。
問2 「おどろかるるまでぞ」の「るる」の意味は?
自発(思わず〜してしまう)。
問3 「いかでかは筋かひ御覧ぜられむ」を現代語訳しなさい。
「どうしてななめからでも(中宮さまに顔を)見られようか(いや、見られたくない)。」「られ」は受身、「いかでかは〜む」は反語。
問4 「大納言殿の参りたまへるなりけり」の「参り」と「たまへ」は、それぞれ誰への敬意か?
「参り」(謙譲語)は作者から中宮定子への敬意、「たまへ」(尊敬語)は作者から大納言藤原伊周への敬意(二方面への敬語)。
問5 「紅の唐綾をぞ上に奉りたる」の「奉り」の意味は?
「着る」の尊敬語で「お召しになる」。
問6 「これは誰が手ぞ」と聞こえさせたまふ、の「聞こえ」と「させたまふ」は誰への敬意か?
「聞こえ」(謙譲語)は作者から伊周への敬意、「させたまふ」(最高敬語)は作者から中宮定子への敬意。
問7 「とく立ちたまはなむ」の「なむ」の文法的説明は?
未然形に付く、他に対する願望(〜してほしい)の終助詞。
問8 「いかがは」と啓する、の「啓す」はどんな敬語か?
中宮(または皇太子)に申し上げる意味の謙譲語(絶対敬語)。天皇には「奏す」を使う。

枕草子「宮に初めて参りたるころ」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
宮に初めて参りたるころ、もののはづかしきことの数知らず、涙も落ちぬべければ、夜々参りて、三尺の御几帳の後ろにさぶらふに、絵など取り出でて見せさせたまふを、手にてもえさし出づまじう、わりなし。
「これは、とあり、かかり。それか、かれか」などのたまはす。高坏に参らせたる大殿油なれば、髪の筋なども、なかなか昼よりも顕証に見えてまばゆけれど、念じて見などす。
いとつめたきころなれば、さし出でさせたまへる御手のはつかに見ゆるが、いみじうにほひたる薄紅梅なるは、限りなくめでたしと、見知らぬ里人心地には、かかる人こそは世におはしましけれと、おどろかるるまでぞ、まもり参らする。
暁にはとく下りなむと急がるる。「葛城の神もしばし」など仰せらるるを、いかでかは筋かひ御覧ぜられむとて、なほ伏したれば、御格子も参らず。
女官ども参りて、「これ、放たせたまへ」など言ふを聞きて、女房の放つを、「まな」と仰せらるれば、笑ひて帰りぬ。
ものなど問はせたまひ、のたまはするに、久しうなりぬれば、「下りまほしうなりにたらむ。さらば、はや。夜さりは、とく」と仰せらる。
ゐざり帰るにや遅きと、上げ散らしたるに、雪降りにけり。登花殿の御前は、立蔀近くてせばし。雪いとをかし。
昼つかた、「今日は、なほ参れ。雪に曇りてあらはにもあるまじ」など、たびたび召せば、
この局の主も、「見苦し。さのみやは籠りたらむとする。あへなきまで御前許されたるは、さおぼしめすやうこそあらめ。思ふにたがふはにくきものぞ」と、ただいそがしに出だし立つれば、
あれにもあらぬ心地すれど参るぞ、いと苦しき。火焼屋の上に降り積みたるも、めづらしう、をかし。
御前近くは、例の炭櫃に火こちたくおこして、それには、わざと人もゐず。上臈御まかなひにさぶらひたまひけるままに、近うゐたまへり。沈の御火桶の梨絵したるにおはします。
次の間に、長炭櫃にひまなくゐたる人々、唐衣こき垂れたるほどなど、なれやすらかなるを見るも、いとうらやまし。
御文取り次ぎ、立ち居、行きちがふさまなどの、つつましげならず、もの言ひ、ゑ笑ふ。いつの世にか、さやうにまじらひならむと思ふさへぞつつましき。奥寄りて三四人さしつどひて、絵など見るめり。
しばしありて、前駆高う追ふ声すれば、「殿参らせたまふなり」とて、散りたるもの取りやりなどするに、
いかで下りなむと思へど、さらにえふとも身じろかねば、いま少し奥に引き入りて、さすがにゆかしきなめり、御几帳のほころびよりはつかに見入れたり。
大納言殿の参りたまへるなりけり。御直衣、指貫の紫の色、雪に映えていみじうをかし。柱もとにゐたまひて、「昨日今日、物忌みにはべりつれど、雪のいたく降りはべりつれば、おぼつかなさになむ」と申したまふ。
「『道もなし』と思ひつるに、いかで」とぞ御いらへある。うち笑ひたまひて、「『あはれ』ともや御覧ずるとて」などのたまふ御ありさまども、これより何事かはまさらむ。物語にいみじう口にまかせて言ひたるに、たがはざめりと覚ゆ。
宮は、白き御衣どもに、紅の唐綾をぞ上に奉りたる。御髪のかからせたまへるなど、絵にかきたるをこそ、かかることは見しに、うつつにはまだ知らぬを、夢の心地ぞする。
女房ともの言ひ、たはぶれ言などしたまふ。御いらへを、いささかはづかしとも思ひたらず聞こえ返し、そら言などのたまふは、あらがひ論じなど聞こゆるは、目もあやに、あさましきまで、あいなう面ぞ赤むや。
御くだもの参りなど、とりはやして、御前にも参らせたまふ。
「御帳の後ろなるは、誰ぞ」と問ひたまふなるべし。さかすにこそはあらめ、立ちておはするを、なほほかへにやと思ふに、いと近うゐたまひて、ものなどのたまふ。
まだ参らざりしより聞きおきたまひけることなど、「まことにや、さありし」などのたまふに、御几帳隔てて、よそに見やりたてまつりつるだに恥づかしかりつるに、いとあさましう、さし向かひ聞こえたる心地、うつつともおぼえず。
行幸など見るをり、車の方にいささかも見おこせたまへば、下簾ひきふたぎて、透影もやと、扇をさし隠すに、なほいとわが心ながらもおほけなく、いかで立ち出でしにかと、汗あえていみじきには、何事をかはいらへも聞こえむ。
かしこき陰と捧げたる扇をさへ取りたまへるに、振りかくべき髪のおぼえさへ、あやしからむと思ふに、すべてさる気色もこそは見ゆらめ。
とく立ちたまはなむと思へど、扇を手まさぐりにして、「絵は誰が描かせたるぞ」などのたまひて、とみにも賜はねば、袖を押し当ててうつぶしゐたる、唐衣に白いものうつりて、まだらならむかし。
久しくゐたまへるを、心なう、苦しと思ひたらむと心得させたまへるにや、「これ見たまへ。これは誰が手ぞ」と聞こえさせたまふを、
「賜はりて見はべらむ」と申したまふを、なほ、「ここへ」とのたまはす。「人をとらへて立てはべらぬなり」とのたまふも、いといまめかしく、身のほどに合はず、かたはらいたし。
人の草仮名書きたる草子など、取り出でて御覧ず。「誰がにかあらむ。かれに見せさせたまへ。それぞ世にある人の手は、みな見知りてはべらむ」など、ただいらへさせむと、あやしきことどものたまふ。
一所だにあるに、また前駆うち追はせて、同じ直衣の人参りたまひて、これはいま少しはなやぎ、猿楽言などしたまふを、笑ひ興じ、我も、「なにがしが、とあること」など、殿上人の上など申したまふを聞くは、
なほ変化の者、天人などの降り来たるにやとおぼえしを、さぶらひ馴れ、日ごろ過ぐれば、いとさしもあらぬわざにこそはありけれ。
かく見る人々も、みな家のうち出でそめけむほどは、さこそはおぼえけめなど、観じもてゆくに、おのづから面馴れぬべし。
物など仰せられて、「我をば思ふや」と問はせたまふ。御いらへに、「いかがは」と啓するにあはせて、台盤所の方に、鼻をいと高うひたれば、
「あな心憂。そら言を言ふなりけり。よし、よし」とて、奥へ入らせたまひぬ。
いかでか、そら言にはあらむ。よろしうだに思ひきこえさすべきことかは。あさましう、鼻こそそら言はしけれと思ふ。
さても、誰か、かくにくきわざはしつらむ。おほかた心づきなしとおぼゆれば、さるをりも、おしひしぎつつあるものを、まいてにくしと思へど、まだうひうひしければ、ともかくもえ啓しかへさで、明けぬれば、
下りたるすなはち、浅緑なる薄様に、艶なる文を、「これ」とて来たる、あけて見れば、
「いかにしていかに知らまし偽りを空にただすの神なかりせば
となむ御気色は」とあるに、めでたくもくちをしうも思ひ乱るるにも、なほ昨夜の人ぞ、ねたくにくましき。
「薄さ濃さそれにもよらぬはなゆゑに憂き身のほどを見るぞわびしき
なほこればかりは啓しなほさせたまへ。式の神もおのづから。いとかしこし」とて、参らせて後にも、うたて、をりしも、などてさはたありけむと、いとなげかし。
枕草子「宮に初めて参りたるころ」現代語訳(全文・通し)
中宮さまのところに初めて出仕したころ、なんとなく恥ずかしいことが数えきれないほどで、涙もこぼれてしまいそうなので、毎晩参上して、三尺の几帳の後ろにお控えしていると、(中宮さまが)絵などを取り出して見せてくださるのに、(わたしは)手さえも出せそうになく、どうしようもない。
(中宮さまは)「この絵はこうで、あの絵はああで。それかしら、あれかしら」などとおっしゃる。高坏にお灯し申し上げている灯火なので、(わたしの)髪の毛の筋なども、かえって昼よりもはっきり見えて恥ずかしいけれど、がまんして(絵を)見たりする。
とても寒いころなので、(袖から)お出しになっている(中宮さまの)お手がわずかに見えるのが、たいそうつややかな薄紅梅色であるのは、この上なくすばらしいと、(宮中のことを)知らない田舎者の気持ちには、こんなにすばらしいかたがこの世にいらっしゃったのだなあと、思わずはっとするほど、じっと見つめ申し上げる。
夜明け前には早く(自分の部屋に)下がってしまおうと、自然と気がせく。(中宮さまが)「葛城の神も、もう少しいなさい」などとおっしゃるが、どうしてななめからでも(顔を)ご覧に入れられようか(いや、見られたくない)と思って、やはり(顔をふせて)伏しているので、御格子もお上げ申し上げない。
女官たちが参上して、「これ(格子)を、お開けください」などと言うのを聞いて、(中にいる)女房が開けようとするのを、(中宮さまが)「だめよ」とおっしゃるので、(女官たちは)笑って帰ってしまった。
(中宮さまが)いろいろなことをお尋ねになり、お話しになるうちに、長い時間がたったので、「(自分の部屋に)下がりたくなってしまったでしょう。それならば、早く(お下がりなさい)。夜になったら、早く(いらっしゃい)」とおっしゃる。
(わたしが)ひざで進んで下がるやいなや、(女房たちが格子を)上げ散らかしてみると、雪が降っていたのだった。登花殿の前庭は、立蔀が近くてせまい。雪がとても趣深い。
昼ごろ、(中宮さまが)「今日は、やはり(昼でも)参上しなさい。雪で曇っていて、(顔が)はっきり見えることもないでしょう」などと、何度もお呼びになるので、
この部屋の主(先輩の女房)も、「みっともない。そんなに引きこもってばかりいようとするのですか(いや、いけません)。あっけないほどかんたんに御前に出ることを許されているのは、(中宮さまに)そうお思いになるわけがあるのでしょう。(人の)好意にそむくのはにくらしいことですよ」と、ただせきたてて送り出すので、
(わたしは)自分が自分でないような(ぼうっとした)気持ちがするけれど参上するのは、とてもつらい。火焼屋の屋根に(雪が)降り積もっているのも、めずらしく、趣深い。
中宮さまのおそば近くには、いつものように炭櫃に火をさかんにおこして、そこには、特別にだれも座っていない。身分の高い女房が、(中宮さまの)お世話役としてお仕えしていらっしゃったまま、近くに座っていらっしゃる。(中宮さまは)沈の木でできた、梨の絵がかいてある火桶のそばにいらっしゃる。
次の間で、長炭櫃にすき間なく座っている女房たちが、唐衣をゆったりと着くずしているようすなど、(宮仕えに)なれて気楽なのを見るのも、とてもうらやましい。
(女房たちが)お手紙を取り次ぎ、立ったり座ったり、行きちがったりするようすなどが、遠慮するふうもなく、おしゃべりをし、笑っている。いつになったら、あのように(人の中に)まじってふるまえるようになるのだろうと思うことまでも、気がひける。奥の方に寄って三、四人集まって、絵などを見ているようだ。
しばらくして、先ばらいの声が高く聞こえるので、(女房たちが)「関白殿が参上なさるようだ」と言って、散らかっているものを片づけたりするので、
なんとかして(自分の部屋に)下がってしまおうと思うけれど、まったくすぐには身動きもできないので、もう少し奥に引っこんで、そうはいってもやはり見たいのであろう、几帳のすき間からわずかにのぞいた。
(関白殿ではなく)大納言殿(伊周さま)が参上なさったのだった。お直衣や指貫の紫の色が、雪に映えてたいそうすばらしい。柱のそばにお座りになって、「昨日と今日は物忌みでございましたが、雪がひどく降りましたので、(中宮さまのことが)気がかりで(参りました)」と申し上げなさる。
(中宮さまが)「『道もない』と思っていたのに、どうして(来たの)」とお返事なさる。(伊周さまは)お笑いになって、「(雪の中を来たわたしを)『感心だ』とご覧になるかと思って」などとおっしゃるごようすは、これ以上何がまさるだろうか(いや、これ以上すばらしいものはない)。物語で、たいそう口にまかせて(ほめて)言っているのと、ちがわないようだと思われる。
中宮さまは、白いお着物を何枚も重ねた上に、紅の唐綾をお召しになっている。(その上に)御髪がかかっていらっしゃるようすなど、絵にかいてあるのでは、こういうようすを見たことがあったが、現実にはまだ見たことがなかったので、夢のような気持ちがする。
(伊周さまは)女房たちと話をし、冗談などをおっしゃる。(女房たちは)お返事を、少しも気おくれするとも思っていないようすで申し上げ返し、(伊周さまが)作り話などをおっしゃるのには、言い返して議論したりなど申し上げるのは、まぶしいほどで、あきれるほどで、(見ているわたしのほうが)わけもなく顔が赤くなることよ。
(伊周さまは)果物を召し上がったりなどして、座をにぎやかにもりあげて、中宮さまにも差し上げなさる。
(伊周さまは)「御帳台の後ろにいるのは、だれか」とお尋ねになっているようだ。(だれかが、わたしだと)教えたのであろう、(伊周さまが)立っていらっしゃるのを、やはりほかの所へ行かれるのかと思っていると、(わたしの)すぐ近くにお座りになって、話などをなさる。
(わたしが)まだ宮仕えに出る前から聞いていらっしゃったことなどを、「本当にそうだったのか」などとおっしゃるので、几帳をへだてて、遠くからお見かけ申し上げていたのでさえ恥ずかしかったのに、とてもあきれるほど、(伊周さまと)向かい合い申し上げている気持ちは、現実とも思えない。
(宮仕えに出る前は)行幸などを見物するとき、(伊周さまが、わたしの乗っている)車の方をちらっとでもご覧になると、下簾をしっかりとじて、(すだれごしに)すけて見えるかもしれないと、扇で顔をかくしたのに、やはりまったく自分の心ながら身のほど知らずに、どうして宮仕えに出てしまったのだろうかと、汗が流れてたまらないので、どんなことをお返事申し上げられようか(いや、何も申し上げられない)。
(顔をかくす)大切な陰としてかかげている扇まで取り上げなさったので、(顔をかくすために)振りかけるはずの髪の具合までも、みっともないだろうと思うと、すっかり(あわてている)そんなようすも(伊周さまに)見えているのだろう。
早くお立ちになってほしいと思うけれど、(伊周さまは)扇を手でもてあそんで、「(この扇の)絵はだれにかかせたのか」などとおっしゃって、すぐにも(扇を)お返しにならないので、袖を(顔に)押し当ててうつぶしている(わたしの)唐衣に、おしろいがうつって、まだらになっているだろうよ。
(伊周さまが)長く座っていらっしゃるのを、(伊周さまは)思いやりがなく、(作者が)つらいと思っているだろうと(中宮さまは)お気づきになったのだろうか、「これをご覧なさい。これはだれの筆跡かしら」と(伊周さまに)申し上げなさるのを、
(伊周さまが)「いただいて拝見しましょう」と申し上げなさるのを、(中宮さまは)やはり「こちらへ(いらっしゃい)」とおっしゃる。(伊周さまが)「(この人が)わたしをつかまえて立たせないのです」とおっしゃるのも、とても当世風で、(わたしの)身分にふさわしくなく、きまりが悪い。
(伊周さまは)だれかが草仮名で書いた草子などを取り出してご覧になる。「だれの筆跡だろうか。あの人にお見せなさいませ。あの人こそ世の中の人の筆跡は、みな見知っているでしょう」などと、ただ(わたしに)返事をさせようと、とんでもないことをいろいろおっしゃる。
お一人(伊周さま)だけでも(たいへんな)のに、また先ばらいをさせて、同じ直衣姿のかたが参上なさって、こちらはもう少しはなやかで、冗談などをおっしゃるのを、(女房たちは)笑っておもしろがり、(女房たちも)自分も「だれそれが、こんなことを」などと、殿上人のうわさなどを申し上げなさるのを聞くと、
やはり人間ではない者や天人などが(天から)降りてきたのかと思われたけれど、宮仕えに慣れて、何日も過ぎると、まったくそれほどでもないことだったのだなあ。
このように(わたしが)見ている女房たちも、みな家から(宮仕えに)出始めたころは、そのように(わたしと同じに)思っただろうなどと、よく考えていくと、しぜんと(人の前に出ることにも)慣れてしまうにちがいない。
(中宮さまが)いろいろお話をなさって、「わたしのことを(好きだと)思うか」とお尋ねになる。お返事に、「どうして(お慕いしないことが)ありましょうか」と申し上げるのと同時に、台盤所の方で、だれかがとても大きな音でくしゃみをしたので、
(中宮さまは)「まあ、いやだこと。うそを言っていたのね。もういい、もういい」と言って、奥へお入りになってしまった。
どうしてうそであろうか(いや、うそではない)。(中宮さまを)ふつう程度にでもお思い申し上げてよいことだろうか(いや、ふつうどころではなく、心からお慕いしている)。あきれたことに、鼻のほうこそうそをついたのだと思う。
それにしても、いったいだれが、こんなにくらしいことをしたのだろうか。だいたい(くしゃみは)気に入らないと思われるので、(自分が)くしゃみが出そうなときも、おさえつけてがまんしているのに、まして(今回は)にくらしいと思うけれど、まだ(宮仕えに)不慣れなので、どうにも申し上げ直すこともできないで、夜が明けたので、
(自分の部屋に)下がるとすぐに、浅緑色の薄い紙に、優美な手紙を、「これを(中宮さまから)」と言って(使いが)持って来たのを、開けて見ると、
「どのようにして、どのように知ることができただろうか(いや、知ることはできなかっただろう)。そのうそを、空からただす糺の神がいなかったら。
というのが、中宮さまのお気持ちです」と(手紙に)あるので、(中宮さまからの手紙を)すばらしいとも、(うそと思われて)くやしいとも、思い乱れるにつけても、やはり昨夜の(くしゃみをした)人が、しゃくでにくらしい。
「(わたしの思いの)薄さ濃さは、それ(くしゃみ)によるものではないのに、(くしゃみの)鼻のせいで、(うそつきと思われる)つらい身の上を知ることがわびしいことです。
どうかこれだけは(中宮さまに)申し上げて、(誤解を)直してください。式の神も(本当のことを)しぜんと(ごぞんじでしょう)。とてもおそれおおいことです」と言って、(返事を)差し上げたあとでも、いやなことに、ちょうどあのときに、どうしてまああんな(くしゃみ)があったのだろうと、とても残念だ。
枕草子「宮に初めて参りたるころ」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(枕草子の基本)
枕草子の作者は誰?
清少納言です。一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、歌人の清原元輔の娘です。
枕草子はいつの作品?
平安時代の中ごろ、1000年(長保2年)前後に書かれたとされます。
枕草子の冒頭(書き出し)は?
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」です。
枕草子はどんな作品?
日本最古の随筆とされ、鴨長明『方丈記』、兼好法師(吉田兼好)『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つです。「〜もの」と物を集める類聚章段、自然や人を見て感じたことを書く随想章段、宮仕えの思い出を書く回想(日記)章段の3種類の段があり、「をかし」の文学と呼ばれます。
枕草子の目次(教科書に出る段)
枕草子の入口(教科書に出る段の一覧・作者清少納言と中宮定子) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句 定番
- 枕草子「うつくしきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「にくきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「すさまじきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ありがたきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「木の花は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「虫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「上にさぶらふ御猫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「中納言参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「雪のいと高う降りたるを」の原文・現代語訳 定番
- 宮に初めて参りたるころ(このページ) 定番
- 枕草子「九月ばかり」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「五月ばかりなどに山里にありく」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「二月つごもりごろに」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「大進生昌が家に」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ころは」の原文・現代語訳
- 枕草子「鳥は」の原文・現代語訳
- 枕草子「草の花は」の原文・現代語訳
- 枕草子「心ときめきするもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「過ぎにしかた恋しきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「うれしきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「はしたなきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「かたはらいたきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」の原文・現代語訳
- 枕草子「野分のまたの日こそ」の原文・現代語訳
- 枕草子「月のいと明かきに」の原文・現代語訳
- 枕草子「正月一日は」の原文・現代語訳
- 枕草子「職の御曹司におはしますころ」の原文・現代語訳
- 枕草子「遠くて近きもの・近うて遠きもの」の原文・現代語訳

あわせて読みたい古文のページ
- 古文文法の一覧(動詞・助動詞・係り結び・敬語)
- 古文の助動詞一覧表(全28語の意味・接続・活用)
- 係り結びとは?ぞ・なむ・や・か・こそと結びの形
- 古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句
- 竹取物語の全文と現代語訳(全10章・文法解説つき)
- 徒然草の原文と現代語訳(教科書に出る段の一覧・三大随筆)
- 国語の勉強まとめ(古文・漢文・漢字・百人一首)
本文は『枕草子』を、教科書で広く読まれる形(三巻本系)にそろえ、新字体・現代の送り仮名に直したものです(参考にした古い本:Wikisource の枕草子、明治の『國文大觀』〈能因本系〉)。枕草子は本によって語句や段の分け方が少しずつちがうため、段の番号ではなく段の名前で示しています。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


