鼎の軽重を問う(かなえのけいちょうをとう)の意味と由来|春秋左氏伝の原文・書き下し文・現代語訳、「問われる」の使い方・例文をイラストで【故事成語】

鼎の軽重を問う(かなえのけいちょうをとう)の意味と由来|春秋左氏伝の原文・書き下し文・現代語訳、「問われる」の使い方・例文をイラストで【故事成語】

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鼎の軽重を問うかなえのけいちょうをとう

ひとことで言うと

上に立つ人の実力や価値を疑い、その地位をうばおうとすること。今は「実力を疑う」「(受け身で)実力を試される」意味でも使う。楚の荘王が周の宝の鼎の重さをたずねた話から。

読み方かなえのけいちょうをとう
意味統治者や権威のある人の実力を疑い、その地位をうばおうとすること。転じて、人の実力や能力を疑うこと。
出典『春秋左氏伝』宣公三年「楚子問鼎之大小軽重焉」
お話周の国境で兵を見せつけた楚の荘王が、周の王孫満に鼎の大小軽重をたずね、「徳に在りて鼎に在らず」と答えられた
似た言葉真価を問われる・問鼎・逐鹿(ちくろく)
反対の言葉一目置く・押しも押されもせぬ
漢文の句法否定(在A不在B)・逆接(雖も)・再読文字(未)

このページのポイント

  • 「鼎の軽重を問う」は、上に立つ人の実力を疑い、地位をねらうこと。受け身の「問われる」は実力を試されること
  • もとは『春秋左氏伝』。楚の荘王に、周の王孫満が「徳に在りて鼎に在らず」と答えた話
  • 鼎(かなえ)の図解、「徳があれば小さくても重い」の考え、逆接・再読文字の句法、入試での出方まで分かります

「鼎の軽重を問う」の意味と読み方

「鼎の軽重を問う」はかなえのけいちょうをとうと読みます。意味は「上に立つ人の実力や価値を疑い、その地位をうばおうとすること」です。今では広く「人の実力や能力を疑うこと」の意味でも使い、受け身の「鼎の軽重を問われる」(実力を試される・疑われる)の形でもよく使われます。

「鼎(かなえ)」は、三本の足がついた青銅の大きななべです。古代中国では、王の位と国の力を表す宝物でした。その鼎の「軽重(重さ)」をたずねるということは、「その宝を自分のものにできるか、ねらっている」という意味になります。南の大国・楚の荘王が、周の使者に鼎の大きさと重さをたずねた話から生まれました。

鼎(かなえ)は、三本足の青銅のなべ耳(取っ手)胴(なべ)足(3本)火をたくもとは料理や祭りの道具のちに王の位のしるしになった※形は一例。大きさ・形はさまざま
鼎は三本足の青銅のなべ。王の位のしるしとして大切にされました
サクラちゃん

サクラちゃん

鼎の重さを聞いただけで、どうして「地位をうばう」ことになるんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

鼎は、ただのなべじゃなかったんだ。周の王が持つ鼎は、天下の王であるしるし。今でいえば王冠のようなものだね。その重さを聞くのは、「それを運んで持って帰れるかな」と言っているのと同じ。楚の荘王は、周の王の位をねらう気持ちを、遠回しに見せたんだよ。もとは中国の歴史書『春秋左氏伝』の話だ。

ふだんの言い方では、たとえば次のように使います。

  • ○連敗が続き、チャンピオンとしての鼎の軽重が問われている。
  • ○新しい監督の手腕について、早くも鼎の軽重を問う声が上がった。
  • ○この一戦は、優勝候補の鼎の軽重を問う試合になるだろう。

「鼎」は常用漢字ではありませんが、「軽」は「軽」の読み方・書き順・部首、「重」は「重」の読み方・書き順・部首、「問」は「問」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。「軽重」は「けいちょう」と読みます(「けいじゅう」とも読みます)。

絵で読む「鼎の軽重を問う」のお話

お話の舞台は、今から2600年ほど前の春秋時代の中国です。天下の王である周の力はすっかり弱まり、まわりの強い国々が力を争っていました。中でも南の楚(そ)は、周から与えられた位を受け入れず、自分で「王」を名のるほどの大国でした。4つの場面で見てみましょう。

絵で読む「鼎の軽重を問う」(『春秋左氏伝』の4こま)

1周の国境で兵を見せる周楚楚の軍の強さを見よ!楚の兵楚の荘王周の国境で、兵を見せつける
1南の大国・楚(そ)の荘王(そうおう)は、陸渾(りくこん)の戎(じゅう)という異民族を討ったついでに、周の都に近い雒水(らくすい)のほとりまで進み、周の国境で兵を並べて見せつけました。
2鼎の大きさ・重さは?周の鼎は、どれほど大きくて重いのか?楚の荘王王孫満(周)楚子、鼎の大小軽重を問ふ
2周の定王は、王孫満(おうそんまん)を送って荘王をねぎらわせます。すると荘王は、周の王の宝である鼎(かなえ)の大きさと重さをたずねました。
3徳に在りて鼎に在らず大切なのは王の徳。鼎ではありませんむ……楚の荘王王孫満(周)徳に在りて鼎に在らず
3王孫満は「大切なのは王の徳であって、鼎そのものではありません」と答え、徳を失った王朝からは鼎が去っていった歴史を語ります。
4鼎の軽重は、まだ問えない周の徳はおとろえても、天命はまだ改まりません楚の荘王王孫満鼎の軽重、未だ問ふべからざるなり
4そして「周の徳はおとろえましたが、天命はまだ改まっていません。鼎の軽重は、まだ問うべきではありません」としめくくりました。

荘王が兵を並べたのは、周の都・洛邑(らくゆう。今の洛陽のあたり)に近い所です。わざわざ周の国境で軍を見せつけ、さらに王の宝である鼎のことをたずねたのですから、周の人々にとってはおそろしい出来事でした。周の定王が王孫満を「ねぎらい」に行かせたのは、強い軍をもつ荘王を怒らせず、うまくもてなすためだったと考えられます。

人差し指を立てて説明するミスターT先生

ミスターT先生

この話のポイントは、王孫満が鼎の重さ(数字)には一言も答えていないことだ。「大事なのは鼎ではなく徳だ」と、話の中身をすりかえて、荘王の野心をぴしゃりとおさえた。これが外交の名答として語りつがれているんだね。

王孫満の答えは、こうまとめられます。①王の位を決めるのは徳であって鼎ではない。②昔、夏の王朝は徳があったので鼎を作ったが、夏の桀(けつ)が徳を失うと鼎は商(殷)に移り、商の紂(ちゅう)が暴虐だったので鼎は周に移った。③徳があれば鼎は小さくても重く、徳がなければ大きくても軽い。④周は徳がおとろえたが、天命はまだ改まっていない。だから鼎の軽重は、まだ問うべきではない。

鼎は「徳のある王朝」へ移る夏(か)徳があるとき鼎を作る遠方の物をえがき、九牧の金で鋳る商(殷)桀が徳を失い、鼎は商へ「載祀六百」(およそ六百年)周紂が暴虐で、鼎は周へ成王が郟鄏に鼎を定める春秋時代周の徳はおとろえたが「天命未だ改まらず」
王孫満は、鼎が「徳のある王朝」へ移ってきた歴史を語りました

「鼎の軽重を問う」の原文・書き下し文・現代語訳

もとになった文章は、『春秋左氏伝』宣公(せんこう)三年にあります。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。

白文(『春秋左氏伝』宣公三年、一部)楚子伐陸渾之戎、遂至于雒、観兵于周疆。定王使王孫満労楚子。楚子問鼎之大小軽重焉。対曰、在徳不在鼎。…徳之休明、雖小重也。其姦回昏乱、雖大軽也。…周徳雖衰、天命未改。鼎之軽重、未可問也。

1文目:楚の荘王が雒水まで来る

書き下し文楚そ子し陸りく渾こんの戎じゆうを伐うち、遂つひに雒らくに至いたる。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳楚の荘王は陸渾の戎(異民族)を攻め、そのまま雒水のほとりまでやって来た。

ここがポイント「楚子」は楚の荘王のこと。楚は自分では「王」を名のっていましたが、『春秋』では周から与えられた位(子爵)で「楚子」と書かれます。「于」は場所を表す読まない字で、置き字(而・於・于・乎・矣・焉)のひとつです。

2文目:鼎の大小・軽重をたずねる

書き下し文楚そ子し鼎かなへの大だい小せう軽けい重ちようを問とふ。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳楚の荘王は(王孫満に)、周の鼎の大きさと重さをたずねた。

ここがポイントここが「鼎の軽重を問う」のもとの文です。原文では「大小軽重」と、大きさと重さの両方をたずねています。文の終わりの「焉」は読まない置き字です。

3文目:大切なのは徳であって、鼎ではない

書き下し文対こたへて曰いはく、徳とくに在ありて鼎かなへに在あらず。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳(王孫満は)答えて言った。「(王の位を決めるのは)徳にあるのであって、鼎にあるのではありません。」

ここがポイント「在A不在B(Aに在りてBに在らず)」は「AにあってBにはない」と、大事なのはどちらかをはっきりさせる形です。「不」は否定で、否定の句法(不・弗・非・無・莫)でまとめています。

4文目:徳があれば、小さくても重い

書き下し文徳とくの休きう明めいなるは、小せうなりと雖いへども重おもきなり。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳(王の)徳がりっぱで明らかであれば、鼎はたとえ小さくても重いのです。

ここがポイント「雖〜(〜と雖も)」は「たとえ〜でも」という逆接の形。逆接の句法(雖・而・然)でくわしく練習できます。「休明」は、徳がりっぱで明らかなこと。

5文目:徳がなければ、大きくても軽い

書き下し文其その姦かん回くわい昏こん乱らんなるは、大だいなりと雖いへども軽かるきなり。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳(王が)よこしまで道理にそむき、くらく乱れていれば、鼎はたとえ大きくても軽いのです。

ここがポイント4文目と対(つい)になっています。「小・重」と「大・軽」を入れかえて、鼎の本当の重さは持ち主の徳で決まる、と言っています。

6文目:天命はまだ改まらない

書き下し文周しう徳とく衰おとろふと雖いへども、天てん命めい未いまだ改あらたまらず。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳周の徳はおとろえたとはいえ、(周に下された)天命はまだ改まっていません。

ここがポイント「未(いまだ〜ず)」は1字を2回読む再読文字(未・将・当・応・宜・須・猶・盍)で、「まだ〜ない」。「天命」は、天が王朝に下した、天下を治めよという命令のことです。

7文目:鼎の軽重は、まだ問うべきではない

書き下し文鼎かなへの軽けい重ちようは、未いまだ問とふべからざるなり。

(『春秋左氏伝』宣公三年)

現代語訳鼎の重さを、(あなたが)たずねるべき時ではまだありません。

ここがポイント王孫満のしめくくりの言葉です。「可(べし)」に「未」がついて「まだ〜してはならない・まだ〜できない」。「可」の読み方は可能の句法(可・能・得・足)で整理しています。
原文で覚える句法4つ在A不在BAに在りてBに在らずAにあってBにはない否定雖〜〜と雖もたとえ〜でも逆接未〜未だ〜ずまだ〜ない再読文字未可〜未だ〜べからずまだ〜してはならない可能・禁止
「鼎の軽重を問う」の原文には、否定・逆接・再読文字・「可」の形が入っています

原典(『春秋左氏伝』宣公三年)の本文では

維基文庫(中国語のウィキソース)の『春秋左氏傳』宣公三年の本文では、王孫満の答えのはじめと終わりは次のようになっています(句読点は維基文庫の本文のとおり)。

『春秋左氏伝』宣公三年の本文(一部)楚子問鼎之大小輕重焉。對曰:「在德不在鼎。…桀有昏德,鼎遷于商,載祀六百。商紂暴虐,鼎遷于周。德之休明,雖小,重也。其姦回昏亂,雖大,輕也。…周德雖衰,天命未改。鼎之輕重,未可問也。」
  • 「輕」「德」「對」:昔の字体(旧字体)です。今の字では「軽」「徳」「対」です。
  • 「觀兵于周疆」:「兵を周の疆(さかい)に観す」。「観す(しめす)」は、軍を見せつけること。周の国境で、力を見せびらかしたのです。
  • 「載祀六百」「卜世三十,卜年七百」:商はおよそ六百年続き、周は成王が鼎を郟鄏(こうじょく)に定めたとき、三十代・七百年と占った、と述べています。周は実際に、このあとも三百年以上続きました。

なお、夏の禹(う)が九州(中国全土)の銅を集めて作ったとされる「九鼎(きゅうてい)」という呼び名は、この段そのものには出てきません。王孫満は「遠方図物、貢金九牧(遠い地方の物をえがき、九つの地方の長が金〈銅〉をさし出した)」と言っていて、九鼎の伝えはほかの書に見られるものです。

うかるくん

うかるくん

荘王は、そのあと周をせめたんですか?

ミスターT先生

ミスターT先生

『左伝』のこの段には、荘王がそのあとどうしたかは書かれていない。けれども周は、このあとも長く続いたんだ。荘王は、のちに「春秋五覇」の一人に数えられることもある強い王だよ(五覇の顔ぶれは本によってちがう)。力では楚が上でも、「王の位は力ではなく徳で決まる」という王孫満の考えが、この場面では勝ったと言えるね。

鼎の重さは「徳」で決まる徳がある小さくても重い徳がない大きくても軽い小なりと雖も重く、大なりと雖も軽し
「徳がある鼎は小さくても重く、徳がない鼎は大きくても軽い」

出典『春秋左氏伝』と話の背景

『春秋左氏伝』(『左伝』とも言います)は、魯(ろ)の国の年代記『春秋』にくわしい説明をつけた本で、左丘明(さきゅうめい)が書いたと伝えられています(作者については諸説あります)。「宣公三年」は、魯の宣公という君主の3年目で、紀元前606年にあたります。

『左伝』からは、ほかにもたくさんの故事成語が生まれています。唇亡びて歯寒し(虞と虢の話)、宋襄の仁(いらない情け)、食指が動く(鄭の公子宋の話)、臍を噛む(鄧の三人の家来)、病膏肓に入る(晋の景公の夢)などです。「臍を噛む」の話には、同じ楚の王(文王)が出てきます。

楚という国と荘王

楚は、長江の中流に広がる南の大国でした。周の王から与えられた位は「子(し)」でしたが、楚の君主はみずから「王」を名のり、周と肩をならべようとしました。荘王(在位・紀元前613〜前591年)は、楚をさらに強くした王として知られ、「三年飛ばず鳴かず」の話(『史記』楚世家など)でも有名です。「鳴かず飛ばず」という言葉は、この話がもとになったとされます。

鼎と「天命」の考え

古代中国では、天が徳のある人を選んで天下を治めさせる、と考えられていました。これを天命と言います。王が徳を失えば、天命は別の人に移り、王朝が入れかわる――これを「天命が革(あらた)まる」、つまり革命と言いました。王孫満が語った「鼎が夏から商へ、商から周へ移った」という話は、まさにこの考えにもとづいています。鼎は、天命がどこにあるかを目に見える形で示す宝物だったのです。

天下を争うことを表す言葉には、逐鹿(中原に鹿を逐う)もあります。中国語では「問鼎(もんてい)」と言うだけで「天下や一番の座をねらう」という意味になり、「問鼎中原」という言い方もあります。

「鼎」のつく言葉

鼎は三本足でしっかり立つことから、「三つのものが向き合う」意味の言葉にも使われます。鼎立(ていりつ)は三つの勢力が向かい合って立つこと(魏・呉・蜀の「三国鼎立」)、鼎談(ていだん)は三人で話し合うことです。また「鼎の沸くがごとし」は、大さわぎになるようすのたとえです。

「鼎の軽重を問う」の使い方と例文・似た言葉

「鼎の軽重を問う」は、上に立つ人や、権威のある人・組織の実力を疑うときに使います。今は「鼎の軽重が問われる」「鼎の軽重を問われる」という受け身の形で、「実力が本物かどうかが試される」という意味でもよく使われます。

  • ○不祥事が続き、会社の経営陣の鼎の軽重が問われている。
  • ○決勝戦は、王者の鼎の軽重を問う一戦になった。
  • ○若手の挑戦者が、長く頂点に立つ名人の鼎の軽重を問う。
  • ○新しい政権の鼎の軽重が問われるのは、これからだ。
  • ×引っこしの荷物の鼎の軽重を問う。(ものの重さを量る意味ではない)
  • ×後輩の鼎の軽重を問う。(ふつうは、上に立つ人・権威のある人について使う)
「問う」と「問われる」鼎の軽重を問う上の人の実力・価値を疑うもとは「地位をうばおうとする」意味例:新人が社長の判断の鼎の軽重を問う鼎の軽重を問われる上に立つ人の実力が試される今はこの受け身の形でよく使われる例:王者として鼎の軽重が問われる一戦
「問う」は実力を疑うこと、「問われる」は実力を試されること

似た言葉

  • 真価を問われる:本当の値打ちが試されること。「鼎の軽重を問われる」とほぼ同じ意味で使えます。
  • 力量を疑う:その人の能力を疑うこと。
  • 問鼎(もんてい):「鼎を問う」の漢語の形。天下や地位をねらうこと。
  • 逐鹿(ちくろく)の意味と由来:天下(地位)を争うこと。

反対の言葉・考え方

  • 一目置く:相手の実力を認めて、一歩ゆずること。
  • 押しも押されもせぬ:だれからも実力を認められ、ゆるがないこと。
  • 牛耳を執る(同盟の主になる):集団の中心になって、主導権をにぎること。

英語では、"to question someone's ability"(人の能力を疑う)、受け身の「鼎の軽重が問われる」は "to be put to the test"(真価を試される)などで言い表せます。

受験勉強への生かし方

王孫満は「大事なのは鼎(形)ではなく徳(中身)だ」と答えました。受験勉強でも、問題集を何冊持っているか、何周したかという「鼎の大きさ」より、本当に解ける力がついたかという中身が問われます。立派な参考書をそろえても、中身がともなわなければ「大なりと雖も軽し」です。

「冊数・周回数」が目標になっていないか心配な人は、「問題集を終わらせることを目標にするな」の意味(中身を身につける勉強法)を読んでみてください。英単語でも同じで、何冊も手を出すより英単語の覚え方(単語帳は1冊を極める)のほうが力になります。本番で「鼎の軽重を問われる」のは、持っている本の数ではなく、あなた自身の実力です。

「鼎の軽重を問う」のよくあるまちがい

  • 「軽重」を「かるおも」「けいじゅう」とだけ覚える:ふつうは「けいちょう」と読みます(「けいじゅう」と読むこともあります)。「かるおも」とは読みません。
  • 「鼎」を「かま」「なべ」と読む:読みは「かなえ」(音読みは「てい」)です。
  • 目下の人について使う:もとは、下の者が上の権威(周の王)の力を疑う話です。ふつうは上に立つ人・権威のある人や組織について使い、後輩や子どもの実力を疑う場面には合いません。
  • ほめる意味で使う:「鼎の軽重を問う」は、実力を疑う・試すという、きびしい言葉です。「彼の実力の高さに鼎の軽重を問われた」のような、ほめる使い方はしません。
  • 周の王が楚の王に問うた話だと思う:問うたのは楚の荘王で、答えたのは周の王孫満です。「強い者が、弱った権威の地位をねらった」話です。
サクラちゃん

サクラちゃん

「鼎の軽重を問う」と「鼎の軽重を問われる」、どっちを使えばいいか迷います……。

ミスターT先生

ミスターT先生

だれが主語かで考えよう。疑う側が主語なら「問う」、疑われる・試される側が主語なら「問われる」。荘王の話でいえば、荘王が「問う」、周の王が「問われる」だ。ニュースでは「首相の鼎の軽重が問われる」のように、受け身がとても多いよ。

入試ではこう出る

「鼎の軽重を問う」は、中学受験・高校受験・大学受験のどれにも出てくる故事成語です。

  • 中学受験:故事成語の意味を選ぶ問題や、「鼎(かなえ)」の読みを問う問題で見られます。文章の中で「鼎の軽重が問われる」の形が出て、意味を答えさせる問題もあります。
  • 高校受験:故事成語の意味・使い方の正誤を選ぶ問題がよく出ます。「上に立つ人の実力を疑う」意味で、目下の人に使っていないかがポイントです。漢文の資料では、返り点や書き下し文を問われます。高校受験の漢文の出方は高校受験の漢文(返り点・書き下し文の対策)にまとめています。
  • 大学受験:『左伝』の本文で、「在徳不在鼎」の意味、「雖小重也」の「雖」の読み、「未可問也」の再読文字と「可」の訳が問われることがあります。評論文では「〜の鼎の軽重が問われている」の形で出て、文脈に合う意味を選ばせる問題になります。
ひらめいたサクラちゃん

サクラちゃん

「鼎の軽重を問う」は上の人の実力を疑うこと。受け身の「問われる」は実力を試されること。王孫満の「徳に在りて鼎に在らず」もいっしょに覚えます!

練習問題

やさしい

  1. 「鼎の軽重を問う」の意味として正しいものを選びましょう。
    ア 荷物の重さを量ること イ 上に立つ人の実力を疑い、その地位をねらうこと ウ 目下の人をきびしくしかること エ 宝物を大切に守ること
    答えと解説を見るイ。今は「人の実力を疑う」意味でも広く使われます。
  2. 「鼎」の読み方を、ひらがなで答えましょう。また、鼎はどんな道具ですか。
    答えと解説を見るかなえ。三本の足がついた青銅の大きななべで、古代中国では王の位のしるしとして大切にされました。

ふつう

  1. 「在徳不在鼎。」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
    答えと解説を見る徳に在りて鼎に在らず。訳:(王の位を決めるのは)徳にあるのであって、鼎にあるのではない。
  2. 次の文の( )に「問う」「問われる」のどちらかを入れましょう。
    ①不祥事が続き、社長の鼎の軽重が( )。 ②挑戦者が、王者の鼎の軽重を( )。
    答えと解説を見る①問われる ②問う。疑われる・試される側が主語なら「問われる」です。

むずかしい

  1. 「鼎之軽重、未可問也」を書き下し文に直し、「未」の句法の名前を答えましょう。
    答えと解説を見る鼎の軽重は、未だ問ふべからざるなり。「未」は再読文字(いまだ〜ず)です。
  2. 王孫満が「徳の休明なるは、小なりと雖も重きなり」と言ったのは、どういう考えを伝えるためですか。
    答えと解説を見る王の位の重さは、鼎の大きさではなく持ち主の徳で決まる、だから力で鼎(王の位)をうばうことはできない、という考えを伝えるためです。

「鼎の軽重を問う」とあわせて覚えたい関連ページ

『春秋左氏伝』から生まれた故事成語(絵で読む)

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よくある質問

鼎の軽重を問うとはどういう意味ですか?

鼎の軽重を問うとは、上に立つ人の実力や価値を疑い、その地位をうばおうとするという意味です。今では広く、人の実力や能力を疑うことにも使います。

鼎の軽重を問うの読み方は何ですか?

「かなえのけいちょうをとう」と読みます。「鼎」は「かなえ」、「軽重」は「けいちょう」と読みます。

鼎の軽重を問うの由来・出典は何ですか?

中国の歴史書『春秋左氏伝』宣公三年の話が由来です。周の国境で兵を見せつけた楚の荘王が、周の王孫満に王の宝である鼎の大きさと重さをたずね、周の王位をねらう心を見せました。王孫満は「徳に在りて鼎に在らず」と答えました。

鼎の軽重を問うの原文と書き下し文は?

原文は「楚子問鼎之大小軽重焉」で、書き下し文は「楚子鼎の大小軽重を問ふ」です。王孫満の答えは「在徳不在鼎(徳に在りて鼎に在らず)」です。

鼎とは何ですか?

鼎(かなえ)は、三本の足がついた青銅の大きななべです。もとは料理や祭りに使う道具でしたが、古代中国では王の位や国の力を表す宝物として大切にされました。

「鼎の軽重を問われる」はどう使いますか?

「鼎の軽重を問われる」は、上に立つ人や組織の実力が本物かどうか試される・疑われるという意味です。「連敗が続き、王者の鼎の軽重が問われている」のように使い、今はこの受け身の形がよく使われます。

鼎の軽重を問うの似た言葉・反対の言葉は?

似た言葉には「真価を問われる」「問鼎」「逐鹿」があります。反対の意味を表す言葉には「一目置く」「押しも押されもせぬ」があります。

鼎の軽重を問うはビジネスで使えますか?

はい、使えます。「新社長の鼎の軽重が問われる決算だ」のように、経営者やリーダーの実力が試される場面でよく使われます。ただし相手を直接疑う言葉なので、目上の人に向かって使うときは注意が必要です。

鼎の軽重を問うは英語で何と言いますか?

"to question someone's ability"(人の能力を疑う)で言い表せます。受け身の「鼎の軽重が問われる」は "to be put to the test"(真価を試される)が近い言い方です。

鼎の軽重を問うは入試でどう出ますか?

中学受験・高校受験では故事成語の意味や「鼎」の読みを問う問題が出ます。大学受験では『左伝』の原文で「在徳不在鼎」の意味や、「未可問也」の再読文字の読み方が問われることがあります。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 原文:『春秋左氏伝』宣公三年(維基文庫の本文で確認)
  • 楚の荘王の在位年・「三年飛ばず鳴かず」:『史記』楚世家などによる一般的な説明
  • 九鼎の伝え:ほかの書による一般的な説明(『左伝』宣公三年のこの段には「九鼎」の語は無い)
  • 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
  • お話の絵・図:合格大作戦

最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦