
竹取物語のクライマックス、かぐや姫が月の都の人だと打ち明けてから、天の羽衣を着て月へ帰るまで(第9章「かぐや姫の昇天」)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この章を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:かぐや姫は八月十五日の月の夜、自分が月の都の人で、十五日に迎えが来ると翁に打ち明ける。帝は二千人の兵で家を守らせるが、真夜中に天人が降りてくると兵は戦えない。かぐや姫は帝に手紙と歌、不死の薬を残し、天の羽衣を着て月へ帰る。
- 文法の要点:敬語と敬意の方向(せたまふ=最高敬語、たてまつりたまふ=二方面への敬語、尊敬語の「たてまつる」)、係り結び(こそ…め・ぞ…ける・なむ…ける)、存在の「なり」、伝聞の「なり」、ざめり・なめり。
- テストの定番:「今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける」の訳と係り結び、天の羽衣を着ると人間の心(物思い)がなくなること、「おほやけに御文たてまつりたまふ」の敬意の方向。



この章で覚える文法(テストに出る順)
- 敬意の方向:地の文は作者から、会話文は話し手から
- 最高敬語「せたまふ」(帝の動作)と二方面への敬語「たてまつりたまふ」
- 尊敬語の「たてまつる」=召し上がる(御薬たてまつれ)
- 係り結び:こそ…め/ぞ…ける/なむ…ける、結びの省略
- 存在の「なり」(内外なる・壺なる)と伝聞の「なり」(まうで来なる)
ここまでのあらすじと登場人物
かぐや姫は、5人の貴公子(石作の皇子・くらもちの皇子・右大臣阿倍御主人・大納言大伴御行・中納言石上麻呂足)に、手に入らない宝物を持ってくるよう難題を出し、全員が失敗しました。その後、帝もかぐや姫に心をひかれますが、かぐや姫は宮仕えを断り、二人は手紙をやりとりするようになります。そのまま三年ほどがたったところから、この章が始まります。
- かぐや姫:竹から生まれた娘。じつは月の都の人。
- 翁(竹取の翁・造麻呂)と嫗:かぐや姫を育てた老夫婦。
- 帝:かぐや姫を思い続け、二千人の兵で守らせる。
- 天人・王とおぼしき人:月の都からの迎え。
- 少将高野の大国・頭中将:帝の使い。
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
かやうにて、御心をたがひに慰めたまふほどに、三年ばかりありて、春の初めより、かぐや姫、月のおもしろう出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、「月の顔見るは忌むこと。」と制しけれども、ともすれば人間には月を見て、いみじく泣きたまふ。
現代語訳このようにして、(帝とかぐや姫が手紙で)お互いに心を慰め合っていらっしゃるうちに、三年ほどたって、春のはじめごろから、かぐや姫は、月が美しく出ているのを見て、いつもより物思いにしずんでいる様子である。ある人が「月の顔を見るのは不吉なことです。」と止めたけれども、ともすると人のいない間に月を見て、ひどくお泣きになる。
- 地の文の「たまふ」は作者からかぐや姫(と帝)への尊敬。→「たまふ」の尊敬と謙譲の見分け方
- 「おもしろう」は「おもしろく」のウ音便。古文の「おもしろし」は「趣がある・美しい」。→古文の音便(イ音便・ウ音便)
- 「忌む」は「不吉なこととして避ける」。月を見ることを不吉とする考えがあった。「人間(ひとま)」は「人のいない間」。
2
七月のもちの月に出でゐて、せちにもの思へる気色なり。
現代語訳七月十五日の満月の夜に、(縁側に)出て座って、ひどく物思いにしずんでいる様子である。
- 「もち(望)」は満月=旧暦の十五日。→旧暦の月の名前と十五夜(もち)
- 「思へる」は存続「り」。サ変の未然形・四段の已然形(e の音)につく。→完了・存続の助動詞「たり・り」
3
近く使はるる人々、竹取の翁に告げていはく、「かぐや姫、例も月をあはれがりたまひけれども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじく思し嘆くことあるべし。よくよく見たてまつらせたまへ。」と言ふを聞きて、
現代語訳おそば近くで使われている人たちが、竹取の翁に知らせて言うには、「かぐや姫は、いつも月をしみじみと眺めていらっしゃったけれど、このごろになっては、ふつうのことではないようでございます。ひどく思い悩んでいらっしゃることがあるのでしょう。よくよく気をつけて見てさしあげてください。」と言うのを(翁が)聞いて、
- 「ざめり」は「ざるめり」→「ざんめり」→「ざ(ん)めり」。打消「ず」+推定「めり」で「〜ないようだ」。第1章の「なめり」と同じしくみ。→推定の助動詞「めり」となめり・ざめり
- 「使はるる」は受身(使われる)。→助動詞「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 会話の敬語は話し手から。「たてまつる」(謙譲)は人々→かぐや姫、「はべり」(丁寧)と「たまへ」(尊敬)は人々→聞き手の翁。→誰から誰への敬意かの見分け方(敬意の方向)


4
かぐや姫に言ふやう、「なでふ心地すれば、かくものを思ひたるさまにて、月を見たまふぞ。うましき世に。」と言ふ。かぐや姫、「月を見れば、世の中心細くあはれにはべり。なでふものをか嘆きはべるべき。」と言ふ。
現代語訳(翁が)かぐや姫に言うことには、「どんな気持ちがするので、こんなに物思いをしている様子で月をご覧になるのか。こんなに満ち足りた世の中なのに。」と言う。かぐや姫は、「月を見ると、世の中が心細く、しみじみと悲しく思われるのです。どうして何かを嘆いたりするでしょうか(いいえ、何も嘆いてなどいません)。」と言う。
- 「なでふものをか…べき」は係り結びで、ここは反語(どうして〜だろうか、いや〜ない)。→係り結びの決まり(ぞ・なむ・や・か・こそ)
- 「うましき世」は「満ち足りた、よい暮らし」。翁がお金持ちになっていることをふまえた言葉。
5
かぐや姫のある所に至りて見れば、なほもの思へる気色なり。これを見て、「あが仏、何ごと思ひたまふぞ。思すらむこと何ごとぞ。」と言へば、「思ふこともなし。ものなむ心細くおぼゆる。」と言へば、
現代語訳(翁が)かぐや姫のいる所に行って見ると、やはり物思いにしずんでいる様子である。これを見て、「わたしの大切な人よ、何を思い悩んでいらっしゃるのか。思っておられることは何なのか。」と言うと、「思い悩むこともありません。なんとなく心細く感じられるのです。」と言うので、
- 「あが仏」は「わたしの大切な人」と呼びかける言葉。翁がかぐや姫をどれほど大事にしているかがわかる。
- 「思す」は「思ふ」の尊敬語。「らむ」は現在推量(今ごろ〜しているだろう)。→現在推量の助動詞「らむ」
- 「ものなむ…おぼゆる」も係り結び。「おぼゆ」の連体形で結ぶ。
6
翁、「月な見たまひそ。これを見たまへば、もの思す気色はあるぞ。」と言へば、「いかでか月を見ずにはあらむ。」とて、なほ月出づれば、出でゐつつ嘆き思へり。
現代語訳翁が、「月を見なさいますな。これをご覧になるから、物思いの様子があるのだ。」と言うと、「どうして月を見ないでいられましょうか。」と言って、やはり月が出ると、(縁側に)出て座っては嘆き悲しんでいる。
- 「な…そ」はやわらかい禁止(〜してくれるな)。「な」は副詞、「そ」は終助詞。間に動詞の連用形が入る。→古文の終助詞(な・そ・ばや・なむ)
- 「いかでか…む」は反語(どうして〜だろうか、いや〜ない)。
7
夕闇にはもの思はぬ気色なり。月のほどになりぬれば、なほ時々はうち嘆き泣きなどす。これを使ふ者ども、「なほもの思すことあるべし。」とささやけど、親をはじめて何ごととも知らず。
現代語訳月の出ていない夕方の暗い間は、物思いをしていない様子である。月の出る時分になると、やはり時々はため息をついて泣いたりする。これを(そばで)使われている者たちは、「やはり何か思い悩んでいらっしゃることがあるにちがいない。」とささやき合うけれど、親(翁と嫗)をはじめとして、だれも何のことかわからない。
- 「物思はぬ」の「ぬ」は下に名詞「気色」があるので打消「ず」の連体形。完了の「ぬ」とまちがえない。→「ぬ」の識別(完了と打消)
- 「夕闇」は、日が暮れてから月が出るまでの暗い間。月が出ていないと落ち着いている=月と何か関係がある、という手がかり。
8
八月十五日ばかりの月に出でゐて、かぐや姫いといたく泣きたまふ。人目も今はつつみたまはず泣きたまふ。これを見て、親どもも「何ごとぞ。」と問ひ騒ぐ。
現代語訳八月十五日ごろの満月の夜に、(縁側に)出て座って、かぐや姫はたいそうひどくお泣きになる。人目も今はもう気にせずにお泣きになる。これを見て、親たちも「どうしたのか。」とうろたえてたずねる。
- 八月十五日=中秋の名月(十五夜)。この日が迎えの日になる。→旧暦の月と十五夜(中秋の名月)
- 「つつむ」は「人目をはばかる・かくす」。今までかくしていた悲しみを、もうかくさなくなった。

出典:『竹取物語』絵巻 下巻(江戸時代前期の写本、国立国会図書館デジタルコレクション)
9
かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はしたまはむものぞと思ひて、今まで過ごしはべりつるなり。さのみやはとて、うち出ではべりぬるぞ。
現代語訳かぐや姫は泣きながら言う、「前々から申し上げようと思っていましたが、きっとお心を乱されるにちがいないと思って、今まで(言わずに)過ごしてきたのです。けれど、そうばかりしていられようかと思って、打ち明けるのです。
- 「申さむ」の「む」は主語が自分(一人称)なので意志(〜しよう)。→助動詞「む」の意味の見分け方
- 「さのみやは」は「そうばかり(だまって)いられようか、いや、いられない」という反語の言い方。
10
おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。それを、昔の契りなりけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。
現代語訳わたしの身は、この国の人ではなく、月の都の人なのです。それなのに、前世からの約束があったことによって、この人間の世界にやって参ったのです。
- かぐや姫の正体の告白。物語の大きな山場。第1章の「三か月で大人に」「光る竹」が、ここでつながる。
- 「契り」は「前世からの約束・因縁」。仏教の考え方が背景にある。
- 「なむ…ける」は係り結び。「まうづ」は「行く・来」の謙譲語(参上する)。→よく出る敬語動詞の一覧(まうづ・まかる・のたまふ)


11
今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しきことを、この春より思ひ嘆きはべるなり。」と言ひて、いみじく泣く。
現代語訳もう帰らなければならない時になったので、今月の十五日に、あのもとの国から、迎えに人々がやって参るでしょう。どうしても行かなければならないので、(お二人が)お嘆きになるだろうことが悲しくて、この春から思い悩んでいたのです。」と言って、ひどく泣く。
- 「むず」は「むとす」がちぢまった形で、意味は「む」と同じ推量。
- 「まかりぬべけれ」の「ぬ」は下に推量「べし」があるので強意(きっと〜)。→完了の助動詞「つ・ぬ」と強意の用法
- 「思し嘆かむが」の「む」は下に「が(=こと)」が続くので婉曲(〜ような)。
12
翁、「こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひたてまつりたる我が子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さむや。」と言ひて、「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。
現代語訳翁は、「これはまた、なんということをおっしゃるのか。竹の中から見つけ申し上げたけれど、菜種ほどの大きさでいらっしゃったのを、わたしの背丈と並ぶほどまでお育て申し上げた我が子を、だれが迎えに来られようか(いや、だれにも連れて行かせない)。どうして許したりするものか。」と言って、「わたしのほうこそ死んでしまいたい。」と言って、泣きわめく様子は、まったく見ていられないほどである。
- 「こそ…め」:係助詞「こそ」があるので、文末は已然形「め」。主語が「我」なので意志(死のう)。→係り結び(こそ→已然形)
- 「何人か…む」「まさに…や」はどちらも反語。翁の強い気持ちが二重に出ている。
- 第1章では「三寸」だったかぐや姫を、ここでは「菜種の大きさ」と言っている。翁の大げさな言い方。

13
かぐや姫のいはく、「月の都の人にて父母あり。片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には数多の年を経ぬるになむありける。
現代語訳かぐや姫が言うことには、「(わたしには)月の都の人として父母がいます。ほんのしばらくの間ということで、あの国からやって参りましたが、こうしてこの国で、たくさんの年月を過ごしてしまったのでした。
- 「経ぬるになむありける」の「に」は断定「なり」の連用形。「に(あり)」の形は断定と見抜く。→「に」の識別7種類
- 「片時」は「ほんのわずかな時間」。月の世界と人間の世界では、時間の流れ方がちがうことがわかる。
14
かの国の父母のこともおぼえず。ここには、かく久しく遊びきこえて、慣らひたてまつれり。いみじからむ心地もせず。悲しくのみなむある。されどおのが心ならずまかりなむとする。」と言ひて、もろともにいみじう泣く。
現代語訳あの国の父母のことも覚えていません。ここでは、こんなに長い間楽しく過ごさせていただいて、すっかりなじみ申し上げました。(月に帰っても)うれしいような気持ちもしません。ただ悲しいばかりです。けれども、自分の心のままにならずに、行ってしまおうとしているのです。」と言って、(翁たちと)いっしょにひどく泣く。
- 「遊びきこゆ」「慣らひたてまつる」の謙譲語は、かぐや姫から翁・嫗への敬意。
- 「いみじう」は「いみじく」のウ音便。「いみじ」はよい意味にも悪い意味にも使う(ここは「ひどく」)。
15
使はるる人々も、年ごろ慣らひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣らひて、恋しからむことの堪へがたく、湯水も飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。
現代語訳使われている人たちも、長年なれ親しんできて、(かぐや姫と)別れてしまうことを、気だてなどが上品でかわいらしかったのを見なれていたので、(いなくなったら)恋しく思うだろうことが堪えられないほどつらく、湯や水も飲むことができず、(翁たちと)同じ気持ちで嘆き悲しんだ。
- 「飲まれず」の「る」は、下に打消があるので可能(飲むことができない)。平安時代の「る・らる」の可能は、ほとんど打消といっしょに出る。→「る・らる」の可能は打消とセット
- 「心ばへ」は「気だて・性格」、「あてやかなり」は「上品だ」。
16
この事を帝きこしめして、竹取が家に御使ひつかはさせたまふ。御使ひに竹取出で会ひて、泣くこと限りなし。この事を嘆くに、髪も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、もの思ひには片時になむ老いになりにけると見ゆ。
現代語訳このことを帝がお聞きになって、竹取の家にお使いをお送りになる。お使いに竹取の翁は出て会って、限りなく泣く。このことを嘆くあまり、髪も白くなり、腰も曲がり、目もただれてしまった。翁は今年五十歳ほどであったけれど、物思いのために、ほんの短い間にすっかり年をとってしまったと見える。
- 「せたまふ」=最高敬語(二重敬語)。尊敬「す」+尊敬「たまふ」で、帝など最も身分の高い人に使う。→最高敬語(せたまふ・させたまふ)とは
- 「きこしめす」は「聞く」の尊敬語(お聞きになる)。食べる・飲むの尊敬語(召し上がる)にもなる。


17
御使ひ、仰せ言とて翁にいはく、「いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか。」と仰せたまふ。竹取泣く泣く申す、「このもちになむ、月の都よりかぐや姫の迎へにまうで来なる。尊く問はせたまふ。このもちには、人々賜りて、月の都の人まうで来ば、捕らへさせむ。」と申す。
現代語訳お使いが、帝のお言葉として翁に言うには、「たいそう心を痛めて思い悩んでいるというのは、本当か。」とおっしゃる。竹取の翁は泣きながら申し上げる、「今度の十五日に、月の都からかぐや姫の迎えがやって来るそうです。ありがたくもおたずねくださいました。この十五日には、(帝から)人々をいただいて、月の都の人がやって来たら、捕らえさせよう(と思います)。」と申し上げる。
- 「物思ふなる」「まうで来なる」の「なる」は伝聞(〜そうだ・〜という)。終止形(ラ変は連体形)につく「なり」は伝聞・推定、体言・連体形につくのは断定。カ変「来」の終止形は「く」。→伝聞推定の「なり」と断定の「なり」の見分け方
- 「問はせたまふ」は翁が帝に使う最高敬語。会話文なので翁から帝への敬意。
18
御使ひ帰り参りて、翁のありさま申して、奏しつることども申すを聞こしめしてのたまふ、「一目見たまひし御心にだに忘れたまはぬに、明け暮れ見慣れたるかぐや姫をやりては、いかが思ふべき。」
現代語訳お使いが(宮中に)帰って参上して、翁の様子を申し上げ、(翁が)申し上げたことなどを申し上げるのを、(帝が)お聞きになっておっしゃる、「(わたしのように)一目見ただけの心でさえ忘れられないのに、朝晩見なれていたかぐや姫を(月へ)行かせてしまっては、(翁は)どう思うだろうか。」
- 「奏す」は帝(や上皇)に申し上げるときだけ使う謙譲語(絶対敬語)。中宮・皇太子には「啓す」。→よく出る敬語動詞(奏す・啓す)
- 「見たまひし」「忘れたまはぬ」は、帝が自分の動作に尊敬語を使う自敬表現と説明されることが多い。
- 「一目見…だに」の「だに」は類推(〜さえ)。軽いものを挙げて、重いものを想像させる。→古文の副助詞(だに・すら・さへ)
19
かの十五日、司々に仰せて、勅使、少将高野の大国といふ人を指して、六衛の司合はせて、二千人の人を竹取が家につかはす。家にまかりて、築地の上に千人、屋の上に千人、家の人々いと多かりけるに合はせて、空ける隙もなく守らす。この守る人々も弓矢を帯してをり。母屋の内には、女どもを番にすゑて守らす。嫗、塗籠の内に、かぐや姫を抱きてをり。翁も、塗籠の戸鎖して、戸口にをり。
現代語訳その十五日に、(帝は)役所役所にお命じになって、勅使として少将高野の大国という人を指名して、六衛府の役人を合わせて二千人の人を竹取の家に派遣する。(人々は)家に参上して、土塀の上に千人、屋根の上に千人、家の使用人たちがとても多かったのと合わせて、すき間もなく守らせる。この守る人々も弓矢を身につけている。母屋の中では、女たちを番に置いて守らせる。嫗は、塗籠(周りを壁で囲った部屋)の中で、かぐや姫を抱きかかえている。翁も、塗籠の戸に錠をおろして、戸口にいる。
- 「空ける」は四段「空く」の已然形+存続「り」の連体形(空いている)。
- 「守らす」は使役(守らせる)。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」
- 「築地」は土の塀、「塗籠」は周りを壁で囲った部屋。→古文常識(寝殿造り・塗籠など)
20
翁のいはく、「かばかり守る所に、天の人にも負けむや。」と言ひて、屋の上にをる人々にいはく、「つゆも、もの空に翔らば、ふと射殺したまへ。」守る人々のいはく、「かばかりして守る所に、かはほり一つだにあらば、まづ射殺して、外にさらさむと思ひはべる。」と言ふ。翁これを聞きて、頼もしがりをり。
現代語訳翁が言うには、「これほど守っている所で、天の人にも負けるだろうか(いや、負けるはずがない)。」と言って、屋根の上にいる人々に言うには、「少しでも何かが空を飛んだら、すぐに射殺してください。」守っている人々が言うには、「これほどにして守っている所に、こうもり一匹でもいたら、まず射殺して、外にさらしてやろうと思っています。」と言う。翁はこれを聞いて、頼もしく思っている。
- 「かはほり」は「こうもり」。「つゆも」は「少しでも」。
- 「〜むや」は反語(〜だろうか、いや〜ない)。翁の強気が、あとの場面とのコントラストになる。
21
これを聞きて、かぐや姫は、「鎖し籠めて、守り戦ふべきしたくみをしたりとも、あの国の人を、え戦はぬなり。弓矢して射られじ。かく鎖し籠めてありとも、かの国の人来ば、みな開きなむとす。相戦はむとすとも、かの国の人来なば、猛き心つかふ人も、よもあらじ。」
現代語訳これを聞いて、かぐや姫は、「(わたしを)閉じこめて、守り戦う準備をしていても、あの国の人とは戦うことができないのです。弓矢で射ることもできないでしょう。このように閉じこめていても、あの国の人が来たら、どこもみな開いてしまうでしょう。戦おうとしても、あの国の人が来てしまったら、勇ましい心をふるう人も、まさかいないでしょう。」
- 「え…打消」=不可能(〜できない)。「え戦はぬ」=戦うことができない。→呼応の副詞(え〜ず・よも〜じ・な〜そ)
- 「よも…じ」=まさか〜ないだろう。「じ」は打消推量(「む」の反対)。→打消推量の助動詞「じ」
- 「来ば」は未然形+ば=仮定(もし来たら)。→未然形+ばと已然形+ばの違い
22
翁のいふやう、「御迎へに来む人をば、長き爪して眼をつかみつぶさむ。さが髪を取りてかなぐり落とさむ。さが尻をかき出でて、ここらのおほやけ人に見せて恥を見せむ。」と腹立ちをり。
現代語訳翁が言うことには、「お迎えに来るような人を、長い爪で目玉をつかんでつぶしてやろう。そいつの髪の毛をつかんで引きずり落としてやろう。そいつの尻をまくり出して、ここにいる大勢の役人たちに見せて恥をかかせてやろう。」と腹を立てている。
- 「む」の見分け:「来む人」は下に名詞があるので婉曲(〜ような)、「つぶさむ」は主語が翁自身なので意志(〜しよう)。→助動詞「む」の6つの意味と見分け方
- 「さ(が)」は相手をののしる言い方(そいつの)。上品な物語の中で、翁だけがとても荒っぽい。
23
かぐや姫いはく、「声高になのたまひそ。屋の上にをる人どもの聞くに、いとまさなし。いますかりつる心ざしどもを、思ひも知らで、まかりなむずることの口惜しうはべりけり。長き契りのなかりければ、ほどなくまかりぬべきなめりと思ふが悲しくはべるなり。
現代語訳かぐや姫が言うには、「大声でおっしゃいますな。屋根の上にいる人たちが聞くと、とてもみっともないです。(お二人の)これまでのご愛情を、わきまえもせずに去ってしまうことが残念でございます。(この世での)長い縁がなかったので、まもなく去らなければならないのだろうと思うと悲しいのです。
- 「口惜しうはべりけり」の「けり」は過去ではなく詠嘆(今気づいた・〜だなあ)。会話や和歌の「けり」に多い。→「けり」の過去と詠嘆の見分け方
- 「まかりぬべきなめり」の「なめり」は第1章と同じ断定+推定。
- 「まさなし」は「みっともない・よくない」。→よく出る古語(まさなし・口惜し)
24
親たちの顧みを、いささかだに仕うまつらで、まからむ道も安くもあるまじきに、月ごろも出でゐて、今年ばかりの暇を申しつれど、さらに許されぬによりてなむ、かく思ひ嘆きはべる。御心をのみ惑はして去りなむことの、悲しく堪へがたくはべるなり。
現代語訳親たちのお世話を、少しもしてさしあげないで、帰って行く道も安らかではないだろうに、この何か月も(縁側に)出て座って、今年一年だけの猶予を(月の世界に)お願い申し上げたけれど、まったく許されないので、こうして嘆いているのです。(お二人の)お心をただ乱すばかりで去ってしまうことが、悲しくて堪えられないのです。
- 「仕うまつらで」の「で」は打消の接続助詞(〜しないで)。→古文の接続助詞(で・ば・ど・ども)
- 月を見て泣いていた理由がここでわかる。月の世界に「今年だけ待って」とお願いしていたのに、許されなかった。
- 「許されぬ」の「る」は受身(許されない)。
25
かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなむ。思ふこともなくはべるなり。さる所へまからむずるも、いみじくもはべらず。老い衰へたまへるさまを見たてまつらざらむこそ恋しからめ。」と言ひて泣く。翁、「胸痛きことなしたまひそ。うるはしき姿したる使ひにも障らじ。」とねたみをり。
現代語訳あの都の人は、とても美しくて、年もとりません。思い悩むこともないのです。そのような所へ行くのも、うれしくもございません。(お二人が)年をとって弱っていかれるご様子を見てさしあげられないことが、きっと恋しく(心残りに)思われるでしょう。」と言って泣く。翁は、「胸が痛くなるようなことをおっしゃいますな。りっぱな姿をした使いであっても、じゃまされたりはしないぞ。」とくやしがっている。
- 「老いをせずなむ。」は、結びの語(「ある」など)が書かれていない結びの省略。→係り結びの結びの省略と結びの消滅
- 「こそ…め」は係り結び。ここの「め」は推量(〜だろう)。
- 「なしたまひそ」は「な+し(す)+たまひ+そ」。間に尊敬語が入っても「な…そ」の禁止。
- 月の都は老いも悩みもない世界。それでも、かぐや姫は人間の世界のほうを恋しく思っている。
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かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり。望月の明かさを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
現代語訳こうしているうちに、夜もふけて、真夜中の十二時ごろに、家のあたりが昼の明るさ以上に光っている。満月の明るさを十合わせたほどで、そこにいる人の毛穴まで見えるほどである。
- 「子の時」は十二支で表す時刻で、真夜中の十二時ごろ(午後11時〜午前1時)。
- 「毛の穴さへ」の「さへ」は添加(〜までも)。→副助詞「さへ・だに・すら」の違い
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大空より、人、雲に乗りて下り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。これを見て、内外なる人の心ども、ものにおそはるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。
現代語訳大空から、人が雲に乗って降りてきて、地面から五尺(約1.5メートル)ほど上がった所に、ずらりと並んで立っている。これを見て、家の内や外にいる人たちの心は、何かにおそわれたような状態で、戦おうという気持ちもなくなってしまった。
- 「内外なる人」の「なる」は存在(〜にいる・〜にある)。場所+なりなら存在の意味。→断定の助動詞「なり」と存在の用法
- 天人は地面に足をつけず、空中に浮いている。人間の世界は「けがれた所」だから、という読み方もある。

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からうじて思ひ起こして、弓矢を取り立てむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかがまりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、荒れも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。
現代語訳やっとのことで気持ちをふるい起こして、弓矢を構えようとするけれど、手に力も入らなくなって、ぐったりとしてしまった中で、しっかりした者が、がまんして射ようとするけれど、(矢は)見当ちがいの方へ飛んで行ったので、荒々しく戦うこともせず、ただぼうっとして、(天人たちを)見つめ合っているばかりである。
- 「さかし」は「しっかりしている・気が強い」。「念ず」は「がまんする」。
- 「まもる」は古文では「じっと見つめる」。今の「守る」とはちがう意味に注意。
- 「戦はで」も打消の接続助詞「で」(〜しないで)。
29
立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つ具したり。羅蓋さしたり。その中に、王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来。」と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。
現代語訳立っている人たちは、着ている衣装の美しいことは、ほかに比べるものがない。空を飛ぶ車を一台持ってきている。(その車には)薄絹を張った傘がさしかけてある。その中に、王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ)、出て参れ。」と言うと、勇ましい気持ちでいた造麻呂も、何かに酔ったような気分になって、うつぶせに倒れ伏している。
- 「まうで来」の「来」はカ変の命令形「こ」(来い)。→敬語動詞「まうづ」の使い方
- 「造麻呂」は翁の名前(第1章の「さぬきの造」)。「羅蓋」は薄い絹を張った、貴人にさしかける傘。

出典:『竹取物語』絵巻 下巻(江戸時代前期の写本、国立国会図書館デジタルコレクション)
30
いはく、「汝、をさなき人。いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、片時のほどとて下ししを、そこらの年ごろ、そこらの金賜ひて、身を変へたるがごとくなりにたり。
現代語訳(王が)言うには、「おまえ、未熟な者よ。少しばかりの善い行いを翁がしたことによって、おまえの助けにと思って、ほんのしばらくの間ということで(かぐや姫を)下したのに、長い年月の間、たくさんの黄金をお与えになって、(おまえは)生まれ変わったようにお金持ちになってしまった。
- 「功徳」は仏教の言葉で「善い行い」。翁が黄金の竹を見つけたのは、この功徳のおかげだと王は言う。
- 「そこらの」は「たくさんの」。第1章で翁がお金持ちになった理由が、ここで明かされる。
31
かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、あたはぬことなり。はや返したてまつれ。」と言ふ。
現代語訳かぐや姫は罪をおかしなさったので、このように身分の低いおまえの所に、しばらくいらっしゃったのだ。罪をつぐなう期間が終わったので、こうして迎えに来たのに、翁は泣いて嘆く。それはできないことだ。早くお返し申し上げよ。」と言う。
- かぐや姫が人間界に来た理由=月の世界で罪をおかしたから。どんな罪かは書かれていない。
- 王は翁を「おのれ」と見下しているのに、かぐや姫には尊敬語(たまふ・おはす)と謙譲語(たてまつる)を使う。会話文の敬語は話し手(王)からの敬意。→敬意の方向(誰から誰へ)の見分け方


32
翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十年あまりになりぬ。片時とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。また異所に、かぐや姫と申す人ぞおはしますらむ。」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、え出でおはしますまじ。」と申せば、
現代語訳翁が答えて申し上げる、「かぐや姫をお育て申し上げて二十年あまりになりました。(それを)ほんのしばらくとおっしゃるので、わけがわからなくなりました。また別の所に、かぐや姫と申し上げる人がいらっしゃるのでしょう。」と言う。「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病気にかかっていらっしゃるので、出ていらっしゃることはできないでしょう。」と申し上げると、
- 人間の世界の「二十年あまり」が、月の世界では「片時」。時間の感じ方のちがいがはっきり出る。
- 「え出でおはしますまじ」は「え…まじ」=不可能(〜できないだろう)。→打消推量の助動詞「まじ」
- 翁はうそをついてまで、かぐや姫を守ろうとしている。
33
その返り事はなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。立て籠めたる所の戸、すなはちただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。嫗抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。えとどむまじければ、ただ、さし仰ぎて泣きをり。
現代語訳(王は)その返事はしないで、屋根の上に飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫。けがれた所に、どうして長くいらっしゃることがありましょうか。」と言う。閉めきっていた所の戸が、すぐにすうっと開いてしまった。格子も、人がいないのにひとりでに開いた。嫗が抱いて座っていたかぐや姫は、外に出てしまった。(嫗は)引きとめることもできそうにないので、ただ空を見上げて泣いている。
- 「きたなき所」は人間の世界のこと。月の都から見ると、人間界はけがれた世界。
- かぐや姫が言っていたとおり、閉じこめても戸はひとりでに開いた。
34
竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、「何しに、悲しきに見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率ておはせね。」と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。
現代語訳竹取の翁が心を乱して泣き伏している所に(かぐや姫は)近寄って言う、「わたしも、自分の心からではなく、こうして去っていくのですから、せめて天に昇るのだけでもお見送りください。」と言うけれど、(翁は)「どうして、悲しいのに見送り申し上げられようか。わたしをどうしろというつもりで、見捨てて昇っていかれるのか。いっしょに連れて行ってください。」と泣いて伏しているので、(かぐや姫の)お心は乱れてしまった。
- 「おはせね」の「ね」は願望の終助詞(〜してほしい)。未然形につく。打消「ず」の已然形「ね」とまちがえやすい。→「ね」の識別(打消・完了・願望)
- 「昇らむをだに」の「だに」は最小限の希望(せめて〜だけでも)。下に命令「たまへ」がある。
- 「ここ」は自分を指す言い方(わたし)。


35
「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取り出でて見たまへ。」とて、うち泣きて書く言葉は、「この国に生まれぬるとならば、嘆かせたてまつらぬほどまではべるべきを、はべらで過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえはべれ。脱ぎ置く衣を形見と見たまへ。月の出でたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨てたてまつりてまかる空よりも、落ちぬべき心地す。」と書き置く。
現代語訳「手紙を書き残して去りましょう。恋しく思うような時々に、取り出してご覧ください。」と言って、泣きながら書く言葉は、「この国に生まれたのであれば、(お二人を)嘆かせ申し上げない時まで(おそばに)いるはずですのに、そうできずに去って別れてしまうことは、かえすがえすも残念に思われます。脱いで残していく着物を形見と思ってご覧ください。月が出ているような夜は、(月のほうを)見てください。(お二人を)お見捨て申し上げて去っていく空から、落ちてしまいそうな気持ちがします。」と書き残す。
- 「嘆かせたてまつらぬ」の「せ」は使役(嘆かせる)。下に謙譲語がある「せ」は使役と考える。→「す・さす」の使役と尊敬の見分け方
- 「出でたらむ夜」の「む」は婉曲(〜ような)。
- 「本意なし」は「残念だ・不本意だ」。「見おこす」は「こちらを見る(遠くから見やる)」。
36
天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺なる御薬たてまつれ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ。」とて、持て寄りたれば、いささかなめたまひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣を取り出でて着せむとす。
現代語訳天人の中の一人に持たせている箱がある。(その中に)天の羽衣が入っている。また別の箱には不死の薬が入っている。一人の天人が言う、「壺に入っているお薬をお飲みください。けがれた所の物を召し上がっていたので、ご気分が悪いことでしょう。」と言って、(薬を)持って近寄ったので、(かぐや姫は)少しおなめになって、少しを形見として、脱いで残す着物に包もうとすると、そばにいた天人が包ませない。(天の羽衣の)お着物を取り出して着せようとする。
- 「たてまつれ」はここでは尊敬語(召し上がれ)。「たてまつる」は謙譲語(差し上げる)がふつうだが、飲む・食べる・着る・乗るの尊敬語にもなる。→尊敬語の「たてまつる」(召し上がる・お召しになる)
- 「壺なる」は存在の「なり」(壺の中にある)。
- 天の羽衣と不死の薬が出てくる。不死の薬は次の第10章「ふじの山」につながる。


37
その時に、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。「衣着つる人は、心異になるなり。もの一言、言ひ置くべきことあり。」と言ひて、文書く。天人、「遅し。」と心もとながりたまふ。かぐや姫、「もの知らぬことなのたまひそ。」とて、いみじく静かに、おほやけに御文たてまつりたまふ。あわてぬさまなり。
現代語訳その時に、かぐや姫は「少し待ちなさい。」と言う。「(天の羽衣を)着た人は、心が(人間とは)ちがうものになるのです。一言、言い残しておかなければならないことがあります。」と言って、手紙を書く。天人は「遅い。」とじれったくお思いになる。かぐや姫は「ものの情けを知らないことをおっしゃいますな。」と言って、とても静かに、帝にお手紙を差し上げなさる。落ち着いた様子である。
- 「おほやけに御文たてまつりたまふ」は二方面への敬語。「たてまつり」(謙譲)は作者から受け取る帝へ、「たまふ」(尊敬)は作者から書くかぐや姫への敬意。→二方面への敬語(たてまつりたまふ)
- 「おほやけ」は「帝・朝廷」。「心もとながる」は「じれったく思う」。
- 羽衣を着ると心が変わってしまうから、その前に手紙を書く。最後の場面の伏線。

38
「かく数多の人を賜ひて、とどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。心得ず思しめしつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものに思しめしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、
現代語訳「このようにたくさんの人をおつかわしになって、(わたしを)引きとめさせなさいますが、(それを)許さない迎えがやって来て、(わたしを)連れて行ってしまうので、残念で悲しいことです。宮仕えをいたさずに終わってしまったのも、このように面倒な(人間ではない)身でございますので。(帝は)わけがわからないとお思いになったでしょうけれど、強情にお言葉をお受けしないままになってしまったことを、無礼な者だとお心にとどめておかれてしまったことが、心残りでございます。」と書いて、
- 帝への手紙なので、敬語はすべてかぐや姫から帝への敬意。尊敬語(賜ふ・思しめす)、謙譲語(つかうまつる・承る)、丁寧語(はべり)がそろっている。→古文の敬語の種類(尊敬・謙譲・丁寧)
- 「なむ…ぬる」は係り結び。「思しめしつらめども」は現在推量「らむ」の已然形(「ども」は已然形につく)。
- 「なめげなり」は「無礼だ・失礼だ」。帝の求婚を断ってきたことをわびている。
39
今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける
現代語訳今はもうこれまでと、天の羽衣を着るこの時になって、あなた(帝)のことをしみじみと慕わしく思い出すことです。
- 「ぞ…ける」の係り結び。和歌の「けり」は詠嘆(〜ことだなあ)と取るのがふつう。
- 「君」は帝。「あはれ」は「しみじみと心ひかれる・いとしい」。羽衣を着ると心が変わる、その直前の最後の人間らしい気持ちをよんだ歌。
- 國民文庫本などでは結びが「思ひ出でぬる」(完了「ぬ」連体形)。どちらも「ぞ」の結びで連体形になっている。


40
とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せてたてまつらす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとほし、かなしと思しつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。
現代語訳と書いて、壺の(不死の)薬を添えて、頭中将を呼び寄せて(帝に)献上させる。中将には、天人が(手紙と薬を)受け取って渡す。中将が受け取ったので、(天人が)さっと天の羽衣をお着せ申し上げたところ、(かぐや姫が)翁を気の毒だ、いとしいと思っていらっしゃった気持ちも消えてしまった。この羽衣を着た人は、物思いがなくなってしまったので、(かぐや姫は)車に乗って、百人ほどの天人を連れて、天に昇ってしまった。
- 「たてまつらす」の「す」は使役(頭中将に献上させる)。
- 「いとほし」は「気の毒だ・かわいそうだ」、「かなし」は「いとしい」。どちらも今の意味とちがう。→古今異義語(いとほし・かなし・あはれ)
- 天の羽衣を着たとたん、人間らしい悲しみが消える。最後の一文は、人の心を失って月へ帰ることのさびしさを伝えている。


敬意の方向を図で確かめる(帝・かぐや姫・翁・天人)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| 忌む | いむ | 不吉なこととして避ける |
| あはれがる | あわれがる | しみじみと心を動かされる |
| うまし | うまし | 満ち足りている・よい |
| あが仏 | あがほとけ | わたしの大切な人(呼びかけ) |
| 契り | ちぎり | 前世からの約束・因縁 |
| 心ばへ | こころばえ | 気だて・性格 |
| あてやかなり | あてやかなり | 上品だ |
| まさなし | まさなし | みっともない・よくない |
| 口惜し | くちおし | 残念だ |
| けうらなり | きょうらなり | この上なく美しい |
| まもる | まもる | じっと見つめる |
| 心もとながる | こころもとながる | じれったく思う |
| なめげなり | なめげなり | 無礼だ・失礼だ |
| いとほし | いとおし | 気の毒だ・かわいそうだ |
| かなし | かなし | いとしい・かわいい |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「ただごとにもはべらざめり」の「ざめり」を文法的に説明しなさい。
打消の助動詞「ず」の連体形「ざる」が撥音便「ざん」になり、「ん」が書かれない形「ざ」+推定の助動詞「めり」。訳は「〜ないようだ」。
問2 「我こそ死なめ」の「め」の文法的意味と活用形は?
意志の助動詞「む」の已然形。上に係助詞「こそ」があるので已然形で結ぶ(係り結び)。
問3 「竹取が家に御使ひつかはさせたまふ」の「せたまふ」は何と呼ばれる敬語?だれへの敬意?
最高敬語(二重敬語)。尊敬の「す」+尊敬の「たまふ」で、作者から帝への敬意。
問4 「内外なる人の心ども」の「なる」の意味は?
存在(〜にいる)。断定の助動詞「なり」が場所を表す語につくと存在の意味になる。
問5 「おほやけに御文たてまつりたまふ」の「たてまつり」「たまふ」は、それぞれ誰から誰への敬意か。
「たてまつり」(謙譲語)は作者から帝(おほやけ)へ、「たまふ」(尊敬語)は作者からかぐや姫への敬意。二方面への敬語。
問6 「壺なる御薬たてまつれ」の「たてまつれ」の意味と敬語の種類は?
「召し上がれ(お飲みください)」の意味の尊敬語。天人からかぐや姫への敬意。
問7 「具して率ておはせね」の「ね」は何か。また現代語訳しなさい。
願望(あつらえ)の終助詞「ね」。未然形につく。訳は「いっしょに連れて行ってください」。
問8 天の羽衣を着たかぐや姫の心はどう変わったか。本文の言葉を使って説明しなさい。
「翁をいとほし、かなしと思しつることも失せぬ」とあるように、翁を気の毒だ、いとしいと思う人間らしい気持ちが消え、物思いのない月の人の心になった。

竹取物語「かぐや姫の昇天」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
かやうにて、御心をたがひに慰めたまふほどに、三年ばかりありて、春の初めより、かぐや姫、月のおもしろう出でたるを見て、常よりももの思ひたるさまなり。ある人の、「月の顔見るは忌むこと。」と制しけれども、ともすれば人間には月を見て、いみじく泣きたまふ。
七月のもちの月に出でゐて、せちにもの思へる気色なり。
近く使はるる人々、竹取の翁に告げていはく、「かぐや姫、例も月をあはれがりたまひけれども、このごろとなりては、ただごとにもはべらざめり。いみじく思し嘆くことあるべし。よくよく見たてまつらせたまへ。」と言ふを聞きて、
かぐや姫に言ふやう、「なでふ心地すれば、かくものを思ひたるさまにて、月を見たまふぞ。うましき世に。」と言ふ。かぐや姫、「月を見れば、世の中心細くあはれにはべり。なでふものをか嘆きはべるべき。」と言ふ。
かぐや姫のある所に至りて見れば、なほもの思へる気色なり。これを見て、「あが仏、何ごと思ひたまふぞ。思すらむこと何ごとぞ。」と言へば、「思ふこともなし。ものなむ心細くおぼゆる。」と言へば、
翁、「月な見たまひそ。これを見たまへば、もの思す気色はあるぞ。」と言へば、「いかでか月を見ずにはあらむ。」とて、なほ月出づれば、出でゐつつ嘆き思へり。
夕闇にはもの思はぬ気色なり。月のほどになりぬれば、なほ時々はうち嘆き泣きなどす。これを使ふ者ども、「なほもの思すことあるべし。」とささやけど、親をはじめて何ごととも知らず。
八月十五日ばかりの月に出でゐて、かぐや姫いといたく泣きたまふ。人目も今はつつみたまはず泣きたまふ。これを見て、親どもも「何ごとぞ。」と問ひ騒ぐ。
かぐや姫泣く泣く言ふ、「さきざきも申さむと思ひしかども、必ず心惑はしたまはむものぞと思ひて、今まで過ごしはべりつるなり。さのみやはとて、うち出ではべりぬるぞ。
おのが身は、この国の人にもあらず、月の都の人なり。それを、昔の契りなりけるによりてなむ、この世界にはまうで来たりける。
今は帰るべきになりにければ、この月の十五日に、かのもとの国より、迎へに人々まうで来むず。さらずまかりぬべければ、思し嘆かむが悲しきことを、この春より思ひ嘆きはべるなり。」と言ひて、いみじく泣く。
翁、「こは、なでふことをのたまふぞ。竹の中より見つけきこえたりしかど、菜種の大きさおはせしを、我が丈立ち並ぶまで養ひたてまつりたる我が子を、何人か迎へきこえむ。まさに許さむや。」と言ひて、「我こそ死なめ。」とて、泣きののしること、いと堪へがたげなり。
かぐや姫のいはく、「月の都の人にて父母あり。片時の間とて、かの国よりまうで来しかども、かくこの国には数多の年を経ぬるになむありける。
かの国の父母のこともおぼえず。ここには、かく久しく遊びきこえて、慣らひたてまつれり。いみじからむ心地もせず。悲しくのみなむある。されどおのが心ならずまかりなむとする。」と言ひて、もろともにいみじう泣く。
使はるる人々も、年ごろ慣らひて、立ち別れなむことを、心ばへなどあてやかにうつくしかりつることを見慣らひて、恋しからむことの堪へがたく、湯水も飲まれず、同じ心に嘆かしがりけり。
この事を帝きこしめして、竹取が家に御使ひつかはさせたまふ。御使ひに竹取出で会ひて、泣くこと限りなし。この事を嘆くに、髪も白く、腰もかがまり、目もただれにけり。翁、今年は五十ばかりなりけれども、もの思ひには片時になむ老いになりにけると見ゆ。
御使ひ、仰せ言とて翁にいはく、「いと心苦しくもの思ふなるは、まことにか。」と仰せたまふ。竹取泣く泣く申す、「このもちになむ、月の都よりかぐや姫の迎へにまうで来なる。尊く問はせたまふ。このもちには、人々賜りて、月の都の人まうで来ば、捕らへさせむ。」と申す。
御使ひ帰り参りて、翁のありさま申して、奏しつることども申すを聞こしめしてのたまふ、「一目見たまひし御心にだに忘れたまはぬに、明け暮れ見慣れたるかぐや姫をやりては、いかが思ふべき。」
かの十五日、司々に仰せて、勅使、少将高野の大国といふ人を指して、六衛の司合はせて、二千人の人を竹取が家につかはす。家にまかりて、築地の上に千人、屋の上に千人、家の人々いと多かりけるに合はせて、空ける隙もなく守らす。この守る人々も弓矢を帯してをり。母屋の内には、女どもを番にすゑて守らす。嫗、塗籠の内に、かぐや姫を抱きてをり。翁も、塗籠の戸鎖して、戸口にをり。
翁のいはく、「かばかり守る所に、天の人にも負けむや。」と言ひて、屋の上にをる人々にいはく、「つゆも、もの空に翔らば、ふと射殺したまへ。」守る人々のいはく、「かばかりして守る所に、かはほり一つだにあらば、まづ射殺して、外にさらさむと思ひはべる。」と言ふ。翁これを聞きて、頼もしがりをり。
これを聞きて、かぐや姫は、「鎖し籠めて、守り戦ふべきしたくみをしたりとも、あの国の人を、え戦はぬなり。弓矢して射られじ。かく鎖し籠めてありとも、かの国の人来ば、みな開きなむとす。相戦はむとすとも、かの国の人来なば、猛き心つかふ人も、よもあらじ。」
翁のいふやう、「御迎へに来む人をば、長き爪して眼をつかみつぶさむ。さが髪を取りてかなぐり落とさむ。さが尻をかき出でて、ここらのおほやけ人に見せて恥を見せむ。」と腹立ちをり。
かぐや姫いはく、「声高になのたまひそ。屋の上にをる人どもの聞くに、いとまさなし。いますかりつる心ざしどもを、思ひも知らで、まかりなむずることの口惜しうはべりけり。長き契りのなかりければ、ほどなくまかりぬべきなめりと思ふが悲しくはべるなり。
親たちの顧みを、いささかだに仕うまつらで、まからむ道も安くもあるまじきに、月ごろも出でゐて、今年ばかりの暇を申しつれど、さらに許されぬによりてなむ、かく思ひ嘆きはべる。御心をのみ惑はして去りなむことの、悲しく堪へがたくはべるなり。
かの都の人は、いとけうらに、老いをせずなむ。思ふこともなくはべるなり。さる所へまからむずるも、いみじくもはべらず。老い衰へたまへるさまを見たてまつらざらむこそ恋しからめ。」と言ひて泣く。翁、「胸痛きことなしたまひそ。うるはしき姿したる使ひにも障らじ。」とねたみをり。
かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり。望月の明かさを十合はせたるばかりにて、ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。
大空より、人、雲に乗りて下り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねたり。これを見て、内外なる人の心ども、ものにおそはるるやうにて、相戦はむ心もなかりけり。
からうじて思ひ起こして、弓矢を取り立てむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかがまりたる中に、心さかしき者、念じて射むとすれども、ほかざまへ行きければ、荒れも戦はで、心地ただ痴れに痴れて、まもりあへり。
立てる人どもは、装束の清らなること、ものにも似ず。飛ぶ車一つ具したり。羅蓋さしたり。その中に、王とおぼしき人、家に、「造麻呂、まうで来。」と言ふに、猛く思ひつる造麻呂も、ものに酔ひたる心地して、うつぶしに伏せり。
いはく、「汝、をさなき人。いささかなる功徳を翁つくりけるによりて、汝が助けにとて、片時のほどとて下ししを、そこらの年ごろ、そこらの金賜ひて、身を変へたるがごとくなりにたり。
かぐや姫は罪をつくりたまへりければ、かく賤しきおのれがもとに、しばしおはしつるなり。罪の限り果てぬれば、かく迎ふるを、翁は泣き嘆く、あたはぬことなり。はや返したてまつれ。」と言ふ。
翁答へて申す、「かぐや姫を養ひたてまつること二十年あまりになりぬ。片時とのたまふに、あやしくなりはべりぬ。また異所に、かぐや姫と申す人ぞおはしますらむ。」と言ふ。「ここにおはするかぐや姫は、重き病をしたまへば、え出でおはしますまじ。」と申せば、
その返り事はなくて、屋の上に飛ぶ車を寄せて、「いざ、かぐや姫。きたなき所に、いかでか久しくおはせむ。」と言ふ。立て籠めたる所の戸、すなはちただ開きに開きぬ。格子どもも、人はなくして開きぬ。嫗抱きてゐたるかぐや姫、外に出でぬ。えとどむまじければ、ただ、さし仰ぎて泣きをり。
竹取心惑ひて泣き伏せる所に寄りて、かぐや姫言ふ、「ここにも、心にもあらでかくまかるに、昇らむをだに見送りたまへ。」と言へども、「何しに、悲しきに見送りたてまつらむ。我をいかにせよとて、捨てては昇りたまふぞ。具して率ておはせね。」と泣きて伏せれば、御心惑ひぬ。
「文を書き置きてまからむ。恋しからむをりをり、取り出でて見たまへ。」とて、うち泣きて書く言葉は、「この国に生まれぬるとならば、嘆かせたてまつらぬほどまではべるべきを、はべらで過ぎ別れぬること、かへすがへす本意なくこそおぼえはべれ。脱ぎ置く衣を形見と見たまへ。月の出でたらむ夜は、見おこせたまへ。見捨てたてまつりてまかる空よりも、落ちぬべき心地す。」と書き置く。
天人の中に持たせたる箱あり。天の羽衣入れり。またあるは不死の薬入れり。ひとりの天人言ふ、「壺なる御薬たてまつれ。きたなき所のものきこしめしたれば、御心地悪しからむものぞ。」とて、持て寄りたれば、いささかなめたまひて、少し形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、ある天人包ませず。御衣を取り出でて着せむとす。
その時に、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。「衣着つる人は、心異になるなり。もの一言、言ひ置くべきことあり。」と言ひて、文書く。天人、「遅し。」と心もとながりたまふ。かぐや姫、「もの知らぬことなのたまひそ。」とて、いみじく静かに、おほやけに御文たてまつりたまふ。あわてぬさまなり。
「かく数多の人を賜ひて、とどめさせたまへど、許さぬ迎へまうで来て、取り率てまかりぬれば、口惜しく悲しきこと。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、かくわづらはしき身にてはべれば。心得ず思しめしつらめども、心強く承らずなりにしこと、なめげなるものに思しめしとどめられぬるなむ、心にとまりはべりぬる。」とて、
今はとて天の羽衣着るをりぞ君をあはれと思ひ出でける
とて、壺の薬添へて、頭中将呼び寄せてたてまつらす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、ふと天の羽衣うち着せたてまつりつれば、翁をいとほし、かなしと思しつることも失せぬ。この衣着つる人は、もの思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して昇りぬ。
竹取物語「かぐや姫の昇天」現代語訳(全文・通し)
このようにして、(帝とかぐや姫が手紙で)お互いに心を慰め合っていらっしゃるうちに、三年ほどたって、春のはじめごろから、かぐや姫は、月が美しく出ているのを見て、いつもより物思いにしずんでいる様子である。ある人が「月の顔を見るのは不吉なことです。」と止めたけれども、ともすると人のいない間に月を見て、ひどくお泣きになる。
七月十五日の満月の夜に、(縁側に)出て座って、ひどく物思いにしずんでいる様子である。
おそば近くで使われている人たちが、竹取の翁に知らせて言うには、「かぐや姫は、いつも月をしみじみと眺めていらっしゃったけれど、このごろになっては、ふつうのことではないようでございます。ひどく思い悩んでいらっしゃることがあるのでしょう。よくよく気をつけて見てさしあげてください。」と言うのを(翁が)聞いて、
(翁が)かぐや姫に言うことには、「どんな気持ちがするので、こんなに物思いをしている様子で月をご覧になるのか。こんなに満ち足りた世の中なのに。」と言う。かぐや姫は、「月を見ると、世の中が心細く、しみじみと悲しく思われるのです。どうして何かを嘆いたりするでしょうか(いいえ、何も嘆いてなどいません)。」と言う。
(翁が)かぐや姫のいる所に行って見ると、やはり物思いにしずんでいる様子である。これを見て、「わたしの大切な人よ、何を思い悩んでいらっしゃるのか。思っておられることは何なのか。」と言うと、「思い悩むこともありません。なんとなく心細く感じられるのです。」と言うので、
翁が、「月を見なさいますな。これをご覧になるから、物思いの様子があるのだ。」と言うと、「どうして月を見ないでいられましょうか。」と言って、やはり月が出ると、(縁側に)出て座っては嘆き悲しんでいる。
月の出ていない夕方の暗い間は、物思いをしていない様子である。月の出る時分になると、やはり時々はため息をついて泣いたりする。これを(そばで)使われている者たちは、「やはり何か思い悩んでいらっしゃることがあるにちがいない。」とささやき合うけれど、親(翁と嫗)をはじめとして、だれも何のことかわからない。
八月十五日ごろの満月の夜に、(縁側に)出て座って、かぐや姫はたいそうひどくお泣きになる。人目も今はもう気にせずにお泣きになる。これを見て、親たちも「どうしたのか。」とうろたえてたずねる。
かぐや姫は泣きながら言う、「前々から申し上げようと思っていましたが、きっとお心を乱されるにちがいないと思って、今まで(言わずに)過ごしてきたのです。けれど、そうばかりしていられようかと思って、打ち明けるのです。
わたしの身は、この国の人ではなく、月の都の人なのです。それなのに、前世からの約束があったことによって、この人間の世界にやって参ったのです。
もう帰らなければならない時になったので、今月の十五日に、あのもとの国から、迎えに人々がやって参るでしょう。どうしても行かなければならないので、(お二人が)お嘆きになるだろうことが悲しくて、この春から思い悩んでいたのです。」と言って、ひどく泣く。
翁は、「これはまた、なんということをおっしゃるのか。竹の中から見つけ申し上げたけれど、菜種ほどの大きさでいらっしゃったのを、わたしの背丈と並ぶほどまでお育て申し上げた我が子を、だれが迎えに来られようか(いや、だれにも連れて行かせない)。どうして許したりするものか。」と言って、「わたしのほうこそ死んでしまいたい。」と言って、泣きわめく様子は、まったく見ていられないほどである。
かぐや姫が言うことには、「(わたしには)月の都の人として父母がいます。ほんのしばらくの間ということで、あの国からやって参りましたが、こうしてこの国で、たくさんの年月を過ごしてしまったのでした。
あの国の父母のことも覚えていません。ここでは、こんなに長い間楽しく過ごさせていただいて、すっかりなじみ申し上げました。(月に帰っても)うれしいような気持ちもしません。ただ悲しいばかりです。けれども、自分の心のままにならずに、行ってしまおうとしているのです。」と言って、(翁たちと)いっしょにひどく泣く。
使われている人たちも、長年なれ親しんできて、(かぐや姫と)別れてしまうことを、気だてなどが上品でかわいらしかったのを見なれていたので、(いなくなったら)恋しく思うだろうことが堪えられないほどつらく、湯や水も飲むことができず、(翁たちと)同じ気持ちで嘆き悲しんだ。
このことを帝がお聞きになって、竹取の家にお使いをお送りになる。お使いに竹取の翁は出て会って、限りなく泣く。このことを嘆くあまり、髪も白くなり、腰も曲がり、目もただれてしまった。翁は今年五十歳ほどであったけれど、物思いのために、ほんの短い間にすっかり年をとってしまったと見える。
お使いが、帝のお言葉として翁に言うには、「たいそう心を痛めて思い悩んでいるというのは、本当か。」とおっしゃる。竹取の翁は泣きながら申し上げる、「今度の十五日に、月の都からかぐや姫の迎えがやって来るそうです。ありがたくもおたずねくださいました。この十五日には、(帝から)人々をいただいて、月の都の人がやって来たら、捕らえさせよう(と思います)。」と申し上げる。
お使いが(宮中に)帰って参上して、翁の様子を申し上げ、(翁が)申し上げたことなどを申し上げるのを、(帝が)お聞きになっておっしゃる、「(わたしのように)一目見ただけの心でさえ忘れられないのに、朝晩見なれていたかぐや姫を(月へ)行かせてしまっては、(翁は)どう思うだろうか。」
その十五日に、(帝は)役所役所にお命じになって、勅使として少将高野の大国という人を指名して、六衛府の役人を合わせて二千人の人を竹取の家に派遣する。(人々は)家に参上して、土塀の上に千人、屋根の上に千人、家の使用人たちがとても多かったのと合わせて、すき間もなく守らせる。この守る人々も弓矢を身につけている。母屋の中では、女たちを番に置いて守らせる。嫗は、塗籠(周りを壁で囲った部屋)の中で、かぐや姫を抱きかかえている。翁も、塗籠の戸に錠をおろして、戸口にいる。
翁が言うには、「これほど守っている所で、天の人にも負けるだろうか(いや、負けるはずがない)。」と言って、屋根の上にいる人々に言うには、「少しでも何かが空を飛んだら、すぐに射殺してください。」守っている人々が言うには、「これほどにして守っている所に、こうもり一匹でもいたら、まず射殺して、外にさらしてやろうと思っています。」と言う。翁はこれを聞いて、頼もしく思っている。
これを聞いて、かぐや姫は、「(わたしを)閉じこめて、守り戦う準備をしていても、あの国の人とは戦うことができないのです。弓矢で射ることもできないでしょう。このように閉じこめていても、あの国の人が来たら、どこもみな開いてしまうでしょう。戦おうとしても、あの国の人が来てしまったら、勇ましい心をふるう人も、まさかいないでしょう。」
翁が言うことには、「お迎えに来るような人を、長い爪で目玉をつかんでつぶしてやろう。そいつの髪の毛をつかんで引きずり落としてやろう。そいつの尻をまくり出して、ここにいる大勢の役人たちに見せて恥をかかせてやろう。」と腹を立てている。
かぐや姫が言うには、「大声でおっしゃいますな。屋根の上にいる人たちが聞くと、とてもみっともないです。(お二人の)これまでのご愛情を、わきまえもせずに去ってしまうことが残念でございます。(この世での)長い縁がなかったので、まもなく去らなければならないのだろうと思うと悲しいのです。
親たちのお世話を、少しもしてさしあげないで、帰って行く道も安らかではないだろうに、この何か月も(縁側に)出て座って、今年一年だけの猶予を(月の世界に)お願い申し上げたけれど、まったく許されないので、こうして嘆いているのです。(お二人の)お心をただ乱すばかりで去ってしまうことが、悲しくて堪えられないのです。
あの都の人は、とても美しくて、年もとりません。思い悩むこともないのです。そのような所へ行くのも、うれしくもございません。(お二人が)年をとって弱っていかれるご様子を見てさしあげられないことが、きっと恋しく(心残りに)思われるでしょう。」と言って泣く。翁は、「胸が痛くなるようなことをおっしゃいますな。りっぱな姿をした使いであっても、じゃまされたりはしないぞ。」とくやしがっている。
こうしているうちに、夜もふけて、真夜中の十二時ごろに、家のあたりが昼の明るさ以上に光っている。満月の明るさを十合わせたほどで、そこにいる人の毛穴まで見えるほどである。
大空から、人が雲に乗って降りてきて、地面から五尺(約1.5メートル)ほど上がった所に、ずらりと並んで立っている。これを見て、家の内や外にいる人たちの心は、何かにおそわれたような状態で、戦おうという気持ちもなくなってしまった。
やっとのことで気持ちをふるい起こして、弓矢を構えようとするけれど、手に力も入らなくなって、ぐったりとしてしまった中で、しっかりした者が、がまんして射ようとするけれど、(矢は)見当ちがいの方へ飛んで行ったので、荒々しく戦うこともせず、ただぼうっとして、(天人たちを)見つめ合っているばかりである。
立っている人たちは、着ている衣装の美しいことは、ほかに比べるものがない。空を飛ぶ車を一台持ってきている。(その車には)薄絹を張った傘がさしかけてある。その中に、王と思われる人が、家に向かって、「造麻呂(みやつこまろ)、出て参れ。」と言うと、勇ましい気持ちでいた造麻呂も、何かに酔ったような気分になって、うつぶせに倒れ伏している。
(王が)言うには、「おまえ、未熟な者よ。少しばかりの善い行いを翁がしたことによって、おまえの助けにと思って、ほんのしばらくの間ということで(かぐや姫を)下したのに、長い年月の間、たくさんの黄金をお与えになって、(おまえは)生まれ変わったようにお金持ちになってしまった。
かぐや姫は罪をおかしなさったので、このように身分の低いおまえの所に、しばらくいらっしゃったのだ。罪をつぐなう期間が終わったので、こうして迎えに来たのに、翁は泣いて嘆く。それはできないことだ。早くお返し申し上げよ。」と言う。
翁が答えて申し上げる、「かぐや姫をお育て申し上げて二十年あまりになりました。(それを)ほんのしばらくとおっしゃるので、わけがわからなくなりました。また別の所に、かぐや姫と申し上げる人がいらっしゃるのでしょう。」と言う。「ここにいらっしゃるかぐや姫は、重い病気にかかっていらっしゃるので、出ていらっしゃることはできないでしょう。」と申し上げると、
(王は)その返事はしないで、屋根の上に飛ぶ車を寄せて、「さあ、かぐや姫。けがれた所に、どうして長くいらっしゃることがありましょうか。」と言う。閉めきっていた所の戸が、すぐにすうっと開いてしまった。格子も、人がいないのにひとりでに開いた。嫗が抱いて座っていたかぐや姫は、外に出てしまった。(嫗は)引きとめることもできそうにないので、ただ空を見上げて泣いている。
竹取の翁が心を乱して泣き伏している所に(かぐや姫は)近寄って言う、「わたしも、自分の心からではなく、こうして去っていくのですから、せめて天に昇るのだけでもお見送りください。」と言うけれど、(翁は)「どうして、悲しいのに見送り申し上げられようか。わたしをどうしろというつもりで、見捨てて昇っていかれるのか。いっしょに連れて行ってください。」と泣いて伏しているので、(かぐや姫の)お心は乱れてしまった。
「手紙を書き残して去りましょう。恋しく思うような時々に、取り出してご覧ください。」と言って、泣きながら書く言葉は、「この国に生まれたのであれば、(お二人を)嘆かせ申し上げない時まで(おそばに)いるはずですのに、そうできずに去って別れてしまうことは、かえすがえすも残念に思われます。脱いで残していく着物を形見と思ってご覧ください。月が出ているような夜は、(月のほうを)見てください。(お二人を)お見捨て申し上げて去っていく空から、落ちてしまいそうな気持ちがします。」と書き残す。
天人の中の一人に持たせている箱がある。(その中に)天の羽衣が入っている。また別の箱には不死の薬が入っている。一人の天人が言う、「壺に入っているお薬をお飲みください。けがれた所の物を召し上がっていたので、ご気分が悪いことでしょう。」と言って、(薬を)持って近寄ったので、(かぐや姫は)少しおなめになって、少しを形見として、脱いで残す着物に包もうとすると、そばにいた天人が包ませない。(天の羽衣の)お着物を取り出して着せようとする。
その時に、かぐや姫は「少し待ちなさい。」と言う。「(天の羽衣を)着た人は、心が(人間とは)ちがうものになるのです。一言、言い残しておかなければならないことがあります。」と言って、手紙を書く。天人は「遅い。」とじれったくお思いになる。かぐや姫は「ものの情けを知らないことをおっしゃいますな。」と言って、とても静かに、帝にお手紙を差し上げなさる。落ち着いた様子である。
「このようにたくさんの人をおつかわしになって、(わたしを)引きとめさせなさいますが、(それを)許さない迎えがやって来て、(わたしを)連れて行ってしまうので、残念で悲しいことです。宮仕えをいたさずに終わってしまったのも、このように面倒な(人間ではない)身でございますので。(帝は)わけがわからないとお思いになったでしょうけれど、強情にお言葉をお受けしないままになってしまったことを、無礼な者だとお心にとどめておかれてしまったことが、心残りでございます。」と書いて、
今はもうこれまでと、天の羽衣を着るこの時になって、あなた(帝)のことをしみじみと慕わしく思い出すことです。
と書いて、壺の(不死の)薬を添えて、頭中将を呼び寄せて(帝に)献上させる。中将には、天人が(手紙と薬を)受け取って渡す。中将が受け取ったので、(天人が)さっと天の羽衣をお着せ申し上げたところ、(かぐや姫が)翁を気の毒だ、いとしいと思っていらっしゃった気持ちも消えてしまった。この羽衣を着た人は、物思いがなくなってしまったので、(かぐや姫は)車に乗って、百人ほどの天人を連れて、天に昇ってしまった。
竹取物語「かぐや姫の昇天」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(竹取物語の基本)
竹取物語の作者は誰?
作者はわかっていません(未詳)。漢文や仏教の知識がある男性の知識人と考えられています。
竹取物語はいつの作品?
平安時代のはじめ、9世紀後半〜10世紀前半ごろに成立したとされます。
竹取物語の冒頭(書き出し)は?
「今は昔、竹取の翁といふものありけり。」です。現代語訳は「今ではもう昔のことだが、竹取の翁という者がいたそうだ。」です。
なぜ日本最古の物語と言われるの?
『源氏物語』の絵合の巻で「物語の出で来はじめの祖」(物語が生まれた最初の祖先)と呼ばれているからです。
竹取物語 全文の目次
- 竹取物語「なよ竹のかぐや姫」の原文・現代語訳
- 竹取物語「貴公子たちの求婚」の原文・現代語訳
- 竹取物語「仏の御石の鉢」の原文・現代語訳
- 竹取物語「蓬莱の玉の枝」の原文・現代語訳
- 竹取物語「火鼠の皮衣」の原文・現代語訳
- 竹取物語「竜の首の玉」の原文・現代語訳
- 竹取物語「燕の子安貝」の原文・現代語訳
- 竹取物語「帝の求婚」の原文・現代語訳
- かぐや姫の昇天(このページ)
- 竹取物語「ふじの山」の原文・現代語訳

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本文は『竹取物語』(國民文庫本、明治末刊)をもとに、教科書で広く読まれる形に合わせ、新字体・現代の送り仮名に直しました。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は、国立国会図書館デジタルコレクションの『竹取物語』絵巻(江戸時代前期)など、著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


