天保山の高さは4.53m|日本一低い山と、富士山より高かった新高山(玉山)・九つの帝国大学

この記事の結論

  • 大阪市港区の天保山(てんぽうざん)の標高は4.53mです。頂上に三角点がある築山(人の手で土を盛ってできた山)で、長く「日本一低い山」として知られてきましたが、2014年の国土地理院の調査のあとは「日本で2番目に低い山」と紹介されています
  • 日本一高い山は富士山(3,776m)ですが、台湾が日本の統治下にあった時代(1895〜1945年)は、台湾の新高山(にいたかやま、今の玉山=ぎょくざん、3,952m)が「日本で一番高い山」でした。同じように、帝国大学も今の七帝大のほかに京城・台北をふくむ九つありました
コーヒーブレーク
元の記事の写真。勉強の合間の「コーヒーブレーク」として読んでください

Q:天保山の高さは?

A:4.53メートル

⇒メートルの語源

天保山は日本一低い山です。標高4.53mの築山で国土地理院発行の地形図に山名と共に掲載されています。山頂には二等三角点があります。

日本一高い山といえば標高3776メートルの富士山ですが、一昔前は富士山より高い山がありました。

――ここまでが2013年12月に書いた元の記事の書き出しです(元の「一昔間」は「一昔前」に直しました)。2026年10月、国土地理院の山岳標高の一覧などで数字を確かめ直し、「日本一低い山」がその後どうなったか、日本の高い山の順位、新高山の年表、九つの帝国大学の地図と年表を足して書き直しました。地理・日本史・世界史の雑学として、受験勉強の息ぬきに読んでください。

天保山の高さ(標高)は4.53m:どんな山?

天保山は、大阪市港区の大阪港のそば、海遊館や天保山公園のある「天保山ハーバービレッジ」のすぐ近くにある山です。大阪観光局の案内によると、江戸時代に、洪水を防ぎ大きな船が大阪に入りやすくするための大工事(川の底の土砂をさらう工事)が行われ、そのときに積み上げた土砂でできた築山(つきやま)です。名前は、そのころの元号「天保」から付きました。

できたころは今よりずっと高く、大阪観光局の案内では「一時は20mを超えていた」とされています。その後、地盤が沈むなどして低くなり、今は4.5mほど。元の記事に書いた4.53mという値が、ふつう天保山の標高として使われています。

人の背の高さ(170cmとします)とくらべると、4.53÷1.7でおよそ2.7倍。大人3人分にもなりません。それでも、江戸時代の人たちが川をさらって積み上げた土が、200年近くたった今も「山」として地図に残っているのは、歴史の証人のようでおもしろいところです。

天保山が「山」と呼べる理由:三角点

「4.5mの盛り土が山なの?」と思うかもしれません。天保山が山として扱われる大きな理由は、頂上に三角点(さんかくてん)があり、国土地理院の地形図に山の名前が載っていることです。三角点は、地図を作るための測量の目印で、全国の見晴らしのよい場所に石の標識が埋められています。三角点には一等から四等までの種類があり、天保山にあるのは二等三角点です。

三角点は、昔の地図づくりで「三角形の頂点」として使われたことから付いた名前です。三角形の1辺の長さと2つの角がわかれば、ほかの辺の長さが計算できる――これは高校数学の三角比(正弦定理)の考え方そのものです。三角比の基本は公式辞典の「三角比の基本」、三角測量で地球の大きさを測ってメートルを決めた話は「メートルの定義とは?子午線の1000万分の1から光の速さへ」にまとめています。

天保山の「登山証明書」

天保山は、低い山ならではの楽しみ方でも知られています。大阪観光局の案内によると、麓の天保山商店街には「天保山登山証明書」を出してくれるお店があります。数十秒で登れる山の「登頂の証明」は、ちょっとした話のたねになります。大阪の観光で海遊館に行くついでに、日本有数の「低い山」の頂上に立ってみるのもおもしろいでしょう。

日本一低い山はどこ?天保山と日和山

「日本一低い山」たちの高さくらべ 1m2m3m4m5m 人(170cm) 3m 日和山(仙台) 4.53m 天保山(大阪)
低い山の高さくらべ。天保山(4.53m)は人の背の高さの約2.7倍、仙台の日和山は3m

元の記事を書いた2013年には「天保山は日本一低い山」と書きました。ところがその後、事情が変わります。

宮城県仙台市宮城野区の海の近くに、日和山(ひよりやま)という築山があります。漁に出る前に天気(日和)を見るために土を盛った山と紹介され、震災の前は6mほどの高さでした。2011年の東日本大震災の津波で山の形が大きく削られ、2014年に国土地理院が測り直したところ、標高3mの山として地形図に載ることになった、と多くの記事で紹介されています。

こうして、大阪観光局の案内でも、天保山は「2014年の国土地理院の調査で日本で2番目に低い山と判明した」と書かれるようになりました。元の記事の「天保山は日本一低い山です」は2013年当時の言い方、ということになります。

「日本一低い山」は基準しだい

ただし、「日本一低い山」は、何を山と数えるかで答えが変わります。

  • 地形図に山の名前が載っている山のなかで低い順に見ると、日和山(3m)→天保山(4.53m)と紹介されることが多いです。
  • 三角点がある山に限ると、二等三角点のある天保山が「いちばん低い」と言われることがあります。
  • 人の手で作った山(築山)を外して、自然にできた山だけで比べる、という考え方もあります。

このように「いちばん○○」の話は、くらべる基準(定義)をそろえないと答えがぶれます。受験の勉強でも同じで、「日本一長い川」と「日本一流域面積の広い川」は別の川です(信濃川と利根川)。川の話は「日本三大清流は四万十川・柿田川ともう一つは何川?」、「日本一面積の小さい都道府県」は「日本一面積の小さい都道府県はどこ?地理クイズ」でクイズにしています。基準を確かめるくせは、地理の統計問題でもそのまま役に立ちます。

うかるくん

うかるくん

えっ、天保山って「日本一」じゃなくなったんですか!?

合格先生

合格先生

2014年に仙台の日和山が3mの山として地形図に載ってから、天保山は「2番目に低い山」と紹介されるようになりました。ただ、三角点がある山で見ると天保山がいちばん低い、という言い方もあります。

サクラちゃん

サクラちゃん

「何を山と数えるか」で1位が変わるんですね。

合格先生

合格先生

そのとおり。地理の統計問題でも「面積」「人口」「長さ」など、何の順位かをまず確かめる。それが読みまちがいを防ぐいちばんのコツです。

標高とは?山の高さのはかり方

標高=海面から何mの高さか 三角点(山の上の目印) 0m=東京湾の平均海面 標高 地形図には、測った高さが数字で書かれる
標高は東京湾の平均海面を0mとした高さ。山の上の三角点などの高さを測って地形図に書く

標高(ひょうこう)とは、海面からの高さのことです。日本では東京湾の平均海面(潮の満ち引きをならした海面の高さ)を0mとして、そこから何m高いかで表します。天保山の4.53mも、富士山の3,776mも、同じ基準で測った高さです。

国土地理院の「日本の主な山岳標高」の一覧を見ると、それぞれの山の高さに「三角点」「標高点」「測定点」といった種別が書かれています。

  • 三角点:山の上に埋められた測量の標識の高さ。間ノ岳など。
  • 標高点:地図を作るときに測った点の高さ。奥穂高岳・槍ヶ岳など。
  • 測定点:その山のいちばん高い所を測った高さ。富士山の剣ヶ峯(けんがみね)、北岳など。

山の高さは、測り方が新しくなったり、地震などで地面が動いたりすると見直されます。そのため国土地理院は一覧を何度も更新していて、この記事の数字は2026年3月31日版の一覧によるものです。テストで山の高さを答えるときは、教科書や地図帳に書かれた値を使いましょう。

「1m」という長さがどう決まったかは「メートルの定義とは?」、長さや面積の単位の直し方は公式辞典の「単位の換算」でまとめています。

日本で一番高い山・二番目・三番目に高い山

富士山
元の記事の富士山の写真。日本一高い山で、標高は3,776m

日本で一番高い山は、言うまでもなく富士山(3,776m)です。元の記事の最後には「ちなみに日本で二番目に高い山、三番目に高い山は」として、次の2つを書いていました。

  • 二番目・・・北岳 3,193m (山梨県) <南アルプス>
  • 三番目・・・奥穂高岳 3,190m (長野県・岐阜県) <北アルプス>

この2つは今も同じ高さです。ただ、2014年4月の見直しで、南アルプスの間ノ岳(あいのたけ)が1m高い3,190mとされ、奥穂高岳と並んで3位になりました。国土地理院の今の一覧で、高い順に並べると次のとおりです。

順位山読み標高都道府県種別
1位富士山ふじさん3,776m山梨県・静岡県測定点
2位北岳きただけ3,193m山梨県測定点
3位間ノ岳あいのたけ3,190m山梨県・静岡県三角点
3位奥穂高岳おくほたかだけ3,190m長野県・岐阜県標高点
5位槍ヶ岳やりがたけ3,180m長野県標高点
6位東岳(悪沢岳)ひがしだけ(わるさわだけ)3,141m静岡県標高点
日本の高い山(国土地理院・2026年3月) 1位富士山3,776m2位北岳3,193m3位間ノ岳3,190m3位奥穂高岳3,190m5位槍ヶ岳3,180m6位東岳3,141m 棒は3,000mから上の部分だけをくらべています
日本の高い山の順位(国土地理院「日本の主な山岳標高」2026年3月31日版)。3位は間ノ岳と奥穂高岳が3,190mで並ぶ

富士山は2位の北岳より583mも高く、ずば抜けた山だとわかります。富士山は火山で、まわりにひとつだけそびえる形(独立峰)ですが、2位以下は南アルプス(赤石山脈)や北アルプス(飛騨山脈)の山々が並びます。北岳・間ノ岳は南アルプス、奥穂高岳・槍ヶ岳は北アルプスの山です。

日本アルプスと地理の勉強

日本アルプスは、北から飛騨山脈(北アルプス)・木曽山脈(中央アルプス)・赤石山脈(南アルプス)の3つです。地理のテストでは、山脈の名前と位置、そのまわりを流れる川(信濃川・天竜川・富士川など)、「日本の屋根」と呼ばれることなどがよく問われます。白地図に3つの山脈を書きこみ、高い山の名前を1つずつ添えて覚えると、地図の問題に強くなります。地図や統計の読み方は「地理の勉強法【基礎編】」で、教科ごとの全体の勉強法は「大学受験の勉強法まとめ」で紹介しています。

指さして説明するサクラちゃん

サクラちゃん

富士山3,776m、北岳3,193m、3位は間ノ岳と奥穂高岳の3,190m! 1位と2位の差がこんなに大きいなんて。

日本で一番高かった山は「新高山(玉山)」

元の記事の本題がここです。元の記事では次のように書きました。

現在の台湾にある標高3952メートルの「新高山(ニイタカヤマ)」です。台湾が大日本帝国領だったときは、富士山より高い山が日本にも存在したのですね。

新高山(玉山)と富士山 3,952m玉山(新高山)・台湾 3,776m富士山・日本 176m 高い
台湾の玉山(日本統治時代の名は新高山)は3,952mで、富士山(3,776m)より176m高い

台湾の最高峰玉山(ぎょくざん、台湾ではユーシャン)は、台湾の国家公園の案内で「主峰の高さ3,952m、台湾で、また東北アジアでいちばん高い山」と紹介されています。富士山より176m高い山です。

「新高山」という名前の由来

1895年の下関条約で、台湾は日本が治める土地になりました。台北駐日経済文化代表処の台湾文化センターの説明によると、1896年に日本側が玉山の高さを測ったところ3,950mとなり、富士山より高いことがわかりました。そして1897年、この山は「新高山」と名づけられます。富士山より高い山が日本に加わったことを表す名前だった、と考えられます。

1945年に日本の統治が終わったあと、山の名前は「玉山」に戻りました(同じ説明では1949年)。台湾の気象観測所も、1943年に「新高山測候所」としてできたあと、のちに「玉山」の名前に変わっています。

「日本一高い山」が富士山でなかった時代 日本一高い山=新高山(約50年) 1895年台湾が日本に1897年「新高山」と命名1945年日本の統治が終わる1949年「玉山」の名に
1895年から1945年までの約50年、日本で一番高い山は富士山ではなく新高山だった

「ニイタカヤマノボレ」

新高山の名前は、日本史では別の場面でも出てきます。1941年12月、太平洋戦争の始まりとなったハワイの真珠湾攻撃の前に、日本海軍が開戦の決定を伝える合図として使った暗号電文(「ニイタカヤマノボレ一二〇八」、12月8日開戦の意味)が「ニイタカヤマノボレ(新高山登れ)」でした。日本でいちばん高い山の名前が、開戦の合図に使われたわけです。

このように、地名の由来をたどると歴史の流れがよく見えてきます。明治・大正・昭和の日本の流れは「日本史の勉強法」、台湾やアジアの国々の歴史は「東南アジア史の勉強法」や「世界史の勉強法(私大・2次試験編)」も参考にしてください。地名を漢字で書く練習なら「国名の漢字表記クイズ20問」もおすすめです。

日本の範囲は時代で変わる

「日本一高い山」が時代によって変わるのは、日本の範囲そのものが時代によって変わったからです。今の日本の東西南北の端は、最北端が択捉島、最東端が南鳥島、最南端が沖ノ鳥島、最西端が与那国島です。北の端の島々については「北方領土の覚え方|四島の名前・読み・位置と日本の東西南北の端」でくわしく図にしています。

旧帝大は7つ?それとも9つ?九つの帝国大学

元の記事の後半は、新高山と同じ「昔の日本の範囲」の話として、帝国大学をとりあげました。元の文は次のとおりです。

旧帝大(旧帝国大学)といえば

  1. 東京大学
  2. 京都大学
  3. 東北大学
  4. 九州大学
  5. 北海道大学
  6. 大阪大学
  7. 名古屋大学

の七帝国大学と思いがちですが、一昔前は九つの帝国大学。すなわち九帝国大学があったのです。

九つの帝国大学ができた年と、今の大学は次のとおりです。元の一覧では京城帝国大学を「1918年(大正13年)」としていましたが、大正13年は1924年です。1924年に直しました。

順設置年設置時の名前今の大学受験掲示板
11886年
(明治19年)
帝国大学(1897年から東京帝国大学)東京大学東京大学受験掲示板
21897年
(明治30年)
京都帝国大学京都大学京都大学受験掲示板
31907年
(明治40年)
東北帝国大学東北大学東北大学受験掲示板
41911年
(明治44年)
九州帝国大学九州大学九州大学受験掲示板
51918年
(大正7年)
北海道帝国大学北海道大学北海道大学受験掲示板
61924年
(大正13年)
京城帝国大学(戦後に再編、1946年にソウル大学校)―
71928年
(昭和3年)
台北帝国大学国立台湾大学―
81931年
(昭和6年)
大阪帝国大学大阪大学大阪大学受験掲示板
91939年
(昭和14年)
名古屋帝国大学名古屋大学名古屋大学受験掲示板

「受験掲示板」は受験掲示板「100点BBS」の各大学の掲示板です。

九つの帝国大学ができた順 東京1886京都1897仙台1907福岡1911札幌1918京城1924台北1928大阪1931名古屋1939 京城は1924年
九つの帝国大学ができた順。赤は今の日本の七帝大、灰色は外地に置かれた帝国大学

京城帝国大学と台北帝国大学

九つのうち2つは、今の日本の外に置かれた帝国大学です。

  • 京城帝国大学(1924年):今の韓国・ソウル(当時の呼び名は京城=けいじょう)に置かれました。1924年にまず予科(大学の前の課程)ができ、1926年に法文学部と医学部で大学の授業が始まっています。戦後に再編され、1946年にほかの学校と合わせる形でソウル大学校ができました。
  • 台北帝国大学(1928年):今の台湾・台北に置かれ、戦後は国立台湾大学になりました。台湾の新高山と同じく、日本の統治の時代にできた大学です。

元の記事の一覧で京城帝国大学を「1918年」としていたのは、北海道帝国大学の1918年(大正7年)とまちがえたものと思われます。年号と和暦を両方書くときは、明治元年=1868年、大正元年=1912年、昭和元年=1926年を使って「西暦−1911=大正の年」のように検算すると、こうしたまちがいを防げます(1924−1911=13で、大正13年)。

北海道 1918東北 1907東京 1886名古屋 1939京都 1897大阪 1931九州 1911京城 1924台北 1928 今の日本の七帝大 外地の帝国大学
九つの帝国大学の場所(位置関係のイメージ)。赤が今の日本の七帝大、灰色が京城と台北

今の「旧帝大(七帝大)」

帝国大学の名前は1947年に使われなくなり(京都帝国大学も1947年に京都大学と改称)、1949年からは新しい制度の国立大学(新制大学)になりました。今「旧帝大」と言うときは、ふつう日本にある東京大学・京都大学・東北大学・九州大学・北海道大学・大阪大学・名古屋大学の7校を指し、「七帝大(ななていだい)」とも呼ばれます。

7校ができた順番と覚え方は「旧帝大(七帝大)の設置された順番」、東大の淡青と京大の濃青のスクールカラーの由来は「東大のスクールカラーは淡青、京大は濃青」、東大と京大の運動部の定期戦は元の記事の関連記事「東大・京大スポーツ定期戦「双青戦」」で紹介しています。旧帝大を目指す人は、入試のしくみを「東大合格大作戦|東京大学の入試の仕組み」「京都大学の学部別 配点一覧」で、自宅で勉強して目指す方法を「宅浪から旧帝大に合格する勉強法」で確かめてください。

サクラちゃん

サクラちゃん

「旧帝大は7つ」って覚えていたので、9つって聞いてびっくりしました。

合格先生

合格先生

今の日本にあるのは7つ、戦前の日本が置いたのは全部で9つです。京城(今のソウル)と台北の2つは、日本の統治が終わってからそれぞれの国の大学に引きつがれました。

うかるくん

うかるくん

新高山の話と同じで、「日本の範囲」が今とちがったからなんですね。

合格先生

合格先生

そうです。数字や年号は「いつの時点の話か」をそえて覚えると、まちがえません。元の記事の京城帝国大学の年も、和暦で検算すれば1924年だとすぐわかります。

地形図で山の高さを読む:等高線と三角点の記号

天保山や富士山の話は、地理の「地形図の読み取り」の問題に直結します。国土地理院の地形図では、山の高さを等高線(同じ高さの地点を結んだ線)と、三角点・標高点の記号と数字で表します。

  • 2万5千分の1地形図:細い主曲線は10mごと、太い計曲線は50mごと。
  • 5万分の1地形図:主曲線は20mごと、計曲線は100mごと。
  • 三角点は三角形の中に点の記号、標高点は点の記号で、そばに高さの数字が書かれます。

この決まりから、おもしろいことがわかります。天保山の4.53mは、2万5千分の1地形図の主曲線(10mごと)にも届きません。つまり天保山には等高線が1本も引けないのです。それでも地形図で山だとわかるのは、山の名前と三角点の記号・数字が書かれているからです。

反対に富士山のような高い山では、等高線がびっしり並びます。等高線の間がせまい所は傾きが急、広い所はゆるやか――これは地形図の問題の基本です。縮尺から実際の距離を出す計算(地図上の長さ×縮尺の分母)もよく出ます。たとえば2万5千分の1地形図で4cmなら、4cm×25,000=100,000cm=1kmです。こうした計算は単位の直し方さえ身につけておけば得点源になります。

地形図の問題では、記号・等高線・縮尺の3つをセットで練習するのが近道です。共通テストの「地理総合,地理探究」でも地図の読み取りは出題されます。教科書や地図帳の地形図のページを開いて、三角点の記号を探してみるところから始めましょう。

雑学を受験の得点に変えるコツ

天保山・新高山・帝国大学の話は、どれも「へえ」で終わらせるにはもったいない題材です。受験の勉強に生かすコツを3つまとめます。

1.「いつの時点の話か」をそえて覚える

「天保山は日本一低い山」は2013年当時には広く言われていたことで、2014年からは「2番目」と紹介されるようになりました。「日本一高い山は新高山」も1895〜1945年の話です。事実には時点がある――これを意識すると、時事問題や統計問題で古い知識のまま答えるミスが減ります。

2.数字は計算で確かめる

玉山と富士山の差は3,952−3,776=176m、富士山と北岳の差は3,776−3,193=583m。こうして自分で引き算してみると、数字が記憶に残ります。和暦と西暦の変換も同じで、検算のくせがあれば「1918年(大正13年)」のような食いちがいにすぐ気づけます。数字の見方や計算のくせは「数学まとめ」の各ページでも練習できます。

3.地理・日本史・世界史をつなげる

新高山の話には、地理(台湾の地形・高い山)、日本史(下関条約・太平洋戦争)、世界史(東アジアの近代)がいっしょに入っています。1つの地名から3つの科目をつなげると、どの科目の問題にも答えやすくなります。教科書のどこにつながるかを考えて調べる勉強法は「勉強ができるようになる方法は「興味をもつ」こと」でも紹介しています。

人差し指を立てて説明する合格先生

合格先生

「いつの話か」「何の順位か」「計算は合っているか」。この3つを確かめるくせが、雑学を得点に変えます。

まとめ:天保山・新高山・九つの帝国大学

  • 大阪の天保山の標高は4.53m。江戸時代の天保年間に土砂を積んでできた築山で、頂上に二等三角点がある。
  • 2014年に仙台の日和山(3m)が地形図に載ってから、天保山は「日本で2番目に低い山」と紹介されている。「日本一低い山」は基準しだい。
  • 日本の高い山は富士山3,776m・北岳3,193m・間ノ岳と奥穂高岳3,190m(国土地理院、2026年3月)。
  • 1895〜1945年は、台湾の新高山(玉山、3,952m)が日本で一番高い山だった。
  • 帝国大学は全部で九つ。京城帝国大学は1924年(大正13年)、台北帝国大学は1928年。今の旧帝大は七帝大。

地理や大学のことで聞きたいことがあれば「受験の質問・相談」で受け付けています。旧帝大を目指す仲間とは、受験掲示板「100点BBS」の京都大学受験掲示板や東京大学受験掲示板で情報交換できます。


関連記事(元の記事の関連記事)

よくある質問

天保山の高さ(標高)は何メートルですか?

4.53mです。江戸時代の天保年間に川の土砂を積んでできた築山で、頂上に二等三角点があります。大阪観光局の案内では今は約4.5mとされています。

日本一低い山はどこですか?

国土地理院の地形図に名前が載る山では、2014年の調査で標高3mとされた仙台市の日和山がいちばん低いと紹介されています。天保山は2番目とされますが、何を山と数えるかで答えは変わります。

日本で二番目・三番目に高い山はどこですか?

国土地理院の一覧(2026年3月)で、2番目は北岳(3,193m)、3番目は間ノ岳と奥穂高岳(どちらも3,190m)です。1番目の富士山は3,776mです。

富士山より高い「日本一高かった山」とは何ですか?

台湾の玉山(3,952m)です。台湾が日本の統治下にあった1895〜1945年は日本で一番高い山で、1897年に「新高山(にいたかやま)」と名づけられました。

帝国大学はいくつありましたか?

9つです。東京・京都・東北・九州・北海道・大阪・名古屋の7つと、京城(今のソウル、1924年)・台北(1928年)の2つです。今の日本にある7校は「七帝大」と呼ばれます。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 元の本文と写真(コーヒーブレーク・富士山):2013年12月の元の記事(大学受験合格大作戦)
  • 天保山の成り立ち・高さ・三角点・2014年の調査・登山証明書:大阪観光局 OSAKA-INFO「天保山」(https://osaka-info.jp/experience/ja/osaka/spot/288)
  • 日和山(仙台市)の標高3m・2014年の調査:各種の報道・紹介記事による
  • 日本の山の標高・種別:国土地理院「日本の主な山岳標高(1003山)」2026年3月31日版(https://www.gsi.go.jp/kihonjohochousa/kihonjohochousa41139.html)
  • 玉山の標高:台湾 国家公園署(https://www.taiwan.nps.gov.tw/home/zh-tw/quarterly/7922/6687.html)、中央気象署 玉山気象站(https://www.cwa.gov.tw/V8/C/A/organ/46755.html)
  • 新高山の命名(1897年)・1896年の測量・名前が戻った年:台北駐日経済文化代表処 台湾文化センター(https://www.twcenter.org.tw/?p=2426)
  • 帝国大学の設置年:各大学の沿革。京城帝国大学の予科(1924年)・学部(1926年)は東京大学学術機関リポジトリの論文要旨による
  • 元の記事の誤り(京城帝国大学の「1918年」→1924年、「一昔間」→「一昔前」)を直しました

最終更新:2026年10月23日/作成:大学受験合格大作戦

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