枕草子「上にさぶらふ御猫は(翁丸)」原文と現代語訳(印刷用・A4)

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原文は教科書で広く読まれる形(三巻本系)に整えたもの(本によって語句が少しちがいます)、現代語訳は合格大作戦のオリジナルです。

原文現代語訳
1上にさぶらふ御猫は、かうぶりにて命婦のおとどとて、いみじうをかしければ、かしづかせたまふが、端に出でて臥したるに、帝(一条天皇)のおそばにお仕えしている猫は、五位の位をいただいていて、「命婦のおとど」と名づけられ、たいそうかわいらしいので、(帝が)大切にお育てになっているが、(その猫が)縁側に出て寝そべっていたので、
2乳母の馬の命婦、「あな、まさなや。入りたまへ」と呼ぶに、日のさし入りたるに、ねぶりてゐたるを、おどすとて、「翁丸、いづら。命婦のおとど食へ」と言ふに、(猫の)世話係の馬の命婦が、「まあ、お行儀が悪い。お入りなさいませ」と呼ぶけれど、(猫が)日のさしこんでいる所で眠って座っているので、おどかそうとして、「翁丸、どこにいるの。命婦のおとどにかみつけ」と言うと、
3まことかとて、痴れ者は走りかかりたれば、おびえまどひて、御簾のうちに入りぬ。(翁丸は)本気かと思って、ばか者のことで(猫に)飛びかかったので、(猫は)おびえあわてて、御簾の中に入ってしまった。
4朝餉の御前に、上おはしますに、御覧じて、いみじう驚かせたまふ。猫を御懐に入れさせたまひて、男ども召せば、朝餉の間に帝がいらっしゃって、(このようすを)ご覧になって、たいそうお驚きになる。猫をふところにお入れになって、男たち(殿上の男性)をお呼びになると、
5蔵人忠隆、なりなか参りたれば、「この翁丸打ち調じて、犬島へつかはせ。ただいま」と仰せらるれば、集まり狩り騒ぐ。蔵人の忠隆と、なりなかが参上したので、「この翁丸をこらしめて、犬島へ追いやれ。今すぐに」とおっしゃるので、(人々が)集まって大騒ぎで(翁丸を)追いかけ回す。
6馬の命婦をもさいなみて、「乳母かへてむ。いとうしろめたし」と仰せらるれば、御前にも出でず。犬は狩り出でて、滝口などして追ひつかはしつ。(帝は)馬の命婦のこともおしかりになって、「世話係をかえてしまおう。とても心配だ」とおっしゃるので、(馬の命婦は)帝の御前にも出ない。犬は追い出して、滝口の武士などに命じて追放してしまった。
7「あはれ、いみじうゆるぎありきつるものを。三月三日、頭の弁の、柳かづらせさせ、桃の花をかざしにささせ、桜腰にさしなどして、ありかせたまひしをり、かかる目見むとは思はざりけむ」などあはれがる。(女房たちは)「ああ、(翁丸は)たいそうえらそうに歩きまわっていたのに。三月三日の節句に、頭の弁が(翁丸に)柳の髪飾りをつけさせ、桃の花をかざしにささせ、桜を腰にさしたりなどして、歩かせなさったとき、(翁丸は)こんな目にあうとは思わなかっただろう」などと、かわいそうがる。
8「御膳のをりは、必ず向かひさぶらふに、さうざうしうこそあれ」など言ひて、三四日になりぬる昼つ方、犬いみじう鳴く声のすれば、なぞの犬の、かく久しう鳴くにかあらむと聞くに、よろづの犬、とぶらひ見に行く。「(帝の)お食事のときは、(翁丸は)必ずお向かいにお控えしていたのに、物足りなくさびしい」などと言って、三、四日たった昼ごろ、犬がひどく鳴く声がするので、どんな犬が、こんなに長く鳴くのだろうかと聞いていると、たくさんの犬が、(ようすを)見に行く。
9御厠人なる者走り来て、「あな、いみじ。犬を蔵人二人して打ちたまふ。死ぬべし。犬を流させたまひけるが、帰り参りたるとて、調じたまふ」と言ふ。お手洗いの掃除係である者が走って来て、「まあ、たいへん。犬を蔵人が二人でお打ちになっています。死んでしまうでしょう。(帝が)犬を島流しになさったのに、帰って参上したといって、こらしめていらっしゃいます」と言う。
10心憂のことや。翁丸なり。「忠隆、実房なんど打つ」と言へば、制しにやるほどに、からうじて鳴きやみ、「死にければ、陣の外に引き捨てつ」と言へば、あはれがりなどする夕つ方、なんといやなことだろう。(打たれているのは)翁丸だ。「忠隆や実房などが打っている」と言うので、止めに(人を)やるうちに、やっと鳴きやんで、「死んだので、陣の外に捨てた」と言うので、(みんなで)かわいそうがっていた夕方、
11いみじげに腫れ、あさましげなる犬の、わびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か。このごろかかる犬やはありく」と言ふに、「翁丸」と言へど、聞きも入れず。ひどく腫れあがって、見るもあわれなようすの犬で、みすぼらしいのが、ふるえながら歩きまわっているので、「翁丸か。このごろこんな犬が歩きまわっているだろうか(いや、いない)」と言って、「翁丸」とよぶけれど、聞き入れもしない。
12「それ」とも言ひ、「あらず」とも口々申せば、「右近ぞ見知りたる。呼べ」とて召せば、参りたり。「翁丸だ」とも言い、「ちがう」とも、(人々が)口々に申し上げるので、(中宮さまが)「右近が見知っている。呼びなさい」と言ってお呼びになると、(右近が)参上した。
13「これは翁丸か」と見せさせたまふ。(中宮さまは)「これは翁丸か」と(右近に犬を)お見せになる。
14「似てははべれど、これはゆゆしげにこそはべるめれ。また、『翁丸か』とだに言へば、喜びてまうで来るものを、呼べど寄り来ず。あらぬなめり。(右近は)「似てはおりますが、これは気味が悪いようすでございますようです。それに、『翁丸か』とさえ言えば、喜んでやって参りますのに、呼んでも寄って来ません。(翁丸では)ないようです。
15それは、打ち殺して捨てはべりぬとこそ申しつれ。二人して打たむには、はべりなむや」など申せば、心憂がらせたまふ。あれ(翁丸)は、打ち殺して捨てましたと(蔵人たちが)申しておりました。二人がかりで打ったとしたら、生きておりましょうか(いや、生きてはいないでしょう)」などと申し上げるので、(中宮さまは)つらくお思いになる。
16暗うなりて、物食はせたれど食はねば、あらぬものに言ひなしてやみぬる。暗くなって、食べ物を食べさせたけれど食べないので、(翁丸とは)ちがう犬だと決めてしまって、それきりになった(その翌朝)。
17つとめて、御けづり髪、御手水などまゐりて、御鏡を持たせさせたまひて御覧ずれば、さぶらふに、犬の柱もとにゐたるを見やりて、翌朝、(中宮さまの)御髪をとかすこと、手を洗う水などをお世話申し上げて、(中宮さまが、わたしに)鏡を持たせなさって(ご自分の姿を)ご覧になるので、(わたしが)おそばにお控えしていると、犬が柱の根もとに座っているのを見やって、
18「あはれ、昨日翁丸をいみじうも打ちしかな。死にけむこそあはれなれ。何の身にこのたびはなりぬらむ。いかにわびしき心地しけむ」とうち言ふに、(わたしが)「ああ、昨日翁丸をひどく打ったことよ。死んだというのはかわいそうだ。何に生まれ変わって、今ごろはなっているのだろう。(打たれたとき)どんなにつらい気持ちがしただろう」とつぶやくと、
19このゐたる犬のふるひわななきて、涙をただ落としに落とすに、いとあさまし。(すると)この座っていた犬が、ぶるぶるふるえて、涙をぼろぼろと流すので、とても驚いた。
20さは、翁丸にこそはありけれ。昨夜は隠れ忍びてあるなりけりと、あはれにそへて、をかしきことかぎりなし。それでは、(この犬は)翁丸だったのだなあ。昨夜は(正体を)かくして、がまんしていたのだったなあと、かわいそうなのに加えて、おもしろいことこの上ない。
21御鏡うち置きて、「さは、翁丸か」と言ふに、ひれ伏していみじう鳴く。御前にも、いみじう落ち笑はせたまふ。(わたしが)鏡を置いて、「それでは、翁丸なの」と言うと、(犬は)ひれ伏して、ひどく鳴く。中宮さまも、たいそうお笑いになる。
22右近の内侍召して、「かくなむ」と仰せらるれば、笑ひののしるを、上にも聞こしめして、渡りおはしましたり。(中宮さまが)右近の内侍をお呼びになって、「こういうことなのよ」とおっしゃるので、(人々が)大声で笑いさわぐのを、帝もお聞きになって、(中宮さまの所に)おいでになった。
23「あさましう、犬なども、かかる心ある者なりけり」と笑はせたまふ。上の女房なども聞きて、まゐり集まりて呼ぶにも、今ぞ立ち動く。(帝は)「驚いたことに、犬などにも、このような心があるものなのだなあ」とお笑いになる。帝づきの女房なども(このことを)聞いて、(中宮さまの所に)参上して集まって(翁丸の名を)よぶと、今度は立ち上がって動く。
24「なほこの顔などの腫れたる、物の手をせさせばや」と言へば、「つひにこれを言ひあらはしつること」など笑ふに、(わたしが)「やはりこの顔などが腫れているのを、手当てをさせたい」と言うと、(人々は)「とうとう(翁丸だと)ばらしてしまったこと」などと笑うので、
25忠隆聞きて、台盤所の方より、「まことにやはべらむ。かれ見はべらむ」と言ひたれば、「あなゆゆし。さらにさるものなし」と言はすれば、(これを)忠隆が聞いて、台盤所の方から、「本当でございましょうか。その犬を見ましょう」と言ったので、(わたしが)「まあ、縁起でもない。まったくそんな犬はいません」と(人に)言わせると、
26「さりとも、見つくるをりもはべらむ。さのみもえ隠させたまはじ」と言ふ。(忠隆は)「そうはいっても、見つけるときもございましょう。そういつまでもお隠しになることはできないでしょう」と言う。
27さて、かしこまりゆるされて、もとのやうになりにき。そうして、(翁丸は)おしかりを許されて、もとのように(宮中で暮らすように)なった。
28なほあはれがられて、ふるひ鳴き出でたりしこそ、世に知らずをかしくあはれなりしか。人などこそ、人に言はれて泣きなどはすれ。それにしても、(人々に)かわいそうがられて、ふるえて鳴き出したときのことは、このうえなくおもしろく、しみじみと心を打たれるものだった。人間などなら、人に(なぐさめの言葉を)言われて泣いたりはするけれど(犬がそうするとは)。