ウマル・ハイヤームは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|3次方程式・ジャラーリー暦・ルバイヤート

ウマル・ハイヤームは何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|3次方程式・ジャラーリー暦・ルバイヤート

有名な数学者一覧 › 中世(インド・アラビア・中国) › ペルシャ

高校受験大学受験

ウマル・ハイヤームOmar Khayyam

ひとことで言うと

11〜12世紀のペルシャで、3次方程式を放物線と円の交点で解き、正確なジャラーリー暦にかかわり、四行詩集『ルバイヤート』の作者とされる数学者・天文学者・詩人。

名前ウマル・ハイヤーム(オマル・ハイヤーム、Omar Khayyam)
生没年1048年5月18日〜1131年12月4日(83歳)
国ペルシャ(今のイラン。ニーシャープールで生まれ、イスファハーンで天文台長)
分野代数・幾何・天文学・暦・哲学・詩
主な業績3次方程式の分類と円錐曲線による解法、『代数学の問題の証明についての論文』(1070年ごろ)、ジャラーリー暦(1079年)、平行線の公理の研究、『ルバイヤート』
名前がつくものハイヤームの三角形(イランでのパスカルの三角形の呼び名)・ハイヤームの四辺形・月のクレーター
よばれ方天幕づくり(ハイヤームの意味)・ペルシャの数学者・詩人

このページのポイント

  • 3次方程式を25種類に分類し、放物線・円などの円錐曲線の交点から解を求めた。たとえば x3+4x=16x^3+4x=16 は放物線 x2=2yx^2=2y と円 x2+y2=4xx^2+y^2=4x の交点 (2,2)(2,2) から x=2x=2
  • 1079年のジャラーリー暦の改革にかかわった。1年を約365.2422日と測り、33年に8回うるう年を入れる形で説明される(平均約365.2424日)
  • 平行線の公理を研究したハイヤームの四辺形、ハイヤームの三角形(パスカルの三角形)、四行詩集『ルバイヤート』(本人の作は120編ほどとされる)

ウマル・ハイヤームは何をした人?(業績をひとことで)

ウマル・ハイヤーム(オマル・ハイヤーム、Omar Khayyam)は、11〜12世紀のペルシャ(今のイラン)の数学者・天文学者・詩人です。1048年に生まれ、1131年に亡くなりました。数学では、3次方程式を円錐曲線(放物線・円など)の交わりで解く方法を示し、方程式を分類しました。天文学では、ジャラーリー暦という正確な暦の改革にかかわり、詩人としては、四行詩集『ルバイヤート』の作者として世界的に有名です。

「ハイヤーム」は「天幕(テント)づくり」という意味のあだ名で、家の仕事に由来するとされます。ハイヤームは、数学・天文学・哲学・医学など、当時のあらゆる学問に通じた人でした。3次方程式の研究では、答えを「長さ」として図形の交点で示しましたが、数だけの解き方(公式)は見つけられませんでした。それを見つけたのは、約400年後のイタリアのタルタリア(3次方程式の解法)とカルダノ(『アルス・マグナ』)です。

受験生にとってのハイヤームは、「3次方程式と図形(放物線・円)」「二項定理とパスカルの三角形」「暦(うるう年の決め方)」の人です。高校の2次曲線(放物線・円・楕円・双曲線)や二項定理の使い方、円の方程式の勉強の先に、ハイヤームの仕事があります。

うかるくん

うかるくん

詩人でもあるんですか? 数学者と詩人って、ぜんぜんちがう気がします……。

合格先生

合格先生

そうでもないよ。数学も詩も、少ない言葉で本質をとらえるところが似ているんだ。ハイヤームは、数学の本も詩も、とても短く美しく書いた。ただ、詩のどれが本人の作かは、実ははっきりしないんだけどね。

ウマル・ハイヤームの生涯と年表

ニーシャープールに生まれる

ハイヤームは、1048年5月18日、ペルシャ北東部の都市ニーシャープール(今のイラン北東部)で生まれました。当時はセルジューク朝の時代で、イスラム世界の学問がさかえていました。ハイヤームは、ニーシャープールやバルフ(今のアフガニスタン北部)で、数学・天文学・哲学・法学・医学などを学びました。

サマルカンドで『代数学』を書く

1070年、22歳ごろのハイヤームは中央アジアの都市サマルカンドへ移り、首席裁判官アブー・ターヒルの保護のもとで研究しました。ここで書いたのが、『代数学の問題の証明についての論文』です。1070年ごろに書かれたとされ、3次方程式を分類し、円錐曲線の交わりで解く方法をまとめた、数学史に残る名著です。

イスファハーンの天文台と暦の改革

セルジューク朝の王マリク・シャーは、ハイヤームの評判を聞き、新しい都イスファハーンに招きました。そこで天文台の責任者となり、約18年間、星の観測と暦の研究をしました。この仕事のなかで、1079年にジャラーリー暦がつくられました。マリク・シャーの称号「ジャラール・アッディーン」にちなむ名前です。

晩年とニーシャープール

1092年にマリク・シャーが亡くなると、ハイヤームを支えた保護者が失われ、天文台の仕事もおとろえたとされます。その後、メッカへの巡礼にも出て、のちに故郷のニーシャープールにもどり、1131年12月4日に亡くなりました。ハイヤームの墓は今もニーシャープールにあり、多くの人が訪れます。

年できごと
1048年5月18日、ペルシャのニーシャープールで生まれる
1070年ごろサマルカンドで『代数学の問題の証明についての論文』を書く
1074年ごろマリク・シャーに招かれ、イスファハーンの天文台の責任者になる(年ははっきりしない)
1077年ごろ『ユークリッドの公準の難問の解説』で平行線の公理を研究
1079年ジャラーリー暦がつくられる。ハイヤームがかかわったとされる
1092年マリク・シャーが亡くなり、天文台の仕事がおとろえる
11〜12世紀ハイヤームの作とされる四行詩(ルバーイー)が伝わる(本人の作かは諸説あり)
1131年12月4日、ニーシャープールで亡くなる(83歳)
1545年カルダノが『アルス・マグナ』で3次方程式の解の公式を発表
1859年フィッツジェラルドの英訳『ルバイヤート』が出版される
1925年ジャラーリー暦をもとにしたイランの太陽暦が、法律で定められる

ウマル・ハイヤームの主な業績をやさしく解説

業績1 3次方程式を円錐曲線で解いた

ハイヤームは、3次方程式を本格的に研究した最初の一人です。2次方程式なら公式で解けますが、3次方程式は、当時だれも公式を知りませんでした。ハイヤームは、答えを「長さ」として図形から求める方法を考えました。2つの円錐曲線(放物線・円・双曲線など)をかき、その交点から答えを読みとるのです。

3次方程式を放物線と円で解く(2, 2)x=2放物線円x³+4x=16放物線 x²=2y円 x²+y²=4x交点のx座標が解 x=2代数の問題を図形の交わりで解く
放物線x²=2yと円x²+y²=4xの交点(2,2)のx座標が、3次方程式x³+4x=16の解になる

たとえば x3+4x=16x^3+4x=16 を解くには、放物線 x2=2yx^2=2y と、円 x2+y2=4xx^2+y^2=4x をかきます。放物線の式を円の式にあてはめると、x2+x44=4xx^2+\dfrac{x^4}{4}=4x、この式を4倍して整理すると x(x3+4x−16)=0x\left(x^3+4x-16\right)=0 となります。これは、まさに3次方程式 x3+4x=16x^3+4x=16 そのものです。そのため、2つの曲線の交点(原点以外)の xx 座標が、3次方程式の解になります。図で見ると、交点は (2,2)(2,2) で、x=2x=2 が解です。実際、23+4×2=8+8=162^3+4\times2=8+8=16 となって、正しく成り立ちます。

ハイヤームは、3次方程式を25種類(1次・2次・3次をふくむ)に分類し、それぞれに合う円錐曲線の組みあわせを示しました。当時は負の数を使わなかったので、たとえば x3+ax=bx^3+ax=b と x3=ax+bx^3=ax+b は別の型として分けて考えます。ハイヤームは、この種の3次方程式が定規とコンパスだけでは解けないことも述べています(のちに証明されました)。放物線はアポロニウス(円錐曲線の研究)が本にまとめていたもので、アルキメデスも3次方程式に関係する問題を考えていました。ハイヤームは、古代ギリシャの円錐曲線の知識を使って、イスラム世界で3次方程式を解いたのです。座標を使って同じことをするデカルトの解析幾何学は、約600年後のことです。

業績2 ジャラーリー暦(正確な太陽暦)

ハイヤームは、王の命令で暦を改める8人の学者チームの一員でした。1079年につくられたジャラーリー暦では、1年の長さがとても正確に測られ、ハイヤームは約365.2422日と測ったとされます。うるう年の入れ方は、のちの説明では33年に8回とされることが多く、その場合の1年の平均は、365+833≈365.2424365+\dfrac{8}{33}\approx 365.2424 日になります(図2)。

ジャラーリー暦:33年に8回うるう年123456789101112131415161718192021222324252627282930313233365×33+8=12053日12053÷33 = 365.2424…日(1年の平均)赤い年がうるう年(今のイランの暦の33年周期の目安)
33年に8回うるう年を入れる33年周期。1年の平均は365.2424日で、実際の1年(約365.2422日)にとても近い

実際の地球の公転の周期(1年)は約365.2422日です。いまのグレゴリオ暦は、400年に97回うるう年を入れて、1年の平均を365.2425日にしています。33年周期で考えた365.2424日も、それとほとんど同じで、実際の1年にとても近い値です。これだけ正確な暦が11世紀に作られていたことに、おどろきます。いまのイランやアフガニスタンで使われている太陽ヒジュラ暦は、このジャラーリー暦の考え方を受けついでいます。春分の日に新年(ノウルーズ)を始めるのも、この暦の特長です。

ただし、ジャラーリー暦のうるう年の決め方の細かいところは、時代や資料によって説明が少しずつちがい、ハイヤーム本人がどこまで決めたのかも、はっきりしないところがあります。

業績3 平行線の公理の研究(ハイヤームの四辺形)

ユークリッドの『原論』には、「平行線の公理(第5公準)」という、少し複雑な仮定があります。多くの数学者が「これは証明できるのでは?」と考えました。ハイヤームも、『ユークリッドの公準の難問の解説』で、この問題に挑みました。

ハイヤームの四辺形(上の角はどうなる?)底辺 AB上辺 DC直角長方形底辺 AB上辺 DC鋭角上辺が長い底辺 AB上辺 DC鈍角上辺が短い底辺の両はしに同じ長さの垂線を立てた四辺形
底辺の両はしに同じ長さの垂線を立てた四辺形。上辺の2つの角が直角か、鋭角か、鈍角かを調べる

ハイヤームは、底辺の両はしから同じ長さの垂線を立てて、できる四辺形(のちにサッケーリの四辺形ともよばれます)を考え、上の2つの角が直角になることを、平行線の公理なしに示そうとしました。「鋭角」や「鈍角」になる場合がありえないことを示そうとしたのです。結局、完全な証明にはなりませんでしたが、「鋭角でも矛盾が出ない世界」が、のちの非ユークリッド幾何学につながっていきました。ヨーロッパでこの研究を深めたのは、ロバチェフスキーやガウスの業績と生涯の時代です。

業績4 二項定理とパスカルの三角形

(a+b)n(a+b)^n を展開したときの係数は、パスカルの三角形とよばれる三角形にならびます。となりあう2つの数を足すと、下の数になるのが特徴です。この三角形は、パスカルの三角形(パスカルの業績)にちなんでヨーロッパで有名になりましたが、じつはパスカルより約600年前に、ペルシャや中国、インドなどで知られていました。イランでは、この三角形を「ハイヤームの三角形」とよびます。

ハイヤームの三角形(パスカルの三角形)111121133114641151010511615201561赤い段は(a+b)⁵の係数となりの2数を足すと下の数二項定理の係数がならぶ三角形
パスカルの三角形(ハイヤームの三角形)の7段目まで。6段目の1・5・10・10・5・1は(a+b)の5乗の展開の係数

ハイヤームは、自分が nn 乗の累乗根を求める方法を見つけたと書き、その方法は、この三角形の係数を使った二項展開にもとづいていたとされます。ただし、その本は現存せず、ハイヤームがどこまで一般的に二項定理を知っていたのかは、意見が分かれています。確かなのは、イスラム世界で11世紀までに、すでにこの三角形がよく研究されていたことです(10〜11世紀のアル=カラジらの研究が知られます)。高校数学で習う二項定理(a+b)ⁿの展開)の元祖が、ここにあります。

業績5 数の概念をひろげる(比と実数)

ハイヤームは、ユークリッドの「比」の理論に疑問をもち、新しい形で整えなおしました。2つの量の比が等しいことの定義を、くりかえし割り算をしていく方法(連分数のような方法)で言いかえて、それが、ユークリッドの定義と同じになることを示したとされます。この考えは、どんな長さの比も「数」としてあつかってよいという方向への一歩でした。実数とはの考え方につながる大切な仕事です。

また、ハイヤームは「代数学と幾何学は、見かけがちがうだけで、同じものだ」という考えをもっていました。

ウマル・ハイヤームの名前がつく公式・定理・用語

ハイヤームの名前がついた公式は、教科書にはほとんど出てきませんが、つぎのものが数学の歴史で話題になります。

  • ハイヤームの3次方程式の解法:円錐曲線の交点で3次方程式を解く方法。→ 2次曲線(放物線・円・双曲線)
  • ハイヤームの三角形:パスカルの三角形のイランでの呼び名。→ 二項定理
  • ハイヤームの四辺形(ハイヤーム=サッケーリの四辺形):平行線の公理を調べるための四辺形。
  • ジャラーリー暦:1079年につくられた、とても正確な太陽暦。33年に8回うるう年を入れる形で説明されることが多い。→ 日暦算(曜日・暦の問題)(暦のしくみは、割り算と余りの考え方とつながります)
  • 『ルバイヤート』:四行詩集。ハイヤームの作とされる詩(ルバーイー)が収められる。
  • 月のクレーター「ハイヤーム」:ハイヤームの名前がつけられた月のクレーター。
指し棒で説明する合格先生

合格先生

ハイヤームの3次方程式の解き方は、代数と図形をつなぐ考え方なんだ。高校で習う「式をグラフにかいて、交点を調べる」という方法の、ずっと昔の姿だよ。

ウマル・ハイヤームの逸話と名言

詩人としてのハイヤームと『ルバイヤート』

『ルバイヤート』は、「ルバーイー」(四行詩)を集めた詩集で、「人生は短い、だから今を大切に」「酒と友と今日の一日」といった、人生のはかなさと楽しみをうたう詩が多く知られます。1859年にイギリスの詩人エドワード・フィッツジェラルドが英訳して出版し、世界中に広まりました。ただし、ハイヤーム本人の作品だと確実に言える詩は、120編ほどにすぎないとされます。のちの時代に、別の人の詩が「ハイヤームの詩」として加わっていったと考えられ、どの詩が本人の作かは、いまも議論が続いています。

代数学と幾何学は同じもの

ハイヤームは、『代数学の問題の証明についての論文』のなかで、代数についてつぎのような趣旨のことを書いたと伝えられます。

代数を「未知数を手に入れる技巧」だと思う者は、考えちがいをしている。代数と幾何学は見かけがちがうだけで、代数の問題はすべて、幾何学で証明される事実である。

ウマル・ハイヤーム(『代数学の問題の証明についての論文』(1070年ごろ)より。英訳(D. S. Kasir, 1931年)からの日本語訳。訳によって言いまわしは少しちがう)

「いつか誰かが数だけで解くだろう」

ハイヤームは、3次方程式を図形で解いたあと、「この種の方程式を、数の計算だけで解く方法は、まだ見つかっていない。後世の人が見つけるかもしれない」という趣旨のことも書いたと伝えられます。実際、約450年後の1540年代に、イタリアのデル・フェロ、タルタリア、カルダノによって、3次方程式の解の公式が見つかりました。ハイヤームの予想が、時間をかけて実現したことになります。

墓に散る花びら?

ハイヤームの墓については、「春に、ハイヤームの墓に果樹の花びらが散りかかるだろう」と、生前に話していたという話が伝わっています。弟子のひとりが、のちに墓を訪れると、本当に木の花びらが墓をおおっていた、という話ですが、確かな記録かどうかは分かりません。ハイヤームの人柄をしのぶ逸話として、今もよく語られます。

サクラちゃん

サクラちゃん

式を図形で解くなんて、デカルトの座標より600年も前なんですね。

合格先生

合格先生

そうなんだ。ただし、ハイヤームは座標を使っていない。図形の交点を「長さ」として答えにしたんだ。座標という道具があれば、もっと簡単だったかもしれないね。道具が新しいアイデアを生むこともあるんだ。

受験・勉強とウマル・ハイヤームのつながり

中学受験:うるう年・暦・年齢算

中学受験の算数では、暦の問題(「今日が月曜日なら100日後は何曜日か」)や、うるう年のきまりが出ます。うるう年は、4年に1回、ただし100で割り切れる年はうるう年にならず、400で割り切れる年はうるう年になる、というグレゴリオ暦のきまりです。ジャラーリー暦のように、「1年は365日より少し長い」ことへの対処は、日暦算(曜日・暦の問題)の基本です。

高校受験:二次関数のグラフと交点・式の展開

高校受験では、放物線 y=ax2y=ax^2 と直線の交点を求める問題が頻出です。連立方程式で交点を求めるのは、ハイヤームの「2つの曲線の交点から答えを読みとる」考え方と同じです。また、式の展開 (a+b)2(a+b)^2 や (a+b)3(a+b)^3 の係数は、パスカルの三角形(ハイヤームの三角形)の1・2・1、1・3・3・1です。

大学受験:2次曲線・二項定理・3次方程式

  • 数学C:2次曲線:放物線・円・楕円・双曲線の式と交点。→ 2次曲線のまとめ
  • 数学II・A:二項定理:(a+b)n(a+b)^n の展開、nCr_nC_r の使い方。→ 二項定理
  • 数学II:3次方程式:因数分解や解と係数の関係で解く。→ 解と係数の関係
  • 数学III:微分とグラフ:3次関数のグラフと xx 軸の交点の個数(解の個数)を調べる。

難関大では、「3次方程式の解が○個になる条件」などを、グラフの交点で考えさせる問題が出ます。京大理系数学の出題分析(3次関数・曲線の出方)も見ておくとよいでしょう。

勉強法として:式とグラフを行き来する

ハイヤームの方法の教えは、「式の問題を、図に直して考える」ことです。方程式 f(x)=g(x)f(x)=g(x) の解の個数は、2つのグラフの交点の数になります。式で行きづまったらグラフ、グラフで分からなければ式、と往復するくせをつけましょう。数学の勉強法は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)にくわしく書いています。数式で使う記号は数学でよく使う記号の意味一覧も読んでください。

ウマル・ハイヤームがその後の数学にあたえた影響

  • 3次方程式の解の公式:ハイヤームが「数だけで解けるか」と問いかけた3次方程式は、16世紀のイタリアで、タルタリアとカルダノらによって解かれました。
  • 代数と幾何の結びつき:ハイヤームの考え方は、デカルトの解析幾何学(座標)につながる流れの一つでした。デカルトが直接ハイヤームを読んだかは分かりません。
  • 非ユークリッド幾何学:平行線の公理の研究は、のちのロバチェフスキー・ガウスの業績と生涯らの研究の先ぶれとなりました。ヨーロッパの数学者サッケーリは、同じ四辺形を、約600年後に研究しました。
  • 代数学の伝統:フワーリズミーから始まるイスラム世界の代数学の、頂点の一つです。
  • 世界の詩集・暦:『ルバイヤート』は世界中の言葉に訳され、ジャラーリー暦の流れは、いまもイランやアフガニスタンの暦になっています。

ウマル・ハイヤームに挑戦!練習問題

やさしい

  1. ジャラーリー暦は33年に8回うるう年を入れるとします。33年間の日数の合計を求めなさい。
    答えと解説を見る365×33+8=12045+8=12053日。(1年の平均は 12053÷33=約365.2424日)
  2. x³+4x=16 に x=2 を代入して、等式が成り立つか確かめなさい。
    答えと解説を見る左辺=2³+4×2=8+8=16=右辺。成り立つので x=2 は解です。

ふつう

  1. 円 x²+y²=4x の中心の座標と半径を求めなさい。
    答えと解説を見るx²−4x+y²=0 を変形して (x−2)²+y²=4。中心は(2, 0)、半径は2。(原点を通る円)
  2. (a+b)⁵ を展開したとき、a²b³ の係数を、パスカルの三角形を使って求めなさい。
    答えと解説を見る(a+b)⁵ の係数は 1, 5, 10, 10, 5, 1(6段目)。a⁵, a⁴b, a³b², a²b³, ab⁴, b⁵ の順なので、a²b³ の係数は10。(₅C₃=10)

むずかしい

  1. 放物線 y=x²/2 と円 x²+y²=4x の交点のうち、原点以外の点を求めなさい。
    答えと解説を見るy=x²/2 を円の式に代入して x²+x⁴/4=4x。x(x³+4x−16)=0 より、x=0 または x³+4x−16=0。後者は x=2 が解(8+8−16=0)。x=2 のとき y=2。よって(2, 2)。
  2. 1年を365.2422日とします。33年に8回うるう年を入れる暦の平均365.2424…日(365+8/33)では、1年あたり約0.000224日ずれます。1日ずれるのは約何年後ですか。千の位までのがい数で。
    答えと解説を見る365+8/33=365.242424…。365.242424−365.2422=0.000224…。1日のずれには 1÷0.000224≒4464年。がい数にすると約4000年後(正確には約4400年後)。

ウマル・ハイヤームと関係する数学者

ハイヤームの時代、イスラム世界では、ギリシャやインドの数学がアラビア語に訳され、バグダッドなどの都市で研究が進んでいました。ハイヤームは、その大きな流れの中で、幾何学と代数学をつなぐ仕事をした人です。数学者・天文学者・詩人という3つの顔をもつ人物は、世界でも珍しい存在です。

数学の公式は算数・数学の公式一覧(公式辞典)、インドや中東の数の考え方はインド式かけ算のやり方一覧も読んでください。

中世(インド・アラビア・中国)の数学者

← 前の時代:フワーリズミーの業績と生涯 | 次の時代:バースカラ2世の業績と生涯 →

有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。

読みもの(合格大作戦の数学の記事)

よくある質問

ウマル・ハイヤームは何をした人ですか?

ウマル・ハイヤームは、11〜12世紀のペルシャ(今のイラン)の数学者・天文学者・詩人です。3次方程式を円錐曲線の交わりで解く方法を示し、ジャラーリー暦の改革にかかわり、四行詩集『ルバイヤート』の作者として世界的に有名です。

ウマル・ハイヤームはいつの時代の人ですか?

1048年に生まれ、1131年に亡くなったセルジューク朝時代のペルシャの人です。ニーシャープールで生まれ、サマルカンドで数学の本を書き、イスファハーンの天文台の責任者となりました。日本では平安時代の後期にあたります。

ハイヤームはどうやって3次方程式を解いたのですか?

答えを「長さ」と考え、2つの円錐曲線(放物線と円など)をかいて、その交点から答えを読みとりました。たとえば x³+4x=16 は、放物線 x²=2y と円 x²+y²=4x の交点 (2,2) から x=2 と分かります。

ジャラーリー暦とは何ですか?

1079年にセルジューク朝のマリク・シャーのもとでつくられた太陽暦で、ハイヤームがかかわったとされます。1年を約365.2422日と測り、うるう年は33年に8回とする形で説明されることが多く、その場合の平均は約365.2424日です。今のイランで使われる太陽ヒジュラ暦のもとになりました。

『ルバイヤート』はハイヤームが書いたのですか?

ハイヤーム作とされる四行詩集ですが、本人の作と確実に言える詩は120編ほどとされ、のちの時代に別の人の詩が加わったと考えられています。どの詩が本人の作かは、今も議論が続いています。1859年のフィッツジェラルドの英訳で世界に広まりました。

ハイヤームの三角形とは何ですか?

パスカルの三角形のイランでの呼び名です。となりあう2つの数を足すと下の数になる三角形で、(a+b)ⁿ の展開の係数がならびます。パスカルより約600年前から、ペルシャなどで知られていましたが、ハイヤームがどこまで関わったかは意見が分かれています。

ハイヤームは平行線の公理についてどんな研究をしましたか?

ユークリッドの平行線の公理(第5公準)を、ほかの公理から証明しようとして、底辺の両はしに同じ長さの垂線を立てた四辺形(ハイヤームの四辺形)を考えました。完全な証明にはなりませんでしたが、のちの非ユークリッド幾何学につながりました。

ハイヤームの有名な言葉はありますか?

『代数学の問題の証明についての論文』で、代数を「未知数を手に入れる技巧」と思うのは誤りで、代数と幾何学は見かけがちがうだけだ、という趣旨のことを述べたと伝えられます。『ルバイヤート』の四行詩にも、人生をうたう有名な言葉が多くあります。

ハイヤームと受験の関係は?

3次方程式のグラフの交点、放物線や円の方程式(数学C)、二項定理とパスカルの三角形(数学II・A)、暦やうるう年の計算が関係します。式を図に直し、グラフの交点で解を考える方法は、受験数学の基本です。

ハイヤームは3次方程式の解の公式を見つけたのですか?

いいえ。ハイヤームは図形による解法は示しましたが、数だけの解の公式は見つけられませんでした。公式は約450年後の1540年代に、デル・フェロ・タルタリア・カルダノらによって見つかりました。

あわせて読みたい

出典・参考

  • J. J. O’Connor and E. F. Robertson, “Omar Khayyam”, MacTutor History of Mathematics Archive(セント・アンドリュース大学)
  • Omar Khayyam, “Treatise on Demonstration of Problems of Algebra”(1070年ごろ)
  • Edward FitzGerald, “Rubaiyat of Omar Khayyam”(1859年)
  • Roshdi Rashed and Bijan Vahabzadeh, “Omar Khayyam, The Mathematician”(2000年)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦