
竹取物語の「くらもちの皇子は、心たばかりある人にて」から、うそがばれて皇子が山へ消えるまで(第4章「蓬莱の玉の枝」)を、全文・現代語訳・文法でいっしょに読みます。
解説:ミスターT先生(京都大学文学部出身の古文の先生。合格大作戦のキャラクターの合格先生に古典を叩き込んだ師匠)
この章を30秒で(あらすじと要点)
- あらすじ:くらもちの皇子は旅に出たふりをして、職人六人と三重の囲いの家にこもり、にせの玉の枝を作らせる。命がけの航海の作り話で翁を信じこませ、結婚の直前までいくが、代金をもらっていない職人たちが訴えに来てうそがばれる。皇子は恥じて深い山に消える。
- 文法の要点:二方面への敬語(見せたてまつりたまへ・申したまひし)、係り結び(なむ・ぞ・や・か・こそ)、強意の「ぬべし」、自分の体験を語る過去「き」、反実仮想「まし」。
- テストの定番:「こそ〜已然形、」の逆接、「折りてしかば」の「て」=完了「つ」、職人の「千余日」と皇子の旅の日数が合うこと、語源「たまさかる」。



この章で覚える文法(テストに出る順)
- 二方面への敬語:見せたてまつりたまへ(謙譲+尊敬)
- こそ〜已然形、で文が続くと逆接(思ひつれ、)
- 強意のぬべし(負けぬべし・肝消えぬべき)
- 体験の過去きと、「折りてしかば」のて=完了「つ」
- 反実仮想まし・ましかば、語源たまさかる
第4章までのあらすじ(5つの難題とくらもちの皇子)
かぐや姫は、求婚してきた5人の貴公子に、それぞれ手に入りそうもない宝物を持ってくるよう言いました。くらもちの皇子への難題は、「東の海にある蓬莱という山の、銀を根、金を茎、白い玉を実とする木の枝を一本折ってきてほしい」というものです。蓬莱は、中国の伝説で仙人が住むとされる山です。
前の章では、石作の皇子がにせの鉢を持ってきて失敗しました。くらもちの皇子は、もっと上手にだまそうと考えます。本物を探しに行くのではなく、腕のいい職人に作らせるという作戦です。(國民文庫本などでは「車持皇子」と書かれますが、教科書に多い「くらもちの皇子」で書いています。)
本文と現代語訳・文法(1文ずつ)
色の見方:過去 完了・存続 推量・推定・意志 使役・受身・尊敬 断定 打消 敬語 係りの語 結びの語(色の語にふれると説明が出ます)
1
くらもちの皇子は、心たばかりある人にて、朝廷には、「筑紫の国に湯あみにまからむ。」とて暇申して、かぐや姫の家には、「玉の枝取りになむまかる。」と言はせて下りたまふに、仕うまつるべき人々、みな難波まで御送りしけり。
現代語訳くらもちの皇子は、悪知恵のはたらく人で、朝廷には「九州の筑紫の国へ湯治に行ってまいります」と言って休みをいただき、かぐや姫の家には「玉の枝を取りに行ってまいります」と(使いの者に)言わせて、都から下っていかれると、お仕えするはずの人々は、みな難波(今の大阪)までお見送りをした。
- 國民文庫本などでは「車持皇子」と書かれます。教科書では「くらもちの皇子」と書くことが多いので、このページもそれにそろえました。
- 「心たばかりある」=計略をめぐらす心がある=ずるがしこい。最初の一文で、この皇子が作戦で勝負する人だと予告しています。
- 係り結び:「なむ」の結びは「まかる」(連体形)。四段動詞なので、連体形も終止形も同じ形です。→係り結びの決まり(ぞ・なむ・や・か・こそ)
- 「言はせて」の「せ」は使役(言わせる)。皇子は自分で言わず、人に言わせています。→使役・尊敬の助動詞「す・さす・しむ」


2
皇子、「いと忍びて。」とのたまはせて、人もあまた率ておはしまさず、近う仕うまつるかぎりして出でたまひぬ。御送りの人々、見たてまつり送りて帰りぬ。「おはしましぬ。」と人には見えたまひて、三日ばかりありて漕ぎ帰りたまひぬ。
現代語訳皇子は「ごく内密に(行くのだ)」とおっしゃって、お供もたくさんは連れていかれず、身近にお仕えする者だけを連れて出発なさった。見送りの人々は、(船出を)お見送り申し上げて帰った。(皇子は)「(筑紫へ)お出かけになった」と人々には見せかけておいて、三日ほどたってから、船をこいで帰っていらっしゃった。
- 地の文の「たまふ」(尊敬)と「たてまつる」(謙譲)は、どちらも作者から皇子への敬意。→古文の敬語の種類(尊敬語・謙譲語・丁寧語)
- 「近う」は「近く」のウ音便。→古文の音便(イ音便・ウ音便)
- 「見えたまひて」=(出発したように)人に見せかけて。旅に出たふりが、作戦の第一歩です。
3
かねて事みな仰せたりければ、その時一の工匠なりける内匠六人を召しとりて、たはやすく人寄り来まじき家を作りて、かまへを三重にしこめて、工匠らを入れたまひつつ、皇子も同じ所にこもりたまひて、知らせたまひつるかぎり十六そをかみにくどをあけて、玉の枝を作りたまふ。
現代語訳前もって必要なことをすべて命じておかれたので、そのころ第一の腕前の職人であった内匠(宮中の細工職人)六人を呼び寄せて、簡単には人が近寄って来られそうにない家を造り、囲いを三重にめぐらして、職人たちを中に入れ、皇子も同じ所にこもりきりになって、お治めになっている限りの十六か所の領地(の財産)をつぎこみ、(金属を溶かす)かまどを設けて、玉の枝をお作りになる。
- 「人寄り来まじき家」の「まじ」は打消推量(〜ないだろう・〜できそうにない)。→打消推量の助動詞「まじ」
- 「十六そをかみにくどをあけて」は、昔から意味がはっきりしない所で、本によって字も解釈もちがいます。ここでは「領地の財産をつぎこみ、かまどを設けて」と訳しました。
- 三重の囲いの中にこもる=ひみつの工房。だれにも見られないように作ったことが、あとで大事になります。
4
かぐや姫ののたまふやうに違はず作り出でつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかに持て出でぬ。「船に乗りて帰り来にけり。」と殿に告げやりて、いといたく苦しげなるさましてゐたまへり。
現代語訳かぐや姫がおっしゃったとおりに、少しもちがわずに作り上げた。たいそうぬけめなく計略をめぐらして、(玉の枝を)難波へこっそりと持ち出した。「船に乗って帰ってきた」と自分の屋敷に知らせをやって、ひどく疲れきった様子をして座っていらっしゃる。
- 「ゐたまへり」の「り」は存続(〜ている)。「り」はサ変の未然形・四段の已然形に付く(「さみしい」と覚える)。→完了・存続の助動詞「たり・り」
- 「みそかに」=こっそりと。「苦しげなるさま」=長旅で疲れたふりの演技です。
5
迎へに人多く参りたり。玉の枝をば長櫃に入れて、物おほひて持ちて参る。いつか聞きけむ、「くらもちの皇子は優曇華の花持ちて上りたまへり。」とののしりけり。これをかぐや姫聞きて、「我はこの皇子に負けぬべし。」と、胸つぶれて思ひけり。
現代語訳迎えに人がおおぜい参上した。玉の枝を長櫃(長い箱)に入れ、布をかぶせて持って参上する。(人々は)いつ聞いたのだろうか、「くらもちの皇子は優曇華の花を持って都へ上っていらっしゃった」と大騒ぎした。これをかぐや姫は聞いて、「わたしはこの皇子にきっと負けてしまうだろう」と、胸がつぶれるような思いでいた。
- 「いつか聞きけむ」は文の途中に入った挿入句。「か」の結びで「けむ」(過去推量・連体形)。→過去推量の助動詞「けむ」
- 「負けぬべし」の「ぬ」は完了ではなく強意(きっと〜)。「ぬべし・てむ・なむ」の形で出る。→完了・強意の助動詞「つ・ぬ」の違い
- 「ののしる」は今の「悪口を言う」ではなく大声で騒ぐ・評判になる。→古今異義語(ののしる・うつくし・あはれ)
- 「優曇華」は仏教の話に出てくる、めったに咲かないとされる伝説の花です。
6
かかるほどに、門をたたきて、「くらもちの皇子おはしたり。」と告ぐ。「旅の御姿ながらおはしましたり。」と言へば、会ひたてまつる。皇子のたまはく、「『命を捨ててかの玉の枝持て来たり。』とて、かぐや姫に見せたてまつりたまへ。」と言へば、翁持ちて入りたり。この玉の枝に文をぞつけたりける。
現代語訳そうしているうちに、(使いが)門をたたいて「くらもちの皇子がいらっしゃった」と知らせる。「旅のお姿のままでいらっしゃった」と言うので、(翁が)お会い申し上げる。皇子がおっしゃるには、「『命を捨てる覚悟で、あの玉の枝を持ってきた』と言って、かぐや姫にお見せ申し上げてください」と言うので、翁は(玉の枝を)持って奥へ入った。この玉の枝には、手紙が結びつけてあった。
- 二方面への敬語:「見せたてまつり(謙譲)たまへ(尊敬)」。たてまつる=皇子から見せられる人(かぐや姫)への敬意、たまへ=皇子から見せる人(翁)への敬意。→二方面への敬語(謙譲語+尊敬語)
- 「のたまはく」「言はく」はク語法で「〜ことには」。→敬語動詞の一覧(のたまふ・おはす・たてまつる)
- 「文をぞつけたりける」:「ぞ」の結びで連体形「ける」。


7
いたづらに身はなしつとも玉の枝を手折らでさらに帰らざらまし
現代語訳(皇子の歌)たとえ旅の途中でむなしくこの身を死なせてしまうことになっても、玉の枝を手折らないでは、決して帰ってこなかったでしょう。
- 「〜とも」は逆接の仮定(たとえ〜ても)。→接続助詞の一覧(ば・ど・とも・で)
- 「さらに〜ざらまし」:「まし」は反実仮想。『もし枝が取れなかったら帰らなかったろう』=『取れたから帰ってきた』と言いたい歌。→反実仮想の助動詞「まし」
- もちろん、この歌も作り話の一部です。

8
これをもあはれと見てをるに、竹取の翁走り入りて言はく、「この皇子に申したまひし蓬莱の玉の枝を、一つの所もあやしき所なく、あやまたず持ておはしませり。何をもちてか、とかく申すべきにあらず。旅の御姿ながら、我が御家へも寄りたまはずしておはしましたり。はや、この皇子にあひ仕うまつりたまへ。」と言ふに、物も言はず、頬杖をつきて、いみじく嘆かしげに思ひたり。
現代語訳(かぐや姫が)この歌もしみじみと見ていると、竹取の翁が走って入ってきて言うことには、「この皇子に(あなたが)お頼み申し上げた蓬莱の玉の枝を、一か所もおかしな所がなく、注文どおりに持っていらっしゃった。何を理由にあれこれ申し上げられるでしょうか、もうお断りはできません。旅のお姿のままで、ご自分のお屋敷にもお寄りにならずにいらっしゃったのです。早くこの皇子と結婚してお仕えなさい」と言うと、(かぐや姫は)何も言わず、頬杖をついて、たいそう嘆かわしそうに思いこんでいる。
- ここも二方面への敬語。「申したまひし」:申し=翁から皇子(申し上げた相手)へ、たまひ=翁からかぐや姫(申し上げた人)へ。→敬意の方向(だれからだれへ)の見分け方
- 「あひ仕うまつる」=結婚してお仕えする。頬杖は、深く思い悩むときのしぐさです。
- 本によっては「あはれとも見でをるに(心を動かされもしないでいると)」となっていて、意味が逆になります。

出典:『竹取物語』絵巻 上巻(江戸時代前期の写本、国立国会図書館デジタルコレクション)
9
この皇子、「今さらなにかと言ふべからず。」と言ふままに、縁にはひ上りたまひぬ。翁、ことわりに思ふ。「この国に見えぬ玉の枝なり。この度は、いかでかいなび申さむ。人ざまもよき人におはす。」など言ひゐたり。
現代語訳この皇子は「今となっては、あれこれ言うこともできますまい」と言うやいなや、縁側にはい上がりなさった。翁はそれも当然だと思う。「この国では見られない玉の枝だ。今度は、どうしてお断り申し上げられようか(いや、できない)。人柄もよい方でいらっしゃる」などと言って座っている。
- 「いかでか〜む」は反語(どうして〜か、いや〜ない)。「か」の結びで「む」は連体形。→係り結びと反語の訳し方
- 「よき人におはす」の「に」は断定「なり」の連用形(〜で・いらっしゃる)。→「に」の識別7種類
- 「見えぬ」の「ぬ」は下に名詞(玉の枝)があるので打消「ず」の連体形。
10
かぐや姫の言ふやう、「親ののたまふことを、ひたぶるにいなび申さむことのいとほしさに。」と、得がたき物を、かくあさましく持て来ることをねたく思ふ。翁は閨のうちしつらひなどす。
現代語訳かぐや姫が言うには、「親のおっしゃることを、ただひたすらお断り申し上げるのも気の毒だったから(あんな難題を出したのに)」と言って、手に入れにくい物を、こんなに思いがけず持って来たことをくやしく思う。翁は寝室の中を整えたりする。
- 「申さむこと」の「む」は名詞の前の婉曲(〜ような)。→推量の助動詞「む」の意味(推量・意志・婉曲)
- 「ねたし」は今の「ねたむ」とはちがいしゃくだ・くやしい。「あさまし」はあきれるほど意外だ。→古今異義語の一覧
- 翁は寝室の準備まで始めています。結婚まで、あと一歩です。
11
翁、皇子に申すやう、「いかなる所にかこの木はさぶらひけむ。あやしくうるはしくめでたき物にも。」と申す。皇子答へてのたまはく、「さをととしの二月の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中に出でて、行かむ方も知らずおぼえしかど、『思ふこと成らでは、世の中に生きて何かせむ。』と思ひしかば、ただむなしき風にまかせてありく。
現代語訳翁が皇子に申し上げることには、「どのような所にこの木はあったのでしょうか。不思議なほど美しく、すばらしい物ですなあ」と申し上げる。皇子が答えておっしゃるには、「おととしの二月の十日ごろに、難波から船に乗って海に出て、どちらへ行けばよいかもわからないと思いましたが、『願いがかなわないなら、この世に生きていても何になろうか(何にもならない)』と思ったので、ただあてもなく吹く風にまかせて(船を)進めていきました。
- 「いかなる所にか…けむ」:「か」の結びで過去推量「けむ」(〜たのだろう)。→過去推量の助動詞「けむ」
- ここから皇子の作り話。「おぼえしかど」「思ひしかば」の「しか」は過去「き」の已然形。「き」は自分が体験した過去に使う。→過去の助動詞「き・けり」の違い
- 「何かせむ」は反語。「生きていて何になろう、何にもならない」。
12
『命死なばいかがはせむ。生きてあらむかぎりはかくありきて、蓬莱といふらむ山に会ふや。』と、浪にただよひ漕ぎありきて、我が国のうちを離れてありきめぐりしに、ある時は浪荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時は風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなる物出で来て殺さむとしき。
現代語訳『命がなくなったら、それはしかたがない。生きているかぎりは、こうして(海を)進んでいって、蓬莱とかいう山にめぐり会えるだろうか』と、波にただよいながら船をこぎ進め、わが国を離れて、あちこちめぐっていったところ、ある時は波が荒れて海の底にも沈んでしまいそうになり、ある時は風に流されて知らない国に吹き寄せられ、鬼のような者が出てきて(わたしを)殺そうとしました。
- 「蓬莱といふらむ山」の「らむ」は、名詞の前で伝聞・婉曲(〜とかいう)。→現在推量の助動詞「らむ」の3つの意味
- 「入りぬべく」は強意+推量で「きっと沈んでしまいそうに」。「吹き寄せられて」の「られ」は受身。→助動詞「る・らる」の4つの意味(受身・尊敬・自発・可能)
- 「殺さむとしき」の「むとす」は「〜しようとする」。


13
ある時には来し方行く末も知らず、海に紛れむとしき。ある時には糧尽きて、草の根を食ひ物としき。ある時はいはむ方なくむくつけなる物来て、食ひかからむとしき。ある時には海の貝を取りて命をつぐ。
現代語訳ある時には、来た方角も行く先もわからなくなり、海の中で行方知れずになりそうになりました。ある時には食料が尽きて、草の根を食べ物にしました。ある時は、なんとも言いようがないほど気味の悪いものがやって来て、(わたしに)食いかかろうとしました。ある時には海の貝をとって命をつなぎました。
- 「ある時は〜」を何度もくり返して、つらい話を次々に重ねる語り方。聞く人を信じこませるための作り話の工夫です。
- 「来し方」は「こしかた」(「きしかた」とも)と読み、カ変「来」に過去「き」の連体形「し」が付いた形。「来た方角」の意味です。
- 「むくつけし」=気味が悪い・恐ろしい。
14
旅の空に助くべき人もなき所に、いろいろの病をして、行方すらもおぼえず、船の行くにまかせて海にただよひて、五百日といふ辰の時ばかりに、海の中にはるかに山見ゆ。舟のうちをなむせめて見る。
現代語訳旅先で助けてくれるような人もいない所で、いろいろな病気にかかり、どこへ向かっているのかさえわからず、船の進むのにまかせて海をただよっていたところ、(出航から)五百日目の午前八時ごろに、海の中のはるか遠くに山が見えました。船の中から、目をこらしてじっと見ました。
- 「辰の時」は午前8時ごろ(前後2時間ほど)。昔の時刻は十二支で表します。→古文常識の一覧(時刻・方角・暦)
- 「行方すら」の「すら」は〜さえ。→副助詞の一覧(だに・すら・さへ・のみ)
- 「なむ…見る」:上一段動詞「見る」は終止形と連体形が同じ形なので、結びの形は変わって見えません。
15
海の上にただよへる山、いと大きにてあり。その山のさま高くうるはし。『これや我が求むる山ならむ。』と思へど、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり見ありくに、天人のよそほひしたる女、山の中より出で来て、銀の金鋺を持ちて水を汲みありく。これを見て船より下りて、『この山の名を何とか申す。』と問ふに、女答へて言はく、『これは蓬莱の山なり。』と答ふ。これを聞くに、うれしきことかぎりなし。
現代語訳海の上にただよっている山は、たいそう大きい。その山の姿は高くて立派です。『これこそ自分が探している山だろうか』と思いましたが、やはり恐ろしく思われて、山のまわりを船でこぎめぐって、二、三日ほど見てまわっていると、天女の身なりをした女が山の中から出てきて、銀のお椀を持って水をくんで歩いています。これを見て船から下りて、『この山の名を何と申しますか』とたずねると、女が答えて言うには、『これは蓬莱の山です』と答えました。これを聞いて、うれしいことはこの上ありませんでした。
- 「ただよへる」の「る」は存続「り」の連体形(ただよっている)。四段「ただよふ」の已然形に付いています。→完了・存続の助動詞「たり・り」
- 「これや…ならむ」「何とか申す」:「や」「か」の結びはどちらも連体形。
- 「金鋺(かなまり)」は金属のお椀。山・天女・銀のお椀と、それらしい道具をそろえて話を本物らしく見せています。
16
この女に、『かくのたまふは誰ぞ。』と問ふ。『我が名はほうかんるり。』と言ひて、ふと山の中に入りぬ。その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばつらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金・銀・瑠璃色の水流れ出でたり。それにはいろいろの玉の橋渡せり。そのあたり照り輝く木ども立てり。
現代語訳この女に『こうおっしゃるあなたはどなたですか』とたずねました。『わたしの名はほうかんるり』と言って、すっと山の中に入ってしまいました。その山は、見ると、まったく登れそうな様子がありません。その山の斜面のすそをめぐってみると、この世にはない花の木々が立っています。金・銀・瑠璃色の水が流れ出ています。そこには、いろいろな宝玉でできた橋がかけてあります。そのあたりには、照り輝く木々が立っています。
- 「さらに〜なし」はまったく〜ない。「さらに」は打消といっしょに使うと強い否定になります。→呼応の副詞(さらに〜ず・え〜ず・な〜そ)
- 「立てり」「渡せり」の「り」は存続(〜ている)。四段動詞の已然形に付く形。
- 女の名は、本によって「うかんるり」とも書かれます。
17
その中に、この取りて持てまうで来たりしは、いとわろかりしかども、『のたまひしに違はましかば。』とて、この花を折りてまうで来たるなり。
現代語訳その中で、こうして取って持ってまいりましたもの(この枝)は、ほかの木に比べるとたいそう見劣りするものでしたが、『(かぐや姫が)おっしゃったものとちがっていたら(困る)』と思って、この花の枝を折ってまいったのです。
- 「違はましかば」は反実仮想「まし」の未然形+ば(もし〜だったら)。うしろの「(困っただろう)」が省略されています。→反実仮想「ましかば〜まし」
- 「まうで来」は「来」の謙譲語で「参上する・まいる」。
18
山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追ひ風吹きて、四百余日になむまうで来にし。
現代語訳山はこの上なく趣深いところでした。この世のものにたとえようもないほどでしたが、この枝を折ってしまったので、(早く届けたくて)まったく気が気でなく、船に乗ると、追い風が吹いて、四百日あまりで(帰って)まいりました。
- 「折りてしかば」の「て」は接続助詞ではなく完了「つ」の連用形。下に助動詞「き(しか)」が続いているのが目じるし。→完了の助動詞「つ・ぬ」
- 「おもしろし」=趣深い・すばらしい。「心もとなし」=気がかりで落ち着かない。
- 「なむ…にし」:「なむ」の結びで過去「き」の連体形「し」。


19
大願の力にや、難波より昨日なむ都にまうで来つる。さらに潮に濡れたる衣をだに脱ぎかへなでなむ、まうで来つる。」とのたまへば、翁聞きて、うち嘆きて詠める、
現代語訳大きな願いをかけた力のおかげでしょうか、難波から昨日、都へ帰ってまいりました。潮にぬれた着物さえ着替えないで、こちらへまいったのです」とおっしゃるので、翁はそれを聞いて、ため息をついて詠んだ(歌)、
- 「大願の力にや」のあとには「あらむ」が省略されています(結びの省略)。「〜であろうか」と訳す。→係り結びと結びの省略
- 「衣をだに」の「だに」は〜さえ。→副助詞「だに・すら・さへ」の違い
- 「昨日」「潮にぬれた衣のまま」と、こまかい話を足して、たった今帰ってきたように見せています。
20
くれ竹のよよの竹取り野山にもさやはわびしき節をのみ見し
現代語訳(翁の歌)長い年月、竹を取ってきたわたしですが、野山でも、これほどつらい目ばかりにあったでしょうか(いや、ありません)。
- 「くれ竹の」は「よ(節)」「ふし」にかかる枕詞。→よく出る枕詞の一覧
- 掛詞:「よよ」=「代々(長い年月)」と竹の「節(よ)」、「節(ふし)」=竹の節と「つらい折・出来事」。→掛詞の見つけ方
- 縁語:竹・よ・ふしは、どれも竹に関係する言葉。→縁語とは(和歌の修辞)
- 「さやは…し」の「やは」は反語。結びは過去「き」の連体形「し」。
21
これを皇子聞きて、「ここらの日ごろ思ひわびはべりつる心は、今日なむ落ちゐぬる。」とのたまひて、返し、
わが袂今日かわければわびしさの千種の数も忘られぬべし
とのたまふ。
現代語訳これを皇子は聞いて、「長い日々思い悩んでおりました心は、今日すっかり落ち着きました」とおっしゃって、返しの歌として、「(涙と潮でぬれていた)わたしの袂も今日かわいたので、つらかった数々のことも、自然ときっと忘れてしまうでしょう」とおっしゃる。
- 「はべり」は丁寧語(〜ます・〜ております)で、話し手の皇子から聞き手の翁への敬意。→「侍り・候ふ」の丁寧語と謙譲語の見分け方
- 「忘られ」の「れ」は自発(自然と〜される)。心の動きを表す動詞(忘る・思ふ・しのぶ)に付くと自発が多い。→「る・らる」の自発の見分け方
- 「ぬべし」は強意+推量(きっと〜だろう)。
22
かかるほどに、男ども六人連ねて庭に出で来たり。一人の男、文挟みに文をはさみて申す。「作物所のつかさのたくみ漢部内麻呂申さく、『玉の木を作りて仕うまつりしこと、心を砕きて、千余日に力を尽くしたること少なからず。しかるに禄いまだ賜はらず。これを賜はり分かちて、けごに賜はせむ。』」と言ひてささげたり。
現代語訳そうしているうちに、男たちが六人連れだって庭に出てきた。一人の男が、文挟み(手紙をはさんでさし出す棒)に手紙をはさんで申し上げる。「作物所(宮中の細工物を作る役所)の職人、漢部内麻呂が申し上げますことには、『玉の木を作ってお仕え申し上げたことは、心をくだいて千日あまりも力を尽くしたもので、並たいていの苦労ではありません。それなのに、ほうびをまだいただいておりません。これをいただいて、弟子たちに分けてやりたいのです』」と言って、手紙をさし出した。
- ここで話が一気にひっくり返ります。職人たちが代金(禄=ほうび)をもらいに来てしまいました。
- 職人が働いた「千余日」と、皇子が語った旅の日数(五百日+四百余日)は、ほぼ同じ長さ。皇子は旅に出ていたのではなく、ずっと工房にこもっていたのです。
- 「けご」は弟子や使用人のこと(「家子」と書く説があります)。


23
竹取の翁、「この工匠らが申すことは何事ぞ。」とかたぶきをり。皇子は我にもあらぬけしきにて、肝消えぬべき心地してゐたまへり。
現代語訳竹取の翁は「この職人たちが申していることは何事だろう」と首をかしげている。皇子は呆然としたありさまで、肝もつぶれそうな気持ちで座っていらっしゃる。
- 「我にもあらず」=自分が自分でないような、ぼう然としたようす。
- 「肝消えぬべき」も強意+推量。「きっと肝がつぶれてしまいそうな」。
- 同じ「ぬ」でも、「あらぬけしき」(下に名詞)は打消、「消えぬべき」(下に助動詞「べし」)は強意。→「ぬ」の識別(完了と打消)
24
これをかぐや姫聞きて、「この奉る文を取れ。」と言ひて見れば、文に申しけるやう、「皇子の君、千余日いやしき工匠らともろともに同じ所に隠れゐたまひて、かしこき玉の枝を作らせたまひて、『官も賜はらむ。』と仰せたまひき。これをこのごろ案ずるに、『御使ひとおはしますべきかぐや姫の要じたまふべきなりけり。』と承りて、この宮より賜はらむと申して、賜はるべきなり。」と言ふを聞きて、
現代語訳これをかぐや姫が聞いて、「その差し出している手紙を取りなさい」と言って見ると、手紙に申し上げていたことには、「皇子さまは、千日あまり、身分の低いわたしたち職人といっしょに同じ所に隠れていらっしゃって、立派な玉の枝を作らせなさって、『(できあがったら)官位もいただけるようにしよう』とおっしゃいました。このことを近ごろ考えてみますと、『(皇子の)奥方におなりになるはずのかぐや姫さまがご所望の品だったのだ』とうかがいましたので、こちらのお屋敷からいただこうと申し上げて、いただくのが当然です」と言うのを聞いて、
- 「作らせたまひ」の「せ」は使役。「せたまふ」は最高敬語のことも多いが、ここは職人に作らせたので使役。→最高敬語(せたまふ・させたまふ)と使役の見分け方
- 「なりけり」の「けり」は詠嘆(〜だったのだなあ)。今になって気づいた気持ち。→「けり」の過去と詠嘆
- 「御使ひ」は、ここでは皇子のおそばにお仕えする人=妻のこと、と考えられています。
25
かぐや姫、暮るるままに思ひわびつる心地笑みさかえて、翁を呼びとりて言ふやう、「まことに蓬莱の木かとこそ思ひつれ、かくあさましきそらごとにてありければ、はや疾く返したまへ。」と言へば、翁答ふ、「さだかに作らせたる物と聞きつれば、返さむこといとやすし。」とうなづきをり。
現代語訳かぐや姫は、日が暮れるにつれて思い悩んでいた気持ちが、一転して晴れ晴れとした笑顔になり、翁を呼び寄せて言うには、「本当に蓬莱の木かと思っていましたけれど、こんなにあきれたうそだったのですから、早く早くお返しください」と言うと、翁が答える、「確かに作らせた物だと聞いたからには、返すことはたいへんたやすいことだ」とうなずいている。
- 「こそ〜已然形、」で文が続くと逆接(〜けれども)。「思ひつれ、」=思っていたけれど。→係り結び「こそ〜已然形」の逆接
- 「そらごと」=うそ・作り話。「あさまし」=あきれるほどだ。
- さっきまで頬杖をついて嘆いていたかぐや姫が、ここで笑顔に。気持ちの変化が読み取りのポイントです。

26
かぐや姫の心ゆきはてて、ありつる歌の返し、
まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける
と言ひて、玉の枝も返しつ。
現代語訳かぐや姫はすっかり気が晴れて、さっきの皇子の歌への返しとして、「本物かと思って、(話を)聞き、(枝を)見てみたら、言葉をうまく飾り立てただけの、にせの玉の枝だったのですね」と詠んで、玉の枝も返してしまった。
- 縁語:「言の葉」の「葉」と「枝」は、どちらも木に関係する言葉。口先の作り話(言の葉)と玉の「枝」をつなげた歌です。→縁語とは(和歌の修辞)
- 「ぞ…ける」の「ける」は詠嘆(〜だったのだなあ)。うそだと今わかった気持ちです。
- 「ありつる」=さっきの。「心ゆく」=気が晴れる。
27
竹取の翁、さばかり語らひつるが、さすがにおぼえて眠りをり。皇子は、立つもはした、ゐるもはしたにて、ゐたまへり。日の暮れぬれば、すべり出でたまひぬ。かの愁へせし工匠らをば、かぐや姫呼びすゑて、「うれしき人どもなり。」と言ひて、禄いと多く取らせたまふ。
現代語訳竹取の翁は、あれほど皇子と親しげに話していたのに、さすがにきまりが悪く思われて、眠ったふりをしている。皇子は、立つのも中途半端、座っているのも中途半端で(いたたまれずに)座っていらっしゃる。日が暮れたので、(皇子は)こっそり抜け出しなさった。あの訴えを起こした職人たちを、かぐや姫は呼び寄せて座らせ、「(おかげで助かった)うれしい人たちです」と言って、ほうびをたいそうたくさんお与えになる。
- 「立つもはした、ゐるもはした」=立っても座っても落ち着かない。皇子のいたたまれない気持ちを、体の動きで表しています。
- 「愁へせし」はサ変「す」の未然形「せ」+過去「き」の連体形「し」。「き」はカ変・サ変に特別な付き方をします。→過去の助動詞「き」の接続
- 翁の「眠りをり」は、気まずさから寝たふりをしていると読むのがふつうです。
28
工匠らいみじく喜びて、「思ひつるやうにもあるかな。」と言ひて帰る道にて、くらもちの皇子、血の流るるまで調ぜさせたまふ。禄得しかひもなく、みな取り捨てさせたまひてければ、逃げ失せにけり。
現代語訳職人たちはたいそう喜んで、「思ったとおりだなあ」と言って帰る途中で、くらもちの皇子が、(家来に命じて職人たちを)血が流れるまでこらしめさせなさる。ほうびをもらったかいもなく、(皇子が)みな取り上げて捨てさせなさってしまったので、職人たちは逃げていなくなってしまった。
- 「調ず」=こらしめる・痛めつける。うそがばれた皇子の、くやしまぎれの仕返しです。
- 「調ぜさせたまふ」「取り捨てさせたまひ」の「させ」は、家来にさせたと考えて使役と読みます。
- 「させたまひてけれ」の「て」も完了「つ」の連用形(下に「けり」)。
29
かくてこの皇子は、「一生の恥、これに過ぐるはあらじ。女を得ずなりぬるのみにあらず、天の下の人の見思はむことのはづかしきこと。」とのたまひて、ただ一所、深き山へ入りたまひぬ。
現代語訳こうして、この皇子は「一生の恥として、これ以上のものはあるまい。女(かぐや姫)を手に入れられなくなっただけでなく、世の中の人が(この話を)見たり思ったりするだろうことが恥ずかしい」とおっしゃって、ただ一人で、深い山へ入っておしまいになった。
- 「あらじ」の「じ」は打消推量(〜ないだろう)。「む」の打消の形と覚える。→打消推量の助動詞「じ」
- 「〜のみにあらず」=〜だけでなく。
30
宮司、さぶらふ人々、みな手を分かちて求めたてまつれども、御みまかりもやしたまひけむ、え見つけたてまつらずなりぬ。皇子の、御供に隠したまはむとて、年ごろ見えたまはざりけるなりけり。これをなむ、たまさかるとは言ひはじめける。
現代語訳皇子にお仕えする役人や家来たちは、みな手分けしてお探し申し上げたけれど、お亡くなりにでもなったのだろうか、見つけ申し上げることができずに終わった。皇子は、お供の者たちからも身を隠そうとなさって、長い年月、姿をお見せにならなかったのだった。このことから「たまさかる」と言いはじめたのである。
- 「え〜ず」は不可能(〜できない)。「え見つけたてまつらず」=見つけ申し上げることができない。→呼応の副詞「え〜ず」
- 「御みまかりもやしたまひけむ」:「や」の結びで過去推量「けむ」。「お亡くなりになったのだろうか」と、はっきりしないまま終わります。
- 語源ばなし「たまさかる」:玉の枝が手もとから離れていった(玉離る)ことと、魂が抜けたようにぼう然とする(魂離る)ことを掛けたしゃれ。「さかる」は「離れる」の意味です。


二方面への敬語を図で確かめる(たてまつる・たまふ)

重要な古語(単語帳)
| 古語 | 読み | 意味 |
|---|---|---|
| たばかる | たばかる | 計略をめぐらす・だます |
| まかる | まかる | (都から)出かけていく・参る(謙譲語) |
| みそかなり | みそかなり | こっそりしている |
| ののしる | ののしる | 大声で騒ぐ・評判になる |
| 胸つぶる | むねつぶる | (驚きや心配で)胸がどきっとする |
| いなぶ | いなぶ | 断る |
| ねたし | ねたし | しゃくだ・くやしい |
| しつらふ | しつらう | (部屋を)整える・飾りつける |
| むくつけし | むくつけし | 気味が悪い・恐ろしい |
| おもしろし | おもしろし | 趣深い・すばらしい |
| 心もとなし | こころもとなし | 気がかりで落ち着かない・じれったい |
| 禄 | ろく | ほうび |
| そらごと | そらごと | うそ・作り話 |
| はした | はした | 中途半端なこと |
| 調ず | ちょうず | こらしめる・痛めつける |
テストに出る問題(答えは押すと開く)
問1 「玉の枝取りになむまかる」の「なむ」の結びの語と活用形は?
「まかる」(連体形)。四段動詞なので終止形と同じ形になっている。
問2 「かぐや姫に見せたてまつりたまへ」の2つの敬語は、それぞれだれからだれへの敬意?
「たてまつり」(謙譲語)は皇子からかぐや姫へ、「たまへ」(尊敬語)は皇子から翁への敬意。二方面への敬語。
問3 「我はこの皇子に負けぬべし」を現代語訳しなさい。
「わたしはこの皇子にきっと負けてしまうだろう。」「ぬ」は強意、「べし」は推量。
問4 「この枝を折りてしかば」の「て」は何か。
完了の助動詞「つ」の連用形。下に過去の助動詞「き」の已然形「しか」が続いている。
問5 「大願の力にや」のあとに省略されている語は?
「あらむ」(結びの省略)。「大願の力であろうか」と訳す。
問6 「まことに蓬莱の木かとこそ思ひつれ、かくあさましきそらごとにてありければ」の「こそ〜つれ、」はどう訳す?
逆接で「本当に蓬莱の木かと思っていたけれど」。「こそ」の結びの已然形で文が続くと逆接になる。
問7 皇子の作り話がばれたきっかけは何か。
玉の枝を作った職人たちが、まだもらっていない代金(禄)を求めて、手紙を持ってかぐや姫の家に来たこと。
問8 章の最後の「たまさかる」は、どんなしゃれになっているか。
玉の枝が離れていった「玉離る」と、魂が抜けたようにぼう然とする「魂離る」を掛けている。

竹取物語「蓬莱の玉の枝」原文(全文・通し)
1文ずつ区切らずに、原文を通して読みたい人・音読したい人のための全文です。
くらもちの皇子は、心たばかりある人にて、朝廷には、「筑紫の国に湯あみにまからむ。」とて暇申して、かぐや姫の家には、「玉の枝取りになむまかる。」と言はせて下りたまふに、仕うまつるべき人々、みな難波まで御送りしけり。
皇子、「いと忍びて。」とのたまはせて、人もあまた率ておはしまさず、近う仕うまつるかぎりして出でたまひぬ。御送りの人々、見たてまつり送りて帰りぬ。「おはしましぬ。」と人には見えたまひて、三日ばかりありて漕ぎ帰りたまひぬ。
かねて事みな仰せたりければ、その時一の工匠なりける内匠六人を召しとりて、たはやすく人寄り来まじき家を作りて、かまへを三重にしこめて、工匠らを入れたまひつつ、皇子も同じ所にこもりたまひて、知らせたまひつるかぎり十六そをかみにくどをあけて、玉の枝を作りたまふ。
かぐや姫ののたまふやうに違はず作り出でつ。いとかしこくたばかりて、難波にみそかに持て出でぬ。「船に乗りて帰り来にけり。」と殿に告げやりて、いといたく苦しげなるさましてゐたまへり。
迎へに人多く参りたり。玉の枝をば長櫃に入れて、物おほひて持ちて参る。いつか聞きけむ、「くらもちの皇子は優曇華の花持ちて上りたまへり。」とののしりけり。これをかぐや姫聞きて、「我はこの皇子に負けぬべし。」と、胸つぶれて思ひけり。
かかるほどに、門をたたきて、「くらもちの皇子おはしたり。」と告ぐ。「旅の御姿ながらおはしましたり。」と言へば、会ひたてまつる。皇子のたまはく、「『命を捨ててかの玉の枝持て来たり。』とて、かぐや姫に見せたてまつりたまへ。」と言へば、翁持ちて入りたり。この玉の枝に文をぞつけたりける。
いたづらに身はなしつとも玉の枝を手折らでさらに帰らざらまし
これをもあはれと見てをるに、竹取の翁走り入りて言はく、「この皇子に申したまひし蓬莱の玉の枝を、一つの所もあやしき所なく、あやまたず持ておはしませり。何をもちてか、とかく申すべきにあらず。旅の御姿ながら、我が御家へも寄りたまはずしておはしましたり。はや、この皇子にあひ仕うまつりたまへ。」と言ふに、物も言はず、頬杖をつきて、いみじく嘆かしげに思ひたり。
この皇子、「今さらなにかと言ふべからず。」と言ふままに、縁にはひ上りたまひぬ。翁、ことわりに思ふ。「この国に見えぬ玉の枝なり。この度は、いかでかいなび申さむ。人ざまもよき人におはす。」など言ひゐたり。
かぐや姫の言ふやう、「親ののたまふことを、ひたぶるにいなび申さむことのいとほしさに。」と、得がたき物を、かくあさましく持て来ることをねたく思ふ。翁は閨のうちしつらひなどす。
翁、皇子に申すやう、「いかなる所にかこの木はさぶらひけむ。あやしくうるはしくめでたき物にも。」と申す。皇子答へてのたまはく、「さをととしの二月の十日ごろに、難波より船に乗りて、海の中に出でて、行かむ方も知らずおぼえしかど、『思ふこと成らでは、世の中に生きて何かせむ。』と思ひしかば、ただむなしき風にまかせてありく。
『命死なばいかがはせむ。生きてあらむかぎりはかくありきて、蓬莱といふらむ山に会ふや。』と、浪にただよひ漕ぎありきて、我が国のうちを離れてありきめぐりしに、ある時は浪荒れつつ海の底にも入りぬべく、ある時は風につけて知らぬ国に吹き寄せられて、鬼のやうなる物出で来て殺さむとしき。
ある時には来し方行く末も知らず、海に紛れむとしき。ある時には糧尽きて、草の根を食ひ物としき。ある時はいはむ方なくむくつけなる物来て、食ひかからむとしき。ある時には海の貝を取りて命をつぐ。
旅の空に助くべき人もなき所に、いろいろの病をして、行方すらもおぼえず、船の行くにまかせて海にただよひて、五百日といふ辰の時ばかりに、海の中にはるかに山見ゆ。舟のうちをなむせめて見る。
海の上にただよへる山、いと大きにてあり。その山のさま高くうるはし。『これや我が求むる山ならむ。』と思へど、さすがに恐ろしくおぼえて、山のめぐりをさしめぐらして、二三日ばかり見ありくに、天人のよそほひしたる女、山の中より出で来て、銀の金鋺を持ちて水を汲みありく。これを見て船より下りて、『この山の名を何とか申す。』と問ふに、女答へて言はく、『これは蓬莱の山なり。』と答ふ。これを聞くに、うれしきことかぎりなし。
この女に、『かくのたまふは誰ぞ。』と問ふ。『我が名はほうかんるり。』と言ひて、ふと山の中に入りぬ。その山、見るに、さらに登るべきやうなし。その山のそばつらをめぐれば、世の中になき花の木ども立てり。金・銀・瑠璃色の水流れ出でたり。それにはいろいろの玉の橋渡せり。そのあたり照り輝く木ども立てり。
その中に、この取りて持てまうで来たりしは、いとわろかりしかども、『のたまひしに違はましかば。』とて、この花を折りてまうで来たるなり。
山はかぎりなくおもしろし。世にたとふべきにあらざりしかど、この枝を折りてしかば、さらに心もとなくて、船に乗りて、追ひ風吹きて、四百余日になむまうで来にし。
大願の力にや、難波より昨日なむ都にまうで来つる。さらに潮に濡れたる衣をだに脱ぎかへなでなむ、まうで来つる。」とのたまへば、翁聞きて、うち嘆きて詠める、
くれ竹のよよの竹取り野山にもさやはわびしき節をのみ見し
これを皇子聞きて、「ここらの日ごろ思ひわびはべりつる心は、今日なむ落ちゐぬる。」とのたまひて、返し、
わが袂今日かわければわびしさの千種の数も忘られぬべし
とのたまふ。
かかるほどに、男ども六人連ねて庭に出で来たり。一人の男、文挟みに文をはさみて申す。「作物所のつかさのたくみ漢部内麻呂申さく、『玉の木を作りて仕うまつりしこと、心を砕きて、千余日に力を尽くしたること少なからず。しかるに禄いまだ賜はらず。これを賜はり分かちて、けごに賜はせむ。』」と言ひてささげたり。
竹取の翁、「この工匠らが申すことは何事ぞ。」とかたぶきをり。皇子は我にもあらぬけしきにて、肝消えぬべき心地してゐたまへり。
これをかぐや姫聞きて、「この奉る文を取れ。」と言ひて見れば、文に申しけるやう、「皇子の君、千余日いやしき工匠らともろともに同じ所に隠れゐたまひて、かしこき玉の枝を作らせたまひて、『官も賜はらむ。』と仰せたまひき。これをこのごろ案ずるに、『御使ひとおはしますべきかぐや姫の要じたまふべきなりけり。』と承りて、この宮より賜はらむと申して、賜はるべきなり。」と言ふを聞きて、
かぐや姫、暮るるままに思ひわびつる心地笑みさかえて、翁を呼びとりて言ふやう、「まことに蓬莱の木かとこそ思ひつれ、かくあさましきそらごとにてありければ、はや疾く返したまへ。」と言へば、翁答ふ、「さだかに作らせたる物と聞きつれば、返さむこといとやすし。」とうなづきをり。
かぐや姫の心ゆきはてて、ありつる歌の返し、
まことかと聞きて見つれば言の葉を飾れる玉の枝にぞありける
と言ひて、玉の枝も返しつ。
竹取の翁、さばかり語らひつるが、さすがにおぼえて眠りをり。皇子は、立つもはした、ゐるもはしたにて、ゐたまへり。日の暮れぬれば、すべり出でたまひぬ。かの愁へせし工匠らをば、かぐや姫呼びすゑて、「うれしき人どもなり。」と言ひて、禄いと多く取らせたまふ。
工匠らいみじく喜びて、「思ひつるやうにもあるかな。」と言ひて帰る道にて、くらもちの皇子、血の流るるまで調ぜさせたまふ。禄得しかひもなく、みな取り捨てさせたまひてければ、逃げ失せにけり。
かくてこの皇子は、「一生の恥、これに過ぐるはあらじ。女を得ずなりぬるのみにあらず、天の下の人の見思はむことのはづかしきこと。」とのたまひて、ただ一所、深き山へ入りたまひぬ。
宮司、さぶらふ人々、みな手を分かちて求めたてまつれども、御みまかりもやしたまひけむ、え見つけたてまつらずなりぬ。皇子の、御供に隠したまはむとて、年ごろ見えたまはざりけるなりけり。これをなむ、たまさかるとは言ひはじめける。
竹取物語「蓬莱の玉の枝」現代語訳(全文・通し)
くらもちの皇子は、悪知恵のはたらく人で、朝廷には「九州の筑紫の国へ湯治に行ってまいります」と言って休みをいただき、かぐや姫の家には「玉の枝を取りに行ってまいります」と(使いの者に)言わせて、都から下っていかれると、お仕えするはずの人々は、みな難波(今の大阪)までお見送りをした。
皇子は「ごく内密に(行くのだ)」とおっしゃって、お供もたくさんは連れていかれず、身近にお仕えする者だけを連れて出発なさった。見送りの人々は、(船出を)お見送り申し上げて帰った。(皇子は)「(筑紫へ)お出かけになった」と人々には見せかけておいて、三日ほどたってから、船をこいで帰っていらっしゃった。
前もって必要なことをすべて命じておかれたので、そのころ第一の腕前の職人であった内匠(宮中の細工職人)六人を呼び寄せて、簡単には人が近寄って来られそうにない家を造り、囲いを三重にめぐらして、職人たちを中に入れ、皇子も同じ所にこもりきりになって、お治めになっている限りの十六か所の領地(の財産)をつぎこみ、(金属を溶かす)かまどを設けて、玉の枝をお作りになる。
かぐや姫がおっしゃったとおりに、少しもちがわずに作り上げた。たいそうぬけめなく計略をめぐらして、(玉の枝を)難波へこっそりと持ち出した。「船に乗って帰ってきた」と自分の屋敷に知らせをやって、ひどく疲れきった様子をして座っていらっしゃる。
迎えに人がおおぜい参上した。玉の枝を長櫃(長い箱)に入れ、布をかぶせて持って参上する。(人々は)いつ聞いたのだろうか、「くらもちの皇子は優曇華の花を持って都へ上っていらっしゃった」と大騒ぎした。これをかぐや姫は聞いて、「わたしはこの皇子にきっと負けてしまうだろう」と、胸がつぶれるような思いでいた。
そうしているうちに、(使いが)門をたたいて「くらもちの皇子がいらっしゃった」と知らせる。「旅のお姿のままでいらっしゃった」と言うので、(翁が)お会い申し上げる。皇子がおっしゃるには、「『命を捨てる覚悟で、あの玉の枝を持ってきた』と言って、かぐや姫にお見せ申し上げてください」と言うので、翁は(玉の枝を)持って奥へ入った。この玉の枝には、手紙が結びつけてあった。
(皇子の歌)たとえ旅の途中でむなしくこの身を死なせてしまうことになっても、玉の枝を手折らないでは、決して帰ってこなかったでしょう。
(かぐや姫が)この歌もしみじみと見ていると、竹取の翁が走って入ってきて言うことには、「この皇子に(あなたが)お頼み申し上げた蓬莱の玉の枝を、一か所もおかしな所がなく、注文どおりに持っていらっしゃった。何を理由にあれこれ申し上げられるでしょうか、もうお断りはできません。旅のお姿のままで、ご自分のお屋敷にもお寄りにならずにいらっしゃったのです。早くこの皇子と結婚してお仕えなさい」と言うと、(かぐや姫は)何も言わず、頬杖をついて、たいそう嘆かわしそうに思いこんでいる。
この皇子は「今となっては、あれこれ言うこともできますまい」と言うやいなや、縁側にはい上がりなさった。翁はそれも当然だと思う。「この国では見られない玉の枝だ。今度は、どうしてお断り申し上げられようか(いや、できない)。人柄もよい方でいらっしゃる」などと言って座っている。
かぐや姫が言うには、「親のおっしゃることを、ただひたすらお断り申し上げるのも気の毒だったから(あんな難題を出したのに)」と言って、手に入れにくい物を、こんなに思いがけず持って来たことをくやしく思う。翁は寝室の中を整えたりする。
翁が皇子に申し上げることには、「どのような所にこの木はあったのでしょうか。不思議なほど美しく、すばらしい物ですなあ」と申し上げる。皇子が答えておっしゃるには、「おととしの二月の十日ごろに、難波から船に乗って海に出て、どちらへ行けばよいかもわからないと思いましたが、『願いがかなわないなら、この世に生きていても何になろうか(何にもならない)』と思ったので、ただあてもなく吹く風にまかせて(船を)進めていきました。
『命がなくなったら、それはしかたがない。生きているかぎりは、こうして(海を)進んでいって、蓬莱とかいう山にめぐり会えるだろうか』と、波にただよいながら船をこぎ進め、わが国を離れて、あちこちめぐっていったところ、ある時は波が荒れて海の底にも沈んでしまいそうになり、ある時は風に流されて知らない国に吹き寄せられ、鬼のような者が出てきて(わたしを)殺そうとしました。
ある時には、来た方角も行く先もわからなくなり、海の中で行方知れずになりそうになりました。ある時には食料が尽きて、草の根を食べ物にしました。ある時は、なんとも言いようがないほど気味の悪いものがやって来て、(わたしに)食いかかろうとしました。ある時には海の貝をとって命をつなぎました。
旅先で助けてくれるような人もいない所で、いろいろな病気にかかり、どこへ向かっているのかさえわからず、船の進むのにまかせて海をただよっていたところ、(出航から)五百日目の午前八時ごろに、海の中のはるか遠くに山が見えました。船の中から、目をこらしてじっと見ました。
海の上にただよっている山は、たいそう大きい。その山の姿は高くて立派です。『これこそ自分が探している山だろうか』と思いましたが、やはり恐ろしく思われて、山のまわりを船でこぎめぐって、二、三日ほど見てまわっていると、天女の身なりをした女が山の中から出てきて、銀のお椀を持って水をくんで歩いています。これを見て船から下りて、『この山の名を何と申しますか』とたずねると、女が答えて言うには、『これは蓬莱の山です』と答えました。これを聞いて、うれしいことはこの上ありませんでした。
この女に『こうおっしゃるあなたはどなたですか』とたずねました。『わたしの名はほうかんるり』と言って、すっと山の中に入ってしまいました。その山は、見ると、まったく登れそうな様子がありません。その山の斜面のすそをめぐってみると、この世にはない花の木々が立っています。金・銀・瑠璃色の水が流れ出ています。そこには、いろいろな宝玉でできた橋がかけてあります。そのあたりには、照り輝く木々が立っています。
その中で、こうして取って持ってまいりましたもの(この枝)は、ほかの木に比べるとたいそう見劣りするものでしたが、『(かぐや姫が)おっしゃったものとちがっていたら(困る)』と思って、この花の枝を折ってまいったのです。
山はこの上なく趣深いところでした。この世のものにたとえようもないほどでしたが、この枝を折ってしまったので、(早く届けたくて)まったく気が気でなく、船に乗ると、追い風が吹いて、四百日あまりで(帰って)まいりました。
大きな願いをかけた力のおかげでしょうか、難波から昨日、都へ帰ってまいりました。潮にぬれた着物さえ着替えないで、こちらへまいったのです」とおっしゃるので、翁はそれを聞いて、ため息をついて詠んだ(歌)、
(翁の歌)長い年月、竹を取ってきたわたしですが、野山でも、これほどつらい目ばかりにあったでしょうか(いや、ありません)。
これを皇子は聞いて、「長い日々思い悩んでおりました心は、今日すっかり落ち着きました」とおっしゃって、返しの歌として、「(涙と潮でぬれていた)わたしの袂も今日かわいたので、つらかった数々のことも、自然ときっと忘れてしまうでしょう」とおっしゃる。
そうしているうちに、男たちが六人連れだって庭に出てきた。一人の男が、文挟み(手紙をはさんでさし出す棒)に手紙をはさんで申し上げる。「作物所(宮中の細工物を作る役所)の職人、漢部内麻呂が申し上げますことには、『玉の木を作ってお仕え申し上げたことは、心をくだいて千日あまりも力を尽くしたもので、並たいていの苦労ではありません。それなのに、ほうびをまだいただいておりません。これをいただいて、弟子たちに分けてやりたいのです』」と言って、手紙をさし出した。
竹取の翁は「この職人たちが申していることは何事だろう」と首をかしげている。皇子は呆然としたありさまで、肝もつぶれそうな気持ちで座っていらっしゃる。
これをかぐや姫が聞いて、「その差し出している手紙を取りなさい」と言って見ると、手紙に申し上げていたことには、「皇子さまは、千日あまり、身分の低いわたしたち職人といっしょに同じ所に隠れていらっしゃって、立派な玉の枝を作らせなさって、『(できあがったら)官位もいただけるようにしよう』とおっしゃいました。このことを近ごろ考えてみますと、『(皇子の)奥方におなりになるはずのかぐや姫さまがご所望の品だったのだ』とうかがいましたので、こちらのお屋敷からいただこうと申し上げて、いただくのが当然です」と言うのを聞いて、
かぐや姫は、日が暮れるにつれて思い悩んでいた気持ちが、一転して晴れ晴れとした笑顔になり、翁を呼び寄せて言うには、「本当に蓬莱の木かと思っていましたけれど、こんなにあきれたうそだったのですから、早く早くお返しください」と言うと、翁が答える、「確かに作らせた物だと聞いたからには、返すことはたいへんたやすいことだ」とうなずいている。
かぐや姫はすっかり気が晴れて、さっきの皇子の歌への返しとして、「本物かと思って、(話を)聞き、(枝を)見てみたら、言葉をうまく飾り立てただけの、にせの玉の枝だったのですね」と詠んで、玉の枝も返してしまった。
竹取の翁は、あれほど皇子と親しげに話していたのに、さすがにきまりが悪く思われて、眠ったふりをしている。皇子は、立つのも中途半端、座っているのも中途半端で(いたたまれずに)座っていらっしゃる。日が暮れたので、(皇子は)こっそり抜け出しなさった。あの訴えを起こした職人たちを、かぐや姫は呼び寄せて座らせ、「(おかげで助かった)うれしい人たちです」と言って、ほうびをたいそうたくさんお与えになる。
職人たちはたいそう喜んで、「思ったとおりだなあ」と言って帰る途中で、くらもちの皇子が、(家来に命じて職人たちを)血が流れるまでこらしめさせなさる。ほうびをもらったかいもなく、(皇子が)みな取り上げて捨てさせなさってしまったので、職人たちは逃げていなくなってしまった。
こうして、この皇子は「一生の恥として、これ以上のものはあるまい。女(かぐや姫)を手に入れられなくなっただけでなく、世の中の人が(この話を)見たり思ったりするだろうことが恥ずかしい」とおっしゃって、ただ一人で、深い山へ入っておしまいになった。
皇子にお仕えする役人や家来たちは、みな手分けしてお探し申し上げたけれど、お亡くなりにでもなったのだろうか、見つけ申し上げることができずに終わった。皇子は、お供の者たちからも身を隠そうとなさって、長い年月、姿をお見せにならなかったのだった。このことから「たまさかる」と言いはじめたのである。
竹取物語「蓬莱の玉の枝」原文と現代語訳の印刷用ページ(A4・左右に並べて)
よくある質問(竹取物語の基本)
竹取物語の作者は誰?
作者はわかっていません(未詳)。漢文や仏教の知識がある男性の知識人と考えられています。
竹取物語はいつの作品?
平安時代のはじめ、9世紀後半〜10世紀前半ごろに成立したとされます。
竹取物語の冒頭(書き出し)は?
「今は昔、竹取の翁といふものありけり。」です。現代語訳は「今ではもう昔のことだが、竹取の翁という者がいたそうだ。」です。
なぜ日本最古の物語と言われるの?
『源氏物語』の絵合の巻で「物語の出で来はじめの祖」(物語が生まれた最初の祖先)と呼ばれているからです。
竹取物語 全文の目次
- 竹取物語「なよ竹のかぐや姫」の原文・現代語訳
- 竹取物語「貴公子たちの求婚」の原文・現代語訳
- 竹取物語「仏の御石の鉢」の原文・現代語訳
- 蓬莱の玉の枝(このページ)
- 竹取物語「火鼠の皮衣」の原文・現代語訳
- 竹取物語「竜の首の玉」の原文・現代語訳
- 竹取物語「燕の子安貝」の原文・現代語訳
- 竹取物語「帝の求婚」の原文・現代語訳
- 竹取物語「かぐや姫の昇天」の原文・現代語訳
- 竹取物語「ふじの山」の原文・現代語訳

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- 枕草子「春はあけぼの」の原文・現代語訳とテストに出る語句
- 国語の勉強まとめ(古文・漢文・漢字・百人一首)
本文は『竹取物語』(國民文庫本、明治末刊)をもとに、教科書で広く読まれる形に合わせ、新字体・現代の送り仮名に直しました。現代語訳・解説・問題・図は合格大作戦のオリジナルです。挿絵は、国立国会図書館デジタルコレクションの『竹取物語』絵巻(江戸時代前期)など、著作権の切れた古い絵です(それぞれの絵の下に出典)。文法の用語は合格大作戦の古文文法辞典に合わせています。


