2026年度 仁科記念賞に東大・中辻知教授|「巨大異常ホール効果」とは?反強磁性体とスピントロニクスを高校物理でわかりやすく

このニュースの要点

  • 仁科記念財団は2026年11月5日、2026年度(第72回)仁科記念賞を、東京大学大学院理学系研究科の中辻知(なかつじ・さとる)教授に贈ると発表しました。
  • 業績の題は「反強磁性体における巨大異常ホール応答の実験的発見」です。磁石の強さがふつうの磁石の約1000分の1しかない物質 Mn₃Sn で、室温で、磁石の金属なみの大きな「異常ホール効果」が出ることを2015年に初めて示しました。
  • この発見は、速くて省エネの次世代メモリーなどをめざす「反強磁性スピントロニクス」に新しい原理をもたらしました。仁科記念賞は、のちにノーベル物理学賞を受けた6人も受賞している、日本の物理学の大切な賞です。
2026年度(第72回)仁科記念賞 2026年11月5日 発表 受賞者 中辻 知 なかつじ・さとる 東京大学大学院 理学系研究科 教授 中心の成果:2015年 科学誌「Nature」に発表 業績の題 反強磁性体における巨大異常ホール応答 ほとんど磁石でない物質(Mn₃Sn)なのに 磁石の強さはふつうの磁石の約1000分の1 → 室温で、磁石なみの大きな横向きの電圧 速くて省エネの次世代メモリーへの道 仁科記念賞の受賞者から、のちにノーベル物理学賞を受けた人が6人います 出典:仁科記念財団の発表(2026年11月5日)より 大学受験合格大作戦
図1 2026年度(第72回)仁科記念賞のまとめ(仁科記念財団の発表より)

「ホール効果」は、高校物理の電磁気の分野で、ローレンツ力の応用として学ぶ現象です。入試でもよく出ます。今回の受賞は、そのホール効果の「変わり種」を、だれも予想しなかった物質で見つけた研究です。この記事では、財団の発表資料をもとに、高校生にもわかる言葉で、何がすごいのかを図解します。

2026年度 仁科記念賞の受賞者と業績

項目内容
賞2026年度(第72回)仁科記念賞
発表2026年11月5日(公益社団法人 日本アイソトープ協会で記者発表)
受賞者中辻 知(Satoru Nakatsuji)
所属東京大学大学院理学系研究科 教授
業績の題反強磁性体における巨大異常ホール応答の実験的発見
(Experimental discovery of giant anomalous Hall responses in antiferromagnets)
中心となった論文S. Nakatsuji, N. Kiyohara and T. Higo, “Large anomalous Hall effect in a non-collinear antiferromagnet at room temperature,” Nature 527, 212–215 (2015)

財団の業績要旨によると、中辻さんはカゴメ格子反強磁性体 Mn₃Sn(マンガン3個とスズ1個の割合でできた化合物)で、正味の磁化が通常の強磁性体の約1000分の1しかないのに、多くの強磁性金属と同じくらいの大きな異常ホール効果が室温で現れることを、初めて実験で示しました。「カゴメ格子」とは、竹かごの編み目のように三角形と六角形が組み合わさった原子の並び方のことです。

ホール効果とは?高校物理でおさらい

① ホール効果(高校物理) ② 異常ホール効果 電流 I → 磁場 B(紙面の表から裏へ ⊗) +++++ ----- ローレンツ力 電流と直角の向きに電圧 V 外から磁場をかけるのが条件 V = IB /(qnt) q:電荷 n:数密度 t:板の厚さ 電流 I → 磁化 外からの磁場は なし 物質そのものが磁石(強磁性体) ++++ それでも横向きの電圧が出る 昔からの考え: 磁化(磁石の強さ)が大きいほど大きい 仁科記念財団の業績詳細と高校物理の教科書の内容をもとに作成(大学受験合格大作戦)
図2 ふつうのホール効果(左)と異常ホール効果(右)

金属や半導体の板に電流を流し、板に垂直に磁場をかけます。すると、動いている電荷はローレンツ力を受けて板の片側に寄ります。その結果、電流と直角の向きに電圧が生じます。これがホール効果で、1879年にアメリカのホールが見つけました。磁場の強さを測るセンサー(ホール素子)として、身の回りの機械にも使われています。

ホール電圧の式を導いてみよう(入試の定番)

  1. 電荷 q の粒子が速さ v で動くと、磁場 B からローレンツ力 qvB を受けて横に寄る。
  2. 寄った電荷が作る電場 E から、逆向きの力 qE を受ける。やがて qE = qvB でつり合い、E = vB。
  3. 板の幅を w とすると、ホール電圧は V = Ew = vBw。
  4. 電流は I = qnvS(n は電荷の数密度、断面積 S = wt、t は板の厚さ)なので、v = I /(qnwt)。
  5. 代入して V = IB /(qnt)。電圧の符号から、電流を運ぶのが正の電荷か負の電荷か(p型かn型か)もわかる。

異常ホール効果は、鉄やニッケルのような磁石になる物質(強磁性体)で、外から磁場をかけなくても横向きの電圧が出る現象です。財団の資料によると、この大きさは物質全体の磁化(磁石の強さ)と関係すると、経験的に考えられてきました。

強磁性体と反強磁性体のちがい

原子の小さな磁石(スピン)の向きで比べる 強磁性体(鉄など) 反強磁性体 Mn₃Sn(今回) 向きがそろう → 強い磁石 逆向きで打ち消し合う → ほとんど磁石でない 約120度ずつずれて打ち消す → 磁化は約1000分の1 それなのに Mn₃Sn は室温で、強磁性金属なみの大きな異常ホール効果を示した
図3 強磁性体・反強磁性体・Mn₃Sn の原子の磁石の向き(模式図)

物質の中の原子は、小さな磁石(スピン)のようにふるまうことがあります。

  • 強磁性体:小さな磁石の向きがそろい、全体で強い磁石になる(鉄など)。
  • 反強磁性体:となりどうしの向きが打ち消し合い、全体ではほとんど磁石にならない。

Mn₃Sn では、マンガン原子の磁石の向きが互いに約120度ずつずれて並びます。一つひとつは大きな磁石でも、全体ではほぼ打ち消し合い、正味の磁化はマンガン1原子あたり約0.002ボーア磁子(磁石の強さの単位)しかありません。財団の資料では、これは通常の強磁性体の約1000分の1です。「磁石の性質がほとんど無いのだから、異常ホール効果も小さいはず」というのが、それまでのふつうの見方でした。

何がすごいのか

1.理論の予言を、実際の物質で初めてはっきり確かめた

財団の資料によると、量子力学では、異常ホール効果を生むのは磁化そのものだけではありません。結晶の中の電子の波の「形」を表すベリー曲率という量が、電子を横にそらせる働きをします。このため、磁化が小さくても大きな異常ホール効果が出ることがある、と理論では予言されていました(2001年の進藤・永長の理論、2014年に Mn₃Ir や Mn₃Sn についての予言)。しかし、室温で実際に観測された例はありませんでした。中辻さんらは2015年、これを Mn₃Sn で初めてはっきり示しました。

2.室温で、磁場ゼロでも大きな信号が残る

Mn₃Sn は室温で約20 Ω⁻¹cm⁻¹ という、多くの強磁性金属に負けない異常ホール伝導度を示しました。弱い磁場で信号の符号(+と-)を入れかえられ、磁場をゼロに戻しても大きな信号が残りました。「0と1」を覚えておく記憶素子にとって、大切な性質です。

3.新しい研究分野が広がった

中辻さんらはその後、Mn₃Sn に「磁性ワイル状態」がある証拠を示し、温度の差から横向きの電圧が出る巨大異常ネルンスト効果も室温で見つけました。財団は、反強磁性体は大きな電気・熱の応答を示しにくいという見方が大きく変わり、新しい研究領域が開かれたと評価しています。

スピントロニクスと次世代メモリー

発見から次世代メモリーの研究へ 2001・2014理論の予言(ほかの研究者)2015Mn₃Snで巨大異常ホール効果2017ワイル状態の証拠・異常ネルンスト効果2020電気で磁気の向きを反転2022電流で完全に反転しホール効果で読む202640ピコ秒の電気パルスで切り替え 1ピコ秒は1兆分の1秒。40ピコ秒は、光でも約1.2cmしか進めない短い時間 仁科記念財団の業績詳細と参考論文の一覧をもとに作成(大学受験合格大作戦)
図4 巨大異常ホール効果の発見から、反強磁性体のメモリー研究へ(財団の資料の参考論文より)

スピントロニクスとは、電子の「電気の性質(電荷)」と「磁石の性質(スピン)」の両方を使う技術です。これまでは主に強磁性体の磁化を「情報」として使ってきました。しかし財団の資料によると、部品を小さく詰めこむと、もれ出た磁場がとなりの部品にじゃまをする問題や、もっと速くする上での課題がありました。

反強磁性体は、全体の磁化がほぼゼロなのでもれる磁場が小さく、磁気の動きも速いため、早くから注目されていました。ところが、磁化がほとんど無いということは、どちら向きの状態かを電気で読み取るのが難しいという大きな弱点でもありました。

Mn₃Sn の巨大異常ホール効果は、この弱点に答えを出しました。磁化ではなく、原子の磁石の並び方の向き(磁気八極子)を、大きなホール電圧で読み取れるからです。中辻さんらはさらに、電流で向きを反転させること(2020年・2022年)に成功し、2026年には40ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)という短い電気パルスで切り替えられたことが報告されています。

仁科記念賞とは?ノーベル賞との関係

仁科記念賞は、日本の原子物理学の基礎を築いた仁科芳雄(にしな・よしお)博士の功績を記念して、1955年に創設された賞です。財団によると、基礎物理学とその応用で優れた業績をあげた比較的若い研究者が対象で、毎年3件以内が選ばれます。賞状と賞牌、副賞60万円が贈られます。

仁科芳雄は岡山県出身の物理学者で、理化学研究所でサイクロトロン(粒子を加速する装置)を作るなど、日本の原子物理学を育てました。「日本の現代物理学の父」とも呼ばれます。財団の初代常務理事、第2代理事長を務めた朝永振一郎博士は、理化学研究所の仁科研究室の出身で、1965年にノーベル物理学賞を受けています。

財団の一覧(2025年4月改訂)によると、仁科記念賞の受賞者のうち、のちにノーベル物理学賞を受けた人は6人います。

受賞者仁科記念賞ノーベル物理学賞
江崎玲於奈1959年度1973年
小林誠1979年度2008年
益川敏英1979年度2008年
小柴昌俊1987年度2002年
中村修二1996年度2014年
梶田隆章1999年度2015年

「スピン」にかかわる研究は、近年の仁科記念賞でも続いて選ばれています。2022年度は齊藤英治さん(東京大学)の「スピン流物理学の開拓」、2024年度は村上修一さん(東京科学大学)の「スピンホール効果とトポロジカル物質の理論」が受賞しました。日本の大学が強い分野のひとつだといえます。

日本人のノーベル賞受賞者については、日本人ノーベル賞受賞者一覧(出身大学・出身高校・受賞年齢)にまとめています。今年のノーベル物理学賞は2026年ノーベル物理学賞(アイスキューブとニュートリノ)で解説しました。

12月7日に記念講演会(YouTubeでも)

仁科記念財団は、2026年度(第72回)定例仁科記念講演会「平衡から遠く離れた物理学へ」を、2026年12月7日(月)14時30分~17時に、東京大学本郷キャンパスの小柴ホールで開きます。YouTubeでも見られるハイブリッド方式です。くわしくは財団の公式サイトで確かめてください。物理学に興味がある高校生にとって、第一線の研究者の話を聞けるよい機会です。

小論文・面接で使える視点

理学部・工学部の面接や、理系の小論文で使える切り口です。

  • 「常識」を疑う大切さ:磁石でない物質では大きな異常ホール効果は出ないだろう、という見方をくつがえした。
  • 理論と実験の協力:理論の予言が先にあり、実験がそれを実際の物質で確かめ、さらに新しい理論の理解につながった。
  • 基礎研究が応用を生む:物質の性質を調べる基礎研究が、10年ほどで次世代メモリーの研究に発展した。
  • 省エネと情報社会:データを記憶する部品を速く、小さく、省電力にすることは、情報社会の大きな課題である。

問題例:「基礎研究の成果が社会で役立つまでには長い時間がかかることがある。国や大学は基礎研究をどのように支えるべきか、あなたの考えを600字以内で述べなさい。」

答えるときは、「すぐ役に立つかどうか」だけで研究を選ぶと、今回のような思いがけない発見の芽をつんでしまうかもしれない、という点にふれると深みが出ます。

物理・東大を目指す受験生へ

ホール効果は、ローレンツ力・電流の式 I = qnvS・電場と電圧の関係 V = Ed をまとめて使う、電磁気の総合問題としてよく出ます。図2の式の導き方を、何も見ずに書けるか確かめておきましょう。私大理工の物理の対策は早稲田 理工 物理の対策と勉強法・慶應理工 物理の対策と勉強法にまとめています。

中辻さんが所属する東京大学大学院理学系研究科は、東大の理学部とつながる大学院です。東大入試については2026年度 東大入試の合格最低点と分析、東大出身の受賞者は東京大学出身のノーベル賞受賞者と有名人一覧もどうぞ。受験生どうしの情報交換は、受験掲示板「100点BBS」の東京大学掲示板でもできます。

よくある質問

2026年度の仁科記念賞はだれが受賞しましたか?

仁科記念財団の2026年11月5日の発表によると、2026年度(第72回)仁科記念賞は、東京大学大学院理学系研究科の中辻知教授が受賞します。業績の題は「反強磁性体における巨大異常ホール応答の実験的発見」です。

巨大異常ホール効果とは何ですか?

外から磁場をかけなくても、電流と直角の向きに大きな電圧が出る現象(異常ホール効果)が、磁石の性質がほとんど無い反強磁性体 Mn₃Sn で、強磁性金属なみの大きさで現れたものです。中辻さんらが2015年に室温で初めて示しました。

ホール効果の公式は?

電流 I、磁束密度 B、電荷 q、電荷の数密度 n、板の厚さ t のとき、ホール電圧は V = IB /(qnt)です。ローレンツ力 qvB と電場からの力 qE のつり合い、電流の式 I = qnvS から導けます。

反強磁性体とは何ですか?

原子の小さな磁石(スピン)の向きが互いに打ち消し合い、全体ではほとんど磁石にならない物質です。Mn₃Sn では向きが約120度ずつずれて並び、正味の磁化は通常の強磁性体の約1000分の1しかありません。

この研究は何の役に立ちますか?

反強磁性体はもれる磁場が小さく、磁気の動きが速いため、速くて小さな次世代メモリーの材料として期待されています。巨大異常ホール効果を使うと、その磁気の向きを電気で読み取れます。2026年には40ピコ秒の電気パルスでの切り替えも報告されました。

仁科記念賞とはどんな賞ですか?

日本の原子物理学の基礎を築いた仁科芳雄博士を記念して1955年に創設された賞です。基礎物理学とその応用で優れた業績をあげた比較的若い研究者に、毎年3件以内で贈られます。江崎玲於奈、小柴昌俊、梶田隆章など、のちにノーベル物理学賞を受けた人も6人います。

あわせて読みたい

出典・参考

  • 公益財団法人 仁科記念財団「2026年度(第72回)仁科記念賞 受賞者と業績」(2026年11月5日 記者発表資料)https://www.nishina-mf.or.jp/jp
  • 公益財団法人 仁科記念財団「仁科記念賞」https://www.nishina-mf.or.jp/project/kinen/
  • 公益財団法人 仁科記念財団「ノーベル物理学賞ほかを授与された仁科記念賞受賞者一覧」(2025年4月改訂)
  • 公益財団法人 仁科記念財団「財団の沿革と寄附、賛助会員」https://www.nishina-mf.or.jp/about/history/
  • S. Nakatsuji, N. Kiyohara and T. Higo, Nature 527, 212–215 (2015)

最終更新:2026年11月5日/作成:大学受験合格大作戦

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