
定番 教科書によく出る定番の段 回想章段
枕草子の「頭の弁の、職に参りたまひて」で始まる段を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。藤原行成との手紙のやりとりから、百人一首62番「夜をこめて鳥のそらねははかるとも」の歌が生まれる回想の段です。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この段を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:頭の弁・藤原行成が夜ふけまで作者と話し、物忌のため宮中へ帰る。翌朝「鶏の声にせかされて」と手紙をよこすので、作者は孟嘗君の函谷関の故事でからかう。行成が「これは逢坂の関だ」と返すと、作者は「夜をこめて鳥のそらねははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ」と詠む。行成はこの歌を殿上人に広め、作者を高く評価する。
- 文法の要点:二方面の敬語(参りたまふ)、強意+推量の「なむ」、結びの省略(〜てなむ・〜にや・〜こそは)、完了「つ」の連用形「て」(取りたまひてき)、反実仮想「まし」、伝聞の「なる」、打消意志「じ」。
- テストの定番:百人一首62番、「逢坂」の掛詞(地名+逢ふ)、函谷関の故事(孟嘗君の家来の鶏の鳴きまね)、「世に〜じ」=決して〜まい。教科書によく出る段です。



この段で覚える文法(テストに出る順)
- 百人一首62番「夜をこめて」と掛詞逢坂(逢坂の関+逢ふ)
- 函谷関の故事(孟嘗君・鶏の鳴きまね)
- 強意+推量のなむ(あしかりなむ)と結びの省略
- 二方面の敬語(参りたまふ)と敬意の方向
- 反実仮想まし、伝聞のなる、打消意志じ(世に〜じ)
「頭の弁の、職に参りたまひて」はどんな段?(回想章段・藤原行成)
この段は、宮仕えの思い出を書いた回想章段です。舞台は中宮定子が住んでいた職の御曹司(中宮職の建物)。頭の弁の藤原行成は一条天皇に信頼された役人で、書の名人として「三蹟」の一人に数えられます。作者とは気の合う友人どうしでした。
作者が手紙でもち出した孟嘗君の話は、中国の歴史書『史記』に出てくる故事です。孟嘗君が秦の国から逃げるとき、夜中に閉まっていた函谷関を、家来が鶏の鳴きまねをして番人に開けさせました。作者はこれを使って、「夜ふけに鳴いた鶏なんて、にせものでしょう(帰る口実でしょう)」とからかったのです。行成が「函谷関ではなく、男女が逢う逢坂の関だ」と恋の話に切りかえたので、作者は「逢坂の関は決して通しません」と歌で切り返しました。これが百人一首62番の歌です。
※明治の『國文大觀』(能因本系)は「後のあしたは残り多かる心地なむする」「心かしこき関守侍るめり」などの言葉が教科書(三巻本系)とちがい、行成の返歌も「鳥も鳴かねどあけてまつとか」となっています。このページは教科書の形にそろえています。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
頭の弁の、職に参りたまひて、物語などしたまひしに、夜いたうふけぬ。
現代語訳頭の弁(藤原行成)が、職の御曹司(中宮さまのお住まい)に参上なさって、(わたしと)おしゃべりなどをなさっていたときに、夜がたいそうふけてしまった。
- 「参りたまひて」は謙譲語+尊敬語の組み合わせ。「参る」は行き先の中宮への敬意、「たまふ」は動作をする行成への敬意(どちらも作者から)。→二方面への敬語(謙譲語+尊敬語)
- 「ふけぬ」は連用形に付く完了「ぬ」(〜てしまった)。→完了の助動詞「つ・ぬ」の違い
- 「頭の弁」は蔵人頭と弁官をかねた役職。ここでは藤原行成(972〜1027年)。書の名人で「三蹟」の一人。


2
「明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ。」とて、参りたまひぬ。
現代語訳「明日は帝の御物忌なので、(わたしも宮中に)こもらなければならないから、丑の刻(午前2時ごろ)になってしまったら、きっとまずいだろう。」と言って、(宮中へ)参上なさった。
- 「あしかりなむ」は強意「ぬ」の未然形+推量「む」で「きっと〜だろう」。「なむ」の識別の定番。→「なむ」の識別(強意+推量・願望・係助詞)
- 「なりなば」は完了「ぬ」の未然形+ば=仮定(〜してしまったら)。→接続助詞「ば」の未然形+ばと已然形+ば
- 「物忌」は、悪い日に家や宮中にこもってつつしむこと。「丑」は午前2時ごろ。→古文常識の一覧(物忌み・時刻の十二支)


3
つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、「今日は残り多かる心地なむする。夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声にもよほされてなむ。」と、いみじう言多く書きたまへる、いとめでたし。
現代語訳翌朝、(行成は)蔵人所の紙屋紙を重ねて、「今日は(話し足りなくて)心残りが多い気持ちがします。ひと晩じゅう、昔話もお話し申し上げて夜を明かそうと思っていたのに、鶏の声にせきたてられて(帰ってしまいました)。」と、たいそう言葉を多くお書きになっているのは、とてもすばらしい。
- 係り結び:「なむ」→連体形「する」。後の「鶏の声にもよほされてなむ」は、下の「帰りぬる」などが省かれた結びの省略。→係り結びと結びの省略
- 「もよほされ」は受身の「る」(せきたてられる)。→「る・らる」の4つの意味
- 「書きたまへる」の「る」は、四段の已然形(命令形)に付く完了・存続の「り」の連体形。→完了・存続の助動詞「たり・り」(サミシイ)
- 「つとめて」は「翌朝」。「紙屋紙」は朝廷の紙屋院ですいた上等な紙。

4
御返りに、「いと夜深くはべりける鶏の声は、孟嘗君のにや。」と聞こえたれば、
現代語訳(わたしが)お返事に、「たいそう夜深いうちに鳴いたという鶏の声は、(あの)孟嘗君の(家来がまねた、うその鶏の声)でしょうか。」と申し上げたところ、
- 「孟嘗君のにや」は、断定「なり」の連用形「に」+係助詞「や」。下の「あらむ」が省かれた結びの省略で「〜であろうか」。→「に」の識別(断定のなり・格助詞など)
- 作者は、中国の孟嘗君の話(家来が鶏の鳴きまねをして、夜中に函谷関を開けさせた)をもち出して、「その鶏の声はにせものでしょう」とからかった。
- 「はべり」は丁寧語(〜ます)。→「はべり・さぶらふ」の丁寧語と謙譲語


5
たちかへり、「『孟嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり。』とあれども、これは逢坂の関なり。」とあれば、
現代語訳すぐに折り返し、「『孟嘗君の鶏(の鳴きまね)は、函谷関を開いて、三千人の食客がやっと逃げ去った。』と(書物に)あるけれども、これは(男女が逢うという)逢坂の関です。」と書いてあるので、
- 行成は「函谷関」ではなく「逢坂の関」だと返した。逢坂は「逢ふ(男女が会う)」に通じるので、「あなたに逢いに行く関ですよ」と、恋のやりとりのように仕立てている。
- 「客」は孟嘗君がかかえていた食客(家来・居候)。「わづかに」は「やっと・かろうじて」。
6
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
心かしこき関守はべり。」と聞こゆ。
現代語訳 夜がまだ明けないうちに、鶏の鳴きまねで(函谷関の番人を)だましたとしても、(この)逢坂の関は決して通しませんよ(あなたに逢うことは決して許しません)。
しっかり者の関所の番人がおりますので。」と申し上げる。
- この歌は百人一首62番の清少納言の歌。「逢坂」は地名の「逢坂の関」と「(男女が)逢ふ」の掛詞。→和歌の掛詞の一覧(逢坂・松・ながめ)
- 「世に〜じ」は「決して〜まい」。主語が自分なので「じ」は打消意志。→打消推量・打消意志の助動詞「じ」
- 「夜をこめて」は「夜がまだ深いうちに」。「そら音」は「鳴きまね」。「はかる」は「だます」。「とも」は「たとえ〜しても」(逆接の仮定)。
- 「心かしこき関守」=しっかり者の番人。作者自身のことを言っている。



出典:歌川国貞「百人一首絵抄 六十二番 清少納言」(江戸時代、国立国会図書館デジタルコレクション)
7
またたちかへり、
逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか
とありし文どもを、はじめのは、僧都の君、いみじう額をさへつきて、取りたまひてき。後々のは御前に。
現代語訳また折り返し、
逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かないうちでも門をあけて待っているとかいうことですよ
とあった(行成の)手紙のうち、最初の手紙は、僧都の君(中宮さまの弟君)が、たいそう額を床につけてまで(頼みこんで)、お取りになってしまった。後の手紙は中宮さまに(さしあげた)。
- 行成の返歌は「逢坂の関はだれでも通れるのだから、鶏が鳴かなくてもあけて待っているそうですよ」と、作者をからかう歌。「あけて」は「(関を)開けて」と「(夜が)明けて」をかけている、とも読める。
- 「取りたまひてき」の「て」は完了「つ」の連用形(接続助詞の「て」ではない)。下に過去「き」があるのが目印。→完了の助動詞「つ」
- 行成は書の名人なので、その手紙は宝物。僧都の君(隆円、中宮定子の弟)が頭を下げてまでほしがった。


8
さて、「逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。さて、その文は、殿上人みな見てしは。」とのたまへば、
現代語訳さて、(後日、行成が)「あの逢坂の歌には圧倒されて、返歌もできずに終わってしまった。まったくみっともない。ところで、あの手紙は、殿上人がみんな見てしまったよ。」とおっしゃるので、
- 「えせず」は「え〜ず」で不可能(〜できない)。→打消の助動詞「ず」(え〜ず・つゆ〜ず)
- 「へさる」は「圧倒される」。行成は作者の歌に負けを認めて、ほめている。
- 作者の歌を、行成が殿上人たちに見せて回った。作者にとってはうれしい評判になる。
9
「まことにおぼしけりと、これにこそ知りぬれ。めでたきことなど、人の言ひ伝へぬは、かひなきわざぞかし。
現代語訳(わたしは)「(あなたがわたしのことを)本当に思ってくださっていたのだと、このことでわかりました。すばらしいことなどは、人が言い伝えてくれないのでは、かいのないことですものね。
- 係り結び:「こそ」→已然形「ぬれ」。→係り結びの決まり(こそ→已然形)
- 「言ひ伝へぬは」の「ぬ」は未然形に付く打消「ず」の連体形。→「ぬ」の識別(完了と打消)
- 「ぞかし」は文の終わりで念をおす言い方(〜ですよね)。

10
また、見苦しきこと散るがわびしければ、御文はいみじう隠して、人につゆ見せはべらず。御心ざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは。」と言へば、
現代語訳それに、(わたしの)見苦しい歌が人に広まるのはつらいので、(あなたの)お手紙はしっかり隠して、人には少しもお見せしていません。(あなたとわたしの)思いやりの深さを比べると、同じくらいでしょう。」と言うと、
- 「つゆ〜ず」は「少しも〜ない」(呼応の副詞)。→打消の助動詞「ず」と呼応の副詞(つゆ〜ず)
- 「ひとしくこそは」は、下の「あらめ」などが省かれた結びの省略。「同じくらいでしょう」。
- 行成は作者の歌を広めてくれた、作者は行成の手紙を隠した。どちらも相手を思ってのこと、と作者は言っている。
11
「かくものを思ひ知りて言ふが、なほ人には似ぬなり。『思ひ隈なく、あしうしたり。』など、例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ。」など言ひて笑ひたまふ。
現代語訳(行成は)「このようにものの道理をよくわかって言うところが、やはりほかの人とはちがうのだ。『考えが浅く、ひどいことをした。』などと、ふつうの女の人のように言うだろうかと思っていたのに。」などと言ってお笑いになる。
- 係り結びが2つ:「や」→連体形「む」、「こそ」→已然形「つれ」。→係り結びの決まり
- 「思ひ隈なし」は「思いやりがない・考えが浅い」。行成は、作者が文句を言わずに喜んだことに感心している。
12
「こはなどて。よろこびをこそ聞こえめ。」など言ふ。
現代語訳(わたしは)「これはまたどうして(そんなことをおっしゃるのですか)。お礼をこそ申し上げるべきですのに。」などと言う。
- 「こそ…め」は「む」の已然形で、「〜するのがよい・〜すべきだ」(適当)。→推量の助動詞「む」の6つの意味(スイカトカエ)
13
「まろが文を隠したまひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂くつらからまし。今よりもさを頼みきこえむ。」などのたまひて、
現代語訳(行成は)「わたしの手紙を隠してくださったのも、やはりしみじみとうれしいことだよ。(もし人に見せられていたら)どんなにいやでつらかっただろう。これからも、そのように(あなたを)頼りにし申し上げよう。」などとおっしゃって、
- 「つらからまし」は反実仮想:「(もし手紙を人に見せられていたら)つらかっただろう」。実際は隠してくれたので、つらくない。→反実仮想の助動詞「まし」
- 行成のことばの中の「たまふ」「きこゆ」は、行成から作者への敬意。地の文の「のたまふ」は作者から行成への敬意。会話の中は「話し手から」と考える。→敬意の方向(誰から誰へ)の見分け方


14
後に、経房の中将おはして、「頭の弁はいみじうほめたまふとは知りたりや。一日の文にありしことなど語りたまふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき。」など、まめまめしうのたまふもをかし。
現代語訳その後、経房の中将がいらっしゃって、「頭の弁(行成)があなたをたいそうほめていらっしゃるのを知っていますか。先日の手紙にあったことなどを話していらっしゃる。(わたしが)大切に思う人が人からほめられるのは、とてもうれしいものだ。」などと、まじめにおっしゃるのもおもしろい。
- 「ほめらるる」は受身の「らる」の連体形(ほめられる)。→「る・らる」の4つの意味
- 「いみじううれしき。」と連体形で文を終える形は、しみじみした気持ち(詠嘆)を表す。
- 源経房は作者と親しい貴族。「思ふ人」は経房が大切に思う人=作者のこと。
15
「うれしきこと二つにて。かのほめたまふなるに、また思ふ人の中にはべりけるをなむ。」と言へば、「それめづらしう、今のことのやうにもよろこびたまふかな。」などのたまふ。
現代語訳(わたしが)「うれしいことが二つです。あの方がほめてくださっているそうなことに加えて、また(あなたの)大切に思う人の中に(わたしが)入っていたことを(うれしく思います)。」と言うと、(経房は)「それを今さらめずらしく、まるで初めてのことのようにお喜びになるのですね。」などとおっしゃる。
- 「ほめたまふなる」の「なる」は、経房から聞いた話なので伝聞(〜だそうだ)。→伝聞・推定の「なり」と断定の「なり」
- 「をなむ」は、下の「うれしく思ふ」などが省かれた結びの省略。
- 経房の「今のことのやうにも」は、「あなたを大切に思っているのは前からなのに」という、やさしいからかい。

「夜をこめて」の歌を図で読む(函谷関と逢坂の関・掛詞)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 頭の弁 | とうのべん | 蔵人頭と弁官をかねた役職(ここでは藤原行成) |
| 職 | しき | 職の御曹司(中宮定子のお住まい) |
| 物忌 | ものいみ | 悪い日に家や宮中にこもってつつしむこと |
| つとめて | つとめて | 翌朝・早朝 |
| もよほす | もよおす | せきたてる・うながす |
| 夜をこめて | よをこめて | 夜がまだ深いうちに |
| そら音 | そらね | 鳴きまね |
| はかる | はかる | だます |
| 世に〜じ | よに〜じ | 決して〜まい |
| 関守 | せきもり | 関所の番人 |
| へさる | へさる | 圧倒される |
| 思ひ隈なし | おもいくまなし | 思いやりがない・考えが浅い |
| 心憂し | こころうし | いやだ・つらい |
| まめまめし | まめまめし | まじめだ・本気だ |
| めでたし | めでたし | すばらしい |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ」は、百人一首の何番の歌か。作者は?
62番。作者は清少納言。
問2 この歌で使われている掛詞を説明しなさい。
「逢坂」が、地名の「逢坂の関」と、男女が「逢ふ」の意味をかけている。
問3 「孟嘗君の鶏」とはどんな故事か。
中国の孟嘗君が秦から逃げるとき、夜中で閉まっていた函谷関を、家来が鶏の鳴きまねをして番人に朝だと思わせ、開けさせて脱出した話。
問4 「世に逢坂の関はゆるさじ」の「世に〜じ」を訳しなさい。
「決して(逢坂の関は)通すまい・許すまい」。「じ」は打消意志。
問5 「丑になりなばあしかりなむ」の「なむ」を文法的に説明しなさい。
強意(完了)の助動詞「ぬ」の未然形「な」+推量の助動詞「む」。「きっとまずいだろう」。
問6 「僧都の君、…取りたまひてき」の「て」は何か。
完了の助動詞「つ」の連用形(下に過去「き」が付いている)。
問7 「いかに心憂くつらからまし」の「まし」の意味と、何を仮定しているか。
反実仮想。「もし作者が行成の手紙を人に見せていたら(どんなにつらかっただろう)」と、実際とはちがうことを仮定している。
問8 「かのほめたまふなるに」の「なる」の意味は?
伝聞(〜だそうだ)。経房から聞いた話だから。

枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて(夜をこめて)」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
頭の弁の、職に参りたまひて、物語などしたまひしに、夜いたうふけぬ。
「明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ。」とて、参りたまひぬ。
つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、「今日は残り多かる心地なむする。夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声にもよほされてなむ。」と、いみじう言多く書きたまへる、いとめでたし。
御返りに、「いと夜深くはべりける鶏の声は、孟嘗君のにや。」と聞こえたれば、
たちかへり、「『孟嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり。』とあれども、これは逢坂の関なり。」とあれば、
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
心かしこき関守はべり。」と聞こゆ。
またたちかへり、
逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか
とありし文どもを、はじめのは、僧都の君、いみじう額をさへつきて、取りたまひてき。後々のは御前に。
さて、「逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。さて、その文は、殿上人みな見てしは。」とのたまへば、
「まことにおぼしけりと、これにこそ知りぬれ。めでたきことなど、人の言ひ伝へぬは、かひなきわざぞかし。
また、見苦しきこと散るがわびしければ、御文はいみじう隠して、人につゆ見せはべらず。御心ざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは。」と言へば、
「かくものを思ひ知りて言ふが、なほ人には似ぬなり。『思ひ隈なく、あしうしたり。』など、例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ。」など言ひて笑ひたまふ。
「こはなどて。よろこびをこそ聞こえめ。」など言ふ。
「まろが文を隠したまひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂くつらからまし。今よりもさを頼みきこえむ。」などのたまひて、
後に、経房の中将おはして、「頭の弁はいみじうほめたまふとは知りたりや。一日の文にありしことなど語りたまふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき。」など、まめまめしうのたまふもをかし。
「うれしきこと二つにて。かのほめたまふなるに、また思ふ人の中にはべりけるをなむ。」と言へば、「それめづらしう、今のことのやうにもよろこびたまふかな。」などのたまふ。
枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて(夜をこめて)」現代語訳(全文・通し)
頭の弁(藤原行成)が、職の御曹司(中宮さまのお住まい)に参上なさって、(わたしと)おしゃべりなどをなさっていたときに、夜がたいそうふけてしまった。
「明日は帝の御物忌なので、(わたしも宮中に)こもらなければならないから、丑の刻(午前2時ごろ)になってしまったら、きっとまずいだろう。」と言って、(宮中へ)参上なさった。
翌朝、(行成は)蔵人所の紙屋紙を重ねて、「今日は(話し足りなくて)心残りが多い気持ちがします。ひと晩じゅう、昔話もお話し申し上げて夜を明かそうと思っていたのに、鶏の声にせきたてられて(帰ってしまいました)。」と、たいそう言葉を多くお書きになっているのは、とてもすばらしい。
(わたしが)お返事に、「たいそう夜深いうちに鳴いたという鶏の声は、(あの)孟嘗君の(家来がまねた、うその鶏の声)でしょうか。」と申し上げたところ、
すぐに折り返し、「『孟嘗君の鶏(の鳴きまね)は、函谷関を開いて、三千人の食客がやっと逃げ去った。』と(書物に)あるけれども、これは(男女が逢うという)逢坂の関です。」と書いてあるので、
夜がまだ明けないうちに、鶏の鳴きまねで(函谷関の番人を)だましたとしても、(この)逢坂の関は決して通しませんよ(あなたに逢うことは決して許しません)。
しっかり者の関所の番人がおりますので。」と申し上げる。
また折り返し、
逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かないうちでも門をあけて待っているとかいうことですよ
とあった(行成の)手紙のうち、最初の手紙は、僧都の君(中宮さまの弟君)が、たいそう額を床につけてまで(頼みこんで)、お取りになってしまった。後の手紙は中宮さまに(さしあげた)。
さて、(後日、行成が)「あの逢坂の歌には圧倒されて、返歌もできずに終わってしまった。まったくみっともない。ところで、あの手紙は、殿上人がみんな見てしまったよ。」とおっしゃるので、
(わたしは)「(あなたがわたしのことを)本当に思ってくださっていたのだと、このことでわかりました。すばらしいことなどは、人が言い伝えてくれないのでは、かいのないことですものね。
それに、(わたしの)見苦しい歌が人に広まるのはつらいので、(あなたの)お手紙はしっかり隠して、人には少しもお見せしていません。(あなたとわたしの)思いやりの深さを比べると、同じくらいでしょう。」と言うと、
(行成は)「このようにものの道理をよくわかって言うところが、やはりほかの人とはちがうのだ。『考えが浅く、ひどいことをした。』などと、ふつうの女の人のように言うだろうかと思っていたのに。」などと言ってお笑いになる。
(わたしは)「これはまたどうして(そんなことをおっしゃるのですか)。お礼をこそ申し上げるべきですのに。」などと言う。
(行成は)「わたしの手紙を隠してくださったのも、やはりしみじみとうれしいことだよ。(もし人に見せられていたら)どんなにいやでつらかっただろう。これからも、そのように(あなたを)頼りにし申し上げよう。」などとおっしゃって、
その後、経房の中将がいらっしゃって、「頭の弁(行成)があなたをたいそうほめていらっしゃるのを知っていますか。先日の手紙にあったことなどを話していらっしゃる。(わたしが)大切に思う人が人からほめられるのは、とてもうれしいものだ。」などと、まじめにおっしゃるのもおもしろい。
(わたしが)「うれしいことが二つです。あの方がほめてくださっているそうなことに加えて、また(あなたの)大切に思う人の中に(わたしが)入っていたことを(うれしく思います)。」と言うと、(経房は)「それを今さらめずらしく、まるで初めてのことのようにお喜びになるのですね。」などとおっしゃる。
枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて(夜をこめて)」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(枕草子の基本)
枕草子の作者は誰?
清少納言です。一条天皇の中宮定子に仕えた女房で、歌人の清原元輔の娘です。
枕草子はいつの作品?
平安時代の中ごろ、1000年(長保2年)前後に書かれたとされます。
枕草子の冒頭(書き出し)は?
「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山ぎは、少し明かりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。」です。
枕草子はどんな作品?
日本最古の随筆とされ、鴨長明『方丈記』、兼好法師(吉田兼好)『徒然草』と並ぶ三大随筆の一つです。「〜もの」と物を集める類聚章段、自然や人を見て感じたことを書く随想章段、宮仕えの思い出を書く回想(日記)章段の3種類の段があり、「をかし」の文学と呼ばれます。
枕草子の目次(教科書に出る段)
枕草子の入口(教科書に出る段の一覧・作者清少納言と中宮定子) 「定番」は教科書によく出る段です。
- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句 定番
- 枕草子「うつくしきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「にくきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「すさまじきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ありがたきもの」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「木の花は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「虫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「上にさぶらふ御猫は」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「中納言参りたまひて」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「雪のいと高う降りたるを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「宮に初めて参りたるころ」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「九月ばかり」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「五月ばかりなどに山里にありく」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「二月つごもりごろに」の原文・現代語訳 定番
- 頭の弁の、職に参りたまひて(夜をこめて)(このページ) 定番
- 枕草子「大進生昌が家に」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「この草子、目に見え心に思ふことを」の原文・現代語訳 定番
- 枕草子「ころは」の原文・現代語訳
- 枕草子「鳥は」の原文・現代語訳
- 枕草子「草の花は」の原文・現代語訳
- 枕草子「心ときめきするもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「過ぎにしかた恋しきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「うれしきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「はしたなきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「かたはらいたきもの」の原文・現代語訳
- 枕草子「清涼殿の丑寅の隅の」の原文・現代語訳
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本文は『枕草子』を、教科書で広く読まれる形(三巻本系)にそろえ、新字体・現代の送り仮名に直したものです(参考にした古い本:Wikisource の枕草子、明治の『國文大觀』〈能因本系〉)。枕草子は本によって語句や段の分け方が少しずつちがうため、段の番号ではなく段の名前で示しています。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


