枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」原文と現代語訳(印刷用・A4)

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原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1清涼殿の丑寅の隅の、北のへだてなる御障子は、荒海の絵、生きたる物どものおそろしげなる、手長足長などをぞかきたる。上の御局の戸を押し開けたれば、常に目に見ゆるを、憎みなどして笑ふ。清涼殿の北東の隅にある、北側の仕切りになっている御障子には、荒海の絵や、生きている物たちのおそろしそうなもの、手長・足長などがかいてある。上の御局の戸を押し開けていると、いつも目に見えるので、(女房たちは)いやがったりして笑う。
2勾欄のもとに青き瓶の大きなるをすゑて、桜のいみじうおもしろき枝の五尺ばかりなるを、いと多くさしたれば、勾欄の外まで咲きこぼれたる、(縁側の)手すりのそばに青い大きな瓶をすえて、桜のたいそう見事な枝で、五尺(約1.5メートル)ほどのものを、とてもたくさんさしてあるので、手すりの外まで(花が)咲きこぼれている(そのころ)、
3昼つ方、大納言殿、桜の直衣の少しなよらかなるに、濃き紫の固紋の指貫、白き御衣ども、上には濃き綾のいとあざやかなるを出だしてまゐりたまへるに、上のこなたにおはしませば、戸口の前なる細き板敷にゐたまひて、ものなど申したまふ。昼ごろ、大納言殿(藤原伊周さま)が、桜がさねの直衣の少しやわらかくなったものに、濃い紫の固紋の指貫、白い下着を重ね、上には濃い紅の綾織りのとても色あざやかなものを(直衣の下から)出して参上なさったが、帝がこちら(上の御局)にいらっしゃるので、戸口の前にある細い板敷きにお座りになって、(帝に)お話などを申し上げなさる。
4御簾の内に、女房、桜の唐衣どもくつろかに脱ぎ垂れて、藤、山吹など色々このましうて、あまた小半蔀の御簾よりもおし出でたるほど、昼の御座の方には、御膳まゐる足音高し。御簾の中には、女房たちが、桜がさねの唐衣をゆったりと着くずして、藤がさねや山吹がさねなど色とりどりで美しく、たくさん小半蔀の御簾からも(袖口を)おし出しているころ、昼の御座の方では、(帝の)お食事を運び申し上げる足音が高い。
5警蹕など「をし」と言ふ声聞こゆるも、うらうらとのどかなる日の気色など、いみじうをかしきに、果ての御盤取りたる蔵人まゐりて、御膳奏すれば、中の戸より渡らせたまふ。先ばらいの「をし」という声が聞こえるのも、うららかでのどかな日のようすなども、たいそう趣深いところに、最後のお皿を持った蔵人が参上して、お食事の用意ができたと(帝に)申し上げると、(帝は)中の戸を通って(昼の御座へ)お移りになる。
6御供に廂より大納言殿御送りにまゐりたまひて、ありつる花のもとに帰りゐたまへり。お供として、廂の間から大納言殿がお見送りに参上なさって、(また)さっきの桜の花のそばに帰ってお座りになっている。
7宮の御前の御几帳押しやりて、長押のもとに出でさせたまへるなど、何となくただめでたきを、さぶらふ人も思ふことなき心地するに、中宮さまが、御前の几帳を押しやって、長押のそばまで出ていらっしゃるようすなど、何ということもなくただすばらしいので、お仕えしている人(女房たち)も何の心配ごともない気持ちがするところに、
8「月も日もかはりゆけどもひさにふる三室の山の」といふ言を、いとゆるるかにうち出だしたまへる、いとをかしうおぼゆるにぞ、げに千年もあらまほしき御ありさまなるや。(伊周さまが)「月も日も変わっていくけれど、いつまでも変わらない三室の山の(離宮のように)」という古歌を、とてもゆったりと口ずさみなさったのが、たいそう趣深く思われるにつけても、本当に(この歌のとおり)千年も続いてほしい(帝と中宮の)ごようすであることよ。
9陪膳つかうまつる人の、男どもなど召すほどもなく、渡らせたまひぬ。お食事の給仕をし申し上げる人が、(片づけのために)男たちなどを呼ぶまもなく、(帝は)こちらへお戻りになった。
10「御硯の墨すれ」と仰せらるるに、目は空にて、ただおはしますをのみ見たてまつれば、ほとど継ぎ目も放ちつべし。(中宮さまが)「硯の墨をすりなさい」とおっしゃるが、(わたしは)目は上の空で、ただ(お二人の)いらっしゃるごようすばかりを見申し上げているので、あやうく(墨をはさむ)継ぎ目もはなしてしまいそうだ。
11白き色紙おしたたみて、「これに、ただ今おぼえむ古き言、一つづつ書け」と仰せらるる、外にゐたまへるに、「これはいかが」と申せば、(中宮さまが)白い色紙をおりたたんで、「これに、今すぐ思い出すような古い歌を、一つずつ書きなさい」とおっしゃるので、(御簾の)外に座っていらっしゃる(伊周さま)に、「これはどういたしましょう」と申し上げると、
12「とう書きて参らせたまへ。男は言加へさぶらふべきにもあらず」とて、さし入れたまへり。(伊周さまは)「早く書いて(中宮さまに)差し上げなさい。男が口出しし申し上げるべきことでもありません」と言って、(色紙を御簾の中に)さし入れなさった。
13御硯取りおろして、「とくとく、ただ思ひまはさで、難波津も何も、ふとおぼえむ言を」と責めさせたまふに、などさは臆せしにか、すべて面さへ赤みてぞ思ひ乱るるや。(中宮さまが)硯を(下に)おろして、「早く早く、あれこれ考えないで、難波津の歌でも何でも、ふと思い出すような歌を」とせきたてなさるので、どうしてあんなに気おくれしたのだろうか、すっかり顔まで赤くなって、思い乱れることよ。
14春の歌、花の心など、さいふいふも、上臈二つ三つばかり書きて、「これに」とあるに、春の歌や、花の心をよんだ歌などを、そうは言いながらも、身分の高い女房が二つ三つほど書いて、「これに(あなたも書きなさい)」と(色紙を回して)くるので、
15「年経ればよはひは老いぬしかはあれど花をし見ればもの思ひもなし」といふ言を、「君をし見れば」と書きなしたる、御覧じくらべて、「ただこの心どものゆかしかりつるぞ」と仰せらるるついでに、(わたしが)「年がたったので、わたしは年をとってしまった。そうではあるが、花を見ると何の悩みもない」という歌を、「君(中宮さま)を見ると」と書きかえたのを、(中宮さまは)見比べなさって、「ただ、こういう(一人ひとりの)心ばえが知りたかったのです」とおっしゃるついでに、
16「円融院の御時に、『草子に歌一つ書け』と殿上人に仰せられければ、いみじう書きにくう、すまひ申す人々ありけるに、『さらに手のあしさよさ、歌の折にあはざらむも知らじ』と仰せらるれば、わびてみな書きける中に、(中宮さまは)「円融院(円融天皇)のご在位のころに、『草子に歌を一つ書け』と殿上人にお命じになったので、たいそう書きにくくて、ご辞退申し上げる人々がいたが、『まったく字の下手上手や、歌がその場に合わないようなことも気にしない』とおっしゃるので、(みな)困って書いた中に、
17ただ今の関白殿、三位の中将と聞こえける時、『潮の満ついつもの浦のいつもいつも君をば深く思ふはやわが』といふ歌の末を、『頼むはやわが』と書きたまへりけるをなむ、いみじうめでさせたまひける」など仰せらるるにも、すずろに汗あゆる心地ぞする。今の関白殿(中宮さまの父、藤原道隆さま)が、三位の中将と申し上げていたとき、『潮の満ちる出雲の浦の「いつも」のように、いつもいつもあなたを深く思うことよ、わたしは』という歌の下の句を、『(あなたを)頼りに思うことよ、わたしは』と(書きかえて)お書きになったのを、(円融院は)たいそうおほめになった」などと(中宮さまが)おっしゃるにつけても、(わたしは)わけもなく汗が流れる気持ちがする。
18年若からむ人、はたさもえ書くまじき言のさまにや、などぞおぼゆる。例いとよく書く人も、あいなくみなつつまれて、書きけがしなどしたるもあり。年の若いような人なら、やはりそうは(うまく)書けそうもない歌のようすであろうか、などと思われる。ふだんとても上手に書く人も、わけもなくみな気おくれして、書きそこなったりしている人もいる。
19古今の草子を御前に置かせたまひて、歌どもの本を仰せられて、「これが末いかに」と問はせたまふに、すべて夜昼心にかかりておぼゆるもあるが、けぎよう申し出でられぬは、いかなるぞ。(中宮さまは)古今和歌集の草子を御前にお置きになって、歌の上の句をおっしゃって、「この下の句はどうか」とお尋ねになるので、いつも夜も昼も心にかけて覚えている歌もあるのに、すらすらと申し上げられないのは、どうしたことか。
20宰相の君ぞ十ばかり、それもおぼゆるかは。まいて五つ六つなどは、ただおぼえぬよしをぞ啓すべけれど、「さやはけにくく、仰せ言をはえなうもてなすべき」とわび、くちをしがるもをかし。宰相の君(という女房)が十首ほど(答えたが)、それでも覚えていると言えるだろうか(いや、言えない)。まして五つ六つ(しか答えられない人)などは、ただ覚えていないということを(中宮さまに)申し上げるべきだけれど、「そんなにそっけなく、(中宮さまの)お言葉を無にしてよいものか」と困って、くやしがるのもおもしろい。
21知ると申す人なきをば、やがてみな読みつづけて、夾算せさせたまふを、「これは知りたることぞかし。など、かう拙くはあるぞ」と言ひ嘆く。中にも、古今あまた書き写しなどする人は、みなもおぼえぬべきことぞかし。(中宮さまは)知っていると申し上げる人がいない歌は、そのまま下の句まで全部読みつづけて、しおりをおはさみになるのを、(女房たちは)「これは知っている歌なのに。どうして、こんなに下手(に答えられないの)だろう」と言って嘆く。中でも、古今和歌集を何度も書き写したりする人は、みんな覚えているはずのことなのに。
22「村上の御時に、宣耀殿の女御と聞こえけるは、小一条の左の大臣殿の御女におはしけると、誰かは知りたてまつらざらむ。(中宮さまは、また語りはじめて)「村上天皇の御代に、宣耀殿の女御と申し上げたかたは、小一条の左大臣殿(藤原師尹)の娘でいらっしゃったと、だれが存じ上げないことがあろうか(いや、みな知っている)。
23まだ姫君と聞こえける時、父大臣の教へきこえたまひけることは、『一つには御手を習ひたまへ。次には琴の御琴を、人よりことに弾きまさらむとおぼせ。さては古今の歌二十巻をみな浮かべさせたまふを御学問にはせさせたまへ』となむ聞こえたまひけると、(女御が)まだ姫君と申し上げていたとき、父の大臣がお教え申し上げなさったことは、『第一にはお習字をお習いなさい。次には琴(七弦の琴)を、人よりとくに上手にひこうとお思いなさい。そして古今和歌集の歌二十巻をすべて暗唱なさることを、ご学問になさいませ』と申し上げなさったと、
24聞こしめしおきて、御物忌なりける日、古今を持て渡らせたまひて、御几帳をひき隔てさせたまひければ、女御、例ならずあやしとおぼしけるに、草子をひろげさせたまひて、『その月、何のをり、その人のよみたる歌はいかに』と問ひきこえさせたまふを、(村上天皇は)それを聞いて覚えていらっしゃって、物忌みであった日に、古今和歌集を持って(女御のもとへ)おいでになって、几帳を立てて(二人の間を)へだてなさったので、女御は、いつもとちがって変だとお思いになったが、(帝は)草子を広げなさって、『何月の、何のときに、だれがよんだ歌はどうか』とお尋ね申し上げなさるのを、
25かうなりけりと心得たまふもをかしきものの、ひがおぼえをもし、忘れたるところもあらば、いみじかるべきことと、わりなうおぼし乱れぬべし。(女御は)こういうことだったのだなあとお分かりになるのもおもしろいけれど、まちがえて覚えていたり、忘れているところもあったら、たいへんなことだと、ひどく思い乱れなさったにちがいない。
26その方におぼめかしからぬ人、二三人ばかり召し出でて、碁石して数置かせたまふとて、強ひきこえさせたまひけむほどなど、いかにめでたうをかしかりけむ。御前にさぶらひけむ人さへこそうらやましけれ。(帝が)和歌にくわしい人を二、三人ほど呼び出して、碁石で(正解の)数を数えさせなさろうとして、(女御に)無理にお答えさせ申し上げなさったようすなど、どんなにすばらしく、おもしろかったことだろう。そのとき御前にお仕えしていたような人までもうらやましい。
27せめて申させたまへば、さかしう、やがて末まではあらねども、すべてつゆたがふことなかりけり。(女御が)しいて申し上げなさると、利口ぶって、すぐに下の句まで(言うの)ではないけれど、まったく少しもまちがうことがなかった。
28いかでなほ少しひがこと見つけてをやまむと、ねたきまでにおぼしめしけるに、十巻にもなりぬ。『さらに不用なりけり』とて、御草子に夾算さして大殿籠りぬるも、まためでたしかし。(帝は)なんとかしてやはり少しでもまちがいを見つけてやめようと、くやしいほどにお思いになっていたが、(とうとう)十巻にもなってしまった。『まったく(テストしても)むだだったなあ』と言って、草子にしおりをはさんでお休みになってしまったのも、またすばらしいことよ。
29いと久しうありて起きさせたまへるに、『なほこのこと勝ち負けなくてやませたまはむ、いとわろし』とて、下の十巻を、明日にならば異をぞ見たまひ合はするとて、今日定めてむと、大殿油参りて、夜ふくるまで読ませたまひける。(帝は)だいぶたってからお起きになって、『やはりこのことを勝ち負けなしで終わらせてしまうのは、とてもよくない』と言って、下の十巻を、明日になったら(女御が)別の本を見てつきあわせるだろうと(心配して)、今夜のうちに決着をつけてしまおうと、灯火をおつけして、夜がふけるまでお読みになった。
30されど、つひに負けきこえさせたまはずなりにけり。けれども、(女御は)とうとう(帝に)お負けにならずに終わってしまった。
31『上渡らせたまひて、かかること』など、人々殿に申し奉られたりければ、いみじうおぼしさわぎて、御誦経などあまたせさせたまひて、そなたに向きてなむ念じ暮らしたまひける。すきずきしうあはれなることなり」など語り出でさせたまふを、『帝がおいでになって、こういうこと(テスト)が』などと、人々が(女御の父の)左大臣殿に申し上げたので、(左大臣は)ひどく心配して、お経をたくさんあげさせなさって、そちら(宮中)の方に向いて、(娘が答えられるよう)一日中祈っていらっしゃった。風流で、しみじみと心を打つことです」などと(中宮さまが)語り出しなさるのを、
32上も聞こしめし、めでさせたまふ。「我は三巻四巻をだにえ見果てじ」と仰せらる。帝(一条天皇)もお聞きになって、感心なさる。「わたしは三巻か四巻さえも、とても読み終えられないだろう」とおっしゃる。
33「昔は、えせ者なども、みなをかしうこそありけれ」「このごろは、かやうなることやは聞こゆる」など、御前にさぶらふ人々、上の女房、こなた許されたるなどまゐりて、口々言ひ出でなどしたるほどは、まことにつゆ思ふことなく、めでたくぞおぼゆる。「昔は、たいしたことのない人でも、みな風流だったのだなあ」「このごろは、こんな(すてきな)話が聞こえてくるだろうか(いや、聞かない)」などと、中宮さまの御前にお仕えしている女房たちや、帝づきの女房で、こちらに来ることを許されている人などが参上して、口々に言い合ったりしているときは、本当に少しの心配ごともなく、すばらしく思われる。