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谷山豊Yutaka Taniyama
ひとことで言うと
1955年に楕円曲線とモジュラー形式をつなぐ問題を出した日本の数学者。親友の志村五郎が整理した谷山・志村予想は、フェルマーの最終定理の証明の鍵になった。
| 名前 | 谷山豊(たにやま ゆたか。Yutaka Taniyama) |
|---|---|
| 生没年 | 1927年11月12日〜1958年11月17日(31歳) |
| 国 | 日本(埼玉県生まれ、東京大学で活躍) |
| 分野 | 整数論・楕円曲線・モジュラー形式 |
| 主な業績 | 1955年の日光のシンポジウムでの問題(谷山・志村予想のもと)、『近代的整数論』(志村五郎と共著、1957年) |
| 名前がつくもの | 谷山・志村予想(現在はモジュラー性定理) |
| 関係する人 | 志村五郎(親友・共同研究)、ヴェイユ、ワイルズ(予想の証明) |
このページのポイント
- 1955年、日光の国際シンポジウムで、楕円曲線とモジュラー形式の関係についての問題を出した。のちに谷山・志村予想とよばれる
- 予想の一部をワイルズが証明し(1995年)、フェルマーの最終定理が解決。予想は1999年にすべての場合に証明された
- 1958年に31歳で亡くなった。高校数学の余りの計算(合同式)と素数が、その研究の入口になる
谷山豊は何をした人?(業績をひとことで)
谷山豊(たにやま ゆたか、1927〜1958年)は、日本の数学者です。1955年、東京と日光で開かれた代数的整数論の国際シンポジウムで、楕円曲線とモジュラー形式という2つの世界が深くつながっていることを示すいくつかの問題を出しました。この問題が、のちに親友の志村五郎によって整理され、「谷山・志村予想」とよばれるようになります。
この予想は、フェルマーの最終定理の証明につながりました。1986年にリベットが「谷山・志村予想が正しければ、フェルマーの最終定理も正しい」ことを示し、1995年にワイルズの業績と生涯が、予想の大事な場合を証明して、約360年ものあいだ解かれなかったフェルマーの最終定理とはに決着をつけたのです。谷山は1958年に31歳で亡くなり、この証明を見ることはできませんでした。
受験生にとっての谷山豊は、まず「日本の数学者が出した問いが、世界の大問題の解決につながった」ことを教えてくれる人です。研究そのものは大学院レベルですが、出発点には高校数学の言葉があります。たとえば、素数 で割った余りの計算(合同式(mod)の計算)を使って曲線の点を数える、という考え方です。この記事では、谷山の仕事を「楕円曲線」「モジュラー形式」「橋」の3つのキーワードで、図と表を使ってやさしく説明します。
うかるくん
フェルマーの最終定理って、日本の数学者も関係しているんですか?
合格先生
そうだよ。谷山豊と志村五郎という2人の日本人数学者が出した予想が、証明の鍵になったんだ。「谷山・志村予想」という名前は、聞いたことがあるかもしれないね。
谷山豊の生涯と年表
埼玉県に生まれ、東京大学へ
谷山豊は、1927年11月12日、埼玉県の騎西(きさい)町(現在の加須市のあたり)で生まれました。東京から北に約50キロメートルの土地です。高校を出て、東京大学の数学科に入りました。1953年3月に東京大学を卒業し、そのあとも大学に残って、特別研究生として研究を続けました。MacTutor の伝記によれば、決まった指導教員はおらず、自分で学ぶ形だったとされています。
整数論との出会い
大学で代数学の講義を受けるうちに、谷山は整数論に引きつけられました。整数論は、整数の性質を調べる数学です。日本には、高木貞治の業績と生涯が築いた整数論の伝統がありました。谷山は、フランスのシュヴァレーやヴェイユらの本を読んで勉強したと伝えられています。
1955年、日光でのシンポジウム
1955年9月、東京と日光で代数的整数論の国際シンポジウムが開かれました。世界から有名な数学者が集まった会議で、谷山はいくつかの問題を提出します。この問題が、楕円曲線とモジュラー形式の関係についての予想のもとになりました。シンポジウムには、フランスの大数学者アンドレ・ヴェイユも参加しており、谷山はここで知り合った、とされています。ヴェイユからは大きな影響を受けたと、MacTutor に書かれています。
志村五郎との友情と共同の本
谷山の親友が、のちにプリンストン大学の教授になる志村五郎でした。1957年には、2人で日本語の教科書『近代的整数論』を書いています。英語版も計画されましたが、完成しませんでした。志村は、谷山の問いを、数学として正確な形に整理していきました。
1958年、31歳で亡くなる
谷山豊は、1958年11月17日、東京で亡くなりました。31歳でした。当時、東京大学で助教授の立場にあり、アメリカのプリンストン高等研究所にも招かれていたと伝えられています。友人や同僚たちは、大きな衝撃を受けました。この記事では、亡くなった事情にはふれず、事実を短く書くにとどめます。谷山の問いは、その後の数学者たちによって引きつがれ、最後に大きな実を結びました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1927年 | 11月12日、埼玉県の騎西町(現・加須市のあたり)で生まれる |
| 1953年 | 3月、東京大学の数学科を卒業。特別研究生として残る |
| 1955年 | 9月、東京・日光の代数的整数論の国際シンポジウムで問題を出す |
| 1957年 | 志村五郎と『近代的整数論』(日本語)を書く |
| 1958年 | 11月17日、東京で亡くなる(31歳) |
| 1967年 | ヴェイユが、予想の形を整理して広める(谷山・志村・ヴェイユ予想ともよばれる) |
| 1984〜85年 | フレイが、フェルマーの最終定理の反例から楕円曲線を作る |
| 1986年 | リベットが、「谷山・志村予想が正しければ最終定理も正しい」ことを示す |
| 1995年 | ワイルズの論文が発表され、フェルマーの最終定理が証明される |
| 1999年 | ブルイユ・コンラッド・ダイアモンド・テイラーが、谷山・志村予想をすべての場合に証明(論文は2001年) |
谷山豊の主な業績をやさしく解説
業績1 楕円曲線とは?:3次方程式のグラフ
谷山・志村予想に出てくる楕円曲線は、 のような3次式の方程式が作る曲線です(楕円の名前がついていますが、形は楕円ではありません)。たとえば のグラフは、下のようになります。
に数を入れると の値が決まり、その平方根が です。 なら で、 になります。2次曲線(円・放物線など、2次曲線の性質を参照)より一段むずかしい、3次の曲線です。この曲線の上の有理数の点( も も分数で書ける点)を調べることは、フェルマーの業績と最終定理の時代から続く、整数論の大きなテーマでした。
楕円曲線の性質を調べるときに大事なのは、素数 で割った余りの世界で、曲線の点が何個あるかを数えることです。たとえば で、 の点を、 で調べると、 を5で割った余りが、順に になります。余りが0なら の1個、余りが1か4(5で割った余りが平方数になるもの)なら が2個、それ以外ならなし。足すと 1+1+2+2+1=7個。これに「無限遠の点」を1個加えて、8個です。この数え方は余りの考え方と素数の意味の理解が土台になります。
業績2 モジュラー形式とは?:とても対称性の高い関数
モジュラー形式は、複素数の上で定義された、とても対称性の高い関数です。変数を、ある決まった規則で変えても、関数の形がほとんど変わりません。この関数を、 のべき級数
の形に展開したとき、係数 に、整数論の情報がつまっているのが、モジュラー形式の面白いところです。たとえば、ラマヌジャンの業績と生涯が研究した「 関数」の係数も、モジュラー形式から出てきます。ガウスの業績と整数論やオイラーの業績の時代から、このような級数の研究は続いてきました。
楕円曲線は「式」の世界の対象で、モジュラー形式は「解析」(関数の世界)の対象です。ふつうに考えると、全くちがう種類のものに見えます。
業績3 谷山・志村予想:2つの世界の橋
谷山が1955年に出した問題と、それを整理した志村の考えは、「有理数の係数の楕円曲線は、すべてモジュラー形式と対応する」という予想にまとまりました。これが谷山・志村予想です。今ではモジュラー性定理とよばれる、証明された定理です。
対応するというのは、具体的には次のことです。楕円曲線を素数 で割った余りの世界で点を数えて、 という数を各素数に対して作ります。その数と、対応するモジュラー形式の係数が、ぴったり一致するのです。たとえば、 の場合、次の表のようになります。
左の世界(曲線)で素数ごとに数えた数が、右の世界(関数)の係数として、すべて現れるのです。この表は、計算で確かめたものです。たとえば の列では、曲線の点が8個なので となり、関数の の係数も になっています。 の列も、点が8個で 、関数の の係数も6です。曲線の側は「余りの世界で点を数える」という、高校生にも分かる作業だけで出せる数なのに、それが、複素数の上の関数の係数とぴったり重なる。これが、谷山の問題が多くの数学者を驚かせた理由でした。予想が主張しているのは、この一致が、有理数係数のどんな楕円曲線でも起こるということでした。
業績4 フェルマーの最終定理への道
谷山・志村予想がなぜ有名なのか。それは、フェルマーの最終定理の証明につながったからです。道すじは次のとおりです(くわしくはフェルマーの最終定理とは?わかりやすく解説やフェルマーの最終定理を中学生向けに図解を読んでください)。
フェルマーの最終定理とは、「3以上の自然数 について、 をみたす自然数 はない」という定理です。1984年ごろ、ドイツの数学者フレイが、「もし反例があれば、とても変わった楕円曲線ができる」ことに気づきました。1986年、リベットが、その楕円曲線はモジュラーではありえないことを証明しました。つまり、谷山・志村予想が正しければ、反例はありえない、ということになります。
そして、ワイルズが、谷山・志村予想の大事な場合(準安定な楕円曲線)を証明しました。論文は1995年に発表されました。これで、フェルマーの最終定理は証明されたのです。1999年には、他の数学者たちが、予想をすべての楕円曲線に広げて証明しました。谷山の出した問題は、約44年を経て、完全に解決されたことになります。難問の一覧はフェルマーの最終定理(難問の一覧)も見てください。
谷山豊の名前がつく公式・定理・用語
- 谷山・志村予想:有理数の係数の楕円曲線はすべてモジュラーである、という予想。証明されたので、現在はモジュラー性定理とよばれます。
- 谷山・志村・ヴェイユ予想:ヴェイユが予想を整理して広めたため、3人の名前でよばれることがあります。
- 谷山の問題:1955年のシンポジウムで谷山が提出した問題のことです。
高校数学までで、関係する公式・用語は次のとおりです。
- 合同式(mod)の計算:素数で割った余りの世界で数える土台。
- フェルマーの小定理:素数と余りの基本の定理。名前が似ていますが、最終定理とは別の定理です。
- 素数とは・余りとは:すべての出発点になる言葉です。

合格先生
谷山・志村予想の考え方は「ちがう世界を、同じ数でつなぐ」こと。曲線の点の数と、関数の係数が一致する。高校でも、グラフと式をつなげて考える力が、数学の土台になるよ。
谷山豊の逸話と名言
「まちがいが多いが、その多くは良い方向」
志村五郎は、親友の谷山について、次のような趣旨の言葉を残したと伝えられています。
谷山は、たくさんまちがいをする特別な才能を持っていた。しかもそのまちがいの多くは、正しい方向を向いていた。
数学の世界では、「まちがいを恐れずに、大きな問いを立てる」ことが、新しい発見につながることがあります。谷山の問題は、細かいところでは修正が必要でした(志村やヴェイユが整理しました)が、方向が正しかったので、のちの大きな成果につながった、という意味だと紹介されています。
友人たちを大切にした人
志村は、谷山が友人や後輩を、親身になって支える人だったと書いています。他人の研究の相談にも熱心にのったと伝えられ、その人柄は、多くの数学者の記憶に残っています。
ヴェイユとの出会い
1955年のシンポジウムで、谷山は大数学者のヴェイユと出会いました。この出会いは、谷山の研究に大きな影響をあたえたとされています。のちにヴェイユは、1960年代に谷山たちの予想を整理して広めました。そのため、予想が「谷山・志村・ヴェイユ予想」とよばれることがあります。
日本人の名前が残る予想
数学の用語には、発見者の名前がつくことがよくあります。谷山・志村予想のように、日本人の名前がついた世界的な予想は、あまり多くありません。ワイルズが1995年の論文で証明を発表したとき、世界の数学者の注目が日本人2人の名前にも集まりました。谷山の問題が、約半世紀ののちに実ったことは、日本の数学史にとっても大きな出来事でした。
1955年の「問題」は、予想になる前のものだった
谷山が1955年に出したのは、今のような形の「予想」ではなく、いくつかの問題(質問)でした。内容もやや大まかで、現在の形の予想にまとめあげたのは、志村やヴェイユたちだったと説明されています。それでも、「谷山・志村予想」とよぶのは、出発点を作った谷山の功績をたたえているからです。
サクラちゃん
予想って、まちがっていることもあるんですよね? 出すのがこわくなりそうです。
合格先生
たしかに予想は外れることもある。でも、考えを形にして、人に見せることで、はじめて誰かが続きを考えられる。谷山の問題も、そうして広がっていったんだ。受験の答案も、書いて初めて、直せるんだよ。
受験・勉強と谷山豊のつながり
中学受験・高校受験:余りの問題
中学受験の算数で習う余りの問題(「7で割ると3余る数」など)は、谷山・志村予想の世界の入口です。楕円曲線の点を「素数で割った余りの世界」で数える、というのは、余りで数を分類する考え方の発展です。唯一の偶数の素数「2」の話のような素数の話題も、整数論の入口になります。
大学受験:合同式・素数・整数問題
大学受験では、整数問題がよく出ます。合同式(mod)の計算、フェルマーの小定理、素数の性質を使う問題は、まさに整数論の世界です。京都大学・東京大学の整数問題は、京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)で出題の傾向が分かります。整数問題を解くときは、 で割った余りで場合分けする、という谷山の世界と同じ発想を使います。
大学の数学へ:楕円曲線と暗号
楕円曲線は、暗号にも使われています。インターネットの通信の安全を守る「楕円曲線暗号」は、楕円曲線上の点の数え方・計算の性質を使います。数学の純粋な研究が、わたしたちの暮らしに役立つ例です。大学で整数論を学ぶと、楕円曲線・モジュラー形式・ガロア理論(ガロアの業績と群論)が、つながって見えてきます。
やってみよう:小さな素数で表を作る
谷山の世界を体験するいちばん簡単な方法は、小さな素数で表を作ることです。たとえば や で、 について を で割った余りを書き出し、その余りが平方数の余りかどうかを調べます。平方数の余りかどうかは、 を で割った余りを先に表にしておけば、すぐに分かります。この表づくりは、高校の整数問題で「余りで場合分けする」ときの練習にもなります。ノートに表を作る習慣がつくと、規則性を見つける力が上がります。
勉強法として:「橋」を意識する
谷山の問題の本質は、2つの世界をつなぐことでした。受験勉強でも、「図形と式」「数列と関数」「確率と場合の数」のように、一見別々の単元を、つなげて考える練習をすると、応用問題に強くなります。勉強法は数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)も読んでください。
谷山豊がその後の数学にあたえた影響
- フェルマーの最終定理の解決:谷山・志村予想の一部が証明されて、1995年に最終定理が証明されました。ワイルズの業績と生涯の証明は、この予想を土台にしています。
- ラングランズ・プログラム:谷山・志村予想は、数論と解析、表現論を結びつけるさらに大きな構想(ラングランズ予想)の、代表的な例になりました。
- 日本の整数論の伝統:高木貞治の類体論、岩澤健吉の岩澤理論に続いて、谷山・志村の仕事は、日本の整数論の層の厚さを示すものになりました。
- 志村多様体:志村五郎の研究は、谷山との対話から発展したともいわれています。志村五郎の業績と生涯の名前は、志村多様体、志村対応などに残っています。
- モジュラー性定理の応用:楕円曲線の性質を、モジュラー形式の道具で調べる方法は、暗号理論や数論の問題に、今も使われています。
谷山が出した問いは、1955年から数えて約44年後の1999年に、すべて解かれました。数学の世界では、1人の問いが、何十年もかけて、たくさんの人によって完成されることがあります。小平邦彦や岡潔の業績のように、日本の数学者が世界の数学を動かした例は、ほかにもあります。数学を学ぶことは、こうした長い物語の続きを、自分でも読んでいくことなのです。
谷山・志村予想の物語が教えてくれるのは、「いま分からないことを、はっきりした問いの形にする」ことの大切さです。問いが立てば、世界中の数学者がそれに向かって力を合わせることができます。受験でも、「何が分からないのか」を言葉にできた時点で、解決の半分はできていると言われます。
谷山豊に挑戦!練習問題
やさしい
- 楕円曲線 で、 のときの の値を求めなさい。
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なので、±√6。 - のとき、 について、 を5で割った余りをそれぞれ求めなさい。
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:0、:0、:6→1、:24→4、:60→0。順に 0, 0, 1, 4, 0。
ふつう
- 5で割った余りの世界で、平方数の余りは 0, 1, 4 のどれかです。このとき、(mod 5)をみたす は、 の範囲で何組ありますか。
答えと解説を見る
余りが0のとき の1組。余りが1のとき の2組。余りが4のとき の2組。 は余り0で各1組、 は余り1で2組、 は余り4で2組。合計 1+1+2+2+1=7組。(無限遠の点を加えると8個) - 素数 で、 の点の数(無限遠の点をふくむ)が8個のとき、 の値を求めなさい。
答えと解説を見る
6。(この値は、モジュラー形式の の係数6と一致します)
むずかしい
- をみたす があるとき、 という3次式を考えます。、 で、3つの根 のそれぞれの差を求めなさい。( の場合は実際に成り立つので、この形のイメージの練習です)
答えと解説を見る
根は 0、9、−16。差は 、、。9、16、25で、 すべてが 乗の形になります。(フレイの曲線は、この「3つの差がすべて 乗」という性質を持つ曲線のことで、ふつうの曲線では起こりにくい形です) - 素数 に対して、 が成り立つとします(ハッセの定理)。 のとき、 が取りうる整数の値は全部で何通りありますか。
答えと解説を見る
なので、。整数は の13通り。( では で、 は範囲に入っています)
谷山豊と関係する数学者
- 志村五郎(谷山・志村予想・志村多様体):谷山の親友で、問題を整理して予想の形にしました。
- ワイルズ(フェルマーの最終定理の証明):谷山・志村予想の大事な場合を証明した数学者です。
- フェルマー(最終定理の出題者):1637年ごろ、のちの最終定理となる問題を書き残した人です。
- 高木貞治(日本の近代数学の父):日本の整数論の土台を作った数学者です。
- 岩澤健吉(岩澤理論):谷山と同じ時代の日本の整数論の数学者です。
- ラマヌジャン(モジュラー形式の先がけ):のちのモジュラー形式の研究につながる級数を見つけました。
数学の公式を1つずつ学ぶなら算数・数学の公式一覧(公式辞典)、数学全体の入口は算数・数学 公式と用語の一覧(学年別・分野別)もどうぞ。
20世紀の数学者
- ヒルベルトの業績と生涯
1900年に「ヒルベルトの23の問題」を発表。ヒルベルト空間 - ミンコフスキー(1864〜1909)
数の幾何学・相対性理論の時空(ミンコフスキー空間) - アダマール(1865〜1963)
素数定理を証明(ド・ラ・ヴァレー・プーサンと同じ1896年) - ラッセル(1872〜1970)
集合論の「ラッセルのパラドックス」・『プリンキピア・マテマティカ』 - 高木貞治の業績と生涯
類体論を完成させた。日本の近代数学の父 - ルベーグ(1875〜1941)
ルベーグ積分(測度論) - ハーディの業績と生涯
ラマヌジャンを見いだした。『ある数学者の生涯と弁明』 - ネーターの業績と生涯
抽象代数学の母。対称性と保存則のネーターの定理 - ワイル(1885〜1955)
リーマン面・群論と量子力学 - 掛谷宗一(1886〜1947)
長さ1の針を回す最小の面積を問う「掛谷問題」 - ラマヌジャンの業績と生涯
ほぼ独学で数千の公式を残した天才。タクシー数1729 - バナッハ(1892〜1945)
関数解析(バナッハ空間)・バナッハ=タルスキーのパラドックス
← 前の時代:マンデルブロの業績と生涯 | 次の時代:ナッシュの業績と生涯 →
有名な数学者一覧(年代順・国別・分野別)で、ほかの数学者も見られます。数学者たちが挑んだ問題は数学の難問・未解決問題の一覧にまとめています。
読みもの(合格大作戦の数学の記事)
- フェルマーの最終定理とは?わかりやすく解説
n=2と3以上の違い、ワイルズの証明 - フェルマーの最終定理を中学生向けに図解
解けたら東大!?シンプルだけど難しい問題 - 唯一の偶数の素数「2」の話
素数から学ぶ逆転合格の考え方 - 京大理系数学の出題分析(1999〜2026年度)
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公式・証明・例題を1つずつ - 数学用語辞典(用語の意味を1語1ページ)
素数・漸近線など200語 - 数学の勉強法(解法の暗記→演習→過去問)
青・黄・赤チャートの使い分け
よくある質問
谷山豊は何をした人ですか?
谷山豊は、日本の数学者です。1955年の日光の国際シンポジウムで、楕円曲線とモジュラー形式の関係についての問題を出しました。この問題が谷山・志村予想となり、フェルマーの最終定理の証明につながりました。
谷山・志村予想とは何ですか?
有理数の係数の楕円曲線は、すべてモジュラー形式と対応する、という予想です。曲線を素数で割った余りの世界で数えた数と、モジュラー形式の係数が一致します。1999年に証明され、現在はモジュラー性定理とよばれます。
谷山・志村予想とフェルマーの最終定理の関係は?
フレイが「最終定理に反例があれば変わった楕円曲線ができる」と気づき、リベットがその曲線はモジュラーでないことを示しました。したがって谷山・志村予想が正しければ最終定理も正しく、ワイルズが予想の大事な場合を証明しました。
谷山豊は何歳で亡くなりましたか?
1927年11月12日に生まれ、1958年11月17日に東京で亡くなりました。31歳でした。谷山の出した問題は、約40年後に実を結びました。
谷山豊と志村五郎の関係は?
2人は親友で、1957年には日本語の教科書『近代的整数論』を共著で書きました。志村は、谷山の問題を数学として正確な形に整理し、予想として広めました。
谷山豊が問題を出したのはいつですか?
1955年9月に、東京と日光で開かれた代数的整数論の国際シンポジウムです。世界から有名な数学者が集まり、フランスのヴェイユも参加していました。
楕円曲線とは何ですか?
y²=x³+ax+b のような、3次式の方程式が作る曲線のことです。楕円の名前がついていますが、形は楕円ではありません。曲線上の有理数の点を調べることは、整数論の大きなテーマです。
モジュラー形式とは何ですか?
複素数の上で定義された、非常に対称性の高い関数です。q の級数に展開すると、その係数に整数論の情報がつまっています。谷山・志村予想は、この係数と楕円曲線の点の数が一致するというものです。
谷山豊の仕事は受験に関係がありますか?
研究は大学院レベルですが、素数で割った余りの計算(合同式)や素数の性質は、中学・高校・大学受験の整数問題と同じ土台です。ちがう世界を同じ数でつなぐ考え方は、受験勉強にも役立ちます。
あわせて読みたい
出典・参考
- MacTutor History of Mathematics「Yutaka Taniyama」(セント・アンドルーズ大学)
- 谷山豊・志村五郎『近代的整数論』(1957年)
- A. Wiles, “Modular elliptic curves and Fermat’s Last Theorem”, Annals of Mathematics 141(1995年)
- C. Breuil, B. Conrad, F. Diamond, R. Taylor, “On the modularity of elliptic curves over Q”, Journal of the AMS 14(2001年)
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



