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魚を捨てて熊掌を取るうおをすててゆうしょうをとる
ひとことで言うと
二つのものを同時に手に入れられないときは、より価値の高い方を選ぶこと。孟子は、命と義(正しい道)なら義を取る、という生き方のたとえにした。
| 読み方 | うおをすててゆうしょうをとる(「くまのて」とも) |
|---|---|
| 意味 | 二つのものを同時に得られないときは、より価値の高い方を選ぶということ。 |
| 出典 | 『孟子』告子上「二者不可得兼、舎魚而取熊掌者也」 |
| お話 | 魚も熊掌も好物だが、両方は得られないなら熊掌を取る。同じように、生も義も望むが、両方は得られないなら生を捨てて義を取る、と孟子が説いた |
| 四字熟語の形 | 捨生取義(しゃせいしゅぎ) |
| 似た言葉 | 二者択一(にしゃたくいつ)・取捨選択(しゅしゃせんたく) |
| 反対の言葉 | 一挙両得(いっきょりょうとく)・虻蜂取らず |
| 漢文の句法 | 可能(得・可)・比較(甚於)・否定(弗・不) |
このページのポイント
- 「魚を捨てて熊掌を取る」は、両方は無理なとき、より価値の高い方を選ぶこと。熊掌(ゆうしょう)は熊の手のひらで、最高のごちそう
- もとは『孟子』告子上。魚と熊掌はたとえで、本当に言いたいのは「生を舎てて義を取る」
- 「一簞の食」のたとえ、「本心を失う」の意味、句法、似た言葉との使い分け、入試の出方まで分かります
「魚を捨てて熊掌を取る」の意味と読み方
「魚を捨てて熊掌を取る」はうおをすててゆうしょうをとると読みます(「熊掌」を「くまのて」と読むこともあります)。意味は「二つのものを同時に手に入れられないときは、より価値の高い方を選ぶ」ということです。もとの孟子の言葉では、さらに「命と正しい道(義)のどちらかしか選べないなら、義を選ぶ」という、生き方の話へとつながっていきます。
「熊掌(ゆうしょう)」は、熊の手のひらのことです。昔の中国では、めったに手に入らない最高のごちそうとされていました(辞書にも、中国で昔から美味として大切にされたと説明されています)。ふだんも食べられる魚と、めったに食べられない熊掌――どちらも好物だけれど、一つだけなら熊掌を取る、というたとえです。
うかるくん
おいしい方を選ぶって、当たり前じゃないですか? どうしてそれが有名な言葉なんですか?
ミスターT先生
そう、当たり前なのがポイントなんだ。孟子はまず、だれでも「そりゃそうだ」と思うたとえを出した。そのあとで「では、命と正しさなら?」と聞く。食べ物なら迷わず価値の高い方を選べるのに、生き方になると、人はつい楽な方を選んでしまう。孟子は、当たり前のたとえを使って、大事な選択の考え方を教えたんだよ。
今の日本語では、「どちらか一方をあきらめて、より大切な方を選ぶ」決断の場面で使います。四字熟語の形では「捨生取義(しゃせいしゅぎ)」(生を捨てて義を取る)とも言います。
- ○給料は下がるが、やりたい仕事を選んだ。魚を捨てて熊掌を取る決断だ。
- ○部活も勉強も全部は無理だと気づき、魚を捨てて熊掌を取るつもりで志望校の勉強にしぼった。
- ○目先のもうけより、お客さんの信頼を取る。魚を捨てて熊掌を取るとはこのことだ。
「魚」は「魚」の読み方・書き順・部首、「熊」は「熊」の読み方・書き順・部首、「掌」は「掌」の読み方・書き順・部首、「捨」は「捨」の読み方・書き順・部首で、読み方と書き順を確かめておきましょう。「掌」は「たなごころ」とも読み、「手のひら」のことです(「合掌」「車掌」の「掌」)。
絵で読む「魚を捨てて熊掌を取る」のお話
この言葉は、ある出来事の話ではなく、孟子がたとえを重ねて自分の考えを語った一節です。孟子は戦国時代の中国で、人の心はもともと善いという性善説を説きました。この章では、人には「命より大切にしたいもの」がある、ということを、食べ物のたとえから始めて説明しています。4つの場面で見てみましょう。
絵で読む「魚を捨てて熊掌を取る」(『孟子』告子上の4こま)
「生を捨てて義を取る」と聞くと、こわい話に思えるかもしれません。けれども孟子が言いたかったのは、「命を軽く見よ」ということではなく、人には、命と引きかえにしてでも守りたい「正しさ」や「ほこり」があるということです。4こま目のように、飢えている人でさえ、はずかしめを受けて与えられた食べ物は受け取らない。その心は、だれにでもある――と孟子は言います。

ミスターT先生
孟子はこの章で「非独賢者有是心也,人皆有之,賢者能勿喪耳(独り賢者のみ是の心有るに非ざるなり、人皆之有り、賢者は能く喪ふこと勿きのみ)」と言っている。命より大切なものを大切にする心は、えらい人だけでなく、だれにでもある。えらい人は、それをなくさないだけだ、というんだ。性善説の考えだね。
「魚を捨てて熊掌を取る」の原文・書き下し文・現代語訳
もとになった文章は、『孟子』の告子上(こくし・じょう)にあります。1文ずつ、返り点と送り仮名をつけた訓読文で見ていきましょう(書き下し文は代表的な読み方の一例です)。返り点の読み方は返り点(レ点・一二点・上下点)の読み方、書き下し文のきまりは書き下し文の書き方とルールでくわしく説明しています。
1文目:魚も熊掌も好物
書き下し文魚は、我が欲する所なり。熊掌も、亦た我が欲する所なり。
(『孟子』告子上)
現代語訳魚は、わたしのほしいものだ。熊掌もまた、わたしのほしいものだ。
2文目:両方は無理なら、熊掌を取る
書き下し文二者は兼ぬるを得べからざれば、魚を舎てて熊掌を取る者なり。
(『孟子』告子上)
現代語訳この二つを両方とも手に入れることができないなら、(わたしは)魚を捨てて熊掌を取るものだ。
3文目:生を捨てて義を取る
書き下し文生も亦た我が欲する所なり。義も亦た我が欲する所なり。二者は兼ぬるを得べからざれば、生を舎てて義を取る者なり。
(『孟子』告子上)
現代語訳生きることもまた、わたしの望むものだ。正しい道(義)もまた、わたしの望むものだ。この二つを両方とも手に入れられないなら、(わたしは)生を捨てて義を取るものだ。
4文目:生よりも大切なものがある
書き下し文欲する所生より甚だしき者有り、故に苟も得ることを為さざるなり。
(『孟子』告子上)
現代語訳望むものの中に、生きることよりもっと大切なものがある。だから、(正しくないやり方で)むりやり生きのびようとはしないのだ。
5文目:一簞の食、一豆の羹
書き下し文一簞の食、一豆の羹、之を得れば則ち生き、得ざれば則ち死す。
(『孟子』告子上)
現代語訳竹のかご一杯のご飯と、たかつき一杯の汁物。それを得られれば生きられ、得られなければ死ぬ(ほど飢えているとしても)。
6文目:どなりつけて与えれば、受け取らない
書き下し文嘑爾として之に与ふれば、道を行くの人も受けず。
(『孟子』告子上)
現代語訳(その食べ物を)どなりつけて与えれば、道を行く(飢えた)人でさえ受け取らない。
原典(『孟子』告子上)の本文では
維基文庫(中国語のウィキソース)の『孟子』告子上の本文では、この章は次のように始まります(句読点は維基文庫の本文のとおり)。
- 「舍」と「捨」:原文の字は「舍(舎)」です。「舎つ(すつ)」は「捨てる」と同じ意味で、日本の言葉では「捨てて」と書くのがふつうです。
- 「故患有所不辟也」:「故に患(うれ)ひも辟(さ)けざる所有るなり」。だから、わざわいであっても、さけないことがある、という意味です。
- 「萬鍾」:章の後半では、「万鍾(ばんしょう)」という大きな給料なら、礼義に合うかも考えずに受け取ってしまう人を挙げ、それを「此れを之れ其の本心を失ふと謂ふ(これを本心を失うと言う)」としめくくります。
サクラちゃん
「本心を失う」って、どういうことですか?
ミスターT先生
飢えて死にそうなときでさえ、はずかしめを受けた食べ物は受け取らない――それが人の本心だ。ところが、大きなお金や立派な家がからむと、人は「正しいかどうか」を考えずに受け取ってしまう。命がかかっていても守れた心を、ぜいたくのために手放してしまう。それを孟子は「本心を失う」と言ったんだ。
出典『孟子』と話の背景
『孟子』は、戦国時代の思想家・孟子の言葉や問答を集めた本で、儒教の「四書」の一つです。この言葉がある告子篇は、思想家の告子(こくし)との議論から始まる篇で、「人の性は善か悪か」「義は心の内にあるか外にあるか」など、人の心の本質についての問答が集まっています。諸子百家の中での孟子の位置は諸子百家(儒家・道家・法家など)にまとめています。
孟子は、告子との議論で「人の性の善なるは、猶ほ水の下(ひく)きに就くがごときなり(人の本性が善いのは、水が低い方へ流れるのと同じだ)」と言いました。同じ告子上で、人にはだれでも「惻隠の心」があるとも言っています(惻隠の情の意味と由来(四端と性善説))。この章の「命より義を大切にする心は、だれにでもある。賢者はそれを失わないだけだ」という考えも、性善説から出てきたものです。
孔子の「仁」、孟子の「義」
孔子は『論語』で「志士仁人は、生を求めて以て仁を害すること無く、身を殺して以て仁を成すこと有り」と言いました。四字熟語「殺身成仁(さっしんせいじん)」のもとです。孟子の「生を捨てて義を取る」は、これを受けついだ言葉と言われ、二つを合わせて「孔曰成仁、孟曰取義(孔子は仁を成すと言い、孟子は義を取ると言う)」と並べて語られることもあります。また、孔子の「朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり(論語)」や「義を見て為ざるは勇なきなり(論語)」も、命や身の安全より正しい道を重んじる、同じ流れの言葉です。
熊掌はどんな料理?
熊掌は、古代中国の書物にもたびたび登場する、ぜいたくな料理です。『春秋左氏伝』には、晋の霊公が熊掌の煮え方が足りないと料理人を殺した、という話もあり、熊掌がなかなか煮えない手間のかかる料理だったことが分かります。この話の原文では熊掌を「熊蹯(ゆうはん)」と書いていて、辞書でも熊掌の別名として「熊蹯」が挙げられています。孟子がたとえに使ったのも、「だれもが知っている、最高のごちそう」だったからでしょう。なお、今は多くの国で熊は保護の対象になっており、熊掌の取り引きはきびしく制限されています。
「魚を捨てて熊掌を取る」の使い方と例文・似た言葉
「魚を捨てて熊掌を取る」は、両方は手に入らないとき、思い切って一方をあきらめ、より価値の高い方を選ぶときに使います。どちらも魅力があるのに、あえて一方を捨てる――その決断のよさをほめる言い方になることが多い言葉です。
- ○地元の大学の推薦を断り、第一志望の一般入試にかけた。魚を捨てて熊掌を取ったのだ。
- ○会社は短期の利益より長期の信用を選んだ。魚を捨てて熊掌を取る経営判断だ。
- ○遊びの約束を断って、大会前の練習を選んだ。魚を捨てて熊掌を取る思いだった。
- ×魚と熊掌の両方を手に入れて、魚を捨てて熊掌を取る結果になった。(両方取るのは反対の意味)
- ×安くてまずい方を選んだので、魚を捨てて熊掌を取るだ。(価値の低い方を選ぶ意味ではない)
似た言葉
- 二者択一(にしゃたくいつ)の意味:二つのうち、どちらか一つを選ぶこと。
- 取捨選択(しゅしゃせんたく)の意味:よいものを取り、悪いものを捨てて選ぶこと。
- 捨生取義(しゃせいしゅぎ):生を捨てて義を取る。この章から生まれた四字熟語。
- 二兎を追う者は一兎をも得ず:両方ねらうと、どちらも手に入らない。だから一つにしぼれ、という意味で近い教えです。
反対の言葉
- 一挙両得(いっきょりょうとく)の意味・一石二鳥(いっせきにちょう)の意味:一つのことで、二つの利益を得ること。
- 虻蜂(あぶはち)取らず:両方を取ろうとして、両方とも取りそこなうこと。
英語では、"You can't have your cake and eat it too."(ケーキを持っていて、しかも食べることはできない=両方は無理)が近い言い方です。「より大切な方を選ぶ」ことは "to choose the greater good" などと言えます。
受験勉強への生かし方
受験勉強は、まさに「二者兼ぬるを得べからず」の連続です。時間は限られているので、全部の問題集・全部の科目を完璧にすることはできません。どれを捨てて、どれを取るか――その選択の上手さが、合格を大きく左右します。志望校の配点が高い科目、よく出る分野、自分が伸びしろの大きい単元が「熊掌」です。夏までは基礎、秋からは過去問というように、時期によって「熊掌」は変わります。迷ったら、志望校の過去問を開いて、何がよく出ているかを確かめることから始めましょう。
何を優先するかを決める方法は、勉強計画の立て方(年→月→週→日)でくわしく説明しています。また、完璧をめざして1冊も終わらないより、「ここまで」と決めて終わらせるほうが力になります。「完璧を目指すよりまず終わらせろ」の意味と由来も読んでみてください。「全部やる」は一見えらそうですが、実は「魚も熊掌も取ろうとして、両方取れない」ことになりがちです。
「魚を捨てて熊掌を取る」のよくあるまちがい
- 「熊掌」を「くましょう」「ゆうて」と読む:辞書の読みは「ゆうしょう」です。訓読みで「くまのて」と読むこともあります。
- 熊掌を「熊の足のうら」「熊のつめ」だと思う:「掌」は手のひら。熊の手のひら(前足のうら)の部分のことです。
- 「両方取れ」という意味だと思う:反対です。「両方は取れないから、一方を捨てる」という意味です。
- 「魚=悪いもの」と思う:魚も「我が欲する所」、つまり好物です。悪いものを捨てるのではなく、よいもの同士の中から、より価値の高い方を選ぶのがポイントです。
- 食べ物の話だけだと思う:孟子が本当に言いたかったのは、そのあとの「生を捨てて義を取る」です。入試の漢文では、この後半がよく問われます。
うかるくん
「魚を捨てて熊掌を取る」と「二兎を追う者は一兎をも得ず」、どう使い分ければいいですか?
ミスターT先生
「二兎を追う」は、両方ねらって失敗することへの注意。「熊掌を取る」は、一方を捨ててよい方を選んだ決断そのものを言う。「二兎を追うな。魚を捨てて熊掌を取れ」と、セットで使うと分かりやすいね。
入試ではこう出る
「魚を捨てて熊掌を取る」は、おもに大学受験の漢文で出てくる言葉です。『孟子』告子上のこの章は、漢文の教科書や問題集でもよく取り上げられます。
- 大学受験(共通テスト・私大):「二者不可得兼」の読み方(兼ぬるを得べからず)、「所欲」の「所」の働き、「舎A而取B」の意味、魚と熊掌が何のたとえか(生と義)を答えさせる問題が考えられます。共通テストの漢文の出方は共通テストの漢文(配点・時間配分)へ。
- 難関大(国公立二次):「所欲有甚於生者」の意味、「一簞食、一豆羹」の例で孟子が何を言おうとしたか、「本心を失う」とはどういうことかを説明させる記述問題が考えられます。性善説との関係までまとめられると強いです。
- 小論文・倫理:「捨生取義」や「殺身成仁」の考えとして、儒教の倫理観を問う文脈で出ることがあります。

うかるくん
魚と熊掌はたとえで、本当に言いたいのは「生を捨てて義を取る」! 「二者兼ぬるを得べからず」と「欲する所生より甚だしき者有り」の読み方もばっちり覚えた!
練習問題
やさしい
- 「魚を捨てて熊掌を取る」の意味として正しいものを選びましょう。
ア 両方とも手に入れること イ 二つを同時に得られないとき、より価値の高い方を選ぶこと ウ 安い方を選ぶこと エ 魚がきらいなこと答えと解説を見る
イ。 - 「熊掌」の辞書での読み方を、ひらがなで答えましょう。また、何のことですか。
答えと解説を見る
ゆうしょう。熊の手のひらのことで、昔の中国で最高のごちそうとされました。
ふつう
- 孟子の言葉で、「魚」と「熊掌」は、それぞれ何のたとえになっていますか。
答えと解説を見る
魚=生(生きること)、熊掌=義(人として正しい道)。「生を舎てて義を取る」と続きます。 - 「二者不可得兼」を書き下し文に直しましょう。
答えと解説を見る
二者は兼ぬるを得べからず。(両方を手に入れることはできない)
むずかしい
- 「所欲有甚於生者」を書き下し文に直し、現代語訳しましょう。
答えと解説を見る
欲する所生より甚だしき者有り。訳:望むものの中に、生きることよりもっと大切なものがある。 - 孟子が「一簞の食、一豆の羹」の例を挙げて言いたかったことを説明しましょう。
答えと解説を見る
飢えて死にそうなときでも、どなりつけたり、けとばしたりして与えられた食べ物は受け取らないように、人にはだれでも命より大切にする心(本心)がある、ということです。そしてその心を、ぜいたくのために失ってはいけない、と言いたかったのです。
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よくある質問
魚を捨てて熊掌を取るとはどういう意味ですか?
魚を捨てて熊掌を取るとは、二つのものを同時に手に入れられないときは、より価値の高い方を選ぶという意味です。孟子は、命と義(正しい道)なら義を選ぶ、という生き方のたとえとして使いました。
魚を捨てて熊掌を取るの読み方は何ですか?
「うおをすててゆうしょうをとる」と読みます。「熊掌」は辞書では「ゆうしょう」と読み、「くまのて」と読むこともあります。
熊掌とは何ですか?
熊掌(ゆうしょう)とは、熊の手のひらのことです。昔の中国では、めったに食べられない最高のごちそうとされていました。
魚を捨てて熊掌を取るの由来・出典は何ですか?
『孟子』告子上が由来です。孟子は「魚も熊掌も好物だが、両方は得られないなら熊掌を取る」と言い、続けて「生も義も望むが、両方は得られないなら生を捨てて義を取る」と説きました。
魚を捨てて熊掌を取るの原文と書き下し文は?
原文は「二者不可得兼、舎魚而取熊掌者也」で、書き下し文は「二者は兼ぬるを得べからざれば、魚を舎てて熊掌を取る者なり」です。
「生を捨てて義を取る」とはどういう意味ですか?
生きることと正しい道(義)の両方を守れないときは、命よりも義を選ぶという意味です。四字熟語では「捨生取義」と言い、孔子の「殺身成仁」と並べて語られることもあります。
魚を捨てて熊掌を取るの似た言葉・反対の言葉は?
似た言葉には「二者択一」「取捨選択」「二兎を追う者は一兎をも得ず」があります。反対の言葉には「一挙両得」「一石二鳥」「虻蜂取らず」があります。
魚を捨てて熊掌を取るは英語で何と言いますか?
"You can't have your cake and eat it too."(両方は手に入らない)が近い言い方です。より大切な方を選ぶことは "to choose the greater good" とも言えます。
魚を捨てて熊掌を取るはビジネスで使えますか?
はい、使えます。「目先の利益より長期の信用を取る」のように、一方をあきらめてより価値の高い方を選ぶ経営判断や進路の決断について使います。
魚を捨てて熊掌を取るは入試でどう出ますか?
大学受験の漢文で、『孟子』告子上の「二者不可得兼」の読み方、魚と熊掌が何のたとえか、「所欲有甚於生者」の意味などが問われることがあります。
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出典・参考
- 原文:『孟子』告子上(維基文庫の本文で確認)
- 「熊掌」の読み:デジタル大辞泉・字通(コトバンクで確認)
- 「志士仁人…殺身以成仁」:『論語』衛霊公による一般的な説明
- 晋の霊公と熊掌の話:『春秋左氏伝』宣公二年による一般的な説明
- 書き下し文・現代語訳:合格大作戦(教科書で多い読み方をもとにした一例)
- お話の絵・図:合格大作戦
最終更新:2026年10月29日/作成:大学受験合格大作戦



