枕草子「頭の弁の、職に参りたまひて(夜をこめて)」原文と現代語訳(印刷用・A4)

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原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1頭の弁の、職に参りたまひて、物語などしたまひしに、夜いたうふけぬ。頭の弁(藤原行成)が、職の御曹司(中宮さまのお住まい)に参上なさって、(わたしと)おしゃべりなどをなさっていたときに、夜がたいそうふけてしまった。
2「明日御物忌なるにこもるべければ、丑になりなばあしかりなむ。」とて、参りたまひぬ。「明日は帝の御物忌なので、(わたしも宮中に)こもらなければならないから、丑の刻(午前2時ごろ)になってしまったら、きっとまずいだろう。」と言って、(宮中へ)参上なさった。
3つとめて、蔵人所の紙屋紙ひき重ねて、「今日は残り多かる心地なむする。夜を通して、昔物語も聞こえ明かさむとせしを、鶏の声にもよほされてなむ。」と、いみじう言多く書きたまへる、いとめでたし。翌朝、(行成は)蔵人所の紙屋紙を重ねて、「今日は(話し足りなくて)心残りが多い気持ちがします。ひと晩じゅう、昔話もお話し申し上げて夜を明かそうと思っていたのに、鶏の声にせきたてられて(帰ってしまいました)。」と、たいそう言葉を多くお書きになっているのは、とてもすばらしい。
4御返りに、「いと夜深くはべりける鶏の声は、孟嘗君のにや。」と聞こえたれば、(わたしが)お返事に、「たいそう夜深いうちに鳴いたという鶏の声は、(あの)孟嘗君の(家来がまねた、うその鶏の声)でしょうか。」と申し上げたところ、
5たちかへり、「『孟嘗君の鶏は、函谷関を開きて、三千の客わづかに去れり。』とあれども、これは逢坂の関なり。」とあれば、すぐに折り返し、「『孟嘗君の鶏(の鳴きまね)は、函谷関を開いて、三千人の食客がやっと逃げ去った。』と(書物に)あるけれども、これは(男女が逢うという)逢坂の関です。」と書いてあるので、
6 夜をこめて鳥のそら音ははかるとも世に逢坂の関はゆるさじ
心かしこき関守はべり。」と聞こゆ。
 夜がまだ明けないうちに、鶏の鳴きまねで(函谷関の番人を)だましたとしても、(この)逢坂の関は決して通しませんよ(あなたに逢うことは決して許しません)。
しっかり者の関所の番人がおりますので。」と申し上げる。
7またたちかへり、
 逢坂は人越えやすき関なれば鳥鳴かぬにもあけて待つとか
とありし文どもを、はじめのは、僧都の君、いみじう額をさへつきて、取りたまひてき。後々のは御前に。
また折り返し、
 逢坂は人が越えやすい関なので、鶏が鳴かないうちでも門をあけて待っているとかいうことですよ
とあった(行成の)手紙のうち、最初の手紙は、僧都の君(中宮さまの弟君)が、たいそう額を床につけてまで(頼みこんで)、お取りになってしまった。後の手紙は中宮さまに(さしあげた)。
8さて、「逢坂の歌はへされて、返しもえせずなりにき。いとわろし。さて、その文は、殿上人みな見てしは。」とのたまへば、さて、(後日、行成が)「あの逢坂の歌には圧倒されて、返歌もできずに終わってしまった。まったくみっともない。ところで、あの手紙は、殿上人がみんな見てしまったよ。」とおっしゃるので、
9「まことにおぼしけりと、これにこそ知りぬれ。めでたきことなど、人の言ひ伝へぬは、かひなきわざぞかし。(わたしは)「(あなたがわたしのことを)本当に思ってくださっていたのだと、このことでわかりました。すばらしいことなどは、人が言い伝えてくれないのでは、かいのないことですものね。
10また、見苦しきこと散るがわびしければ、御文はいみじう隠して、人につゆ見せはべらず。御心ざしのほどをくらぶるに、ひとしくこそは。」と言へば、それに、(わたしの)見苦しい歌が人に広まるのはつらいので、(あなたの)お手紙はしっかり隠して、人には少しもお見せしていません。(あなたとわたしの)思いやりの深さを比べると、同じくらいでしょう。」と言うと、
11「かくものを思ひ知りて言ふが、なほ人には似ぬなり。『思ひ隈なく、あしうしたり。』など、例の女のやうにや言はむとこそ思ひつれ。」など言ひて笑ひたまふ。(行成は)「このようにものの道理をよくわかって言うところが、やはりほかの人とはちがうのだ。『考えが浅く、ひどいことをした。』などと、ふつうの女の人のように言うだろうかと思っていたのに。」などと言ってお笑いになる。
12「こはなどて。よろこびをこそ聞こえめ。」など言ふ。(わたしは)「これはまたどうして(そんなことをおっしゃるのですか)。お礼をこそ申し上げるべきですのに。」などと言う。
13「まろが文を隠したまひける、また、なほあはれにうれしきことなりかし。いかに心憂くつらからまし。今よりもさを頼みきこえむ。」などのたまひて、(行成は)「わたしの手紙を隠してくださったのも、やはりしみじみとうれしいことだよ。(もし人に見せられていたら)どんなにいやでつらかっただろう。これからも、そのように(あなたを)頼りにし申し上げよう。」などとおっしゃって、
14後に、経房の中将おはして、「頭の弁はいみじうほめたまふとは知りたりや。一日の文にありしことなど語りたまふ。思ふ人の人にほめらるるは、いみじううれしき。」など、まめまめしうのたまふもをかし。その後、経房の中将がいらっしゃって、「頭の弁(行成)があなたをたいそうほめていらっしゃるのを知っていますか。先日の手紙にあったことなどを話していらっしゃる。(わたしが)大切に思う人が人からほめられるのは、とてもうれしいものだ。」などと、まじめにおっしゃるのもおもしろい。
15「うれしきこと二つにて。かのほめたまふなるに、また思ふ人の中にはべりけるをなむ。」と言へば、「それめづらしう、今のことのやうにもよろこびたまふかな。」などのたまふ。(わたしが)「うれしいことが二つです。あの方がほめてくださっているそうなことに加えて、また(あなたの)大切に思う人の中に(わたしが)入っていたことを(うれしく思います)。」と言うと、(経房は)「それを今さらめずらしく、まるで初めてのことのようにお喜びになるのですね。」などとおっしゃる。