
回想章段
枕草子の回想章段「清涼殿の丑寅の隅の」を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。桜の咲く清涼殿で、一条天皇・中宮定子・伊周がそろい、古今和歌集の暗唱をめぐる話に花が咲く、はなやかな長い段です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:桜を大きな瓶にいけた清涼殿に、大納言伊周が参上し、一条天皇と中宮定子もそろう。中宮は女房たちに古歌を書かせ、作者は「花をし見れば」を「君をし見れば」と書きかえる。中宮は、円融院のときの道隆の書きかえや、村上天皇が宣耀殿の女御に古今和歌集二十巻を試した話を語り、みなで感心する。
- 文法の要点:奏す(天皇へ)・啓す(中宮へ)の絶対敬語、二方面への敬語(申したまふ・問ひきこえさせたまふ)、最高敬語「せたまふ・させたまふ」、可能の「らる」(申し出でられぬ)、自発の「る」、存在の「なり」、過去推量の「けむ」。
- テストの定番:会話の中の敬語は話し手から(中宮定子から村上天皇・女御へ)、地の文の敬語は作者から、と分けられるかが問われる。「花→君」の書きかえの意味、宣耀殿の女御の三つの教養(習字・琴・古今和歌集)もよく聞かれる。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 絶対敬語:奏す(天皇へ)・啓す(中宮へ)
- 二方面への敬語:申したまふ・教へきこえたまふ・問ひきこえさせたまふ
- 最高敬語「せたまふ・させたまふ」=帝・中宮(昔話では村上天皇)
- 可能の「らる」(申し出でられぬ)、自発の「る」(つつまれて)
- 古今異義語めでたし・ゆかし・おもしろし・やがて
「清涼殿の丑寅の隅の」はどんな段?(回想章段・一条天皇と中宮定子のサロン)
枕草子の回想章段(日記的章段)の一つです。舞台は帝のすまいである清涼殿の、中宮の部屋(上の御局)。一条天皇、中宮定子、中宮の兄の大納言藤原伊周、そして女房たちがそろい、中宮の父・関白藤原道隆の一族がさかえていたころの、はなやかで幸せな一日が描かれています。
後半は、中宮定子が語る二つの昔話です。一つは、円融院の前で若いころの道隆が歌を書きかえてほめられた話、もう一つは、村上天皇が宣耀殿の女御(藤原芳子)に古今和歌集二十巻のテストをした話です。会話の中の敬語は話し手の中宮からの敬意になるので、地の文の敬語と分けて読むことが大切です。能因本系の本では、このあとに宮仕えについての作者の意見が続きますが、三巻本系では別の段になっています。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
清涼殿の丑寅の隅の、北のへだてなる御障子は、荒海の絵、生きたる物どものおそろしげなる、手長足長などをぞかきたる。上の御局の戸を押し開けたれば、常に目に見ゆるを、憎みなどして笑ふ。
現代語訳清涼殿の北東の隅にある、北側の仕切りになっている御障子には、荒海の絵や、生きている物たちのおそろしそうなもの、手長・足長などがかいてある。上の御局の戸を押し開けていると、いつも目に見えるので、(女房たちは)いやがったりして笑う。
- 「清涼殿」は帝(一条天皇)がふだん住む御殿。「丑寅」は北東(十二支で方角を表す)。「上の御局」は清涼殿の中にある中宮の部屋。
- 「北のへだてなる」の「なる」は存在の「なり」(〜にある)。→「なり」の識別(断定・存在・推定)
- 「ぞ」→結びは連体形「たる」。「手長足長」は、手や足がとても長い想像上の人の絵。


2
勾欄のもとに青き瓶の大きなるをすゑて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、勾欄の外まで咲きこぼれたる、
現代語訳(縁側の)手すりのそばに青い大きな瓶をすえて、桜のたいそう見事な枝で、五尺(約1.5メートル)ほどのものを、とてもたくさんさしてあるので、手すりの外まで(花が)咲きこぼれている(そのころ)、
- 「おもしろし」は趣がある・見事だ。今の「笑える」とはちがう。
- 桜の花でいっぱいの、はなやかな春の昼の場面が始まる。
3
昼つ方、大納言殿、桜の直衣の少しなよらかなるに、濃き紫の固紋の指貫、白き御衣ども、上には濃き綾のいとあざやかなるを出だしてまゐりたまへるに、上のこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷にゐたまひて、ものなど申したまふ。
現代語訳昼ごろ、大納言殿(藤原伊周さま)が、桜がさねの直衣の少しやわらかくなったものに、濃い紫の固紋の指貫、白い下着を重ね、上には濃い紅の綾織りのとても色あざやかなものを(直衣の下から)出して参上なさったが、帝がこちら(上の御局)にいらっしゃるので、戸口の前にある細い板敷きにお座りになって、(帝に)お話などを申し上げなさる。
- 「大納言殿」は中宮定子の兄、藤原伊周。「上」は一条天皇。
- 二方面への敬語:「申したまふ」は、「申す」(謙譲)で話し相手の帝を、「たまふ」(尊敬)で話す伊周を高める。→二方面への敬語(謙譲語+尊敬語)


4
御簾の内に、女房、桜の唐衣どもくつろかに脱ぎ垂れて、藤、山吹など色々このましうて、あまた小半蔀の御簾よりもおし出でたるほど、昼の御座の方には、御膳まゐる足音高し。
現代語訳御簾の中には、女房たちが、桜がさねの唐衣をゆったりと着くずして、藤がさねや山吹がさねなど色とりどりで美しく、たくさん小半蔀の御簾からも(袖口を)おし出しているころ、昼の御座の方では、(帝の)お食事を運び申し上げる足音が高い。
- 「昼の御座」は清涼殿で帝が昼間いる所。「このまし」は感じがよい・好ましい。
- 女房たちが御簾の下から袖口を出して見せる「出だし衣」は、はなやかな宮中のおしゃれ。
5
警蹕など「をし」と言ふ声聞こゆるも、うらうらとのどかなる日の気色など、いみじうをかしきに、果ての御盤取りたる蔵人まゐりて、御膳奏すれば、中の戸より渡らせたまふ。
現代語訳先ばらいの「をし」という声が聞こえるのも、うららかでのどかな日のようすなども、たいそう趣深いところに、最後のお皿を持った蔵人が参上して、お食事の用意ができたと(帝に)申し上げると、(帝は)中の戸を通って(昼の御座へ)お移りになる。
- 「奏す」は天皇(上皇)に申し上げるときだけ使う謙譲語(絶対敬語)。中宮には「啓す」を使う。→敬語動詞の一覧(奏す・啓す)
- 「渡らせたまふ」は帝の動作なので最高敬語。

6
御供に廂より大納言殿御送りにまゐりたまひて、ありつる花のもとに帰りゐたまへり。
現代語訳お供として、廂の間から大納言殿がお見送りに参上なさって、(また)さっきの桜の花のそばに帰ってお座りになっている。
- 「ありつる」はさっきの・例の。「まゐりたまひ」も二方面への敬語。
7
宮の御前の御几帳押しやりて、長押のもとに出でさせたまへるなど、何となくただめでたきを、さぶらふ人も思ふことなき心地するに、
現代語訳中宮さまが、御前の几帳を押しやって、長押のそばまで出ていらっしゃるようすなど、何ということもなくただすばらしいので、お仕えしている人(女房たち)も何の心配ごともない気持ちがするところに、
- 「宮」は中宮定子。「出でさせたまへる」は中宮の動作で最高敬語。→最高敬語(せたまふ・させたまふ)
- 「めでたし」はすばらしい。今の「お祝いの」とはちがう。
8
「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室の山の」といふ言を、いとゆるるかにうち出だしたまへる、いとをかしうおぼゆるにぞ、げに千年もあらまほしき御ありさまなるや。
現代語訳(伊周さまが)「月も日も変わっていくけれど、いつまでも変わらない三室の山の(離宮のように)」という古歌を、とてもゆったりと口ずさみなさったのが、たいそう趣深く思われるにつけても、本当に(この歌のとおり)千年も続いてほしい(帝と中宮の)ごようすであることよ。
- 伊周は、ずっと変わらない宮殿をたたえる古い歌(万葉集の歌がもとになっている)を口ずさんで、帝と中宮の幸せがいつまでも続くようにと祝った。
- 「あらまほし」は希望の助動詞「まほし」を使った言い方で「あってほしい・理想的だ」。→希望の助動詞「まほし・たし」

9
陪膳つかうまつる人の、男どもなど召すほどもなく、渡らせたまひぬ。
現代語訳お食事の給仕をし申し上げる人が、(片づけのために)男たちなどを呼ぶまもなく、(帝は)こちらへお戻りになった。
- 「つかうまつる」は「仕ふ」「す」の謙譲語(お仕え申し上げる・して差し上げる)。帝は食事を早めに切り上げて、中宮のもとに戻ってきた。
10
「御硯の墨すれ」と仰せらるるに、目は空にて、ただおはしますをのみ見たてまつれば、ほとど継ぎ目も放ちつべし。
現代語訳(中宮さまが)「硯の墨をすりなさい」とおっしゃるが、(わたしは)目は上の空で、ただ(お二人の)いらっしゃるごようすばかりを見申し上げているので、あやうく(墨をはさむ)継ぎ目もはなしてしまいそうだ。
- お二人のすばらしいようすに見とれて、墨をする手もおろそかになる作者。
- 「放ちつべし」の「つ」は強意。「つべし」で「きっと〜してしまいそうだ」。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
11
白き色紙おしたたみて、「これに、ただ今おぼえむ古き言、一つづつ書け」と仰せらるる、外にゐたまへるに、「これはいかが」と申せば、
現代語訳(中宮さまが)白い色紙をおりたたんで、「これに、今すぐ思い出すような古い歌を、一つずつ書きなさい」とおっしゃるので、(御簾の)外に座っていらっしゃる(伊周さま)に、「これはどういたしましょう」と申し上げると、
- 「おぼえむ古き言」の「む」は、下に体言があるので婉曲(〜ような)。→推量の助動詞「む」の6つの意味(婉曲・仮定ほか)
- 中宮は女房たちに、その場で古歌を書かせるテストを出した。
12
「とう書きて参らせたまへ。男は言加へさぶらふべきにもあらず」とて、さし入れたまへり。
現代語訳(伊周さまは)「早く書いて(中宮さまに)差し上げなさい。男が口出しし申し上げるべきことでもありません」と言って、(色紙を御簾の中に)さし入れなさった。
- 「とう」は「とく(早く)」のウ音便。「参らせたまへ」は会話の中の二方面への敬語(「参らす」で中宮を、「たまふ」で聞き手の女房を高める)。
13
御硯取りおろして、「とくとく、ただ思ひまはさで、難波津も何も、ふとおぼえむ言を」と責めさせたまふに、などさは臆せしにか、すべて面さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。
現代語訳(中宮さまが)硯を(下に)おろして、「早く早く、あれこれ考えないで、難波津の歌でも何でも、ふと思い出すような歌を」とせきたてなさるので、どうしてあんなに気おくれしたのだろうか、すっかり顔まで赤くなって、思い乱れることよ。
- 「難波津」は「難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花」の歌で、子どもが習字で最初に習った歌。「そんなかんたんな歌でもいい」ということ。
- 「臆す」は気おくれする。「ぞ」→結びは連体形「乱るる」。
14
春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つばかり書きて、「これに」とあるに、
現代語訳春の歌や、花の心をよんだ歌などを、そうは言いながらも、身分の高い女房が二つ三つほど書いて、「これに(あなたも書きなさい)」と(色紙を回して)くるので、
- 「上臈」は身分の高い女房。先輩たちが書いたあと、作者に順番が回ってきた。
15
「年経ればよはひは老いぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし」といふ言を、「君をし見れば」と書きなしたる、御覧じくらべて、「ただこの心どものゆかしかりつるぞ」と仰せらるるついでに、
現代語訳(わたしが)「年がたったので、わたしは年をとってしまった。そうではあるが、花を見ると何の悩みもない」という歌を、「君(中宮さま)を見ると」と書きかえたのを、(中宮さまは)見比べなさって、「ただ、こういう(一人ひとりの)心ばえが知りたかったのです」とおっしゃるついでに、
- もとの歌は、古今和歌集にある藤原良房の歌。作者は「花」を「君」にかえて、中宮定子をたたえる歌にした。ただ覚えているだけでなく、その場に合わせて書きかえた機転。
- 「ゆかし」は知りたい・見たい。→古今異義語の一覧(ゆかし・めでたし)
- 「しか」は「そのように」、「花をし見れば」の「し」は強めの副助詞。→古文の副助詞(だに・すら・さへ・し)


16
「円融院の御時に、『草子に歌一つ書け』と殿上人に仰せられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに、『さらに手のあしさよさ、歌の折にあはざらむも知らじ』と仰せらるれば、わびてみな書きける中に、
現代語訳(中宮さまは)「円融院(円融天皇)のご在位のころに、『草子に歌を一つ書け』と殿上人にお命じになったので、たいそう書きにくくて、ご辞退申し上げる人々がいたが、『まったく字の下手上手や、歌がその場に合わないようなことも気にしない』とおっしゃるので、(みな)困って書いた中に、
- ここから中宮定子が語る昔話。会話の中なので、敬語は中宮から円融院への敬意になる。「すまふ」はことわる。
- 「さらに〜じ」は「まったく〜(気に)しない」。
17
ただ今の関白殿、三位の中将と聞こえける時、『潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが』といふ歌の末を、『頼むはやわが』と書きたまへりけるをなむ、いみじうめでさせたまひける」など仰せらるるにも、すずろに汗あゆる心地ぞする。
現代語訳今の関白殿(中宮さまの父、藤原道隆さま)が、三位の中将と申し上げていたとき、『潮の満ちる出雲の浦の「いつも」のように、いつもいつもあなたを深く思うことよ、わたしは』という歌の下の句を、『(あなたを)頼りに思うことよ、わたしは』と(書きかえて)お書きになったのを、(円融院は)たいそうおほめになった」などと(中宮さまが)おっしゃるにつけても、(わたしは)わけもなく汗が流れる気持ちがする。
- 道隆は「思ふ」を「頼む」にかえて、帝を「頼りにしています」という歌にした。作者の「花→君」と同じような書きかえの機転。
- 「なむ」→連体形「ける」、「ぞ」→連体形「する」。「すずろに」はわけもなく。作者は自分の書きかえが父の話と比べられて、ひやひやしている。
18
年若からむ人、はたさもえ書くまじき言のさまにや、などぞおぼゆる。例いとよく書く人も、あいなくみなつつまれて、書きけがしなどしたるもあり。
現代語訳年の若いような人なら、やはりそうは(うまく)書けそうもない歌のようすであろうか、などと思われる。ふだんとても上手に書く人も、わけもなくみな気おくれして、書きそこなったりしている人もいる。
- 「つつまれて」の「れ」は自発(自然と気おくれしてしまう)。「書きけがす」は書きそこなう。
19
古今の草子を御前に置かせたまひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末いかに」と問はせたまふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、けぎよう申し出でられぬは、いかなるぞ。
現代語訳(中宮さまは)古今和歌集の草子を御前にお置きになって、歌の上の句をおっしゃって、「この下の句はどうか」とお尋ねになるので、いつも夜も昼も心にかけて覚えている歌もあるのに、すらすらと申し上げられないのは、どうしたことか。
- 古今和歌集の上の句を言って、下の句を答えさせるクイズが始まった。
- 「申し出でられぬ」の「られ」は、下に打消「ぬ」があるので可能(〜できない)。平安時代の「可能」は打消といっしょに出ることが多い。→助動詞「る・らる」の4つの意味(可能・自発・受身・尊敬)
- 「けぎよし」はすっきりしている・いさぎよい。


20
宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて五つ六つなどは、ただおぼえぬよしをぞ啓すべけれど、「さやはけにくく、仰せ言をはえなうもてなすべき」とわび、くちをしがるもをかし。
現代語訳宰相の君(という女房)が十首ほど(答えたが)、それでも覚えていると言えるだろうか(いや、言えない)。まして五つ六つ(しか答えられない人)などは、ただ覚えていないということを(中宮さまに)申し上げるべきだけれど、「そんなにそっけなく、(中宮さまの)お言葉を無にしてよいものか」と困って、くやしがるのもおもしろい。
- 「啓す」は中宮・皇太子に申し上げるときだけ使う謙譲語(絶対敬語)。天皇には「奏す」。この段は両方が出てくる。→敬語動詞の一覧(奏す・啓す)
- 「やは」は反語。結びは連体形「べき」。「けにくし」はそっけない・無愛想だ、「はえなし」ははりあいがない。
21
知ると申す人なきをば、やがてみな読みつづけて、夾算せさせたまふを、「これは知りたることぞかし。など、かう拙くはあるぞ」と言ひ嘆く。中にも、古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。
現代語訳(中宮さまは)知っていると申し上げる人がいない歌は、そのまま下の句まで全部読みつづけて、しおりをおはさみになるのを、(女房たちは)「これは知っている歌なのに。どうして、こんなに下手(に答えられないの)だろう」と言って嘆く。中でも、古今和歌集を何度も書き写したりする人は、みんな覚えているはずのことなのに。
- 「夾算」はしおり。「やがて」はそのまま・すぐに(今の「まもなく」とはちがう)。
- 「ぞかし」は強く念をおす言い方。
22
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左の大臣殿の御女におはしけると、誰かは知りたてまつらざらむ。
現代語訳(中宮さまは、また語りはじめて)「村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げたかたは、小一条の左大臣殿(藤原師尹)の娘でいらっしゃったと、だれが存じ上げないことがあろうか(いや、みな知っている)。
- ここから中宮定子が語る、宣耀殿の女御(藤原芳子)の有名な話。村上天皇の女御で、父は小一条の左大臣藤原師尹。
- 「かは〜む」は反語で、結びは連体形「む」。


23
まだ姫君と聞こえける時、父大臣の教へきこえたまひけることは、『一つには御手を習ひたまへ。次には琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては古今の歌二十巻をみな浮かべさせたまふを御学問にはせさせたまへ』となむ聞こえたまひけると、
現代語訳(女御が)まだ姫君と申し上げていたとき、父の大臣がお教え申し上げなさったことは、『第一にはお習字をお習いなさい。次には琴(七弦の琴)を、人よりとくに上手にひこうとお思いなさい。そして古今和歌集の歌二十巻をすべて暗唱なさることを、ご学問になさいませ』と申し上げなさったと、
- 平安時代の貴族の女性の教養は、習字・音楽(琴)・和歌。古今和歌集の約1100首をすべて覚えることが「学問」とされた。
- 「教へきこえたまひ」は二方面への敬語:「きこえ」(謙譲)で教えられる姫君を、「たまひ」(尊敬)で教える父大臣を高める。→二方面への敬語
24
聞こしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持て渡らせたまひて、御几帳をひき隔てさせたまひければ、女御、例ならずあやしとおぼしけるに、草子をひろげさせたまひて、『その月、何のをり、その人のよみたる歌はいかに』と問ひきこえさせたまふを、
現代語訳(村上天皇は)それを聞いて覚えていらっしゃって、物忌みであった日に、古今和歌集を持って(女御のもとへ)おいでになって、几帳を立てて(二人の間を)へだてなさったので、女御は、いつもとちがって変だとお思いになったが、(帝は)草子を広げなさって、『何月の、何のときに、だれがよんだ歌はどうか』とお尋ね申し上げなさるのを、
- 村上天皇が、几帳で本をかくして女御に古今和歌集のテストをした。
- 「問ひきこえさせたまふ」は二方面への敬語:「きこえ」で女御を、「させたまふ」で村上天皇を高める。→敬意の方向(誰から誰への敬意か)

25
かうなりけりと心得たまふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなうおぼし乱れぬべし。
現代語訳(女御は)こういうことだったのだなあとお分かりになるのもおもしろいけれど、まちがえて覚えていたり、忘れているところもあったら、たいへんなことだと、ひどく思い乱れなさったにちがいない。
- 「ひがおぼえ」はまちがった記憶。「わりなし」はどうしようもない・ひどい。
26
その方におぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせたまふとて、強ひきこえさせたまひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前にさぶらひけむ人さへこそうらやましけれ。
現代語訳(帝が)和歌にくわしい人を二、三人ほど呼び出して、碁石で(正解の)数を数えさせなさろうとして、(女御に)無理にお答えさせ申し上げなさったようすなど、どんなにすばらしく、おもしろかったことだろう。そのとき御前にお仕えしていたような人までもうらやましい。
- 「けむ」は過去推量(〜ただろう)。中宮も見ていない昔のことを想像している。→過去推量の助動詞「けむ」
- 「こそ」→結びは已然形「うらやましけれ」。「おぼめかし」ははっきりしない。
27
せめて申させたまへば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。
現代語訳(女御が)しいて申し上げなさると、利口ぶって、すぐに下の句まで(言うの)ではないけれど、まったく少しもまちがうことがなかった。
- 「つゆ〜なし」は少しも〜ない。女御は、上の句を聞くだけで正しく答えた。
- 「さかしう」は「さかしく」のウ音便。下の句まで全部言うと利口ぶっているように見えるので、わざとひかえめに答えた。
28
いかでなほ少しひがこと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり』とて、御草子に夾算さして大殿籠りぬるも、まためでたしかし。
現代語訳(帝は)なんとかしてやはり少しでもまちがいを見つけてやめようと、くやしいほどにお思いになっていたが、(とうとう)十巻にもなってしまった。『まったく(テストしても)むだだったなあ』と言って、草子にしおりをはさんでお休みになってしまったのも、またすばらしいことよ。
- 「大殿籠る」は「寝る」の尊敬語(お休みになる)。→敬語動詞の一覧(大殿籠る・おぼしめす)
- 「ねたし」はくやしい・しゃくだ。
29
いと久しうありて起きさせたまへるに、『なほこのこと勝ち負けなくてやませたまはむ、いとわろし』とて、下の十巻を、明日にならば異をぞ見たまひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜ふくるまで読ませたまひける。
現代語訳(帝は)だいぶたってからお起きになって、『やはりこのことを勝ち負けなしで終わらせてしまうのは、とてもよくない』と言って、下の十巻を、明日になったら(女御が)別の本を見てつきあわせるだろうと(心配して)、今夜のうちに決着をつけてしまおうと、灯火をおつけして、夜がふけるまでお読みになった。
- 村上天皇は負けずぎらい。女御が夜のうちに予習しないよう、その夜のうちに残りの十巻もテストした。
- 「ぞ」→結びは連体形「合はする」。「定めてむ」は強意「つ」+意志「む」(きっと決めてしまおう)。
30
されど、つひに負けきこえさせたまはずなりにけり。
現代語訳けれども、(女御は)とうとう(帝に)お負けにならずに終わってしまった。
- 女御は古今和歌集二十巻すべてで、まちがえなかった。


31
『上渡らせたまひて、かかること』など、人々殿に申し奉られたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせたまひて、そなたに向きてなむ念じ暮らしたまひける。すきずきしうあはれなることなり」など語り出でさせたまふを、
現代語訳『帝がおいでになって、こういうこと(テスト)が』などと、人々が(女御の父の)左大臣殿に申し上げたので、(左大臣は)ひどく心配して、お経をたくさんあげさせなさって、そちら(宮中)の方に向いて、(娘が答えられるよう)一日中祈っていらっしゃった。風流で、しみじみと心を打つことです」などと(中宮さまが)語り出しなさるのを、
- 父の左大臣まで、娘のために一日中お祈りをしていた。中宮定子の昔話はここまで。
- 「すきずきし」は風流だ・ものずきだ。「念ず」は祈る(「がまんする」の意味もある)。
32
上も聞こしめし、めでさせたまふ。「我は三巻四巻をだにえ見果てじ」と仰せらる。
現代語訳帝(一条天皇)もお聞きになって、感心なさる。「わたしは三巻か四巻さえも、とても読み終えられないだろう」とおっしゃる。
- 「だに」は〜さえ。「え〜じ」は〜できないだろう。帝が冗談まじりに自分をへりくだって、場がなごむ。
33
「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ」「このごろは、かやうなることやは聞こゆる」など、御前にさぶらふ人々、上の女房、こなた許されたるなどまゐりて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことにつゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。
現代語訳「昔は、たいしたことのない人でも、みな風流だったのだなあ」「このごろは、こんな(すてきな)話が聞こえてくるだろうか(いや、聞かない)」などと、中宮さまの御前にお仕えしている女房たちや、帝づきの女房で、こちらに来ることを許されている人などが参上して、口々に言い合ったりしているときは、本当に少しの心配ごともなく、すばらしく思われる。
- 「えせ者」は取るに足りない者。「やは」は反語、結びは連体形「聞こゆる」。
- 帝と中宮、伊周、女房たちがそろった、中宮定子のサロンのいちばん幸せな時間を描いて段が終わる。
奏す・啓すと、古歌の書きかえを図で見る

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 丑寅 | うしとら | 北東の方角 |
| おもしろし | おもしろし | 趣がある・見事だ |
| 奏す | そうす | 天皇に申し上げる(謙譲語) |
| 啓す | けいす | 中宮・皇太子に申し上げる(謙譲語) |
| めでたし | めでたし | すばらしい |
| ありつる | ありつる | さっきの・例の |
| 臆す | おくす | 気おくれする |
| ゆかし | ゆかし | 知りたい・見たい |
| すずろなり | すずろなり | わけもない・思いがけない |
| けぎよし | けぎよし | すっきりしている・いさぎよい |
| やがて | やがて | そのまま・すぐに |
| ひがおぼえ | ひがおぼえ | まちがった記憶 |
| ねたし | ねたし | くやしい・しゃくだ |
| 大殿籠る | おおとのごもる | お休みになる(尊敬語) |
| すきずきし | すきずきし | 風流だ・ものずきだ |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「御膳奏すれば」の「奏す」と、「おぼえぬよしをぞ啓す」の「啓す」のちがいは?
「奏す」は天皇(上皇)に申し上げる、「啓す」は中宮・皇太子に申し上げる。どちらも相手が決まっている謙譲語(絶対敬語)。
問2 「ものなど申したまふ」の「申し」と「たまふ」は、それぞれ誰への敬意か?
「申し」(謙譲語)は作者から一条天皇への敬意、「たまふ」(尊敬語)は作者から大納言伊周への敬意。
問3 作者は「花をし見ればもの思ひもなし」の歌をどう書きかえた? それはなぜか?
「花」を「君」にかえて「君をし見れば」と書いた。中宮定子を見ていれば悩みもない、と中宮をたたえるため。
問4 「けぎよう申し出でられぬは」の「られ」の意味は?
可能(下に打消「ぬ」がある)。
問5 宣耀殿の女御が、父の大臣から教えられた三つのことは何か?
習字(御手を習う)、琴を人よりじょうずにひくこと、古今和歌集二十巻をすべて覚えること。
問6 「問ひきこえさせたまふ」の「きこえ」と「させたまふ」は、それぞれ誰への敬意か?(村上天皇の話の中)
「きこえ」(謙譲語)は宣耀殿の女御への敬意、「させたまふ」(最高敬語)は村上天皇への敬意。どちらも話し手の中宮定子から。
問7 「大殿籠りぬるも」の「大殿籠る」の意味は?
「寝る」の尊敬語で「お休みになる」。

枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
清涼殿の丑寅の隅の、北のへだてなる御障子は、荒海の絵、生きたる物どものおそろしげなる、手長足長などをぞかきたる。上の御局の戸を押し開けたれば、常に目に見ゆるを、憎みなどして笑ふ。
勾欄のもとに青き瓶の大きなるをすゑて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、勾欄の外まで咲きこぼれたる、
昼つ方、大納言殿、桜の直衣の少しなよらかなるに、濃き紫の固紋の指貫、白き御衣ども、上には濃き綾のいとあざやかなるを出だしてまゐりたまへるに、上のこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷にゐたまひて、ものなど申したまふ。
御簾の内に、女房、桜の唐衣どもくつろかに脱ぎ垂れて、藤、山吹など色々このましうて、あまた小半蔀の御簾よりもおし出でたるほど、昼の御座の方には、御膳まゐる足音高し。
警蹕など「をし」と言ふ声聞こゆるも、うらうらとのどかなる日の気色など、いみじうをかしきに、果ての御盤取りたる蔵人まゐりて、御膳奏すれば、中の戸より渡らせたまふ。
御供に廂より大納言殿御送りにまゐりたまひて、ありつる花のもとに帰りゐたまへり。
宮の御前の御几帳押しやりて、長押のもとに出でさせたまへるなど、何となくただめでたきを、さぶらふ人も思ふことなき心地するに、
「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室の山の」といふ言を、いとゆるるかにうち出だしたまへる、いとをかしうおぼゆるにぞ、げに千年もあらまほしき御ありさまなるや。
陪膳つかうまつる人の、男どもなど召すほどもなく、渡らせたまひぬ。
「御硯の墨すれ」と仰せらるるに、目は空にて、ただおはしますをのみ見たてまつれば、ほとど継ぎ目も放ちつべし。
白き色紙おしたたみて、「これに、ただ今おぼえむ古き言、一つづつ書け」と仰せらるる、外にゐたまへるに、「これはいかが」と申せば、
「とう書きて参らせたまへ。男は言加へさぶらふべきにもあらず」とて、さし入れたまへり。
御硯取りおろして、「とくとく、ただ思ひまはさで、難波津も何も、ふとおぼえむ言を」と責めさせたまふに、などさは臆せしにか、すべて面さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。
春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つばかり書きて、「これに」とあるに、
「年経ればよはひは老いぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし」といふ言を、「君をし見れば」と書きなしたる、御覧じくらべて、「ただこの心どものゆかしかりつるぞ」と仰せらるるついでに、
「円融院の御時に、『草子に歌一つ書け』と殿上人に仰せられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに、『さらに手のあしさよさ、歌の折にあはざらむも知らじ』と仰せらるれば、わびてみな書きける中に、
ただ今の関白殿、三位の中将と聞こえける時、『潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが』といふ歌の末を、『頼むはやわが』と書きたまへりけるをなむ、いみじうめでさせたまひける」など仰せらるるにも、すずろに汗あゆる心地ぞする。
年若からむ人、はたさもえ書くまじき言のさまにや、などぞおぼゆる。例いとよく書く人も、あいなくみなつつまれて、書きけがしなどしたるもあり。
古今の草子を御前に置かせたまひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末いかに」と問はせたまふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、けぎよう申し出でられぬは、いかなるぞ。
宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて五つ六つなどは、ただおぼえぬよしをぞ啓すべけれど、「さやはけにくく、仰せ言をはえなうもてなすべき」とわび、くちをしがるもをかし。
知ると申す人なきをば、やがてみな読みつづけて、夾算せさせたまふを、「これは知りたることぞかし。など、かう拙くはあるぞ」と言ひ嘆く。中にも、古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。
「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左の大臣殿の御女におはしけると、誰かは知りたてまつらざらむ。
まだ姫君と聞こえける時、父大臣の教へきこえたまひけることは、『一つには御手を習ひたまへ。次には琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては古今の歌二十巻をみな浮かべさせたまふを御学問にはせさせたまへ』となむ聞こえたまひけると、
聞こしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持て渡らせたまひて、御几帳をひき隔てさせたまひければ、女御、例ならずあやしとおぼしけるに、草子をひろげさせたまひて、『その月、何のをり、その人のよみたる歌はいかに』と問ひきこえさせたまふを、
かうなりけりと心得たまふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなうおぼし乱れぬべし。
その方におぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせたまふとて、強ひきこえさせたまひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前にさぶらひけむ人さへこそうらやましけれ。
せめて申させたまへば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。
いかでなほ少しひがこと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり』とて、御草子に夾算さして大殿籠りぬるも、まためでたしかし。
いと久しうありて起きさせたまへるに、『なほこのこと勝ち負けなくてやませたまはむ、いとわろし』とて、下の十巻を、明日にならば異をぞ見たまひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜ふくるまで読ませたまひける。
されど、つひに負けきこえさせたまはずなりにけり。
『上渡らせたまひて、かかること』など、人々殿に申し奉られたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせたまひて、そなたに向きてなむ念じ暮らしたまひける。すきずきしうあはれなることなり」など語り出でさせたまふを、
上も聞こしめし、めでさせたまふ。「我は三巻四巻をだにえ見果てじ」と仰せらる。
「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ」「このごろは、かやうなることやは聞こゆる」など、御前にさぶらふ人々、上の女房、こなた許されたるなどまゐりて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことにつゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。
枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」現代語訳(全文・通し)
清涼殿の北東の隅にある、北側の仕切りになっている御障子には、荒海の絵や、生きている物たちのおそろしそうなもの、手長・足長などがかいてある。上の御局の戸を押し開けていると、いつも目に見えるので、(女房たちは)いやがったりして笑う。
(縁側の)手すりのそばに青い大きな瓶をすえて、桜のたいそう見事な枝で、五尺(約1.5メートル)ほどのものを、とてもたくさんさしてあるので、手すりの外まで(花が)咲きこぼれている(そのころ)、
昼ごろ、大納言殿(藤原伊周さま)が、桜がさねの直衣の少しやわらかくなったものに、濃い紫の固紋の指貫、白い下着を重ね、上には濃い紅の綾織りのとても色あざやかなものを(直衣の下から)出して参上なさったが、帝がこちら(上の御局)にいらっしゃるので、戸口の前にある細い板敷きにお座りになって、(帝に)お話などを申し上げなさる。
御簾の中には、女房たちが、桜がさねの唐衣をゆったりと着くずして、藤がさねや山吹がさねなど色とりどりで美しく、たくさん小半蔀の御簾からも(袖口を)おし出しているころ、昼の御座の方では、(帝の)お食事を運び申し上げる足音が高い。
先ばらいの「をし」という声が聞こえるのも、うららかでのどかな日のようすなども、たいそう趣深いところに、最後のお皿を持った蔵人が参上して、お食事の用意ができたと(帝に)申し上げると、(帝は)中の戸を通って(昼の御座へ)お移りになる。
お供として、廂の間から大納言殿がお見送りに参上なさって、(また)さっきの桜の花のそばに帰ってお座りになっている。
中宮さまが、御前の几帳を押しやって、長押のそばまで出ていらっしゃるようすなど、何ということもなくただすばらしいので、お仕えしている人(女房たち)も何の心配ごともない気持ちがするところに、
(伊周さまが)「月も日も変わっていくけれど、いつまでも変わらない三室の山の(離宮のように)」という古歌を、とてもゆったりと口ずさみなさったのが、たいそう趣深く思われるにつけても、本当に(この歌のとおり)千年も続いてほしい(帝と中宮の)ごようすであることよ。
お食事の給仕をし申し上げる人が、(片づけのために)男たちなどを呼ぶまもなく、(帝は)こちらへお戻りになった。
(中宮さまが)「硯の墨をすりなさい」とおっしゃるが、(わたしは)目は上の空で、ただ(お二人の)いらっしゃるごようすばかりを見申し上げているので、あやうく(墨をはさむ)継ぎ目もはなしてしまいそうだ。
(中宮さまが)白い色紙をおりたたんで、「これに、今すぐ思い出すような古い歌を、一つずつ書きなさい」とおっしゃるので、(御簾の)外に座っていらっしゃる(伊周さま)に、「これはどういたしましょう」と申し上げると、
(伊周さまは)「早く書いて(中宮さまに)差し上げなさい。男が口出しし申し上げるべきことでもありません」と言って、(色紙を御簾の中に)さし入れなさった。
(中宮さまが)硯を(下に)おろして、「早く早く、あれこれ考えないで、難波津の歌でも何でも、ふと思い出すような歌を」とせきたてなさるので、どうしてあんなに気おくれしたのだろうか、すっかり顔まで赤くなって、思い乱れることよ。
春の歌や、花の心をよんだ歌などを、そうは言いながらも、身分の高い女房が二つ三つほど書いて、「これに(あなたも書きなさい)」と(色紙を回して)くるので、
(わたしが)「年がたったので、わたしは年をとってしまった。そうではあるが、花を見ると何の悩みもない」という歌を、「君(中宮さま)を見ると」と書きかえたのを、(中宮さまは)見比べなさって、「ただ、こういう(一人ひとりの)心ばえが知りたかったのです」とおっしゃるついでに、
(中宮さまは)「円融院(円融天皇)のご在位のころに、『草子に歌を一つ書け』と殿上人にお命じになったので、たいそう書きにくくて、ご辞退申し上げる人々がいたが、『まったく字の下手上手や、歌がその場に合わないようなことも気にしない』とおっしゃるので、(みな)困って書いた中に、
今の関白殿(中宮さまの父、藤原道隆さま)が、三位の中将と申し上げていたとき、『潮の満ちる出雲の浦の「いつも」のように、いつもいつもあなたを深く思うことよ、わたしは』という歌の下の句を、『(あなたを)頼りに思うことよ、わたしは』と(書きかえて)お書きになったのを、(円融院は)たいそうおほめになった」などと(中宮さまが)おっしゃるにつけても、(わたしは)わけもなく汗が流れる気持ちがする。
年の若いような人なら、やはりそうは(うまく)書けそうもない歌のようすであろうか、などと思われる。ふだんとても上手に書く人も、わけもなくみな気おくれして、書きそこなったりしている人もいる。
(中宮さまは)古今和歌集の草子を御前にお置きになって、歌の上の句をおっしゃって、「この下の句はどうか」とお尋ねになるので、いつも夜も昼も心にかけて覚えている歌もあるのに、すらすらと申し上げられないのは、どうしたことか。
宰相の君(という女房)が十首ほど(答えたが)、それでも覚えていると言えるだろうか(いや、言えない)。まして五つ六つ(しか答えられない人)などは、ただ覚えていないということを(中宮さまに)申し上げるべきだけれど、「そんなにそっけなく、(中宮さまの)お言葉を無にしてよいものか」と困って、くやしがるのもおもしろい。
(中宮さまは)知っていると申し上げる人がいない歌は、そのまま下の句まで全部読みつづけて、しおりをおはさみになるのを、(女房たちは)「これは知っている歌なのに。どうして、こんなに下手(に答えられないの)だろう」と言って嘆く。中でも、古今和歌集を何度も書き写したりする人は、みんな覚えているはずのことなのに。
(中宮さまは、また語りはじめて)「村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げたかたは、小一条の左大臣殿(藤原師尹)の娘でいらっしゃったと、だれが存じ上げないことがあろうか(いや、みな知っている)。
(女御が)まだ姫君と申し上げていたとき、父の大臣がお教え申し上げなさったことは、『第一にはお習字をお習いなさい。次には琴(七弦の琴)を、人よりとくに上手にひこうとお思いなさい。そして古今和歌集の歌二十巻をすべて暗唱なさることを、ご学問になさいませ』と申し上げなさったと、
(村上天皇は)それを聞いて覚えていらっしゃって、物忌みであった日に、古今和歌集を持って(女御のもとへ)おいでになって、几帳を立てて(二人の間を)へだてなさったので、女御は、いつもとちがって変だとお思いになったが、(帝は)草子を広げなさって、『何月の、何のときに、だれがよんだ歌はどうか』とお尋ね申し上げなさるのを、
(女御は)こういうことだったのだなあとお分かりになるのもおもしろいけれど、まちがえて覚えていたり、忘れているところもあったら、たいへんなことだと、ひどく思い乱れなさったにちがいない。
(帝が)和歌にくわしい人を二、三人ほど呼び出して、碁石で(正解の)数を数えさせなさろうとして、(女御に)無理にお答えさせ申し上げなさったようすなど、どんなにすばらしく、おもしろかったことだろう。そのとき御前にお仕えしていたような人までもうらやましい。
(女御が)しいて申し上げなさると、利口ぶって、すぐに下の句まで(言うの)ではないけれど、まったく少しもまちがうことがなかった。
(帝は)なんとかしてやはり少しでもまちがいを見つけてやめようと、くやしいほどにお思いになっていたが、(とうとう)十巻にもなってしまった。『まったく(テストしても)むだだったなあ』と言って、草子にしおりをはさんでお休みになってしまったのも、またすばらしいことよ。
(帝は)だいぶたってからお起きになって、『やはりこのことを勝ち負けなしで終わらせてしまうのは、とてもよくない』と言って、下の十巻を、明日になったら(女御が)別の本を見てつきあわせるだろうと(心配して)、今夜のうちに決着をつけてしまおうと、灯火をおつけして、夜がふけるまでお読みになった。
けれども、(女御は)とうとう(帝に)お負けにならずに終わってしまった。
『帝がおいでになって、こういうこと(テスト)が』などと、人々が(女御の父の)左大臣殿に申し上げたので、(左大臣は)ひどく心配して、お経をたくさんあげさせなさって、そちら(宮中)の方に向いて、(娘が答えられるよう)一日中祈っていらっしゃった。風流で、しみじみと心を打つことです」などと(中宮さまが)語り出しなさるのを、
帝(一条天皇)もお聞きになって、感心なさる。「わたしは三巻か四巻さえも、とても読み終えられないだろう」とおっしゃる。
「昔は、たいしたことのない人でも、みな風流だったのだなあ」「このごろは、こんな(すてきな)話が聞こえてくるだろうか(いや、聞かない)」などと、中宮さまの御前にお仕えしている女房たちや、帝づきの女房で、こちらに来ることを許されている人などが参上して、口々に言い合ったりしているときは、本当に少しの心配ごともなく、すばらしく思われる。
枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(枕草子の基本)
枕草子の作者は誰?
清少納言です。一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、歌人の清原元輔の娘です。
枕草子はいつの作品?
平安時代の中ごろ、1000年(長保2年)前後に書かれたとされます。
枕草子の冒頭(書き出し)は?
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」です。
枕草子はどんな作品?
日本最古の随筆とされ、鴨長明『方丈記』、兼好法師(吉田兼好)『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つです。「〜もの」と物を集める類聚章段、自然や人を見て感じたことを書く随想章段、宮仕えの思い出を書く回想(日記)章段の3種類の段があり、「をかし」の文学と呼ばれます。
枕草子の目次(教科書に出る段)
枕草子の入口(教科書に出る段の一覧・作者清少納言と中宮定子) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句 定番
- 枕草子「うつくしきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「にくきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「すさまじきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ありがたきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「木の花は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「虫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「上にさぶらふ御猫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「中納言参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「雪のいと高う降りたるを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「宮に初めて参りたるころ」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「九月ばかり」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「五月ばかりなどに山里にありく」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「二月つごもりごろに」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「大進生昌が家に」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ころは」の原文・現代語訳
- 枕草子「鳥は」の原文・現代語訳
- 枕草子「草の花は」の原文・現代語訳
- 枕草子「心ときめきするもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「過ぎにしかた恋しきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「うれしきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「はしたなきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「かたはらいたきもの」の原文・現代語訳
- 清涼殿の丑寅の隅の(このページ)
- 枕草子「野分のまたの日こそ」の原文・現代語訳
- 枕草子「月のいと明かきに」の原文・現代語訳
- 枕草子「正月一日は」の原文・現代語訳
- 枕草子「職の御曹司におはしますころ」の原文・現代語訳
- 枕草子「遠くて近きもの・近うて遠きもの」の原文・現代語訳

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- 古文文法の一覧(動詞・助動詞・係り結び・敬語)
- 古文の助動詞一覧表(全28語の意味・接続・活用)
- 係り結びとは?ぞ・なむ・や・か・こそと結びの形
- 古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句
- 竹取物語の全文と現代語訳(全10章・文法解説つき)
- 徒然草の原文と現代語訳(教科書に出る段の一覧・三大随筆)
- 国語の勉強まとめ(古文・漢文・漢字・百人一首)
本文は『枕草子』を、教科書で広く読まれる形(三巻本系)にそろえ、新字体・現代の送り仮名に直したものです(参考にした古い本:Wikisource の枕草子、明治の『國文大觀』〈能因本系〉)。枕草子は本によって語句や段の分け方が少しずつちがうため、段の番号ではなく段の名前で示しています。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


