バースカラ2世は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|リーラーヴァティー・ペル方程式・見よ!

バースカラ2世は何をした人?業績・生涯・名言をわかりやすく|リーラーヴァティー・ペル方程式・見よ!

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バースカラ2世Bhaskara II

ひとことで言うと

12世紀インドの数学者・天文学者。算術の名著『リーラーヴァティー』と代数の『ビージャガニタ』を書き、ペル方程式の解法(チャクラヴァーラ法)を本にまとめた。

名前バースカラ2世(バースカラーチャーリヤ、Bhaskara II)
生没年1114年〜1185年(71歳)
国インド(南インドで生まれ、ウッジャインの天文台長)
分野算術・代数・数論・天文学
主な業績『リーラーヴァティー』『ビージャガニタ』(『シッダーンタ・シローマニ』1150年ごろ)、ペル方程式のチャクラヴァーラ法、三平方の定理の証明、0と負の数の計算
名前がつくものバースカラの証明・チャクラヴァーラ法・『リーラーヴァティー』
よばれ方バースカラーチャーリヤ(バースカラ先生)・インド数学の最高峰

このページのポイント

  • 算術の本『リーラーヴァティー』と代数の本『ビージャガニタ』を書き、約500年間インドで教科書として使われた
  • ペル方程式 x2−Ny2=1x^2-Ny^2=1 を、チャクラヴァーラ法で解いた。N=61N=61 の最小の解は x=1766319049x=1766319049、y=226153980y=226153980
  • 三平方の定理を、直角三角形4つの図で示し、「見よ!」とそえたと伝えられる(諸説あり)。0でわることも考えた

バースカラ2世は何をした人?(業績をひとことで)

バースカラ2世(バースカラーチャーリヤ、Bhaskara II)は、12世紀のインドの数学者・天文学者です。1114年に生まれ、1185年に亡くなりました。インドの数学の古典『リーラーヴァティー』(算術の本)と『ビージャガニタ』(代数の本)を書き、ペル方程式という難しい整数の方程式の解き方(チャクラヴァーラ法)を本にまとめたことで知られます。また、三平方の定理の図だけの証明に、ただ一言「見よ!」とそえた、と伝えられることでも有名です。

バースカラ2世は、当時のインドで最も重要な天文台があった都市ウッジャインの天文台長をつとめました。「インド数学の最高峰」とも評され、約650年前のアーリヤバタ、約500年前のブラーマグプタから続くインド数学の流れを、集大成した人です。名前の「2世」は、約500年前の天文学者バースカラ1世と区別するための呼び名です。

受験生にとってのバースカラ2世は、「三平方の定理を図で見せる人」「円周率の分数(3927/1250)の人」「不定方程式・ペル方程式の人」「0でわることを考えた人」です。小学校の円周率3.14の計算や、中学の三平方の定理の証明と使い方、高校の不定方程式の整数解の勉強の先に、バースカラの名前があります。

うかるくん

うかるくん

「見よ!」だけで証明になるんですか? 説明なし?

合格先生

合格先生

そう伝えられているよ。図がよくできていたら、言葉は少なくていいという意味だね。ただ、本当にバースカラ本人が一言だけ書いたのかは、はっきりしない部分もあるんだ。それでも、図で見て分かる証明の美しさは本物だよ。

ネワール文字で書かれた『リーラーヴァティー』の写本の1ページ(16世紀ごろ)
『リーラーヴァティー』の写本のページ(ネワール文字、16世紀ごろ)。バースカラ2世の算術の本は、数百年にわたって書き写され、読みつがれた画像:作者不明(16世紀ごろの写本)/Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

バースカラ2世の生涯と年表

数学者の家に生まれる

バースカラ2世は、1114年に、南インドのヴィジャヤプラ(今のカルナータカ州ビジャープルのあたりとされます)で生まれたと伝えられます。バースカラ自身が、自分の本の中で生まれた年と、36歳で大作を書き上げたことを述べているため、年ははっきりしています。家は代々学者の家で、父のマヘーシュヴァラは天文学者だったとされます。バースカラは、父から数学と天文学を学びました。

ウッジャインの天文台長へ

のちにバースカラ2世は、インド中部のウッジャインに移り、そこの天文台長になりました。ウッジャインは、ブラーマグプタら歴代の大天文学者が研究した、インド数学・天文学の中心地でした。ここで、先人たちの本を読みこなし、自分の考えを加えて新しい本を書いたのです。

『シッダーンタ・シローマニ』と『リーラーヴァティー』

バースカラの代表作は、『シッダーンタ・シローマニ』(「天文学の冠」という意味)で、1150年ごろ、36歳で書いたとされます。4つの部分からなり、そのうちの2つが数学の本として独立してよく読まれました。

  • 『リーラーヴァティー』:算術と幾何の本。足し算・かけ算から分数、比、利息、数列、図形、立体、順列組合せまで、問題と解き方をのせています。
  • 『ビージャガニタ』:代数の本。負の数、0、無理数、1次・2次の方程式、不定方程式などをあつかいます。
  • 残りは、惑星の位置の計算(グラハガニタ)と天球(ゴーラディヤーヤ)の2つ。天文学の本です。

1183年ごろには、天文計算の手引き『カラナ・クトゥーハラ』も書いたと伝えられます。そして1185年に亡くなりました。バースカラの本は、その後何百年も、インドで数学の標準的な教科書として使われました。

年できごと
476年アーリヤバタが生まれる(インド数学の流れの出発点)
628年ブラーマグプタが0の計算や2次方程式の解の公式をまとめる
1114年バースカラ2世が生まれる
12世紀前半ウッジャインの天文台長になる
1150年ごろ『シッダーンタ・シローマニ』を書く(36歳。『リーラーヴァティー』『ビージャガニタ』を含む)
1150年ごろペル方程式の解法(チャクラヴァーラ法)を本にまとめる
1183年ごろ天文計算の手引き『カラナ・クトゥーハラ』を書く
1185年亡くなる
1202年フィボナッチが『算盤の書』でインド・アラビア数字をヨーロッパに紹介
1587年アクバル帝の宮廷で『リーラーヴァティー』がペルシャ語に訳される
1657年フェルマーがペル方程式の問題をヨーロッパの数学者たちに出す
1768年ラグランジュがペル方程式に必ず解があることを証明

バースカラ2世の主な業績をやさしく解説

業績1 三平方の定理の証明「見よ!」

バースカラ2世は、『ビージャガニタ』で、直角三角形の辺の関係(三平方の定理)を、図を見るだけで分かる形で示したとされます。斜辺 cc の正方形の中に、直角をはさむ辺が aa、bb の直角三角形を4つ、ぐるりとならべます。すると、真ん中に1辺 b−ab-a の小さな正方形ができます。

バースカラの証明「見よ!」斜辺c=51c² = 三角形4つ+ 真ん中の正方形= 4×(3×4÷2)+(4−3)²= 24 + 1 = 253²+4²=9+16=25だから c² = a²+b²図を見れば分かる、という意味で「見よ!」
斜辺の長さ5の正方形に、3と4の直角三角形4つを入れた図。真ん中の正方形は1辺が4−3=1。25=24+1

全体の面積(c2c^2)は、三角形4つ分と、真ん中の正方形の面積の和です。

c2=4×ab2+(b−a)2=2ab+b2−2ab+a2=a2+b2c^2=4\times\frac{ab}{2}+(b-a)^2=2ab+b^2-2ab+a^2=a^2+b^2

この式を整理すると、c2=a2+b2c^2=a^2+b^2 になります。バースカラは、この図にほとんど説明をつけず、「見よ!(Behold!)」とだけ書いたと伝えられます。ただし、この話は後世に広まった逸話の面もあり、本当にそう書いたかどうかには諸説あります。それでも、図を見れば「あ、なるほど」と思える、とても分かりやすい証明です。三平方の定理の証明(いろいろな方法)を学ぶとき、この図は必ず出てきます。ピタゴラスの定理の歴史と見くらべると、世界各地で同じ定理が発見されていたことが分かります。

業績2 ペル方程式とチャクラヴァーラ法

x2−Ny2=1x^2-Ny^2=1 のような方程式を、整数で解く問題をペル方程式といいます。たとえば N=2N=2 なら、(x,y)=(3,2)(x,y)=(3,2) が1つの解で、32−2×22=9−8=13^2-2\times2^2=9-8=1 です。解は、(3,2)→(17,12)→(99,70)→(577,408)⋯(3,2)\to(17,12)\to(99,70)\to(577,408)\cdots と、いくらでも続きます。

ペル方程式 x²−2y²=1 の解解(x, y)x²−2y²の計算x÷y(3, 2)9−8=11.500000(17, 12)289−288=11.416667(99, 70)9801−9800=11.414286(577, 408)332929−332928=11.414216√2 = 1.414214… 解が大きいほど x÷y は √2 に近いN=61 の最小の解は x=1766319049、y=226153980
x²−2y²=1 の整数解の列。xをyでわった値は、2の平方根1.414214…にどんどん近づいていく

ところが、N=61N=61 のような数だと、最小の解はなんと x=1766319049x=1766319049、y=226153980y=226153980 という巨大な数になります。バースカラは、チャクラヴァーラ法(循環法)という、解をつぎつぎに小さい数に直していく手順で、この解を手計算で求めたとされます(この方法は、ブラーマグプタの合成法を土台に、11世紀ごろのジャヤデーヴァらが整え、バースカラがまとめたものと説明されます)。ヨーロッパでは、約500年後の1657年にフェルマーが「N=61N=61 や N=109N=109 の場合を解いてみよ」とイギリスの数学者たちに挑戦状を送りました。インドでは、それよりずっと前に解かれていたことになります。

この方程式が「ペル方程式」とよばれるのは、オイラーがイギリスの数学者ジョン・ペルの名前と取りちがえたためだといわれます(ペル自身はこの方程式を解いていません)。1768年に、ラグランジュが「NN が平方数でなければ、かならず解がある」ことを証明しました。この方程式は、大学入試の整数問題や、数学オリンピックでもときどき出ます。不定方程式の解き方と合わせて覚えておくとよいでしょう。解は、x+y2x+y\sqrt2 の形にして、(3+22)(3+2\sqrt2) を何度もかけることで、つぎつぎに作れます。

業績3 『リーラーヴァティー』(やさしい算術の本)

『リーラーヴァティー』は、「リーラーヴァティー」という名の美しい少女によびかける形で、問題がならぶ算術の本です。「美しい少女よ、つぎの問題を考えなさい」というように、文章題が詩の形で書かれています。たとえば「蜜蜂の群れ」の問題が有名です(現代の言葉に直しています)。

「ミツバチの群れの 13\dfrac13 がカダンバの花へ、15\dfrac15 がシリンドラの花へ、その差の3倍がクタジャの花へ行き、1匹だけ残った。ミツバチは全部で何匹か。」

式にすると x3+x5+3(x3−x5)+1=x\dfrac x3+\dfrac x5+3\left(\dfrac x3-\dfrac x5\right)+1=x で、これを解くと x=15x=15(匹)です。文章題の形で、方程式を楽しく教えようとしたことが分かります。この本には、ほかにも円周率の近似値(くわしい値は 39271250=3.1416\dfrac{3927}{1250}=3.1416、おおまかには 227\dfrac{22}{7})、等差数列・等比数列の和、順列・組合せの考え方などがのっています。順列・組合せの公式も、すでにインドで考えられていたことになります。

伝説では、バースカラが娘のリーラーヴァティーのために書いた本だといわれます。娘の結婚式の「縁起のよい時刻」が、水時計に落ちた真珠のせいで逃げてしまい、嘆く娘を慰めるために本を書いた、という話です。ただし、この話は16世紀のペルシャ語訳で語られたもので、本当のことは分かっていません。リーラーヴァティーは、バースカラの娘ではなく、妻の名前だったという説もあります。

業績4 折れた竹の問題と三平方の定理

インドの数学書には、三平方の定理を使う「折れた竹」の問題があります。「高さ32の竹が、風で途中から折れて、先が根もとから16はなれた地面についた。地面から折れた所までの高さはいくつか」という問題です(数値は書によって少しちがうことがあります)。

折れた竹の問題(竹の高さ32)121620折れた所の高さ x斜めの部分 32−xx²+16²=(32−x)²256=1024−64xx=12三平方の定理を使う方程式
高さ32の竹が折れ、先が根もとから16はなれた地面についた図。折れた所の高さをxとすると、x²+16²=(32−x)²となり、x=12

折れた所の高さを xx とすると、折れた先の部分の長さは 32−x32-x です。直角三角形に三平方の定理をあてはめると x2+162=(32−x)2x^2+16^2=(32-x)^2。これを展開すると x2x^2 が消えて、256=1024−64x256=1024-64x となり、x=12x=12 と分かります。このとき折れた先は20で、12・16・20は、3・4・5の4倍にあたる直角三角形です。この問題は、三平方の定理を使う文章題の典型で、中学校の入試問題にそのまま出ることがあります。

業績5 0・負の数・無限の考え方

『ビージャガニタ』には、0と負の数の計算のきまりがまとめられています。ブラーマグプタが整えたきまりを引きつぎ、「負の数どうしをかけると正の数」といった計算の約束をていねいに説明しました。また、無理数(分数で書けない平方根など)を「カラニ」とよび、足したりかけたりする計算も書いています。正の数・負の数の計算や無理数の意味と性質の考え方は、ここでも育っていました。

とくに有名なのが、0でわることについての考え方です。バースカラは、「ある数を0でわった結果は、カハラ(無限の量)である」と書いたとされます。1を、1、0.1、0.01、0.001……とどんどん小さい数でわっていくと、答えは1、10、100、1000……と、かぎりなく大きくなります。

0に近い数でわると?1÷1=11÷0.1=101÷0.01=1001÷0.001=1000小さい数でわるほど答えは大きくなるバースカラは「0でわる=無限」と書いたとされる
1を1、0.1、0.01、0.001でわると、答えは1、10、100、1000と大きくなる。バースカラは「0でわると無限」と書いたとされる

ただし、今の数学では0でわることは認められていません。もし「n0=∞\dfrac n0=\infty」と書いてしまうと、両辺に0をかけて、すべての数が等しくなるなどの矛盾が出るためです。バースカラの考えは、のちの極限の意味と考え方への入口だったともいえますが、厳密な定義はまだありませんでした。バースカラは、無限の量が「神様のように、足しても引いても変わらない」と説明した、とも伝えられます。

バースカラ2世の名前がつく公式・定理・用語

バースカラ2世の名前がそのままつく公式は、受験の教科書にはほとんどありませんが、数学の歴史ではつぎのようによばれます。

  • バースカラの証明:三平方の定理を、直角三角形4つと小さな正方形で示す図。→ 三平方の定理の証明
  • チャクラヴァーラ法(循環法):ペル方程式 x2−Ny2=1x^2-Ny^2=1 の整数解を求める方法。ブラーマグプタの方法を発展させたもの。
  • 『リーラーヴァティー』:算術と幾何の本。蜜蜂の問題・折れた竹の問題などで有名。→ 順列・組合せの公式
  • 『ビージャガニタ』:代数の本。負の数・0・無理数・不定方程式。→ 2次方程式の解の公式
  • バースカラ1世:約500年前(7世紀)の天文学者(アーリヤバタの注釈を書いた人)。2世とは別人。
  • 正弦の加法定理の形:バースカラは、正弦(サイン)の2つの角の和の公式にあたる式も書いたとされます。→ 三角関数の意味
「ここが大事!」と説明する合格先生

合格先生

バースカラの本は、問題を詩にして、楽しく覚えさせるのが特長なんだ。難しい問題も、図にしたり、お話にしたりすると、頭に入りやすいよ。

バースカラ2世の逸話と名言

「見よ!」の一言

バースカラ2世が三平方の定理の図に添えたとされる一言「見よ!」は、数学の歴史でもっとも有名な「説明のない証明」として語られます。数式を使わず、図形をならべかえるだけで、定理が目に見える形になる。数学の美しさを象徴する話として、よく紹介されます。ただし、この「見よ!」が実際にバースカラ本人の書いた言葉かどうかについては、後世の話かもしれず、はっきりしません。

見よ!

バースカラ2世の言葉として伝えられるもの(三平方の定理の図に添えられたとされる一言。本人が書いたかは諸説あり)

娘に捧げた本?

『リーラーヴァティー』の名前は、バースカラの娘の名前だといわれます。占星術で、娘の結婚の縁起のよい時刻が決まっていたのに、水時計をのぞきこんだ娘の真珠が落ちて時計が止まり、時刻が過ぎてしまった。娘は一生結婚できなくなってしまったので、バースカラは「この本をあなたの名前にして、永遠に名前が残るようにしよう」と約束した――という、ロマンチックな伝説です。ただし、これは本が書かれてから約400年あとのペルシャ語訳に出てくる話で、確かな根拠はありません。

1秒を考えた人?

バースカラは、天体の「瞬間の速さ」について、タートカーリカ・ガティという言葉で考えを述べています。これは、時間をかぎりなく短くしたときの速さ、つまり微分の考え方の先ぶれだと評価する学者もいます。ただし、現代の微分と同じ考えだったかどうかは意見が分かれています。ニュートンやライプニッツより約500年前に、同じような発想の芽があったとすれば、おどろきです。

サクラちゃん

サクラちゃん

問題を詩にして、少女によびかけるなんて、やさしい本ですね。

合格先生

合格先生

そうだね。数学は楽しいものと伝えたかったんだろう。問題集を解くときも、「この問題は何を聞いているのかな」と、お話として読むとわかりやすくなるよ。

受験・勉強とバースカラ2世のつながり

中学受験:三平方の定理の理由・円周率・文章題

中学受験では、図形の面積を「切って、動かして、足す」問題がよく出ます。バースカラの「見よ!」の図も、4つの合同な三角形を動かして作る図形の面積の考え方です。また、「ある数の 13\frac13 と 15\frac15 に〜をたすと全体になる」といった、バースカラの蜜蜂のような分数の文章題(還元算)も定番です。

高校受験:三平方の定理・折れた竹の問題

高校受験では、三平方の定理を使う文章題が必ず出ます。折れた竹・はしごが壁にかかる・船と灯台の距離など、「折れて三角形ができる」型の問題は、バースカラの時代から変わらず問われています。三平方の定理の使い方を、図をかいて確かめましょう。

大学受験:ペル方程式・不定方程式・整数

勉強法として:問題を「お話」にして考える

バースカラの『リーラーヴァティー』のように、問題をお話にして考えると、式の立て方がつかみやすくなります。「何を xx とおくか」「どんな関係があるか」を言葉にしてから式にする。これは、受験の文章題すべてに使えるコツです。数学全体の勉強の進め方は、数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)で解説しています。インド数学のかけ算の工夫はインド式かけ算のやり方一覧、0の歴史は「ゼロ」と「れい(零)」の違いも読んでください。

バースカラ2世がその後の数学にあたえた影響

  • インドの数学教育:『リーラーヴァティー』は、その後約500年間、インドで算術の標準的な教科書として使われ、何度も注釈が書かれました。
  • ケーララ学派:14世紀以降、南インドのケーララで、インド数学の伝統のうえに、三角関数の無限級数(のちのテイラー展開に似た式)が研究されました。
  • ペル方程式の研究:ヨーロッパのフェルマー・オイラー・ラグランジュらが、同じ方程式を研究して、1768年に完全に解決しました。
  • アラビア・ヨーロッパへ:インドの算術と代数は、フワーリズミーを通じてイスラム世界に、さらにフィボナッチらを通じてヨーロッパに伝わりました。
  • 文章題の伝統:問題を物語にして教える工夫は、今の算数・数学の教科書にも受けつがれています。

バースカラ2世に挑戦!練習問題

やさしい

  1. 直角をはさむ辺が6と8の直角三角形で、バースカラの図(三角形4つと真ん中の小さな正方形)を使って、斜辺cを求めなさい。
    答えと解説を見る真ん中の正方形の1辺は 8−6=2、面積は4。三角形1つの面積は 6×8÷2=24 で、4つで96。c²=96+4=100 なので c=10。
  2. バースカラが使った円周率の分数 3927/1250 と 22/7 を、それぞれ小数にしなさい(22/7は小数第4位まで)。
    答えと解説を見る3927÷1250=3.1416。22÷7=3.1428…(約3.1429)。くわしい値は3927/1250、おおまかには22/7を使いました。

ふつう

  1. 高さ32の竹が途中で折れ、先が根もとから16はなれた地面につきました。地面から折れた所までの高さを求めなさい。
    答えと解説を見る折れた所の高さをxとすると、折れた先は32−x。x²+16²=(32−x)²。256=1024−64x より x=12。(12・16・20の直角三角形)
  2. ミツバチの群れの1/3がカダンバの花へ、1/5がシリンドラの花へ、その差の3倍がクタジャの花へ行き、1匹が残りました。ミツバチは全部で何匹ですか。
    答えと解説を見る全体をxとすると x/3+x/5+3(x/3−x/5)+1=x。3(x/3−x/5)=2x/5 なので、(5+3+6)x/15+1=x、14x/15+1=x、x/15=1。15匹。

むずかしい

  1. x²−2y²=1 の解 (3, 2) を使って、次の次の解(3番目の解)を求めなさい。ヒント:(3+2√2)²=17+12√2、さらに(3+2√2)をかける。
    答えと解説を見る(17+12√2)(3+2√2)=51+34√2+36√2+48=99+70√2。よって (x, y)=(99, 70)。確かめ:99²=9801、2×70²=9800、差は1。
  2. x²−3y²=1 を満たす最小の正の整数解(x, y)を求め、次の解も1つ求めなさい。
    答えと解説を見るy=1 のとき x²=4 で x=2。最小は (2, 1)。次は (2+√3)²=7+4√3 より (7, 4)。確かめ:49−3×16=1。

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よくある質問

バースカラ2世は何をした人ですか?

バースカラ2世は、12世紀のインドの数学者・天文学者です。算術の名著『リーラーヴァティー』と代数の『ビージャガニタ』を書き、ペル方程式の解き方(チャクラヴァーラ法)を本にまとめました。三平方の定理の「見よ!」の証明でも有名です。

バースカラ2世はいつの時代の人ですか?

1114年に生まれ、1185年に亡くなったインドの数学者です。南インドで生まれ、のちにインド中部の天文学の中心地ウッジャインの天文台長になりました。約500年前の天文学者バースカラ1世と区別して「2世」とよびます。

『リーラーヴァティー』とはどんな本ですか?

『リーラーヴァティー』は、バースカラ2世が書いた算術と幾何の本です。分数・比・利息・数列・図形・立体・順列組合せなどの問題と解き方を、詩の形でまとめています。何世紀にもわたって、インドの数学の教科書として使われました。

リーラーヴァティーは娘の名前ですか?

バースカラの娘の名前だという伝説があります。娘の結婚の縁起のよい時刻が過ぎてしまい、慰めるために本を書いたという話ですが、この話は約400年後のペルシャ語訳で語られたもので、確かな根拠はなく、妻の名前だったという説もあります。

ペル方程式とは何ですか?

x²−Ny²=1 の形の方程式を、整数の範囲で解く問題です。解は無数にあり、N=61 の最小の解は x=1766319049、y=226153980 と巨大です。バースカラはチャクラヴァーラ法でこれを解いたとされます。

バースカラの三平方の定理の証明とは何ですか?

斜辺cの正方形の中に、直角をはさむ辺がa、bの直角三角形を4つならべ、真ん中にできる1辺(b−a)の正方形と合わせて、c²=4×(ab/2)+(b−a)²=a²+b²を示す証明です。「見よ!」の一言がそえられたと伝えられます。

バースカラ2世は0について何を考えましたか?

『ビージャガニタ』で、0と負の数の計算規則をまとめました。また「0でわると無限になる」と書いたとされます。今の数学では0でわることは認められていませんが、極限の考え方の入口だったともいえます。

バースカラの円周率はいくつですか?

くわしい値としては3927/1250(=3.1416)、おおまかな値としては22/7を使ったとされます。3927/1250は、本当の円周率3.14159…と小数第4位まで近い値です。

バースカラ2世と受験の関係は?

三平方の定理の証明と文章題(折れた竹など)、円周率の計算、分数の文章題、1次不定方程式の整数解、難関大の整数問題に出るペル方程式、0に近い数でわる極限の考え方など、中学から大学入試まで関係があります。

バースカラ1世と2世のちがいは?

バースカラ1世は7世紀の天文学者で、アーリヤバタの『アーリヤバティーヤ』に注釈を書いた人です。2世は12世紀の数学者で、『リーラーヴァティー』などを書きました。2世のほうがずっと有名ですが、別の人物です。

あわせて読みたい

出典・参考

  • J. J. O’Connor and E. F. Robertson, “Bhaskara II”, MacTutor History of Mathematics Archive(セント・アンドリュース大学)
  • Bhaskaracharya, “Lilavati” and “Bijaganita”(12世紀)
  • Kim Plofker, “Mathematics in India”(2009年)
  • 写本の画像:「Lilavati of Bhaskaracharya II, Sanskrit language, Newar script」(16世紀ごろ)、Wikimedia Commons(パブリックドメイン)

最終更新:2026年11月2日/作成:大学受験合格大作戦