桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの意味と読み方・由来|史記・李将軍列伝の原文・書き下し文・現代語訳、成蹊の由来をイラストで【故事成語】

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの意味と読み方・由来|史記・李将軍列伝の原文・書き下し文・現代語訳、成蹊の由来をイラストで【故事成語】

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桃李言わざれども下自ずから蹊を成すとうりものいわざれどもしたおのずからみちをなす

ひとことで言うと

徳のある人のもとには、何も言わなくても、自然に人が集まってくること。桃や李の木の下には、実を取りに来る人で自然に小道ができることから。

読み方とうりものいわざれどもしたおのずからみちをなす
意味徳のある人のもとには、本人が何も言わなくても、その人をしたって自然に人が集まってくるということ。
出典『史記』李将軍列伝・太史公曰「諺曰、桃李不言、下自成蹊」
お話前漢の将軍・李広。口べただったが、部下を大切にし、亡くなると天下の人がみな悲しんだ
似た言葉徳は孤ならず必ず隣あり・不言実行・人望が厚い
反対の言葉巧言令色・口先だけ(反対に近い言葉)
漢文の句法否定(不言)・逆接(雖・ざれども)・不可能(能はず)

このページのポイント

  • 徳のある人のもとには、何も言わなくても自然に人が集まること。「桃李成蹊」とも言います
  • もとは『史記』李将軍列伝。司馬遷が、口べたでも人にしたわれた将軍・李広を、このことわざで表しました
  • 長い読み方の区切り、「ざれども」の逆接、成蹊の名の由来、入試での出方まで分かります

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」の意味と読み方

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」はとうりものいわざれどもしたおのずからみちをなすと読みます。意味は「徳のある人のもとには、本人が何も言わなくても、その人をしたって自然に人が集まってくる」ということです。

「桃李(とうり)」は、桃(もも)と李(すもも)の木のことです。桃や李は、きれいな花をさかせ、おいしい実をつけます。木は何も言いませんが、花を見たり実を取ったりしようと人が集まり、木の下には自然に「蹊(こみち)」ができます。そのように、人がらのすぐれた人は、自分から宣伝しなくても、自然に人をひきつける、というたとえです。短く「桃李成蹊(とうりせいけい)」とも言います。

何をたとえているの?言葉の中ではたとえているもの桃李(とうり)桃とすももの木徳のある人人がらのよい人言わざれども何も言わないけれど自分で宣伝しない呼びかけもしない下に蹊を成す木の下に小道ができる人が自然に集まるみんながしたって来る「蹊(けい)」は、人が通ってできた小道のこと
桃李は徳のある人、木の下の道は人が自然に集まることのたとえです
サクラちゃん

サクラちゃん

長い言葉ですね! これって、だれのことを言っているんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

中国の前漢の将軍、李広(りこう)のことだよ。『史記』を書いた司馬遷(しばせん)が、李広の伝記(李将軍列伝)の最後に、「ことわざに『桃李言わざれども下自ずから蹊を成す』とある」と書いたのが出典なんだ。つまり、もとは司馬遷の時代にすでにあったことわざで、司馬遷がそれを李広の人がらにあてはめたんだね。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○あの先生は口数が少ないが、いつも生徒が集まってくる。桃李言わざれども下自ずから蹊を成すだ。
  • ○広告をほとんど出していないのに、客が絶えない店がある。まさに桃李成蹊だ。
  • ○キャプテンはえらそうに指図しないのに、みんなが自然とついていく。桃李言わざれども下自ずから蹊を成すとはこのことだ。

「桃」は「桃」の読み方・書き順・部首、「徳」は「徳」の読み方・書き順・部首、「慕」は「慕」の読み方・書き順・部首で、書き順と読み方を確かめておきましょう(「李」「蹊」は常用漢字ではありません)。

絵で読む「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」のお話

お話の舞台は、今から2100年ほど前の前漢の中国です。北の遊牧民・匈奴(きょうど)と戦い続けた将軍、李広の一生が、『史記』李将軍列伝に書かれています。4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」(李広の4こま)

1石を虎と思って射る虎だ!えいっ矢が石にうまっている!李広虎に見えた石
1前漢の将軍・李広(りこう)は、弓の名人でした。かりに出たとき、草の中の石を虎だと思って射ると、矢じりが石の中にうまってしまいました。
2「漢の飛将軍」李漢の飛将軍だ!近づくな!李広匈奴の兵
2北の匈奴(きょうど)は李広の強さをおそれ、「漢の飛将軍」と呼んで、李広が守る土地には何年も攻めこもうとしませんでした。
3水は兵が先みなが飲み終えてからだ将軍もどうぞ!李広兵たち
3李広は部下を大切にしました。水が足りないときは、兵がみな飲み終えるまで水に近づかず、食べ物も兵が先でした。
4木の下に、自然に道が(何も言わない)桃李言わざれども下自ずから蹊を成す
4李広は口べたで、話はうまくありませんでした。それでも、亡くなった日には、天下の人がみな悲しみました。司馬遷はそれを「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」ということわざで表しました。

1こま目と2こま目は、李広の強さを表す話です。3こま目は、李広の人がらを表す話。ほうびをもらうとすぐ部下に分け、水や食べ物も兵を先にしたので、兵たちは李広のために喜んで働いたと書かれています。4こま目の桃と李の木は「たとえ」の場面です。李広は口べたでしたが、その人がらにひかれて、人が自然と集まってきたのです。

李広(りこう)はこんな人弓の名人石を虎と思って射ると矢が石にうまった「漢の飛将軍」匈奴と七十あまりの戦い敵がおそれて近づかない部下を大切にほうびは部下に分け水や食べ物は兵が先口べた話はうまくないでも人がしたって集まる亡くなった日、知る人も知らない人も悲しんだ
強いのに、えらぶらない。口べたなのに、人がしたって集まる。それが李広でした
人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

ここで大事なのは、李広が「口べた」だったという点だ。うまいことを言って人を集めたんじゃない。ふだんの行いで、人の心をつかんだ。だから「言わざれども」なんだね。

しかし、李広の一生は、ほうびの面では恵まれませんでした。若いころ、文帝に「惜しいことだ。おまえは時代に恵まれなかった。高祖(劉邦)の時代なら、大きな領地をもらう侯になれただろうに」と言われたほどの腕前でしたが、何度戦っても運が悪く、最後まで侯にはなれませんでした。年老いて出た最後の遠征では、道に迷って戦いに間に合わず、その責任を負って世を去ります。それを聞いた兵たちはみな泣き、知る人も知らない人も、みな涙を流したといいます。

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」の原文・書き下し文・現代語訳

この言葉は、『史記』李将軍列伝の最後にある、司馬遷の評「太史公曰く」の中に出てきます。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(『史記』李将軍列伝・太史公曰)伝曰、其身正、不令而行。其身不正、雖令不従。其李将軍之謂也。余睹李将軍悛悛如鄙人、口不能道辞。及死之日、天下知与不知、皆為尽哀。彼其忠実心誠信於士大夫也。諺曰、桃李不言、下自成蹊。此言雖小、可以諭大也。

1文目:上に立つ人が正しければ

書き下し文其その身み正ただしければ、令れいせずして行おこなはる。

(『史記』李将軍列伝(『論語』子路篇の引用))

現代語訳上に立つ人の行いが正しければ、命令しなくても、人々は従って行う。

ここがポイント司馬遷は、まず「伝に曰く」として『論語』子路篇の孔子の言葉を引いています。「行はる」は「行われる」で、送り仮名で受け身を表しています。受け身の読み方は受身の句法(見・被・為〜所〜)でまとめています。

2文目:正しくなければ、命令しても従われない

書き下し文其その身み正ただしからざれば、令れいすと雖いへども従したがはれず。

(『史記』李将軍列伝(『論語』子路篇の引用))

現代語訳上に立つ人の行いが正しくなければ、命令しても、人々は従わない。

ここがポイント「雖も(いえども)」は「〜だけれども・〜しても」という逆接の字で、逆接の句法(雖・然・而・則)でくわしく説明しています。司馬遷は、この言葉は「其れ李将軍の謂ひか(李将軍のことを言っているのだろう)」と続けます。

3文目:李広は口べただった

書き下し文余よ李り将しやう軍ぐんを睹みるに、悛しゆん悛しゆんとして鄙ひ人じんのごとく、口くち辞じを道いふ能あたはず。

(『史記』李将軍列伝・太史公曰)

現代語訳わたしが李将軍を見たところ、つつしみ深く、いなかの人のように素朴で、口ではうまく話すことができなかった。

ここがポイント「余」は司馬遷自身。司馬遷は、李広を実際に見たことがあると書いています。「能はず(あたわず)」は「〜できない」という不可能の形で、可能の句法(可・能・得・足)で練習できます。

4文目:亡くなった日、天下の人が悲しんだ

書き下し文死しするの日ひに及および、天てん下か知しると知しらざると、皆みな為ために哀かなしみを尽つくす。

(『史記』李将軍列伝・太史公曰)

現代語訳(李広が)亡くなった日には、天下の人は、李広を知る人も知らない人も、みな李広のために深く悲しんだ。

ここがポイント「知ると知らざると」は「知っている人も、知らない人も」。「為に(ために)」は「そのために・その人のために」で、「為」のいろいろな読み方は「為」の読みと用法(なす・なる・ために)へ。

5文目:ことわざに言う、桃李は言わないけれど

書き下し文桃たう李り言ものいはざれども、下した自おのづから蹊みちを成なす。

(『史記』李将軍列伝・太史公曰(諺))

現代語訳桃や李の木は何も言わないけれど、(花や実にひかれて人が集まるので)その下には自然に小道ができる。

ここがポイントここが「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」のもとの文です。「不〜(ざれども)」は、打ち消しの「ず」の已然形「ざれ」に「ども」がついた逆接の形で、「〜しないけれども」。打ち消しの字は否定の句法(不・無・非・莫・弗)にまとめています。

6文目:小さな言葉だが、大きなことを教える

書き下し文此この言げん小せうなりと雖いへども、以もつて大だいを諭さとすべし。

(『史記』李将軍列伝・太史公曰)

現代語訳このことわざは小さなことを言っているようだが、大きな道理を教えることができる。

ここがポイント「可以〜(以て〜べし)」は「〜することができる」。文の終わりの「也」は、ここでは読まない置き字として扱っています。
原文で覚える句法4つ不言言はざれども言わないけれど否定+逆接雖令令すと雖も命令しても逆接(雖)不能道道ふ能はず言うことができない不可能可以諭以て諭すべしさとすことができる可能(可以)
「桃李言わざれども」の原文には、否定・逆接・不可能・可能の句法が入っています

原典(『史記』李将軍列伝)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『史記』李将軍列伝の本文では、次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『史記』李将軍列伝・太史公曰余睹李將軍悛悛如鄙人,口不能道辭。及死之日,天下知與不知,皆爲盡哀。彼其忠實心誠信於士大夫也?諺曰「桃李不言,下自成蹊」。此言雖小,可以諭大也。
  • 「諺曰」:「ことわざに言う」。司馬遷の時代に、すでにことわざとして知られていたことが分かります。
  • 「彼其忠實心誠信於士大夫也」:「李広のまごころが、人々に信じられていたからだろう」。人が集まった理由を、司馬遷はこう説明しています。
  • 「將」「辭」「與」「爲」「盡」:昔の字体(旧字体)です。今の字では「将」「辞」「与」「為」「尽」です。

李広の本文から:石に立つ矢

1こま目の話は、同じ列伝の本文に次のように書かれています。

『史記』李将軍列伝(一部)廣出獵,見草中石,以爲虎而射之,中石沒鏃,視之石也。因復更射之,終不能復入石矣。

「石を虎だと思って射ると、矢じりがうまるほど石にささった。石だと分かってからもう一度射たが、二度とささらなかった」という話です。日本のことわざ「石に立つ矢(一心にやれば、どんなことでもできる)」は、この李広の話や、似た話(楚の熊渠子の話)がもとだとされます(どちらとするかは諸説あります)。

うかるくん

うかるくん

司馬遷は、どうしてこんなに李広をほめているんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

一つには、司馬遷が実際に李広を見て、その人がらにひかれたからだろうね。それから、李広の孫の李陵(りりょう)は、匈奴に降伏してしまった将軍で、司馬遷はその李陵をかばったために重い罰を受けている。そうした思いも、この温かい評にこめられていると言われているよ(これは後の人の見方の一つだ)。

出典『史記』李将軍列伝と話の背景

『史記』は、前漢の司馬遷が書いた歴史書です。人物ごとの伝記を「列伝」として並べ、それぞれの巻の最後に「太史公曰く」として、司馬遷自身の評を書いています。この言葉も、その「太史公曰く」の中のことわざです。

匈奴と漢の戦い

前漢の北には、馬に乗って移動しながら暮らす遊牧民・匈奴(きょうど)がいて、たびたび漢の国境をおびやかしていました。秋になって馬が肥えると、匈奴が攻めてくるので用心した――という話は「天高く馬肥ゆ(匈奴への警戒)の意味と由来」のもとにもなっています。李広は、文帝・景帝・武帝の三代にわたって、この匈奴と戦い続けました。本人の言葉によれば、若いころから大小七十あまりの戦いをしたといいます。

「桃李」と教え子

「桃李」という言葉は、のちに「自分が育てた弟子・推薦した人」という意味でも使われるようになりました。唐の時代の名臣・狄仁傑(てきじんけつ)がすぐれた人を次々に推薦したので、「天下の桃李はみな狄公の門にある」と言われた、という話が知られています。「桃李満天下(教え子が世の中のあちこちで活躍している)」という言い方もあります。

成蹊学園の名前の由来

東京の成蹊大学・成蹊中学校・高等学校などの「成蹊(せいけい)」という名前は、この言葉の「下自ずから蹊を成す」から取られたと、学校が説明しています。大阪成蹊女子高等学校なども、同じ言葉を名前の由来としています。徳のある人のもとに自然に人が集まるように、という願いがこめられているのです。

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」の使い方と例文・似た言葉

この言葉は、人がらのよい人、すぐれた人のまわりに、自然に人が集まってくるようすをほめるときに使います。人だけでなく、宣伝しなくても客が集まる店や、だまっていても評判が広がるよい作品などにも使えます。長いので、文章では「桃李成蹊」「桃李もの言わざれども」と短くすることもあります。

区切って読んでみよう桃李とうり「ももすもも」ではない言わざれどもものいわざれども「いわざれども」とも下した(桃や李の)木の下自ずからおのずから自然に蹊を成すみちをなす「けい」は音読み※読み方は辞書によって少しちがいます
長い言葉は、区切って読むと覚えやすくなります
  • ○祖父は自分の功績を語らない人だったが、葬儀には大勢の人が来た。桃李言わざれども下自ずから蹊を成すだ。
  • ○口数は少ないが、だれにでも親切な先輩の席には、自然と後輩が集まる。桃李成蹊である。
  • ○宣伝より、まずよい品物を作ることだ。桃李もの言わざれども下自ずから蹊を成すというではないか。
  • ×彼は毎日SNSで自分の活躍を発信して、ファンを集めている。桃李言わざれども下自ずから蹊を成すだ。(自分で宣伝していては「言わざれども」にならない)
  • ×桃の木の下は通りやすい。桃李言わざれども下自ずから蹊を成す。(木や道そのものの話ではなく、人のたとえ)

似た言葉

  • 徳は孤ならず必ず隣あり:徳のある人は、ひとりぼっちにならず、必ず理解してくれる仲間ができる(『論語』里仁篇)。
  • 不言実行(ふげんじっこう)の意味:あれこれ言わず、だまって行うこと。「言わざれども」の部分が似ています。
  • 人望が厚い:多くの人から信頼され、したわれていること。

反対に近い言葉

  • 巧言令色鮮なし仁(論語)の意味と由来:口がうまく、顔つきをとりつくろう人には、まごころが少ない。言葉で人をひきつけようとする点が、李広とは正反対です。
  • 口先だけ・看板倒れ:言うことや見かけはりっぱだが、中身がともなわないこと。
桃李言わざれども下自ずから蹊を成す似た言葉徳は孤ならず必ず隣あり不言実行人望が厚い反対に近い言葉巧言令色鮮なし仁口先だけ看板倒れ
似た言葉と、反対に近い言葉

英語では、"Good wine needs no bush."(よいぶどう酒に看板はいらない=よい物は宣伝しなくても人が集まる)が近い意味のことわざとして紹介されます。人について言うなら、"A person of virtue attracts others without saying a word."(徳のある人は、一言も言わずに人をひきつける)のように訳せます。

受験勉強への生かし方

勉強ができる人のまわりに人が集まるのは、成績がいいからだけではありません。質問にていねいに答える、ノートを見せてあげる、だまってこつこつ努力している――そんなふだんの行いが、人をひきつけます。受験は一人で戦うものに見えますが、自然に人が集まる人は、教え合いの中で自分の力ものびていきます。勉強仲間との上手なつきあい方は受験の格言「予備校や塾で友達を作るな」の本当の意味と勉強仲間とのつきあい方で紹介しています。

また、李広のように「言わずに、行う」ことは、受験勉強でもいちばんの力になります。「今日は○時間やる」と宣言するより、毎日だまって続けることが大切です。続けることの大切さは「継続は力なり」の意味と由来(受験勉強を続けるコツ)でくわしく書いています。

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」のよくあるまちがい

  • 「桃李」を「ももすもも」と読む:この言葉では音読みで「とうり」と読みます。
  • 「蹊」を「けい」とだけ読む・「渓」と書く:言葉の中では「みち」と読みます(字の音読みは「けい」)。「渓(たに)」はさんずいの別の字です。「蹊」は足へんで、人が歩いてできた道のことです。
  • 「言わざれども」を「言わなければ」と訳す:「ざれども」は「〜しないけれども」という逆接です。「ざれば(〜しなければ)」とまちがえないようにしましょう。
  • 自分のことをほめるのに使う:「わたしは桃李言わざれどもで、人が集まってくる」と自分で言うと、言葉の意味(自分では言わない)と食いちがってしまいます。ふつうは他人をほめるときに使います。
  • 「李下に冠を正さず」とまぜる:同じ「李(すもも)」が出てきますが、「李下に冠を正さず」は「疑われるような行いはしない」という、まったく別の意味です。
うかるくん

うかるくん

「ざれども」と「ざれば」、どっちがどっちか分からなくなります……。

ミスターT先生

ミスターT先生

「ども」は「けれども」の「ども」だと覚えよう。「ざれども」=しないけれども(逆接)、「ざれば」=しなければ(仮定)だ。「桃李言わざれども」は「木は何も言わないけれども、道ができる」。ほら、「けれども」で自然につながるだろう?

入試ではこう出る

「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」は、高校受験・大学受験で出てくる故事成語です。

  • 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題のほか、漢文の資料として「桃李不言、下自成蹊」に返り点をつけたり、書き下し文に直したりする問題が出ることがあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『史記』の文章で、「不言(言はざれども)」の逆接の読み、「雖令不従」の訳、「口不能道辞」の不可能の形が問われることがあります。「桃李」が何をたとえているかを説明させる問題もあります。
  • 中学受験:ことわざ・故事成語の問題集にのっていることはありますが、出る語としては多くありません。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「桃李=徳のある人」「蹊=人が集まってできた道」。たとえの対応を答えられるようにしておけば、説明問題もこわくないですね!

練習問題

やさしい

  1. 「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 桃や李の木の下は、通りやすい道になる イ 徳のある人のもとには、何も言わなくても自然に人が集まる ウ 疑われるような行いはしないほうがよい エ 口がうまい人には、まごころが少ない
    答えと解説を見るイ。ウは「李下に冠を正さず」、エは「巧言令色鮮なし仁」の意味です。
  2. 「桃李」は、何と何の木のことですか。
    答えと解説を見る桃(もも)と李(すもも)の木です。

ふつう

  1. 「桃李不言、下自成蹊。」を書き下し文に直しましょう。
    答えと解説を見る桃李言はざれども、下自ら蹊を成す。(現代の表記では「桃李言わざれども、下自ずから蹊を成す」)
  2. この言葉の出典の書名と、司馬遷がこの言葉で表した人物の名前を答えましょう。
    答えと解説を見る書名は『史記』(李将軍列伝)、人物は前漢の将軍李広です。

むずかしい

  1. 「其身不正、雖令不従。」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る其の身正しからざれば、令すと雖も従はれず。訳:上に立つ人の行いが正しくなければ、命令しても人々は従わない。
  2. 司馬遷が李広を「桃李」にたとえた理由を、本文の内容をふまえて説明しましょう。
    答えと解説を見る李広は口べたで、自分をよく見せる言葉を持たなかったが、部下を大切にするまごころが人々に信じられていたので、亡くなったときには知る人も知らない人もみな悲しんだ。何も言わない桃や李の木の下に、自然に人が集まって道ができるのと同じだと考えたからです。

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よくある質問

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すとはどういう意味ですか?

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すとは、徳のある人のもとには、本人が何も言わなくても、その人をしたって自然に人が集まってくるという意味です。桃や李の木の下には、実を取りに来る人で自然に小道ができることから生まれました。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの読み方は?

「とうりものいわざれどもしたおのずからみちをなす」と読みます。「言わざれども」は「いわざれども」と読むこともあります。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの由来・出典は何ですか?

『史記』李将軍列伝の最後の「太史公曰く」が出典です。司馬遷が、口べただったのに人々にしたわれた前漢の将軍・李広を、当時のことわざ「桃李不言、下自成蹊」で表しました。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの原文と書き下し文は?

原文は「桃李不言、下自成蹊」で、書き下し文は「桃李言はざれども、下自ら蹊を成す」です。前には「余睹李将軍悛悛如鄙人、口不能道辞」などの文があります。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの例文を教えてください。

「あの先生は口数が少ないが、いつも生徒が集まってくる。桃李言わざれども下自ずから蹊を成すだ」のように、他人の人がらをほめるときに使います。

「桃李成蹊」とは何ですか?

「桃李成蹊(とうりせいけい)」は、「桃李言わざれども下自ずから蹊を成す」を4字に短くした言い方です。成蹊大学などの「成蹊」という名前も、この言葉から取られたと学校が説明しています。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すの似た言葉・反対の言葉は?

似た言葉は「徳は孤ならず必ず隣あり」「不言実行」「人望が厚い」などです。反対に近い言葉には、口のうまさで人をひきつける「巧言令色鮮なし仁」があります。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すは英語で何と言いますか?

近い意味の英語のことわざに "Good wine needs no bush."(よいぶどう酒に看板はいらない)があります。人について言うなら "A person of virtue attracts others without saying a word." のように訳せます。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すはビジネスで使えますか?

はい、使えます。人がらで部下や客に信頼される上司や、宣伝しなくても評判で客が集まる店や商品をほめるときに使われます。自分のことには使わないのがふつうです。

桃李言わざれども下自ずから蹊を成すは入試でどう出ますか?

高校受験では意味の問題や「桃李不言、下自成蹊」の返り点・書き下しが出ることがあります。大学受験では『史記』の文章で、「ざれども」の逆接や「能はず」の不可能の訳、「桃李」が何をたとえるかの説明が問われます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『史記』李将軍列伝(本文と太史公曰、維基文庫の本文で確認)
  • 成蹊の名の由来:成蹊学園・大阪成蹊女子高等学校の学校の説明による
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦