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髀肉の嘆ひにくのたん
ひとことで言うと
実力を発揮する機会がなく、むなしく時を過ごしていることを嘆くこと。馬に乗らなくなった劉備が、太もも(髀)に肉がついたのを見て嘆いた話から。
| 読み方 | ひにくのたん |
|---|---|
| 意味 | 実力や才能を発揮する機会にめぐまれず、むなしく時を過ごすことを嘆くこと。 |
| 出典 | 『三国志』蜀書・先主伝の裴松之注が引く『九州春秋』「今不復騎、髀裏肉生」 |
| お話 | 荊州の劉表の客になって戦いに出られなかった劉備が、太ももに肉がついたのを見て「老いがせまるのに手がらを立てられない」と泣いた |
| 似た言葉 | 腕を撫す・切歯扼腕・宝の持ち腐れ・不遇をかこつ |
| 反対の場面 | 水を得た魚・水魚の交わり・雌伏から雄飛へ |
| 漢文の句法 | 否定(不復〜)・再読文字(将)・限定(耳=のみ) |
このページのポイント
- 「髀肉の嘆」は、力があるのに活躍の場がなく、時が過ぎるのを嘆くこと。「髀」は太もも(「皮肉」ではない)
- もとは劉備の言葉「今復た騎らず、髀裏に肉生ず」。正史の本文ではなく、裴松之の注が引く『九州春秋』の話
- 「不復〜」の否定、再読文字「将」、限定「耳」の読み方、三顧の礼へ続く劉備の人生、入試での出方まで分かります
「髀肉の嘆」の意味と読み方
「髀肉の嘆」はひにくのたんと読みます。意味は「実力を発揮する機会にめぐまれず、むなしく時を過ごしていることを嘆くこと」です。「髀(ひ)」は太もも、「髀肉」は太ももの肉のことです。
三国志の英雄・劉備(りゅうび)が、長いあいだ戦場に出られず、馬に乗らないうちに太ももにぜい肉がついてしまったのを見て、「このまま年をとってしまうのか」と涙を流した話から生まれました。ただ「ひまだ」というのではなく、力も志もあるのに、それを生かす場がないもどかしさを表す言葉です。「髀肉の嘆をかこつ(嘆く)」という形でもよく使われます。「嘆」は「歎」と書くこともあります。
うかるくん
「ひにく」って、「皮肉を言う」の皮肉ですか?
ミスターT先生
ちがうんだ。「髀」は骨へんの字で、太もものこと。馬に乗って走り回っていると太ももはしまっているのに、乗らなくなるとぜい肉がつく。それを見て、天下をめざしていた劉備が「何もできないまま時が過ぎていく」と泣いたんだよ。もとは『三国志』の注に引かれた『九州春秋(きゅうしゅうしゅんじゅう)』という本の話なんだ。
ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。
- ○けがで試合に出られず、ベンチで髀肉の嘆をかこつ毎日だ。
- ○実力はあるのに出番がなく、彼は髀肉の嘆をもらしていた。
- ○長い準備期間の髀肉の嘆を晴らすように、新しい仕事で大活躍した。
「髀」は常用漢字ではありませんが、「肉」は「肉」の読み方・書き順・部首、「嘆」は「嘆」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。
絵で読む「髀肉の嘆」のお話
お話の舞台は、今から1800年ほど前の中国、三国時代のはじめです。のちに蜀(しょく)の皇帝になる劉備は、このころまだ自分の領地を持たず、あちこちの有力者をたよって戦いを続けていました。4つの場面で見てみましょう。
絵で読む「髀肉の嘆」(『九州春秋』の4こま)
劉備が荊州に身を寄せたのは、曹操(そうそう)が袁紹(えんしょう)を破ったあと、南へ攻めてきた劉備を打ち負かしたからです。正史『三国志』の先主伝(せんしゅでん。「先主」は劉備のこと)には、劉表がみずから町の外まで出むかえ、上賓(じょうひん)の礼でもてなし、兵を増やして新野(しんや)に駐屯させた、と書かれています。大切な客としてあつかわれたわけですが、言いかえれば、自分の力で天下に打って出ることはできない立場でした。

ミスターT先生
この話のポイントは、劉備がぜい肉そのものを嘆いたのではないことだ。「日月馳するが若く、老い将に至らんとす」――時間はどんどん過ぎるのに、志をはたせていない。そのあせりが涙になったんだね。
しかも、このとき劉備は40代でした(161年生まれとして数えた年齢です)。先主伝によれば劉備は63歳で亡くなっているので、当時の感覚では「もう若くはない」年齢です。「老い将に至らんとす(老いがすぐそこまで来ている)」という言葉には、そうした実感がこめられています。ところがこの数年後、劉備は三顧の礼(諸葛亮を三度たずねる)で諸葛亮をむかえ、赤壁の戦いをへて、ついに蜀の皇帝になります。「髀肉の嘆」は、大きく飛び立つ前の、いちばんつらい足ぶみの時期の言葉でもあるのです。
「髀肉の嘆」の原文・書き下し文・現代語訳
もとになった文章は、正史『三国志』蜀書・先主伝に、南朝宋の裴松之(はいしょうし)が付けた注の中にあります。注が引いている本は『九州春秋』です。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。
1文目:劉表は劉備を大切な客としてもてなした(正史の本文)
書き下し文表自ら郊迎し、上賓の礼を以て之を待す。
(『三国志』蜀書・先主伝(本文))
現代語訳劉表はみずから町の外まで出むかえ、最上の客としての礼で劉備をもてなした。
2文目:太ももに肉がついたのを見て、涙を流す
書き下し文髀裏の肉の生ずるを見て、慨然として涕を流す。
(『九州春秋』(『三国志』先主伝の裴松之注))
現代語訳(劉備は)太ももの内側に肉がついているのを見て、なげかわしく思って涙を流した。
3文目:いつも鞍から離れなかったので、ももの肉はなかった
書き下し文吾常に身鞍を離れず、髀肉皆消ゆ。
(『九州春秋』(『三国志』先主伝の裴松之注))
現代語訳わたしはいつも体が鞍から離れることがなく(いつも馬に乗っていたので)、太ももの肉はすっかりなくなっていた。
4文目:今はもう馬に乗らず、ももに肉がついた
書き下し文今復た騎らず、髀裏に肉生ず。
(『九州春秋』(『三国志』先主伝の裴松之注))
現代語訳今はもう二度と馬に乗ることがなく、太ももの内側に肉がついてしまった。
5文目:月日は走り、老いがせまる
書き下し文日月馳するがごとく、老い将に至らんとす。
(『九州春秋』(『三国志』先主伝の裴松之注))
現代語訳月日は馬が走るように(速く)過ぎていき、老いがいまにもやって来ようとしている。
6文目:手がらを立てられないから悲しいのだ
書き下し文しかるに功業建たず。是を以て悲しむのみ。
(『九州春秋』(『三国志』先主伝の裴松之注))
現代語訳それなのに、手がら(天下のための仕事)を立てられていない。だから悲しいだけなのです。
原典(維基文庫『三國志』卷32)の本文では
維基文庫(中国語のウィキソース)の『三國志』卷32(蜀書・先主伝)では、注は次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。
- 「髀裡」と「髀裏」:はじめの地の文では「髀裡」、劉備の言葉では「髀裏」と書かれています。「裡」と「裏」はどちらも「うら・うち」で、同じ意味の字です。
- 「至廁」:「廁(かわや)に至る」、つまり席を立ってお手洗いに行ったとき、という意味です。絵では「席を立ったとき」として描きました。
- 「將」:「将」の昔の字体(旧字体)です。
この注のすぐあとには、『世語(せいご)』という本を引いた、劉備が名馬・的盧(てきろ)に乗って檀渓(だんけい)という谷川を飛びこえて逃げた話も続きます。ただし裴松之は、同じ注の中で歴史家・孫盛(そんせい)の「此れ然らざるの言なり(これは事実ではない話だ)」という批判も紹介しています。注に引かれた話は、本当にあったと決まった話ではないことも知っておきましょう。
サクラちゃん
「正史」と「注」と「演義」って、どうちがうんですか?
ミスターT先生
正史『三国志』は西晋の陳寿が書いた歴史書で、とても簡潔なんだ。そこで南朝宋の裴松之が、ほかの本から話を集めて注を付けた。「髀肉の嘆」はその注の中の話だよ。小説『三国志演義』は、もっとあとの明の時代に、正史や注や民間の話をもとにして書かれた物語だ。だから「三国志に書いてある」と言うときは、どれの話なのかを分けて考えることが大切なんだ。
出典『九州春秋』と話の背景
「髀肉の嘆」の出典は、ふつう「『三国志』蜀書・先主伝の注」と書かれます。正確には、正史『三国志』(西晋の陳寿の作)の本文ではなく、それに南朝宋の裴松之が付けた注の中で引かれている『九州春秋』という本の話です。『九州春秋』は西晋の司馬彪(しばひょう)が書いたとされる歴史の本で、今は全体が残っておらず、こうした注などに引かれた形で読むことができます。
裴松之の注は、陳寿の本文が簡潔すぎて足りないところを、たくさんの本から補ったものです。「呉下の阿蒙」や「士別れて三日なれば刮目して見よ」の話も、同じように注が引く『江表伝』の話です(呉下の阿蒙(呂蒙の故事))。三国志の故事成語には、正史の本文の話と注に引かれた話の両方があります。
劉備と荊州の劉表
荊州(けいしゅう)は、長江の中流にひろがる豊かな地方で、劉表(りゅうひょう)が治めていました。劉表は劉備と同じ「劉」の一族で、戦乱をさけて多くの学者や人材が集まっていた土地です。先主伝の本文には、「荊州の豪傑の先主に帰する者日に益多し(荊州の有力者で劉備に心を寄せる者が日に日に多くなった)」ので、劉表は劉備の心を疑い、ひそかに警戒した、と書かれています。劉備は大切にされながらも、思うように動けない立場だったのです。
この荊州にいたからこそ、劉備は近くに住む諸葛亮(孔明)を知ることができました。徐庶(じょしょ)に「諸葛孔明は臥竜(ねている竜・諸葛亮)なり」と教えられ、三度たずねて会ったのが三顧の礼の意味と由来です。その後の二人の深い仲は水魚の交わり(劉備と諸葛亮)という言葉になりました。「髀肉の嘆」の数年は、むだな時間のようでいて、次の大きな出会いへの準備の時間でもあったと言えます。
「嘆」と「歎」
「髀肉の嘆」は「髀肉の歎」とも書きます。「歎」は「嘆」と同じ意味の字で、昔の本では「歎」が多く使われました。今の新聞や教科書では、常用漢字の「嘆」で書くのがふつうです。四字熟語の形で「髀肉之嘆(ひにくのたん)」と書くこともあります。
「髀肉の嘆」の使い方と例文・似た言葉
「髀肉の嘆」は、力や才能があるのに、それを発揮する場や機会がなく、むなしく時を過ごしていることを嘆くときに使います。「髀肉の嘆をかこつ」「髀肉の嘆をもらす」「髀肉の嘆を晴らす」などの形がよく使われます。「かこつ」は「不満を口にして嘆く」という意味の古い言葉です。
- ○レギュラーをはずされ、髀肉の嘆をかこつ日々が続いた。
- ○地方の支店で髀肉の嘆をもらしていたが、新しいプロジェクトをまかされて生き返った。
- ○長い浪人生活の髀肉の嘆を晴らすかのように、大学では研究に打ちこんだ。
- ○ベテラン選手は、出番のない髀肉の嘆にも腐らず、練習を続けた。
- ×食べすぎて太ってしまい、髀肉の嘆をもらした。(ただ太ったことを嘆くのではない)
- ×友だちに髀肉の嘆を言われて、いやな気持ちになった。(「皮肉」とはまったく別の言葉)
似た言葉
- 腕を撫す(うでをぶす):腕前を見せる機会を待ちかまえて、うずうずしていること。
- 切歯扼腕(せっしやくわん):歯ぎしりをし、自分の腕をにぎりしめるほど、くやしがること。
- 宝の持ち腐れ:役に立つものや才能を持ちながら、使わずにいること。
- 不遇をかこつ:才能に見合った扱いを受けられないことを嘆くこと。
反対の場面を表す言葉
- 水を得た魚:自分に合った場所を得て、生き生きと活躍するようす。劉備が諸葛亮について言った水魚の交わり(孤の孔明有るは)の言葉とも重なります。
- 雌伏(しふく)から雄飛(ゆうひ)へ:じっと力をたくわえていた人が、大きく活躍すること。
- 隠忍自重(いんにんじちょう):じっとたえて、軽はずみな行動をしないこと。髀肉の嘆の時期の、よい過ごし方を表す言葉です。
英語では、"to chafe at one's enforced idleness"(何もできずにいることにいらだつ)、"to lament wasted years without a chance to prove oneself"(力を示す機会のないまま過ぎる年月を嘆く)のように説明的に言い表します。ぴったりの英語のことわざはありません。
受験勉強への生かし方
受験生にとっての「髀肉の嘆」は、「本番まで、まだ力を出す場がない」時期かもしれません。模試の結果が出ない、浪人して一年待たなければならない――そんなとき、ただ嘆いて時を過ごすか、力をたくわえる時間にするかで、本番の結果は大きく変わります。劉備も、荊州の数年間に人と出会い、次の飛躍の準備をしていました。
浪人の一年を「足ぶみ」でなく「助走」にしたい人は、浪人生の勉強法(春・夏・秋・冬の1年の計画)を読んでみてください。「月日は走るように過ぎる」という劉備の言葉どおり、時間はあっという間にたちます。「いつかやろう」と思っていることがあるなら、「いつかできることは今日もできる」の意味と出典が背中をおしてくれます。嘆くより先に、今日の一歩をふみ出しましょう。
「髀肉の嘆」のよくあるまちがい
- 「皮肉の嘆」と書く:いちばん多いまちがいです。「髀」は骨へんで太もものこと。「皮肉(ひにく)」とは読みが同じだけで、関係はありません。
- ただ「太ってしまった」ことを嘆く意味で使う:もとの話では太ももに肉がつきましたが、言葉の中心は「活躍の場がないまま時が過ぎる」ことへの嘆きです。体型の話には使いません。
- 「髀」を「へい」「ひい」と読む:読みは「ひ」です。「髀肉」は「ひにく」と読みます。
- やる気がなくて、なまけている人に使う:「髀肉の嘆」は、力も志もあるのに機会がない人の嘆きです。自分からなまけている場合には合いません。
- 出典を「三国志演義」とする:小説『三国志演義』にもこの場面は出てきますが、もとは正史『三国志』の裴松之の注が引く『九州春秋』です。また、正史の本文にある話でもありません。
うかるくん
テストで「ひにくのたん」を漢字で書けと言われたら、つい「皮肉」って書いちゃいそうです……。
ミスターT先生
絵で覚えよう。馬に乗る人の骨――太ももの骨のところに肉がついた。だから骨へんの「髀」。「皮」では馬に乗る話とつながらないよね。「骨へん+卑」と、字の形で覚えておけば大丈夫だ。
入試ではこう出る
「髀肉の嘆」は、高校受験・大学受験で出てくることがある故事成語です。
- 高校受験:故事成語の意味を選ぶ問題や、「髀肉の嘆」のもとになった人物(劉備)を答える問題が見られます。漢文の資料として「今不復騎、髀裏肉生」の書き下しや、返り点を問われることもあります。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
- 大学受験:漢文では「不復〜」の否定の形(「復不〜」との区別)、「将に〜んとす」の再読文字、「〜耳(のみ)」の限定がよく問われます。現代文の評論や小説では「髀肉の嘆をかこつ」の形で出て、文脈に合う意味を選ばせる問題になります。漢字の書き取りで「髀」を書かせるより、意味を問う出し方がふつうです。
- 三国志の故事成語のまとめ:三顧の礼・水魚の交わり・白眉・泣いて馬謖を斬る・呉下の阿蒙など、三国志から生まれた言葉とまとめて出されることもあります。

サクラちゃん
「髀肉の嘆」は、力があるのに出番がないもどかしさ。「髀」は骨へんで太もも、「皮肉」じゃない! 劉備の言葉「今復た騎らず」の「不復」もいっしょに覚えます!
練習問題
やさしい
- 「髀肉の嘆」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 人の欠点を遠回しに言うこと イ 実力を発揮する機会がなく、むなしく時を過ごすのを嘆くこと ウ 食べすぎて太ったことを悔やむこと エ 年をとって体が弱ったことを悲しむこと答えと解説を見る
イ。アは「皮肉」の意味です。ウ・エのように体のことだけを嘆く言葉ではありません。 - 「髀肉の嘆」の「髀」は、体のどこを指しますか。
答えと解説を見る
太もも(もも)。馬に乗らなくなって、太ももに肉がついたことから生まれた言葉です。
ふつう
- 「今不復騎、髀裏肉生。」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
答えと解説を見る
今復た騎らず、髀裏に肉生ず。訳:今はもう二度と馬に乗ることがなく、太ももの内側に肉がついてしまった。 - 「髀肉の嘆」の話で、太ももに肉がついたのを見て涙を流した人物はだれですか。また、そのときたよっていた人物はだれですか。
答えと解説を見る
劉備(のちの蜀の皇帝)。たよっていたのは荊州の劉表です。
むずかしい
- 「不復〜」と「復不〜」の意味のちがいを説明しましょう。
答えと解説を見る
「不復〜(復た〜ず)」は「もう二度と〜しない」、「復不〜(復た〜ず)」は「今度もまた〜しない」という意味です。字の順番で意味が変わります。 - 「髀肉の嘆」の出典を、「正史の本文」「注」のことばを使って正しく説明しましょう。
答えと解説を見る
正史『三国志』蜀書・先主伝の本文ではなく、南朝宋の裴松之が付けた注の中で引かれている『九州春秋』の話です。
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よくある質問
髀肉の嘆とはどういう意味ですか?
髀肉の嘆とは、実力を発揮する機会にめぐまれず、むなしく時を過ごしていることを嘆くという意味です。三国志の劉備が、馬に乗らない日が続いて太ももに肉がついたのを見て嘆いた話から生まれました。
髀肉の嘆の読み方は何ですか?
「ひにくのたん」と読みます。「髀」は「ひ」と読み、太もものことです。「髀肉の歎」と書くこともあります。
髀肉の嘆の由来・出典は何ですか?
正史『三国志』蜀書・先主伝に南朝宋の裴松之が付けた注が引く『九州春秋』の話が由来です。荊州の劉表のもとにいた劉備が、太ももに肉がついたのを見て涙を流し、「月日は走るように過ぎ、老いがせまるのに、手がらを立てられない」と嘆きました。
髀肉の嘆の原文と書き下し文は?
中心の原文は「吾常身不離鞍、髀肉皆消。今不復騎、髀裏肉生」です。書き下し文は「吾常に身鞍を離れず、髀肉皆消ゆ。今復た騎らず、髀裏に肉生ず」です。
髀肉の嘆の例文を教えてください。
「けがで試合に出られず、髀肉の嘆をかこつ毎日だ」「出番のない髀肉の嘆を晴らすように活躍した」のように使います。「髀肉の嘆をかこつ」「髀肉の嘆をもらす」の形がよく使われます。
「髀肉」と「皮肉」はちがう言葉ですか?
はい、まったくちがう言葉です。「髀肉」は太ももの肉のことで、「皮肉」は遠回しに意地悪く言うことです。「皮肉の嘆」と書くのはまちがいです。
髀肉の嘆の似た言葉・反対の言葉は?
似た言葉には「腕を撫す」「切歯扼腕」「宝の持ち腐れ」「不遇をかこつ」があります。反対の場面を表す言葉には「水を得た魚」や「雌伏から雄飛へ」があります。
髀肉の嘆はビジネスで使えますか?
はい、使えます。「本社を離れて髀肉の嘆をかこっていた」「髀肉の嘆を晴らす好機」のように、力を発揮できない時期をふり返る場面で使われます。ただし、相手の今の立場について言うと失礼になることがあるので、自分のことに使うのが無難です。
髀肉の嘆は英語で何と言いますか?
ぴったりの英語のことわざはなく、"to chafe at one's enforced idleness"(何もできずにいることにいらだつ)のように説明的に言い表します。
髀肉の嘆は入試でどう出ますか?
高校受験・大学受験で、故事成語の意味を選ぶ問題や、もとになった人物(劉備)を答える問題が出ます。漢文では「今不復騎」の「不復(もう二度と〜しない)」の読みと意味がよく問われます。
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出典・参考
- 原文:『三国志』蜀書・先主伝(本文)と裴松之注が引く『九州春秋』(維基文庫『三國志』卷32の本文で確認)
- 『世語』の的盧の話と孫盛の批判:同じ裴松之注(維基文庫で確認)
- 劉備の生没年・年齢・荊州の時期:先主伝などによる一般的な説明
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



